活動/霧雨/vol.35/I wanna be the/1

第1章 アカデミーズ bookmark

 月明かりの差し込む窓辺に置かれた水差し。それを傾け数滴の水を掌に垂らし、ゆっくりと拳を握る。薄い膜が掌の中で広がる感覚。手の中で広がる熱エネルギーをイメージしながら、握った拳を開く。かすかに揺らめく黄金色の光。仮想的な膜の一部を破ってやると、ポンと小気味のよい音を立て、夜の闇に一つ灯りが灯った。
 刹那的発光。再び月光が室内を支配する。更に水差しから数滴追加。湿った拳を握りしめ、新しい光を――
「眠れないのか、チャーリー」
 声は隣のベッドから聞こえた。ベッド脇の小さな棚には、彼が普段身に着けている、マスクとゴーグルが置かれている。
「いや、もうフレイムスロアーだったな」
 フレイムスロアー。今日与えられた自分のコードネームだ。炎を投げかける者。
「能力の練習をしようと」
「そういえば。お前は明日が初陣だったな」
 手の平の中で熱が広がっていく。再びの発光。光はさっきに比べてわずかばかりだが長く灯った。
「調整は悪いことではないが、お前のそれは少々騒がしいからな」
「すいません。起こしてしまいましたか?」
 レインメーカー――、隣のベッドに横たわる先輩は、寝返りを打つようなしぐさでこちらに顔を向けた。歳は十六と言っていたが、たった二つ違うだけで、これほど大人びて見えるのだろうか。
「気にするな。俺も、実を言うと眠れていない」
「あなたも?」
「ああ」
 そう言ってレインメーカーは体を起こした。
「不安なんだろ? 恥じることはない。俺だってそうだ」
「でも、どうすればいいかわからなくて」
「装備の点検は済ませたんだろう? なら、もうできることはない」  
 そう語るレインメーカーの肩のあたりに、小さな水の球が浮かんだ。さながら重力から解き放たれたかのように。水差しから弾へと伸びる一筋の水蒸気が、彼の能力を物語っている。
「不安は、無くならない。だが、慣れることはできる」
「けど、やれることをやっておかないと。考えるだけ考えないと、いざという時に……」
「あのな、考えたって、なるようにしかならないぜ。これはあくまで経験則だけどな。ヘリング・エースだって、そんなにじっと根詰めて考えたりはしない。彼を目指すなら、柔軟な考え方をしないと」
 ヘリング・エース。その名前を聞くと、少しだけ勇気が湧いてきた。明日、自分も彼の仲間入りを果たすための第一歩を踏み出すのだ。
 手に落とした水滴は全て消えていた。レインメーカーがその能力で集めとってしまったのだろう。肩のあたりに浮かぶ水の球は、相変らず形を変えて漂っている。
 彼の手の平の動きに合わせて、水分の集合体は、空間を滑り水差しの中へと納まった。落下した水の作る波紋が、月の光を揺らがせる。
「どうしても眠れないというのなら、せめて横になっておいたほうがいい。それだけでも体は休める」
「はい」
 そうだ。何事も体が資本。疲労を残して翌朝の戦闘に挑むほうが、よほど愚かだ。
 そうしておとなしくベッドに横たわると、レインメイカーがさらに声を投げかけてきた。
「明日の作戦には俺もいる。飽和水蒸気量を操作して水を一か所に集める俺と、分子振動を制御して、水を爆弾に変えるお前、相性はいい。きっとうまくいくさ」
 無言で頷くと、それっきりその夜は口を開かなかった。

「いいか、昨日話した通り、今回のミッションは武装勢力の確保だ。情報によると、ここで裏取引の受け渡しが行われるらしい」
 白を基調に黒いラインの入ったアカデミーズの制服。自分達のものより数段重厚になったそれを着た教官が、良く通る声で作戦内容を告げる。揺れる車内に合ってなお、姿勢が乱れることはない。
「制圧ではない。確保だ。たとえ犯罪者であっても、一個の命。世情や市民の声を鑑みても、無駄に散らすことは許されない。殺人を許容してしまうような輩は、ヒーローに非ず」
 五十代後半になろうとしているのに、教官の覇気はここに集った五人に引けを取らない。
 その圧倒されるかのようなエネルギーに、初陣を前にして沈み込んでいた心が徐々に闘志をたぎらせていく。戦士へと変わりつつある自分を、自覚する。
「武装についての情報は掴めていない。恐らくは単純な銃火器の類だろう。新兵器や自律攻撃マシンを扱えるとは考えにくい。だが、油断するな、予測される敵の数は十、こちらの倍だ……目標まで三十秒だ」
 電子音声がカウントを始める。思わず手首にはめたガントレットを握りしめた。内部タンクにためた水が振動ではね、水音が容器内にこだまする。残り十秒。移動用車両の座席が稼働し、車体後部のハッチへと体が向けられる。五秒。シートベルトが外れた。
三……二……一……
「ゼロ」
 ハッチが開き、走行を続ける車内から、次々と隣に座るアカデミーズが飛び出していく。迷いはない。彼らにならって、僕は過ぎ行くアスファルトへと身を躍らせた。
「チェック」
 着地はスムーズに行われた。時速八十キロ。能力者の身体能力を活かせば、なんてことのないスピードだ。着地と同時に、先を走る仲間たちへ続く。目標とするのは眼前の建物。
 鉄道システムの大幅な減少に伴って廃棄された、赤茶けたレンガ造りの車庫だ。
 狙うは一点。正面突破のみ。かつて列車がおさまっていた屋内に陣取り、裏取引の準備を行う武装集団。ターゲットの姿が見えてきた。
「サーモグラフィーによると、敵の人数はちょうど十人だ。予想通りだな」
 ゴーグルの下で目を細めながら、先行するレインメーカーが目を細める。
「よーし、行くぞ!」
 硬質化能力を持つリーダー、ガンメタルが号令をかける。見張りがこちらに気づいたようだ。五十メートルばかり先で、銃口がこちらに向けられるのが見える。
 トリガーが引かれる瞬間、僕らは放射状に散開した。ただ一人進行方向を変えていないのは、上半身を鋼上の物体に変化させたガンメタルのみ。その体に当たる銃弾が火花を散らす様を横目に見ながら、僕はガントレットから供給される水分を掌で火球に変えた。
  レンガ造りの壁を足がかりに射角を稼ぐ
「……えいっ!」                      
 斜め下方向ちょうど車庫の開けた入り口目がけて掌の火球を投げつける。突然の攻撃に、中の見張りがうろたえるのが見えた。いい位置だ。右手の指を握りこみ、熱エネルギーを包み込んでいた能力を解除する。瞬間
「うわぁああ!」
 白熱光とともに悲鳴が上がる。妙に甲高いあの音ともに、火球の起こした小規模の爆発は倉庫内に広がった。
「でかした!」
 斜め前方を走るレインメーカーがサムズアップしてみせた。マスクとゴーグルで表情は読み取れないが、その目はきっと笑っているだろう。そうして、彼に続いて屋内に入ると、広がった炎から逃れようと、瓦礫の下でもがく人影が見えた。
「三人確保だ。あと七人」
 防弾チョッキや耐熱スーツのおかげか、彼らに目立った外傷はない。こちらの姿を認識すると、降参した、と言った調子で、手にした武器を投げつけてきた。
「他の連中は奥にいるみたいだ」
 入り口付近では、ガンメタルがその耐久性を活かして接近し、能力解除と同時に敵に拳を叩き込んでいた。硬質化した部分は動かすことができないと言っていたが、彼にとってそれはさほどハンデになってはいないようだ。残り六人。こちらの襲撃を受けて、敵は即座に逃走を選択したようだ。
 明かりの落ちた倉庫内にマズルフラッシュを煌めかせながら、敵は裏口の狭い門へと走っていた。それを追うのは二人の仲間。ブリンクとサイクロン。
「行くぞ」
 レインメーカーにせかされて、彼らと同じく敵を追う。先を行くブリンクが瞬間移動を繰り返し、壁から壁へと飛び移りながら、最後尾の一人を捉えたのが見える。敵の背を踏みつけて再びジャンプ。彼の空間跳躍は、文字通り跳躍を伴わなければ発動しない。移動できる先は空中のみなので、瞬間移動には必ずラグが存在する。
 彼が二人目を打倒した段階で、先を行く敵は三方向に分かれた。門を抜けた先に待つのは、立ち並ぶ車庫が作り出す細い小路。サイクロンとレインメーカーがそれぞれ別のルートを進む。残り五人。僕の選んだルートにはそのうちの二人が走っている。
「いた……!」
 訓練を積んでいるのだろうけど、所詮はただの人間だ。能力者の脚力に敵うはずもない。
 二人同時に放つ銃撃。手近にあった金属製のゴミバケツでそれを防ぐと、左手に作った火球をバケツに放り、リロードの隙をついて転がしてやる。
「クソッ!」
 こちらの狙いに気づいたのだろう。片方は銃撃を止めて、即座に背を向け走り出した。だが、もう片方は……、壁を駆け上がる僕に狙いをつけることに必死で、状況を理解していなかったらしい。
 爆発。憐れその男は、飛来するゴミバケツの破片が顔に直撃し意識を失った。
 熱のエネルギーは抑え込めるが、体積の膨張による爆風は僕の能力では防げない。壁を登ったのは、銃撃を避ける目的も大きいが、一番の狙いはそこにある。
 そのまま屋根に到達し、残った一人を追いかける。今の爆発は少々派手すぎだ。煙が晴れるころには、敵の姿が見えなくなっていた。
「まずいぞ」
 油断した。あまりにも圧倒的な力を振るえるあまり、つい見くびってしまったのだ。敵は危険な武装集団。傭兵崩れのものともなれば、市街戦のノウハウを、熟知しているはずなのに。
 この時僕は焦っていた。それと同時に未だ油断していた。ただの人間に傷を負わせられるはずがないと……。
「そこだ!」
 銃口の先端が飛び出している。どうやら、庇の影に隠れてこちらを狙っているらしい。
 ちょうど死角だ。敵はこちらの能力を把握している。このままでは爆風は届かない。
 屋根から飛び降り地面へ着地。このまま接近戦で片を付ける。ゼロ距離の爆撃に備えて、右手に火球を作り出した。銃撃よりも早く、こちらの攻撃を叩き込む……
「えっ!」
 そこに、敵はいなかった。残されていたのは銃の先端だけ。人間の姿は影も形も見当たらない。
「そんな!」
こちらの位置から索敵可能範囲を割出し、わざと誤認させるように銃だけ残していった? そんな馬鹿な。とすると、敵は今……背後で、乾いた銃声が鳴った。
「あっ!」
 回避は間に合わない。なったのは三発だけ。おそらく拳銃だろう。だめだ。もう、ここで。
「おい、しっかりしろ」
 しかし、弾丸は命中しなかった。背後に浮かぶ水のバリケード。弾丸は威力を殺され、力なく地面へと転がっている。
「レインメーカー!」
 振り返ると、彼が最後に残った敵を打倒し、その手で拘束する様が見えた。
「一体どうして?」
「二人追いかけってたお前が気がかりでな。敵を倒すとすぐに屋根に上って、お前を追いかけたんだ」
 こともなげにそういってのけるレインメーカーは、とてもまぶしく映った。
「ありがとうございます」
「気にすんなって。誰でも最初はそんなもんさ、それより」
 彼は手を出してきた。ハイタッチ。
「初のミッション成功だ。おめでとう」 

「諸君、見事だった」
 全員を捕縛すると、まるで見計らったかのように、アカデミーズの移動用車両が到着した。教官に肩を叩かれながら、次々に車内へ進んで行く。後を追うように警察車両の鳴らすサイレンが近づいてくるのが聞こえてきた。今捕まえた犯罪者たちは、きっと彼らが逮捕するのだろう。
「全員無事のようだな。外傷を受けた者は無し、だな?」
「はい。少し目がゴリゴリしますが」
 サイクロンの言葉で初めて自分も目が乾燥していることに気が付いた。レインメーカーの能力だ。自身の半径二十メートルから水分を奪って集める能力。使用者本人も乾燥を避けるため、ゴーグル、マスクは欠かせない。
「その点に関しては必要となれば対策を講じよう……ブリンク。戦闘に関して何か不都合はなかったか?」
「ありません。普段通りの戦闘をこなすことができました」
「上々だ。レインメーカーと相性の良し悪しは無しか。サイクロンの影響も受けていない、と」
 そう言いつつ、教官は何かをかきこんでいく。
「ミッションの内容をフィードバックする必要がある。戦闘データを回収するぞ」
 指示に従い、アカデミーズが全員側頭部に手を当てる。こめかみの上の部分を軽く押し込むと、頭部にインプラントされたアクセススロットが反応する。
「パスワードを入力してください」
 ポップアップした仮想ウィンドウに指を走らせ、コードを入力。受理されると同時に、小気味よい音を立てて側頭部からスロットが展開し、五ミリ四方のメモリーカードを弾きだす。教官は全員分の戦闘データを回収すると。それを車内のスロットに挿入していった。
「バイタルサイン好調。神経系にも異常なし、うむ理想的なデータだ」
 ひとしきり頷くと、メモリーカードを全員に手渡す。
「重ねて言うが、君たちはよくやった。特にフレイムスロアー、初陣にしてはなかなかのものだ。今日は訓練はない」
 車両が停止した。帰ってきたのだ。アカデミーズの本拠地、エースアカデミーに。
「食堂で他の仲間が待っているだろう。さあ、行くといい」
 シートベルトを外し、僕たちは開いた後部座席から学び舎へと戻って行った。

「やったな! チャーリー!」
「敵は武装してたんだろ? すげえよ」
 食堂に待機していた仲間たちに肩を叩かれながら、奥へ用意された席へと座る。
 壁に花、天井には垂れ幕。ここだけちょっとしたパーティ模様だ。席を囲むのは十五人、アカデミーズの仲間たちが、総出で出迎えてくれた。
「懐かしいな。俺も初めはこうして祝われる側だった」
 隣に座ったレインメーカーが感慨深げにつぶやく。そうしてふっと息を吐きだすと、彼はかすかに笑いながら言った。
「おいおい。俺のサポートがあったことも忘れるなよ」
「サポートォ?」
 仲間の中から冗談めかした声が上がる。
「俺がとっさに水の壁で防御したから、最後の止めが刺せたわけであって……」
「新入りに乗っかるなんて見苦しいぞー!」
「そうだそうだー!」
 彼の主張は即座にヤジでかき消される。そうした喧騒の中で、仲間の一人がチキンを持ってきてくれた。ソーダの缶とともに。
「やれやれ、まともに取り合っちゃくれねえや」
「でも、ありがとうございます」
 ここでもかれは小さく笑った。
「昨日言っただろう? 俺たちは相性がいい、ってな」
「助けてもらうばっかりで僕は全然……」
「いいって、いいって。大活躍だったんだし。それはこれからだ」
 仲間たちはそれぞれに手にした飲み物を掲げた。軽く容器を傾ける、乾杯。
「とりあえず、ヒーローへの第一歩、おめでとう!」
 レインメーカーの一言で、歓声が上がる。みんな、笑っていた。
「エースさんだ!」
 ふいに上がったその声に、全員そろって振り返る。静寂した中、前を覆う仲間の体の向こう側に、ヘリング・エースの姿が見える。
「やあ、ずいぶんにぎやかだね」
 すっと通った鼻筋に、大きく輝いて見えるブルーの瞳。細面な顔立ちをしていて、金髪で、長身。まさしく理想や羨望の的をそのまま絵に描いたような風貌の持ち主。着ているのは自分達の制服になったスーツだが、服装のもたらす一体感は、一生かかっても真似できないほどオーラを放っている。生で見るヘリング・エースは想像以上にまぶしかった。
「エースさん!」
「来てくださってありがとうございます」
 歓声を上げる仲間たちをかき分けながら、ヘリング・エースはこちらに近づいてきた。
「ふうん。君が、チャーリーか」
「あ、あの。会えてうれしいです」
 スーパーヒーロー、ヘリング・エース。連日活躍が報道される、アカデミーズの創始者が、今目の前に立っている。
「えっと。僕、が、がんばります」
 ああ。気の利いた一言すら出てこない。しどろもどろになる僕を見てもさほど表情を変えることなく彼は僕の肩に手を置いた。
「うん。いずれ君は僕の役に立ってくれるよ。それも、そう遠い話じゃない」
 見た目に違わぬ明朗な声。彼の発言を受けて、再び仲間たちの中から歓声が上がる。
「あ、ちょうどやってるね」
 食堂に備え付けられたディスプレイが、今日のニュースを流し始めた。カメラを向けられインタビューに答えるのは、ヒーロー・スーツに身を包んだヘリング・エースだ。
「ああ。あの時は参りましたよ。何せあいつ、このままでは手が足りない! なんて言ってましたからね。背中から余分に六本も生やしているのに」
 拙いジョークだ。画面の向こうにいる自分に投げかけるように、エースがつぶやくのが聞こえた。
「どうも、僕の出現を計算に入れていなかったみたいだ。『天才』数学者が聞いてあきれるね」
 画面が切り替わり、事件のワンカット。先ほどの言葉通り、背中に六本のロボットアームを増設した敵が、エースの拳に打倒されている。
「容疑者は繰り返し世間を騒がせてきた、通称プレディクトと呼ばれる犯罪者です。工場の襲撃に対して、『私の計算では、この工場が存続する限り人類に未来はない。真に持続可能な発展を目指すのなら破壊しなければならない』とコメントを残しているそうです」
 画面の向こうで悪人を打倒すヒーロー。いつか、自分もそこに名を連ねて見せる。
「それじゃあ、これからもがんばってね」
 手を振りながら食堂を後にするヘリング・エース。そのまぶしい後ろ姿は、それだけで勇気が湧いてくる。
 いつかきっと、彼のようなヒーローになるんだ。


「やっぱり罠だったよ。あなたが言った通りだ」
 節電を心がけているらしいオフィスは、いつみても気がめいるほどに暗い。
「おかえりなさいエリック」
その暗いオフィスの一番奥、唯一明かりの灯ったスペースから、上ずった声で返答が返ってくる。
「あれはエサだった。そうなのよね」
 レジスター。書類を並べて吟味する自分のボスは、いまだ十代を抜けたかどうかと言うくらいの、若い女性だ。外面向けの化粧を落とした彼女の顔には、年相応の幼さが表れている。幼さと、不安が。
「仕掛けたのはどこの連中?」
「アカデミーズです」
 その返答に、彼女は身を震わせた。
「アカデミーズ? ヘリング・エースの? 奴ら、まさか私達を嗅ぎつけて?」
「もしそうなら、とっくに消されている。あなたは先日そう言っていませんでしたか」
「え、ええ。そうよね。分かっているわ。ただ、相手が相手だから、その……」
「動揺した?」
「見透かしたような言い方はやめて」
 かぶりを振りながらため息を一つ。気を張り詰めすぎて、疲れているのだろう。かすかに隈ができているのが見える。
「私達をあぶりだしたのではないとしたら、目的は恐らくテストね。そうでしょう?」
「ええ。彼が直接現場に出向いたわけではない。仕事をこなしたのは、彼の抱える子飼いの連中です」
「実戦テストと戦闘プログラムの向上のために、エサとなる犯罪者をおびき寄せた、というわけね。となると、あの情報屋はまずい……」
 彼女の顔に落ち着きが戻ってきた。少女から、頼れるリーダーへと変わる。
「始末しましょうか?」
「それはダメ。仮にここであの情報屋を殺したりしたら、『私達が偽の情報屋を見抜いた』ということがエースにばれる……。他の犯罪組織やギャングと掛け合って、信用を失わせましょう。大丈夫、やれるわ」
 最後の発言は、己自身に向けて発せられたようだ。
「遠目でよく把握できませんでしたが、戦闘に参加した能力者は全部で五人。火を放つ者と、竜巻を使う者、そしてテレポーターが確認できました」
「そう、わかった。……他に報告は?」
「いえ、特には」
 そう言って立ち去ろうとすると、二の腕を掴んで引き留められた。
「ねえ、エリック。こんなことを頼むのはおかしいとは思うけど……」
 幼い顔を紅潮させて、レジスターがつぶやく。
「なんでしょうか」
「あなたは年下だし、それになにより、ただの下部構成員、ストレイドッグの一員でしかないわ。ほんとにどうかしてる。笑いたかったら陰で笑ってくれもいいわ。だけど」
 要領を得ない言葉の羅列。が、その意味することは一つしかない。
「いいんです。何も言わなくても」
 二の腕を掴む手を握り、体から引き離す。
「ちょっと」
 これは、打算だろうか。ヒーローに潰された犯罪組織の子飼い能力者が集まってできたストレイドッグは、同じ境遇から生まれたレジスターがいなければ成り立たない。彼女の市場を把握し、経済や経営を司る能力が無ければ、即座に烏合の衆と成り果て、ヒーローや他の超人に壊滅されることは間違いない。そんな彼女を支え、重責を取り除くことは、自分が生きるために必要なこと。
「気が済むまで、一緒にいてあげますよ」
 だが結局は、そんな理由などただの後付けに過ぎない。自分は甘いのだ。
「エリック……お願いしてもいいのね?」
「ええ。先日のようにべったりというわけにはいきませんが」
 きっかけは、過労で倒れた看病だったか……いや、感情自体は前からあったのかもしれない。結局自分は、自らを縛り利用する彼女を、嫌うことができないのだ。
「本当に、ありがとう」
 この時間だけ、彼女は経営者として、組織のボスとしての仮面を外すことができる。
 そう思うと、この女性が愛しく思えてたまらなかった。


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