君に、届け ―― お亀納豆 †
「
僕は、鮮血に彩られた姿で叫んだ。力の限り。ありったけの想いを込めて。
と言っても、別に僕は瀕死の重傷を負っている訳でもなければ、誰かを殺して返り血に染まっている訳でもない。これは衣装。鮮血は血糊だ。
僕が居るのは舞台の上。今は上演後の出演者紹介の時間。僕は、お客さん達に礼を述べた後、今、自分には大事な人が居る事、その人がどれだけ自分を支えてくれているかを話
し、客席に居る筈の彼女にプロポーズした。
彼女は毎回、客席で僕の演技を見て、後で色々と感想を言ってくれる。高校で演劇は止めたとはいえ、経験者の声が聞けるのは有り難い事だった。
客席を見渡すが、夏芽は見つからない。ただでさえ薄暗いうえに、今の僕の一言で、お客さん達が盛り上がり過ぎてしまった。団長が何とかお客さん達を静めて、その場は終了となった。
夏芽は、まだ駆け出しの役者だった頃から、僕を支えてくれた大切な女性(ひと)だ。彼女の言葉に、笑顔に、叱責に、そして存在に、どれだけ力を貰ったか分からない。
だから、僕はこの大舞台『激突の宴』の最終日に結婚を申し込もうと決めた。楽屋に戻って冷静に考えてみれば、ちょっと演出過多だったかなと思わないでもないが、まあ、やってしまったものは仕方がない。
スタジオを出ると、目立たない様になのか、日陰で夏芽が待っていた。楽屋に入ってきても良いと言っているのだが、何故か彼女はいつも必ず外で待っている。
そんな彼女は、今日はセミロングの髪をアップにまとめている。少し釣り目気味な瞳の所為もあって、眼鏡を掛けさせて、スーツを着せれば、美人秘書の出来上がりといった感じだ。
僕に気付いた彼女はこちらへと向かって来る。うわあ、怒りのオーラが目に見えるようだ。
「ちょっと、さっきのアレ、何なのよ!?」
「何って、プロポーズのつもりですが……。僕の為にサイコロステーキを作ってくれ、とかの方が良かった?」
僕の好物はサイコロステーキなのだ。
「そうじゃなくて!よりによってあんな処で言う事ないじゃない!!」
どうしよう、相当御立腹らしいな。今なら牙とか角とかが見えるかも知れない。
上手い言い訳を考えていると、
「もう信じられない!」
そう言って夏芽はそっぽを向いてしまう。仕方ない、ここは引き下がるか……。
「御免よ、ちょっと舞台が上手くいったからって、テンション上げ過ぎだった。結婚の話は無かった事に……」
「…………じゃない」
「え、何て?こっち向いて喋ってくれないと聞こえないぞ」
そう要求すると、彼女をくるりと勢い良くこっちを向いて、大声で、
「誰も嫌だとは言ってないじゃない!!この大馬鹿ッ!!」
ぽかんとしてしまった僕を置いて夏芽は駆け出した。そんな彼女の耳は真っ赤に染まっていて。それがとても愛しくて。
僕は彼女の背中を追いかけるべく、駆け出した。