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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.1.2 / 行ってきます
Last-modified: 2007-06-21 (木) 18:11:03 (6153d)
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行ってきます ―― garand


「行ってきます。」
そう言って私は家を出た。自分しか居ない部屋に向かっていっても仕方ないのだが習慣で私はいつも言っている。
 私は駅まで歩き、電車で会社へと向かった。朝礼が終わり連絡事項を確認すると私は営業のため会社を出て住宅地を回るため、また電車に乗った。

 電車内で顔なじみの同業者と鉢合わせした。彼は精密機器のメーカで営業の仕事をしている。この間、最近感覚機器の調子が悪いことを話すと自社製品の感覚機器を割安で譲ってくれた。
「あれからどうですか。調子よく動いていますか?」
「あれに交換してから個体認識でエラーが出ることも無くなったよ。仕事中に認識エラー出して相手が誰か判らなかったときは焦ったからね。」
「そうでしょう。うちの製品の質は業界トップクラスです。…とあなたに営業しても仕方ないですね。仕事の方はどうですか?」
「いや、私のはわざわざ買う人も少ないからあまり売れないよ。」
私の扱っている商品は思考処理系への追加思考論理である。私は使ったことが無いので解らないが、これを記憶素子に複写することで哲学的な思考や科学的な思考等の新たな思考方法が出来るらしい。
「それより感覚機器の問題が片付いたら次は脚部の動作機構がいかれてきたらしい。最近動作がおかしいんだ。」
「あまりエラーが多いようならメンテナンスでも受けたらどうです?」
「そのうち行こうとは思っていたんだけどね、今日の帰りにでも行くことにするよ。…この駅で降りるよ、仕事がんばってくれよ。」
そう言って私は電車から降りた。
「まあお互いがんばりましょう。体にお気をつけて。」

その後、私は日が暮れるまで住宅地を回ったが、実用的な知識のデータベースなどと違いアピールしづらいので今日も何も売れなかった。よくわからないものなのに価格は私の給料2ヶ月分と同じである。今月もほとんど売れていない。
 会社に戻り、このままではクビにされるかもしれないな等と考えながらメンテナンスを受けにいった。
メンテナンスではさすがにこの間交換したばかりの感覚機器は正常動作していたが体の各所でもう交換の必要がある箇所が何箇所かあったらしい。
メンテナンスの後しつこく交換用パーツの勧誘を受けた。このままではいつ壊れてもおかしくないらしい。
金の無い私は何とかそれを振り切ったが、確かに最近調子が悪すぎる。本当にパーツを交換しなければ大変なことになるかもしれない。帰りに行きつけのパーツ屋で最新の型よりも2世代ほど古いパーツをいくつか買ってきた。家に帰ってから交換することにしよう。

 「ただいま。」
そう言って私は家に入った。家には私しか居ないのでこんなことを言うのも奇妙だが、家を出るときと同じで続けている。
 私は自分の体を作業台に寝かせると、作業用アームのケーブルを自分に挿して作業を始めた。いつ見ても自分の胸の板がはがされ中から多くのパーツが顔を覗かせるのを見るのは不思議なものだ。
 作業をしながらベッドを見たそこにはたくさんのケーブルがつながれた“私”が居る。私が外で感覚機器から得た情報を受けて思考し私に動作命令を送信するための“私”だ。私はアームでパーツを組み込みながらケーブルをつながれ目も見えず栄養を注入され寝たきりになっている“私”を見た。交換作業が終わればこの“私”もメンテナンスしなければならない。外に出ている間もこの“私”の不調で苦しみや痛みを感じたりする。
 人間の脳を電子回路や記憶素子に代用させる技術はまだ当分実現しないらしい。今日会った同業者や隣の住人はロボットなので、こんな面倒なことも無いのだろう。これなら私もロボットに生まれたかった。

(了)



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