このドア †
篠瀬櫂
うるさい街の通りを抜けて、入り組んだ狭い路地の奥へ。歩き慣れた道筋をゆっくりたどって、僕はこの場所までやってきた。
ばらばらの利用者が入居する年代物のビル。吹き抜けになった玄関ホールは、いつでもほこりっぽい匂いがしている。古い木造の階段を登って、いくつか部屋の前を通り過ぎる。ここの壁はずっと張り紙だらけだ。
そうやってこのドアの前にたどりつく。いつになくちょっと緊張して、そっとノブを回して押し開けてみる。
夕方の光がさす部屋の全部が、いっぺんに視界の中に収まる。どうやらちょうどこの時間、みんなは用があって出払っていたらしい。ソファの前のローテーブルに、誰かの飲みさしたマグカップが置かれていた。
不揃いの中身が並ぶ本棚。らくがきが残されたままのメッセージボード。
夕日に色づいたいちいちを、数え上げるようにして目で確かめる。何もかもが何かを思い出させるみたいで、すぐに思い浮かぶことはだけどなんとなくの雰囲気だ。そして時間があっという間に過ぎ、何をしに来たんだとはっと思って、来るべきだったんだとぎゅっと思い直す。
とにかく、
変わった人ばかりだったけど、ここは僕に居場所を与えてくれた。正体のない何かに焦って、もっぱら投げやりの方に傾いていた僕を、それでもどうやってか認めてくれた。それに甘えようとしたことだって、もううんざりするくらいたくさんあったな。
さようなら。
そうして僕は扉を閉じた。何度も握ったノブを手放した。
〈了〉