キラルな私たち ―― 哉 †
それでは最後の質問です。あなたはどちらを選択しますか?
A.宝物を持った蛙
B.宝の地図を持った人間
つまり、財力はあるけれど相容れないものと、不確かな財力だけれど相容れるもの。
質問を聞き終えたカナエは、太陽は東から昇るということを言うように答えた。
「蛙の持っている宝をもらって、そして宝の地図を持った人間を選ぶ」
そのあまりの堂々とした態度に、チカコは面食らってしまって、カナエの返答が質問の趣旨から外れているということに、なかなか気がつかなかった。
そんなチカコを無視して、マイペースにポテトを口に運ぶカナエ。
「カナエちゃん、それずるいよ」
しばらくして反応したチカコに、
「遅いって。なんだか電話回線でネットしてるみたいだね」
カナエは小さく笑う。
「だって、いきなり答えるから。まだ続きあるのに」
「そうなんだ。で、ほかにはどんな要素が加わるわけよ」
ええと、と雑誌を顔に近づけるチカコ。
「まず、人間の方はイケメンでしかも筋肉質」
「筋肉質か。それってしなやかな感じ、それとも手遅れって感じの筋肉?」
「たぶん、しなやか。でも、性格は悪い」
「どんなふうに悪いの」
「カナエが嫌いなタイプ。自分が正しいって信じていて、それを相手にも押し付けるんだって。ちなみに嫌煙家」
「あ、それはヤだな」
ジーンズから取り出したマイルドセブンに火をつけて、カナエは誰もいない空間に向かって白く濁った息を吐いた。それは綺麗なドーナツ型を保っており、近くに座っていた女の子が、楽しそうに副流煙のリングを眺めていた。
喜んでいる女の子に、カナエはもう一つ輪を作って見せる。
「それで、蛙のほうは全てを包み込む優しさに満ちていて、しかも不治の病におかされていて、いつ死んでもおかしくないのに笑顔を絶やさなくて、困っている人や動物や植物を見捨てられなくて、どんなに蔑まれても虐められても恨むことなく許すことができて、見境のない博愛主義者で……」
というところを読んでいるあたりで、チカコの顔は涙と鼻水でどろどろに溶けてしまっていた。やれやれというふうに首を振ったカナエは、彼女の感動の原因である雑誌を取り上げて、性格判断のところにざっと目を通した。
どこにでもあるような、変哲のない判断表だ。いくつかの質問に答えたものの性格を、できるだけ万人に受けるように曖昧な表現で、さもありげに説明している。
そして、さっきチカコの読んでいた蛙の人となり、この場合は蛙となりを見て、カナエはため息をついた。
「あざといね、かなり」
そんなことないよ、としゃっくり上げながら反論してくるチカコ。いつも自然体の彼女には、その仕草が良く似合う。私がやると、いや、チカコ以外の女がこんなふうに反応したら、カナエの中の怒りはバロメータを吹っ切れるだろう。
カナエは、自分の解答に対する性格判断などないだろうと高をくくっていたのだが、
意外にもあった。次のページに。
最後に、宝物と人間を選んで、なおかつ人間の性格に嫌気が差して逃げ出そうと考えているあなた。あなたは、非常に世界をシンプルに捉えています。自分と、自分を取り囲む状況を良く理解しており、それでいて感情では辿りつけない盲点に気づくことができるでしょう。
ただ、それは頑なに我を通そうとすることの裏返しに他なりません。その性格が災いして傍若無人に陥りますが、あなたは個人として完結しているので、それを心配することは皆無でしょう。
何だかやっつけだ、カナエは雑誌を置いて、涙と一緒に鼻もかんでいる彼女にたずねた。
「チカコも、これやったの?」
「うん、やったよ。あんまり当たってない気がしたけど」
「どれになったのさ?」
チカコの指差した欄に、目を走らせる。
最後に、蛙だけを選んだあなた。あなたは、混沌とした世界をありのまま受け入れているにもかかわらず、蛙と同じように、無自覚に周りのことに対して過剰に対応してしまうきらいがあります。ある意味、あなた以上に融通の利かないタイプの人はいないでしょう。それ故に、不幸になる確率が高いです。
それでも、世界にはあなたのような種類が必要であり、疎まれがちのあなたを大切に思ってくれる友人を得ることが、楽しいライフを過ごすための条件です。
蛙だけ、ね。チカコらしいとカナエは口元を緩める。
「結構、当たってるんじゃない。てか、あんた前にも蛙のところ読んだんじゃないの?」
「そのときも泣いちゃった」
「うん、なんとなく分かってた。チカコって可愛いもんね」
「もう、褒めてもなにもでないよ」
あんたの顔には出てるけどね、隠しきれない嬉しさがさ、とカナエは素直な友人を羨ましく思った。
そのあとに載っている、性格の相性のところを読む。
蛙だけを選んだあなたは、蛙以外を選んだ人と、非常に相性が悪いでしょう。お互いを理解することができないに、お互いに惹かれあうからです。
確かに、そうかも。
一緒にいることが苦痛になるときもあるけれど、でも、相性が悪いからってお互いを憎んでいるわけじゃない。
私はチカコの持っている素直さや愚鈍さが、のどから手が出るほど欲しくてたまらない。人間は完璧を求められ、コンピュータは曖昧さを求められることに似ている気がする。もしくは、哲学と数学のように。ゼロとイチの空間を認めてしまうと、自分が存在している理由が必要になる。
私は必要になる。
でも、彼女には要らない。そんなものがなくても、自分を失わずにいられる何かを備えているからだ。
「チカコは、可愛いね」
繰り返された言葉に、疑問符を浮かべるチカコ。
カナエは短くなった煙草の火を消す。
「たぶん、私はチカコに恋をしてる」
一瞬で顔が赤くなるチカコ。酸性につけたリトマス試験紙みたいで面白い。
「恋愛にはさ、歳の差や性別も、ましてや種族なんて関係ないよね」
「うん、そう思うけど、わたしは、そのチカコとは、その、チカコの望んでいることは」
「あんたの中の私ってさ、もしかして物凄く淫らだったりするわけ?」
力一杯に否定する姿に、カナエは苦笑しながら、新しい煙草に火をつけた。小学校から吸っているために、煙を自在に操ることができる。女の子がまたこちらを見ていた。またリングが見たいというような、期待の眼差しで。
その期待に応えるために、チカコは肺に煙を入れた。