夢幻 ―― U †
ある朝の出来事・・・・・・
私はいつものように七時の目覚ましで目を覚ました。まだ少し眠い。しかしそれでも学校へは行かなくてはいけない。私はいつものように朝食を食べた。今日は食パンがあったのでオーブントースターで焼き、大好きなブルーベリージャムをたっぷりつけて食べた。冷蔵庫から今日で賞味期限が切れてしまう牛乳を取り出して飲み干す。まだ冷蔵庫には同じ牛乳がもう一本あった。身支度を済ませ、家を出る。時刻は七時三十分。予定通りだ。バイクに乗り十数分かけて駅に着く。私の住んでいるところは、田舎である。駅の周りには田んぼや山がばかりである、それと今しがた私が通ってきた幅の広い道路、その脇にぽつぽつと申し訳程度に一軒屋が並んでいるだけのものである。田んぼの稲はすでに収穫を終え、こざっぱりとしている。周りの、ついこの前まで五月蝿く蝉が鳴いていた濃緑色の山々は鮮やかな紅赤色や深黄色へ色を変えていた。
待つこと数分、定刻通りアナウンスの電子音がホームに響き電車が来る、と、次の瞬間、その光景が一転、見慣れた天井と、いつも通りに鳴る目覚まし。私はぼそり、と「なんだ夢か・・・・・・」と呟き、いつものようにリビングへ朝食を食べるために向かうのだった・・・・・・
私は今、電車の中にいる。夢の中と同じように、いつも通りに行動して電車の中にいる。夢の中と違ったことといえば、冷蔵庫の中にはまだ賞味期限ギリギリの牛乳が二本残っているぐらいだった。目的の駅までは五十分かかる。言うまでもなくこの時間は退屈な時間である。こういう時は大体、目を閉じて眠るか(とはいえなかなか電車の中では眠れないが)、あまり興味のない(しかし嫌いではない)音楽を聴くか、なにか考え事をする(考えたところで何かいいことがあるわけでもないが)。
ふと、今日の朝の夢のことが頭をよぎった。私は思わずフッと笑い声を漏らしてしまった、今日の夢があまりにも生々しく、今この瞬間もまだ夢の中にいるんじゃないだろうか、と考えたからだ。それほど先程の夢はリアルだった。電車が、私が乗った駅から二つ目の駅を出発する。窓の外には大きな病院が見える。すこし瞼が重い。目閉じて眠ることにした。目を覚ました時、私は目的の駅の近くにいるのだろうか? それともさっきのように・・・・・・などと考えながら。
私は目を覚ました。目の前には見慣れた天井・・・・・・目覚ましは七時を示しアラームが枕元で響いている。どう考えても電車の中ではない。思わず笑いがこみ上げてくる、どうやらさっきまでのも夢の中だったようだ。私は同じような夢を二度も視てしまったようだ・・・・・・ふと、当然の疑問が頭をよぎる。これもまた夢なんじゃないか? 二度あることは三度あるとも言うじゃないか! どうにかしてそれを確かめる方法はないだろうか?
・・・・・・!そうだ、私は思うより早く頬を抓っていた。夢の中なら痛みがないとどこかで聞いたことある。とても不思議な感じがした。抓っても痛くないのだ。まるで歯医者で麻酔をかけられた歯をドリルでギャリギャリと削られている時ように、思いっきり抓っても全然痛くない。どうやら夢の中らしい。夢の中だと本当に痛みが無いのだなぁ、などと感心している場合ではない。起きても、起きてもまた夢の中だったら、このまま永遠に夢の中から起きられなかったら、それはとても恐ろしいことのように思えた。目が覚めなければ死んでいるのと同じじゃないか! 夢という牢獄に閉じ込められる私。どうすれば目覚められる? 次第に焦りがこみ上げてくる。試しに私は頭の中で朝起きるイメージを念じてみたることにした。これは夢、頭の中で起きていることなのだから、と考えたからだ。効果はすぐ現れた。さっきと同じように場面が一転し見慣れた天井が見える。時計も先刻と同じく七時を示している、さっそく頬を抓ってみる。
痛くなかった、どうやら夢の中のようだ。もう一回挑戦してみる。結果は同じだった。いくら繰り返そうともあの忌々しい天井を見上げている夢なのだ。私は永遠に起きる夢を見続けるのだろうか?まるで無限に続く合わせ鏡の中で同じ風景の世界を彷徨ようにして・・・・・・
結果から述べよう、私は夢から目覚めることができた。どのようにして? それはあまりにもあっけないものだった。自然と現実での時が過ぎ「目が覚めた」、だだ、それだけのことだったようだ。とはいえ、私はあの後も幾度となく起きる夢を視、その度に戦慄したものだったが。
それにしても夢とはおかしなものだ。夢の中にいたときはとんでもなく恐ろしい現実のような世界だったのに、今こうやって目覚めた後ならばあの現実も夢という名の幻に過ぎず何にも恐ろしくはない。もう二度とあんな夢は視ないだろう。そうであってほしい。それにしても長い、長い時間、夢の中にいた気がする。頬を抓り痛いのを確認して、ほっと一息ついてから時計を見る。
十時三十分! なんということだ、コレでは完全に遅刻ではないか、なぜアラームが夢の中のように鳴らなかった? なぜこんな時間まで誰も私を起こしてくれなかったんだ! 私は急いでリビングへと降りる。下に降りるとそこには今日は学校に行っているはずの弟がいた。おかしいどういうことだ? まだ夢か? いやそんな訳はない、頬を抓る、痛い、なぜだ、どういうことだ、もしかし・・・・・・瞬時に私は最悪の仮説を立てた『此の世には痛い夢もあるのではないのか?』『そしてコレはまだあの夢の続き』『目覚める夢は視られても起きられない夢の中・・・』再びあの私に激しい悪寒が迫る。
私は頬を思いっきり抓った。赤く腫れる程に。痛い、痛いのになぜ目覚めない! 結局その痛みによって私は目覚めることはできなかった。しかしその痛みが私の脳細胞を活性化させたのであろうか、私は今この状況が現実的であり且つこの状況も当然あり得るシチュエーションであることを認識できた。そう、たった一つ大切なことを忘れていたのだ。あの、あまりにも濃厚な夢が、寝るその直前の記憶すら消し去っていたのだろうか? アラームが鳴らないのは自分で目覚ましの機能をそう設定したから、弟が家でテレビを見ているのも至極当然。だって今日は・・・・・・祝日だから。