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京都工芸繊維大学 文藝部

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Last-modified: 2020-03-16 (月) 11:02:58 (121d)
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活動/霧雨

めざめ

鮎川つくる

 ぼくは家の隣にある小学校の校庭で遊ぶ子供達の声で目が覚めました、またはカーテンの隙間から忍び込んだ定点照明のような日光のせいかもしれません。赤い丸縁に黒い文字盤の時計は十時二十五分を指しています。なるほど子供達は休み時間のようです。その短い時間を最大に活用しようと、小さな脳みそをいっぱいにしていることでしょう。
 部屋にあるラジオをつければ、流行であって媚を売っている音楽と妙に人間らしい、人間味のない声が耳から容赦なく体内に流入してゆきます。ぼくは、人などそこに一人もいないのに、虚像、ええ、まさしく虚像をスクリーンに映し出してしまったわけです。
 突如胸が強く押さえつけられる感覚がありました、液体が入ってくるような、深い水槽に浸かって水圧で押されるような。
 外に出ることにしました。
 鬱陶しく忌々しいどろどろとした液体は、やめろという声を塗りつぶしながら、直接胸を溢れさせてゆきます。人と会えば例外なくこうなってしまうので、自然と一人でぶらっと散歩でもしたくなります。もちろん、人気の多い道は歩きません、誰も歩いていないものを選択します。ですが、人のいる様子が全くないのも嫌なので、自ずと静かな住宅街を選び出し誘われていくことになります。人っ子一人いないという平穏と、人は見えないだけでいるかもしれないという安心で優しく包まれ、歩いていくうちに、少しずつ胸の圧力は低くなってゆきました。
 淡い安堵感のせいかどこかで休憩をしたくなり、電信柱に寄りかかるようにしてしゃがみました。ちょうど緊張が少し緩み、ここまでやったのだから休んでも構わないだろうというような気持ちです。
 座ると、すぐ近くにごみ袋がありました。黄緑色の表面には可燃と書かれています。ぼくはなぜかこのごみ袋がすてきだと思いました。ええ、理由はわかっています。もともと人に加工されて生み出された道具が、人を通っている間にくたくたになって、出涸らしになったからです。これから燃えてどこかの海に潜水するのでしょう。ああ、すてきだ。
 またその隣には、野良猫かカラスかに引き裂かれてしまったごみ袋がありました。オレンジの皮、生肉用トレー、数々の色たちはカンバスの上ならばまだしも、ただの道には多すぎです。ぼくは他にも何かないかと、ごみ袋の中をほじりはじめました。
 ティッシュの空き箱、台所ネット、普通の可燃ごみばかりの中に、一冊の雑誌が混じっていました。表紙はどこかの海底から空を見上げた写真、まあありきたりと言わざるを得ないでしょう。なんとなくぱらぱらとページを捲ると、あ、両開きに印刷された四枚の写真、左から、右へ、次第に死体が腐っていく写真です。ぐったりした空虚な白い肌、この体にはきっと穴が開いていて、そこから魂がこぼれていったのでしょう。次第にヒトでなくなっていく死体は、内側から湧き出るウジ虫やよくわからない羽の生えた昆虫たちになっていきます。この写真にぼくは取り憑かれました。舐めるように、覚えこむように、じいっと見ていました。他の景色は引き延ばされ、全てがこの写真の額縁になったように思いました。
 頬をくすぐり、写真の印刷面に広がる雫、慌てて手で掬い取ってずらします。やっと戻ってくることができました。
 ぼくはすっと立ち上がり、雑誌の死体の写真を切り取り家に帰りました。家の隣では小学生が遊ぶ声が届きます。時計は十二時四十七分でした、昼休みでしょう。ぼくはカーテンを片側だけ開けて、校庭に目をやりました。
「あ……capriccioso……」
 手に持った写真と、遊ぶ小学生を重ねました。この子達がここを出るまでに、死んで仕舞えばよいのに、と思いました。
 ……胸の水は、いつのまにか乾いていました。