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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 三題噺 / 歪
Last-modified: 2007-06-24 (日) 19:39:29 (6150d)
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歪 ―― お亀納豆


くそっ。苛々する……。どうして学校ってのは、あんなに無意味で無価値で愚かで気休めにもならない様な事ばかり僕達に強制するのだろう。国語、算数、理科、社会。そういう教科は理解る。でも、図工、体育、音楽なんて、やりたい奴にだけやらせておけば良いんだ。
 あんな馬鹿な事を真面目な顔をして教えてる教師どもの気が知れない。最低な連中が繰り広げる授業を、何も考えていない様な顔で聞いているこれまた最低な連中と一緒に勉強するくらいなら、家で一人でやる方が断然良い。
 そう思うようになってから、もう三ヶ月が過ぎた。五年生の教科書の内容はとっくに終わらせてしまったし、今は姉貴が昔使っていた六年生の教科書を借りて勉強している。母さんは学校に行かなくなった僕を心配しつつも、勉強をしている事に関してはしきりに褒めてくる。
「まだ五年生だって半分も終わっていないのに」
「貴方はきっと天才よ」
「御褒美に何か買ってあげましょうか」
吐き気がする。そんなふざけた台詞で子供をコントロール出来るとでも思っているのだろうか。
家が僕にとって学校とそう変わらない程度に不快な空間になるのには、あまり時間はかからなかった。
次に僕が選んだ勉強場所は近所の公園だった。其処は平日とはいえ、あまりに人の数が少なく、落ち着いて静かに勉強するには好都合な場所だった。幸いな事に、休憩用なのか石で出来たテーブルみたいなものと椅子のようなものも在ったから。
そんな頃だった。僕が「あれ」を手に入れたのは……。

その日、僕は久しぶりにあの苛々を味わっていた。前日、担任教師が自宅にやって来て、僕に学校へ来るよう説得し始めたのだ。勿論無視するつもりだったが、この教師は余計な御世話も甚だしい熱血教師っぷりを発揮した。
根負けしてしまった僕は仕方なく学校へ行くと約束してしまった。二、三日くらい顔を出せば、おとなしくなるだろうと思ったのだ。
だが、その教師は在ろう事か僕が居るその日を狙ったかのように、休み時間に全員ドッジをやろうなどと提案した。全員ドッジというのは、その名の通り、クラスの親睦を深める為に、みんなでドッジボールをして遊びましょうという知恵が足りない奴が考えたとしか思えない時間の無駄の極みに在る行為の事だ。それに、本当にクラスメート全員が楽しんでいるのならともかく、実際は、脳味噌まで筋肉で出来ている様な一部のクズどもが好き勝手にボールを投げ合っているだけだ。そんなにボールが投げたいなら猿山にでも行ったら良いだろう。
そこで僕は突き指をさせられたという訳だ。全く腹立たしい。ボールを投げた奴を殺してやりたい。僕とあいつとの距離は一メートル在ったかどうか。しかし、あいつはほぼ全力で投げてきた。本当に下種な奴だ。
いつもの公園にやって来たものの、苛々が先に立ち、とても勉強など出来そうにない。
「どうしたの、僕?」
 いきなり声を掛けられたので驚いた。椅子に座って俯き、考え事をしていたとはいえ、人の接近に気付かないとは僕とした事が……。
 見上げると、其処に居たのは女性だった。白いワンピースに薄い色のカーディガンを羽織っており、片手には日傘を開いたまま持っている。年の頃は、三十代前後といった処だろうか。如何にも貴婦人といった出で立ちだ。
「僕に何か用ですか?」
「用って訳じゃないんだけど……」
 女性は少し困った顔をする。
「貴方がなんだか難しい顔をしていたから、気になっちゃって。おばさんで良ければ、相談相手になってあげるわよ?」
「結構です。見ず知らずの他人にいきなり悩みを打ち明けられる程、僕はコミュニケーション能力に長けていませんから」
 こういう人間は、自分が良いと思っている事を何の躊躇いも無く、他人に行う。その行為が受け手にどういう感情をもたらすかも考えないで。彼等にとっては自分達の行いは絶対の善行なのだ。
 女性は一瞬きょとんとし、すぐに穏やかな笑みを浮かべると、カーディガンのポケットから何かを取り出し、僕の方に突きつけてきた。チョコレートだ。僕の親指よりも一回り大きい程度のもの。数十種類の味が在り、バラ売りしているタイプのものだ。名前は何と言っただろうか。チロ……まあ良い。
「疲れてる時は甘いものが良いのよ?」
 こいつもだ。チョコ一つで、僕みたいな子供は簡単に変心すると思っている。それが苛々を加速させる。
 僕は隣の椅子に置いていたランドセルからスタンガンを素早く取り出すと、最大電圧で女性に押し当てた。何が起こったのか理解出来なかったのだろう、彼女は笑顔のまま崩れ落ちた。

 姉貴が護身用にと持っていたスタンガンを手に入れた時から、何時かやってみたいと思っていた。いきなり人間でやれるとは思ってもみなかったが。
 僕は気絶させた女性を公衆トイレに連れ込み、両手と両足をそれぞれ、女性の着ていたカーディガンと給食袋で縛った。
 後は着火するだけだ。母からくすねたライターで女性の服に火をつける。初めこそ緩やかだったそれは、一気に燃え上がり瞬く間に女性を包み込んだ。
 意識が戻ったらしく女性は悶え、暴れ始めた。手足を拘束されていなければ、もっと、それこそ壁に身体を打ち付けるくらいに暴れるのではないだろうか。肉が溶ける嫌な匂いが辺りに立ちこみ始めた。
辛うじて確認出来る彼女の顔に先程までの笑顔はもう無い。其処に在るのは苦しみ。嘆き。痛み。悲しみ。恨み。そんな処だろうか。
 僕は公園を後にした。今頃あの女性はウェルダンになっている事だろう。
普段はあまり感情を表に出さない様にしているが今日は、特別らしい。込み上げて来る笑いを我慢出来そうにない。
「くっ、ははは……。はははははははははははははははははははははは!!!!あっはははははははははははははははは!!!!」
 こんなに気分が良いのは何時以来だろう?
今日は勉強がはかどりそうだ。

(了)



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