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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 三題噺 / 子供の頃の夢を忘れない貴女は何時まで経っても美しい
Last-modified: 2007-06-24 (日) 19:55:06 (6148d)
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子供の頃の夢を忘れない人は何時まで経っても美しい ―― お亀納豆


トイレットペーパーに、洗剤。歯磨き粉にボディソープ。夕飯の食材も揃ったし。よし、買い忘れは無しね。
今日は帰ったら、まず洗濯ものを取り込んで、それから……書斎のお掃除でもしようかしら。お天気が良いから、お庭の手入れっていうのもアリかしら。
なんて事を考えながら、帰路につく私。最愛のあの人に事故で先立たれてから早一年。一時は後追い自殺まで考えたけれど、私は今こうして悲しみを乗り越え、元気に生きている。
あの人が生きていた頃は、家事なんかは全部お手伝いさんにお任せして、私はまるで貴婦人の様に優雅な暮らしを送っていた。気が向いた時はお稽古事なんかをしてみたり。
それが今ではこんな状態。あの人が残してくれた財産で何とか食べている。だからもう少し落ち着いたら、パートを始めてみようかなと思っている。
勿論、あの人が居ないのはとっても寂しい事だけれど、不満が在る訳じゃない。たったの一年で私の世界はまるで別ものに変わってしまった事に驚いてはいるけれど。まさか、あんな出会いが在るなんてね。

私が時々行くケーキ屋レセーナの前を通り過ぎようとした時だった。買ったものを入れていた手提げ鞄がもぞもぞと動くと、中からとっても表現のし難い物体が顔を出した。
「黒の波動を感じるニャ!」
 一言で言うと薄黄色の掌大のボールだ。それに点と線で顔を描いて、猫の耳?と首を傾げざるを得ないような三角形のものを二つ、頭に付ければ完成。
「何を中途半端な説明をしてるニャ!僕には立派な手足だってちゃんと付いてる
ニャ!!」
「えー、殆ど在るか無いか判らない程度の寸詰まりじゃない。そもそも地の文を勝手に読むなんてセクハラよ?」
「セクハラって、だから僕は深乃璃さんには何の魅力も感じニャいって常々言って、嘘です御免なさい深乃璃さんは何歳になっても天使の様に美しいですはいニャ」
 真っ青になってガクブルし始めたこの子はピーニャン。半年程前、あの人を喪って悲しみに暮れる私の前に現れたのがこの子だった。
「で、波動の原因は何処?」
 ピーニャンを小突いて、答えを急かす。彼が視認し辛い手を向けた先に在ったのは……レセーナ。その中では、見た瞬間に「デブ!」と思わざるを得ない様な女の子が持ち上げたテーブルをカウンターに投げつけていた。テーブルを投擲した後も、その女の子は暴れ続けている。ガラス窓を椅子で砕き、店内のケーキを無造作に頬張り……。その様は醜いとしか言い様がない。
「全国の乙女の楽園、レセーナで何て事を!!ピーニャン、行くわよ!早く、あれを出して!!」
 馬鹿な事をしている場合ではないと思い出したのかピーニャンは顔を引き締めると、鞄から飛び出し、地面に着地すると、「う~~~~~~~ん」と力み始めた。
 二十秒程すると、ピーニャンのお尻から、ころんと親指大の茶色い塊が出てきた。私はそれを拾い上げて、
「もう何回も言ってるけど、他の部位から出せないの?これじゃまるで……って、何言わせるのよ、馬鹿!!」
 取り敢えずピーニャンを蹴っ飛ばして落ち着いた。「今のやりとり、これで二十七回目ニャーーーーー」という声が遠ざかっていく。
 そう、もうこれを目にするのは二十七回目なのだ。いくら「アレ」に似ていると言っても、このチロルチョコみたいな固形物は「変身」アイテムなのだ。
 私はそれを口に放り込んで、素早く嚥下して、右手を高く掲げて、叫んだ。
「マジカル・シェイプチェーーーーーーーンジ!!」
 すると私の周りに光が生まれ、それは瞬く間に帯状になり、私の身体を柔らかく包み込む。この瞬間、私は少しだけ、あの人の匂いを思い出して、切なくなる。でも、あの人が私に力を貸してくれているようで嬉しいという気持ちも在る。
 そんな想いを抱いている内に、光の帯は私の体中でそれぞれ形を採り始める。身体はピンクを基調とした上着と、膝がちょっと見えるくらいの丈のフレアスカート。手足には嫌味じゃない程度の金色のラインの入った白いグローブとブーツ。少し大きめの三角帽子を被り、マントを纏って、最後に魔法のステッキ<緋焔杖(ひえんじょう)>を手にして、変身完了。
 私はレセーナの中に突入すると、大音声を上げた。
「そこまでになさい、邪悪なる者よ!この正義の乙女、マジカル☆みのりんが来たからには貴方の好きにはさせないわ!!」
 突然の救世主の光臨に反応出来ないのだろう、被害者も加害者も動きを止めている。
「早く!今の内に逃げるのよ!」
 その一言で、お客さんや店員さんは我先にと逃げ出し、店内には私とおデブな女の子だけが残された。
「さあ、さっさと姿を現したらどう?」
 挑発の意味を含めてそう言うと、女の子から黒い靄が浮かび上がった。靄は集まると黒い人型を採った。
「まさかこうも早く見付かるとはな……」
「私がお店の前を通りかかった時に悪事を働いたのが運の尽きよ!覚悟なさい!!」
「ほざけ、炎の騎士から力を借りているだけの分際で!!」
 黒い人型――イービルは掌から黒い光弾を放った。それは一直線にこちらへと向かって来るが、私は微笑を絶やさない。
「残念ね」
「何ぃ!?」
「このお店の天井がこんなに高くなければ、貴方はもう少しだけ長く存在出来ていたかも知れないのに」
 羽ばたく自分をイメージする。
「<クリムゾン・フェザー>!!」
 叫んだ次の瞬間、緋色のマントが中心で縦に二つに分かれ、燃え上がり、それは瞬く間に翼となり、私を大地から解き放ってくれる。
 光弾を飛び越え、イービルの背後へと。
「緋の女神よ、今、我に力を貸したもう。猛き焔よ、赤く紅く燃え上がり、我が敵を滅せよ!!」
 <緋焔杖>を振りかざし、呪文詠唱。そして術を解き放つ。
「<紅色の戦槍(スカーレット・ランス)>!!」
 <緋焔杖>の先端から生まれた赤い輝きは瞬く間に炎の槍となり、イービルを貫いた。彼は断末魔の声すら残せなかった。闇に還った彼に言葉を送ろう。
「well-done。残念だけど、私の好みじゃないわ」

 一時間後。私は自宅のソファーでぐったりしていた。変身すると、とてつもなく体力を消費するのよね……。
「また辺りを黒焦げにしちゃったニャ……。市民の皆さんに申し訳が立たないニャ……」
「しょうがないじゃない。そもそもアンタが炎の騎士なのが悪いんですー。あ~あ、どうせなら風の騎士とかに選ばれたかったなあ……」
 戦いが終わった後、ようやく戻って来たピーニャンは黒焦げになった店内を見て、また真っ青になっていた。まあ、おデブさんは無事だったし良しとしましょう。
「まったく、未成熟な子供だと、どんな暴走をしでかすか予想がつかニャいから、大人の深乃璃さんを選んだのに……。そもそも、いくら魔法少女に憧れてるからって、三十過ぎた未亡人の癖に乙女って図々しいにも程が、うわ何するニャ御免なさい決して神に誓ってもう言いません許して下さ、ニ゛ャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!???」



「魔法未亡人まじかる☆みのりん」


‥‥‥だと思う。



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