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京都工芸繊維大学 文藝部

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Last-modified: 2020-03-19 (木) 09:07:06 (119d)
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活動/霧雨

夢について

優葵

 目を覚まし、身体を起こす。実を言うと、もう意識は目覚めていたのだが、あまり起きたくなかったのだ。
 ソファに座り、さきほどの夢を思い出す。
 軍事政権下の灰色の都市、ぼくは窓から死体を眺めている。なぜかなんて知らない。夢なんてそんなものだ。
 するとドアが叩かれて、
「いるのは知っているぞ」
 と言われる。
 後ろを見るとこわばった顔の、見知らぬ中年の男女と、背の低い少女がいる。ぼくの親と妹だが、本物の家族ではない。
 ぼくがドアを開ける。緑色の軍服を着た軍人が拳銃を突き付ける。ぼくたちは両手を上げてうつむいた。母と妹はそれで泣き出したらしい。
「ここにいるのは何人だ」
「これで全員です」
「本当か」
「本当です」
「全員来い」
 ぼくは耐えきれなくなって逃げ出した。
 ぼくは木の湿っぽい廊下を走った。途中の窓で、ジープになった軍人の仲間が見えた。外に出ても意味はないんだろう。
 音もせず、ぼくの胸を何かが貫いた。もちろん、銃弾だ。
 ぼくは血の出て行く熱い感覚を覚えながら、そこで、目を覚ました。
 これが今日見た夢だ。とても正確に文字に起こせていると思う。
 ぼくの夢には形がない。匂いもないし、触感もない。つまり、西田幾多郎の言うところの純粋経験がないのだ。あるのは「あった」という感覚だけであり、ただそれだけでぼくの夢は構成されている。現実を限りなく薄め、記憶するためだけに削がれた経験をぼく脳は引っ張り出して朝の眠りに「何か」を見せる。
 ぼくはフロイトを読んだことはないけれど、夢があまりにも意味深なことが多いから、夢を見たら夢分析をすることにしている。とはいっても、ネットの情報を歪めて自分が納得できるようにしているだけなんだけど。
 分析の結果、ぼくは男らしさからの脱出を願っていると結論した。軍人は男性性の象徴であり、それから逃げられないという夢の結果は、ぼくが男性性を憎みつつも逃れることを諦めていると解釈できる。
 こんな結果だが、いちいち思い悩んだりはしない。繰り返しになるが、ぼくの夢はいつも意味深で、なぜか戦争関連の夢が多いのだ。例えば強制収容所で自分の命が惜しいばかりに命令された通りに殺人を犯したり、捕虜となって毒ガス実験の被検体にされたりする。さっきの夢みたいにあっさり死んでしまわないで、延々と苦しんだあげく幽霊になったこともある。
 でもぼくは苦しむことはない。なぜならぼくの夢は全て、「あった」で構成されているから。鮮烈なものなど何一つないし、ぼくが犯した罪でもないから罪悪感などで苦しむこともない。最初、殺人の夢を見た時は本当に自分がどうかしてしまったと思ったけど、所詮は現実ではない。
 ぼくがこうなった原因は自分でも何となく察しがついている。中学生の頃、ぼくは金がなくて、それから、ホラーにはまっていた。だからぼくは連続殺人鬼について詳細に書かれた本を繰り返し読んでいた。
 その頃のぼくは良いと言われる存在などまるきり信じていなかった。それどころか、理由なく軽蔑していた。ぼくにとってリアリティがあったのは悪意や怒り、恐怖だけであり、それを感じたかったのだ。
 本は五、六人の男をそれぞれ扱っていた。食人鬼と変態、あるいはその両方を兼ね備えていた者が多かったように覚えている。本には彼らの過去と、その犯行が詳細に書かれており、強烈さだけを競おうとしているような陳腐なホラーには到底出せない気持ち悪さがあった。ぼくは文章を想起しないままに本を読むことができるけど(というか、想像しながら読むのにはむしろ練習が必要だった)、信じられないような鮮やかさを以てぼくに襲いかかってきた。
 血がにじむ前の海綿体が見えた。筋肉も。伸び縮みする皮膚。焼けた脂肪……。
 結局、文章がうまかったことにして、新しい本を買った。アニメのノベライズだった。これもやはり数回読んだけれど、内容はおぼろげだ。
 数年経ち、今のぼくにはホラー好きということだけが残った。良いものの存在にも近づけた。それでも殺し、殺される夢を見る。
 いつか、やむをえない状況になったら、人を殺すのかもしれないとぼくは考える。ためらいを捨てるために夢で練習しているのかもしれない。そうなる状況がちっとも想像できない平和な社会でぼくは生きているけど。