これが私に対しての †
そう
目が覚めると、白い天井、白い壁が目に入った。
私は生き残ってしまったのか……。
ということは……かすかな希望を抱いて医者に話を聞いた。
でも、妹は助からなかった。
なんで私が助かったんだ? なんで何も悪くない妹が死んで、私が助かったんだ? アイツは私を狙っていたのに……妹は巻き込まれただけなのに……!
手首を切った。
死ねなかった。
首をつった。
死ねなかった
病院から盗んだ薬を一気飲みした。
死ねなかった。
看護師の目を盗んで私は屋上へ向かった。
結構キレイな夕焼けだ。この夕焼けを見たら妹はどんな反応をするんだろうな……。
頬に生ぬるいものが流れる。
最期に見る景色がこれというのは、私には身に余るな。
赤い太陽が山へ沈んでいく、私も太陽と一緒に地面に沈もう。
白い柵を越え、私は太陽が沈む向きに進んだ。
別にいいよな、最期に見る景色がこんなキレイなものでも……それくらいの贅沢、許してくれるよな。
全身に電流が流れたような衝撃が走った。
全身が痛む。
今度こそ……。
私はそのまま重い瞼を閉じた。
死ねなかった。
でもいつもと違い、目が覚めた場所は白いベッドの上ではなく、黒い地面の上だった。
痛みがマヒしていたのだろうか?
体があんまり痛くない。
自然に立ち上がれる。
私はそのまま当てもなく夜の町へ向かう。
暗いな。
これが夜の町というヤツか、久しぶりに見た。
もう夜中だからか、建物の光はほとんどない。真っ暗な世界。
他に歩いている人は見当たらない。
暗闇の中に私一人……そうか、私は一人になってしまったのか……。
いつも妹が隣にいてくれたから、一人になるなんて今まで考えたことなかったな……。
急に白い光が目に飛び込んだ。車だ。
飛びだそう。
今度こそ死ねるはずだ。
私は淡い希望を胸に秘め、白い光に飛び込んだ。
死ねなかった。
そうか……そういえば、私は合気道をやっていたんだっけ……無意識のうちに受け身を取ってしまっていたのか、だから助かったのか、そうか、そうに違いない。
だが、受け身がうまくできたところでダメージを完全に無効化することはできない、そのうち死ぬだろう。
この細い光はバイクだな。衝撃が一点に集中してそうだ。行こう。
この光はトラックみたいだな。衝撃が大きそうだ。行こう。
この光は……。
何度も道路に飛び出した。
最初に飛び出してから何度目の夜だろう? 数えてないが十回は確実に超えている。
何回飛び出しただろう……七十回を超えたあたりから数えていない。いや、数えることすら疲れた。
なんで死ねないんだ? いくら受け身をとれたところで一回か二回ならば助かるかもしれないが、さすがにこれだけやれば死ぬはずだ、死なないとおかしい。
なんでだ?
早く楽になりたいのに……。
目の前にまた車の光が映る。
もう飛び出すことすら疲れた。
もういいや……これが妹を守れなかった私に対しての罰なんだろう……。
「お姉ちゃん……助けて……」
妹の最期の言葉がまだ耳に残っている。
目の前で殺されるところを見ることしかできなかった……何のために私は合気道をやっていたんだ……!
ははは、私ができたことなんて、所詮自分の身を守ることぐらいか……あぁ、でも、一度は守れたっけ、父さんからは守れたんだっけ?
母さんを殺して、妹を殺そうとした父さんからは守れたんだっけ……父さんを殺したときは辛かったけど、妹を守れたからよかったって思ったんだっけ。でも、アイツからは守れなかった……。
ははは、もう私には何も無いけどな……このまま眠ったら妹のところに行けるんだろうか……?
もう、いいや……瞼が重い……。
ん?
誰かに体を持ち上げられた?
重い瞼を開けてみると、私より少しだけ年上、十八歳ぐらいの女の人が私を抱えて歩いていた。これが俗に言うお姫様抱っことかいうヤツか……ははは、そういえば中学時代、クラスメイトによくやってくれって言われたっけ、まさか自分がされることになるとはな……。
彼女は私をどこへ連れて行くのだろうか? 彼女は天使とかそういうので私をあの世へ連れて行ってくれるのだろうか? 妹のところへ連れて行ってくれるのだろうか?
光が差し込んでくる。
ここはどこだ?
瞼を開くと、白い天井、白い壁、見覚えのある景色だ、病院か……。
ちょうど、医者が部屋に入ってきた。
「あ、目が覚めたの? あ、そ、そうだ、えっと……」
動揺してるな。
「名前分かる?」
名前? 医者の名前か。白衣に付いている名札を見る。
「神崎……」
「あ、いや、俺の名前じゃなくて、君の名前分かる? ごめんね、言葉が足りてなくて」
あぁ、私の名前か、聞いたところで……記憶喪失とかになってないかを確かめるためか?
「綺堂……亜衣……」
早く楽になりたい。
早く妹の、芽衣のいるところに行きたい。
私が自殺をしようとしなくなるのはもう少し後のことである。