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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.46 / 鉛筆の騎士 試作品
Last-modified: 2020-12-21 (月) 21:20:32 (275d)
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活動/霧雨

鉛筆の騎士 試作品

そう

 夜、街灯が地上に輝く星のように闇を照らしている街の片隅、光が届いていない場所のことであった。誰もいない路地裏で空間がねじ曲がった。大きさは人が一人すっぽり収まるほどで、そこだけ螺旋を描くように空間が曲がり、そこから人型の何かが二つ現れた。
「ここがもう一つの世界」
 歪みから出てきたうちの一人がつぶやく。
「探すぞ」
 もう一人が命令口調で指図しゆっくりと歩き出した。

同時刻、街の中心付近にあるビルの一室のこと。そこには十数人の白衣を着た人間がおり、書類やタブレットを持って、せわしなく動いていた。
「空間に歪みが発生しました! 今までの中で一番大きいです」
 三十代前半ほどの男性がパソコンを見ながら叫ぶ。
「そうか……遂に来ましたか」
 部屋の一番奥の机にいる男がメガネを光らせつぶやいた。彼の纏っている空気は周りとは異質のものであった。彼は周りの職員が慌てふためく中、ただ一人平静、否、笑っていた。


 
 早春の土手。芽吹いた緑にようやく暖かい風がそよぐ道で高校生が談笑しながら歩いていた。多くの高校生が帰路につく中、一人緑の絨毯に寝転んでいる男子がいた。彼は黒い手提げ鞄を枕にして、右手をアイマスクの代わりにしながら惰眠を謳歌していた。
「何してるの?」
 一人の女子が彼に話しかける。
「お、あぁ。お前か……」
 彼は眠そうに答える。
「もう。またそんなとこで寝て」
 少年は少し右手をずらし、少女の肩まで届く黒い髪が風になびく様を視界の片隅で捉えていた。
「どうしたの?」
「いや、なんかさ。明日から春休みなんだなって」
「そうだね」
 少女は少年の横に腰を降ろす。
「色々あったな」
「色々あったねぇ」
 微笑みながら返す。
「もう一年になるのかぁって思うと早いよな」
「そうだね。え? もうこの街に来て一年なの! 早っ!」
「さっき終業式終わったばっかだろ」
「あはははは。早いねぇ」 
 少女はぼんやりと空を見上げる。
「ねぇ、志智(しち)、おじさん元気してるかな」
「さぁな。でも時々手紙もらってるだろ?」
「そうだけどさ、会ってみないと分からないことってあるじゃん」
「そうだな……」
 志智は足を大きく振り上げ、その反動で起き上がる。
「帰るか。手紙来てるかもしれねぇし。あ、うちに来て一緒に読むか?」

 昼間にもかかわらず薄暗い路地で二人の男が話していた。男二人の服装は周りの人にとってはなじみが薄い、どこかの民族衣装のように草で編まれたもので、おそらく普通に町中を歩いたら浮くだろう。
「で、どうやって探すんだ?」
 つぶやいた男は身長はもう一人よりも頭一つ分高く、黒髪が背中まで伸びていた。
「手当たり次第に探すしかないかもな」
 返事をした男は二十代の男性の平均身長ほどで長身の男と違い、髪は無かった。
「手当たり次第って」
「仕方ないだろう。こちらは顔も名前も知らない。あるのは近づいたらなんとなく分かるという程度のものだ」
「それもそうか……」
 長身の男は頭をかきむしりながらしぶしぶ納得する。
「こんな路地裏で怪しい服装の男が二人何してるんだ?」
 頭上からの声に二人は視線を上げると、二階の建物の屋上から黒いコートを着た男性がこちらに飛び降りたところだった。
「何者だ?」
 髪のない男が地面に着地した黒いコートの男に訊ねる。
「それはこちらの台詞だ。侵略者」
 男はコートから取り出した黒い銃を構え氷よりも冷たい、否、炎よりも燃えたぎった敵意を込めにらみつける。
「これは面倒だな」
 長髪の男が体の前に出す。と同時に黒いコートの男が発砲するが、血が地面に流れ落ちることはなかった。
「それがお前の本当の姿か」
 長髪の男の姿は身長や体型は変わっていないが、先ほどまでの人間のような姿と違い、全身は焦げ茶色、顔はのっぺらぼうでもいうべきだろうか、表情が読み取れない、長髪だけはそのまま残っていた。
「ならばこちらも姿を変えさせてもらおう」
 黒いコートの男は懐から藍色の文庫本サイズの角が丸い長方形の物体を取り出し、腰に当てる、そうすると、物体からベルトが出て腰に巻き付いた。右手で持っていた銃を左手に持ち替え、右手には黒色の鉛筆のような物が握られていた。
「逃げるぞ」
 姿を変えていなかったもう一人が提案すると、長髪の怪人は髪を鞭のように振り回し、砂埃を上げる。
「くっ!」
 黒いコートの男は思わず手で顔面をガードする。砂埃が晴れる頃にはその場には二人の不審者の姿はなかった。
「くそ……逃がしたか……」

「これだ」
 高校から徒歩十五分ほどある住宅街にある一つのマンションの一室、ワンルームで特に飾りっ気のない一室に志智は自身の身長より大きなクローゼットから裁縫箱ほどの大きさの段ボール箱を取り出し、中身を開く。そこには大量の封筒が入っていた。
「中身見ていい?」
「あぁ」
 少女も目を輝かせながら封筒を開け、中の手紙に目を通す。
「そういや、七香(なのか)に届いた手紙も後で見ていいか?」
「え、あ、う、うん」
 七香と呼ばれた少女は志智から視線を逸らし、頬を赤らめる。
「どうした?」
「また今度ね」
「おう」
 ピンポーン!
 インターホンの音が鳴り響く。
「誰だ?」
 志智は首をかしげながら、玄関へ向かいドアを開ける。
「はい」
 ドアを開けた先には緑の服を着た二十代半ばの男性が机の引き出しほどの大きさの段ボールを抱え立っていた。
「宅急便です」
「あ、ありがとうございます」
 配達員から荷物を受け取り部屋に戻る。
「何が届いたの? おじさんからの手紙、じゃなさそうだね」
「差出人はおじさんなんだけどな。でも手紙だけだったら封筒だけなんだけどな。たまに食べ物送ってくれるけど、なんかいつもと違う」
 志智も七香も固い表情で首を傾げる。
「まぁとりあえず開けてみるか」
 机からカッターを取り出し、届いた段ボールの箱を開封する。
「なんだこれ?」
 段ボールの中には一番上に手紙が入っていそうな封筒と取扱説明書と書かれたB5の冊子その下には大量の衝撃緩衝材、それにくるまれていた物は彼らにとっては未知の物体であった。 
「何かのケース?」
 七香は取り出したのは文庫本サイズの角が丸い長方形の赤紫色の物体だった。どこかに開け口があるのではないかと目の前でぐるぐるして探すが、見つからない。
「何だろこの穴?」
 物体の側面には一つだけ鉛筆が入りそうな穴がある。
「鉛筆削りかな?」
「鉛筆とかもう使わないだろ」
「そうだよねぇ……ねぇ、今志智が持ってるのって……」
「だよなぁ」
 しかめ面をしている志智が今手に持っている黒い長方形のケース、大きさ的には年齢が一桁の時よく見た、鉛筆のケースであった。
「手に持った感触だと鉛筆が一ダースって感じ」
「手紙読んでみるね」 
 七香がダンボールに入っていた封筒を開封する。
「……これから侵略者が君たちを襲ってくるから、これを使って身を守って欲しい……どういうこと?」
「俺にも見せて」
 志智も七香が読んでいた手紙にのぞき込むようにして目を通す。
「異世界からの侵略者が襲ってくる?」
 二人は首を傾げる。二人は孤児院でお世話になったおじさんを親のように慕っており信頼している。なので、侵略者が来る問いことに対しては疑問や疑念はあれど、おじさんが言うなら本当なのかもしれないという考えもあった。だが二人が本当に知りたいのは二つ。一つは侵略者がどんなヤツなのか? 二つはそもそもこのアイテムはどこで手に入れたのだろうか? だが、手紙には詳しいことは書かれていない。
「まぁ、いいか」
「いいの?」
「よくはないけど、分からないし」
 七香は志智に手紙を手渡し、先ほど取り出した取扱説明書と書かれた冊子に目を通す。
「何だそれ?」
「取扱説明書らしいよ。これを読んだら何か分かるかも」
「なるほどな。読み終わったら貸してくれ」
「分かったー」
 七香が説明書を読んでいる間に志智は箱の中にまだ残っているものを探すが、結局箱の中にあったのは、手紙と怪しい装置、取扱説明書、鉛筆のケースが黒三箱、青一箱、赤一箱、空色一箱、衝撃緩衝剤のプチプチのヤツだけであった。
「これは俗に言う変身ベルトで『ドライバー』っていう名前みたい」
 説明書を読みながら七香が話しかける。
「変身ベルトって日曜の朝にやってる番組みたいだな」
「そうだね」
「使い方はベルトを装着して、丸い穴にこの鉛筆状の物を入れて鉛筆削りの容量で回すんだって」
「さっき七香が言ってた鉛筆削りっていうのは意外と近かったな」
「あはは。確かに」
 二人は先ほどまでと違い、談笑していた。
「装着する鉛筆によって能力が変わるみたい」
「黒が三箱、赤、青、空色が一箱ずつ入ってるな」
「黒だけやたら多いね」
「なんでだろうな。とりあえず説明書貸してくれ」
「いいよ」
 七香は取扱説明書と書かれた冊子を志智に手渡す。冊子をパラパラと見渡す。
「あ、うん。なんかよく分からないけど、とりあえず使ってみるか」
「え、使うの?」
「正直怪しいし怖いけど、説明書読んだだけじゃよく分からないし。いざって時、使い方が分からないなんてあったら嫌だし」
「うん。分かった」
 七香は先ほど不思議そうに眺めていた物体をおそるおそる志智に渡す。
「えっと、確か腰に装着するんだよな。向きはと……」
 説明書を眺めながら、手渡されたドライバーを腰につけると、物体から伸びたベルトが腰に巻き付く。
「巻き付いた!」
「え、何これ凄い!」
 志智が戸惑う中、七香は目を輝かせながら彼が装着したドライバーを眺める。
「で、えっと、穴に棒、鉛筆を差し込むんだな」
「そうみたいだね」
 志智はケースから黒い鉛筆状のアイテムを一本取り出し、おそるおそるドライバーの穴に差し込む。
「で、回すと」
 ゆっくりと一回転させた時、志智の体に異変が起きた。
「ぐっ!」
 突然、体に電流が流れたように膝が地面に衝突する。
「志智!」
「あぁああああああああああ!」
 志智は喉元をかきむしりながら地面でのたうち回る。
「志智! 志智!」
 七香は目を見開きながら駆け寄り、彼の体を揺さぶる。
「そうだ! 説明書!」
 志智がさっきまで手に取っていた説明書を勢いよく掴み、震える手でページを次々とめくっていく。
「何これ?」
 七香は自身の血の気が引くのを感じた。
「このドライバーは失敗作。今まで死刑囚七人を実験体として使用したが、全員装着して数分後には死亡した」
 七香の瞳に涙がこみ上げてくる。説明書を投げ捨て、志智の右手を両手で腕が折れんばかりの力で握りしめる。
「志智! お願い! 死なないで! お願い! ねぇ!」  
 握った手を額に当て、涙が頬を流れる。
「はぁ……はぁ……七香……」
 志智は小刻みに震える左手で腰に巻き付いたドライバーを外す。
「しぃちぃ……!」
 上体を起こした志智に飛びついた。
「よかった! 死ななくて……生きててくれて、本当に……」
「……おう」
 自身の胸で泣きじゃくる彼女の背中をそっと撫でた。

 三十分ほど経ち落ち着いた七香から解放された志智はベッドの上に寝そべった。先ほどの激痛で体力を相当奪われたらしく、彼の表情からは生気が感じられずぐったりしていた。
「鉛筆少し削れてるね」
 七香が眺めている鉛筆は先端が鉛筆削りで削ったかのように少し削れていた。
「なるほど。だから鉛筆だけ大量にあったのか」
「消耗品だもんね」
「説明書はちゃんと読まないとダメだな」
「ごめんね。私もそこまでちゃんと読んでなくて」
「俺もちゃんと読んでなかったしな……次使うときにはちゃんと読んどこ」 
「え! また使うの?」
 七香は目を見開く。
「おじさんがわざわざ送ってきてくれたってことは俺たちになら使えるって考えたからだろ? 現に俺は死んでねぇし」
「そ、それは一理あるけど……だったら私が――」
「いや、俺が使う」
 志智が七香の言葉を遮り言葉を続ける。
「七香が使える可能性はあるけど、俺の方に送られたってことは俺が使うべきだから送られてきたってことだろ? 七香が使うべき物だったら七香の方に送られてるはずだ」
「うぅ……」
 七香が不服そうにうなる様子に志智は頭を掻いて小さく息をはく。
「じゃあ、俺が起き上がるまでに説明書をもう一回読んでくれねぇか? ドライバーを俺が使えるようになる方法が書いてるかもしれないし」 
「分かった! 任せて!」
 七香は目を輝かせどこから取り出したか分からない伊達メガネを装着し、説明書をむさぼるように読み始める。
「……鉛筆状のアイテムの名前は『ペンシル』……変身するとペンシルは消耗する……ドライバーに装着するペンシルの色によって能力が変わる……」
 ぐぅううう。
「あ……」
 ブツブツ独り言をつぶやきながら説明書を読んでいた七香が突然のお腹の音に顔を赤らめる。
「そういや、三時過ぎか……なんかおやつ食うか?」
「食べる!」
 目を輝かせて冷蔵庫の扉を開くが――。
「何もない……」
 七香は水と食パン以外特にこれといった物が入っていない冷蔵庫の前で肩を落とす。
「あ、悪い」
「いやいいよ。買ってくる。何か食べたいものある?」
 彼女はすぐに気を取り直し、生気がほとんどない彼に微笑みかける。
「じゃあ、プリッツ頼む」
「好きだよね。ポッキーからチョコ抜いたヤツ」
「それがいいんだよ」
「はーい。プリッツね。あ、そうだ着替えてからでいい?」
「どうぞどうぞ」
「じゃあ、また後でねー」
 七香は勢いよく扉を開いて出て行った。
「部屋隣だし、一旦着替えてから集まってもよかったよな」
 志智は重たい体を起き上がらせ、制服のボタンを外し始めた。

 白いTシャツの上に水色のパーカー、空色の膝下までのスカートを身に纏った七香は小学生が外で遊んでいる道中を腕を組みながら歩いていた。
「志智はプリッツとして、私は何を買おうかな。ポテチ、じゃがりこ、あぁプリンもいいかな。うーん。悩ましい」
 独り言をぶつぶつ唱えている七香は他人から見たら怪しい人だっただろう。その怪しい人になっている七香を物陰からさらに怪しい二人組が見つめていた。先ほど黒いコートの男から侵略者と呼ばれた二人の男である。
「この感じ……多分、アイツだ……」
 二人組のうちの髪の毛がないほうがつぶやいた。
「なんか変な感じする」
 七香も視線、いや本能で何かを感じ、少し早足で歩く。
「気づかれたか……」
 長髪の男の姿が焦げ茶色の異質な物に変質する。
「早まるな慎重になれ!」
「いや、気づかれてしまった可能性がある以上、面倒なことになる前に確保するべきだ」 
 怪人とでも言うべき姿に変貌した男の髪が伸び新幹線のように勢いよく七香の元へ飛んで行き、彼女の目の前のコンクリートの地面に勢いよく突き刺さった。
「え?」
「失敗した」
 突然のことに一瞬彼女の頭はフリーズしたが、すぐに走り出した。
「待て」
 怪人も髪を伸ばしながら後を追う。
「ひゃぁああああああ!」
 近くで遊んでいた子供たちもすぐに蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 気力を振り絞り学校の制服から黒のTシャツの上に赤の上着、藍色のジーパンに着替えたベッドの上でぐったりしながら天井のシミを数えようとしていた。
「天井のシミ以外と少ない……というか見つからねぇな」
 天井のシミを探すことに即行で飽きた彼は取扱説明書に手を伸ばし、先ほどドライバーを装着した感触を思い出していた。説明書を掴んでる手が震えている。ドライバーを装着しペンシルを挿入した瞬間、彼の頭に直接声が聞こえたのだ。内容を理解することはできなかったが、悲鳴だということは理解できた。
「嫌な予感がする……」
 志智は本能で何かを感じた。何かは分からなかった。ただの嫌な感触であった。彼は鉛のように重い体を起こし、ドライバーとペンシル四種類一本ずつを持ち出し部屋の扉を開いた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
 あれがおじさんの手紙に書いてあった侵略者? どうして私を追ってくるの
? 私何かしたっけ? 例えば侵略者についての秘密を知ってしまったとか。いや、私そんなの知らない! じゃあ私には不思議な力があってそれを狙ってるとか? いや、私にそんな力ない! 心当たりなんて何もない!
 追われながら息を切らしながら走りながら彼女は頭をフル回転させるが、自身が追われている理由いついては全く検討がつかなかった。
 人気がない広めの公園にたどり着くと、目の前には草で編まれた服を着た髪がない男が立っており、七香は立ち止まる。彼女と彼には面識がない。彼女は今すぐ誰かに助けを求めたい状況だった。目の前にいる誰かに助けを求めたかった。しかし、彼女の本能が囁いた。目の前の男は敵だと。
「妙に勘が鋭いな。こちらがお前を察知できるようにお前もこちらを察知できるようだな」
 男がつぶやきながら七香に近づいてくる。彼女は振り返り逃げようとするが、そこには長髪の怪人がいた。前門の虎後門の狼とでもいうべき状況に彼女の腰が地面に落ちる。
「あ、あぁ……」
 彼女の動向は開き呼吸も荒くなり、体が小刻みに震える。ちゃんと声を出すことも立ち上がることもできなかった。
 彼女の頭は逃げるために使えそうなものを探す。少し離れた所に滑り台、ブランコ、消化器、木の枝、一見あまり役に立たなさそうだが、うまく使えば逃げられる、もしくは一矢報いることはできたかもしれない。だが、視界で捉えることはできても彼女の思考も体も動かなかった。
「じゃあ少しの間眠ってもらおうか」
 髪の無い男が彼女に手を伸ばし、首元を掴もうとした時――。
「なぁ、何してるんだ?」
 突然の声に振り返ると、そこには志智が立っていた。
「知り合い……じゃなさそうだな」
「誰だお前?」
「ソイツの幼なじみ」  
 淡々と言葉を放つが、呼吸は少し荒く彼の足は僅かに震えていた。
「そう邪魔するなら消えろ」
 髪の長い怪人は髪を槍の投擲のように伸ばし、志智を攻撃する。紙一重で志智は髪の槍とでもいうべき攻撃を躱すが、風圧で横へ勢いよく飛ばされ地面を転がる。
「痛っ」
「志智!」
「さてと、お前にはこちらに来てもらおうか」
 髪のない男が再び七香に詰め寄る。
「どうして私を狙うの?」
 震える声を絞り出す。
「お前が鍵だからだよ。私たちの世界とこちらの世界の」
「どういうこと?」
「理由は知らないが、お前がいればこの世界と私たちの世界を自由に行き来できるようになるらしい。今までのように制限が厳しい移動ではなく、無制限に移動できるようになる。そうすればこちらの世界を侵略できる」
 男は高笑いしながら七香の首を右手で掴み持ち上げる。
「あ、あ……」
 七香も両手で剥がそうとするが、力の差がありすぎて剥がせない。
「少し寝てもらうぞ」
「待て!」
 志智が立ち上がり叫ぶ。
「お前に何ができる?」
 髪が無い男が見下した目で見る。銃弾をも弾く肉体に対して生身の人間がどんな攻撃をしたところで脅威にならないのだ。
 志智は懐から先ほど部屋で装着し悶絶したドライバーを取り出す。
「志……智……ダメ……」
「それは……!」
 男の表情に少し焦りが見えた。髪の長い怪人も表情はないが少し動揺が見えた。志智は動揺を見逃さなかった。同時に確信をした。このドライバーは目の前の敵に対して有効な攻撃手段であるということを。
「行くぞ……」
 志智はドライバーを腰に装着し、同時に黒いペンシルを右手に握りドライバーの穴に差し込み回す。
「ぐっ!」
 先ほどと同様に彼の膝が地面に直撃する。突然迫る激痛に歯を食いしばる。
「なんだ。見かけ倒しか――」
 髪の長い男は一瞬気が緩むが、すぐに緩みは消えた。黒鉛のように黒いオーラが志智の全身を包み始めたのだ。
「はぁ、はぁ……変身……!」 
 息切れしながらゆっくり立ち上がる。
「NORMAL COLOR PENCIL」
 ドライバーから電子音声が流れると黒いオーラが鎧に変わり、黒い鎧を纏った騎士とでもいうべき戦士が立っていた。
「お前も姿が変わるのか」
 髪のない男は思わず掴んでいた七香を離してしまった。解放された七香はその場に倒れ、咳き込む。
「見かけ倒しが!」
 長髪の怪人は再びミサイルのような勢いで髪を伸ばし攻撃しようとするが、志智はそれを難なく躱し懐に入り込み拳を腹部へたたき込む。
「がはっ」
 先ほど銃弾を受けても全く動かなかった体が数歩下がる。
 そのまま左ジャブ、右ストレート、左ローキック、体勢が崩れたところに右回し蹴りが顔面に炸裂し、怪人は地面に転がる。
「調子に乗るな」
 髪のない男の険しい目つきで体が異質な物へと変貌した。その体は足の先から頭の上まで全身深い緑の鱗に覆われた異質のものになり、志智に殴りかかる。
「くっ」
 志智はガードしようとするが、格闘能力は怪人の方が上らしく、押されていく。
「おい! いつまで倒れてるんだ!」
 鱗の怪人が倒れた仲間に呼びかける。
「おいよ!」
 長髪の怪人は起き上がり、獲物を狩る蛇のように髪を伸ばし志智の体を巻き取る。
「何だこれ? ほどけねぇ!」
「おーらよ!」
 鱗の怪人は髪によって動きを封じられた志智に大振りの一撃をお見舞いし、その勢いで志智の体は空中へ飛ばされるが、髪から解放されることはなく、そのまま髪によって空中でジェットコースターのように振り回された。
「目が回る!」
「これで終わりだ!」
 遠心力をたっぷり乗った上体で地面に叩きつけられる。志智が地面に衝突した勢いで砂埃が巻き上がり思わず七香は腕で顔を守る。
「志智!」
砂埃が晴れた地面には怪獣が歩いたのではないかというぐらいの亀裂が走っており、そこに倒れていたのは髪から解放されたが、地面に倒れ動かなくなった志智であった。七香の瞳に涙が浮かぶ。
「やったか!」
 長髪の怪人が勝利を確信したかのように高笑いする。
「いや、まだ変身は解けていない。まだトドメはさせていない」
 鱗の怪人は右拳を握りピクリともしない志智を見据える。
 ブシュー!
「なんだ?」
 怪人二人の気が緩んだ瞬間、背後から白いガスが吹き付けられた。後ろを振り返ると赤い消化器を構えた七香が立っていた。
「なんだお前か」
 二人がゆっくりと近づいてくるのに対し、中身の無くなった消化器を投げつける。投げつけられた消化器は鱗の怪人に直撃するが、地面に落ちて耳を塞ぎたくなるような音を立てたぐらいで効果は全くなく怪人の歩みは全く変わらない。七香の震える体で後ずさりながら木の枝を拾い構える。
「ムダなあがきを」
 七香は分かっていた。自身がどんな攻撃をしても怪人には全く通用しないということを。自分には逃げることしかできないということも。
 怪人もそのことは理解しており、彼女の行動は理解できなかった。ただターゲットが逃げなくてラッキーという程度にしか思っておらず勝利を確信し表情では分かりにくいが口角が上がっていた。
「七香から離れろ……!」
 突然の声に二人の怪人は思わず後ろを振り返り驚愕する。そこには立つはずのない男が立っていたのだ。  
「志智……!」
「悪い七香、ちょっと寝てた。いい音が目覚ましになってくれたけど何の音だったんだ?」
「ごめん分かんない」
 この時は誰も気づかなかった。消化器の落ちる音が志智の目覚まし時計の代わりになってくれたということに。ムダなあがきに見えた七香の抵抗はムダではなかったということに。 
「死に損ないが」
 二人の怪人が志智に再び向かい合い構える。
「志智! ペンシルを変えて!」  
「おう」
 七香の叫びに応答し、ベルトに刺さっていた黒いペンシルを抜き、代わりに空色のペンシルを差し込み回した。
「SKY COLOR PENCIL」
 志智を纏う鎧の色が黒から空色に変わり、彼はジェット機のように飛翔した。
「空を飛んだぐらいでなんだっていうんだ!」
 ミサイルのように髪が伸びていくが、志智の速度は髪よりも速かった。
「な!」
 一瞬にして間合いを詰め、風を纏った蹴りと拳を二人にぶつけ、二人が反撃するよりも早く離脱し、七香の前に立つ。
「借りるぞ」
 彼女が持っていた木の枝を奪い、風を纏わせ投げつけ、攻撃が届くよりも前に七香を抱え滑り台の上に避難させる。
「それがどうした」
 鱗の怪人はノーガードで風を纏った木の枝を受ける。風圧で土埃が舞ったが、木の枝は彼の屈強な肉体に傷をつけることは叶わず粉々に砕け散った。
「多少すばしっこくなったようだが、先ほどまでよりも攻撃が軽いぞ」
「だったらコイツだ」
 志智は滑り台の上から飛び降り赤色のペンシル取り出し空色と入れ替える。
「RED COLOR PENCIL」
 空色の鎧が赤色へと変わる。
「それがどうした!」
 鱗の怪人が殴りかかるが、逆に怪人がダメージを負った。
「熱っ!」
 一瞬の隙を逃さず、志智が炎を纏った拳を数発たたき込み、体勢が崩れたところに蹴りを放ち長髪の怪人のところまで飛ばした。
「くっそ!」
 長髪の怪人の髪が志智を捕縛する。志智は髪をどうにかしようと全身に力を込めるがびくともしない。
「だったらこれだ」
 志智はドライバーに刺さった赤いペンシルを一回転させる。そうすると志智の赤い鎧は炎を纏った。纏った炎は髪へと燃え移り、長髪の男の肉体へ到達した。
「ぐああぁあああああああ!」
 全身が燃え、怪人が絶叫しながら地面を転がり髪についた火がブランコにあたり炎に包まれた。
「ヤべ」
 志智は赤いペンシルを抜き、代わりに青いペンシルを刺し回す。
「BLUE COLOR PENCIL」
 赤い鎧が青色に変わり、手から消防車のホースのように水を出し燃えさかるブランコの消火を行った後、長髪の怪人にも水流を向ける。
「ぐああ!」
 長髪の怪人に纏わり付いていた炎は鎮火されたが髪は燃えつき自慢の長髪は見る影もない。水流は炎を消しただけではなく再び立ち上がった鱗の怪人にもダメージを与えた。
「そろそろ決めるか」
 志智は青いペンシルを黒色に変える。 
「NORMAL COLOR PENCIL」
 再びドライバー装填した黒いペンシルを三回回すと、黒いオーラが志智を纏い右足に集中していく。二人の怪人が立ち上がると同時に走り出し、空中で左足を折り曲げエネルギーを纏った右足を突き出す体勢を取り、空中で加速して、勢いよく二人の怪人に渾身の蹴りは炸裂した。二人の怪人は蹴りを受け公園の端まで飛ばされ地面を転がる。
「くっそ……」
 長髪だった怪人は地面に倒れたまま一軒家を壊せそうなぐらいの規模の爆発し、発生した爆風は鱗の怪人を公園の外まで飛ばした。飛ばされた怪人は人間の姿に戻りふらつきながら志智たちの視界から消えた。
「一体仕留め損ねた……」
 志智は追撃しようとするが、鎧は消失し地面に倒れる。
「志智!」 
 地面に倒れた志智に駆け寄り呼びかける。
「七香……ケガねぇか?」
「ううん。私は大丈夫そんなことより志智が……!」
「俺は大丈夫だ。そんなことよりも……」
 志智はよろよろと立ち上がるが、すぐに倒れそうになる彼に七香は肩を貸す。
「いいよ。ありがとう」
「でも……」
「このドライバーは襲ってくる侵略者から身を守るために使う物であって、逃げた相手を追撃するために使う物じゃないよ」
「……それもそっか……腹減った。帰ろうぜ」
 志智は気が抜けたように微笑んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
 夕焼けに街が染まっていく中、人が滅多に通らない路地にて髪のない男は壁にもたれながら、携帯ほどの大きさの木片のような装置をいじっていた。
「特徴は送った。後は応援が来るのを待つだけだ……」
「応援とは何のことだ?」
 声の方を振り向くとそこには昼間自身を追っていた黒いコートの男が姿を現した。
「お前に教えることは何もない」
 男は静かにつぶやくと、全身が鱗の怪人になった。
「そうか。ならばここで朽ち果てろ」
 黒いコートの男はそれだけ言い放つと、藍色のドライバーを腰に装着し、それに黒色のペンシルを刺し回す。 
「変身」
「NORMAL COLOR PENCIL」
 男の体に黒い鎧が纏わり付く。志智が纏った鎧と色は同じで形も似ているが、少し軽量化された感じであった。
「お前も変身するのか」 
 お前も? 男が少し首を傾げた隙に鱗の怪人が殴りかかるが、カウンターを決められそのまま一方的に攻撃を受け、ボディーブローを受け数メートル飛ばされる。
「なるほど……さっきのお仲間よりは一発あたりの威力は落ちるが、格闘能力は圧倒的に上というわけか……」
「仲間……? 誰のことだ? お前と戦闘したという連絡は来てない」
「とぼけるな!」
 怪人は自身を纏っている鱗の一枚を剥ぎ、投げつける。投げつけられた鱗は男に命中し、小さく爆発した。規模は小さい物のそれなりの威力があったらしく男は数歩後退する。
「俺の鱗は防御力を上げるだけでなく、一枚一枚がこういう風に爆弾として使える。一度剥いだら再生しないからできれば使いたくないが仕方ない」
「なるほど。最後のあがきか。ならコイツだ」 
 男は黒いペンシルを抜き、銀色のペンシルを代わりに刺し回す。
「SILVER COLOR PENCIL」
 黒い鎧が銀色の鎧に変わる。
「お前も色が変わるのか……だがムダだ!」
 怪人は自身の鱗を再び投げつける。鱗は男に命中するが、先ほどとは違い、男は一歩も後退することなくゆっくりと歩いてくる。
「バカな……」
 怪人はさらに投げ続けるが、効果はないようだ。そのまま近づかれた男のボディーブローが直撃してしまう。
「があぁ!」
 怪人は自身が受けた今までの攻撃の中で最も重い衝撃に思わず膝をつく。そのまま首根っこを掴まれ投げ飛ばされ地面に叩きつけられる。
「トドメだ。最後に言い残すことはあるか?」
 男は燃える炎を氷で閉じ込めたような声で言い放ちながらドライバーのペンシルを黒色に戻す。
「NORMAL COLOR PENCIL」
 怪人はふらつきながら立ち上がる。
「俺の役目は終わった……後はお前を道連れにするだけだ」
 怪人は一気に十枚の鱗を剥ぎ投げつける。同時に男も走りだす。ジャンプして壁を走ったり、壁から壁へと飛び移ったりしながら爆風を全てよけながらドライバーに刺さった黒いペンシルを三回回す。全身から出たオーラが右手に集中していく。
「うおおおおおぉおおおおお!」
 怪人も最後のあがきと言わんばかりに鱗をひたすら投げるが、全部躱されてしまう。
「くっそおおおおおお!」
絶叫と同時に男の渾身の拳が怪人の顔面に炸裂し、爆発した。爆発の後には怪人は跡形もなかった。
「ふぅ」
 一息つきながら男は変身を解いた。
 プルルルルル。
 コートの中から鳴ってきた電話に出る。
「はい刃野(じんの)です……えぇ、とりあえず倒しました。二人いたうちの一人ですが、あの様子だともう一人は別の誰かに倒されている可能性があります……はい。あの様子だと別の誰かがいるようですが、心当たりはありませんか? 博士?」
 ツーツーツー。
「なんで切りやがったんだ?」
 男はしかめ面で電話を握りしめた。

 志智と七香が自身が住んでいるマンションにたどり着いた時には日は落ちていた。
「で、今晩どうする?」
「私の家来る?」
「いいのかよ?」
「いいよ。何か作るね」
「ありがと……」
 志智は七香に支えてもらいながら階段を上がり、部屋に入れてもらい彼女のベッドに寝かされた。
「悪いな……ベッドも貸してもらって……」
「ううん。そんなことよりもご飯作るね。うどんでいい?」
「うん。ありがとな」
 七香は机ほどの大きさの台所に向かい、お鍋でお湯を沸かし始める。
「あ、そうだ」
「何?」
「また後でおじさんが七香に送った手紙見せてくれ」
「え、あ、うんまた後でね」
 返事した七香の顔は顔はトマトのように赤かったが、志智には見えなかった。
「ありがと……」
 
 二人はまだ知らなかった。今日の戦いは序章に過ぎなかったということを。