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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.1.2 / (有)遊舎カンパニー
Last-modified: 2007-06-21 (木) 18:11:56 (6153d)
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(有)遊舎カンパニー ―― TWIN GOBRIN


大学4年の夏、同じ学科の奴等が次々と内定をもらっている中で、俺は焦っていた。まだ7月じゃないか、と自分に言い聞かせながらも、俺の心中は穏やかではなかった。

「皇!何かあったかー?顔青いぞー。」
最近、大手の金融に内定が決まったらしい八嶋がニヤニヤしながら毒を吐く。
「八嶋ぁ、な・に・も・ないから顔が青いんだよ、分かってるだろ?」
「ハイ、分かっております。就職難であります。」
「…お前なぁ、からかいに来るんじゃない!」
「いいじゃん気にすんな。あ、そうそう、グーリーが呼んでたよ。」
全く、気にして欲しいのはお前だよ。
「小栗教授が?何の用で?」
「何か就活のことで話があるって。」
「まさかお前、そのことを言うためにわざわざ回りくどい…」
「そ。流石、皇。私の性格分かってるね。んじゃね~!」
と言うなり、八嶋は部屋から出て行った。奴、八嶋三七十はサークルの新歓コンパで知り合って以来、何か因縁があるかのごとく大学生活を共に過ごしている。いやいや、恋愛関係ではない。というか八嶋に女を感じられる奴がいたら、幾らでも払うさ。

「小栗教授、皇です。」
「おっ、来たか皇。まぁ、座れや。」
「教授、就活のことで話があると?」
「ん、そうだな、話というのは…ホラ、これだよ!」
教授はそういって一つの封筒を俺に渡す。
「あ!企業からの採用通知じゃないですか!」
「ま、中々決まらんので心配してたんだが、お前もきちんと就職できそうでよかっ…」
「遊舎カンパニー…聞いたことのない企業ですね。」
「…え?」
「いや、受けてませんよ、こんな企業。」
実際、俺は大手の銀行や一流企業には数多くの履歴書を送り何度も足を運んだものだが、『遊舎カンパニー』なんて、名前からしていかにも中小企業には履歴書さえも提出していなかったのだ。
「しかし、これはお前に宛てたものだろう?」
「…そうみたいですよね。」
「ふむ、どこかの手違いかも知れんが、これはチャンスだぞ。」
「チャンス…ですか?」
「お前はなぁ、プライドが高いのか何なのか知らないが、希望を大手に絞りすぎだったんだよ。少しも安全圏を狙うことを考えておかないからこういうことになってしまうんだ。妥協しないことは必ずしもいいことではないんだぞ。」
「…俺にこんな中小企業で働けと?」
「仮にでもお前の初採用通知だ、行ってみるくらい、いいじゃないか。それに、どうせ手違いの通知なんだから、行ってみて、嫌なら断ればいい。まぁ、これも社会勉強だと思えばいい。」
「この年になって社会勉強に行かされるとは思いませんでしたよ…。」

 「相台町一七番地…あぁ、あった。…ここか。」
俺は今、名前も聞いたことのない中小企業のビルの前にいる。見たところ、余り状態の良くない寂れたビルだ。あまり気分が進まないが、教授の言う通り妥協してでも行っておかないと、他のどこからも採用がなかったとき無職になってしまうからな。
ビル3階。コンコン、と遊舎カンパニーと書かれた看板のかかったドアをノックする。が、しかし、中から返事は無い。
「失礼します。遊舎カンパニーさんはこちらでよろしかったでしょうか…?」
ドアを開けて中を覗いた俺の目に飛び込んできたのは、人気の無い、ガラガラのオフィスだった。その光景はもはや中小企業というよりも、弱小企業といった方が正しそうに思えるほどだ。
「…ホントにここで合ってるのかな?」
「ハイ、合ってますよ、皇さんでしょう?」
「うわっ!?」
突然死角から声をかけられうろたえる。
「…ここの方ですか?」
「えぇ。チーフオペレーターの須藤よ。」
「チーフ…オペレーターですか?」
「そうよ、ここで、現場の皆の補助をしているの。」
「…失礼ですが、業務形態がいまいち分からないです。営業が主なんですか?」
「う~ん、そうねー、説明するより現場に行ってもらったほうが早いわね。」
「いきなり現場…ですか?」
「ま、取り敢えず、これなんかいいんじゃないかな?」
須藤が取り出した青い用紙には『クエストLV1』と書かれている。
「これなんか簡単で初仕事には最適だと思うけど。」
「クエスト…ですか?」
「そう、クエスト。『CDショップでアイドルのポスターを入手せよ』よ。」
「…何故にアイドルのポスター?」
「簡単でしょ?」
「あ、いや、まぁ、簡単ですけど。」
「じゃ、よろしく頼むわね。」
「は、はぁ。…初仕事はパシリか。」
「何言ってんの、勇者なんていつでも村人や国王のパシリじゃない。」
「…は?勇者?」
「そ、勇者。」
「何が勇者?」
「君が勇者。」
「…言ってる意味が分からないんですが。」
「だから、説明するより現場に行ったほうが早いって言ったじゃない。」
「そういう問題ですか。」
「仕事をこなしながら説明するから、とにかく、クエスト、クエスト。」
俺は強引に青い用紙に印を捺さされた。
「はい、これで、契約成立!じゃ、行ってらっしゃ~い。」
「え?」
次の瞬間、フッと意識が飛んだ。そして気がついたとき、俺は見慣れた場所に立っていた。
「大学の近くの交差点じゃないか。…え、何でこんなところに?」
“どうやら、うまく着いたようね。”
「須藤さん?一体これは?どういう…須藤さん?どこにいるんですか?」
“え?オフィスだけど?”
「須藤さん、冗談言ってないで出てきてくださいよ。」
“冗談じゃないわよ。”
「じゃあ、え、どういうことですか?」
“これがアタシがオペレーターたる所以よ。”
「は?」
“テレパシー能力。離れている場所でも特定が出来れば念信が可能なの。”
「須藤さん、ゲームのやりすぎじゃないですか?勇者だのテレパシーだの。」
“ゲームのやりすぎ?うまい事言うわねぇ。”
「真面目に答えてくださいよ。一体これは何なんですか?」
“だから、クエストよ。ポスターを入手することがあなたの為すべきことなのよ。”
「はぁ、そうなんですか。俺は勇者で須藤さんは超能力者で、ポスター入手がクエストですか。…何度も言いますが、意味が分かりません。」
“頭の固い子ね、大体の子はそろそろ納得してくれるんだけど。”
「いや、分かってますよ、納得せざるを得ない状況なんでね。つまり、これは一種のRPGですね?」
“そそ。そういうこと。で、あなたは勇者。”
「このクエストの実行者ということなんですね?」
“思ったより理解が早いじゃない。”
「とにかく、ポスターを手に入れないことには帰るわけにもいかない。」
“うーん、要領いい子って嫌いじゃないわよ。”
「無理です。34歳はアウトです。」
“え!?何で知ってるの?”
「カンですよ、カン。」
“…流石、勇者ね。”
「ハイハイ。とりあえず、最寄りのCDショップでいいんですよね?」
“えぇ。”

 交差点とCDショップのちょうど真ん中辺りに奴、八嶋の家がある。そういえば、昨日の昼会ったっきりだな。何かあいつの顔見ないと退屈な気がするな。そうだ、ついでに…
「須藤さん、寄り道してもいいですか?」
“…ん?えぇ、全然構わないわよ、別に一直線に向かう必要は無いから。”
「分かりました、じゃ、ちょっと寄り道します。」
そういって俺は八嶋のマンションに足を進める。八嶋の部屋には去年の夏行ったっきり随分とお邪魔していない。
ピンポーン。
「八嶋ぁー。」
返事が無い、留守だろうか。が、ドアノブに手をかけるとすんなりとドアは開いた。
「相変わらず無用心だな。」
別に入るのに断る必要もないので俺はドカドカと上がりこむ。
「八嶋ぁー。」
返事が無いときの八嶋は韓流のビデオに釘づけになっていることが多い。
案の定、今日はドンゴンDAYらしく、チャン・ドンゴンの主演映画…タイトルは忘れたが、それを見ている。
「おい、八嶋。」
「あ、皇。…ドンゴンいいよね~。あ、そうそう、就活はどうなってる?」
「あぁ、今ちょうど体験入社の途中みたいなもんだ。」
「あ、皇。…ドンゴンいいよね~。あ、そうそう、就活はどうなってる?」
「…八嶋?」
「あ、皇。…ドンゴンいいよね~。あ、そうそう、就活はどうなってる?」
「…須藤さん。」
“あー、ハイハーイ。想像通りで正解よ。”
「こんなところでRPG風ですか。」
“そうよ、だからタンスを勝手に開けても問題は無いわよ。案外重要なものがあるかもしれないし。”
「そういうところもRPGですか。なるほど、通りで肩があたっても素通りだったわけだ。」
事態を理解した上で、俺は一応タンスを開けてみる。ここまでRPGだと、タンスを開けるのが義務のような気さえしてくるものだ。ふと、タンスの中に八嶋の下着を見つけてしまった。
「ひ、ひも…アイツも女なんだなぁ。」
は!俺、今何て言った!?やばい第2段落で言ったことと矛盾しているではないか!幸いお金を払う必要は無いが、どうしたことだ、そんなに簡単に異性と認めてしまうのか俺!いいのか俺!興奮するんじゃない俺!
「須藤さん。」
“なーに?”
「これってクエスト終わっても設定は保存されます?」
“と、言うと?”
「いや、だから、えーと、アイテムを入手して、それを持ち帰ることは出来ますか?」
“あーそういうことね。うん、出来るわよ。”
「よし。」
…何が「よし」だ俺!キャラ変わってるぞ俺!

 八嶋宅への寄り道を終えて、さて、やっとCDショップ『ミュージカ』に着いたわけだが。アイドルのポスターもらうのって実はものすごい恥ずかしいことなんじゃないのか?
「いらっしゃいませ、何をお求めですか?」
当たり前だが、ショップの店員もRPGを体現しているな。選べる商品も5つRPGだなぁ…ん?『アイドルのポスター』が一覧に無い!
「またのご利用をお待ちしております。」
取り敢えず、外に出たわけだが…
「須藤さん。」
“ス~、ピ~、ス~…ふぇ?”
「寝てました?」
“あ…、ゴメンね。”
ここもRPGっぽいな。
「商品欄にポスターがなかったんですが。」
“多分、スイッチがONになってないのよ。”
「…スイマセン、もう少し素人にも分かりやすく願えますか?」
“だから、条件を満たしてないから、店主が話を持ち出してこないのよ。”
なるほど、そういう面倒くさいところまでRPGなのか。トコトンいっちゃうわけだな。
“取り敢えず、その辺の人に話しかけてみたら?”
「そうですね、RPGですからね。」
―スイマセン、ポスターのこと知りませんか?
「知らないなぁ。」
「ごめんなさい、分からないわ。」
「あ、ダメだよ、これは僕の大事な○○たんなんだ!」
「ああぁ~。そうそう、昔はばぁさんと一緒によくいったもんじゃ。」
…そう易々と情報を得られるものではないな、やっぱり。
諦め半分でショップの前にいる男に話しかける。
「ポスターのこと知りませんか?」
「あぁ、それなら知ってるぜ、ただし、あるものと交換だ。」
「本当ですか!で、何と交換ですか?」
「アンタのそのポケットの中にあるもんだよ。」
ポケットの中、まさか…何故分かった?…これがスイッチとかいうやつか。
「その下着と交換だ。」
「うっ、こ、これは、その、あの、」
「嫌ならいいんだぜ、この話は無かったことに…」
八嶋の下着とポスターを天秤にかけてみる。主観ならば当然、下着なのだが、ポスターを手に入れないことには、俺は帰れないようだしな…。
「分かった、交換しよう。」
「話が分かるじゃねぇか。ホラよ、会員証だ。これでポスターがもらえるぞ。」
「あ、あぁ、ありがとう。」
何か大切なものを得るには他の大切なものを失わなければいけないんだなと、顕著に感じた。

 「ハイ、これがポスターだよ。」
俺はやっとポスターを手に入れた。くだらない、実にくだらないが、長かった。こんなものの為にこれだけ疲れるのも割りに合わない。
「これで帰れるんですか?」
“そうね、もうすぐホールドが解けるわ。今日は一応体験だから、時給を口座に振り込んどくわね。”
「はぁ、ホールドが解けるってことは、現地解散ということですか?」
“そ。だから、そのまま帰ってOKよ。”
「…分かりました。では。」
何だか今日はくだらない一日だったな。貴重な体験は出来たものの、それが今後のためになるとは思えないし、あ、逆に八嶋なんかは意識してしまってデメリットじゃないのか?なんて考えながら俺は大学へ戻った。

「皇、どうだった、遊舎カンパニーは?」
「え?あぁ、何か貴重な体験をした気はしますね。」
「そうかそうか、お、そうだそうだ、さっきなりそく銀行からお前宛に届いてたぞ。」
「りそくからですか!?」
「うむ、私も興奮してしまってな、先に見てしまった。」
「で?」
「採用だよ!」
「おぉぉぉ!やった、やりましたよ、教授!」
「うむ、これでこれから先も、皇と八嶋のコンビが見られるわけか。」
「へ?」
「八嶋もりそくなんだよ。」
「そう…ですか。」
「そうそう、八嶋といえば、なにやら下着泥にあったそうだ。」
「…!」

卒業後、俺がりそく銀行に就職したのは言うまでも無いが、八嶋と男の女の関係になり、ついには結婚した。
ただ、きっかけがよく分からない会社で下着泥をしたことだとは、口が裂けても言えない。
追伸:遊舎カンパニーの時給は1200円と中々のものだった。もし仕事が無いなら、やってみてはどうだろうか?自分の新たな一面も発見できる、かもしれない。

(了)



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