山彦堂のおねえさん ―― 土星から来た猫 †
西暦2097年
二十二世紀を目の前にし、地球は温暖化や砂漠化、地下資源の枯渇などの問題を抱えていた。
その反面科学技術は黎明期を迎え、前出した問題から目を背けるように人類の大半が宇宙へと進出していた。
そんな世界は日本のどこかにある商店街の片隅…
「さっさと帰れ~!あんたみたいな客はこっちの方から願い下げだなんだよ~!」
『堂彦山』と書かれた看板の店から一組の男女が飛び出してきた。真っ先に出てきた男はその辺にいる様なゴロツキの様に見える。しかしそれよりも目を見張るのは後から出てきた和服を着た妙齢の女性、いやその手に握られている物だろう。
「てめぇ!いきなり"剣"振りまわしてんじゃねぇよ!アタマイカレてんのか?」
「剣?何言ってるの~。これは刀の中の刀、日本刀ってのよ~。これだから教養のない人間は~」
言いながら女性はなおも日本刀を振りまわす。男もこれにはまいったらしく一目散にかけだした。
「いやぁ~。商売するのも難しい時代になったもんよ~」
「『ヤマビコドウ』のおねえさん、久しぶりのお客さん追い返したんだね」
やれやれとつぶやく女性にふと現れた少年が声をかける。
「お、そう言う君はご近所の『喫茶モモタロス』のマスターの息子で近所の小学校に通う少年A君だね~。あと何度も言うようだけどこのお店の名前は『
「とても丁寧かつ一部不足している説明ありがとうございます。この人類が宇宙に進出している時代に骨董屋なんて古くさい商売をしているおねえさん。それと少年Aって呼ぶのやめてもらえませんか」
「いやあ~、てれるなぁ~。お茶でも飲んでく~?茶菓子はないけど~」
「いや、褒めてませんから。あとさらっと僕の要望を聞き流さないでください。」
立ち話もなんだからというおねえさんに薦められ二人は骨董屋『山彦堂』へと入っていった。
「ふ~ん。君んとこの家も宇宙へ行っちゃうんだ~。寂しくなるね~」
「ええ、と言っても半年後の話なんですけど」
「それでもいなくなるって分かるだけでも寂しくなるものだよ~。寂しくておねえさん泣いちゃうかも~」
「全くそうは見えませんけどね」
「あはは~。それはね、寂しいけどその反面善いことだからだよ~」
「善いことですか」
「そう、善いこと。今の地球の状態は分かってるよね。」
「環境問題や地下資源の枯渇、その他諸々の事情で明日にも天変地異が起きるかもってことですか?」
「そうそう。だから宇宙へ行くってことは未来が続いていく可能性ってのがここにいるよりもずいぶんと開けてくのよ~。っても大人達の負債を子供になすりつけたくないいいわけなんだけどね~」
「それって結局地球になすりつけてますよね」
「人間は自分本位の生き物だからね~」
「ところでおねえさんはどうするんですか? ずっとここにいるって訳にもいかないでしょう。今じゃ宇宙移住は国連と政府が推奨してますから申請すれば税金を払っている限り誰でも宇宙にいけるじゃないですか」
「まあ、ね。でももうしばらくはここにいたいんだね~。先祖代々やってきたお店を手放すのも心苦しいし」
「そんなこと言ってて置き去りにされてもしりませんよ」
「そうならないように気を付けるよ~」
あははと笑いながらお茶を啜るおねえさんに対し、少年の表情は真面目だった。
「僕思うんですよ。もしかしたらこれは『最後の審判』なのかも知れないって。選ばれた人間は天国へ昇りふさわしくない人間は地獄に取り残される、これって今の自分たちの状況に近いですよね」
「なるほど。じゃあ地球は今ハルマゲドンの真っ最中って訳だ。結構的を射てるんじゃないかなその表現」
いつもとは違う口調のおねえさんに少年は「えっ」と驚いたが
「さて、もうそろそろ子供は家に帰る時間じゃないかな~」
すぐにいつもの口調に戻り少年は山彦堂を後にした。
その夜
「本当に君の言うとおりなんだね~」
山彦堂のおねえさんは日本刀を片手に小学校のグラウンドにいた。
「ただふさわしくないのは人間だけに限らないけどね~」
おねえさんの見据える先にはケモノがいた。
それは全身が黒く、そして大人の倍はありそうな大きさを持っていた。
「こういう輩がいるから私は宇宙に行けないわけでして~」
ケモノはおねえさんに気がつくと途端にそちらに襲いかかる。それはまさしく獲物を見つけた肉食獣さながらの動きだった。その刹那、
「ホホデミ!」
炎を纏った日本刀によってケモノは両断されていた。
「さて、今日はどれだけまがつがみ禍津神が出てくるかな~」
そしておねえさんは夜の町へと消えていった。