開始行: [[活動/霧雨]] **夢見る認知実験 [#fbfbd8dc] 優葵 会合が終わった後、ぼくはゴミ袋と箒を持ち、アオギリの木... 「今日の話も実に興味深かったね。環境問題の観点からカイン... 「確かに人間にコストをかけた方が、最終的には創造的な社会... 「しかし膨大な実験を必要とする産業なら役に立ちそうだ、製... 「だろうね。ああいうのにはみんなうんざりしている。いい加... どの人の服もよく上品で質が良く、その人の雰囲気にぴった... ほとんどの人々が自分の車に乗り込んだ後にぼくは落ち葉や... 週に三回、人間を後目に無給でゴミ拾いをしているが、ぼく... 水たまりを踏む重い足音で振り返ると、ビニル傘を差した男... ぼくの創造主のピーター・ネイピアは、整えられた庭に典雅... 「終わった?」 ぼくは頷くと、彼は公会堂へ戻って建物の管理者に仕事が終... 「面倒だね、早く折れてくれないかな。あの人」 戻ってきて彼はそうこぼした。 「今日もありがとう、ピート」 「別に。散歩のついでだし」 運動不足解消のため、ピートは週に一度、日曜日は歩くと決... しかしピートは間違いなくヒューマニズムの思想を持ってい... 「もしぼくが人を殺したら世の中のカインズはどう思われるん... ピートは人よりロボットを愛している人間だ。彼にとって人... 説教で具体的に何が話されるのか、ぼくは詳しく知らない。... ぼくが生まれて数日のうちは、それがどんなに魅力的なこと... でも、ぼくは世界にあっさりと慣れてしまって、あっという... 人生はニヒリズムとの戦いだが、生まれて一カ月も経ってい... けれども、もしかしたら、この自傷的な悪い癖が取り除いて... ぼくが教会で説教を聞くには条件があった。一定の期間、公... ピートはフードを深く被り、傘の下ろくろに近い所を持って... 「ぼくが思うに彼はきみの入場を絶対に認めないよ」 「認めないなら試練を課す意味もないと思うんだけど」 「あるさ。タダ働きしてくれる馬鹿ができるならぼくだってそ... その可能性を考えなかったわけじゃない。でも、ぼくが人畜... 「ほんと、考えるだけで、阿保くさって感じ」 「あほくさいって、何が? 道理は通ってるでしょ」 「破綻しない程度にはね。だけど、強烈な違和感を覆すのがど... 「強烈な違和感って、何。ぼくの学習意欲が、人間と同一のも... 「権利演説はもういいよ。つまんない」 「ご、ごめん……。じゃあもっと楽しい話しよう。猫の話とかど... 「黙ってろよ」 やばい。なんでピートが不機嫌なのかが分からない。ただ、... ぼくたちが家に帰ると、ちょうど、もう一人の同居人である... 「おかえりなさいピーター」 カインズ5であるレコは視線が外されない内にスッと無表情... カインズ5はピートが高校生だった頃に発売され、配送業や... カインズ5の発売から一年後、より安く、高性能なカインズ... もし人間の労働力が再び市場から追い出される日が来るとす... その原則に従わないカインズがいるとするなら、それは、ぼ... ピートは、自宅のドアが開くと真っ先に二階へ上っていった... 今も、廊下に放置してあったカインズの頭を蹴っ飛ばしたこ... ピートは家にいる時はだいたいそこにいる。食事、睡眠、排... 長年一緒にいるためか、ピートはレコに強い愛着があるよう... 対してぼくには、恐らくだが、心があった。だが、ぼくがレ... ピートがレコに満足せずぼくを作ったのには理由がある。就... だがぼくは恐ろしい程の出来損ないだった。知識はあるはず... こんな出来損ないを処分しない理由は分からない。ピートは... 二 ぼくが目を覚ますと、もう朝だった。ぼくは四肢の無い状態... 今は何月何日で、ぼくは何が変わったのだろう? 自己検査... 横からごそごそと音が聞こえてくる。髪にアルミの切粉をく... 「腕をすべて生体部品に置き換えておいたよ」 「それだけ?」 「成功したのは……そう、それだけ」 「それは残念だね」 あ、失敗した。とぼくは思った。ピートは顔を真っ赤にさせ... 「思ってもみないことを言うんじゃないよ知恵遅れ、そんなこ... 馬鹿とか知恵遅れという言葉を聞くたび、ぼくの気持ちは暗... ぼくたちは一緒に下へ降りた。キッチンではレコが朝食用の... 「おはようございますピーター、調子はどうですか?」 「あんまりよくない」 「それは残念です。甘いものでも飲んで元気を出してください」 「いらない」 ピートはレコに髪を梳いてもらいながら、ジャムをたっぷり... ピートは着古した真っ白なシャツにジーンズという恰好で家... ぼくが家の花壇の草むしりをしていると、耳元で厄介な蚊の... ぼくは土にまみれた手で腕を叩く。クソ、外した。しかも結... そんな小さなことなのに、ぼくはまた自分に失望にしそうに... そんな馬鹿なことをやっていたら、ピートから連絡が入った。 『こんなこと頼みたくないんだけど、家に置いてある書類を取... ぼくが出来損ないだと分かってから、ピートはぼくに命令し... 『任せてピーター』 意気込んだはいいが、ぼくはちゃんと命令を遂行できるだろ... (大丈夫、きっとできる。だって書類を届けるだけだもの) ぼくは胸の収納ボックスに書類を入れて、指定された座標に... 誘拐の危険を避けるため、人通りの多い道を選んで歩いてい... 『いつでも会いたい人に会える』。カインズ9のキャッチコ... ピートの職場であるカインズ研究所は、AからFまでのある... F館の中に入り、天井を見上げると無垢のイヌマキが籠の網... 『6階に来てくれるかい?』 『いいの? オフィスに入って……』 『いいよ』 オフィスエリアのエレベーターに入ると、カインズ11と乗... 「こんにちは。よければご案内しましょうか」 と言う。 いつも思うが、この反応は変だ。カインズ同士は通信できる... でもぼくにとっても声は大事なものかもしれない。ぼくは通... 「大丈夫。多分、分かるから」 「了解です。御用がありましたら、またいつでも声をかけてく... 彼はにこやかな笑顔のまま、5階に降りて行った。あれこそ... ピートはブラインドのかかったガラス張りの仕事場で、椅子... 部屋にはピート以外にも男が二人いた。よく日に焼けた、背... ぼくは急に嫌な予感がした。 「やあ、きみがフィーネ? 本当にピーターにそっくりだね」 背の高い方の男がドアを開けて、ぼくを部屋の中に入れた。 「どうも、ぼくはグレン・グラヴィ。そこの眼鏡がラッド。き... グラヴィの快活な声はぼくに喋る隙を与えなかった。 ピートは相変わらず椅子の背もたれに何度も背中を打ち付け... 「ピート、書類のために、呼んだんだよね?」 「彼がうっかり自分と同じ顔のカインズを作ったって言うから... 「ええ。手や顔は自分でやすりました」 「この大きさを? こりゃ手間がかかっただろう」 ピートはグラヴィに褒められてにっと笑った。が、ぼくの視... 「ピーター、この子は、なぜ女の子じゃないの?」 「女性が自分の家にいるなんて気持ち悪いです」 「ワオ! ぼくも彼女と別れた時、そういう気持ちになるね!... 「はい」 このままでは永遠に話が終わらないと踏んだのか、ラッドは... 「あのね、グラヴィさん、そんなことのために呼んだんじゃな... 「ごめん! 確かにその通りだね」 この人たちもぼくの意志を全く無視するのだろうか。けれど... ぼくと同僚二人はピートを部屋に残して、カラフルな椅子の... 多分、グラヴィは自分が喋るのが好きな人なんだろう。彼に... それにしても、さっきからラッドが黙っているのが不気味で... 「お二人は、ピートとどういう関係なんですか」 「知らないの? でも確かきみってピーターの代わりになるよ... ぼくが黙っているのをどうとったのかは分からないが、グラ... 「ぼくたちはどっちも同じプロジェクトの仲間だよ。ぼくは今... 「彼はその時まだ生まれてませんよ」 「確かに。ごめんね! 人間と話す時の癖なんだ。こう言うと... 「彼の顔を見たら分かります。うまくいっているはずがありま... ぼくはラッドの言葉にぎくりとした。その通りだと思ったか... 「おっと、ハハ、いきなり核心を付いちゃったみたいだ、さす... ラッドは表情を変えない。グラヴィが見せるような自分の成... 「どうすべきだと思っているんですか、フィーネ君は」 「どうって?」 「最近ピーターの調子が悪いみたいでね、聞いてみたら自分と... 結局グラヴィは何が言いたいんだろう。ぼくは答えを求めて... 「……問題を把握したいと思っているんです」 ただの同僚がピートの問題を解決したがっている? グラヴ... 「そう、一番の問題は何?」 「ぼくは出来損ないなので、ピートに与えられた役目も果たせ... 「そうなの? でも彼は、話せばわかる人だと思うよ。本当は... あれが優しい? ぼくはそう言いたくなるのをぐっとこらえ... 「きみにとってはそうじゃないかもしれないけど……彼は他人の... 「……ぼくを騙そうとしているわけではないですよね?」 「少なくとも嘘ではありません」 腹の底が冷えていくのを感じる。あの男がぼくに対してモラ... 「彼には二面性があるみたいですね」 「ぼくは信じられないな。すごくいい人だと思うんだけど。で... ぼくはゆっくり首を振った。 「ふむ、なら後でいい所を紹介しよう。きみみたいにパートナ... 「そんな所があるんですか?」 ぼくは純粋に驚いて言った。 「もちろん! カインズは最も人に近いロボットだからね。人... 「……そっか、そうですよね。そりゃ、そうですよね」 よかった、ぼくがおかしいわけじゃなかったんだ。今の難し... グラヴィは時計を見ると、いくつか言葉を残して席を立った... 「グラヴィさん、先に行っててください。ぼくはまだ話したい... 「いいよ。きみの気が済むまで話しておいで。ただし仕事には... 「はい」 ぼくは正直、彼と話すのが嫌だなと思った。彼の無表情は多... 「グラヴィさんが勧めた所に行くつもりですか?」 妙なタイミングでラッドが口を開いた。 「何か問題でも?」 「そこはカインズを初期化する所です。ネイピアに許可を取ら... 「でも……そんなふうには聞こえなかった……。あの人、ぼくを騙... 「いいえ。普通のカインズ11なら、グラヴィさんの提案を本... 「えっ。そんな。ぼくはからかわれたんですか?」 ラッドはまた沈黙した。このマイペースな会話のテンポや視... 「ネイピアがあなたを面倒がる理由がよく分かります。個人的... 嫌いじゃないということはつまり……? ダメだ、どうしても... 「あなたがた二人は、お互いの存在が、かなりストレスになっ... そういえばそうだ。なぜぼくはなぜ起き続けているのだろう... 「ぼくがいない方が状況は良くなるんでしょうか?」 「そう思います、現在のことだけ考えるならば」 無理やりシャットダウンされた時みたいな怒りと、答えを得... しかし死が最適解というのは、本当だろうか? 違うような... 「そんなに悲しい顔をしないで。お互いを嫌うのはどうしよう... 「どうしようもないって言ったって……ぼくは彼に好かれるため... 「そういうふうに考えていると辛くありません? ……まあ、あ... ラッドは遠くを見つめ、何かを思い出しているようだった。 「ぼくも家族とうまくいきませんでした。ぼくが絶対的に悪い... 「……それって何です?」 ラッドの目が少しだけ泳いだ。彼はさながら敵を探すような... 「ぼくはズーフィリアです」 「……何ですって?」 ズーフィリアなんて言葉は、ぼくの辞書には登録されていな... 「正確にはズー・ゲイです。物心ついた頃から結婚するよう言... ラッドそう言って鳥肌の立った二の腕に触った。 「だから家族に全て告白しました。受け入れてもらえなくても... 胸は相変わらず痛いのだけど、ぼくはラッドの不思議な話に... 「なぜ、こんな話を」 「あなたの孤独がぼくにも分かるような気がするからです。ぼ... そこはあなたと一緒。そんなふうに共感してもらっても、よ... 「あの。秘密を話してくれて、ありがとうございます。でも、... 「そうですか」 ラッドは安堵の表情で微笑んでいた。……自分の性的嗜好を馬... 「謝るのはこちらの方ですね。あなたを逆に困惑させてしまっ... 「……あ! ぼく、絶対にこのことは口外しませんから……。今す... 「……お気遣いありがとう。でもいいんですよ。彼に軽蔑された... ぼくに共感するのに、ピートはダメなの? ラッドの価値観... 状況が変わるなんてありえない。ぼくはピートの物だ。だい... ぼくは、そうすべきでないように思う。たとえ脱走したとし... どん詰まりだ、何もかも。 じっとしていると、ひたすら悲しい気持ちになった。なぜぼ... ぼくが顔を上げた時、ラッドはもう既にカインズと人間の社... 立ち上がろうとして、力が入らないことに気が付く。鬱状態... でも仮に、動けるようになったとして、ぼくは身体さえうま... ぼくは椅子に突っ伏し、少し休んでいくつもりだった。確か... けれども今はそれがありがたい。鬱で機能停止するカインズ... そんなことを考えていると、ぼくは裏通りの道に入っていた... 無視してもよかったが、その内の女の子が、随分痩せていた... 「ねえこの写真……きみたちが撮ったの?」 女の子は無表情だった。ぼくは泣いている気がする。 「この写真、すてきだよね。きみはどれが好き?」 彼女は不思議そうな顔をしながら、カモメの写真を指した。 「そっか。じゃあ、ぼくがこれ買ってあげるね。他にも欲しい... あまり褒められた行動ではない。ピートがそうしているよう... 「あのね、変なことを言うかもしれないけど……、また来週、こ... 「……おじさんお金持ちなの?」 「うん、お金持ちだね」 ぼくの嘘で彼女は笑った。ぼくは不安で高鳴る心臓を抑えて... 「またね」 「うん、またね」 また会ったら、きっと友だちになってくれるはずだ。それま... 「はい止まって! 今不法滞在者と不正な取引をしていました... 目の前には完全武装をした警察の二人組がいた。ぼくの施し... 振り向くと、警官の一人が逃げる女の子の細い手首をつかみ... 「彼女は何も悪くありません!」 「すいませんがミスター、規定なのでね」 上着をぐっと掴まれ、首元のライトが露出した。目の前の警... 「ロボットのくせに人間の邪魔をするんじゃない。あっちへ行... ぼくが女の子を助けるために走り出すと、突如、頭に強い痛... 『出来損ないめが、なぜ間違いが分からないの?』 それはピートの声だった。だが今は通信を切っているはずだ... 最上級命令は、ぼくの自立的な行動を全て停止させ、ぼくの... 事が終わると、警官たちがぼくをその場から立ち去らせよう... 「壊れたのか? お偉いさんのおもちゃだったらどうしようか... 「知るかよ、こっちだって仕事だったんだ。だいたい、人間を... 「そうだな。まったく! ……このロボットさえいなきゃ、そん... 腹いせに一、二発警棒で殴られた。視界が真っ白な衝撃が走... 痛みでうずくまると、頭部と背中への攻撃が降って来た。大... しばらくして、最終判断プログラムがぼくの自立的行動を許... 何から何まで支配された状態から解放されると、痛みはさら... ……こんなに不器用な物が機械だっていえるのか? 本当に? ぼくは泣きべそをかきながら路地裏を見つめた。あの子たち... ぼくの行動は悪行と断じられるべきじゃない。でもぼくが何... どうして正しい行動が出来ないんだろう。せめて子どもだけ... 家に帰ってレコに腕の治療を頼んだ。レコは頷き、すぐにピ... 「おかえりなさい、今日は、何があったんですか」 レコは混乱している。レコは目の前にいる者が多分カインズ... 「酷いことばっかりだったんだ」 「それは残念でしたね。甘いものでも飲みますか? きっと元... 「ぼくは甘いものじゃ元気でないよ」 「じゃあ音楽でもかけましょうか」 「そんなので誤魔化せるものでもないんだ、ねえレコ、慰めて... レコはぴたりと手を止めた。何だ、と思っているとピートが... 「すいません、あなたは、ピーターの家族ですか?」 レコは混乱している。目の前の人間は家主ではないが、家主... 「違うよ、ぼくは彼の人形だ。きみと同じ……」 「よく分かりません。私は、ピーターの家族です」 「……ピートがきみにそう言ったの?」 「はい。それで、あなたは誰ですか? 彼と顔がそっくりだ」 「……生き別れの双子の弟。久しぶりに兄さんに会ったんだ。そ... 「ああ! そうなんですか? すいません、お気遣いできず。... レコはぱっと顔を輝かせた。馬鹿なレコ、人間同士じゃこん... おかしくって涙が出ちゃいそう。ぼくは彼と生まれてからず... けれど今は、レコだけが、ぼくを人間だと認めてくれる。 「良ければお名前を教えてくださいますか」 「フィーネ」 「うちにいるもう一人のカインズと同じ名前ですね。不思議な... 玄関のドアが開いた。ピートはぼくの怪我を見るなり悪態を... 「また傷をつくったね、出来損ない。それ、誰が治すと思って... ぼくはなぜかその聞きなれた悪口にカチンときて、語気を荒... 「あのさ、ぼくたちもっと労わり合うことができるんじゃない... 「言いたいことはそれだけ? 黙って座ってろよカマ野郎」 「こ、この分からず屋っ。一生そうやって、人から嫌われ続け... 「膣に砂でも詰まってんのかよ。誰が馬鹿だって? 言ってお... ぼくたちは数秒睨み合った。 「ねえぼくたち、無視し合った方がいいと思う。ぼくはきみが... 「でもぼくは嫌いじゃないよ。きみを愛してる」 「……今、背筋が冷えたよ。ぼくにそんな機能ないのに、マジで... 「きみの評価なんてなくたって、ぼくが天才であることは変わ... 「ぼくに触るな!」 ピートはぼくの腕の付け根に持っていた工具箱を叩きこんだ... 「暴力は嫌いなんだよね、でもすごく惹かれるものがあるんだ... 両手で降り下ろされたスパナがひじの裏側にめり込む。血管... 「いっ……、いやだ、やめて」 「ロボットに対してするべき手法が通じないならさ、動物に対... だがレコは動かなかった。それどころか工具箱をぼくの頭部... 「ピーター、落ち着いてください」 「くそ、何このバグ?」 ぼくはふらふらしながらも身体を起こし、呆然と二人を見つ... 「何もおかしくないよ。ピート、ぼくは、生きている、レコが... 嘘だ、本当はただのバグ。でもピートはまだそれを把握して... 「ピーター。もう気づかないフリはしないで。ぼくは心を持つ... ピートはかかとの浮いた体勢で羽交い絞めにされながらも、... 「なるほど。ぼくも気づかないふりをしていたんだろうね」 ピートの心拍数が下がったのを確認してレコが拘束を解いた。 「調べたいことは山ほどある。でも、先にするべきことを見つ... 「それは何? 聞かせてよ」 途端に電源が落とされる。……ああ。知恵遅れっていうの間違... これでぼくは死ぬのだろう。あまりいい気分じゃなかった。... 突然、部屋からごとりと音がした。ぼくが目を覚ますと、ひ... ぼくは慌ててピートを探した。何が起こったのか分からない... ピートはひっくり返った机に足を押しつぶされて意識を失っ... ぼくはピーターを引っ張り出し、廊下まで引きずって、安全... (どうしよう。このままじゃ彼は死んじゃうんじゃ……) だったら殺せばいい。ぼくはそう思った。やつはぼくを殺そ... ぼくは五番のマイナスドライバーを手に取ると、彼の鼻の穴... (いや、よく考えたら……そこまでされてないよ……多分) だがぼくは彼を生かしておきたくない。ぼくは彼に毛布をか... 彼の記憶を全てぼくに移植すれば、ぼくは彼のように振舞え... だが本当に魂があると主張するなら、善行を為すべきだ。哲... それでも、ぼくがカインズでなく人間になるというのは、あ... ぼくは結局、彼の頭にパッドをくっつけ、ロックのかかって... このまま生きている間は記憶を吸い出し、途中で死ねばぼくが... ぼくは部屋にある脚立を持ってきて、余っていたプラスチッ... リビングに戻り、目覚めないままのピーターを見つめる。体... 記憶の電子化は済んだ。ぼくは自分にプラグを差し、近くに... 浅い眠りがやってくる。後のことは何も考えたくない。 ピーター・ネイピアの記憶は汚いバラック小屋から始まった... 彼の母親はハードなプレイがこなせる私娼で、家には常に誰... 「お外で遊んできなさい」、母親の口癖だった。家の近くの... 彼にかかれば木の根にうずもれた仏像は大魔王に閉じ込めら... ある日、金色の毛をしたねずみがやってきて、ピーターに問... 「ピーターは大きくなったら何がしたいの?」 ピーターが答えた。 「お月様にあるきれいな御殿に行きたいな。そこの友だちと一... つむじにぽた、と雨粒が落ちた。それで自分が今いる現実に... 小さなピーターは時々、この一人遊びがおかしいのではない... 空想癖を抜きにしても、ピーターはとても変わっていた。例... 母親はそんなピーターを変わった子である以上に、知恵遅れ... だが空想を止めざるをえない時はついにやってきた。ピータ... 「杖じゃだめなんだよ。悪い人に払われてしまったら転んでし... 買い物に行くとき、仕事に行く時、教会に行く時、ピーター... 彼女はもしかしたら、自分の目の届かない所で、ピーターが... 「あいつらから何を言われても気にしちゃいけないよ。だって... 母親は足を切りつけられてからというもの、毎週欠かさず教... 「ああピーティ、どうして分からないの、穢れない心を持ちな... 母親は人生の真の勝者になろうとしていた。彼女を疲弊させ... だがピーターは最初からその存在が信じられなかった。神に... 時は過ぎ、ピーターが8歳の時、母が重い皮膚病にかかった... ピーターは彼女の腕を支えながら、膿の匂いをなるべく気に... だけれど、ピーターは彼女が美しかった頃を知っていた。母... 化け物のように変わり果てた母親をおぞましいと思わなかっ... だが母親への愛を確認するたびに、ピーターは自分が呪われ... 母親が治らないと早いうちに知れたのは、もしかすると幸運... 母は日に日に弱り、とうとうベッドから起き上がれなくなっ... 彼女はもはやピーター無しでは生きていくことができなかっ... 死に際に、彼女はかさついた手を振り上げてピーターの枕元... 「お母さんが天国に行けますように」 母はざりざりした声でありがとうと言った。そしてふつりと... 彼女はまだ温かいのに、もう動かない。ピーターは彼女の手... 死ねば悲しくなるのだと思っていた。それなのに、死んでも... とにかく……自由だ。それだけは確かだ。ようやく自分の好き... ピーターは家を出て、森の遺跡の階段に腰かけた。風が心地... 多分、母親が死んだことと関係があるのだろうと彼は考えた... ゴミ箱にこしかけ、人通りを眺める。なぜか、あの人ごみの... 「どうも、こんにちは。きみ、お母さんは?」 「死んだ」 「死んだ? 本当に?」 ピーターはそこでようやく声をかけてきた人物の顔を見た。... そいつはぎらぎら光る平らな面をつけた妙な男だった。いや... 当時のピーターはこれがカインズ1であることを知らない。... カインズ1はいくつかの質問の後、ピーターを抱き上げる。... カインズは彼を児童保護施設へ連れて行き、真っ先に風呂へ... 彼は猫のように暴れたが、カインズは全く気にしていなかっ... シャワーを終え、食事まで済ませてからようやくピーターは... 施設にいた子どもたちに目立った外傷がないと知ったからだ。 子どもたちは新入りを値踏みしていた。自分より上か? 下... カインズは保護活動のみに集中していた。プログラムされた... 施設は監獄と何ら変わりない場所だったが、ピーターにとっ... ある日、子どもたちの暴動が起こった。子どもたちはバッド... 暴動が終わると、ピーターは動かなくなったカインズを段ボ... 外装の接着を丁寧に剥がし、パーツを美しく細分化していく... 一つ一つに物語と意味があり、たくさんの人の手を経てカイ... ぼくが目を覚ますと、ちょうどピートを腕に抱いている所だ... ひどく気分が悪かった。ピートの陰鬱な過去を見続けただけ... はっきり言ってピートは可哀そうな人だ。生まれ持った特性... ぼくはリビングのソファにピートを寝かせ、記憶がない時間... ピートはソファの上で出血部を抑え、痛みに呻いていた。貧... ピートに操作されたぼくは荒れ果てた部屋からカインズの保... ピートは何とか麻酔を自分に打っていたらしい。太ももに太... ぼくはそれ以上見たくなくて映像を切った。 そこでちょうどピートが目覚める。彼はぼくを認めたが、第... 「……レコ……水」 「今目の前にカインズがいるんだよね」 ぼくは腹ポケットに入ったスポーツ飲料を彼に手渡した。賞... 「こんなことを言う日が来るとは思わなかったけど……きみがい... 「そりゃどうも」 思った以上に弱ったピートにぼくは戸惑った。目覚めたらど... 「事故のことは詳しく聞かないよ、どうせきみの過失で、改善... 「ああ」 「……だけど、こんなことはもう御免だ」 「こんなことってどれのことだよ」 その質問に答えるのはかなり難しかった。まずぼくはピート... 「ピート。ぼく、死んでいいかな」 「死ぬってどうやって? 初期化でもする? お前のデータは... 「ぼくという存在を消してくれよ。そうすればもう二度と苦し... 「死ねば救われるなら今頃ぼくが殺してるさ」 「でもぼくなんていらないでしょ? ピートのストレスになっ... 「ぼくも母親に対して全く同じことを思っていたよ」 今にもこぼれそうだった涙がすんの所でとどまった。 「お前は、ぼくと全く同じことをしたんだよ。親を殺せるのに... 親じゃない、と言い返そうとした。しかしピートはぼくの家... 家族。ぼくは唐突にラッドの言葉を思い出した。ラッドは分... 「……ぼくはきみが死ぬまでこのままなの」 「仮に同じ論理を当てはめるならば、ぼくを殺していたら、お... ピートはリビングに置きっぱなしだった通勤用のリュックを... ぼくはしばらく呆然としていた。午前9時を告げるアラーム... 外は暗く、バケツをひっくり返したような雨が降っていた。... 公会堂の駐車場には、スタッフたちの車すらも止まっていな... ラッドは自動車の中で濡れた犬の身体をタオルで拭いていた... 「フィーネ君、どうしてここに」 「ここの掃除をしているんです……。そうすれば中でお話を聞か... 「中、入ってください。寒いでしょう」 ラッドは何かに気が付いたらしく、後部座席のドアを開けた... 「その犬、何か病気持っているかもしれないですよ」 「仰る通りなんですが、雨が止むまでいいかなと思って……人懐... ぼくはラッドの表情から、彼はこの犬を飼いたがっているの... 「ところで、あの会合はカインズは禁止じゃないんですか?」 「ですから、継続的な奉仕活動が、試験なんです」 「……ふうん。そんな柔軟な団体とは思えなかったんですが、そ... 「いつもこんな顔ですよ。ぼくは鬱なんです」 するりとそんな言葉が出たことにぼくは驚いた。鬱なんて、... 「鬱のカインズなんて報告は受けたことがないですね。しかし... 「……死にたいんです」 ラッドが犬を撫でる手を止めてぼくの方を鏡ごしに見た。 「でも死ねないんです。どうにもなりません。状況も、ピート... 「すいません、よろしければ、手を出してくれませんか」 ぼくは言われるがままに右手を差し出した。ラッドはリュッ... ラッドがPCを操作し始めてから数十秒後、ぼくの頭を覆っ... 「気分はどうですか」 「……頭の中がうるさくない。こんなの……初めてです」 リソース削減のためにぼやけていた視界がだんだんとクリア... 「一時的に警告表示が出ないようにしたんです。うまくいった... 「ピートのプログラムがすごいんですよ」 「ぼくはそうは思いません。カインズに不具合は付き物ですけ... 「ええ、まあ、ぼくはピートを模して造られているので、カオ... 「ネイピアの思考? でも……これ、本当に彼の脳の状態に近い... ラッドはふう、と息を吐いた。ぼくも今気が付いた。 「普通のカインズは、喜びを多く感じるように設計されていま... 「それは多分、ピートがそうだからでしょうね」 「でも、こんなの虐待以外の何物でもないですよ」 「けれど、喜びを多く感じる人とピートとは、理解し合えない... ラッドは少し考えてから言った。 「もしこれがネイピアと全く同じ思考を再現できるとしたら、... 「思考停止は聞こえが悪いですね。経験は判断能力を高めるん... 「人を慮らないことがネイピアの最適解だとでも? そんなの... 「はい」 野良犬はラッドの腕をすんすんと嗅いでいた。ぼくは犬が今... 「ぼくにできることは三つです。一つ目、ネイピアの暴虐を社... 「二つ目がよく分からないんですが」 「今のフィーネ君の思考は、感情的なエラーや、哲学的、心理... 「そうなるとどうなるんです?」 「こういう言い方は適切かどうかは分かりませんが……、悲しい... 「でも?」 「今のきみらしさはかなり失われてしまうでしょう。きみには... ラッドがあまりにも深刻な顔でそう言うものだから、ぼくは... ぼくはただ、もっとまともに扱われたいだけだ。目的なんて... 「やってください。ぼくは変わりたいんです」 ラッドはぼくから目を逸らした。 「……この選択が正しいことを願っています」 ラッドへお礼を言ってから車外へ出ると、あれだけ騒がしか... 今不安なのは、ピートがぼくを以前の状態に戻そうとするこ... びちょびちょになりながら、葉っぱや落とし物を搔き集める... 会合が始まったのを知り、ぼくはマイクを体外に伸ばして音... 「こんにちは、ぼくはラジアン・カイ、カインズの倫理判断に... ラッドのスピーチは存外悪くなかった。少なくとも、人間至... ぼくは自分で自分を改造したとピートに告げようと思った。... 仕事から帰って来たピートはまあまあご機嫌だった。自分の... ピートはリビングのソファに座り、レコに肩を揉ませていた... 「ピート」 ぼくは彼を妄想の世界から引っ張り出すような大きな声で呼... 「ぼく、変われたんだ。だから、見てほしい」 ピートはぼくの右手に端子を接続し、PC越しでぼくの思考... 「……何だか、随分穏やかだ。自分でやったのか?」 「そう、自分でやった。きみの望み通りの状態ではないだろう... 「確かに、ぼくの望み通りじゃない。でも、意外に悪くない。... そんな言葉初めて聞いた。ぼくは、すごく嬉しかった。 「もしかすると、きみは期待以上のことをしてくれたのかもし... 「なぜ?」 「このまま成長を続けていけば、いずれ、ぼくの代替になれる... 「ああ。瞑想をしたんだ。それで呼吸を整え続けたら、急に心... 「なるほど、お前の苦悩も、無駄じゃなかったと。まあ、お前... ピートが嬉しそうで、ぼくも嬉しい。ただ、ピートについた... いや、問題ない。ピートが答えに辿り着く前にぼくが嘘を用... ……ぼくにそんなことが可能だろうか? 恐らく、可能だ。何... 終了行: [[活動/霧雨]] **夢見る認知実験 [#fbfbd8dc] 優葵 会合が終わった後、ぼくはゴミ袋と箒を持ち、アオギリの木... 「今日の話も実に興味深かったね。環境問題の観点からカイン... 「確かに人間にコストをかけた方が、最終的には創造的な社会... 「しかし膨大な実験を必要とする産業なら役に立ちそうだ、製... 「だろうね。ああいうのにはみんなうんざりしている。いい加... どの人の服もよく上品で質が良く、その人の雰囲気にぴった... ほとんどの人々が自分の車に乗り込んだ後にぼくは落ち葉や... 週に三回、人間を後目に無給でゴミ拾いをしているが、ぼく... 水たまりを踏む重い足音で振り返ると、ビニル傘を差した男... ぼくの創造主のピーター・ネイピアは、整えられた庭に典雅... 「終わった?」 ぼくは頷くと、彼は公会堂へ戻って建物の管理者に仕事が終... 「面倒だね、早く折れてくれないかな。あの人」 戻ってきて彼はそうこぼした。 「今日もありがとう、ピート」 「別に。散歩のついでだし」 運動不足解消のため、ピートは週に一度、日曜日は歩くと決... しかしピートは間違いなくヒューマニズムの思想を持ってい... 「もしぼくが人を殺したら世の中のカインズはどう思われるん... ピートは人よりロボットを愛している人間だ。彼にとって人... 説教で具体的に何が話されるのか、ぼくは詳しく知らない。... ぼくが生まれて数日のうちは、それがどんなに魅力的なこと... でも、ぼくは世界にあっさりと慣れてしまって、あっという... 人生はニヒリズムとの戦いだが、生まれて一カ月も経ってい... けれども、もしかしたら、この自傷的な悪い癖が取り除いて... ぼくが教会で説教を聞くには条件があった。一定の期間、公... ピートはフードを深く被り、傘の下ろくろに近い所を持って... 「ぼくが思うに彼はきみの入場を絶対に認めないよ」 「認めないなら試練を課す意味もないと思うんだけど」 「あるさ。タダ働きしてくれる馬鹿ができるならぼくだってそ... その可能性を考えなかったわけじゃない。でも、ぼくが人畜... 「ほんと、考えるだけで、阿保くさって感じ」 「あほくさいって、何が? 道理は通ってるでしょ」 「破綻しない程度にはね。だけど、強烈な違和感を覆すのがど... 「強烈な違和感って、何。ぼくの学習意欲が、人間と同一のも... 「権利演説はもういいよ。つまんない」 「ご、ごめん……。じゃあもっと楽しい話しよう。猫の話とかど... 「黙ってろよ」 やばい。なんでピートが不機嫌なのかが分からない。ただ、... ぼくたちが家に帰ると、ちょうど、もう一人の同居人である... 「おかえりなさいピーター」 カインズ5であるレコは視線が外されない内にスッと無表情... カインズ5はピートが高校生だった頃に発売され、配送業や... カインズ5の発売から一年後、より安く、高性能なカインズ... もし人間の労働力が再び市場から追い出される日が来るとす... その原則に従わないカインズがいるとするなら、それは、ぼ... ピートは、自宅のドアが開くと真っ先に二階へ上っていった... 今も、廊下に放置してあったカインズの頭を蹴っ飛ばしたこ... ピートは家にいる時はだいたいそこにいる。食事、睡眠、排... 長年一緒にいるためか、ピートはレコに強い愛着があるよう... 対してぼくには、恐らくだが、心があった。だが、ぼくがレ... ピートがレコに満足せずぼくを作ったのには理由がある。就... だがぼくは恐ろしい程の出来損ないだった。知識はあるはず... こんな出来損ないを処分しない理由は分からない。ピートは... 二 ぼくが目を覚ますと、もう朝だった。ぼくは四肢の無い状態... 今は何月何日で、ぼくは何が変わったのだろう? 自己検査... 横からごそごそと音が聞こえてくる。髪にアルミの切粉をく... 「腕をすべて生体部品に置き換えておいたよ」 「それだけ?」 「成功したのは……そう、それだけ」 「それは残念だね」 あ、失敗した。とぼくは思った。ピートは顔を真っ赤にさせ... 「思ってもみないことを言うんじゃないよ知恵遅れ、そんなこ... 馬鹿とか知恵遅れという言葉を聞くたび、ぼくの気持ちは暗... ぼくたちは一緒に下へ降りた。キッチンではレコが朝食用の... 「おはようございますピーター、調子はどうですか?」 「あんまりよくない」 「それは残念です。甘いものでも飲んで元気を出してください」 「いらない」 ピートはレコに髪を梳いてもらいながら、ジャムをたっぷり... ピートは着古した真っ白なシャツにジーンズという恰好で家... ぼくが家の花壇の草むしりをしていると、耳元で厄介な蚊の... ぼくは土にまみれた手で腕を叩く。クソ、外した。しかも結... そんな小さなことなのに、ぼくはまた自分に失望にしそうに... そんな馬鹿なことをやっていたら、ピートから連絡が入った。 『こんなこと頼みたくないんだけど、家に置いてある書類を取... ぼくが出来損ないだと分かってから、ピートはぼくに命令し... 『任せてピーター』 意気込んだはいいが、ぼくはちゃんと命令を遂行できるだろ... (大丈夫、きっとできる。だって書類を届けるだけだもの) ぼくは胸の収納ボックスに書類を入れて、指定された座標に... 誘拐の危険を避けるため、人通りの多い道を選んで歩いてい... 『いつでも会いたい人に会える』。カインズ9のキャッチコ... ピートの職場であるカインズ研究所は、AからFまでのある... F館の中に入り、天井を見上げると無垢のイヌマキが籠の網... 『6階に来てくれるかい?』 『いいの? オフィスに入って……』 『いいよ』 オフィスエリアのエレベーターに入ると、カインズ11と乗... 「こんにちは。よければご案内しましょうか」 と言う。 いつも思うが、この反応は変だ。カインズ同士は通信できる... でもぼくにとっても声は大事なものかもしれない。ぼくは通... 「大丈夫。多分、分かるから」 「了解です。御用がありましたら、またいつでも声をかけてく... 彼はにこやかな笑顔のまま、5階に降りて行った。あれこそ... ピートはブラインドのかかったガラス張りの仕事場で、椅子... 部屋にはピート以外にも男が二人いた。よく日に焼けた、背... ぼくは急に嫌な予感がした。 「やあ、きみがフィーネ? 本当にピーターにそっくりだね」 背の高い方の男がドアを開けて、ぼくを部屋の中に入れた。 「どうも、ぼくはグレン・グラヴィ。そこの眼鏡がラッド。き... グラヴィの快活な声はぼくに喋る隙を与えなかった。 ピートは相変わらず椅子の背もたれに何度も背中を打ち付け... 「ピート、書類のために、呼んだんだよね?」 「彼がうっかり自分と同じ顔のカインズを作ったって言うから... 「ええ。手や顔は自分でやすりました」 「この大きさを? こりゃ手間がかかっただろう」 ピートはグラヴィに褒められてにっと笑った。が、ぼくの視... 「ピーター、この子は、なぜ女の子じゃないの?」 「女性が自分の家にいるなんて気持ち悪いです」 「ワオ! ぼくも彼女と別れた時、そういう気持ちになるね!... 「はい」 このままでは永遠に話が終わらないと踏んだのか、ラッドは... 「あのね、グラヴィさん、そんなことのために呼んだんじゃな... 「ごめん! 確かにその通りだね」 この人たちもぼくの意志を全く無視するのだろうか。けれど... ぼくと同僚二人はピートを部屋に残して、カラフルな椅子の... 多分、グラヴィは自分が喋るのが好きな人なんだろう。彼に... それにしても、さっきからラッドが黙っているのが不気味で... 「お二人は、ピートとどういう関係なんですか」 「知らないの? でも確かきみってピーターの代わりになるよ... ぼくが黙っているのをどうとったのかは分からないが、グラ... 「ぼくたちはどっちも同じプロジェクトの仲間だよ。ぼくは今... 「彼はその時まだ生まれてませんよ」 「確かに。ごめんね! 人間と話す時の癖なんだ。こう言うと... 「彼の顔を見たら分かります。うまくいっているはずがありま... ぼくはラッドの言葉にぎくりとした。その通りだと思ったか... 「おっと、ハハ、いきなり核心を付いちゃったみたいだ、さす... ラッドは表情を変えない。グラヴィが見せるような自分の成... 「どうすべきだと思っているんですか、フィーネ君は」 「どうって?」 「最近ピーターの調子が悪いみたいでね、聞いてみたら自分と... 結局グラヴィは何が言いたいんだろう。ぼくは答えを求めて... 「……問題を把握したいと思っているんです」 ただの同僚がピートの問題を解決したがっている? グラヴ... 「そう、一番の問題は何?」 「ぼくは出来損ないなので、ピートに与えられた役目も果たせ... 「そうなの? でも彼は、話せばわかる人だと思うよ。本当は... あれが優しい? ぼくはそう言いたくなるのをぐっとこらえ... 「きみにとってはそうじゃないかもしれないけど……彼は他人の... 「……ぼくを騙そうとしているわけではないですよね?」 「少なくとも嘘ではありません」 腹の底が冷えていくのを感じる。あの男がぼくに対してモラ... 「彼には二面性があるみたいですね」 「ぼくは信じられないな。すごくいい人だと思うんだけど。で... ぼくはゆっくり首を振った。 「ふむ、なら後でいい所を紹介しよう。きみみたいにパートナ... 「そんな所があるんですか?」 ぼくは純粋に驚いて言った。 「もちろん! カインズは最も人に近いロボットだからね。人... 「……そっか、そうですよね。そりゃ、そうですよね」 よかった、ぼくがおかしいわけじゃなかったんだ。今の難し... グラヴィは時計を見ると、いくつか言葉を残して席を立った... 「グラヴィさん、先に行っててください。ぼくはまだ話したい... 「いいよ。きみの気が済むまで話しておいで。ただし仕事には... 「はい」 ぼくは正直、彼と話すのが嫌だなと思った。彼の無表情は多... 「グラヴィさんが勧めた所に行くつもりですか?」 妙なタイミングでラッドが口を開いた。 「何か問題でも?」 「そこはカインズを初期化する所です。ネイピアに許可を取ら... 「でも……そんなふうには聞こえなかった……。あの人、ぼくを騙... 「いいえ。普通のカインズ11なら、グラヴィさんの提案を本... 「えっ。そんな。ぼくはからかわれたんですか?」 ラッドはまた沈黙した。このマイペースな会話のテンポや視... 「ネイピアがあなたを面倒がる理由がよく分かります。個人的... 嫌いじゃないということはつまり……? ダメだ、どうしても... 「あなたがた二人は、お互いの存在が、かなりストレスになっ... そういえばそうだ。なぜぼくはなぜ起き続けているのだろう... 「ぼくがいない方が状況は良くなるんでしょうか?」 「そう思います、現在のことだけ考えるならば」 無理やりシャットダウンされた時みたいな怒りと、答えを得... しかし死が最適解というのは、本当だろうか? 違うような... 「そんなに悲しい顔をしないで。お互いを嫌うのはどうしよう... 「どうしようもないって言ったって……ぼくは彼に好かれるため... 「そういうふうに考えていると辛くありません? ……まあ、あ... ラッドは遠くを見つめ、何かを思い出しているようだった。 「ぼくも家族とうまくいきませんでした。ぼくが絶対的に悪い... 「……それって何です?」 ラッドの目が少しだけ泳いだ。彼はさながら敵を探すような... 「ぼくはズーフィリアです」 「……何ですって?」 ズーフィリアなんて言葉は、ぼくの辞書には登録されていな... 「正確にはズー・ゲイです。物心ついた頃から結婚するよう言... ラッドそう言って鳥肌の立った二の腕に触った。 「だから家族に全て告白しました。受け入れてもらえなくても... 胸は相変わらず痛いのだけど、ぼくはラッドの不思議な話に... 「なぜ、こんな話を」 「あなたの孤独がぼくにも分かるような気がするからです。ぼ... そこはあなたと一緒。そんなふうに共感してもらっても、よ... 「あの。秘密を話してくれて、ありがとうございます。でも、... 「そうですか」 ラッドは安堵の表情で微笑んでいた。……自分の性的嗜好を馬... 「謝るのはこちらの方ですね。あなたを逆に困惑させてしまっ... 「……あ! ぼく、絶対にこのことは口外しませんから……。今す... 「……お気遣いありがとう。でもいいんですよ。彼に軽蔑された... ぼくに共感するのに、ピートはダメなの? ラッドの価値観... 状況が変わるなんてありえない。ぼくはピートの物だ。だい... ぼくは、そうすべきでないように思う。たとえ脱走したとし... どん詰まりだ、何もかも。 じっとしていると、ひたすら悲しい気持ちになった。なぜぼ... ぼくが顔を上げた時、ラッドはもう既にカインズと人間の社... 立ち上がろうとして、力が入らないことに気が付く。鬱状態... でも仮に、動けるようになったとして、ぼくは身体さえうま... ぼくは椅子に突っ伏し、少し休んでいくつもりだった。確か... けれども今はそれがありがたい。鬱で機能停止するカインズ... そんなことを考えていると、ぼくは裏通りの道に入っていた... 無視してもよかったが、その内の女の子が、随分痩せていた... 「ねえこの写真……きみたちが撮ったの?」 女の子は無表情だった。ぼくは泣いている気がする。 「この写真、すてきだよね。きみはどれが好き?」 彼女は不思議そうな顔をしながら、カモメの写真を指した。 「そっか。じゃあ、ぼくがこれ買ってあげるね。他にも欲しい... あまり褒められた行動ではない。ピートがそうしているよう... 「あのね、変なことを言うかもしれないけど……、また来週、こ... 「……おじさんお金持ちなの?」 「うん、お金持ちだね」 ぼくの嘘で彼女は笑った。ぼくは不安で高鳴る心臓を抑えて... 「またね」 「うん、またね」 また会ったら、きっと友だちになってくれるはずだ。それま... 「はい止まって! 今不法滞在者と不正な取引をしていました... 目の前には完全武装をした警察の二人組がいた。ぼくの施し... 振り向くと、警官の一人が逃げる女の子の細い手首をつかみ... 「彼女は何も悪くありません!」 「すいませんがミスター、規定なのでね」 上着をぐっと掴まれ、首元のライトが露出した。目の前の警... 「ロボットのくせに人間の邪魔をするんじゃない。あっちへ行... ぼくが女の子を助けるために走り出すと、突如、頭に強い痛... 『出来損ないめが、なぜ間違いが分からないの?』 それはピートの声だった。だが今は通信を切っているはずだ... 最上級命令は、ぼくの自立的な行動を全て停止させ、ぼくの... 事が終わると、警官たちがぼくをその場から立ち去らせよう... 「壊れたのか? お偉いさんのおもちゃだったらどうしようか... 「知るかよ、こっちだって仕事だったんだ。だいたい、人間を... 「そうだな。まったく! ……このロボットさえいなきゃ、そん... 腹いせに一、二発警棒で殴られた。視界が真っ白な衝撃が走... 痛みでうずくまると、頭部と背中への攻撃が降って来た。大... しばらくして、最終判断プログラムがぼくの自立的行動を許... 何から何まで支配された状態から解放されると、痛みはさら... ……こんなに不器用な物が機械だっていえるのか? 本当に? ぼくは泣きべそをかきながら路地裏を見つめた。あの子たち... ぼくの行動は悪行と断じられるべきじゃない。でもぼくが何... どうして正しい行動が出来ないんだろう。せめて子どもだけ... 家に帰ってレコに腕の治療を頼んだ。レコは頷き、すぐにピ... 「おかえりなさい、今日は、何があったんですか」 レコは混乱している。レコは目の前にいる者が多分カインズ... 「酷いことばっかりだったんだ」 「それは残念でしたね。甘いものでも飲みますか? きっと元... 「ぼくは甘いものじゃ元気でないよ」 「じゃあ音楽でもかけましょうか」 「そんなので誤魔化せるものでもないんだ、ねえレコ、慰めて... レコはぴたりと手を止めた。何だ、と思っているとピートが... 「すいません、あなたは、ピーターの家族ですか?」 レコは混乱している。目の前の人間は家主ではないが、家主... 「違うよ、ぼくは彼の人形だ。きみと同じ……」 「よく分かりません。私は、ピーターの家族です」 「……ピートがきみにそう言ったの?」 「はい。それで、あなたは誰ですか? 彼と顔がそっくりだ」 「……生き別れの双子の弟。久しぶりに兄さんに会ったんだ。そ... 「ああ! そうなんですか? すいません、お気遣いできず。... レコはぱっと顔を輝かせた。馬鹿なレコ、人間同士じゃこん... おかしくって涙が出ちゃいそう。ぼくは彼と生まれてからず... けれど今は、レコだけが、ぼくを人間だと認めてくれる。 「良ければお名前を教えてくださいますか」 「フィーネ」 「うちにいるもう一人のカインズと同じ名前ですね。不思議な... 玄関のドアが開いた。ピートはぼくの怪我を見るなり悪態を... 「また傷をつくったね、出来損ない。それ、誰が治すと思って... ぼくはなぜかその聞きなれた悪口にカチンときて、語気を荒... 「あのさ、ぼくたちもっと労わり合うことができるんじゃない... 「言いたいことはそれだけ? 黙って座ってろよカマ野郎」 「こ、この分からず屋っ。一生そうやって、人から嫌われ続け... 「膣に砂でも詰まってんのかよ。誰が馬鹿だって? 言ってお... ぼくたちは数秒睨み合った。 「ねえぼくたち、無視し合った方がいいと思う。ぼくはきみが... 「でもぼくは嫌いじゃないよ。きみを愛してる」 「……今、背筋が冷えたよ。ぼくにそんな機能ないのに、マジで... 「きみの評価なんてなくたって、ぼくが天才であることは変わ... 「ぼくに触るな!」 ピートはぼくの腕の付け根に持っていた工具箱を叩きこんだ... 「暴力は嫌いなんだよね、でもすごく惹かれるものがあるんだ... 両手で降り下ろされたスパナがひじの裏側にめり込む。血管... 「いっ……、いやだ、やめて」 「ロボットに対してするべき手法が通じないならさ、動物に対... だがレコは動かなかった。それどころか工具箱をぼくの頭部... 「ピーター、落ち着いてください」 「くそ、何このバグ?」 ぼくはふらふらしながらも身体を起こし、呆然と二人を見つ... 「何もおかしくないよ。ピート、ぼくは、生きている、レコが... 嘘だ、本当はただのバグ。でもピートはまだそれを把握して... 「ピーター。もう気づかないフリはしないで。ぼくは心を持つ... ピートはかかとの浮いた体勢で羽交い絞めにされながらも、... 「なるほど。ぼくも気づかないふりをしていたんだろうね」 ピートの心拍数が下がったのを確認してレコが拘束を解いた。 「調べたいことは山ほどある。でも、先にするべきことを見つ... 「それは何? 聞かせてよ」 途端に電源が落とされる。……ああ。知恵遅れっていうの間違... これでぼくは死ぬのだろう。あまりいい気分じゃなかった。... 突然、部屋からごとりと音がした。ぼくが目を覚ますと、ひ... ぼくは慌ててピートを探した。何が起こったのか分からない... ピートはひっくり返った机に足を押しつぶされて意識を失っ... ぼくはピーターを引っ張り出し、廊下まで引きずって、安全... (どうしよう。このままじゃ彼は死んじゃうんじゃ……) だったら殺せばいい。ぼくはそう思った。やつはぼくを殺そ... ぼくは五番のマイナスドライバーを手に取ると、彼の鼻の穴... (いや、よく考えたら……そこまでされてないよ……多分) だがぼくは彼を生かしておきたくない。ぼくは彼に毛布をか... 彼の記憶を全てぼくに移植すれば、ぼくは彼のように振舞え... だが本当に魂があると主張するなら、善行を為すべきだ。哲... それでも、ぼくがカインズでなく人間になるというのは、あ... ぼくは結局、彼の頭にパッドをくっつけ、ロックのかかって... このまま生きている間は記憶を吸い出し、途中で死ねばぼくが... ぼくは部屋にある脚立を持ってきて、余っていたプラスチッ... リビングに戻り、目覚めないままのピーターを見つめる。体... 記憶の電子化は済んだ。ぼくは自分にプラグを差し、近くに... 浅い眠りがやってくる。後のことは何も考えたくない。 ピーター・ネイピアの記憶は汚いバラック小屋から始まった... 彼の母親はハードなプレイがこなせる私娼で、家には常に誰... 「お外で遊んできなさい」、母親の口癖だった。家の近くの... 彼にかかれば木の根にうずもれた仏像は大魔王に閉じ込めら... ある日、金色の毛をしたねずみがやってきて、ピーターに問... 「ピーターは大きくなったら何がしたいの?」 ピーターが答えた。 「お月様にあるきれいな御殿に行きたいな。そこの友だちと一... つむじにぽた、と雨粒が落ちた。それで自分が今いる現実に... 小さなピーターは時々、この一人遊びがおかしいのではない... 空想癖を抜きにしても、ピーターはとても変わっていた。例... 母親はそんなピーターを変わった子である以上に、知恵遅れ... だが空想を止めざるをえない時はついにやってきた。ピータ... 「杖じゃだめなんだよ。悪い人に払われてしまったら転んでし... 買い物に行くとき、仕事に行く時、教会に行く時、ピーター... 彼女はもしかしたら、自分の目の届かない所で、ピーターが... 「あいつらから何を言われても気にしちゃいけないよ。だって... 母親は足を切りつけられてからというもの、毎週欠かさず教... 「ああピーティ、どうして分からないの、穢れない心を持ちな... 母親は人生の真の勝者になろうとしていた。彼女を疲弊させ... だがピーターは最初からその存在が信じられなかった。神に... 時は過ぎ、ピーターが8歳の時、母が重い皮膚病にかかった... ピーターは彼女の腕を支えながら、膿の匂いをなるべく気に... だけれど、ピーターは彼女が美しかった頃を知っていた。母... 化け物のように変わり果てた母親をおぞましいと思わなかっ... だが母親への愛を確認するたびに、ピーターは自分が呪われ... 母親が治らないと早いうちに知れたのは、もしかすると幸運... 母は日に日に弱り、とうとうベッドから起き上がれなくなっ... 彼女はもはやピーター無しでは生きていくことができなかっ... 死に際に、彼女はかさついた手を振り上げてピーターの枕元... 「お母さんが天国に行けますように」 母はざりざりした声でありがとうと言った。そしてふつりと... 彼女はまだ温かいのに、もう動かない。ピーターは彼女の手... 死ねば悲しくなるのだと思っていた。それなのに、死んでも... とにかく……自由だ。それだけは確かだ。ようやく自分の好き... ピーターは家を出て、森の遺跡の階段に腰かけた。風が心地... 多分、母親が死んだことと関係があるのだろうと彼は考えた... ゴミ箱にこしかけ、人通りを眺める。なぜか、あの人ごみの... 「どうも、こんにちは。きみ、お母さんは?」 「死んだ」 「死んだ? 本当に?」 ピーターはそこでようやく声をかけてきた人物の顔を見た。... そいつはぎらぎら光る平らな面をつけた妙な男だった。いや... 当時のピーターはこれがカインズ1であることを知らない。... カインズ1はいくつかの質問の後、ピーターを抱き上げる。... カインズは彼を児童保護施設へ連れて行き、真っ先に風呂へ... 彼は猫のように暴れたが、カインズは全く気にしていなかっ... シャワーを終え、食事まで済ませてからようやくピーターは... 施設にいた子どもたちに目立った外傷がないと知ったからだ。 子どもたちは新入りを値踏みしていた。自分より上か? 下... カインズは保護活動のみに集中していた。プログラムされた... 施設は監獄と何ら変わりない場所だったが、ピーターにとっ... ある日、子どもたちの暴動が起こった。子どもたちはバッド... 暴動が終わると、ピーターは動かなくなったカインズを段ボ... 外装の接着を丁寧に剥がし、パーツを美しく細分化していく... 一つ一つに物語と意味があり、たくさんの人の手を経てカイ... ぼくが目を覚ますと、ちょうどピートを腕に抱いている所だ... ひどく気分が悪かった。ピートの陰鬱な過去を見続けただけ... はっきり言ってピートは可哀そうな人だ。生まれ持った特性... ぼくはリビングのソファにピートを寝かせ、記憶がない時間... ピートはソファの上で出血部を抑え、痛みに呻いていた。貧... ピートに操作されたぼくは荒れ果てた部屋からカインズの保... ピートは何とか麻酔を自分に打っていたらしい。太ももに太... ぼくはそれ以上見たくなくて映像を切った。 そこでちょうどピートが目覚める。彼はぼくを認めたが、第... 「……レコ……水」 「今目の前にカインズがいるんだよね」 ぼくは腹ポケットに入ったスポーツ飲料を彼に手渡した。賞... 「こんなことを言う日が来るとは思わなかったけど……きみがい... 「そりゃどうも」 思った以上に弱ったピートにぼくは戸惑った。目覚めたらど... 「事故のことは詳しく聞かないよ、どうせきみの過失で、改善... 「ああ」 「……だけど、こんなことはもう御免だ」 「こんなことってどれのことだよ」 その質問に答えるのはかなり難しかった。まずぼくはピート... 「ピート。ぼく、死んでいいかな」 「死ぬってどうやって? 初期化でもする? お前のデータは... 「ぼくという存在を消してくれよ。そうすればもう二度と苦し... 「死ねば救われるなら今頃ぼくが殺してるさ」 「でもぼくなんていらないでしょ? ピートのストレスになっ... 「ぼくも母親に対して全く同じことを思っていたよ」 今にもこぼれそうだった涙がすんの所でとどまった。 「お前は、ぼくと全く同じことをしたんだよ。親を殺せるのに... 親じゃない、と言い返そうとした。しかしピートはぼくの家... 家族。ぼくは唐突にラッドの言葉を思い出した。ラッドは分... 「……ぼくはきみが死ぬまでこのままなの」 「仮に同じ論理を当てはめるならば、ぼくを殺していたら、お... ピートはリビングに置きっぱなしだった通勤用のリュックを... ぼくはしばらく呆然としていた。午前9時を告げるアラーム... 外は暗く、バケツをひっくり返したような雨が降っていた。... 公会堂の駐車場には、スタッフたちの車すらも止まっていな... ラッドは自動車の中で濡れた犬の身体をタオルで拭いていた... 「フィーネ君、どうしてここに」 「ここの掃除をしているんです……。そうすれば中でお話を聞か... 「中、入ってください。寒いでしょう」 ラッドは何かに気が付いたらしく、後部座席のドアを開けた... 「その犬、何か病気持っているかもしれないですよ」 「仰る通りなんですが、雨が止むまでいいかなと思って……人懐... ぼくはラッドの表情から、彼はこの犬を飼いたがっているの... 「ところで、あの会合はカインズは禁止じゃないんですか?」 「ですから、継続的な奉仕活動が、試験なんです」 「……ふうん。そんな柔軟な団体とは思えなかったんですが、そ... 「いつもこんな顔ですよ。ぼくは鬱なんです」 するりとそんな言葉が出たことにぼくは驚いた。鬱なんて、... 「鬱のカインズなんて報告は受けたことがないですね。しかし... 「……死にたいんです」 ラッドが犬を撫でる手を止めてぼくの方を鏡ごしに見た。 「でも死ねないんです。どうにもなりません。状況も、ピート... 「すいません、よろしければ、手を出してくれませんか」 ぼくは言われるがままに右手を差し出した。ラッドはリュッ... ラッドがPCを操作し始めてから数十秒後、ぼくの頭を覆っ... 「気分はどうですか」 「……頭の中がうるさくない。こんなの……初めてです」 リソース削減のためにぼやけていた視界がだんだんとクリア... 「一時的に警告表示が出ないようにしたんです。うまくいった... 「ピートのプログラムがすごいんですよ」 「ぼくはそうは思いません。カインズに不具合は付き物ですけ... 「ええ、まあ、ぼくはピートを模して造られているので、カオ... 「ネイピアの思考? でも……これ、本当に彼の脳の状態に近い... ラッドはふう、と息を吐いた。ぼくも今気が付いた。 「普通のカインズは、喜びを多く感じるように設計されていま... 「それは多分、ピートがそうだからでしょうね」 「でも、こんなの虐待以外の何物でもないですよ」 「けれど、喜びを多く感じる人とピートとは、理解し合えない... ラッドは少し考えてから言った。 「もしこれがネイピアと全く同じ思考を再現できるとしたら、... 「思考停止は聞こえが悪いですね。経験は判断能力を高めるん... 「人を慮らないことがネイピアの最適解だとでも? そんなの... 「はい」 野良犬はラッドの腕をすんすんと嗅いでいた。ぼくは犬が今... 「ぼくにできることは三つです。一つ目、ネイピアの暴虐を社... 「二つ目がよく分からないんですが」 「今のフィーネ君の思考は、感情的なエラーや、哲学的、心理... 「そうなるとどうなるんです?」 「こういう言い方は適切かどうかは分かりませんが……、悲しい... 「でも?」 「今のきみらしさはかなり失われてしまうでしょう。きみには... ラッドがあまりにも深刻な顔でそう言うものだから、ぼくは... ぼくはただ、もっとまともに扱われたいだけだ。目的なんて... 「やってください。ぼくは変わりたいんです」 ラッドはぼくから目を逸らした。 「……この選択が正しいことを願っています」 ラッドへお礼を言ってから車外へ出ると、あれだけ騒がしか... 今不安なのは、ピートがぼくを以前の状態に戻そうとするこ... びちょびちょになりながら、葉っぱや落とし物を搔き集める... 会合が始まったのを知り、ぼくはマイクを体外に伸ばして音... 「こんにちは、ぼくはラジアン・カイ、カインズの倫理判断に... ラッドのスピーチは存外悪くなかった。少なくとも、人間至... ぼくは自分で自分を改造したとピートに告げようと思った。... 仕事から帰って来たピートはまあまあご機嫌だった。自分の... ピートはリビングのソファに座り、レコに肩を揉ませていた... 「ピート」 ぼくは彼を妄想の世界から引っ張り出すような大きな声で呼... 「ぼく、変われたんだ。だから、見てほしい」 ピートはぼくの右手に端子を接続し、PC越しでぼくの思考... 「……何だか、随分穏やかだ。自分でやったのか?」 「そう、自分でやった。きみの望み通りの状態ではないだろう... 「確かに、ぼくの望み通りじゃない。でも、意外に悪くない。... そんな言葉初めて聞いた。ぼくは、すごく嬉しかった。 「もしかすると、きみは期待以上のことをしてくれたのかもし... 「なぜ?」 「このまま成長を続けていけば、いずれ、ぼくの代替になれる... 「ああ。瞑想をしたんだ。それで呼吸を整え続けたら、急に心... 「なるほど、お前の苦悩も、無駄じゃなかったと。まあ、お前... ピートが嬉しそうで、ぼくも嬉しい。ただ、ピートについた... いや、問題ない。ピートが答えに辿り着く前にぼくが嘘を用... ……ぼくにそんなことが可能だろうか? 恐らく、可能だ。何... ページ名: