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京都工芸繊維大学 文藝部

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Last-modified: 2007-05-10 (木) 23:22:35 (6435d)
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掃除



「これはいるの?」
 彼女が手にしていたものは大学入試で使った参考書であった。
「あぁ、二度と見たくない、そこらにあるのは全部まとめてくれていい。」
 彼女が向かっている棚を指して、男は言った。
 彼はこの春から高校生から、大学生へとなり、一人暮らしを開始するのだ。
「あ、この英語の本貰ってもいいかな?妹が使えそうだ。」
 彼女の名は宮本亜里沙、暇だからと言って男の部屋の掃除を手伝いにきてくれたのだった。
「欲しいならどうぞー」
 男―徳岡宏―は自分の机を整理しながら、適当な相槌を送った。
「ん、おかしいな……」
 亜里沙が何かを見つけたようだ。手にもっているのは、フェイバ○ット英和辞典と大きく書かれて真っ赤な辞書だ。普段それは紙のカバーが掛かっていて、辞書をその中に入れるのだが、辞書とカバーの間が少し膨らんでいたのだ。
 宏が亜里沙の方を向いたときには、もう手遅れだった。辞書のカバーを外すと同時にポスンっとひとつ封筒が床に落ちる。
「おおーっとこれは…」
 亜里沙が封筒を拾い上げ中を覗き込もうとする、宏は慌てて亜里沙に近づき封筒を奪い取ろうとする―――が、
「ゔっ」
 彼女の水平蹴りは綺麗に男のみぞおちにきまり、軽く1Mは後方に飛ばされ、折角片付けたゴミ袋の上に着地する。
「ごほっごほっ…」
 宏はみぞおちを抱え咳き込んでいる。まだ亜里沙の足にはみぞおちの軟らかい肉の感触が残っている。ちょとやりすぎたか…?
「ごめん…宏ちゃん、絞め殺しそうな勢いでコッチ向かってくるからつい」
「ついって…誰が絞め殺すか…殺されそうなのはコッチだったよ」
 おなかを抑えて宏がぼやく。どうやら大した事はなさそうだ、亜里沙はホット胸をおろす。自分がやったと言うことは既に記憶の外だ。彼女があんなにうまく宏を飛ばせたのは、彼女が少しばかり空手をかじっているからだ。
「まぁ。大丈夫そうね、飛んだ拍子に変なとこぶってなくってよかった。」
 亜里沙が安堵の表情を見せても、宏としては何ら浮かばれない。
「さてはて、この中にはいくらはいってるのかなー」
 亜里沙にも中身は想像できた。なぜならその封筒は銀行からお金を下ろしたときにもらえるものと一緒だったから。問題なのは何枚かって所である。
「ほうほう、一枚、二枚、三枚、・・…結構あるねぇ、おや、これはなんだ?」
 そのおどけ方はもはや演技臭かったかもしれない。袋の中から2枚のチケットを引きずり出す。
「ほぉー映画のチケットですか…『夜明けの怪人』?なんかチケット見た限りホラーっぽいわね。宏ちゃんホラー映画好きだっけったっけ?」
「別に、俺が見にいったっていいだろ」
「んで、これが掃除の報酬ってことですねぇ?」
「誰がお前のっていった?」
 頭を掻いておどけてみせる。
「えぇー、今更それは無いよー、金は天下の回り物ってね。男はきっちり稼いできっちり使わないと。」
 そういって満面の笑みで封筒を宏に渡す。チケットの一枚は回収済みだ。
「はいはい、話は掃除の後で、さっきから全然進んでないよ。」

 部屋の片付けは一人でやるのと同じくらい時間かかってしまっただろうけど、その疲労はきっと一人の時よりも少なくて、そして何故か楽しかった。


(了)



三題噺 14第回
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