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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 三題噺 / 百合ノ花咲ク
Last-modified: 2007-06-24 (日) 20:17:16 (6150d)
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百合ノ花咲ク ―― お亀納豆


 聞き慣れたチャイムの音が鳴り響き、七時間目の始まりを告げる。しかし、それは特進クラスでの事。
 此処、普通科二年三組の教室は既に放課後になっており、一部の生徒が残っているだけである。

「Tが周期で、λが波長で、ここがこーなって、こいつをこっちに代入すると、これが消えて……、って、だあああああああああああ、理解(わか)んねぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 叫ぶのは、窓際の席に座っている小姫(こひめ)だ。頭を抱えて、長い髪を豪快に振り乱している。
 黙っていれば深窓の令嬢かと見紛う程の美少女なのだが、言動及び行動が何かとワイルドな少女である。
 今、彼女は椅子を百八十度回転させて、後ろの席の少女と向かい合うかたちで、勉強している。が、その後ろの席の少女は、小姫が大声で喚いているのにも構わず、黙って、音楽の教科書に目を落としているように見える。眼鏡を掛けているので、いまいち、視線が何処を向いているのか、はっきりしないが。
「なあ、深鈴(みすず)さんよぉ、ちょーっとばかしお勉強が苦手な親友を助けてあげようって気は起きないもんですかねぇ?」
眼鏡の少女――深鈴が返す。
「全然。と言うか、私は音楽のテスト勉強で手一杯なんだけど」
「あん?お前、どうせアレだろ?殆ど完璧に終わってるけど、それでも念には念をって段階なんだろ?どれ、ちょっとアタシが確かめてやるよ」
「別に良い」と、そっけなく答える深鈴を無視して、教科書をひったくる。
「えーと、じゃあなあ、フォルテは?」
「強く」
「ピアニッシモ」
「とても弱く」
「クレッシェンド」
「段々強く」
「ダ・カーポ」
「美少女ゲーム。じゃなくて、曲頭に戻る」
「セーニョ」
「ダルセーニョから此処に戻る」
「一部、不穏な単語が聞こえた気がしないでもないが、完璧じゃねーか。ほら、もう音楽の勉強は良いだろ。物理教えてくれよー」
 と、小姫は猫撫で声のような声を発する。言葉遣いは荒いままだが、彼女がこういった声を出すと、どうにも蟲惑的な印象がある。
 深鈴は思わず、頬を染めて、「うぁ」と声を漏らしながらも、何とか冷静に対処する。
「そもそも私は生物選択なんだけど。と言うか、何でわざわざ選ぶ人が少ない上に、ハードルが高い方にしたのよ?」
「だって、生物の岡本は授業中寝かせてくれねーじゃん」
「そんな理由で進路を左右する選択決めちゃったんだ……」
 深鈴が呆れている事になど気付かず、小姫は再び教科書に目を落とす。
「ちょっと、椅子の上で胡座(あぐら)かくの止めなさいってば。ぱんつ見えるわよ」
 小姫には、難しい事を考えると、何処であろうと、胡座をかく癖が有るのだ。
「ああ?別にパンツくらい構わねーよ。見たい奴には見せときゃさ」
 これにはすかさず反論が入った。
「私が興奮して、勉強に集中出来なくなるから止めろって言ってるの」
「興奮ってお前、いつも風呂入る時に鼻息荒くして、目ぇ血走らせて死ぬ程見てんじゃねーか」
「それとこれとはまた別よ。いえ、それ以前に誰がパンツの話をしてるのよ。私が言っているのは、ぱんつであってパンツじゃないわ」
「お前こそ何の話だ、それは。どっちもパンツじゃんか」
「違うわ!貴女の言っているのはパンツであって、私が言いたいのはぱんつ!!」
「だから一緒だろーが!!」
「理解(わか)らない子ね!ぱんつとパンツは、『ぱんつはいてない』と『ノーパン』のフレーズくらい差が有るわ!!」
「なおのこと、理解(わか)んねーよ!!」
 既に二人は立ち上がって、今にもお互いに掴みかかりそうな体制だ。小姫も、深鈴の勢いに釣られて、ヒートアップしてしまい、椅子の上で仁王立ちしている。
「この心震えるフレーズとそうでないものの違いが理解らないなんて……。可哀想な娘(こ)……」
 それが小姫の何かに触れてしまったらしい。彼女は椅子の上に片足をずどん!と乗せて、吼(ほ)えた。
「よーし、理解った。こーなったらお互い理解り合えるまで、拳で語り合おうじゃねーか!!」
 目線を深鈴の方へ向けると、少女はこちらを見上げて顔を真っ赤にしているではないか。しかし、その視線は小姫の顔より、やや下へ向いていて。どうやら、勢い良く脚を上げ過ぎて、見えてしまったらしい。
 次の瞬間。

 ぼぶるぅあっ

 と、大変醜い音がして、小姫の脚が真っ赤に染まった。更に深鈴の顔下半分も、と言うか辺り一帯真っ赤である。
 倒れかけている深鈴を受け止め、そのままお姫様抱っこすると、
「あー、またやっちまったかー」
 溜息を漏らすと、彼女は事態を傍観していたクラスメイトへと声を掛ける。
「悪ぃ、後片付け頼むわ」
 その顔はまさしく超絶美少女そのもので、クラスメイト達は逆らえないのであった。

 二人が居なくなった教室で、クラスメイト達はぼやく。
「いい加減、あの二人、学習すればいいのにね……」
 廊下から、小姫の大きな声が聞こえてくる。
「あ、てめぇ、胸に顔埋めんじゃねーーー!!鼻血付くだろがぁ!!」

(了)



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