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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.43 / このドア
Last-modified: 2020-03-18 (水) 14:10:37 (14d)
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このドア

篠瀬櫂

 うるさい街の通りを抜けて、入り組んだ狭い路地の奥へ。歩き慣れた道筋をゆっくりたどって、僕はこの場所までやってきた。
 ばらばらの利用者が入居する年代物のビル。吹き抜けになった玄関ホールは、いつでもほこりっぽい匂いがしている。古い木造の階段を登って、いくつか部屋の前を通り過ぎる。ここの壁はずっと張り紙だらけだ。
 そうやってこのドアの前にたどりつく。いつになくちょっと緊張して、そっとノブを回して押し開けてみる。
 夕方の光がさす部屋の全部が、いっぺんに視界の中に収まる。どうやらちょうどこの時間、みんなは用があって出払っていたらしい。ソファの前のローテーブルに、誰かの飲みさしたマグカップが置かれていた。
 不揃いの中身が並ぶ本棚。らくがきが残されたままのメッセージボード。
 夕日に色づいたいちいちを、数え上げるようにして目で確かめる。何もかもが何かを思い出させるみたいで、すぐに思い浮かぶことはだけどなんとなくの雰囲気だ。そして時間があっという間に過ぎ、何をしに来たんだとはっと思って、来るべきだったんだとぎゅっと思い直す。
 とにかく、
 変わった人ばかりだったけど、ここは僕に居場所を与えてくれた。正体のない何かに焦って、もっぱら投げやりの方に傾いていた僕を、それでもどうやってか認めてくれた。それに甘えようとしたことだって、もううんざりするくらいたくさんあったな。
 さようなら。
 そうして僕は扉を閉じた。何度も握ったノブを手放した。

〈了〉