黄の衝撃 ―― お亀納豆 †
非効率だわ。非効率だわ……。
私は悩んでいる。これまで生きてきた人生の中で、一、二を争う難題だわ……。
どうすれば効率良くカレーを寝かせる事が出来るのかしら!?美味しいカレーを作る事だけを考え続けたこの十八年間。納豆、天麩羅、おくら、チーズ、餃子等々あらゆる具に挑戦し続け、産み出したオリジナルカレーは数え切れない程。
そこで私は新たなる挑戦として、どんなカレーをどれだけの日数寝かせればベストな味が作り出せるのかという研究を始めた訳なのだが、これが遅々として進まない。最初は少しずつ時間をずらして大量に作るという、いわばカレーローテーションを組んでいたのだが、家中がカレーに埋もれそうになった辺りで、妹が発狂しかけたので断念した。
うーん……。何か良いアイデアは……。
キッチンで唸る私。目の前では大きな鍋がコトコトと音を立てている。
と、突然、微妙に感じの違うコトコトが聞こえてきた。振り返ると、テーブルの上に置いてあった醤油の瓶がバイブレーション。地震かなと思う暇も無く、瓶の蓋が弾け、中から煙が出て来て、それは瞬く間に人の形をとった。何よ、これ?
「はーい、こんにちはー!悪魔のルティでーーす!!本日はぁ、貴女と契約したいなーと思ってやって参りましたぁ!」
幼女だった。絵の具でもぶっ掛けられたのかと思わせる蒼い髪。その髪と同じ色の瞳。唇の間からちらりと覗く八重歯。何だかよく解からないパンクな感じの黒いシャツに、見えそうで見えない黒のミニスカート。そりゃもう完璧なくらい幼女だった。やば、女の私でも興奮しそう……。
「ちなみにぃ、今日は最近流行りのえろ可愛いつるぺた悪魔の格好にしてみましたー!つるぺたって平仮名で書くと可愛いよですよね♪」
「つーか、ちょっと待った。アンタ、一体何なの?」
放っておくと、そのまま一人で喋り続けそうだったルティを制する。すると、彼女はそうだったと言う様に手をぽんと打つと、
「先程も申しました通り、魔王様の命で貴女と契約する為にやって来たのです。マジックアイテムを提供する代わりに、その人の魂を頂いてきなさいって」
ほほーう……。
「それで、そのマジックアイテムなのですが、今回の御品はこれ!!」
じゃーん!とルティが何処からか取り出したのは、古びた置き時計だった。
「この時計は支配者の時計と言いまして、対象を指定した後に針を動かすと、その対象の時間を自由自在に操れる代物なので御座居まーす!!
本来なら、このアイテム、魂の九割を頂く処なのですが、本日は特別に七割で御提供させて頂きまーす!さあ、黄坂麗(こうさか・れい)さん!契約する気になりましたか?」
成程、話はよーく判った。
「ねぇ、ルティ?」
「はい?」と可愛らしく返事をする彼女に気付かれないようにフライパンに手を伸ばす。
「それだけ喋っちゃったら素直に契約する気なんて無くなっちゃうよ……?」
私はそう言いながら、フライパンをルティの頭目掛けて思いっきりスイングした。ごいんと良い音がして、ルティはぱったりとその場に倒れた。気絶したらしい。悪魔って言うから、死なないとは思ったけど予想以上に頑丈ね……。
まあ、そんな事はどうでも良いわ。私は支配者の時計を引っ掴むと、早速、今日のお昼に作ったカレーを対象にする事にした。って、対象の指定の仕方聞いてないじゃん!!ま、フィーリングで何とかなるでしょ。念じるのよ、私。
このカレーを対象にしたい。このカレーを対象にしたい。このカレーを対象にしたい。このカレーを対象にしたい……。
五分程念じた処で、私はおもむろに時計の針をぐるぐると回した。短針が一周するまで、ぐるぐるぐるぐると。
さあ、その効果は如何程なのかしら!?私はおそるおそる、一晩寝かせた状態になっていれば嬉しいカレーを口に含んだ。
「――!!」
美味しくなってる……!!
「やった!やったわ!!この時計さえ在れば新たなるカレーの境地が開ける事は必須!!私のカレーが日本を、いえ、世界を制覇するのよ!!」
気絶から何とか復活したルティが呻く。
「うぅ……、折角のアイテムなのに何て使い方するんですかぁ……。嫌いな人間を老衰させるとかしてくれれば魂も奪い易くなるのにぃ……」
「何を馬鹿な!そんな事して美味しいカレーが出来るとでも言うの!?全ての事象はカレーに優先されるのよ!!」
「どれだけカレー好きなんですか……」
そう言うとルティはまた気絶してしまった。
「そんなの決まってるじゃない!カレーは最高!カレーこそ人類を救う唯一無二のもの!」
そう、これが揺るがない私の想い。
「カレーこそが私のジャスティスなのよ!!!」