KIT Literature Club Official Website

京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.1.2 / 獺祭
Last-modified: 2007-06-21 (木) 18:09:19 (6393d)
| | | |

獺祭 ―― 海砂利水魚


 鈍痛がしていた。古傷が開きそうだ。加えて頭の中には出所も得体も知れぬ疲労と倦怠。古人に倣って蜜柑と檸檬とその他数種の柑橘類を試したのだけれど、晴れぬどころか混ぜ合わせたことはどうやら逆効果だったようで。ついに腹の調子も崩してしまった。それがどうにも気持ち悪くて、また奥底には前々からの症状も排他的ではなく効いてくるものだから。二重苦になって、とても耐えられそうに無いとも思えたのだけれど、時の解決によって何とかディーゼルの到着前にはホームへとたどり着き、幸いにも空いていた席へと腰を下ろす途端に閉じた目蓋はそのときもう開けようにも開かなかった。パンシューウと扉が閉まると席は私を右へと引っ張る。なので私も波に乗るように体を右側に傾けた。
 私は自らをよくぞこの状態まで運んだものだと時と自らを賞賛して、少しの安堵とともに暫しの快眠を得る予定であった。しかし列車がトンネルへとはいるとレールと車輪の擦れるコーと言う音がいつもより耳障りに聞こえられて。意識を手放すことを断念せざる得なかった。うちに、いやに意識がはっきりしてきて鈍痛は治まらぬまま。目を開けると、青めの色をした蛍光灯の光を反射してちょうど鏡のようになった向かいの窓に自分の姿が映る。川獺のような顔をしていた。
 列車の中は混雑していなかった。向かいの席には誰も座ってはいない。左斜め前には練習を終えた野球部らしい工高生が四人うち1人は鼬顔、扉を挟んで右横には塾帰りであろう私立中学の制服を着た男子が三人うち1人は熊、自分の通っている高校の生徒で女子が三人うち1人は中学生の時のクラスメイト、それぞれ集団を作ってにぎやかしている。他には黒いなめし革の上着を着た筋の張った蝙蝠男、大根の葉がはみ出したビニール袋を横に置いている皺だらけの猫、その孫らしき兎などがいる。それぞれになにやら話しているようだがノンネルの中なのでコーという音に打ち消されて聞こえない。
 ふと気づいた。この状況には多分に期待できるのではないかと。輸入雑貨店で洋書を積んでいるよりもよほど形をなしている。これを利用しない手はない。そう、忡忡と泥んでいては動きもしなかった。ドミノは複雑にけれど整然と並んでいる。ああ、これをどうやって典礼としよう。見上げるといつの間にかトンネルを抜けていたものだから、夜も丸もよく見えて。そうだ、丸だと。
 降りる段になって、改札の駅員は同族であったものだから。ますます気味が良くて。今頃黄色い車体の中は。
 正月二十日のことであった。

(了)



この作品を評価を評価する

点数: 点 ◆よろしければコメントもお願いします