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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.44 / 和合少女日和
Last-modified: 2020-03-19 (木) 08:55:25 (261d)
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活動/霧雨

和合少女日和

そう
 
 月が照らしている夜。
 そこにうごめく何かがあった。それは大きさは二メートルほど、体に黒いオーラのようなものを纏っており、明らかに人ではない。それが十数体。その中に一回り大きいのが一体。
 一般人なら逃げ出すだろう。
 だが、それらに向かい合っている少女がいた。
 向かい合っているのは、黒い髪をなびかせている十五歳程度の少女。
 ゆっくりと迫ってくる何かに彼女は臆することなく、ただ一言。
「変身」
 静かに凜と透き通る声が闇に響き渡った。


 腐敗したゴミの匂いがかすかにする暗く、人が二人ギリギリ通れるかぐらいの路地裏を一人の少女が走っていた。
 少女の名は金折花梨(かなおりかおり)、近くにある高校に通う高校一年生である。
 どうして、こうなってしまったの?
 息がゼーゼーと上がる。
 足がピリピリと痛む。
 お腹も鈍器で殴られたように痛い。
 どれだけ走っただろうか。
 まだ数秒しか走ってないはずなのに、その数秒が何時間にも感じる。
 ちょっとした興味だったのに!
 あ。
 彼女はなぜか落ちていたビニール袋に足を滑らせ地面を転がる。
 ヤバっ!
 すぐに立ち上がって走る。
 ヤバい! 早く逃げないとアレが来る!
 彼女は後ろを振り返らず走り出した。
 
「あそこの路地裏にね、怪人が出るらしいよ」
 学校のHRが始まる前、金折花梨の友達の篠崎恵子(しのざきけいこ)が目を輝かせながらしゃべる。
「え、なにそれ?」
 近くにいた女子が彼女の話題に食いつく。
「この前、他校の友達が言ってたんだけどね、路地裏で変な音が聞こえて、何だろう? って様子を見たら、黒い人影を見たんだって」
「あぁ、そうなんだ」
 彼女たちは適当に相打ちをうつ。
「今日、一緒に見に行かない?」
「え? 今日?」
 恵子の急な提案に花梨たちは少し目を見開いた。
「ね、浪花(なにわ)さんも来る?」
 恵子は教室の隅で静かに本を読んでいた浪花日和(なにわひより)に声をかけた。
「遠慮しとく」
 彼女はメガネを光らせながら静かに答える。
「そっか」
 恵子は残念そうに返す。
 いつも一人でいる日和と一緒に何かしてみたいと思ったんだろう。
 恵子ちゃんはそんな子だったね。一人でいる浪花さんをほっとけなかったんだろう。
 それから恵子は何人かに声をかけたけが、結局、恵子と花梨の二人だけで路地裏に行くことになった。
 そこで事件が起こった。
 恵子と花梨が近くの路地裏の前に来た時、何か妙な物音が聞こえた。
 人の足音だった。
 何も知らない人が聞いたとしても何も聞かなかったことにして足を踏み入れることはなかっただろう。
 しかし、彼女たちは噂を知っていた、だから足を踏み入れた。
 全身が震える。
 花梨は恵子の裾を掴みながらゆっくり歩く。
「何怖がってるのよ、どうせ噂だって」
 恵子は笑いながら歩く。
 生ゴミの匂いがする。
 通風口のファンが回る音がする。
 カサカサ。
 ビクっとなって後ろを振り向く。
 視線を下に移すと、コインぐらいの大きさの虫がいた。
 気持ち悪っ!
「ねぇ、早く出――」
 グシャグシャ。
 誰かが何かを踏む音がする。
 私逹の足音じゃない。
 しかもこちらに近づいてくる足音がする。しかも複数。
 一人じゃないの?
「さすがにヤバくない?」
 花梨は震えた声を出す。
「んー、でも、もう少しだけ」
 反面、恵子は前のめりになりながら、もう一歩、もう一歩とゆっくり歩く。
 足音がする曲がり角の横を恵子がのぞき込む。
 その瞬間、足音がやんだ。
「あれ? 誰もいない?」
 恵子は拍子抜けしたように言う。
 よかった、何もなくて。
 花梨は胸をなで下ろし、ふと視線を上に移す。
 目が見開き、全身が震える。
「恵子ちゃん上!」
 彼女の必死の叫びに恵子も上を見る。
 だが、反応が遅かった。
 上から自身より少し大きく黒い何かが恵子に落下し、そのまま彼女を押しつぶした。
 恵子がどうなったのかは分からない、しかし、落下した何かの下から暗い赤色の液体がにじみ出る。
 花梨は目の前にある何かの正体を確かめることなく、背を向け走り出した。
 そのまま彼女は走ったが、どういうわけか、どこで道を間違えたのか、行き止まりにたどり着いてしまった。
 引き返さないと。
 後ろを見ると、それはいた。
 それは黒い人間のような姿をしていた。しかも複数、数は分からないが、少なくとも十はいる。
 ただ、ゆらゆらとし、赤い液体を垂らしながらこちらに近づいてくる。
 逃げないと。
 だが、しかし後ろは行き止まり。
 彼女はへなへなと地面に座り込んだ。全身は震え、目から涙が流れる。
 助けを呼ぼうにも声が出ない。
 ここで死ぬんだな。
 そう思った時、真上から一人の少女が降り立った。
 誰?
 降り立った彼女は上半身に白い和服、黒い袴を身につけていた。
 黒い髪、身長は花梨とあまり大差ない。
「大丈夫?」
 彼女は花梨の方を見ずに話しかける。
 この声、どこかで……。
 黒い人の一体が彼女に殴りかかる。
 だがしかし、地面に背中をつけていたのは殴られた少女ではなく、殴りかかった黒い人であった。
「こんな狭い場所でこの数、面倒ね」
「じゃあ、サクってやっちゃいましょう!」
 彼女のほうから妙にテンションが高い声が響く。
「そうね」
 彼女は左足を後ろに下げ、右手を前に出して構える。
「邪(じゃ)を貫く物、ここに」
 彼女が静かに言うと、右手に長さ三十センチほどの短刀が現れた。
 黒い人がまた殴りかかる。
 彼女は殴りかかって来た黒い人の胸に短刀を突き刺す。
 また、殴りかかってくる、躱し今度は背中に刺す。
 十体はいたであろう、黒い人は全員、刺された後、黒い霧となって消滅した。
「ケガはない?」
 そう言いながら、彼女は花梨に左手を差し出した。   
「あ、ありがとうございます」
 厚意に甘えて手を掴み、立ち上がる。
「あ、恵子ちゃん、恵子ちゃんを助けに行かないと」
 花梨はよろめきながら歩き出す。
「あぁ、もう一人の子ね」
「知ってるんですか?」
 花梨の質問に答えずに、彼女は歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
 花梨は彼女の後に続く。
「どのへんで彼女とはぐれたの?」
「はぐれたっていうか……」
 黒い人に潰された恵子を思い出し、思わず口を押さえる。
「……そう、でも、多分大丈夫よ」
 彼女は淡々と言う。
「大丈夫な訳ないですよ……! 黒い塊に潰されて、その後……血が……」       
 花梨は口から何か出そうなのを押さえながら、彼女の後に続く。
 もうすぐ、恵子が潰された場所、きっと見たら、自分は耐えられない。
 しかし、彼女たちの目に映ったのは、ミンチになった恵子ではなく、赤く濡れているが、五体満足の恵子であった。
「……嘘」
 花梨は思わず、恵子に駆け寄る。
「恵子ちゃん! 恵子ちゃん! しっかり!」
 恵子を抱きかかえながら必死に呼びかけるが、返事は無い。
「大丈夫、気絶してるだけよ。とりあえずここから出ましょ」
「そうですね」
 彼女の提案にうなずく。

 恵子を運び、二人は路地裏から出てきた。
 入る前は赤い光に照らされていた町だったのに、今は街灯で照らされた薄暗い町だ。
「彼女を病院へ、じゃあ、私はこれで」
「あの……」
 立ち去ろうとする彼女を花梨は呼び止める。
「何?」
 この声、この雰囲気、メガネをかけてないけど――。
「浪花さんだよね?」
 空気が凍る。
 え? 私聞いちゃいけないことを聞いちゃった? どうしよう!
「やっぱり、分かる人には分かるんですねー」
 また彼女とは違う声が彼女の方からする、一体誰の声?
「クロ、また勝手に……」
「いいじゃないですか、正体バレちゃったんですからー」
「はぁ」
 彼女はため息をつきながら、袴を脱ぎ、帯を外す。すると、彼女は全裸――ではなく、花梨たちが着ているのと同じ制服になり、帯は黒猫になった。
「えぇ!」
「とりあえず、篠崎さんを病院に連れて行きましょう。詳しい話は後で」
 浪花日和は胸ポケットからメガネを取り出し、教室で見慣れた顔に変わった。

「命に別状はありません、しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう」
 医者の言葉に二人は安堵する。
「よかったー、無事で」
「そうね」
 二人は病院からの帰路で話す。
「あの、色々聞いてもいい?」
「色々って何?」
「……あの黒いヤツのこととか」
 花梨の質問に日和は手を顎元にあてしばらく黙り込む。
 ダメだったかなぁ。
「いいんじゃないですかー?」
 斜め上からの声に振り向くとそこには先ほどの黒猫がいた。
「猫がしゃべった?」
「人前ではしゃべれないフリをするんじゃなかったの?」
「彼女にはもうしゃべってるとこ見られてますし、もういいかぁって」
 日和はため息をついた。
 いつもこんな感じで振り回されているのだろうか?
「分かった。話すわ。私が知っている範囲でなら」
「あ、ありがとうございます」
「敬語は使わなくていいわよ、クラスメイトだし」
「そ、そうだね」
「でも、今日は遅いから、明日の放課後、学校の屋上でいい?」
「分かった」
 今日聞けないのか……でも、もう遅いしね、仕方ないよね。
「じゃあ、また明日ね」
「うん」

 少し赤みがかかった空が広がる。
「屋上ってこんなんだったんだね」   
 花梨が目を輝かせて言う。
「屋上に来るのは初めてなの?」
 日和が不思議そうに尋ねる。
「来るときないから」
「そう」
「浪花さんはよく来るの?」
「お昼はいつもここで食べる」
「へぇ」
 二人はたわいのない会話に花をさかせながら柵の方に腰をかける。
「クロ」
「はいはーい」
 日和の呼びかけに柵の上からクロが現れる。  
「じゃあ昨日のことについて話すけど、その前に一ついい?」
「うん」
「これから話すことは誰にも言っちゃダメ。いい?」
 日和は口元に人差し指を立てながら言う。
「う、うん」 
「どこから聞きたい?」
 日和の問いかけに花梨は頭に手を当てる。
 聞きたいことは山ほどある。
 昨日のこと、黒い人のこと、今はそれよりも。
「なんで猫がしゃべってるの?」
「そこ?」
「そこですかー?」
「そこです」
 日和は意外な質問に頭を掻く。
「まあ、別によくありませんか。私、猫の姿をしてますけど、猫じゃないですし」
 クロが軽い調子で答える。
「え?」
 花梨は突然の返答に首をかしげる。
「あぁ、じゃあ、あの黒い人と私逹の種族の関係について話せる範囲で話しちゃいますね」

 私逹がいた世界には大きく分けて二つの種族がいたんですよ。
 一つは私逹の種族、名前は『模倣犯(コピーキャット)』といいます
『模倣犯』に特定の姿はないです。私みたいに猫みたいな姿をしているのもいればウサギ、犬、ペンギンと色んな姿のヤツがいます。キャットと言っておいて猫以外もいるのかよというツッコミはナシでお願いします。
 とまぁ、私逹の説明はこの辺にしておくとして、私逹は平和に過ごしてました。
 そんなところにある日突然、黒い集団が襲ってきたんです。
 言うまでもないかもしれませんが、平和ボケしていた私たちは黒い集団には勝てません。
 逃げ回るのが精一杯です。
 なんで襲ってきたのかは分かりませんが、多分、私逹の種族の能力を狙っていたのかなぁって思います。
 私逹は他の生物の能力を完全にコピーし、その能力に基づいた無機物に変形し、自身を第三者に纏わせることでその能力を付与することができるんです。
 一つの能力しかコピーできないのが玉にキズですけどね。
 あの黒い連中はその能力を自分たちのものにして自分たちを強化しようとしていたんだと思います。
 ヤツらが自分を強化しようと思ったのはこの世界を自分たちの物にするためでしょう。
 ヤツら……私逹は『影人(シャドー)』と呼んでいます。         
『影人』は他の生物が恐怖を感じたときに発するエネルギーを食料とします。
 恐怖を食らえば食らうほど強くなります。
 で、恐怖を一番効率よく集められる生物がこの世界の人間です。
 余談ですが、影人が人間を殺すことはほとんどありません。
 詳しいことは分かりませんが、おそらく殺してしまったら恐怖によるエネルギーを採取できなくなってしまうからでしょう。
 自ら自分たちの食料を減らすようなマネをしたくないのだと思います。
 恐怖を与える方法は個体によりますが、半殺しにする、誘拐が多いですね。
『影人』は人間をナメていません。
 大した能力を持たないくせに自身より明らかに強い生物を知恵でどうにかした人間に対してそれなりに警戒しています。
 食料だと思っていて返り討ちに遭うのを防ぐため、更なる力が欲しかったんでしょう。
 私逹は『影人』から逃げ回りながら考えました。
 どうすればいいのか?
 出た答えは一つ、人間たちと強力して『影人』を倒そう。
 人間も私逹もお互いにとっての脅威を倒すわけですから、WINーWINってやつです。
 私逹は計画を実行するためにこちらの世界に来たわけなのですが、その途中で事故が起きちゃって、一緒に来た仲間たちと離ればなれになっちゃったんです。

「こんな感じでいいですか?」
 クロの長い説明が終わる。
「え、えぇ、ありがとう」
 あれ? ところどころ話が違うところに飛んでいたような……ま、いっか。
 花梨は頭の中に出てきた疑問を無かったことにする。
「他に聞きたいことはある?」
 日和が言葉を投げかける。
「えっと、なんで浪花さんは戦うことになってしまったの?」
 日和が黙り込む。
「えっと、それはですねー」
「コイツに無理矢理契約させられた」
「無理矢理ってヒドいですねー、ちゃんと合意の上で和合少女日和(わごうしょうじょひより)になったんじゃないですか」
「クロ、和合少女っていうの止めて」 
 日和は溜め息混じりに抗議する。
「なんでですかー、いいじゃないですか、和合少女、魔法少女みたいで」
「魔法少女みたいで恥ずかしいから止めてって言ってるの」
「あの、和合少女ってどういう意味ですか?」
 花梨が二人の会話に割って入る。
「あー、和合っていうのはですね、一つになるっていう意味です。私と日和さんが一つになった、つまり和合したということで和合少女」
「なるほど」
 花梨は手の平に手を置く。
「いいネーミングだと思うんですけどねぇ」
「嫌」
「じゃあ、なんならいいんですか?」
 手を口元にあて考える。
「……えっと、か――」
「あ、そうだ、『影人』の種類について説明しときますね」
 クロが日和の声を遮りしゃべりだす。
「種類とかあるんですか?」
「はい。大きく分けて三種類、一つ目は『下級影人』、昨日あなたたちが遭遇したヤツです。戦闘力は個体差はありますが、常人の数倍、まぁ、私と和合した日和さんの敵ではありません」
 クロが得意気に話す。
「二つ目は『中級影人』、三つ目は『上級影人』です」
 先ほどと変わって淡々と説明する。
 あまりにも違うトーンの説明に花梨は戸惑う。
「えっと、上級と中級はどう違うんですか?」
「上級は見たことない、多分……」
 日和はうつむきながら答える。
「上級はほとんど見ませんねぇ。アイツら用心深いですから、しばらくは下級、中級を暴れさせて様子見ってところでしょうね」
「えっと中級の方はどうなんですか?」
「……一ヶ月前戦った」
「えっと、じゃあ-」
「負けたわ」
「え?」
「全く歯が立たなかった」
 日和は肩を丸めながら答える。
「一ヶ月前、日和さんは中級と戦いました。そして負けました」
「そんな……あの、その後どうやって助かったんですか?」
「私、テレポートを使えるんです。ただ使った後二時間は日和さんを変身させることができなくなってしまうので、あくまで最終手段です」
「そうなんですか……」
「ごめんね、遅くまで」
 日和の言葉で花梨は気づく。
 赤みがかかった空が暗い闇に変わりかけていることに。
「金折さん、大丈夫だと思うけど、今日の夜、一人で出歩いちゃダメよ」
「いやいや、昨日あんなことがあった次の日に夜一人で出歩くなんてムリだよ」 
「それもそうね」 
 日和は一息つく。
「じゃあ、また明日」
「一緒に帰らなくていい?」
 日和の提案。
「あのーもうすぐ稽古の時間ですよ-」
「え、もうそんな時間?」
 日和は慌てて時計を見る。
「全く日和さんってば」
「稽古?」
 花梨は首をかしげる。
「合気道の稽古、近くに道場があって、お世話になってるの」
「へぇ、そうなんだ」
「ごめんね、私はこれから稽古に行ってくるけど、絶対に人気のない場所に一人で行っちゃダメだからね」
 日和は手早く立ち上がり、振り向きざまに注意を促す。
「うん、分かってるって-。じゃあ、また明日」
「う、うん」
 日和は扉を開け、階段を駆け下りた。
 花梨もしばらく屋上から燃えるような夕日を眺め、それからゆっくりと屋上を後にした。   
 
 日が完全に沈みきり、幼児はもう寝静まっているであろう時間、稽古を終えた日和は一人、家からもれた光が照らす住宅街を歩いていた。
「稽古お疲れ様でーす」
 煉瓦の屏の上からクロが話しかける。
「クロ、道ばたで話すの止めて」
 日和はクロと対照的に静かに話す。
「ええーいいじゃないですかーどうせ誰も見てないんですし」
「誰か見てたらどうするの? ここ人気そこそこあるよ」
「みんな、家の中でテレビでも見てて、外の私逹の会話なんて気にしませんよ」
「あのねぇ」
 日和は頭を抱え込む。
「それに、私が気配を消す達人相手とかならばともかく、素人がこちらを見ている気配に気づかないとでも?」
「う、うーん……」
 得意気に話すクロに対し、日和は言葉を詰まらせる。
「なんですかー! 私が信用できないんですか」
「う、うん」
 視線を斜め下にそらし、小声で答える。
「ヒドいです! もう三ヶ月の付き合いじゃないですか!」
「はいはい」
 溜め息交じりに答え、少し黙り込んだ。
「どうしたんです? 今日の稽古についてですか?」
「稽古見てたの?」
「えぇ、始めたばかりと比べたら随分上手になりましたね」
「いや、まだまだだよ。もっと上手くならないと……」 
 日和の目の中で静かに炎が燃えていた。
「そうですね……」
 クロも静かに同意する。
 自覚しているのだ。今の自分たちでは初級は倒せても中級、上級には勝てないということを。
「そういえば、あれでよかったのかな?」
「話題を変えましたね、で、あれってなんですか?」
「金折さんのこと、一緒に帰るとかしたほうがよかったかな」
 日和は視線を前に戻し問いかける。
「うーん、別にいいんじゃないですか? 日和さんはこれからのためにちゃんと稽古に行かないとダメでしたし」
「そうだけど、でも……」
「一部例外はあるかもしれませんが、私が知る限り、『影人』は人気が多い場所では襲ってきませんし、無い場所や夜に一人で行くようなことがなければ問題ないでしょう。それに何度も注意したじゃないですか」
「うん」
「なら、大丈夫でしょ。花梨さんでしたっけ? あの子、人の言いつけはちゃんと守りそうですし」
「でも、『影人』にはアレがあったよね」
「アレって……あ」 
 クロが口をポカンと開ける。
「忘れてたの?」
「忘れてはいませんよ、ですが、それは考えすぎだと思いますよ。それにあの時言ったところで不用意に怖がらせるだけでしょ」 
 クロは特に慌てた様子もなく先ほどと同様、軽い調子で話す。どうやら忘れてた訳ではなさそうだ。
「でも、なんだか嫌な予感がするの」
 日和は右手で左肘を押さえる。
「日和さんの嫌な予感は当たりますからね-」
 クロは先ほどまでより少しだけ低い声で答えた。

 お腹空いた。
 花梨はふと思い、街灯が照らす町並みへ足を運ぶ。
 コンビニでアイスを買い、昔遊んだ公園へ足を運ぶ。
 公園なのに、明かりは無く、ただ月が闇を照らしていた。
 そういえば、小学生の頃、ここで男子が野球をしてたなぁ。
 って、あれ? なんで私、あんなことがあったすぐあとに夜中を一人で出歩いてるの? あんなに一人で夜出歩くなって言われたのに……。
 花梨が違和感に気づく。
 普通あんな恐怖体験をした後で夜を出歩くなどできない。
 じゃあ、なんで?
 ビュン!
 風を切る音がした。
 こちらに光る何かが飛んでくる。
 赤く光る物に横から黒い影が飛びつき落下する。
 花梨は恐る恐る下に落ちた物を見る。     
「クロさん?」
 赤い鎖に巻き付かれたクロが倒れていた。
「ここから逃げてください」
「え?」
 花梨が戸惑っている間に日和が公園に駆け込んできた。
 彼女の顔にはいつも掛けているメガネは無かった。
「浪花さんどうして?」 
「ここから早く逃げて!」
 息を切らしながら、日和が叫ぶ。
 花梨は状況を飲み込めずに周りを見る。 
 体が硬直した。
 昨日現れた黒い人、『下級影人』が十数体、その後ろに一回り大きいのが一体いた。
「ごめんね、変に怖がらせたくなかったから話さなかったんだけど、あなた、マーキングされてたのね」
「マーキング?」
「アイツらは気に入った獲物にはマーキングをかけて、自分の近くに来させるように多少は相手の行動を操ることができるの」
「マーキングしても、それを行った(おこなった)個体しか獲物をコントロールすることはできないから、あの時、一体逃がしたのね。ごめんなさい」
 日和は申し訳無さそうに頭を下げる。
「あの、ひょっとして後ろにいる一回り大きいヤツって-」
「中級……一ヶ月前、私が負けたのと同じ個体だわ」
「そんな……」
「私逹は大丈夫だから、金折さんは逃げて」
 日和は視線を花梨から目の前の敵に向ける。
「クロ、行くよ」
「分かりましたー! トランスフォーム!」
 クロは声高らかに叫びながら、黒い帯に姿を変え、体に巻き付いていた鎖をすり抜け、日和の右腕に収まる。
 彼女はそのまま腰に素早く帯を結び、一言。
「変身」 
 静かに凜と透き通る声が闇に響き渡った。
 彼女のかけ声と共に帯から光の粒子が放たれ、彼女の体を包む。
 包まれた光がはじけ飛び、その下からは袴を身につけた道着姿の日和が現れた。
「和合少女日和見参!」
「そういうのはいいから」
 明るく叫ぶクロを日和は冷めた声で制する。
「金折さん早く逃げて」
「う、うん分かった」
 日和の圧に押され、花梨は背中を向けて走り出す。
「ここから先へは行かせない」
 日和は右足を後ろへ下げ、左手を前に出す。
「悪を砕く物、ここに」
 日和の左手に彼女の身長ほどの黄土色の細長い杖(じょう)が現れる。
 下級が一体殴りかかる。
 構えてからの突き一線。
 杖の一撃が下級をぶっ飛ばす。
 下級が二体上から襲い来る。
 杖で上からの攻撃を防ぎ、なぎ払いで倒す。 
 後ろへの突き、足払い。
 飛ばされた下級が黒い霧となり、夜の闇に同化するかのように消えていった。
 あと半分。
 そう思ったとき、一回り大きな拳が眼前に迫る。
 躱しきれない!
 杖で拳を防ぐが、防ぎきれず日和の体は飛ばされ、近くにあった木に衝突した。
「日和、大丈夫?」
「なんとか……」
 日和を飛ばしたのは先ほどまで後ろにいた中級。
 他の下級よりも一回りも大きな体から繰り出されるパワー、スピードも下級より上。中級は下級とは戦力の格が違うのである。
 手足が震える。
 呼吸が荒くなる。
 一ヶ月前、私はコイツに負けた。
 手も足も出なかった。
 攻撃を躱せず、防ぎ切れず。こちらの攻撃は躱されるか防がれるか。
 力の差を思い知った。
 私ではコイツに勝てない。
 それでも……。
 日和は軽く深呼吸をする。
 今ここで私が戦わないと、金折さんが……!
 日和は杖を構え、向き直る。
 額から汗が落ちる。
 落ちた汗が地面に落ちる前に日和は動き出す。
 突き。
 腕で受け止められる。 
 足払い。
 蹴りで押し返される。
 そのまま後ろに転がる。
 受け身を取り即座に立ち上がるが、すぐさま拳が飛んでくる。
 日和は終始押されていた。
 
 日和はクロの能力によって合気道の達人の技量をその身に宿している。
 合気道とは簡単に説明すると、相手と一つになる、相手と和合して技をかける武道である。クロの『和合少女』というネーミングの出所はこれである。
 なぜ合気道を選んだかというと、クロが影人に対抗できる手段を探してこちらの世界をさまよっていた時、ある道場で小柄な女の人が軽々大柄の男の人を投げているのを見て、これは魔法の力に違いないと勘違いしたのである。
 その道場で一番凄いと感じた人の脳をスキャンし、クロは合気道の能力を得た。
 コピーしたのはいいが、猫の体では合気道を使いこなせない。
 誰か一緒に戦える人はいないのか?
「異世界からの侵略者と戦ってください」と言って信じてくれる人はいるのだろうか?
 例え達人であったとしても信じてくれなければ意味がない。 
 信じてくれる人を探した末に見つけたのが日和だった。
 クロは日和と契約し、影人と戦えるようになった。 
 だが、一つ問題があった。
 日和は合気道の素人であり、その身に宿る達人の技量を使いこなせていないのである。
 日々道場へ通い、稽古し、達人の力を使いこなせるようにしようとしているが、すぐに使いこなせるようになるはずもなく、宿っている力を百とするならば、まだ三も使えていない。
 それでも戦えるのは、和合少女に変身したときに身体能力、耐久力が大幅に上がっているからである。
 大幅に上がっているといえど、下級より上、中級の足下に少し及ぶ程度。
 現段階の日和にとって中級は勝ち目の無い相手なのである。

「はぁ、はぁ」
 日和は息を切らせ、杖に寄りかかって立ち上がる。
 反面、中級は平然と立っていた。
「日和さん、花梨さんは逃げ切れたみたいですよ」
 周囲に視線を移す。
 クロの言うとおり、金折さんはもういない。
 よかった、逃げ切れたみたいだ。
「今の日和さんじゃ中級には勝てません。花梨さんを逃がせたことですし、撤退しましょう」
 クロの提案だ。
 賢明な判断だ。
 でも……。
「クロ、それはできないよ」
「どうしてですか! 逃げないと!」
「今ここでコイツを倒さないと、また金折さんが襲われる」
 日和は杖を構え直す。
 コイツは一ヶ月前より少しだけだけど強くなってる。
 ここで一旦退いたところで、次戦う時には私は強くなってるかもしれない、でも、コイツも強くなっている。
 それじゃ勝てない。それに、その間にコイツに金折さんだけじゃなく他の人も襲われるかもしれない。
 そんなの耐えられない。
「あああぁああああ!」
 日和は腹の底から声を絞り出し、中級に突進する。 
 鬼気迫る日和の攻撃を軽くあしらい続ける中級。
 気合いの一つや二つで埋まるような力の差では無かった。
 日和の体が地面に叩きつけられる。
 日和はボールのようにバウンドし、そのまま地面に仰向けに倒れる。
「まだ……だ」
 杖を握りしめ立ち上がろうとする。
「日和さん!」
 中級の胸の中心が赤く光る。
「まだ終わってない」
 ふらふらとよろめきながら杖を構える。  
 体は立つのがやっとだが、眼光は死んでいなかった。
 最後まで諦めない!
 中級の胸から光る物が射出される。
 あ……。
 光る物を躱そうとするが、よろめいた体では反応できず、命中してしまう。
 倒れた日和の体には赤い鎖が巻き付いていた。
 同時に中級の胸に点っていた赤い光は消えていた。
 中級はそのまま日和に背を向け公園の外に歩き出す。
 この圧倒的に有利な状況で逃げる理由なんてほとんどない……まさか!
「待て!」
 日和は叫びながら、なんとか上体を起こすが、目の前にまだ残っていた下級五体が立ち塞がる。
「邪魔をしないで!」
 普段の日和ならば下級五体など不意を突かれる等ということをされなければ負けることはない。しかし、先ほどの中級との戦闘での消耗、鎖による拘束、今の彼女では下級五体を相手取るのは絶望的であった。
 足は動くので、下級の攻撃を躱すことはできるが、それしかできなかった。
「日和さん、テレポートを――」
「ダメ!」
 クロの判断を却下する。
「どうしてですか!?」
「テレポートしたら二時間は変身できなくなるんだよね」
「そうですけど、背に腹は変えられません」
「ダメなの、アイツは金折さんの元に向かった」
「ですが!」
「二時間変身できなくなったら、金折さんを守れない!」
 やるしかない!
 その時、不思議なことが起こった。
 日和の動きが変わった。
 先ほどまでは躱してばかりだったが、今は違う。
 下級の攻撃を躱した瞬間、攻撃を躱された下級が地面を転がっているのだ。   
 一度だけのまぐれではない。
 五体とも躱されては転がり、飛ばされ、互いにぶつかる。
 火事場の馬鹿力とでも言うべきものであろう。
 日和は追い詰められたことにより、自分の殻を一時的にではあるが破ったのである。
 合気道の達人は触れずに人を投げることができる。
 その技術を無意識のうちに使ったのである。
 次やれと言われても彼女はできないだろう、ただのまぐれだ。
「行こう」
 残った下級が全員霧となったことを見届け、日和は走り出した。
「ちょっと、鎖ぐらいほどいて行きましょうよ-」
 クロの声など、日和の耳には入ってこなかった。

 花梨は街灯すら照らしていない夜道を歩いていた。
 あれ? なんで私はまだ家に帰ってないの?
 家からそんなに遠くまで行ってないはずなのに。
 どうして?
 あぁ、マーキングとか言ってたっけ。ってことは……。
 後ろを振り返ると、教室の天井に頭が付くぐらいの大きさの黒い人影があった。
 さっきのヤツだ。
 逃げないと!
 花梨はそのまま走り出した。
 中級は跳躍し、花梨の前に立つ。
 即座に方向転換する。
 ビュン。
 背後で風を切る音が聞こえた。
 おそらく、自分を掴もうとしたんだろう。
 方向転換をするのがあと一瞬遅かったら捕まっていただろう。
 ビュン。
「ひゃっ!」
 横から吹いた風に飛ばされる。
 前方、少し離れたところに中級が立っていた。
 花梨を追い抜かしたのはいいものの勢いをつけすぎてすぐ近くでは止まれなかったのだろう。
 すぐに立ち上がって逃げる。
 ビュン。
 また風が横を通過する。
 今度は飛ばされなかったが、中級はすぐ目の前にいる。
 今度はちゃんとすぐ止まれる速度で走ったようだ。
 中級が腕を突き出す。
 あ――。
 咄嗟に後ろへジャンプする。
 同時に風が花梨を飛ばす。
 中級は花梨を気絶させるためにデコピンをしたのだ。
 しかし、花梨が反射的に後ろへジャンプしたため、風圧のみを受ける結果に終わったのだ。
 風圧により数メートル飛ばされ、コンクリートの地面に尻餅をつく。
 どうしよう……どうやって逃げれば……それにコイツがここにいるってことは浪花さんは……。
 呼吸が荒れる。
 唇が震える。
 立ち上がれずに後ろへ下がる。
 中級の胸が赤く光った。
 あの光何?
 光が花梨に向かって射出される。
 これ、最初の……!
 鎖に縛られたクロが思考をよぎる。
 逃げ……。
 光に向かって、人影が飛び出した。
「エイ!」
 飛び出した人影は光を蹴り飛ばそうが、光はその人の足に巻き付いた。
「はぁ、はぁ」
 人影は息が上がり、よろめいていた。
 月の光が人の姿を照らす。 
 そこに立っていたのは胴体と両腕と右足を赤い鎖で拘束された日和であった。
「浪花さん……!」
「大丈夫、ケガはない?」
「浪花さんこそ大丈夫ですか? 鎖今ほどきますね」
 花梨が慌てて日和に駆け寄る。
 鎖に手をかけ、ほどこうとする。
 えっと、ここがこうなってるから……。
 花梨は鎖をほどこうと思考を張り巡らせる。
「私のことはいいから、逃げて」
 日和の呼びかけも花梨は聞かない。
「嫌です。せめて鎖をほどくまでは」
「早く逃げないとアイツが……」
 中級が眼前に迫った。 
 あの距離を一瞬で!
 花梨は息を呑んだ。
 日和の体が横に飛ばされる。
「浪花さん!」
 花梨は掴んだ手を離さず、そのまま二人とも真横に飛ばされた。


 私は戦いたいと思ったことなんて一度もなかった。
 理由は単純だ。
 痛いのは嫌だから。
 怖いのは嫌だから。
 死ぬのは嫌だから。
 そもそも私が戦ったところでそれらを守ることができないのは目に見えていたから。
 だから、画面の中の彼らの存在は私にとっては他人事だった。
 でも、それは他人事じゃなくなった。
 
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 目を開けて! ねぇ! ねぇってばぁ!」
 あの時、兄から流れ出て来た血の生暖かさは覚えてる。
「日和……無事か……?」
 なんで? なんで自分じゃなくて私の心配をするの?
 私はどこも痛いところなんてないのに?
 お兄ちゃんは今、私の心配をしてる場合なんかじゃないのに……。
 三ヶ月と一週間ぐらい前、私は影人に襲われた。
 兄は私を守って、重傷を負った。
 幸い命に別状は無かったものの、まだ意識は戻っていない。

 兄が入院した一週間後のことである。
「私と契約して和合少女になりませんか?」
 黒い猫が急に私に話しかけてきた。
「和合少女? 魔法少女じゃなくて?」
 その黒い猫によると、私を襲ってきたヤツと同じヤツが他の人々を襲っているらしい。力を与えるから、ソイツらと戦って欲しいとのことだ。
「なんで、私を選んだの?」
 私より強そうな人なんていっぱいいるはずだ。別に私じゃなくてもいいじゃないか。     
「確かに、実際あなたより強い人なんてたくさんいますけどね、戦う理由がある人があなたよりある人ってあまりいないと思いますよ」
 どういうこと?
「かつての自分と同じ目に遭ってる人を助けたいと思いませんか?」
 私より戦う理由がある人いるだろ。とも思った。
 それでも私は答えに迷わなかった。
「助けたい」
 お兄ちゃんが私を助けてくれたみたいに。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね」

 私の戦いの日々が始まった。
 最初は影人を見ただけで唇が震えた。足が震えた。
「行きますよー日和さん」
 クロが声を景気良く声を上げたが、私は全身が震えてそれどころじゃなかった。
 相手が下級だった、三体しかいなかったということもあり、なんとか勝てた。
 でも――。
「怖かった……」
 戦い終わった直後、私は地面に座り泣き出した。
 クロによると一時間はその場で泣きじゃくっていたらしい。
 戦う前も五分は震えて動けずにいたらしい。
 戦うことがこんなに怖かったなんて知らなかった。
 私を守ってくれたときのお兄ちゃんはこの恐怖と戦っていたんだ。
 強くなりたいと思った。
 どうすればなれるのだろうか?
 とりあえず形から入ってみよう。
 かけ声で「変身」と言ってみた。  
 小学校の頃、お祭りで買ったヒーローもののお面をつけた。
 本当はもっと色々しようと思ったけど、
 戦う前の体の震えもマシになり、戦い終わった後泣きじゃくることはなくなった。
 行ける!
 そう思いかけた時、一ヶ月前、中級に全く歯が立たなかった。
 お面も壊された。
 形から入った自信は形ごと壊された。
 クロのテレポートで逃げた後、一週間は家に引きこもり、二度と戦いたくないと思った。
 気がついたらヒーローものの番組を見ていた。
 時々こんなエピソードがある。
 何かのきっかけで主人公が戦いたくないと願い、戦うことを拒否してしまうエピソードだ。
 理由は様々だ。圧倒的な強敵に心を折られた、大切な人を傷つけてしまった等。
 でも、彼らは最後には大切なものを見つけて立ち上がった。
 私は何のために戦っていたんだろう?

「日和……」
 
 お兄ちゃんの顔が横切る。
 そうだ。私はもらったものを返したいんだ。
 お兄ちゃんが私を守ってくれたように、今度は私が誰かを助けたいんだ。
 まだ怖いけど、体は震えるけど誰かを助けるために戦う。
 私はそう決めたんだ。


「浪花さん!」
 日和が目を開けると、そこには涙を目に浮かべた花梨がいた。
 日和は体を起こすが、頭がふらつき、花梨に支えられる。
「えっと、ここは?」
「さっき、アイツに狭いところに飛ばされたみたいです」
 周りを見ると、建物の壁。
 壁に接続している管。
 人が一人入れるぐらいの幅の路地裏に飛ばされたようだ。
 かすかに光が差す方を見ると、出入り口と言える場所には中級が立ち塞がっていた。
 どうやら、あの巨体ではこの隙間には入って来れないらしく、外でこちらが出てくるのを待つしかないというところだろう。
 こちらは別の出口を探そうにもすぐ近くに行き止まりがあり、外に出るには中級との戦闘は避けては通れないという状況だ。
 日和は頭を抱える。
「あれ? 鎖が……」
「さっき、花梨さんがほどいてくれました」
「あ、ありがとう」
「あ、いや、そんな……」
 花梨は頭を掻き、下を見る。
「ごめんなさい、私のせいで……」
 花梨の目から大粒の滴がこぼれる。
「大丈夫、私が好きでやってるだけだから……」
 日和はふらつきながら立ち上がる。
「浪花さん!」
「日和さん!」
 クロと花梨が同時に叫ぶ。
「戦わないと……勝たないと……」
「待って!」
 足下がおぼつかずに外へ歩き出す日和を花梨が腰に抱きつき止める。
「テレポート使えるんでしょ? じゃあ、それで浪花さんだけでも……」
「……それじゃダメなの」
「どうして……?」
「アイツは私が負けた一ヶ月前より少しだけだけど確実に強くなってる。これ以上強くなられる前に倒さないと」
「そんな……でも……」
 花梨の手の力が弱まる。
「日和さん、今倒さないといけない理由は分かりますけど、それでも少し休みませんか? 今の体じゃ戦いにすらなりませんよ。せめて五分は休みましょう」
「五分って、せめて十分は」
 クロの妥協案に口を挟む花梨。
「でも……」
「それにどっちにしろ、無闇に戦っても勝ち目はありません。一旦作戦を立てましょう」
「でも、一ヶ月考えたけど、結局……」
「今は花梨さんがいます」
 日和は息を呑んだ。
「三人いれば文殊の知恵と言います。ですから、花梨さん、何かどんな些細なことでも構いません。何か中級について気づいたことはありませんか?」
 クロの問いかけに花梨は頭を抱える。     
 気づいたこと? そんなの逃げるので精一杯だったから見てないよ……。
 あんなに大きいし、怖いし、鎖を飛ばしてくるし……って、あれ?
「なんで、もっと早く鎖を飛ばしてこなかったんでしょうか?」
「早くとは?」
 クロが花梨の疑問に質問する。
「あ、すいません。聞き方が悪かったですね。なんでアイツは私が逃げてる時、もっと早く鎖を飛ばしてこなかったんだろう? って」
「そういえばそうですね」
 そう、鎖をもっと早く飛ばしていれば花梨をもっと早く追い詰めれたはずだ。もっと言うと日和が駆けつける前に花梨を捕らえることができたはずだ。
 さらに言うと、戦闘でももっと早く使っていれば、下級を倒されなくてもよかったはずだ。
 それになぜ、下級が半分倒されるまで動き出さなかったのか?
 最初から自身が戦っていれば、確実に日和を倒し花梨を好きにできたはずなのに。
 それをしなかった理由で考えられる答えは……。
「あの鎖を放つ能力って何かリスクがあるのかもしれません」 
 花梨が自身の考察を話す。
「リスクって具体的になんなんでしょうね」
 クロが疑問を口にする。
 今までの中級の動きからして何かリスクがあるのは明白だ。しかし、そのリスクが具体的に何なのか? ある程度の予測ができないことには動きようがない。
 何があった?
「そういえば、鎖を飛ばす直前、胸が赤く光ってませんでしたっけ?」
「そういえばそうですね」
「アイツは胸が赤く光ってる時しか鎖を飛ばすことができない」
 日和が出した結論にクロが頷く。
「そうでしょうね、鎖を飛ばしたあとはしばらく胸の赤い光が消えてました。つまり連発はできないってことですね」
「でも、それだけじゃ勝てない」
 鎖を使われなくても、純粋な肉弾戦でも勝てなかった。
 しかも、外からこちらを覗いている中級の胸は赤く光っている。
 つまり能力は使える。
 今の満身創痍の体で挑んだらどうなるかなど、考えるまでも無い。
「あの、他にも思い当たることがあるんですけど……」
 花梨が小さく手を挙げる。
「何ですか?」
「私思ったんですけど……」
 花梨が自分の考えを話す。
「なるほど、それなら今までの奇怪な行動も少しは納得できますね」   
「でも、そうだとしてもどうするの?」
 日和が疑問を投げかける。
 弱点が分かったところで突けなければ意味がない。
「それについても考えがあります」
「考え?」
「それは……」
 花梨の言葉に二人は耳を傾けた。

「じゃあ、行ってくるね」
 日和はゆっくりと光差す方へ歩き出す。
「さぁ、リベンジマッチと行きますかー!」     
 クロの声が闇に響き渡る。
 路地裏からでた直後、中級の拳が飛んでくる。
「そう来ると思ってましたよー」
 日和は跳躍し、初撃を躱す。
 着地直後、日和はすぐさま攻撃に移ることなくひたすら動く。
 止まっちゃだめ。
 中級は日和に殴りかかる。
 右手ストレート。
 躱す。
 左回し蹴り。
 上体を逸らす。
 蹴りの風圧が髪を掠める。
「邪を貫く物、ここに」
 上体を戻した日和の右手に三十センチほどの短刀が現れる。
 日和が短刀を構えた瞬間、頭上が暗くなる。
 ズドン!
 頭上から腕が振り下ろされ、日和を叩き潰す。
 左手から黒い気体が吹き出る。
「はぁ、はぁ」
 短刀で中級の腕を刺したのはいい、しかし、振り下ろしをもろに食らった日和は地面に膝をつける。
 中級の胸から赤い光が射出される。
 これを待っていた。

「おそらく、アイツは赤い鎖を発射した後、しばらく動けない、または弱体化するんじゃないですか?」
 花梨が自身の推測を話す。
「動けないっていうのはないかも……私に使った後すぐに動いてたし」
「じゃあ、弱体化じゃないですかね、最初に使ってから日和さんが下級を半分倒すまで動かなかったのは、日和さんと戦えるまで体力が回復するのを待っていたからでしょう」
 クロが花梨の推測に補足を加える。
「そうね、私に使った後、すぐに金折さんを追ったのは別に戦えるほども回復する必要が無かったから」
「最初よりさっきの方が動き出すまでの時間が短かったのは日和さんが満身創痍だったからそこまで回復しなくてもよかったからでしょうね」
「そうだと思います」
 花梨が日和とクロの補足に同意する。
「なるほど、それなら今までの奇怪な行動も少しは納得できますね」   
「でも、そうだとしてもどうするの?」
 日和が疑問を投げかける。
 弱点が分かったところで突けなければ意味がない。
「それについても考えがあります」
「考え?」
「それは……」
 花梨が言葉を詰まらせる。
「とりあえず、アイツに鎖を撃たせてください」
「それを躱せっていうんですか? それは今の日和さんには無茶ですよ」
 クロが花梨の作戦に異議を唱える。
「いえ、躱さなくてもいいです。ただその代わり、アイツが鎖を放つタイミングと場所を操作して欲しいんです」
「操作って、そんなこと言われても……」
 日和が視線を下に逸らす。
「あ、いや、操作っていうか、アイツが鎖を放つ時、浪花さんとアイツがこの通路の入り口を挟む位置関係にいて欲しいんです」
「通路を挟む位置関係って……金折さん、まさか……」
「はい、そのまさかです」

「浪花さんに放たれた鎖を私が代わりに受けます」

 通路から飛び出した花梨が光に飛び込む。
 花梨の体は鎖に巻き付かれ、地面に倒れる。
「浪花さん!」
 日和は地面を蹴り走り出す 

「鎖を受けるって無茶よ」
「無茶してるのは浪花さんもでしょ」
 花梨の言葉が日和の反論を押し返す。
「それに、浪花さんは私のせいで今傷ついてる……だから、せめて、私にも戦わせて」
 花梨の目に迷いはなかった。

 
「あぁああああ!」
 日和の短刀が先ほど光っていた胸に刺さる。
「ガァアアアア!」
 中級がうねり声を上げ、日和をなぎ払う。
 思わぬ反撃を受け、日和は短刀から手を離してしまう。
 反撃を受けてしまった。でも、さっきまでの威力と比べたら大したことない。
 中級の右ストレート。
 紙一重で拳を躱し、上に手を添える。
 中級は体勢を崩し、地面にうつむけに倒れる。
 日和は中級の拳の勢いを流したのだ。
「ガアア!」
 うつむけに倒れたことによって、刺さった短刀がより深く刺さったようだ。
「一気にカタをつけましょう」
「うん」
 クロの声に頷き、両手を前に出す。
「闇を斬る物、ここに」
 日和の両手に刃渡りが彼女の身長の半分ほどある日本刀が現れる。
 中級はよろめきながら立ち上がり、右手で叩き潰そうとする。
 ズドン!
「ガァアアアアアアアアアアアアアアア!」
 中級が右腕を、かつて右腕があった場所を押さえながら悶絶する。
 日和は紙一重で打ち下ろしを躱し、右腕を切り裂いたのだ。
 悶絶しながら向き直るが、時すでに遅し。
 すれ違いざまに左足を切断され、地面に崩れ落ちる。
 再び日和が視界に入った時にはもう刀身が頭部を捉えていた。
「あぁあああああ!」
 激昂と共に振り下ろされた刀身は見事に中級を両断した。
 そのまま中級は黒い霧となって夜の闇に溶けていった。
 花梨に巻き付いていた鎖も消滅していく。
 どうやら本体が倒されたら、鎖も消滅するシステムだったようだ。
「浪花さん!」
 花梨が日和に駆け寄る。
「金折さん、ケガはない?」
「私は大丈夫、浪花さんは?」
「私も、大丈夫かな……」
 日和はそう言いながら、袴を脱ぎ、帯を外す。
 外れた帯はクロに戻り、日和の服装も私服に戻った。
「クロ、帰ろっか……」
「そうですねー、お疲れさまです、日和さ――」     
 日和は突然、糸の切れた人形のように地面に倒れそうになる。
「浪花さん!」
 花梨が咄嗟に体を支えたことによって、地面への衝突は免れたが、日和は意識を失っていた。
「安心して気を失ってしまいましたかー。まぁ、仕方ないですよねー」
「えっと、どうしたらいいんですかね?」
「とりあえず、花梨さんの家に泊めてもらえませんか?」
「え、ウチ?」
 花梨は目を丸くした。

「って、隣の部屋だったんだね……」
「そうだったみたいですね-」
 花梨の住んでるマンションの部屋は日和が住んでいる部屋の隣だったようだ。
「じゃあ、別に浪花さんの部屋でいいような……」
「そうかもしれませんけどー」
 クロが何か言いたげにしている。
「分かった。何か作るからゆっくりしてて」
「わーい、ありがとうございます!」
 クロの目が輝く。

「ザ・女子の部屋って感じですね-」
 淡い青のカーテン、緋色の絨毯、一言で言うとカラフルな部屋にいた。
 日和は花梨のベッドですやすやと寝ている。
 花梨は台所で野菜を切る。
「それにしても、普段人を近づけないようにしてるのに、この無防備な寝顔といったらなんともたまりませんねぇ-」
 クロは日和の寝顔を横でまじまじと見ている。
「あの、クロさん」
「花梨さんも見ましょうよー。世界遺産級の寝顔ですよこれ」
「あー、はいはい」
 包丁を一旦置き、花梨も日和の寝顔を覗きに来る。
 何、この胸の高鳴りは?
 普段、浪花さんは教室の片隅で本を読んでいるクールなイメージがあった。
 常に人と距離を置いて、人を寄せ付けないようにしていた。
 それが今、無防備であどけない少女の顔をしている。   
 自身の頬が熱くなっている感触がする。
「あれー惚れちゃいましたー?」
 クロがニマニマと笑いながら冷やかす。
「ち、違う!」
 花梨はあたふたと両手を振る。
「まぁ、私はそういうのもアリだと思いますけどねー」
「だから違うって!」
 顔を真っ赤にして叫ぶ。  
「ん、んー」
 あ、やばっ。
 花梨は日和を起こしてしまったのではないかと慌てて立ち上がる。
「お兄ちゃん……」
 お兄ちゃん?
「浪花さんってお兄ちゃんいたんですね」
「いましたよー」
「今はどうされてるんですか?」
「意識不明で病院に入院してます」
 花梨が何か聞いちゃいけないことを聞いてしまったのではないかとあたふたする。
「あー大丈夫ですよ。いつか話すつもりでしたし」
「ひょっとして浪花さんのお兄ちゃんって――」
「そう、影人から日和さんを守って重傷を負ったんです」
「だから――」
「はい、だから今度は自分が誰かを守る番だって、あんな無茶を」
「そうなんだ……」
 視線を日和に送る。
 自分と同じ年の少女がかつて自分を襲った脅威に立ち向かっている。
 こんな思わず抱きしめたくなる子が……。
「花梨さん、二つお願いがあるんですけど、いいですか?」
 先ほどのような軽い口調ではなく、重い口調で話し始める。
「私にできることなら」
 花梨もクロの口調の変化に戸惑いながら答える。
「一つ目は、日和さんが和合少女として脅威に立ち向かってるということは周りの人には内密にお願いします」
「分かりました。ですけど、どうしてですか?」
「日和さん曰く恥ずかしいから――だそうです」
「あ、はい」
 そんな理由なんだ。
「ちなみに正体バレたくないから、普段はメガネを掛けてるんですよ」
「あ、そうなんですか。ってそんな理由でメガネ掛けてたんですか」
「はい。日和さんは視力両目一・五です」
「ってことは伊達メガネなんですね」
「はい」
 ですよね。
「普段はメガネを外して、戦闘中にメガネを掛けるということは考えなかったんですか?」
「戦闘中にメガネって危ないじゃないですか」
「それもそうですね」
 クロの正論に納得する。
 でも、正体を隠したいならメガネ以外にもあったのではないか? という疑問が頭をよぎったが考えないことにする。
「で、もう一つはなんですか?」
 花梨は話の内容を逸らす。
「もしよかったら日和さんの友達になってくれませんか?」
「え、と、友達?」
 予想外の頼み事に少し戸惑う。
「だめですか?」
「ううん、喜んで!」
 顔を赤らめ、胸を叩き答える。
「ありがとうございます」
 クロは静かに微笑んだ。
 ひょっとしたらいつもの軽い調子は演技でこちらが素なのかもしれない。
 花梨はそんなことを思いながらも、スキップしながら台所に戻っていった。
「それにしても――」
 クロは再び視線を日和に戻す。

「怖かった……!」
「もう、そんな調子でどうするんですか、日和さん」
 
 初めて戦った時は怖かったって泣きじゃくっていたあなたが――。
 初めて中級と戦って負けた時、二度と戦いたくないと言っていたあなたが――。

「今ここでコイツを倒さないと、また金折さんが襲われる」

 随分強くなりましたね、日和さん。
 私がコピーした合気道はまだ使いこなせてませんけど。
 今日、かなり使えてた時がありましたけど、それでもポテンシャルを百とした場合、二十ぐらいしか使えてませんでしたしね。それもまぐれですし。
 次戦う頃にはいつも通り三ぐらい、せいぜい五から七がいいところでしょうね。
 ま、これから稽古して使いこなせるようになりましょう。
 今日は本当にお疲れ様でした。日和さん。
 私も疲れました。 
 花梨さんが何か作ってくれてますし、できあがるまで私も寝かせていただきましょうか。
 
「クロさん、野菜スープができましたよー」
 日和を起こさないように小声で呼びかけるが返事がない。
 妙に思って、ベッドの方へ視線を移すと、そこにはベッドの横で丸くなっているクロがいた。
「お休みなさい。今日は本当にありがとうございました」
 花梨は微笑みながら感謝を告げた。
 聞こえていたのかどうか分からないが、クロと日和の頬が少し緩んだように見えた。
 
「ん、ん」
 日和がゆっくりと重い瞼を開ける。
 無造作に手であたりをかき分ける。
「あれ……?」
 ようやく気づく。
 ここが自分の部屋ではないことに。
 ん?
 腰のあたりに誰かがいる。
 視線を向けると花梨がベッドに寄り添って眠っていた。
 ってことはここは……。
 自分が倒れてから何があったかを察した。
「ん、おはよ」
 花梨も重い頭を上げる。
「ここは金折さんの家?」
「そうだよ、私逹隣の部屋だったんだね」
「そうなんだ、気づかなかった」
「でも、どうして今まで気づかなかったんだろ」
 花梨は首をかしげる。
「多分、私逹が出入りする時間が違うからじゃない。私、朝早くに出て遅くに帰ってくるから」
「そっか。私朝遅刻ギリギリだもんねー」
「それはだめじゃん」
 二人は笑い合う。
「……あのさ、浪花さん」
「何?」
 何かを言おうするが言葉が詰まる。
 すーはーすーはー。
 深呼吸をし、改めて向かい直る。
「これから、日和ちゃんって呼んでいい?」
「え?」
 日和は目を丸くした。   
「私と友達になってくれませんか?」
 花梨はたたみかける。
「え、えっと……」
「あ、急にごめんね、あのえっと――」
「こちらこそよろしく」
「え?」
「私なんかでよかったら……」
 日和は頬を赤らめ視線を逸らす。
「ありがとう!」  
 花梨は頬が紅潮し、あふれんばかりの笑顔で日和に抱きつく。
「ちょ、ちょっと――」
「よろしくね! あ、私のことは花梨って呼んでね!」
 抱きつき押し倒しながら叫ぶ。
 日和がタップしていることに気づかない。
「うひょー眼福眼福」
 クロは机の上に座りニマニマ笑う。
「クロ! 見てないで助けて!」
「いやぁ、女子高生同士の触れ合い、いいですねぇ」
「クロ!」
 
「すいません、はい、少し舞い上がってしまっていました」
 花梨は正座しベッドの上の日和に頭を下げる。
「あ、いや、別にいいよ。そんなことよりも――」
 日和は右手を差し出す。
「これからよろしくね。花梨さん……」
「さん付けしなくていいよ花梨って呼び捨てにして」
「え、分かった……花梨」
「うん!」
 弾ける笑顔で差し出された右手を握る。
「あのー水を差すようで悪いんですけどー」
「どうしたのクロ?」
 クロの発言に首をかしげる。
「そろそろ学校行かないとマズいんじゃ?」
 クロの発言に両者は時計を見る。
 今からだと、走ればギリギリ……。
「急がないと!」
 両者はその場から電流が走ったように動き出した。
 
 静かに太陽が照らす道中、二人は風のように走る。
「もうこんな時間なんて……」
「私もいつもより十分ぐらい遅いよ」
「花梨、いつも遅刻ギリギリだよね」
「うん」
「それより十分遅いって……」
「……遅刻かもね」
 花梨の発言に日和の表情が曇る。
「初遅刻……」
「ごめんね」
 手を合わせて謝罪する。
「いや、まだ遅刻してない」
 日和は力強い目で静かに鼓舞する。
「……そうだね」
 笑顔で返す。
 二人は走るペースを更に上げた。  
 
 少女たちは一時の日常に戻る。