ストレンジ・トライアングル ―― お亀納豆 †
「かーーーっ!ハラ減ったーーー!!」
叫びながら、勢いよく、ずぶぁんとダイニングの扉を開け、入ってきたのはツンツン頭の快活そうな少年だ。一見、粗雑な印象を受けるが、それなりの格好をさせれば映えると、観察眼の有る者なら気付くだろう。
学校帰りの為、制服を着た少年はそのまま、どかっと食卓の椅子に腰を下ろす。
「激(げき)、何度言ったら理解(わか)るんだ君は。もう少し静かに入って来れないのかね?耳障りにも程がある」
激と呼ばれた少年に辛辣な言葉を投げ掛けたのは、既に席についていた、縁無し眼鏡を掛けている少年だ。
彼はテーブルの上に置いたノートパソコンのキーボードをカタカタと叩いている。その整った顔立ちと眼鏡が絶妙にマッチして、利発そうな印象を醸し出している。有り体に表するならば、インテリ系のイケメンなのであった。
「何時(いつ)でも何処でもパソコン持ち歩いてカタカタやって、周りに陰気なオーラを振りまいてるサイバー根暗野郎より、はるかにマシだって、お前こそ何度も言わせんじゃねーよ、静寡(しずか)」
「根暗だと?そういう君こそ、こんな時間に帰ってくるという事は今日も行ってきたんだろう?君の趣味こそ、よっぽど根暗だと思うがね」
「てめ……」
「二人ともー、御飯出来たよー」
激の反論に、三人目の声がキッチンから割り込んだ。
声に続いてダイニングに入ってくるのは、身長150センチに満たない、これまた少年であった。
くりくりっとした大きな瞳にふっくらとした唇。これで髪でも伸ばしていれば、女子に間違われてもおかしくない程の可愛らしさである。
「今日はチーズフォンデュを作ってみたのだー♪」
どんっと、テーブルの上に置かれたのは確かにチーズフォンデュであったが、問題は一緒に置かれた料理にあった。白米。味噌汁。マーボー豆腐。
知らない人の為に説明しておくと、チーズフォンデュとはフランスパンを浸して食べるものである。(少年の用意したメニューの中にフランスパンは無かった)
そうなのである。この少年、料理が得意と、益々少女なのかと疑わんばかりのアレなのだが、料理の食べ合わせという概念が綺麗さっぱり抜け落ちているのであった。
「毎回の事とはいえ、これはまた……」
「すげぇ組み合わせだな……」
普段顔を合わせれば、口論を繰り広げる激と静寡ではあるが、この事に関してだけは意見が一致するのであった。
「ま、まあ、光璃(ひかり)の料理は何でも旨いからな!ハラに入っちまえば一緒だろ!」
そう言うと、激はチーズフォンデュを鍋から自分の器に移すと、御飯をぶち込んだ。
「なっ、味噌汁御飯じゃないんだぞ!!」
静寡が驚いている間にも激はどんどん御飯を腹の中に収め、その合間に味噌汁も飲むし、マーボー豆腐も貪り食う。
光璃は激の食べ方に特に思うところは無いらしく、「激ちゃんはいっぱい食べてくれるから作り甲斐があるなー」などと呑気に味噌汁をすすっている。
あっという間に激は自分の分を食べ終え、茶碗を突き出す。
「ぅおかわりぃっ!!」
「いい加減にしろッ!!」
激の声に被さるように、静寡の声が室内に響き渡った。しん……と場が静まりかえる。
「さっきから、君の食べ散らかしたものが、こちらへと飛んできているんだ!もっとおとなしく食べられないのか!?」
「ったく……いちいち、うるせぇなあ、てめぇはよぉ……。そんなんだから根暗だっつーんだよ」
「やめてよ、二人とも」と早くも半べそになっている光璃の声は二人には届かない。
「ふざけるな!毎日毎日、下校途中に学童保育から帰る女子小学生を視姦している貴様の方が断然根暗だ!」
「俺は、あの天使達の放つ聖性に心を浄化してもらっているだけだ!!それを言うなら、ゲルマニウムのネックレスなんかを首から提げてるお前の方が根暗だっつーの!そういうのはスポーツ選手とかがやってなんぼのもんなんだよ、バーカ!」
「ペタコンをぺたんこと聞き間違える真性の変態ロリコン野郎に言われたくない!!」
「てめぇ、言ってはならない事を言いやがったな……。今日こそはどっちが正義か決着をつけてやろうじゃねーか!」
勢いあまって椅子の上に立ち上がり、片足をテーブルの上に乗せる激。
次の瞬間、彼の足に当たった食器がチーズフォンデュの入った鍋に当たり、それらは盛大に中身をテーブルの上にぶちまけた。
「「あ……」」
固まる激と静寡。二人は同時に光璃の方を向いた。
「ふえ……どうして二人とも、喧嘩するの……?」
大きな瞳に涙を溜めた上での上目遣い。何と言うか、その可愛らしさは女性が見たら、出家を決意しそうな程であった。ちょ、おま、それヤバスwwwといった具合である。
「あああああああ、悪い!俺が悪かった!だから泣くなよ、な?」
「済まない。私も感情的になり過ぎた。謝罪しよう」
激は一度、光璃に女装して欲しいと思っているし、学校のコンピュータ部の知人に頼み込んでアイコラ画像を作ってもらおうかとさえ思っている。
静寡の最近の一番の悩みは自分が同性愛に目覚めたかも知れないと思うと、怖くなって夜も眠れなくなる事である。
そんな二人であるから、この犯罪的な可愛さを有する少年にはまったく敵わないのであった。
「くひひひひひ……あの三人、やっぱり同室にして正解だったねぇ……」
高校入学を機に一人暮らしをする部屋を探していた三人に声をかけ、同居するよう仕向けた張本人――このアパートの大家は一人、モニターの前でほくそ笑むのであった。