Trick or ―― U †
小間使いのゼホは困惑しながら車のキーを入れた。
なぜお館様はあのような物を買いに行けと命ざれたのだろうか?
それはつい数分前のことであった。香ばしくうっすらと焦がしたトーストに、スクランブルエッグ、そしてサラダボウルという、割と質素な朝食を終え、モーニングコーヒーを楽しんでいたお館様――モニカ=クラウン――が、食器の片づけをしていたゼホに声をかけたのは。モニカはゼホに顔を近づけるようにと命じ、少し恥ずかしげに言った。
最初、ゼホがそれを聞いたときは、いったい何の冗談だか判らなかった。
「○ロルチョコを買ってきて欲しい」
確かに彼女はそういった、ゼホ以外には聞こえない様に、小さな、小さな声で。
「し、しかし・・・」
そのようなものは下々の者がたべるものであって・・・、実際にはそこまで声には出さなかった、主人が買って来いというのなら買って来るのが彼の仕事だ。
「・・・了承しました、それで幾らほど・・・?」
「そうじゃな・・・とりあえず100個ほど、それと○ュッパチャップスも同数、あとは・・・うむー思いつかん、そなたに任せるゆえ、さまざまな種類のお菓子を買ってまいれ、大切なのは量じゃ。」
「了承しました、それで行って参ります。」
いったい何に使うのだろう?ただの気まぐれか?そんなことを考えながら現在に至る。
買い物袋の中には大量のチ○ルチョコとチュッ○チャップス、それに袋詰めの飴や、クッキーが入っている。これをレジにもって行くのは少々恥ずかしかった、もしかしてただの嫌がらせか?指示通り、台所の棚に買い物袋を入れる。台所では給仕士たちが、昼食を作っている。今日の昼食はウェルダンのステーキーに煮込んだトマトソースをかけたものにサラダボール、ポークウィンナーと野菜のスープ。ステーキのうまそうなにおいがゼホの鼻に漂ってくる。しかし、今日は少し準備が早いのではないだろうか?
少しはやめの食事を終えたモニカは午後のティータイムを終えると、いそいそとどこかへ移動する。いけないことと思いながらもつい、ゼホは後についていってしまった。言い訳のために食器を持って貴婦人を尾行する。案の定彼女が向かったのは、台所だった。そして先ほどの買い物袋に入ったお菓子を入れた棚の前に立つ。あたりをきょろきょろと見回す。ゼホは物陰に隠れてそれをやり過ごした。女主人はおもむろに棚を空けると、買い物袋から1つチロルチョ○を取りだし、皮をむいてパクリと食べてしまった。満足そうにエムを浮かべてチロル○ョコを食べる貴婦人。なんだ単に食べたかっただけか。ゼホは朝からの疑問に自己回答を与えてその場を立ち去ろうとした。その時だった。
「おい、そこで何をしている」
いつのまに後ろによってきていたのだろうか、大きな、白の服、それがエプロンで、彼が給仕長のバスカルだと気づいたときには、手に持っていた食器が手からすべり落ちている。
一呼吸置いて食器が音を上げて砕ける。しまった。
当然それに気づいたモニカがこっちによってくる。いまだに頬っぺたにはふくらみが残っている。
「みーたーわーねー」
「い、いや、私はいま食器を片付けようとしてここへ来ただけで・・・その・・・」
あわてて弁明をしようとするゼホだったが
「こいつ、ずっとここでお館様を見てましたよ」
必死の弁明もうしろの薄らでかい給仕長のせいで台無しである。チロ○チョコを食べながら貴婦人は陰湿な笑み――少なくともゼホニはそう見えた――を浮かべてこちらを見ていた。
「見られたからには仕方ない、そなたにも手伝ってもらうぞ。」
「へ?」
それはこの上なく間抜けな声だった。
「「Trick or treat!」」
元気一杯の子供の声が、玄関から聞こえてくる。
「「Trick or treat!Trick or treat!」」
なおもその叫びは続いている
「おやおや、元気な子供たちだこと、ゼホ、準備はいいかい?早くしないといたずらされてしまうわ」
「了承・・・」
その声は玄関から聞こえて売る声に比べて元気がなさそうだった。
「うふふ、なかなか似合ってるじゃないの、さあ、子供たちにも負けないくらいの元気をおだし」
逆立った真っ白の髪、漆黒のマント、口元から生える長い牙、蒼白な顔色、尖った耳、それはホラー映画にもたびたび現れてくる恐怖の怪物。ヴァンパイアと呼ばれるものに偽装したボブは主人の要求に答えるべく、ソファーから立ち上がった。長身のそれは初めて見るものには恐怖の対象になりえるかもしれない。
「私が作ったお菓子が市販のものよりおいしくないなんていう悪ガキは思いっきり驚かしてやってね。」
モニカ特製のクッキーとスコーン――昼食が早かったのはこれを作るためだった――と今朝方、買ってきたお菓子をかごに持ちモニカは玄関へと向かう。
「「Trick or treat!Trick or treat!」」
かごをぶら下げて叫ぶ小さなモンスターたち
「はいはい、わかったから、かごをおだし。」
そういって、かごの中にお菓子を入れていく、出来立てのクッキーは香ばしくておいしそうなにおいがする。全員のかごにお菓子を入れ終わった後、真ん中に立っていたちっちゃなゾンビがお礼を言う。そしてクッキーに口をつけ・・・
「まっずい、○ロルチョコのほうがまだましだー」
それはもう、子供がゆえに憎たらしい顔だった。しかし別にモニカのクッキーがまずいわけではない、彼女の名誉のために言わせてもらえばクッキーはとてもおいしい。これはこの家でのハロウィンの行事なのだ。
「キィィ、よくも言ったわね」
貴婦人は握りこぶしを作ってみせる。あたかも悔しそうにして、それはそれは恐ろしい、まるでおとぎ話に出てくる魔女のような表情で睨みつける。
「やっておしまい!」
呼びかけに応えたのは魔女の後ろで待機していたヴァンパイア、もといゼホである
「うぉぉ、お館様のクッキーをまずいなどといったのはどいつだぁー!」
そういって手を上げ、つめを立てて威嚇してみせる。子供たちはキャアキャア叫んで家を飛び出していく・・・彼らが楽しそうに走っていくように見えるのは、まぁ、間違いではないだろう。
そうこれは恒例行事なのだハロウィンの。魔女と怪物の館の。