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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 三題噺 / 彼女の覚悟
Last-modified: 2007-06-24 (日) 20:21:24 (6122d)
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彼女の覚悟 ―― お亀納豆


 それがどんな事であれ、十年以上続けてきた事を止めるのには、それなりの覚悟が必要だと私は思う。勇気、もしくは決意と言っても良い。

 うちの家系は代々視力には恵まれなかったらしく、祖父母は四人とも揃って、老眼になる前から眼鏡を掛けているし、両親は勿論、三つ年上の姉まで。見事だなと我が血縁者ながら関心してしまう程だった。
 そんな人達に囲まれて育った私であるから、小学四年生になる頃には眼鏡が必要なまでに視力が低下しても、特に何とも思わなかった。慣れるまでは少し不便だったけれど、すぐに慣れてしまったし。
 コンタクトにするという発想を閃いたのは中学二年生の時。周りの人間、主に家族は全員眼鏡を当たり前のようにかけているので、コンタクトにするという考えが、なかなか浮かばなかったのだ。
 しかし閃いたまでは良かったが、当時の私には目の中に異物を入れるという行為がどうにも受け入れ難かった。コンタクトをしている友人から聞いた「最初は物凄く痛くて、涙が止まらなくなる」という体験談も私にコンタクトを拒絶させた。
「その野暮ったい眼鏡をはずせば結構イケる」と言ってくれた友人も何人か居たけれど、その頃は「イケてどうする」というふうにしか考えられなかったので、ふんぎりがつかなかった。今更、はずすのは何だか恥ずかしかったというのもある。
 そんなこんなで、私はオシャレ眼鏡をかける訳でもなく、十二年間野暮ったい(友人いわく)黒縁の丸眼鏡をかけ続け、大学生になってしまった。
 いやまあしかし、私も一応生物学上は女に分類される訳で、女である以上はやっぱり大好きな人には可愛く見られたい訳で。
 そういう事で、今の私は眼鏡をかけていない。視界にフレームが映らないと、こんなにも不安になるだなんて。まるで裸になったみたいだ。
 何だか恥ずかしくて、家族にだって見せていない。と言うか、別に家族に見せる必要は無いかなと思う。眼鏡をはずしたのは彼に見てもらう為なのだから。

 チャイムが鳴った。
 彼だ。
 どっ、どっ、どっ、と一気に鼓動が早くなる。付き合いたてだとか、初めて家に来てもらうだとかでもないのに、何でこんなに緊張しているんだろう、私。
「はい」
「あ、俺俺」
「ちょっと待って、今開けるから」
 今日は彼をうちに招待したのだ。招待と言っても、そんな大層なものじゃないけれど。手料理を食べてもらうくらいだし。
 玄関に向かう。うわ、益々鼓動が・・・・・・。
「い、いらっしゃい・・・・・・」
 恐る恐るドアを開ける。恥ずかしくて、目を合わせられない。彼の顔を直視出来ない。
「あ、コンタクトにしたの?」
 もう駄目。心臓は大合唱だし、頭は真っ白になってきた。いやもう大合唱なんてレベルじゃない。オーケストラだ。ああ、意味理解んない・・・・・・。
「うん、なかなか良いんじゃないかな。可愛いよ」
「あ・・・」
 彼はそう言って私に軽く口づけた。
 全てはその一言が聴きたかったから。

 それがどんな事であれ、十年以上続けてきた事を止めるのには、それなりの覚悟が必要だと私は思う。勇気、もしくは決意と言っても良い。
 でも、そんな覚悟の後にはきっと素敵なご褒美が待っているに違いないのだ。

(了)



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