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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.47 / 魔女に速度は必要ですか?車掌さん
Last-modified: 2020-12-22 (火) 20:52:37 (274d)
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活動/霧雨

魔女に速度は必要ですか?車掌さん

狐砂走

「暑い…… なんで僕はこうも上手くいかないんだ……」
 深夜十一時三十分。僕以外誰もいない駅のホームで椅子に座り、両手で項垂れる頭を抱えながら今までの人生を嘆いた。思えば小学生の頃からだった。
 友達と格闘ゲームで対戦したり、宿題、テストといったものは必ず他人よりも弱い。その理由は明白だった。

 『速さ』が足りないのである。

 いつも相手が僕よりも早く動く事ができる。逆に言えば僕は他人よりもノロいのである。何事もじっくり考える事で人生を歩む事がなによりも正しいのだと心の中でルールのように守っていたのかもしれない。『兎と亀』であればゆっくりと確実に歩んでいた亀の方が早かったではないか。
 しかし今日、そんなルールが崩壊した。
 努力して務めていた会社の社長からクビにされた。度重なる経営不振による能力の低い者から切っていく流れに巻き込まれたのである。しかも退職金はなく、社長のから一言さえもらえず、上司から渡されたたった一枚のクビを意味する書類によって僕の人生は終わった。
 どうしていいか分からず、近くの居酒屋で馬鹿みたいに酒を飲んだ。その後の記憶は朧気でどうにかして駅までたどり着いた頃には深夜になっていた。
「いいよ…… どうせ僕には付いていく速さなんて必要無い。みんなの速さについてこれないんじゃない。僕に付いていく速さをみんなが持ち合わせていないだけなんだ!」
 自暴自棄になっていたせいでこんな可笑しい言葉まで思わず叫んでしまった。

「電車が参ります。黄色い線に出ないよう……」
 駅の放送が聞こえた。この駅に来るのは最後になるのだろう。そう考えると少し名残惜しい気持ちでもあったが同時にもうこんな嫌な場所に来る事は無いだろうという清々した気持ちもあった。
「もう少し…… もう少しだけ居させて……」
 そう言いながら僕は少し眠ってしまった。

***
 
 そんな一人の男が寝てしまった時、駅の改札では乗客としては似つかわしくない人達がいた。
「駅員はとり抑えたか? 他に感づかれた外のヤツはいないか?」
 一人の男は黄金の腕時計で時間を確認しながらマシンガンを持った武装兵の隊長に向けて言った。
「はい! 駅員以外の人間はほとんど全ていません! フィート様のおっしゃる通り、駅員以外はだれも一般人はいません。駅のホームで寝ている男一人を除いて」
「何だと! そんな筈ない。どれほどこの日をどれほど待ち焦がれた事か。このチャンスを逃せば俺は二度と帰れなくなる。あの『魔女』様に会えなくなってしまう。酔っ払いの男一人くらいほっとけ」
「はっ! また目的の列車が到着します!」
 彼は武装兵に向けて口角を上げながら、
「今日、我々は別次元に向かう『魔女』の急行列車に乗り込む。もし魔女に出会ったら油断せず撃て。ワルキューレの翼が我々に味方しているのだ!」
 彼らは駅の改札に降りていったのだった。

***

「ん……」
 僕はふと目を覚ました。およそ五分間眠っていたと思う。流石に寝る前に来た電車は通り過ぎたはずである。
 目を擦りながら目を開けた。
 
なんとそこには汽車が待っていた。腕に付けていた千円くらいのボロボロの腕時計で時間を確認しても電車が来るはずの無い時間に機関車が目の前にいた。通常は単調な緑の横線が入った灰色の電車なのに、今目の前にある列車は紺色と金色で構成されたディテ-ルの凝った車輌であった。白い蒸気が舞い、自分は特別と言わんばかりの蒸気機関車であった。
 この列車に乗ろうか迷ったが、時間を見ても終電は過ぎている筈でこの列車を過ぎれば本当に駅のホームに何も来なくなる。どうせクビになって行くべき場所は無い。興味本位でこの列車に乗る事にした。ただ、不思議だったのは左右見ても列車の端が見えない。それほど長いのだろうか。

 列車に乗り込むと白く四角いテーブルが並んでおり、海外の旅客鉄道でテレビにあるような食事する列車だった。ただ、僕以外は誰もおらずどこか物寂しいような気がした。こんなにも明るく豪華な部屋なのに。
「た……す……け……て……」
 隣の列車から一人の女性の声が聞こえた。小さなかすれ声で助けを求める声。
「はい! 今行きま……」
 そう言いながら僕が隣の車輛への二重扉を開けると思わず絶句してしまった。
 十代くらいの女性が仰向けで倒れているのだが、縦に大きい刺し傷があり、体から流れ出る紅い血が彼女の周りを血だまりとして包んでいた。彼女の傷は鎖骨辺りから腹の辺りまで一直線で斬りこまれ、白い骨と内臓が見えた。あまりのグロさに吐きそうになったがなんとか踏みとどめた。もはや何故これほど傷ついてもまだ生きているのか謎であった。
「早く……」
彼女は弱々しく、精一杯の力を込めて、
「操縦室のレバーを引いて……」
「いや、まずは救急車を呼ばないと……」
 急いでポケットからスマホを取り出そうとしたが、取り出そうとする右腕を彼女は必死で掴みながら、
「お願い! 頼むから動かして!」
 彼女の掴んだ手は死にかけの状態であるにも関わらず力強い握り。
「……分かった」
 彼女は瀕死であり、どうせ救急車呼んでも助けが来た時には死んでいる。彼女の頼みを聞き入れるしかなかった。
 僕は背負っていた鞄とスーツを捨て、彼女を置いて走った。走りながらふと自分の右腕を見ると彼女が握った部分には黒い痣ができていた。

 時間が無い。早くこの列車を動かさないと手遅れになる気がした。すぐレバーを引かなければならない。これまで僕の人生は遅い物だったが、頼むから今だけは速くあってほしかった。
 一両目、二両目、三両目と走り、十五両目あたりで扉の色が変わって赤と黒のチェック柄の扉になった。
(ここか!)
 僕は思いっきり扉を引くとそこには熱気が広がり、大量のメーターとバルブが詰まっており、一気に体中から汗が湧いた。おそらくボイラーだろうが、自分の身長の倍はあるかと思う程大きい炉であった。ボイラーの奥には様々なレバーがあってどれが彼女の引いてほしいレバーか分からなかったが、勘に任せて多分これかなと思ったレバーに手をかけて思いっきり引いた。

 すると轟音と激しい蒸気と共に僕の足は床に持ってかれた。そう、発車したのである。
 列車は徐々にスピードを上げ、外の地下鉄の壁が勢いよく動いていく事から相当なスピードが出ている事が分かった。
(そうだ! 彼女の元に行かないと!)
 僕は操縦室を離れ、扉を開けると、

「やぁ! この列車を動かしてくれて助かったわ。ありがとう!」
 さっき死にかけていた女性が椅子に座って紅茶を飲んでいた。

 何が何だか分からない。彼女の体にはどこにも大きな傷は無く、血だらけじゃない。服装は奇術師のような感じで上下は赤っぽいが頭の上には小さなシルクハットを付けていた。あまりに先程の状態が酷かったため気付かなかった。でもなぜ。
「ちょっと? 私の体をジロジロ見て考えるのは失礼じゃない? まぁ、私の命の恩人だから許すけど。とりあえずは……」
 彼女は持っていた紅茶のカップを下ろし、両手で手を組んで、

「ようこそ……『魔女の急行列車』へ。歓迎するよ新車掌君」
 
 僕は彼女に歓迎されてしまった。このとんでもない列車に。
「えっと……『魔女の急行列車』? なんのこと?」
 あまりにこの状況を説明するには謎が多すぎる。何故さっきまで死にかけだった彼女は元気なのか、何故この列車は通常電車しか通らない地下鉄に入れたのか。
「まずはそこの席に座って。手短に話すわ」
 僕は言われるがまま、彼女の目の前の席に座った。彼女が人差し指を上げるとティ-カップが空中に浮かび、ゆっくり傾いて僕の手前にあるティ-カップに紅茶が注がれた。触れてもないのに浮かんだことにちょっと「うわっ」と声を挙げてしまったが、
「そんなことで驚かないでくれよー。これから何回も目にする光景なんだし」
 と言われてしまった。

「じゃあ、私の自己紹介をしよう。私の名前はソフィア。一般的には魔女に該当するかな。さっきは驚かせてごめんね。あの時は本当に死ぬかと思った。君がレバーを引かなかったらこの列車と共に永き運命に終わりを告げるところだった。私は『速度』が無いと魔法が使えないの」
「『速度』?」
 思わず『速度』という単語を口ずさんでしまった。
「そうそう、速度よ。万物には何かしらの速度を持っている。心臓の動く速さだったり、化学反応の進む速度、馬車の進む速度とかね。私の持つ速度の大きさに比例して私の魔法の力は大きくなる。普段はこうして列車を動かし続ける事で私の持つ速度は列車の速度となり、私が魔法で列車を動かすことで半永久的に魔法を使える。例えば、私の右手が列車の進行方向とは反対に向かえば……」
 そう言って彼女が右手を後ろに振ると、

ピピッー

 蒼い小鳥がいきなり右手から現れた。蒼い鳥はそのまま彼女の後ろへ飛んで行ってしまった。
「逆に進行方向に手を振ると……」
 彼女は私に向かって手を振った。すると、
「うわっ!」
 つい大声をあげてしまった。彼女の右手を振った瞬間、爆炎と共に彼女が見えなくなる程の大きな鳳凰が現れた。恐ろしい巨大な炎なのにどこか美しい。鳳凰は彼女の真横に立って眠ってしまった。
「このように不死鳥が生まれる。頭の中でイメージしたもので鳥を描くとこんな事ができちゃう。これからこの列車の車掌として君は務めるのだから、勿論私程の強力な魔法は使えなくても十分に役立つレベルの魔法はもう使えるようになっているよ」
(車掌? ちょっと待て。急にこの列車に努めなければならないのか? それは……)
「待ってくれ、僕はここで働きたいと言った覚えはないぞ? 君が死にかけていて思わず助けた。それだけだ。家に帰らなければならない」
 彼女は少し目を大きく開き、少し驚いたような表情をしたが彼女は返答し、
「君にはもう職は無かったはずだけど? 今日リストラされて項垂れたまま駅のホームに来た。そして君は一人暮らしだから待ってくれるガールフレンドはいない。こんな状態の君が今、魔女から職を提供しようと言うのだよ? 例えこの列車から出ようとしても、もうここは君の知っている『現世』じゃない」
「現世じゃない?」
「この列車の運営目的はあらゆる世界の死んだ魂をあの世へ運ぶ事。列車は君達の知っている世界は勿論、星の数程の世界へ旅して廻る。もう君のいた世界に行くには気の遠くなるような時間を味わわなければならない。君には一択しかないよ」
 彼女はそう言った後、目をそらしながら小声で、
「本当は私が旅して廻る時に魂が冥界に行く為に勝手に乗り込んでいるからそれを仕事と言っているだけなんだけどね……」
 なるほど、そういうことか。よく都市伝説で深夜に冥界への電車が通るとかいうけどそれに似た感じなのだろう。ただそこには彼女の気まぐれが存在する。
「とりあえず、君には十分な食事と寝床、職場環境を用意しよう。異世界の言語とかは魔法で解決! オーケ?」
 彼女はどこからともなく一枚の紙と判子を取り出した。紙の内容は雇用主の横には彼女の名前である『ソフィア・V・ルスタリア』とあり、雇用上のお体裁がきっちり書かれている。
 どちらにせよここに勤めてみよう。魔女である彼女の容姿は一般的に見ればかなりの美少女であり、そこで安定した職を得られるのであれば辞めた会社より良いかもしれない。
 私は彼女に言われるがまま、彼女から差し出された判子を手にとって自分の名前の端にある『印』を押した。
 判子を押した瞬間、契約書は宙に浮かんで彼女の手元に行き、
「これからこの列車の車掌としてこき使うから覚悟してね。下手すると命を狙ってくる連中がいるから」
 そうだった。彼女は魔女だ。魔法があればなんとかなると考えていたがどんな敵が来るか想像できない。でも判子押してしまった。押すしかなかったのだ。
「はぁ……」
 僕はこれからの人生がどうなるか分からずため息をついた。すると、列車の横についていたベルが急に鳴り出した。
「おっと…… 早速君の仕事が来たようだねぇー。ベルが鳴った時は侵入者が来た時だ。えっと誰かな?」
 彼女は手元から水晶球を取り出した。水晶からこの列車のどこかの様子が映し出された。そこには一人のスーツの男と十数人の武装兵が居た。
 すると彼女は黙り、立ち上がった。
「ちょっと、これは私が対応するよ。実は君がこの列車に乗り込むまで彼らを迷わせるように魔法で列車の構造を弄ったけど、もう突破したことを忘れてたよ。あのときは死に物狂いだったからごめんね。じゃあ、私個人の問題だから。君はここにいて」
 そして彼女は煙と共に消えてしまった。まあ、彼女自身が解決してくれるというのだから、問題はないだろう。ただ、速度が速い程魔力が大きくなるなんてとんでもない魔女だ。死にかけていたときのあの大きな傷は誰から受けた傷なのだろうか? 私がこの列車に入る前に受けたのだろうが、相当な手練れなのだろう。おそらく侵入した彼らに違いない。
 そして彼女が去って三十秒程経ったとき、急に列車の速度が速くなった。彼女が列車の速度を上げたという事は相当魔法を使っているという事だ。僕にもできる事はないのだろうか? 僕はほんのちょっと様子を見る気持ちで席から立ち上がり、進行方向とは反対側の扉を開けた。

「俺と前戦った時はこんなに弱くはなかったぞ? ソフィア嬢。俺が作った武装兵を全部倒したのは流石と言っておこう」
 そこには痣だらけの魔女が倒れていた。嘘だろと思った。魔女を一分足らずで倒した男が来たのだ。男は百九十以上の身長の黒いスーツ姿だった。右腕には金の腕時計を付けている。
「ほう、君は何番目の車掌かな?」
「どちら様で?」
そうだ、彼女が車掌を選んでいるのは何も僕だけとは限らない。ただ、だからどうしたというのだ。
「ああ、俺か。俺はソフィア嬢に選ばれた最初の車掌だ。フィートって呼ばれている」
 最初の車掌がよりにもよって今日来たのか。僕にとって彼は大先輩なのだろうが何故彼女を襲うのか少し予想が付いたが、
「何故この列車へ?」
「目的? それ敵に言う? まあ、どうせ俺には勝てないのだから言おう。俺を知らない世界に置いて行き、彼女が去っていった。これ以上に目的いる? じゃ、あばよ」
 言い終えた時には僕の後ろに立ち、彼女の方へ蹴られてしまった。いつ僕の後ろに来たか分からなかった。
 僕は振り向くと彼は自分のいる車両と僕のいる車両の間をどこからともなく取り出した剣で真っ二つに斬ってしまった。
「これでソフィア嬢に速度は失われる。どうやら俺が会った時には既に傷を受けているようだ。じわじわと弱っていく彼女を見守り、自分の弱さをただ嘆け」
 そう言って彼との距離はどんどん開き、見えなくなってしまった。外は星一つ一つがしっかり輝いて見える程に夜空が上下左右広がっていた。今、車両は十分早いがいずれ止まってしまう。どうにかしなければ……
「新しい車掌君……」
 彼女の弱々しい声を再び聞く事になるとは思っていなかった。ただ、あの時よりはまだ死にかけてはいない。
「はい!」
 思わず返事した。彼女の体には再び大きな切り傷がジワジワと浮かび上がっていた。

「君に何故車掌として選んだか言ってなかったね…… 実は私の寿命は残り僅かなんだ」
 僕のイメージでは魔女は不老不死だと思っていたがそうではないのか?
「そもそも私は昔、ある人に大きく斬られたことがあってね。体に直接刺された傷は魔法で隠したり、痛みを消すことはできるけど、魔法がなくなると元に戻ってしまう」
「フィートとか言う男か?」
「いや、あれは寧ろ車掌としては酷かった。ある世界では勇者と呼ばれていて、初めての車掌にしたけど異世界に着いては町を荒らしまくって最悪だった。酷かったから適当に死にかけにして放り投げた。まさか未だあんなに魔法が使えたなんて」
 それでフィートを追放したと。勇者も堕ちるのか。
「それで、私を斬った人は君」
「はい?」
 初耳である。彼女を斬った覚えはないし、そんな大きい剣なんて持った事がない。
「昔、君の世界に来た事があって、小さいときの君がこの電車に間違えて乗り込んでしまった。その時に面白半分で剣を渡したら、使いこなせるとは思わなくて斬られちゃった。そのときに私は死にかけちゃって、列車を動かすために君の速度を奪った」
(この魔女とんでもなく迷惑な事してるよ…… よくも魔女に弱体化されても生きていけたよ……)
「だから今から君の能力を返す。私は本当だと既に死んでいるから心拍音とか、速度は持たないけど君はまだ生きている……。 あと、ごめんね……」
 彼女は私に手をかけた後、倒れてしまった。彼女の傷は次第に大きくなり血だまりができていた。車両は完全停止してしまった。
 唐突に車掌に任命されて、彼女は急に死にかけて後は任せるみたいな事言われて、本当に彼女は身勝手だった。だけど、こんなところで取り残される訳にはいかないし、契約書はまだ消えてはいない。

***

「やっとこれで俺の復讐が果たされたよ。武装兵を犠牲にした甲斐があったよ」
 何の為にソフィア嬢について行ったか。簡単な話、遊ぶ為だ。当時俺は勇者だったが、やるべきことは全部やってしまった。ゲームでいうやりこみ要素は全部やり、退屈していたらとある貴族の娘が特別な魔法を持っていて、それを利用して旅立ちたいという噂があった。まさか速度と魔力が比例するなんて聞いた事なかったが、それ故に魔力は無尽蔵で別次元に飛べる力があったのは興味深かった。周りの人々は気味悪がったが、俺にとっては魅力的に感じた。
 勇者という地位によってすぐに車掌として推薦され、ソフィア嬢と旅して遊びまくったが、人を別次元に飛ばして何が悪いというのだ。遊び半分で俺はありとあらゆる世界の住民を別世界に飛ばしたり、ちょっかいを出しただけだ。そしたらソフィア嬢に追い出された。
 ただ、契約は「死ぬまで」だから、魔法は彼女と繋がっている。いつ彼女がやってくるか容易だった。
 この汽車があればどこの世界でも飛べる。これで遊べるぞ。
 俺は叫び笑った。

 するとどこか車両が向かってくる音が聞こえた。まさかあの魔女がやってきたというのか。いや、彼女は瀕死の筈である。ならば、あの新入りか。
 俺は汽車の後方を見るとあり得ない事が起きていた。
 
あの新入りが車両のつなぎ目を持って引っ張りながら来ていた。
「嘘だろ! 一体どんな雇用契約をしたんだよ!」

***

「待ってろ! 今からそっちにいくぞ!」
 彼女から能力を渡された瞬間、どこか満ち溢れる力を感じた。筋トレをしたときにちょっと体つきがよくなったとかいう達成感の何十倍もあった。これならなんとかできるかもしれない。
 僕は車両から出て地面の上に立つイメージを描きながら降りると車両のつなぎ目を掴み、最初はゆっくり引っ張ったが、ペースを上げて今では汽車よりも速く走れた。
「ちょっと? これどうなっているの!」
 後ろから彼女の声が聞こえた。元気そうである。
「引っ張っておっかけている」
「そうじゃなくて、なんでそんなに強くなっているの?」
「分からない! ただ何でもできる気がする!」
 これだけ強くなったということは彼女に初めて会って斬った事はあり得るのかもしれない。今までの人生は遅いヤツじゃなくて寧ろ誰よりも速いヤツだった。
 汽車にある程度近づくと、僕は車両を投げるようにして汽車にぶつけて繋げた。

「どうして繋がるんだよっ!」
 フィートの声が聞こえたが、
「そういう魔法を使ったからだよ」
 僕は答えた。初めてフィートに会った時は逆の立場だった気がする。
 彼は剣を手に取ったが、すぐに手で奪いとった。もはや彼に勇者としての強大さは感じられなかった。
「まだだ! 俺にはソフィア嬢と同じ魔法が使える!」
 彼は僕達に向けて手をかざし、
「万物の炎は全ての焼き……」
 急に呪文を唱え始めた。きっと彼が勇者としてあがめられていた時に使った魔法なのだろうが、
「呪文言わなければ出せない魔法だなんて言った覚えはないけど? あなたには速度が足りなかったわ」
 そう言いながら既に彼の前に立って蹴った。蹴った方向には口を開けたボイラーが待っていた。ボイラーの大きさは彼を呑み込むには十分だった。
「熱いいいいいいいい! お嬢様! 助けてください! 初めての車掌だろぉ?」
 熱く焼かれる彼とは対称的に冷たい目で彼女は、
「雇用契約は死をもって解除になる。さようなら元勇者」
 そう言って彼女は契約書を取り出した。そこには彼の名前があった。彼の声が聞こえなくなると、その契約書は燃えてしまった。

「今日は疲れた。寝床用意して? 車掌君」
「因みに、君を斬った僕を何故車掌に?」
 そういえば結局答えていなかった。車掌に選ばれた理由を。
「私を斬れる程の人間なんて見つかる?」
「仰せの通りです。魔女様」
 これ以上の疑問は無意味だった。
 そして彼女は僕に向けて言った。
「改めて、ようこそ『魔女の急行列車』へ。車掌君」