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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 三題噺 / そんな二人
Last-modified: 2007-06-24 (日) 19:55:54 (6144d)
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そんな二人 ―― お亀納豆


「なあ、これホントに俺達で食いきれるのか?」
「せめて食べきらないと勿体無いでしょうが」
 二人の男女が顔を突き合わせてぼそぼそと喋っている。遠目に見れば、それは仲睦まじい光景と映った事だろう。だが、少し近づけば二人の間に在るモノが異様な雰囲気を醸し出している事に気付くだろう。
 二人の間には、乙女にとっての楽園でもあり、煉獄でもある特大パフェが存在しているのだった。

 ぶにゅうっと、アイスにスプーンを突き刺しながら、当真(とうま)はぼやいた。
「俺、甘いもん苦手なんだけど……」
「だからフルーツ優先で食べて良いって言ってんじゃない」
 と、返すのは水(みな)。
「上のアイスが邪魔なんですー。下手にフルーツを掘り返すと大惨事になりそうなんですー」
 もう一度記すが、二人が挟むテーブルの上には、器だけで、彼等の目線の上をいくパフェが存在しているのだ。
 まさかここまで大きいとは予想外だった。と言うか見本写真に騙された。大きさの比較の為に、パフェの横にスプーンが置かれていたのだが、そのスプーンはしゃもじか何かと間違ったんじゃないかと疑いたくなるくらいに、大きかったのだ。勿論、その事実に気付いたのは注文した後の事である。
 道理で、予想してたサイズの割には値段がべらぼうに高い訳だ。五千円。
「そもそも何でこんなもん注文したんだよ。普通のケーキとかでいいじゃんか」
 もっともな疑問である。
「だって今朝の流澪(ながれ)さんの星座占いで言ってたんだもん。蟹座のあなたは勇気有るチャレンジャー!旺盛なチャレンジ精神がラッキーポイントかも?って」
「それで、『リニューアルオープン祝い、期間限定メニュー・巨大パフェ、三十分で食べ切れたら商品贈呈。食べれなかったら代金五千円!!』にチャレンジした訳ですか。もうちょっと無難なのにしとけよな……」
 当真は頭を抱える。精神的なものとアイスのダブルパンチだ。
「だってこんなに大きいなんて思わないじゃない」
「だからって店員さんがテーブルにパフェを置いた瞬間に、『当真、一緒に食べよ☆』とか可愛くいってんじゃねーよ。ストップウォッチを押そうとして、ずっこけかけた店員さんはちょっと面白かったけどさ」
 ちなみに流澪さんというのは最近テレビに顔を出すようになった占い師の事である。よく当たるらしく、若者――特に女子高生の間で人気が在る。当真も一度、その星座占いを視た事が在るが、「天秤座のあなたはヤンキーゴーホーム!」と言われて以来、一度も視ていない。あれは軽くトラウマになりそうだった。
「しかし、あれよね。こういうパフェとかって次々と美味しそうな新メニューが登場するけど、きっと私達乙女を太らせて地獄に堕とそうとする悪魔の罠なんじゃないかしら」
「どう考えても店の売り上げを伸ばす為だろーが。改装工事で結構金使っちゃったらしいしな」
 このケーキ販売兼喫茶店であるレセーナは一ヶ月程前に、ガス爆発で店内が半壊、改装を余儀無くされた、というのを当真は新聞の地方欄で見た事が在った。
「この悪魔の所業、『悪は即座に切り捨てる』が信条の剣道部主将として見過ごす訳には……!」
 何一つ当真の話を聞いていない、若しくは敢えて無視している水は椅子に立て掛けてあった袱紗から竹刀を抜こうとする。
「お前がその信条を義憤で持ち出すのを俺は見た事が無いんだが。つーか御前は世界中のパティシエを殺してまわるつもりか?」
 と、そこで当真は大変な事態に気付いた。
「あーあー、アイスが溶け始めてるぞ!うわ、チョコやらウエハースやらと混ざって凄い色だ。最早汚物か」
 水は竹刀を袱紗に戻して、椅子に立て掛けると、慌ててスプーンを手にする。
「馬鹿、食欲無くなる様な事言わないでよね!」
 そう言いつつも、二人が操るスプーンはぶつかる事無く、効率良くパフェを削り取っていく。
 横を通り過ぎたウエイトレスが冷やかしの言葉を掛けていく。
「仲、良いんですねぇ」
 平和な午後の一幕であった。

(了)



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