答えは風の中に ―― 土星から来た猫 †
十年前のことでした。身体が“石”に変わって行くこの奇病が初めて確認されたのは。
この病気で初めて命を落としたのは当時12歳の少年でした。彼は自分の夢をミュージシャンと私に語っていました。
彼は私が一人前の医師として初めて担当した患者でした。私は音楽に詳しくないのですが彼は暇があればいつも歌っていました。「Like a complete unknown. Like a rolling stone?」いつも聞いていた私はこの歌詞を覚えてしまいました。
日に日に“石”へと変わっていく四肢を彼はいつまでも直ると信じていました。私は自分の力の無さを悔やんでいました。
運命は残酷でした。「転がる“石”のように生きることは?」という歌詞は皮肉にも彼の行く末を暗示していました。私はその時、その歌詞の、その質問に答えることは出来ませんでした。
彼は発症してから半年足らずで全身が“石”になってその生涯を終えました。私はそれから十年、治療法を研究し続けました。未だ成果は芳しくありません。
ついに研究チームで発症者が出てきてしまいました。治療法が確立されない限りおそらく私も発症するでしょう。
私にはもう後はないでしょう。チームの半数以上が発症し、死者までもが出てしまったのです。私たちは隔離され、研究の続行さえも危ぶまれてきました。
これがおそらく最後の手記になります。もう左手と下半身は“石”になってしまいました。いまならもしかしたら「“石”のように生きること」の答えを答えられるかも知れません。
「The answer, my friend, is blowin' in the wind.The answer is blowin' in the wind.」
彼が歌っていたもう一つの歌はまさに私の最後にぴったりだったと思う。