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京都工芸繊維大学 文藝部

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Last-modified: 2020-12-22 (火) 22:32:25 (273d)
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活動/霧雨

魔女に速度は必要ですか?車掌さん ~いえ嵐への準備です~

狐砂走

 

私(主人公)      : 元は会社員だったが、リストラされ絶望していた所を魔女に雇われ列車の車掌として働く。彼女の魔法である「自分の持つ速度に比例して魔力が増大する」力が使える。昔、彼女を斬った事があるらしいが覚えていない。

ソフィア・V・ルスタリア: 『速度の魔女』としてあらゆる世界で名を轟かせた魔女。昔、私に治癒不可能な程の斬撃を受けてしまい、自分の魔法である「自分の持つ速度に比例して魔力が増大する」力によって、列車に自分を乗せて自分の速度を持つことで魔力を無尽蔵に引き出して傷を魔法でごまかして生きている。自分を斬った車掌にはそれでも恨みはなく、寧ろ底知れぬ可能性があると羨望している。

 

 この『魔女の急行列車』で車掌として働いて一週間が経った。しかし、あまり車掌をしているという実感が湧かない。どちらかというと家政婦に近い。私の雇い主であるソフィア嬢の世話が殆どであり、この機関車は彼女の魔法によって動かしており、僕がどうこうする物ではなかった。列車の長さは無限に近い程長く、キッチンと冷凍室、寝室、お食事処等の部屋が各列車に存在する。まるでホテルである。
「どう? 車掌としてちょうど一週間になって感想は?」
 ソフィア嬢は目を瞑り、紅茶の入ったティ-カップを手に取って飲んだ。
 自分の服装を改めて見ると、黒と金で構成された車掌服。自分で言うのも難だが、派手でカッコいいと思っている。
「まあまあかな? 何故か知らない料理を作れたり、手先が以前よりも器用になったような気がするけど、単純にこの仕事に慣れたから?」
「いや、それも私の魔法によるものだね。君が所有している心臓の鼓動の速さは勿論、血流の速さ、脳の電気信号の速さまで『速度』として魔法に換算され、より増強される。だから頭の回転や身体能力は常人をはるかに超える。君は一週間ここで働いているから慣れ始めて自分の成長に気付いていないのかもしれないけど」
 たまげた。なんとも都合の良い魔法である。ただ、ちょっと満足してない事があった。
「ていうか、まあまあって何? 素晴らしい能力を手に入れて私と旅に行く。それでもまだ足りないの?」
 彼女は頬杖をついて自分の髪を弄った。どうやら不服なようで。
「それでも世話を一人で行うのはキツい。掃除や洗濯、食事全部やって列車の点検まで行うというのはブラックだろ」
 この仕事は彼女が起きてから寝るまでの間以上に働かなければならない。ただ、彼女の容姿や顔は綺麗だし、見る度に眼福だと思ってしまい、ちょっと幸せだと感じる事はしばしばである為、ブラックだと切り捨てられなかった。
「はあ…… まあ、確かに人手不足なのは認める。この機関車は私が作ったのはなく、専門業者によって作られ、それを私が動かしている。だから、機関車の技術問題や各部屋での管理は専門外。新しく誰かを雇い入れなければならないのだけど……」
 彼女はそう言うとどこからともなく地図を取り出し、テーブルの上に広げた。見た事もない地形が描かれた地図。そして彼女は黒い眼鏡をかけて無言で数秒見つめ、
「ちょうどこの機関車の行く先は鉱山の街スフェラに向かう。そこで丁度いい技術者を探すとしよう。非常に良質な石炭が採れる炭鉱。次いで何トンか買ってきてほしい」
 僕は一瞬彼女の言葉を考え、
「ちょっといいかな? お嬢の考えは良く分かるが、確かこの急行列車が一度でも止まればお嬢が持つ速度は無くなって、僕に斬られた筈の致命傷が魔法によって誤魔化せなくなってしまうんじゃなかったっけ? 例え着いたとしても結局お嬢はこの急行列車から出たとたん速度は零で終わり。僕が全てやる事になる」
 半分質問で半分愚痴を言うと、
「大丈夫だよ。その地域に近づいたら適当にドアから出て見てくれ。たぶん適当なドアに繋がってその街に行けるだろう。帰りも『帰りたいなー』って思って適当なドア開けば帰れる。また、これは君の仕事だから頑張って。あと、『お嬢』って言い方は堅すぎると思うから気軽にソフィアでいいよ」
「承知した……ソフィア」
 そんな訳で私は買い出し及び人探しに行くことになった。

 列車の扉を開けばそこには洋風のレンガ造りの街並みが待っていた。シルクハットを被った紳士や特に特徴が無い普通の服を着た中年女性、走り回る子供達等、様々な人が出歩いていた。何より一番目に入った所は恐らく街の中心部である鉱山である。ゴツゴツとした岩山にはいくつかの機械じみた施設があった。
(とりあえず、どうやって良い技術者を見つけるか……)
「もしかして…… 貴方は例の魔女の付き添いでしょうか?」
 不意に横から中年男性の声が聞こえた。例の魔女とはソフィアの事だろうか。
「えっと、何者で?」
 声がした方を見ると、礼服を着た灰色の口髭が特徴的なおじさんだった。
「鉱山都市スフェラの長を務めています、ヘルツヘッセと申します。ソフィア様の投資としてこの鉱山を譲り受け、これほどまでに都市として発展してきました。またこの都市に足を踏み入れた際は多大な投資をしてくれた彼女に恩返しをしたいと思っています……」
 あのソフィアが鉱山そのものを提供するとは、どれほど広い土地を持っているのだろうか。ただ、彼女は魔女である。「魔女の急行列車」としてあらゆる世界で名を轟かせた人間である。その彼女が持つ鉱山とは一体どんなものなのだろうか。
「僕は彼女の列車の車掌を務めてまだ新米だから、こういう場合どうすればいいか分からない。この都市については分からない事だらけだから、とりあえず都市紹介だけでもしてくれない?」
「分かりました…… ではこちらへ」
 そうして、鉱山の施設を廻った。そんな中、異様なものを見つけた。

「この黒い鉱石は?」
 大きなトロッコに大量に積まれた鉱石。石炭にしては輝きすぎている。
「実はよく分かっていない鉱石なのですが、石炭よりもよく燃え、魔力を大量に含んでいる為、珍しい鉱石として高値で売られています。この鉱山の名産品です」
「へぇ……」
 私は徐にその鉱石を手に取ろうとした。
「ん?」
 何故か一瞬黒い電気が走ったような気がした。何か嫌な予感がする。だが、そんな気持ちとは裏腹にそのまま手に取った。
 すると、その鉱石は破裂するように砕け散った。鉱石の中から激しい閃光が這い出た。
 目を開けるとそこには体長約二メートルの大きな蜘蛛がいた。所謂モンスター召喚である。
 現れるとすぐに僕に向かって飛びついてきた。すぐに踏み潰せたものの、
「一体どんな鉱石なんだよ……」
 僕の嫌な予感は的中してしまった。
 ヘルツヘッセは何が何だか分からず混乱していた。まずはこの鉱山をよく知っているであろう人物に尋ねる事が先決である。

「さて、説明してもらおうか? ソフィア」
 僕は触らないように袋で持ってきた件の鉱石を彼女の前のテーブルに落とした。
「何の事? 一目見れば上質な魔鉱石だけど?」
 彼女は紅茶を飲みながら目をパチパチさせていた。
「これに僕が直接触ると巨大蜘蛛が出てきた。この蜘蛛には勿論そんな擬態するわけがない。じゃあなんで石になっている?」
 彼女は眼鏡をどこからか取り出し、白い手袋を付けて鉱石を手に取った。
「あー……」
 数秒鉱石を見つめて、
「これは魔獣を封印した化石だ。でも何故……」
 考え込むと何かを思い出したような顔をし、途端にどこか気まずそうな顔をした。
「えっと…… 実は……」
「実は?」
 彼女の目は僕の方に向いてはおらず、列車の窓の外へ逃げるように見つめていた。
「この鉱山は昔魔獣の大群が住み着いていて、それを私が山ごと魔法をかけて一帯の魔獣を全部封印して石化させて、魔鉱山として適当に渡したんだよね。普通の人はその封印は解けないし、石炭として使えるからバレないかなぁって思った。だけど私の契約を受けている君くらいだと触れただけで解けちゃうみたい……」
「はああああいいいいいぃぃぃ?」
 ソフィアはまたとんでもない物をよこしてきたのである。
「待て待て、あのトロッコには大量の魔鉱石があったぞ? 一体どれほどの魔獣を封印したんだ?」
「百億程」
 その数字を聴いた瞬間、頭がくらくらしそうだった。おそらく巨大蜘蛛だけでなく様々なモンスターが封印されているのだろう。もしかしたら凶悪なドラゴンもいるかもしれない、そんなのが百億だなんて。
「大丈夫大丈夫。普通は封印なんて解けないし、大分採掘されているはずだから封印時よりも少なくなっていると思う。もし封印が解けるとしたら魔台風が近くで発生するとかだから」
「魔台風?」
「その名前の通り、魔力を大量に含んだ台風。魔力を持った風に晒されば鉱山中にある全ての魔鉱石はモンスターの大群として呼び出されるだろう。そもそもあの都市の気候は乾燥帯で強い低気圧が発生しづらいからその可能性はないけど」
 彼女はそう言いながら近くにあったラジオのつまみを弄った。

「……天気予報のお時間です。スフェラの天気ですが、五千億年に一度とされる魔台風が瞬間最大風速八十キロ、八百二十ヘクトパスカルでスフェラ鉱山を明日通過する予定です。くれぐれも外にでないように注意しましょう……」
 最悪の事態が起きてしまったのである。

(区切り)
 ヘルツヘッセの仕事部屋にて。
「……という事なんだ。できるだけ多くの鉱石をこの都市から出してほしい。一つ残らず魔鉱石を採掘できなくともなるべく減らさなければ大変な事になる」
僕はヘルツヘッセに事情を説明した。鉱山の秘密とこれから起きる最悪の事態を。
「分かりました! 至急、人手を増やして運び出したいとは思っています。住人には台風が来た為に緊急避難を要請しましたが、どうするつもりで?」
「封印が解けたモンスターがいるなら倒すまで。倒せなくとも台風が通り過ぎれば再度封印する。これでも『速度の魔女』に仕えているので、なるべく早く終わらせる。それに彼女の片づけをするのが僕の仕事なので。こういうのには慣れている」
「お気をつけて……」
「あと、ソフィアがしでかしたことなのに何故怒らない?」
 明らかにソフィアが原因で非常事態に陥っているはずなのに彼は落ち着いている。
「いえ、彼女の鉱山を受け入れたのは私です。私にも責任があるので、責められません」
彼はそう言った後、去っていった。

「この街を捨てるつもりでいるの。きっと」
 少女の声が聞こえた。僕がヘルツヘッセに事情を話していたとき、ずっとクマのぬいぐるみを抱えたまま椅子に座って項垂れていた。彼曰く娘らしい。
「お前のお父さんの言葉聞いていなかったのか? 明日に備えて準備しにいっているぞ」
「パパの目はいつも死んでいる。まるで中身が空っぽみたいに。お兄ちゃんもあんまり信用しないほうがいいよ」
 その少女の一言が引っかかった。
「この鉱山都市は何でもありそうでなんもないの。だから私こうして考えたものを技術としてうみだしているの。でも、それでもほしいものはてにはいらない。パパはいつもいない。そこにはいないの。お兄ちゃんにはすこしでも生きていて欲しいからこれあげる」
 すると少女はぬいぐるみに手を突っ込んだ。
「『無限の好奇心(とにかくいっぱい)』があれば思った物が取り出せる。今、お兄ちゃんにあったものをおもいついたけど、この世界にはない。お兄ちゃんがもともといた世界にあったぎじゅつだとおもう。だいじにつかってね」
 そこから取り出されたのはクマのぬいぐるみの大きさからでは考えられないほど大きい乗り物が出てきた。超大型バイクである。恐らくこの少女はソフィア同様の魔女にあたるのだろう。
「ありがとう」

(台風到着予定日)

僕の上には一面に広がる黒い雲。そして激しい雨風だった。都市の店の看板が吹き飛んだのか、鉱山の入り口付近の道端に落ちていた。鉱山入り口から人ならざる奇声が聞こえる。封印の手順としてはソフィアが嘗て行ったように都市全体に魔法陣を敷いて、誰かが真ん中で血を流せば完了という至ってシンプルなものである。ただしその真ん中に行くには大量の魔獣をかいくぐらなければならないという事である。
 バイクを空ぶかしさせながら、目的地へのルートを想像した。あの少女、よくもこんな乗り物を一から想像できる。
「いくぞおおおぉぉぉ!」
 エンジンはフルスロットル。速度があればあるほど魔力は増大する。速ければ勝ち。それだけである。
 手前にはゴブリンやオーク、名状しがたい謎のモンスターまで沢山いたが、よく覚えていない。ただ、数えきれないほど轢いた事は覚えている。どれだけ大きいモンスターがいても、最大全速で走るバイクで突っ込むと貫通する。肉が潰される音が聞こえた。所々モンスターによって道が破壊されている部分があったが、壁のちょっとしたでっぱりから登ったりして切り抜けた。
 そこまではよかった。都市の中央部にたどり着いた時、謎の人影が立っていた。
「ねぇねぇねぇねぇ、あの女の召使?」
 シルクハットを被った男性。この世界の人じゃないような雰囲気がそこにはあった。
「そこ邪魔なんだけど。どいてくれる?」
 手でしっしっと振ったが、どかずに
「どうだい? ボクが生み出した魔獣。大量にいたよねいたよね? 封印されて可哀そうに。ボクも一緒に封印されてたけど。復讐したいよね?よね? オングストロームって呼んでね。この都市が壊れるにはまだ時間があるけど話していい?」
 ソフィアの知り合いなのだろうか? いらない圧をかけようとして来る変人がいた。
「これは、とある昔話。

 ボクはソフィアっていうヤツと同じように魔法使いとしてあらゆる世界を旅していた。だけど、そんな中で魔女にこれからなりそうな逸材を見つけた。そう、ヘルツヘッセの娘、エリス。こんな辺鄙な場所で腐らせてはいけない。ボクはなんとかして連れ出そうとした。けど、ヘルツヘッセが邪魔。だから、無理矢理契約させて、その街に攻め込む予定だった。そんな時、
「良い話があるんだけど、君のモンスターをより強化させる為に手伝わせてほしい」
 そんな事をヤツは言った。そしてボクの血を魔法陣に垂らした瞬間、周りはどんどん石化していった。
「話が違う! これは強化魔法じゃなくて石化魔法だ! よくも陥れたなああああああ!」
「旅する魔法使いにも決まりがある。その決まりに従ったまで」
 そして意識はかすれながらも最後に覚えているのは、ヤツが魔法使いを取り締まる役人と話し合っている姿だった。
 だから決めた。もし復活したらより酷い仕打ちをヤツにさせてやろう。そしてエリスを手に入れよう。最悪肉片でもいいと。どうどうどうどう? 感動的な話でしょう?」

 自業自得である。とりあえずこいつ諸悪の根源なのだろう。
「話は終わったか? じゃあこのバイクで轢かせてもらう」
「そうそう、言ってなかったね。ボクは『恐怖』の魔人。人が想像する中で一番怖いものの姿になれる。このモンスターの大群はヘルツヘッセが子供の頃、街を大群で滅ぼされた時にその時の恐怖が刻まれて現れた。じゃあ君は?」
 すると彼は沼のように変化した。ぐちょぐちょと動く姿がなんとも気持ち悪い。
そして姿を現したのは自分だった。車掌になる前の自分である。魔力は持たず、仕事が何もうまくいかなかった自分である。
「人は弱い事を恐れる。劣っている事を恐れる。お前にこのボクを殺せるのかな?」
 現実世界にいたときの嫌な思い出が蘇る。何も出来なかったことを。出来損ない扱いされた日々を。そう思うと、全く腕に力が入らなかった。何も。
「やはり僕は……」
 すると、どこからか汽笛が聞こえた。ここは鉱山。線路なんてないはずである。
「なんだこの音は?」
 彼も嫌な予感を察していた。
 
バアアアアアァン!

彼を轢いたのは紛れもなく魔女の急行列車だった。
 汽車は彼を轢くと、暫くして止まり、ドアが開いた。
「ちょうどここが都市の真ん中だった。やっぱり私の計算は外れなかったよ。君が全力尽くして真ん中まで誘導してくれたおかげ。それでこそ私の車掌」
 そうだった。僕の恐怖を消してくれたのは彼女である。彼女が僕に手を差し伸べたから車掌になれた。今は恐怖を失くしておこう。僕の雇い主が目の前に立っているのだから。
「それにしても大丈夫か? 汽車が止まっているという事は速度がなくなって死ぬんじゃないのか? ソフィア」
「台風の風速は八十キロオーバー。私が魔力を使うには十分すぎる速度だよ」
 すると、轢かれたであろうオングストロームは液体状から人の形に戻っていき、シルクハットの最初の姿に戻っていた。
「まさか、ここに突進してくるとは思わなかった。やっと会えたぞおおおお!」
 彼はソフィアに会えてうれしいようだった。復讐の機会が訪れて。
 すると、車両からはソフィアだけではなく、二人の影があった。
 二人は手をつないでいた。
 そう、ヘルツヘッセとエリスだった。
「お前がヘルツヘッセに不正に契約を結んでいた事は知っている。だから、ちょっと上の方にかけあって、強硬措置をとらせてもらった」
「強硬措置だと?」
 オングストロームは首を傾げた。
 ソフィアは小さなバッグから黄金の鋏を取り出した。
「それは…… 魔法使い取り締まり役員共が使う忌々しい契約破棄の鋏……!」
「この鋏の使用許可をとるのに少し苦労した。ああ、君は車掌としてまだ早かったから知らないけど、君の世界でいう『令状』のようなものだよ。まあ、どんな契約書でも破壊されるだけだから」
 そんなものが存在するのか。ちゃんとソフィアも働いているのだと安心した。
「この鋏を使うのはあなたです、ヘルツヘッセさん。恐怖とは自分で断ち切らなければなりません」
 ソフィアはそう言うとヘルツヘッセにその鋏と契約書を渡した。恐らくその契約書はオングストロームとの契約書なのだろう。
 
「オングストローム…… もう二度とこの都市と娘に手を出すな! これ以上お前の恐怖は沢山だ!」
 そう言って鋏を大きく開き、勢いよく切り裂いた。
「そ……そんな……そんなの……そんなのってないよ……ねえねえねえねえ」
 彼はそう言って床に頭を何度も打ち付けた。
「なら……ならさ……せめてソフィアの思う恐怖の姿に変えてやる!」
 そう言ってオングストロームは沼状に変化し、徐々に大きくなっていった。
「逃げ場なんてあるの? お姉ちゃん……お姉ちゃんの恐ろしいものになったら誰にも止められない」
 エリスはソフィアに向けて言った。
「大丈夫。もう決着はついている」
 すると、その大きな姿は風船のように膨らみ、肥大化した。
「お前には私の思う恐怖の姿はとれない。そんな程度じゃまねることさえできない」
 彼は破裂した。そしてそこには血の雨が降った。
 彼の消滅と共に、台風は過ぎ去り、彼の血によって石化魔法が始まり、僕が鉱山を出た時には魔鉱石だらけだった。
「じゃあ、帰るぞ。車掌、晩御飯を楽しみにしているよ」
「かしこまりました。ソフィア」
(数時間後)
「あの…… 一つ聞いていいですかね?」
「何だ?」
「どうしてこの急行列車にエリスが寝転んでお菓子食べているんですかね?」
 スフェラを出た時、既にエリスは大きなリュックを背負って入っていた。
「エリスの意思でこれから私のところで働きたいと。それで契約して雇ったよ」
「いや、ヘルツヘッセはどうするんです? 取り残されてますけど」
「心配ない。彼からは『うちの子をどうか見守ってやってください。彼女のやりたいことをさせてあげたいんです』と。これで人員は増えたよ。喜べ」
 いや、逆に世話が必要な人が増えたような。まだまだ楽にはならなそうである。