俺の目に唾を吐きかけようってことか ―― 五島顕一 †
なあんだ、はす向かいのババァが夜中にヒステリーな声をひりだしてたのも、夕方ほっつき歩いているジジィが毎日ガンつけてたのも俺の人生における複線だったわけだ。
小学校はみんな同じ地区の子だったから良かったんだけどさ、中学生になったらもっと他の地域からオナイが集まって来てたわけで、文化圏の違いってヤツを随分と感じたね。たとえば、
「この前近所の魚屋で見たんだけどさ」
「魚屋がどうかしたの?」
「それがな、その店にえげつないことするオバハンがおったんよ」
「店の人? お客さん?」
「客だよ」
「それでそれで?」
「なんかそのババァ、商品の魚をベタベタ触りまくってんの」
「うわ、キモーイ!」
「だろ? それでさ、よく見るとね、しっかり力を込めて魚の身を揉んでたんだ」
「うわぁ、最悪ぅー」
「なぁ、やばいだろ」
「そんなのみたことなーい。見たくもないけど」
「あれ、そっちに出張しに行かないんだ?」
「お断りですっ!」
「ハハ、やっぱそうか」
「そういえば、長田っちは○×小だったよね」
「ええと、そうだけど、何さ」
「いや、その、“未成年の主張”が小学校や中学校に来ないかなって」
「ああ、来てほしいな。でも校則で屋上に上っちゃダメだったような」
話は流されてしまってたけど、違和感として残ってるんだな。かといって「○×小だったよね、ってどういう意味なのさ」とか引き戻って聞きただしてみるほどの事柄でもないし。あの子が全く空気のことなる文化に生きていただけだし。分かりきってるし。
でもね、就職活動でとある企業の面接を受けたときはスッゲーびっくりしたな。
「・・・貴社は玩具に力を注がれているということですが、玩具には子供たちの夢や、かつて子供だった大人たちの夢が詰まっているものだと私は考えています。ですから、私は貴社にてその夢をプロデュースすることをお支えしたいのです。」
「うんうん」
このときはイケそうな気がしたんだけどねぇ。
「そうです、私たちは子供たちの夢を叶える仕事なのです。玩具を通じた遊びの中で、夢が拡がって行くわけです。そこで、あなたが子供のころに好きだった遊びを通して、どのような夢を描いていたのか、聞かせてください」
「・・・ええと、すこし待ってください、緊張しているもので声がつまるんですよ」
「ええ、構いませんよ」
この間に質問の回答を勘ピュータで考え、音声に出力するのは難儀したけど、そのかわり一生懸命さが伝わったと思っていたんだ。でも、○×小という言葉が口からこぼれたとき、
「○×小学校出身なのですか」
「はい、そうです」
なぜかその瞬間から、いきなり面接官の顔色が暗くなったんだよね。俺の小学校の評判がこんなにも轟き渡ってたとは、意外だったな。
で、就職浪人してる。
もともと地元に愛着はこれっぽっちもなかったけど、こんな形で裏切られるとは思わなかった。
このまま一生無職だったらどうしようとか、考えちゃうんだよね。あんな地元には居たくないから、あちこちの公園を野宿連泊することになるんだろうなぁ。石は風に吹かれ、転がり続けて、社会によりどころがなく、削られてはついに存在もなかったことになってしまうのか。