月と六ペンス †
- 作者: サマセット・モーム
- 評者: 哉
- 日付: 2006-07-31
お薦め対象 †
手の届かないものを求めるかたへ。
あらすじ †
平凡な中年の株屋ストリックランドは、妻子を捨ててパリへ出、芸術的創造欲のために友人の愛妻を奪ったあげく、女を自殺させ、タヒチに逃れる。ここで彼は土人の女と同棲し、宿病と戦いながら人間の魂を根底からゆすぶる壮麗な大壁画を完成したのち、火を放つ。ゴーギャンの伝記に暗示を得て、芸術にとりつかれた天才の苦悩を描き、人間の通俗性の奥にある不可解性を追求した力作。
感想 †
わたしたちには、二種類の恐怖があります。
自分たちの理解が届く範囲のもの、そして理解の範疇を超えるもの。
この作品に出てくる芸術にとりつかれた男、ストリックランドは後者のタイプです。誰も彼を理解することはできなくて、嫌悪しているにもかかわらず、それでも彼に強く惹かれてしまう。彼は妻子を捨てた理由をこう語ります。
「僕は、描かないではいられないのだ」
絵を描くために家族を捨てたことに対して、彼はなにも悪びれることなく、いたって平常心でこう答えました。ここまでストイックな、人間臭さがまるっきり抜け落ちてしまった人物像というものは、なかなか思い描けるものではありません。どこまでも他人と相容れず、ただ、自分の芸術のために全身全霊を捧げる。そのために死にそうになり、助けてもらった恩人に礼を返すどころか、彼の愛妻を奪ってしまい、いくつもの非道徳的な行為を繰り返すも、けっして全てから見離されることはない。
人間としては情の欠片もない最低な男であるけれど、ストリックランドには不思議な魅力があり、また、溢れるほどの才能に満ち満ちている。
彼の死後に、彼の作品は正当に評価されるようになるのですが、それでも彼に関わった人間たちは首を傾げながらも、残された妖艶な絵画を眺めるわけです。
古い作品なので読み難さがあると思いますが、最後に本を閉じるときに、とても深い感慨を与えてくれます。はたしてそれが、憧れなのか嘲りなのかは、ページをめくってあなたが決めてくださいな。