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京都工芸繊維大学 文藝部

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Last-modified: 2007-06-24 (日) 20:03:25 (6143d)
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Let’s Communication ―― お亀納豆


窓から見える色彩は早いもので、もう朱から紺に変わりつつある。まあ、描き始めるのが遅かったし、冬の足音が聞こえて、日が暮れるのが早くなってきている所為もあるかも知れない。
僕はキャンバスに目を戻した。其処には人参、胡瓜、南瓜、キャベツ、トマト等々、野菜が並んでいる。黒の線で描き出されたそれ等には、未だ淡い存在感しかない。色や影が付いていないからだ。
今日の静物画のテーマは野菜。普通はこういう時は果物とかを描くのだろうが、生憎、美術室には果物は無く、代わりのつもりなのか、大量の野菜が置かれていた。美術部が使ったものだろう。否、正確に言うなら、スピリチュアルアート部で、正式な美術部は別にちゃんと存在する。
この学校は余程金が余っているのか、ある程度の人数が揃っていて、他のクラブと名前がかぶっていなければ、どんな部活だろうと立ち上げる事が出来る。勿論、最低限の常識を守れるならばの話だが。
それで、二年前――僕が入学する一年前に発足したのがスピリチュアルアート部だ。伝統的な芸術に重きを置く美術部に対し、スピリチュアルアート部、通称SA部は自分達の魂を描き出す事に青春を注いでいる。当然と言うか何と言うか、仲は悪い。
ちなみに僕はどちらにも所属していない。中立とでも言うのだろうか。
絵を描くのは好きだが、僕にはその為に群れる必要が有るとは思えない。合作を行ったりするというのなら、話は別だが、絵とは一人で描くものだと僕は思っている。だから僕はSA部が活動を終えた後、こうして第二美術室で絵を描いている。部活に入るのは御免だが、美術室の雰囲気はなかなか気に入っている。
もう少しだけ、描いてから終わりにしようと思った矢先、戸が開き、
「わっすれもの、わっすれもの~」
 と、何とも間抜けな音程で、間抜けな歌詞の歌とも言えなそうな何かが飛び込んできた。
 歌い手は少女。歌の通り忘れ物を取りに戻って来たSA部員だろうか。彼女は歌を聞かれた為だろう、ばつの悪そうな顔しながら、僕に声を掛けてきた。
「あの、時々、私達が帰った後で、絵を描いてる人だよね……?」
 声は出さず、頷きだけで答えを返す。
「絵、好きなんでしょ?何で、ウチにも美術部にも入んないの?」
 放っておいて欲しいと思いつつも、返事をしてしまう。
「群れるのが嫌いなんだ。そもそも絵は一人で描くものだろ」
「そんな事ないよ。みんなで一緒に描くからこそ生まれる絵も在る。って部長が言ってたんだけどね」
 そう言いながら、少女は僕の描きかけの絵に手を伸ばす。何故かそれを止めようとは思わなかった。

 半時間後。キャンバスに在ったのは存在感を強調し過ぎている野菜達だった。炭化したのかと思う程、黒くなった人参。鮮やかな黄色に染まった胡瓜。空に在れば、さぞ美しいだろう虹色になった南瓜。血染めのキャベツに、鮮血を飛び散らせたトマト。
 何だこれは。
「アタシ、絵はあんまし得意じゃないんだよねー。でも友達に誘われてSA部に入ったらこれが面白いの。君の魂はどんな色だろう?みたいな感じで」
 そうか、これが君の魂の形。スピリチュアルアートなのか。滅茶苦茶で。乱暴で。粗雑で。何のコンセプトも無くて。
 でも、こういうのもたまには良いのかも知れない。
「取り敢えず部長に紹介してくれ」
 僕はSA部員としての一歩を踏み出した。

(了)



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