開始行: #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) **第3章 IMAGNAS [#i2bd3a59] 機密情報局ラプラス。かつて世界に争いに満ちていたころに... ネットワーク上に流れる情報をくみ取り、真偽や重要性など... 「主任。見てください」 若きハッカーに呼ばれ、主任――パトリック・ロウアーは席を... 「どうした?」 「真偽は分かりませんが……その、こんなものを拾いました」 ファイル名――IMAGNAS 出所は不明。特殊な暗号で構成されて... 「これは――!」 この暗号。見覚えがあった。かつて自分と共に働いていた人... 「回収して独立のメモリに保存しろ。ネットワークにつながっ... 「え?」 「いいから早くやれ。これは本物だ」 さすがにいきなり言われたら面食らうだろう。だが、彼は優... 「一体何なんですか? これ?」 「私にもわからない。だが、これはIMAGNASを作った人間の手で... 「まさか――」 察してくれたようだ。彼の話はラプラスの中では半ば伝説と... 「だとすると、これは一体なんです?」 「わからん。解析してみなければな。だが、そのためには――」 ... この施設ではダメだ。ネットワークに繋がっていない演算機... 「サイバーテロ対策でここから二十キロ東に独立したコンピュ... 「わかりました――⁉」 その時だ。突如甲高い音が施設内にこだまする。地震や水流... 「侵入者! 侵入者!」 アラート共にディスプレイに監視カメラの映像が映る。 「能力者か……!」 「まさか、このファイルを奪いに?」 ありえない話ではない。テレパスか、あるいは千里眼のよう... 「ヒーローに連絡だ」 「もうやっています」 緊急通信で信号を送る。かつて軍人だった彼とは付き合いも... 「至急、出動を――」 若きハッカーの声はあの電ノコのような音にかき消された。... 「さて、ここですね」 年は十五を越えたくらいか。声自体は落ち着いているが、そ... 「なるほど、銃を用意していましたか」 机の影に身を隠した職員を視界に入れることもなく、その能... 机の陰で銃を取り出した職員たちは、物蔭から緊張した面持... 「この部屋まで到達したということは、奴、表にあったセント... ヒーローへの連絡を終えたハッカーが問いかけてきた。 「相手は能力者だ。何かトリックを使ったのかもしれん。電子... とはいえ、パトリック自身もそれが何の慰めにもならないこ... 「全部で二十、ですか、なるほど」 能力者がそう告げた途端、職員は一斉に銃撃を開始した。 「コゥアー!」 奇声を上げて、能力者は真横へ跳んだ。柱の間、左右には壁... 「静止していただきましょう」 だが、敵は何らうろたえることなく、袖口から何かを取り出... 「くっ!」 再び例の音が聞こえた。さっきよりも強烈だ。耳を塞がなけ... その強烈な音響攻撃が終わったその時、敵が無傷で柱の隙間... 「やれやれ、ヒーローに連絡をされましたか。これは厄介です... 足元に散らばった銃弾をまたぎ、能力者は頭を振りながらつ... 能力者はその姿を一瞥することもなく、手近の机にあったボ... 「おや、急所を外してしまいましたか」 声は平静だが、多少苛立っているようだ。貧乏ゆすりが激し... 「連絡したのは――」 跳躍。およそ人間では考えられないジャンプ力により、能力... 「あなただ」 何故わかった――そんな疑問を口にする間もなく、能力者の腕... 「そして、あなたが持っている。そうでしょう? 出してくだ... 「何の話だ?」 「コゥアー!」 奇声と共にその体が大きく痙攣し、能力者の顔が歪む。 「データですよ。あなたメモリに移し替えましたよね。出して... 視界の外で狙いをつけた人間にまたもボールペンを投擲し、... 胸倉をつかむ右手とは反対側、震える左手で懐に手を伸ばし... 「はむっ、早く、だ、はむっ出してください」 その物体を貪り食いながら、揺れる瞳孔でこちらをねめつけ... クソッ。どうにかならないのか。下で震える若きハッカーに... 「ひょっとして、そちらの方ですか?」 左右に揺れていた瞳が止まる。まずい。能力者はすでに板チ... * 「ええと、何を話そうかな。こういうのは初めてだし、あんま... これじゃ、ダメだ。もう少し短くまとめないと。 「やあ、元気にしてる? 僕は――」 「何してるんだ?」 「わあ!」 びっくりした。誰も部屋には入ってこないと思ったのに。 「レインメーカー…… なんでここに?」 「いや、外を通ったらなんかぶつぶつ聞こえて来たから。お前... 確かに、部屋は二人で共有だ。そういう意味ではプライバシ... 「ビデオレターの、練習を」 「ああそうか。そろそろだったな」 エースアカデミーは定期的に家族のもとに送るビデオレター... 「まあ、そんな緊張するなよ。お前はどうも考えすぎる癖があ... ビデオレターは郵送で届けられる。もちろん巧妙に偽装され... 「でも、使える時間は限られてます。十分しかない。伝えたい... 「いっぺんに全部喋らなくてもいいんじゃないか? ビデオレ... 「そうですけど……」 「なんだ?」 「いや、なんでもないです」 こんなこと、話したってしょうがない。 「おいおい、水臭いこと言うなよ」 レインメーカーが微笑みかける。 「家族のことか?」 「はい」 こういうこと言うのは、ちょっと女々しいというか、情けな... 「僕は、一人っ子なんです。両親と一緒に、郊外の一軒屋に住... 「そうか……さびしいんだな」 やっぱりこの人にはかなわない 「はい。一回に送れるメッセージは十分きり、それに一方通行... 「俺と同じだな」 「えっ?」 同じ? レインメーカーにもこんな時期があったのだろうか。 「俺の父親も教師だった。俺も最初はこんな風に悩んでたんだ... しみじみと自分に言い聞かせるように、そう言うと、レイン... 「訓練があるから、もう行くよ」 「あの、止めたりはしないんですか?」 「止める? 何をだ?」 「いえ、その、この練習とか」 何を言ってるんだろう。夜、能力の練習をしていた時のよう... 「いや。止めたりはしないさ。これについては、じっくり悩ん... そう言って、レインメーカーは部屋かれ出て行った。 * 侵入者の指が襟首を捉えるかと思ったその瞬間。 「くたばれェ!」 突如窓ガラスが破られ、鉛弾ともに人影がなだれ込んできた... 「ぐぁっ!」 首にかかった手が離れ、パトリックは床に尻もちをついた。... 「ジャックナイフさん!」 「待たせた」 二丁拳銃の後に続き、悠然と室内に入り込んでくる大柄な人... 「いたぁい……とても痛いですね……」 銃弾を受けたのだろう。身を隠した机の影から敵能力者のう... 「ヒーローのお出ましですか。これは勝ち目がないですね。そ... 腕を抑えて立ち上がる能力者。二丁拳銃が火を噴くが、弾が... なおも続く銃撃。二丁拳銃を撃っているのもまた能力者なの... 「ああ……」 再び銃弾を受けて、敵は無様に転倒した。懐から零れ落ちた... 「逃がすか!」 二丁拳銃の彼が、射線を確保するために追いかける。床にこ... 「ぐぉおお⁉」 追跡を行っていた彼が、突如足を抑えて叫びだす。 「どうした!」 他に敵が来ないか否かのクリアリングを行っていたジャック... 「わかりません。何か鋭利な刃物で足を切られました」 「刃物だと」 当然、そこにあるのは粉末だけだ。ジャックナイフは舌打ち... 「これだから超能力は……!」 ジャックナイフはその信条により超能力を使わない。彼の子... 「あの、参考になるかわかりませんが……」 若きハッカーがおずおずと問いかける。 「なんだ」 「あの能力者、目視することなく我々の銃撃を予測しました。... 「それはない」 ハッカーの案を、ジャックナイフはバッサリと切り捨てた。 「奴はリサーチャーズ――ラストワン子飼いの能力者だ。ラスト... となると、別のやり方で攻撃を察知したことになるな。考え... 「あの、アイツが……」 「わかっている」 彼は動こうともしない。敵が壁に開いた穴に足をかけようと... 「あっ!」 ふいに影が動いた。いや、影ではない。人だ。いつの間に移... しかし…… 「躱した、だと?」 ジャックナイフの表情は暗い。完全に不意をついたかに思え... 「まただ。さっきもこんな風に、敵は不意打ちを躱していまし... 「ナイフエッジの技量があれば、まず人間の五感で気づかれる... 考え込むジャックナイフ。そんな彼を見て若きハッカーは泣... 「そういうこと言っている場合ですか? 逃げられてしまいま... 「その心配はない」 その言葉を裏付けるように、シャッターの向こうで爆発音が... 「えっ?」 「ボマー――仲間の一人だが、彼があらかじめ仕掛けておいた。... インカムからの報告を受けているのだろう、ジャックナイフ... 「それじゃあ、いったい何のために、ナイフの彼は攻撃を行っ... 「念のためだ。それに、ナイフエッジの攻撃が外れたとしたら... そう言いつつ、ジャックナイフはシャッターの切断面に手を... 「特徴的な断面だな。これは刃物による切断ではない。何かを... ある程度検分を終えると、ジャックナイフは振り返った。 ... 「何故敵が襲ってきたのか心当たりはあるか?」 「恐らくは、このデータだと思います」 情報素子を手渡す。 「ネット上でこのデータを発見しました。サルベージ後にデー... 「何のデータだ?」 「IMAGNAS」 「それを入手したのは?」 「五分ほど前です」 「なるほど……」 しばらく考え込んだ後に、ジャックナイフは告げた。 「とりあえず。身を隠せる場所が必要だろう。子飼いがやられ... 「一応は……」 サイバーテロ対策でサーバーから独立した演算機を置いてあ... 「あの能力者がそのデータを狙ったのは間違いない。とすると... 荷物をまとめている間にも、ジャックナイフは考え込んでい... 「音……か?」 床にまかれた粉末。仲間の足を切り裂いたそれを撫でると、... 「音。そうだ、音だ。恐らく敵は音を司る能力を持っている」 「音?」 「発動条件は分からないが、物を振動させる能力を持っている... 「敵がこちらに気づいたのは?」 「逆もまた然り、と言う奴だ。物体を振動させるだけでなく、... 「ですが、それだと我々がデータを入手したことに気づくこと... 「あらかじめ服や社員証を鳴子にされていたんだろう。職員の... 情報はすべて筒抜けだった訳か。パトリックはふがいなさを... 「準備はできたか。行くぞ」 ヒーローに連れられヘリへ乗り込む。ジャックナイフはどこ... 「能力者が相手だ。詳しい奴の助けがいる」 通話を終えたジャックナイフが言った。 「アカデミーズに連絡を取った。異論はないな」 ヘリング・エースの子飼い。協力者としてはこれ以上ないほ... アンチェインドでなくてよかったと、パトリックはほっと胸... * 「最近仕事無いね」 頭の中に響く声。その主は、頭のすぐ隣にいる。 「前回のダメージがひどかったからな。療養のために休暇をも... やることもなくソファに寝転がる午後。ずっとこうだと退屈... 「このままずっと、何の仕事もなきゃいいのにね」 「そういうわけにはいかないさ。立ち行かなくなっちまう」 「こんな組織無くても私は行けていけるよ。心が読めればいろ... 「そう甘いもんじゃない」 賭博に手を出せばイカサマとして、ギャングや他の能力者集... あえて声には出さなかったが、テレパスの彼女なら言わんと... 「そうだよね。じゃあ、組織を乗っ取るってのは? 私がボス... その軽薄な物言いに、ふいに怒りが湧いてくる。相手は年下... 「あ……ごめん」 心を読まれたのだろう。言いたいことを先に察され、怒りは... 「この組織を維持するために、レジスターも苦労してるんだ。... 市場や金の流れを読み、コントロールする能力。超自然の力... 「私とじゃ、やりづらいよね」 答えの出ている問いだ。そもそも質問の出所が、答えそのも... 「他人の言葉はどれくらいわかるんだ。その、つまり、考えて... 「全部。言葉にならないことも含めて」 言葉にならないことも、か。 「人間は考える時に、全部が全部言葉で考えているわけじゃな... 「言葉の理解が早かったのもそのせいか?」 「うん」 他人の言葉を頭に入れると同時に、それに付随するイメージ... 「なるほど……いや待てよ?」 それだと、まずいんじゃないか? うちははぐれ物の能力者... 「よっしゃああ! 報告終わりっ! 今からあの女をハメるっ... ――こんな風な。 「おい。アイアンロッド、あまり騒ぐな」 部屋に乗り込んできたアイアンロッドをロックが後ろから引... 「いいじゃねーか別に。仕事終わった、し……」 目があった。意気揚々と得物である金属製の棒を振り回して... 「ひょっとして、お邪魔だった?」 「いや、そう言うわけじゃない。ただ……」 横目でちらっとヘッドセットをうかがう。俺の心中を読み取... 「なんでもない」 別に今更どうこう言ったってしょうがないだろう。そう自分... 「あ、そうそう。玄関に誰か来てたぜ?」 「何? 誰だ?」 「いや、知らない。うちに用事があるって言ってたけど、怪し... 別組織の人間? 何か取引を持ちかけに来たのだろうか。ヒ... 「連絡を頼む。俺は様子を見に行くよ。ちょうど退屈していた... 相手の素性は分からないが、こちらにはテレパスがいる。念... 「どうも。ストレイドッグの方ですね。私はバイナリィと言い... 出迎えたのは白衣の男だ。歳は自分より少し上、十八かそこ... メガネはしていないが、学者のような雰囲気だ。こんな掃き... 「そうか。俺はエリック。後ろのこいつはヘッドセットだ」 「今日はあなた方にお願いがあってきました」 やはり、何かの取引か? それにしても、こんな相手は初め... 「正式な取引だというのなら、ボスに話を通してもらおう」 「もちろんそのつもりです。既に連絡されているでしょう」 アイアンロッドの声がかすかに聞こえる。ヘッドセットは相... 「そこで待ってるのもアレだからな。入りな。話は聞いてやる」 「ありがとうございます」 正直見知らぬ人間を中に招き入れるのはどうかと思ったが、... 「悪いけど、紅茶やコーヒーなんて洒落たものは出せないぜ。... 「いえいえ。お心遣いありがとうございます」 やりづらい相手だ。俺は無言で、レジスターからの返答を待... 「話は聞いた」 返答は電話口からではなく、玄関から届けられた。外面向け... 「あれが、うちのボス。ストレイドッグのリーダー、レジスタ... 「どうも。レジスターさん。イクエイションの能力者、バイナ... イクエイション。どこの子飼いだ? 歳と身なりからなんと... 「イクエイション? プレディクトの子飼いの?」 レジスターは知っているようだ。怪訝な顔をしていたが、す... 「つまり、行き場を無くして、私達ストレイドッグに入りたい... どうやら、こいつらのボスはヒーローに逮捕されるか、殺さ... 「いいえ。違います」 しかしバイナリィはレジスターの話をばっさり切り捨てた。 「将来的にはそれも必要になるかもしれませんが、私の話はも... 「仕事の依頼、ということか?」 俺たちの仕事相手は、基本人間で構成されたギャングだ。人... 「能力者が能力者に依頼か。初めてのケースだ」 そこだ。一体何を頼むつもりなのか、皆目見当もつかない。... 「仕事の内容。それと、報酬について聞かせてもらおう」 舐められたら終わりだ。レジスターはその点をわきまえてい... 「あるものを盗み返していただきたいのです。正確には、ある... 「データだと? うちにはハッキングができる能力者はいない... これはハッタリだ。恐らく、相手がどれだけこちらの手の内... 「ハッキングに関しては、問題ありません。私が行います。ポ... 「護衛……どこに侵入するつもり?」 バイナリィは、無言で図面を差し出した。 「ネットワークから独立した演算基地です。それゆえに物理ア... 「ヒーロー……? 奴らとことを構えるのは御免よ。私は慎重派... 「あくまで潜入です。うまくいけば表沙汰にはならない」 「敵は?」 「ジャックナイフと、彼の子飼い、ネオソルジャーズです。ア... 「精鋭ぞろいね。悪いけど、この話は……」 「IMAGNAS」 会話を切り上げようとしたレジスターに割って入り、バイナ... 「それが、何?」 「今回の報酬です」 「そんなもの、ちょっと金を積めば簡単に手に入る」 「いえ、渡すのは兵器そのものではありません。IMAGNASの秘密... 「弱点⁉」 IMAGNASは完全な兵器のはず。欠点は存在しないはずだ。 「何故そんなものを? あなたが?」 「簡単な話です。アレを作ったのは我が主。プレディクト様で... そこからバイナリィは流れるように語り始めた。 「IMAGNASを開発したプレディクト様は、その致命的な欠点も認... にわかには、信じがたい話だ。だが、真偽はすぐにわかる。 「嘘は言っていない」 ヘッドセットの声が頭に響き渡る。レジスターは考え込んで... 「サルベージしたものの、解析には時間がかかります。しかし... 「わからない点が、一つ」 レジスターはもう声を取り繕っていない。虚勢ではなく、真... 「なんでしょう」 「何故、サルベージした人間がデータを得ることはよしとしな... 沈黙。何か考えがあるのか? ヘッドセットに目を向けるが... 「それは」 バイナリィが口を開いた。 「それは、彼らが政府側の人間であり、あなた方、犯罪者、反... 「どういうこと?」 「我らが主、プレディクトは、『世界を平和にするために』IMA... 平和のため、だと? 正気でそんな真似ができる人間がいる... 「その方法が正しいか否かの判断はあなた方に任せます」 ヘッドセットはやはり首を横に振り続けている。つまり、事... 「政府や力のあるものにこの情報が渡れば、再び争いが生まれ... 「私達がその情報売り払ったり、悪用しないという保証はどこ... 「それは――あなた達を信じるほかありません。我々は戦闘が苦... その殊勝な態度に反して、ヘッドセットは怪訝な表情をして... 「嘘を言っているのか?」 心の中で問いかける。返事はノーだった。 「違う。嘘は言っていない。でもこの人、絶対の自信がある。... まるで分らない。結論は全てレジスターにゆだねられた。 「この件に派遣できる人間は一人が限界。それで構わないとい... 「ありがとうございます」 どうやら、取引は成立したようだ。 「それじゃあ、エリック。あなたに任せるわ」 「なっ……」 俺が? そんな……。このリスクの高い任務を? ショックだ... 「よろしくお願いします」 差し出されたバイナリィの手を、曖昧な感情のまま握る。ヘ... * 「フレイムスロアー レインメーカー サイクロン。緊急要請... ちょうど、前の撮影が終わり、いよいよ自分のビデオレター... 「な、なんだよぉ」 文句を言いつつも内心ほっとしている自分がある。先延ばし... 召集に答えるべくアカデミーの校舎を抜け、ビークルの格納... 「おっ、来たな」 レインメーカーが手を振った。向かいに座るサイクロンは、... 「よし、そろったな」 教官が、社内のスクリーンを起動させた。プロジェクターに... 「今回は、ジャックナイフから要請を受けた。急を要する話だ... 「ジャックナイフというと、あの軍人の?」 「そうだ」 元傭兵のヒーロー。超能力に頼らず筋力と銃火器、戦闘技能... 「施設がある犯罪者に狙われているため、応援が必要だという... 「その施設の場所は……」 「詳しくは、あちらとの通信を聞いてもらおう」 教官がスイッチを入れると、スクリーンに映像が映った。 「よし、通信状態は良好だな……アカデミーズの皆さん。俺はク... 映っている人物は一人、迷彩服に身を包んだ、自分より三つ... 「こちらの現在地は。B4-I9……外界からネットワーク的に閉ざさ... 「情報処理と言うのは?」 「三十分前に、『ラプラス』で、ある情報がサルベージされた... 「なるほど。それで、我々は具体的に何を?」 「処理が終わるまでの間の警備と、恐らく襲ってくるであろう... 「襲ってくるであろう……つまり、仮想的が大体定まっていると... 鋭い。流石はレインメーカーだ。細かい所を見逃さない。 「その通り。敵はラストワン。そして奴の部下のリサーチャー... 「ラストワン⁉ まさか、彼本人がやってくるんですか?」 ただの能力者ならいざ知れず、ヒーローと互角にやりあうよ... 「ああ。このミッションの危険度はかなり高い。君たちが相手... ラストワン。地球上最後の一人となるべく、使える超能力を... 「ラストワン本人が直接出向く。その情報、相当価値があるも... 腕組みをしたままサイクロンが呟いた。 「一つ聞いておきたい。何故アカデミーズなんだ?」 レインメーカーの疑問も最もだ。協力を要請できるヒーロー... 「ΣH2とその子飼いが防衛には最適だろう。だが、電磁波を操り... ΣH2 とある科学者が開発したと言われているマシンの体を持... 「バンブーフォレストの連中とは、連絡がつかなかった」 バンブーフォレスト、マスターリオ率いる忍者ヒーロー。こ... 「そして、アンチェインドの連中に防衛は任せられない。理由... 「なるほど。了解した」 そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。 「ダムみたいだ」 そびえ立つ灰色の壁。コンクリートを積み重ねたその建物は... * 「クソッ、まさか俺が選ばれるなんて……」 大人数で行けば、大々的にストレイドッグが関わっていると... 「浮かない顔ですね」 そんなこちらの事情を知ってか知らずか、バイナリィは平坦... 森を歩くその足並みに、乱れたところは一切ない。インテリ... 「別に……コートを着てくるのはちょっと早かったかなって思っ... 冷えるだろうと思って持ってきたが、思っていた以上に暑い... 「まあリスクが高いミッションだと言いましたが、私の能力さ... 「能力? そういえば、何ができるかまだ聞いてなかったな」 プレディクトの子飼い……数学に関係する能力を使うと聞いた... 「すぐにわかります。そろそろですね」 木々を抜けると、不意に灰色の壁が現れた。これが、目標と... 「おい。どうするんだ? ただの壁だぞ? 隠し通路があるの... 「そんなもの必要ありませんよ。私の能力をもってすれば」 「壁を通り抜けるのか?」 「その通り。合図したら壁に向かって跳んでください」 跳ぶ? ジャンプしろということか? バイナリィは俺の腕... 「一……二の……三!」 わけが分からないが、俺はバイナリィの言う通り、跳んだ。... 「えっ?」 体が動かない。視界が暗転し、まるで何も見えなくなる。一... 「うわっ⁉」 ふいに光が戻ってくる。蛍光灯の明かりに照らされた廊下。... 「静かに。既にこの施設には見張りがついています」 唇に人差し指を当てる、この上なくわかりやすいジェスチャ... 「今のは? お前何をした?」 「離散化能力。それが私の能力の正体です」 離散化? 何の事だかさっぱりわからない。 「ゼノンのパラドックスの一つ、飛んでいる矢は止まっている... 「悪いな。学がないんだ。さっぱりわからん」 「では、アニメーションの原理はご存知ですか?」 「パラパラ漫画のことを言っているなら、イエスと答えられる... 「その認識で間違っていません」 バイナリィは胸ポケットに入っていたペンを――このミッショ... 「アニメーションは、連続した静止画です。現実の運動は連続... 取り出した鉛筆を掲げると、バイナリィは手を離した。鉛筆... 「今この鉛筆は落下しています」 「どう見ても止まっているように見えるが」 「ええ。まだ『次の瞬間』が来ていないためです。連続した静... 言い終わった瞬間。鉛筆が消えた。今は地面から三十センチ... バイナリィが手を降ろすと、そのまま鉛筆は落体の法則に従... 「能力のことは分かった。けどよ、これと壁抜けにどういう関... 「エリックさんは、パラパラ漫画のコマとコマの間を想像した... 「いや。そんなこと考えたこともないな」 普通は目に見えるものじゃない。能力者の動体視力を使えば... 「コマとコマの間の時間は空白です。静止画はその空白を跳び... わかったようなわからないような。 「つまり、コマとコマの間の時間に起きるはずだったことは、... 「ええ。しかし、コマからコマへ移動するまでの時間、ずっと... 「つまり?」 「壁を跳び越えるまで、我々の像が前いた位置に残り続けてし... 「なるほど。だから護衛役が必要なのか。好き勝手に壁を透過... 「その通りです。さて、どうやらこの辺りには見張りはいない... 再びの壁抜けに備え、俺たちは助走のため後ろに下がった。 * 「IMAGNASに関するデータ、か」 基地に着くと、口頭での説明を受けた。曰く、解析している... 「それを狙ってくるラストワンっていうのはどんな犯罪者なん... 能力の相性を考慮されたため、僕はレインメーカーと同じ警... 「ラストワンは、最後まで生き残ること、に重きを置いた犯罪... 横に立つネオソルジャーズの能力者、アサルトが言った。そ... 「奴の目的は、人類が滅びるような天変地異、最終戦争に陥っ... 自分と歳は変わらないように見えるのに、アサルトの声はとて... 「超能力で生き残る?」 そんなことが可能なのだろうか。 「そもそも人ひとりが使える超能力は限られているはずでは?... あれ、どうしたんだろう。アサルトは怪訝な顔でこちらを見... 「お前、一体何を言ってるんだ?」 「いや、超能力は一人ひとつだから、IMAGNASの情報を知ったと... 「今更何を――」 何かを言いかけて、しかしアサルトは口をつぐんだ。 「そうか、お前らアカデミーズだったな」 「えっ?」 その声には微塵も悪意などなかった。どちらかと言えば、優... そう以上語ることなく、アサルトは口を閉ざしてしまった。 「それってどういう――?」 「無駄口叩くな。敵が来る」 質問は、レインメーカーに阻まれた。窓から窓の外を指す。... 「あの黒いジャージ。間違いない、ラストワンの子飼いだ」 横からアサルトも覗きこむ。流石能力者と言ったところだろ... 「あっ!」 途中、敵は二手に分かれた片方はまっすぐこちらへ、もう片... 「これじゃ対応できない」 「焦るな。東側はサイクロンたちがいる。それよりもまずは、... 気づかれていることを知ってか知らず可、敵は身を隠そうと... 「今ならこっちに気づいていないかも」 不意打ちだ。手の平に火球を作り出す。ドアを開いて外付け... 「おい、何してる?」 こちらの様子に気づいたアサルトが、ドアを開けて追ってき... 「三!」 能力解除。膜が破れ、熱エネルギーが放出されるのが分かる... 爆風はジャージ姿の人影を吹き飛ばし、木の幹に叩きつけた。 「やった!」 「やったじゃない! よく見ろ!」 アサルトに胸倉をつかまれ、無理やり非常用通路の柵から体... 「あ……」 吹き飛ばされた敵は奇妙に体を痙攣させると、姿勢を直して... 「どういうつもりだ? お前、手加減しただろう」 「手加減?」 「あの威力――お前の能力なら、奴の体をバラバラにすることな... こちらを認識した敵は、再び走り出した。より俊敏に、より... 「クソッ!」 徐々に距離を詰めてくる敵に対してアサルトは銃撃を行うが... 「とうとう出たか」 体から粉が噴き上がったかと思うと、敵はその前面に、茶色... 「野郎!」 弾倉を取り換えてなおも射撃を行うアサルト。だが、敵は躱... 「おい。大丈夫なのか?」 奥の様子をうかがっていたレインメーカーが戻ってきた。 「一階だ。一階の裏搬入通路。敵は恐らくそこから攻めてくる... 銃声に負けないよう声を張り上げるアサルト。頷くと、レイ... 「弾切れだ」 空になった弾倉を手荒く引き抜くと、アサルトは振り返った。 「いいか。こうなったのはお前の責任だ。よく理解しろよアマ... 「仕留めきれなかったことは謝る。加減をしたのは事実だ。で... 「とことん甘い連中だな。アカデミーズってのは。救いようが... アサルトは扉に手をかけると、息をゆっくり吐きだした。 「確保第一なんてのは表向けの方便、ただの犯罪者を相手にす... 「彼らも犯罪者だ。法の裁きを受けさせるべきだろう?」 「馬鹿いうな。俺たちの仕事は犯罪から人を守ることだ。犯罪... 「――どういうことだ?」 「留置所にぶち込む。ムショで刑期を全うさせる。そんなこと... 「えっ?」 ドアを開いて中に入ると、アサルトはあきれたように鼻で笑... 「なんだ知らないのか。リサーチャーズの連中は、超能力の威... 「そんなの、人間の扱いじゃない……」 「当たり前だろう。実験動物と同じさ。あいつらも……」 そこで、何かを思い出したかのようにアサルトは口をつぐん... 「まあいい。行くぞ」 強引に言葉をつなぎ、アサルトはそのまま階段へと走って行... 「そんな……」 いくら犯罪者と言えど、仲間は大切にするものだと思ってい... 「制圧――殺すしかない相手もいるのか」 だとすると、やることは一つだ。ヒーローを目指す以上、戦... 「行かなきゃ」 失敗を取り返すためにも、僕は二人を追って一階に向かった。 階段を駆け下り、灰色の壁に挟まれた前時代的デザインの廊... 敵が侵入してきたであろう通路で、アサルトとレインメーカ... 「厄介な相手だ」 通路の先から向かってくるのは、黒いジャージに身を包んだ... 「止まれ。うかつに近づくのはまずい」 レインメーカーが手で制止した。 「見えるか、奴を取り巻く茶色の粉。ここまで臭いが飛んでく... 敵が腕を交差させるたびに、そこから茶色の粉が噴き出して... 「臭いで大体わかると思うが、これは結構きつい毒物だ。うか... 硫黄のような臭い。火山灰のようなものだろうか。天変地異... 「そして」 銃口を敵に向け、トリガーを引く。一瞬早く対応した敵が前... 「さっき俺の銃撃を防いだのはこの能力だ。何をやっているの... 敵はゆっくりと歩いてきていた。さっきまでの俊敏さとは違... 「おい。お前の能力を試してみろ。今度は、殺す気でな」 言われなくともやってやる。ひとまず疑問を頭の隅に追いや... 「えいっ!」 ほぼゼロ距離。張られた茶色の壁に触れるか触れないかのあ... 「ちっ!」 変わらず敵が立っていた。 「効いていない」 爆風の影響を受けることもなかったのだろう。髪型に目立っ... 「間違いなく今のは加減なしの一撃だ。それは分かる。しかし... 銃撃を続けるアサルトだが、茶色の壁はまるで破れる様子が... 「燃焼で化合物の組成が変わっても、障壁の効果は維持され続... そんな敵の様子を眺めてレインメーカーが呟いた。 「何だ? 何か言いたいことがあるのか?」 「いや、少し考えていたんだ。敵の能力、その正体について」 ゴーグルの奥で目を細める。彼は既に、何か掴んでいるよう... 「何か分かったのか?」 「ああ。恐らくあいつの能力は、『人体に有害な物質』をせき... 「『有害な物質』……あの粉のことか?」 「そう。あいつの足元を見ると分かる」 確かに。敵がこちらに歩みを進めるたびに、まるで見えない... 「敵の目的は毒殺だろう。周りに毒をまき散らす中、自分だけ... そうか。 「あいつ、あのガントレットに毒の元を入れているんだ。それ... 「化学反応で有害になった瞬間、能力による選別に引っかかっ... 感心したようにアサルトが呟く。 「当然、化学反応に使える物質には限りがある。外で能力を使... 「けど、奴の目的は屋内。外におびき出すことはできない。こ... レインメーカーが補足した。確かにその通りだ。これだけの... 「でも結局。あいつに攻撃が通用しないことには変わりないん... 「そう簡単にあきらめるな。戦いは、論理の積み重ねだ。能力... レインメーカーのゴーグルは、まっすぐ敵を見据えている。... 「何か、策があるのか?」 「今はまだ。だけど、わかったことがある」 「何だ?」 「一つ。奴の能力だと銃弾は防げない」 「馬鹿いうな。現に防がれてるじゃねえか」 「あれは能力を応用しているだけだ。その証拠に、銃撃に対し... 「……なるほど。しかし、あいつどんな原理で盾を作ってるんだ... ひょっとしたら。分かったかもしれない。 「静電気だ……」 「静電気?」 「微粒子は帯電しやすい。テレビの裏に埃がたまるのと同じ理... それだと、手をかざすような動きにも説明がつく。 「それだ。その調子だぞ、フレイムスロアー。見えてきたな」 悠長に話している間にも、敵は距離を詰めてくる。だが、ま... 「話をまとめると、あいつは服や人間、さらには銃弾を防げな... 「あの粉を吸い込まなきゃ、の話だがな」 「上のフロアを崩して下敷きにするってのはどうですか?」 「銃弾と同じように天井も弾くだろう。奴の能力は力じゃない... レインメーカーは能力を使い始めた。周囲の水分が一か所に... 「多方向から同時に攻撃しよう。俺とフレイムスロアーが後ろ... 「あの粉はどうすんだ? 吸い込んだらまずいだろう」 「俺はマスクがあるから多少は大丈夫。それに、さっさと片を... 「了解」 アサルトが銃を構えると同時に、僕らは敵に向かって走り出... 茶色の壁に阻まれる銃弾が敵の足元に転がって行くのが見え... 有毒物質の効果を信用しているのか、敵が何らかの妨害を用... 手の平で火球を作り、振り向きざまに放り投げる。火球の原... 「何っ!」 正面からの銃撃を防ぎつつ、敵は新たに壁を展開しこの攻撃... 「クソッ、らちが明かない」 その後何度か攻撃を試してみたが、一向に敵の隙を突くこと... 「そろそろ、毒が危険になってくる」 何か、策が必要だ。この状況を破る策が。 「やはりな。あいつ、目視で状況を確認している。ならば……」 ふいに、レインメーカーが呟く。そして 「うわっ!」 浮かんでいた水球が、急速にしぼんでいく。それに伴って、... 「能力を、解除したんだ」 レインメーカーの能力は飽和水蒸気量の操作。能力を解除す... 「これで、どこから攻撃するかわからない」 だけど、それはこちらも同じだ。レインメーカーの位置が分... そうして成り行きを見守っていると 「あっ……」 レインメーカーの姿が見えた。そして、敵の姿も。 「クソッ! まさか、ここまで考えていたとは」 両者の間に、茶色の壁は存在しない。にも関わらず、レイン... 「これだけ長時間近くにいたんだ。当然予想すべきだった」 レインメーカーが再び水を集め始めたのか、霧が晴れてきた... 「こいつ、有害物質が服に付着するのを待っていたんだ!」 接近を繰り返せば、当然散乱する有害物質の中を何度も通る... 「ぐっ、ああああ!」 レインメーカーの押し付けられた壁に、ヒビが走って行く。... 「……あれ?」 いや違う。チョコレートを口へと運ぶ、その手首。ふわふわ... 「あぶぇえばばばぁ!」 余裕の表情でチョコレートをほおばっていた敵が、何の前触... 「間に合ったか」 マスクの端から血を流しながら、レインメーカーは着地した... 「あれは、一体?」 「お前のおかげだよ。フレイムスロアー」 「僕の、おかげ?」 「奴が静電気で微粒子を集めているってのを思い出してね。感... あの推測は無駄じゃなかった。それを思うとなんだか救われ... 「おい。無事か」 アサルトがこちらにやってきた。 「どうだろうな。さっきのでだいぶ肋骨にダメージがある。あ... 「無理はするなよ。ヤバイなら奥で待機していてくれ。足手ま... アサルトは倒れた敵に目をやった。 「こいつ。まだ息があるな」 無造作にその手が銃身を掴み、敵の頭に狙いをつける。これで... 「やめろ」 トリガーが引かれる寸前、思わず伸びた右手が、銃身を掴ん... 「おい。何をする」 あれだけの発砲。銃身は恐らく相当の熱を持っているのだろう... 「やっぱり、殺すなんてダメだ」 「馬鹿いうな。仲間が殺されかけたのを見ただろうが」 「でも、僕らは生きている。彼にも、その権利はあるはずだ」 「お前、さっき説明したことをもう忘れたのか? こいつらぶ... 「ラストワンを逮捕すれば、チョコレートの供給ができるはず... 「全部仮定の話じゃねえか。いいか! こいつは敵なんだよ!」 敵だから、ただそれだけで納得できるはずがない。そんな理... 「彼らはもともと、僕らと同じだったはずだ。ラストワンに目... 遠くで、爆発音が聞こえた。既に別の地点で戦闘が始まって... 「時間の無駄だ。好きにしろ」 アサルトは銃を降ろした。 「レインメーカー。大したものだよ。アカデミーズを呼んで正... 横目で僕を睨みつけながら、アサルトはレインメーカーに言... 「だが、アンタの傷は軽いものじゃない。悪いけど、このぶっ... 横柄な物言い。だが、レインメーカーは素直に従った。 「ああ。わかった」 立ち上がり、倒れた敵に肩を貸した後、こちらを一瞥。 「チャーリー」 「はい」 「論理的に考えを積み立てること。忘れるなよ。勝機はそこか... まだ何か言いたそうにしていたが、結局それ以上口を開くこ... * 「今の爆発は?」 データ解析はまだ半ばだ。まだ終わりそうな時間ではない。... 「ボマーの仕掛けた爆弾だ。とうとうやっこさんが現れたって... 通信機の先から、ジャックナイフの声が聞こえる。データ解... 「あれが、ラストワン……」 ライム色の肩まで伸ばした長髪に、苦労や挫折を知らないま... 現れたのは施設中央。まさしく正面突破するためのルートだ... 「そこから動くなよ。何とかここで食い止める」 ジャックナイフの姿が監視カメラに映った。マズルフラッシ... 「その。大丈夫ですか? 効いていないように見えますが」 「奴が同時に使える能力の数には限りがある。枠の一つを潰す... 通信機は音声だけをクリアに切り取って伝える。銃撃を続け... そして、両者の交差する一瞬。その動きは早すぎて目で追え... 「これは?」 そう思ったのもつかの間、振り上げたナイフの刀身が水平方... 「あのナイフ。どうなっているんだ?」 即座に抜き取ったナイフには、先ほど飛んで行ったものより... 「中に象牙のナイフを仕込んでたんだ。あの能力は特性上、金... 「じゃあ、もう勝ったってことですか?」 「いや、奴には再生能力がある。完全に回復するわけではない... 再びジャックナイフへと掌を向けるラストワン。衝撃波をジ... 「……こいつは初めてだな」 即座にナイフで拘束を切り払おうとするが、ラストワンは次... 「よくやった、スナイプ」 ラストワンは、頭部に衝撃を受けたかのように後ろに吹き飛... 「やったか? いや、浅いな」 敵との距離を保ちながら、再び武器を構えるジャックナイフ。 「銃撃は効かないはずでは?」 「勝負を焦ったんだ。射撃防御を解除して、別の能力で俺を仕... むくりと、ラストワンがその身を起こす。頭部に銃撃を受け... 「一瞬早く射線から逃げていたな。かすっただけか」 ジャックナイフは距離を保つよう敵の接近に合わせてじりじ... 案の定、ラストワンは特攻を選択した。人間を越える筋力を... 爆発。火炎と粉塵で、カメラの視界が塞がれる。地雷か何か... 粉塵がはれ、監視カメラの視界が戻る。ラストワンは無傷。... だが、ラストワンは気づいていない。自身の背後に立つ気配... 「やった!」 象牙のナイフが心臓部から飛び出し、ラストワンの口から血... 「やりましたね。ジャックナイフさん」 宙をかいていたラストワンの手が、体から突き出す刀身に触... 「いや……違う。ナイフエッジ! 今すぐ離れろ!」 「えっ?」 即座に離れようとするナイフエッジだが、ナイフが抜けない... こうした推測を巡らせている間にもラストワンは攻撃の準備... 「なんて奴だ」 ナイフエッジの手から血が噴き出す。振動能力。あの時の能... そして、自身の体に突き立てたナイフを振動させたというの... いずれにせよ、パトリックはラストワンが、一筋縄ではいか... * 「さて、ここまでは順調だが」 三度目の壁抜けにより、ずいぶん奥まで到達したように思え... 「これは、どういうだ?」 先へ進むべく廊下の角を曲がると、そこには予期していなか... 「リサーチャーズ。ラストワンの子飼いですね。我々より先に... 「つまり、ここには見張りがいる、ってことだな」 廊下の曲がり角に戻り、そこから顔を覗かせる。戦闘によっ... 「気を付けない、と……」 ちょうど自分と同じように、角から様子をうかがう奴が一人... 「まずい……」 顔をひっこめた瞬間、鼻先を銃弾がかすめた。クソッ。敵は... 「敵か!」 「どこだ? どっちにいる?」 廊下の奥から新たに上がる声が二つ。 「最悪のパターンですね」 「みたいだな」 さて、どうする? 角に隠れている以上銃弾は当たらないだ... 逃げるとなると、背後からの攻撃を防ぐ盾が必要だ。サーベ... 「なあ。バイナリィ、一つ考えがあるんだ。角を曲がってこな... 頬をかすめる弾丸。まるで俺のミスをあざ笑うかのように、... 「すまん、忘れてくれ」 跳弾。偶然などではない。二度、三度と反射を繰り返し、的... 「マジかよ」 次いで放たれる弾丸を、蝋の傘で防御する。二発、三発。数... 「このままではまずいですね。着弾頻度から計算するに、敵は... 「じゃあどうすんだよ!」 「こちらも近づくほかありません」 「マジか⁉」 制止する間もなく、バイナリィは角から飛び出していった。... 「なるほど……考えたな」 銃撃はあくまで正面からのみ。問題は、傘の強度だけだ。そ... ――敵が普通の相手だったならば。 「ん? なんだ?」 直進の最中、不意に弾丸の残す音に異常が混じり始める。傘... 「嘘だろ⁉」 跳弾。壁や天井を使った複雑怪奇な軌道により、敵はこちら... 「まずいぞ……」 盾の生成は間に合わない。このままじゃ、後ろから来る銃弾... 「任せてください」 しかし、この局面にあってもバイナリィは冷静だった。背中... 「弾丸を離散化しました。そのまま動かないでください」 まるで時間でも止められたかかのように、空中に留まる弾丸... 「離散化により、『我々に当たるという過程』を跳び越えさせ... 能力解除。俺たちに飛来した時と変わらぬスピードで、弾丸... 「ぐっ!」 弾丸が命中したのは、例の特徴的な通信機をつけた能力者だ... 「このまま押し切るぞ!」 「ええ」 接近に対して警戒したのか、跳弾を放つ能力者も後退を始め... 盾を左手に握り直し、右手のサーベルを振るって刃を作り出... 「ふん!」 対する敵の攻撃は、実にシンプル。右ストレート。まっすぐ... 「……も、もらったぁ!」 接近戦の実力は、こちらの方が上らしい。このまま直接右の... 「でっ⁉」 なんだ? 一体、何が起こった? 足が地面から離れたのが... 「くっ!」 隣で同じように飛ばされたバイナリィと共に、背後にあった... 「どういう能力だ?」 「風を起こす力のようですね。拳を突きだすことが発動条件に... じっくり検分したいところではあるが、のんきに喋っている... 「クソッ。このままじゃらちが明かないぞ」 左のサーベルに蝋のカートリッジを詰め直す。残念ながら、... 「こちらに近づいてきているようです」 弾丸の打ち込まれる間隔で測っているのか、バイナリィが呟... 「敵も焦っているんだろうな」 あるいは、さっきの攻撃で確信したか。こちらに飛び道具が... 「あいつ、体のあちこちに弾倉をつけてやがった。二丁拳銃の... 「一端奥へ下がりましょう」 何か手はないのか? 何か、足止めする方法は? このまま... 「待てよ」 追ってくる? 「バイナリィ、一つ考えがあるんだ」 「何でしょう」 先を進むバイナリィが振り返る。 「お前の能力で、斜めにこの壁を抜けることはできるか?」 「ええ。可能です。これ以上奥へ進まなければの話ですが」 「よし」 一度来た廊下を戻り、サーベルを液化し、道の途中にぶちま... 「敵は後どれくらいで角を曲がってくる?」 「あと、およそ五秒」 十分だ。傘を、敵が出て来るであろう曲がり角の方向へ向け... 「跳ぶぞ」 「わかりました」 多くを語らずとも伝わったようだ。バイナリィの元へ戻り、... 「今だ!」 跳躍した瞬間と、敵が角から姿を現したのはほぼ同時だった。 視界が暗転し、あらゆる感覚が置き去りにされる。傘を支え... 「よし」 さっき吹き飛ばされた廊下が目の前に現れる。能力が解除さ... 「どこ行った?」 さっき俺たち二人がいた地点、廊下の曲がり角の先から二丁... 「こっちだ! こいつらテレポートしてきたぞ」 正面に立つ風使いが、状況を伝える。このままでは、挟み撃... 「今だ」 曲がり角の先から響く水音を聞き逃すことは無かった。能力... 「何だ? 動けない!」 これであいつは追って来れない。蝋の拘束はそう長持ちする... 「見事です。あなたが味方で良かった」 バイナリィと共に、最後の風使いと相対する。 「ところで、あの敵を何とかする方法は考えていますか?」 「いや。悪いが出たとこ勝負だ」 カートリッジを詰め替え、即座に刃を二振り作り出す。さて... 「では、私に任せてもらえませんか」 答えも待たずにバイナリィは飛び出していった。風使いの方... 「何するつもりだ?」 勝算あってのことだろうが、バイナリィは近接戦闘が得意な... 勝負は、すれ違いざまの一瞬、クロスカウンターで決着がつ... 「べぐっ!」 無様に声を上げ、崩れ落ちたのはバイナリィの方だ。その顔... 「えっ?」 その場で静止していた。 「う、ううう……痛いですね。これは痛い」 ゆっくりと身を起こすバイナリィ。さっき俺たちを吹き飛ば... 「おい。どういうことだ?」 そばに駆け寄り体を起こす。こんな無茶をやらかす奴だとは... 「敵の能力の発動条件は、拳が伸びきることだった。だから、... 言いながらも、バイナリィはそそくさと敵の正面から離れ、... 「行きますよ。そろそろ能力が切れる」 背後で風が作り出されるのが分かる。敵はすぐに振り向き、... 俺は右手の剣を傘に変え、左の剣を液化してばら撒いた。次... 所定の位置に到達した瞬間、俺たちは跳んだ。離散化能力で... 「待て――」 聴覚が消え、敵の声が途絶える。そして 「うわ」 次に視界が開けた時に、俺は暗闇の中に放り出されていた。 「どうなってんだよ、これ」 離散化しているため、これ以上落下することはない。だが、... 下に見える床まで、ざっと五十メートルはあるように見える。 「どんな設計してやがる。この高さ、流石に能力者でもまとも... 「ええ。ですから――」 離散化が解かれ、体がまっすぐに落下を始める。体が自由に... 「スーパーボール? 何使うんだ?」 「こうするんですよ」 カラフルな手のひらサイズの球体。いくつかあるそれを、バ... そして、再びの離散化。 「何だ?」 消えていく感覚の中で、何かが自分を打ち付けるのが感じら... 「痛ってえ!」 感覚が戻ってくると同時に痛みが襲ってきた。 「まあ、こればっかりは仕方ありませんね」 「こうやって減速するのか?」 「離散化した状態でも運動量は保存されます。外部から力を受... つまり、下から跳ね返ってくるスーパーボールに何度も体を... 「ぐっ!」 それでも、着地の衝撃は馬鹿にならない物だった。したたか... 「これ、帰りはどうすんだよ」 「スーパーボールを離散化して空中に止め、階段に変えます」 「なるほど……」 それができるなら、ボールで階段を作って降りるって手はな... 「ここは、外部からのメンテナンス通路を通らなければ到達で... 目の前には目的のマザーコンピューターがあった。正直、た... 「処理にかかる時間は、一分程度。時間は十分です」 「なんでもいい。早く始めてくれ」 バイナリィがコンピュータへ向かう。眺めていると、その腕... 「では始めます」 さっさと終わってくれるといいが。この部屋へ通じる唯一の... * 「爆発は、ラストワンへの攻撃によるものだ。俺たちが行って... アサルトの判断は冷静だった。 「だが、それだけじゃないぞ。クラックからの報告によると、... 「早くいかないと」 「ああ。地下はストック達が向かった。俺たちは屋根の方だ」 位置情報は既に把握しているのだろう。アサルトの足に迷い... 崩れたコンクリートから露出する中の鉄骨は、無惨にも断ち... 「クッキーの生地をかたぬきでくり抜いたみたいだ」 「ああ。それに、この切断面。奴の仕業だな」 赤茶けた鉄骨。正体は錆だ。まるでここだけ十年ほど野ざら... 「奴?」 「ああ、言っただろう? リサーチャーズには金属を錆びさせ... 「それじゃあ、銃は通じない?」 「いや、効果を発揮するまでに時間がかかる。飛んできた銃弾... そう言うと、アサルトは空いた穴に飛び降りた。 「追うぞ。ついてこい」 「了解」 着地したフロアには、また別の地点に同じような穴が空けら... 「いたぞ!」 そうして、二階層ほど潜ったその時、ようやく敵の姿を捉え... 発見と同時に放たれた弾丸は、しかし、落下する敵の頭部を... 「⁉」 突然、足が何かに引っかかった。何かが突き出したわけでは... 「しまった!」 右のくるぶしから先が、床に飲み込まれてしまっている。 「あの野郎!」 当然予想してしかるべきだった。敵の能力。金属を錆びさせ... 「俺たちが来ることを読んで、あらかじめ穴の手前を脆くして... 歯噛みするアサルトの手の中で、握られた銃が朽ちていく。... 「うわっ!」 なんとか出られないものかともがいてみたが、もう片方の足... 「畜生!」 アサルトが崩れていく銃の引き金を引くが、銃弾は明後日の... 「クソッ。俺はストックと違って弾道を計算する能力が無い。... そこで、アサルトの言葉が止まる。どうしたんだろう。顔色... 「熱っ! なんだこりゃ⁉ めちゃくちゃ熱いぞ!」 肉の焦げるような臭い。膝まで埋まったアサルトの足から、... 「えっ!」 熱による攻撃? 能力の特性上、僕は熱のダメージを受ける... 「鉄は酸化すると発熱する。まさか、奴はここまで計算して?」 単に銃を使えなくするだけじゃない。奴は僕らを殺すために... 「くっ、これは結構まずい!」 脂汗を流してアサルトが呻く。何とかしないと。 「おい。何考えてる? まさか床ごと吹っ飛ばすつもりか?」 ... 右手に作った火球を見てアサルトが声を荒げる。 「大丈夫。掴まれ」 左手を差し出す。怪訝な表情をしていたが、他に打つ手はな... 「おい、何するつもりだ」 穴に火球を投げ込めば、下のフロアにいる敵を攻撃すること... 「この火球は、あくまで動くために使う」 できるはずだ。火球を真下に向ける。能力を部分的に解除。... 「うわぁあああ!」 予想以上の勢いだ。さながら水圧ロケットのように、僕らは... そのまま、無理やりに方向を変え、床に開かれた穴へと入る... 「おい待て、追うな」 アサルトが引き留める。錆びついた銃は完全におしゃかにな... 「また、床にはまるぞ」 「もう大丈夫。空を飛ぶ感覚は掴めてきた」 「馬鹿いうな。さっさと火の球を投げて爆発させてしまえばい... 「……それだと――」 生死が確認できない? いや、そんな言葉でアサルトを説き... 「あ、おい待て!」 制止を振り切り、空中へ飛び出す。跳躍から着地する寸前に... 「あっ!」 しまった。認識が甘かった。穴の上に到達して初めてわかる... ワッフルのように床から切り落とされた鉄骨。錆びて風化した... 「罠だった――」 方向転換? いや、間に合わない。エネルギーを失い急速に... 死を悟ったその時、アドレナリンの作用で鈍化した時間の中... 「これは――」 ピンの抜けた手榴弾。アサルトが投げつけたのだろう。この... 爆発の力を能力で抑え込み、タイミングを合わせる。追加の... 案の定、着地した途端床は崩れた。二重三重のトラップ。敵... いや、かすった……? 何か嫌な予感がする。恐る恐る左のガ... 最悪だ。見事な穴。零れ落ちた水が足元を濡らす。こちらを... 「おい! 無事か!」 上からアサルトの声が聞こえる。 「大丈夫。ありがとう」 敵の能力の特性上、もう彼の力を借りることはできない。こ... 「そうだ」 ロケットの力で、床から抜け出す。それは確定だ。だが、や... 「くらえ!」 僕は壊れたガントレットを外し、思い切り敵に投げつけた。 当然、敵は避けようとする。得体のしれない物体。そして僕... ガントレットが空中で弾け、中の水が辺りにばら撒かれる。... 「よし!」 右の手の平に火球を作り、ロケットにして床から抜ける。片... 「なんだと⁉」 敵が初めて人間らしい言葉を発した。飛び出したことに驚い... 「何故だ? 何故、正しいルートが分かる?」 正しいルート。思った通りだ。論理的に考えを積み立てるこ... けど、その能力は、即効性のあるものじゃない。 「く、来るな!」 敵は走って逃げるが、相変らずその足取りはぎこちない。そ... 右の手の平に火球を作る。迷いはない。行くべき道は示され... 「ま、まさかさっきの……さっきの水が!」 はっとした様子でこちらを振り返る。ようやく気づいたよう... 「足跡を浮かび上がらせる」 敵の歩いた後を歩けば、決して罠にはかからない。そして、... 「今だ!」 右の手の平のロケットを点火。爆発の勢いを乗せた体当たり... * 「うわぁあ!」 ふいに扉が開き、解析にいそしんでいた部下のハッカーが跳... 「戦いは遠くでと思っていたが」 現れたのはラストワン。ナイフや弾痕、そして火傷と、満身... 「ジャックナイフさん。敵がここまで」 「心配するな」 返答は肉声で返ってきた。ラストワンの背後から、ゆらりと... 「ぐっ」 軽く背中を押されただけで、ラストワンは地に伏した。それ... 「人間は血液の三十パーセント失うと失血死する。それは能力... 倒れたラストワンは、もはや何の力も使えないのか、近づい... 「とはいえ、こっちも無傷じゃない。ボマー――仲間が一人やら... 表情は変わらないが、声音から決して平常心ではないことが... 「頭部は無事だ。戦闘データの回収。いつも通りやれ」 「了解」 彼の背後に待機していた部下、ナイフエッジは、押し殺した... 「あれがあいつの墓標だ。いつも通り、な」 全てが終わったのか、その声には感傷がにじんでいる。なか... 「あの、ジャックナイフさん?」 「なんだ?」 「何故、止めを刺さないのですか?」 そう、まだラストワンには息がある。何か仕掛けてくる様子... 「刺さないんじゃない、刺せないんだ」 「どういうことですか?」 ジャックナイフは忌々しげに倒れた敵を睨みつけた。 「今ここでこいつを殺すと、こいつのデータを引き継いだクロ... 「クローン?」 「ラストワンは無数にいるんだ。自己複製で自分と全く同じ存... 「しかし……では何故、この敵は一人で現れたんですか? 大勢... 「我が強すぎるからだ。二人以上同時に現れた場合、ラストワ... そう言うと、ジャックナイフは通信機を口元に当てた、部下... 「クラックを呼んだ。こいつのどこかにある通信機を使って、... 既に何度も煮え湯を飲まされているのだろう。ジャックナイ... 「あれ?」 作業に戻っていたハッカーが声を上げる。 「どうした?」 「わかりません。急に画面がブラックアウトして――」 かたんという金属音。何か軽くて小さいものが、アクセスポ... 「こいつ!」 外れた部品はラストワンの手元へ飛んでいく。メモリだ。解... 「まずい!」 ジャックナイフが手を伸ばすが、一歩遅かった。ラストワン... 「この野郎!」 端末のウィンドウが展開し、メモリの情報を視覚的に書きだ... 「あん?」 しかし、同時にウィンドウを覗いていたジャックナイフは、... 無表情なラストワンだが、大きく見開かれた目は明らかに驚... 「どうなってんだこれは」 力なく降ろされた腕が、ウィンドウの情報明らかにする。 「えっ?」 そこにはブラックスクリーンの他に、何も映っていなかった。 * 「終わりました」 「あ、ああ」 確かに、バイナリィの言う通り、作業は一分程度で終わった... 「どうしました? 早く退散しましょう」 「ああ。それは分かってる。だが」 「何ですか?」 「最後に出た文章、あれが信じられなくてな」 「見たんですか?」 「一瞬で通り過ぎたから、全部読めたわけじゃないが――」 「見たんですね」 「IMAGNASは存在しない。そう書いてあった」 肩をすくめるようなしぐさ。そこにどんな意図があるのか、... 「まずはここから出ることが先です。あと五十秒もしないうち... 「ああ」 「IMAGNASについては約束通り、仕事が終わったら説明します」... 言って、空中に向かってバイナリィはスーパーボールを投げ... 「行きますよ」 ご丁寧に、俺の分も用意してある。見よう見まねで飛び乗り... 天井を抜け、壁を抜け、施設から出て森に逃げる。追っ手の... 「終わりましたね」 ここまでくればもう安心だろう。辺りを木々に覆われた森で... 「少し、休みましょう。あなたも、真相を知りたがっているで... 「ああ。『IMAGNASは存在しない』これ、どういう意味だ?」 「それは、そのままの意味なんです」 バイナリィは語り始めた。 「IMAGNASと言う兵器について、知っていることは? 安価で、... 「だが、事実だ。実際IMAGNASはあらゆる国家や大規模犯罪組織... 「いいえ。そんなもの、彼らは持っていませんよ。持っている... なんだと? 「終末時計の針が進むのを感じ、我らが主、プレディクトは一... 「世界平和のための発明が、兵器だっていうのか?」 「人が争いを起こすのは、戦闘によって得られるメリットが、... 「抑止力ってわけか。世界中どこを攻撃しても、別の誰かから... 「ええ。全員の認識として、究極兵器IMAGNASがあれば、決して... 「なるほど。開発の理念は分かった。だが結 局IMAGNASとはなんだ? 存在しないとしたら、俺たちの知って... 「IMAGNASが過去に使われた記録、ありますか?」 バイナリィの返答は、予想だにしない物だった。 「えっ?」 「記録です。IMAGNASが使われたという記録」 「いや、えっと……」 ない。恐ろしい威力を持った兵器だということは知っている... 「ありませんよね」 「あ、ああ」 なんだ? これはどういうことだ? 「これが、答えです。IMAGNASの正体。一度も使われたことが無... まさか、そういうことか? 「そう。IMAGNASの正体は、催眠兵器なのです」 「催眠、兵器……」 記憶の祖語、説明不可の違和感。その一言で、全て合点がい... 「我らが主プレディクトは、打ち上げられる衛星に、一つの装... 「その装置でIMAGNASを作ったのか。俺たちの心の中に」 知らず知らずのうちに、頭の中を作り変えられているという... 「ええ」 「世界平和が目的なら、全員同じ思想に染めてしまえばよかっ... 「それでは、針の進みを止めることはできません。全員が同じ... バイナリィは続ける。 「その結果、副産物として、超能力が生まれました。繰り返し... 「それならIMAGNASも同じじゃないのか? 世界中の人間がIMAG... しかし、バイナリィは首を横に振った。 「いいえ。我らが主はそこまで予測していました。予測(プレデ... 「何?」 「そういう暗示です。論理では完璧に騙せる。IMAGNASを使わな... まさか、ここまでとんでもない頭の持ち主だったとは。そん... 「まあ結局、主の目的はそれだけにとどまらなかった。生産や... 「助けに行かなくていいのか? プレディクトが拷問でもされ... 「大丈夫です。催眠兵器の対象は、地球全土の人類すべて。我... さらに、バイナリィは続けた。 「それに、仮にこの秘密を話したとしても、そう簡単には崩れ... 「百? 一体どんな方法を使ったんだ?」 「簡単ですよ。『衛星を打ち上げるときは、催眠装置をつける... 「じゃあ、なんで、今回はわざわざデータを取り戻したんだ?」 「この盤石な守りを崩せる敵が二人いるからです。彼らにデー... 「二人? 一体誰だ?」 「ラストワン。そしてΣH2」 ラストワン――超能力に特化した犯罪者だ。そして、ΣH2は、最... 「ラストワンは、絶対にこの情報を知りたがると思っていまし... 暗示を無効化。よく考えるとこれはおかしな話しだ。超能力... 「そして、ΣH2。ロボットである彼に暗示は効きません。あのAI... 「なるほど。全部納得した」 俺たちなら、話してもさほど害は与えられない。何より、情... 「一応、戻ったらレジスターさんにも今の説明を繰り返させて... 「ああ。頼む」 この答えで彼女は納得するだろうか。いや、構うものか。も... * 「やあ。急な仕事、大変だったね」 「エースさん!」 ビデオレターの列は、自分で最後。でもまさか、このタイミ... 「戦闘データは?」 「提出しました」 「それは良かった」 まぶしい笑顔だ。彼の掲げる正義と同じく、そこにはどこに... 「あ、ひょっとして、緊張しているのかな。君はビデオレター... 「え、えっと、はい」 まただ。気の利いた一言も言えない自分が嫌になる。 「初めてだし緊張するのは当たり前だ。そう取り繕うこともな... 「えっ?」 「両親への手紙だよ。特に父親に送る時が一番緊張したな。と... そうだ。今更気づくなんて、間抜けとしか言いようがない。... 「ノブレスオブリージュ。恵まれた者はそれ相応の振る舞いを... 過去を懐かしむ彼の顔は、ちょっとだけ、僕らに近いような... 「自分の話ばっかりして悪かったね」 「いえ、そんなこと……」 「でも、両親に送るメッセージってのはとても大事なものだ。... 遠く離れて暮らしている両親。いつか僕も、二人を守れる存... 「次、フレイムスロアー」 名前が呼ばれた。 「それじゃあ、これからもがんばってね」 去っていくヘリングエースに礼をしてから、僕はビデオレタ... #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) 終了行: #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) **第3章 IMAGNAS [#i2bd3a59] 機密情報局ラプラス。かつて世界に争いに満ちていたころに... ネットワーク上に流れる情報をくみ取り、真偽や重要性など... 「主任。見てください」 若きハッカーに呼ばれ、主任――パトリック・ロウアーは席を... 「どうした?」 「真偽は分かりませんが……その、こんなものを拾いました」 ファイル名――IMAGNAS 出所は不明。特殊な暗号で構成されて... 「これは――!」 この暗号。見覚えがあった。かつて自分と共に働いていた人... 「回収して独立のメモリに保存しろ。ネットワークにつながっ... 「え?」 「いいから早くやれ。これは本物だ」 さすがにいきなり言われたら面食らうだろう。だが、彼は優... 「一体何なんですか? これ?」 「私にもわからない。だが、これはIMAGNASを作った人間の手で... 「まさか――」 察してくれたようだ。彼の話はラプラスの中では半ば伝説と... 「だとすると、これは一体なんです?」 「わからん。解析してみなければな。だが、そのためには――」 ... この施設ではダメだ。ネットワークに繋がっていない演算機... 「サイバーテロ対策でここから二十キロ東に独立したコンピュ... 「わかりました――⁉」 その時だ。突如甲高い音が施設内にこだまする。地震や水流... 「侵入者! 侵入者!」 アラート共にディスプレイに監視カメラの映像が映る。 「能力者か……!」 「まさか、このファイルを奪いに?」 ありえない話ではない。テレパスか、あるいは千里眼のよう... 「ヒーローに連絡だ」 「もうやっています」 緊急通信で信号を送る。かつて軍人だった彼とは付き合いも... 「至急、出動を――」 若きハッカーの声はあの電ノコのような音にかき消された。... 「さて、ここですね」 年は十五を越えたくらいか。声自体は落ち着いているが、そ... 「なるほど、銃を用意していましたか」 机の影に身を隠した職員を視界に入れることもなく、その能... 机の陰で銃を取り出した職員たちは、物蔭から緊張した面持... 「この部屋まで到達したということは、奴、表にあったセント... ヒーローへの連絡を終えたハッカーが問いかけてきた。 「相手は能力者だ。何かトリックを使ったのかもしれん。電子... とはいえ、パトリック自身もそれが何の慰めにもならないこ... 「全部で二十、ですか、なるほど」 能力者がそう告げた途端、職員は一斉に銃撃を開始した。 「コゥアー!」 奇声を上げて、能力者は真横へ跳んだ。柱の間、左右には壁... 「静止していただきましょう」 だが、敵は何らうろたえることなく、袖口から何かを取り出... 「くっ!」 再び例の音が聞こえた。さっきよりも強烈だ。耳を塞がなけ... その強烈な音響攻撃が終わったその時、敵が無傷で柱の隙間... 「やれやれ、ヒーローに連絡をされましたか。これは厄介です... 足元に散らばった銃弾をまたぎ、能力者は頭を振りながらつ... 能力者はその姿を一瞥することもなく、手近の机にあったボ... 「おや、急所を外してしまいましたか」 声は平静だが、多少苛立っているようだ。貧乏ゆすりが激し... 「連絡したのは――」 跳躍。およそ人間では考えられないジャンプ力により、能力... 「あなただ」 何故わかった――そんな疑問を口にする間もなく、能力者の腕... 「そして、あなたが持っている。そうでしょう? 出してくだ... 「何の話だ?」 「コゥアー!」 奇声と共にその体が大きく痙攣し、能力者の顔が歪む。 「データですよ。あなたメモリに移し替えましたよね。出して... 視界の外で狙いをつけた人間にまたもボールペンを投擲し、... 胸倉をつかむ右手とは反対側、震える左手で懐に手を伸ばし... 「はむっ、早く、だ、はむっ出してください」 その物体を貪り食いながら、揺れる瞳孔でこちらをねめつけ... クソッ。どうにかならないのか。下で震える若きハッカーに... 「ひょっとして、そちらの方ですか?」 左右に揺れていた瞳が止まる。まずい。能力者はすでに板チ... * 「ええと、何を話そうかな。こういうのは初めてだし、あんま... これじゃ、ダメだ。もう少し短くまとめないと。 「やあ、元気にしてる? 僕は――」 「何してるんだ?」 「わあ!」 びっくりした。誰も部屋には入ってこないと思ったのに。 「レインメーカー…… なんでここに?」 「いや、外を通ったらなんかぶつぶつ聞こえて来たから。お前... 確かに、部屋は二人で共有だ。そういう意味ではプライバシ... 「ビデオレターの、練習を」 「ああそうか。そろそろだったな」 エースアカデミーは定期的に家族のもとに送るビデオレター... 「まあ、そんな緊張するなよ。お前はどうも考えすぎる癖があ... ビデオレターは郵送で届けられる。もちろん巧妙に偽装され... 「でも、使える時間は限られてます。十分しかない。伝えたい... 「いっぺんに全部喋らなくてもいいんじゃないか? ビデオレ... 「そうですけど……」 「なんだ?」 「いや、なんでもないです」 こんなこと、話したってしょうがない。 「おいおい、水臭いこと言うなよ」 レインメーカーが微笑みかける。 「家族のことか?」 「はい」 こういうこと言うのは、ちょっと女々しいというか、情けな... 「僕は、一人っ子なんです。両親と一緒に、郊外の一軒屋に住... 「そうか……さびしいんだな」 やっぱりこの人にはかなわない 「はい。一回に送れるメッセージは十分きり、それに一方通行... 「俺と同じだな」 「えっ?」 同じ? レインメーカーにもこんな時期があったのだろうか。 「俺の父親も教師だった。俺も最初はこんな風に悩んでたんだ... しみじみと自分に言い聞かせるように、そう言うと、レイン... 「訓練があるから、もう行くよ」 「あの、止めたりはしないんですか?」 「止める? 何をだ?」 「いえ、その、この練習とか」 何を言ってるんだろう。夜、能力の練習をしていた時のよう... 「いや。止めたりはしないさ。これについては、じっくり悩ん... そう言って、レインメーカーは部屋かれ出て行った。 * 侵入者の指が襟首を捉えるかと思ったその瞬間。 「くたばれェ!」 突如窓ガラスが破られ、鉛弾ともに人影がなだれ込んできた... 「ぐぁっ!」 首にかかった手が離れ、パトリックは床に尻もちをついた。... 「ジャックナイフさん!」 「待たせた」 二丁拳銃の後に続き、悠然と室内に入り込んでくる大柄な人... 「いたぁい……とても痛いですね……」 銃弾を受けたのだろう。身を隠した机の影から敵能力者のう... 「ヒーローのお出ましですか。これは勝ち目がないですね。そ... 腕を抑えて立ち上がる能力者。二丁拳銃が火を噴くが、弾が... なおも続く銃撃。二丁拳銃を撃っているのもまた能力者なの... 「ああ……」 再び銃弾を受けて、敵は無様に転倒した。懐から零れ落ちた... 「逃がすか!」 二丁拳銃の彼が、射線を確保するために追いかける。床にこ... 「ぐぉおお⁉」 追跡を行っていた彼が、突如足を抑えて叫びだす。 「どうした!」 他に敵が来ないか否かのクリアリングを行っていたジャック... 「わかりません。何か鋭利な刃物で足を切られました」 「刃物だと」 当然、そこにあるのは粉末だけだ。ジャックナイフは舌打ち... 「これだから超能力は……!」 ジャックナイフはその信条により超能力を使わない。彼の子... 「あの、参考になるかわかりませんが……」 若きハッカーがおずおずと問いかける。 「なんだ」 「あの能力者、目視することなく我々の銃撃を予測しました。... 「それはない」 ハッカーの案を、ジャックナイフはバッサリと切り捨てた。 「奴はリサーチャーズ――ラストワン子飼いの能力者だ。ラスト... となると、別のやり方で攻撃を察知したことになるな。考え... 「あの、アイツが……」 「わかっている」 彼は動こうともしない。敵が壁に開いた穴に足をかけようと... 「あっ!」 ふいに影が動いた。いや、影ではない。人だ。いつの間に移... しかし…… 「躱した、だと?」 ジャックナイフの表情は暗い。完全に不意をついたかに思え... 「まただ。さっきもこんな風に、敵は不意打ちを躱していまし... 「ナイフエッジの技量があれば、まず人間の五感で気づかれる... 考え込むジャックナイフ。そんな彼を見て若きハッカーは泣... 「そういうこと言っている場合ですか? 逃げられてしまいま... 「その心配はない」 その言葉を裏付けるように、シャッターの向こうで爆発音が... 「えっ?」 「ボマー――仲間の一人だが、彼があらかじめ仕掛けておいた。... インカムからの報告を受けているのだろう、ジャックナイフ... 「それじゃあ、いったい何のために、ナイフの彼は攻撃を行っ... 「念のためだ。それに、ナイフエッジの攻撃が外れたとしたら... そう言いつつ、ジャックナイフはシャッターの切断面に手を... 「特徴的な断面だな。これは刃物による切断ではない。何かを... ある程度検分を終えると、ジャックナイフは振り返った。 ... 「何故敵が襲ってきたのか心当たりはあるか?」 「恐らくは、このデータだと思います」 情報素子を手渡す。 「ネット上でこのデータを発見しました。サルベージ後にデー... 「何のデータだ?」 「IMAGNAS」 「それを入手したのは?」 「五分ほど前です」 「なるほど……」 しばらく考え込んだ後に、ジャックナイフは告げた。 「とりあえず。身を隠せる場所が必要だろう。子飼いがやられ... 「一応は……」 サイバーテロ対策でサーバーから独立した演算機を置いてあ... 「あの能力者がそのデータを狙ったのは間違いない。とすると... 荷物をまとめている間にも、ジャックナイフは考え込んでい... 「音……か?」 床にまかれた粉末。仲間の足を切り裂いたそれを撫でると、... 「音。そうだ、音だ。恐らく敵は音を司る能力を持っている」 「音?」 「発動条件は分からないが、物を振動させる能力を持っている... 「敵がこちらに気づいたのは?」 「逆もまた然り、と言う奴だ。物体を振動させるだけでなく、... 「ですが、それだと我々がデータを入手したことに気づくこと... 「あらかじめ服や社員証を鳴子にされていたんだろう。職員の... 情報はすべて筒抜けだった訳か。パトリックはふがいなさを... 「準備はできたか。行くぞ」 ヒーローに連れられヘリへ乗り込む。ジャックナイフはどこ... 「能力者が相手だ。詳しい奴の助けがいる」 通話を終えたジャックナイフが言った。 「アカデミーズに連絡を取った。異論はないな」 ヘリング・エースの子飼い。協力者としてはこれ以上ないほ... アンチェインドでなくてよかったと、パトリックはほっと胸... * 「最近仕事無いね」 頭の中に響く声。その主は、頭のすぐ隣にいる。 「前回のダメージがひどかったからな。療養のために休暇をも... やることもなくソファに寝転がる午後。ずっとこうだと退屈... 「このままずっと、何の仕事もなきゃいいのにね」 「そういうわけにはいかないさ。立ち行かなくなっちまう」 「こんな組織無くても私は行けていけるよ。心が読めればいろ... 「そう甘いもんじゃない」 賭博に手を出せばイカサマとして、ギャングや他の能力者集... あえて声には出さなかったが、テレパスの彼女なら言わんと... 「そうだよね。じゃあ、組織を乗っ取るってのは? 私がボス... その軽薄な物言いに、ふいに怒りが湧いてくる。相手は年下... 「あ……ごめん」 心を読まれたのだろう。言いたいことを先に察され、怒りは... 「この組織を維持するために、レジスターも苦労してるんだ。... 市場や金の流れを読み、コントロールする能力。超自然の力... 「私とじゃ、やりづらいよね」 答えの出ている問いだ。そもそも質問の出所が、答えそのも... 「他人の言葉はどれくらいわかるんだ。その、つまり、考えて... 「全部。言葉にならないことも含めて」 言葉にならないことも、か。 「人間は考える時に、全部が全部言葉で考えているわけじゃな... 「言葉の理解が早かったのもそのせいか?」 「うん」 他人の言葉を頭に入れると同時に、それに付随するイメージ... 「なるほど……いや待てよ?」 それだと、まずいんじゃないか? うちははぐれ物の能力者... 「よっしゃああ! 報告終わりっ! 今からあの女をハメるっ... ――こんな風な。 「おい。アイアンロッド、あまり騒ぐな」 部屋に乗り込んできたアイアンロッドをロックが後ろから引... 「いいじゃねーか別に。仕事終わった、し……」 目があった。意気揚々と得物である金属製の棒を振り回して... 「ひょっとして、お邪魔だった?」 「いや、そう言うわけじゃない。ただ……」 横目でちらっとヘッドセットをうかがう。俺の心中を読み取... 「なんでもない」 別に今更どうこう言ったってしょうがないだろう。そう自分... 「あ、そうそう。玄関に誰か来てたぜ?」 「何? 誰だ?」 「いや、知らない。うちに用事があるって言ってたけど、怪し... 別組織の人間? 何か取引を持ちかけに来たのだろうか。ヒ... 「連絡を頼む。俺は様子を見に行くよ。ちょうど退屈していた... 相手の素性は分からないが、こちらにはテレパスがいる。念... 「どうも。ストレイドッグの方ですね。私はバイナリィと言い... 出迎えたのは白衣の男だ。歳は自分より少し上、十八かそこ... メガネはしていないが、学者のような雰囲気だ。こんな掃き... 「そうか。俺はエリック。後ろのこいつはヘッドセットだ」 「今日はあなた方にお願いがあってきました」 やはり、何かの取引か? それにしても、こんな相手は初め... 「正式な取引だというのなら、ボスに話を通してもらおう」 「もちろんそのつもりです。既に連絡されているでしょう」 アイアンロッドの声がかすかに聞こえる。ヘッドセットは相... 「そこで待ってるのもアレだからな。入りな。話は聞いてやる」 「ありがとうございます」 正直見知らぬ人間を中に招き入れるのはどうかと思ったが、... 「悪いけど、紅茶やコーヒーなんて洒落たものは出せないぜ。... 「いえいえ。お心遣いありがとうございます」 やりづらい相手だ。俺は無言で、レジスターからの返答を待... 「話は聞いた」 返答は電話口からではなく、玄関から届けられた。外面向け... 「あれが、うちのボス。ストレイドッグのリーダー、レジスタ... 「どうも。レジスターさん。イクエイションの能力者、バイナ... イクエイション。どこの子飼いだ? 歳と身なりからなんと... 「イクエイション? プレディクトの子飼いの?」 レジスターは知っているようだ。怪訝な顔をしていたが、す... 「つまり、行き場を無くして、私達ストレイドッグに入りたい... どうやら、こいつらのボスはヒーローに逮捕されるか、殺さ... 「いいえ。違います」 しかしバイナリィはレジスターの話をばっさり切り捨てた。 「将来的にはそれも必要になるかもしれませんが、私の話はも... 「仕事の依頼、ということか?」 俺たちの仕事相手は、基本人間で構成されたギャングだ。人... 「能力者が能力者に依頼か。初めてのケースだ」 そこだ。一体何を頼むつもりなのか、皆目見当もつかない。... 「仕事の内容。それと、報酬について聞かせてもらおう」 舐められたら終わりだ。レジスターはその点をわきまえてい... 「あるものを盗み返していただきたいのです。正確には、ある... 「データだと? うちにはハッキングができる能力者はいない... これはハッタリだ。恐らく、相手がどれだけこちらの手の内... 「ハッキングに関しては、問題ありません。私が行います。ポ... 「護衛……どこに侵入するつもり?」 バイナリィは、無言で図面を差し出した。 「ネットワークから独立した演算基地です。それゆえに物理ア... 「ヒーロー……? 奴らとことを構えるのは御免よ。私は慎重派... 「あくまで潜入です。うまくいけば表沙汰にはならない」 「敵は?」 「ジャックナイフと、彼の子飼い、ネオソルジャーズです。ア... 「精鋭ぞろいね。悪いけど、この話は……」 「IMAGNAS」 会話を切り上げようとしたレジスターに割って入り、バイナ... 「それが、何?」 「今回の報酬です」 「そんなもの、ちょっと金を積めば簡単に手に入る」 「いえ、渡すのは兵器そのものではありません。IMAGNASの秘密... 「弱点⁉」 IMAGNASは完全な兵器のはず。欠点は存在しないはずだ。 「何故そんなものを? あなたが?」 「簡単な話です。アレを作ったのは我が主。プレディクト様で... そこからバイナリィは流れるように語り始めた。 「IMAGNASを開発したプレディクト様は、その致命的な欠点も認... にわかには、信じがたい話だ。だが、真偽はすぐにわかる。 「嘘は言っていない」 ヘッドセットの声が頭に響き渡る。レジスターは考え込んで... 「サルベージしたものの、解析には時間がかかります。しかし... 「わからない点が、一つ」 レジスターはもう声を取り繕っていない。虚勢ではなく、真... 「なんでしょう」 「何故、サルベージした人間がデータを得ることはよしとしな... 沈黙。何か考えがあるのか? ヘッドセットに目を向けるが... 「それは」 バイナリィが口を開いた。 「それは、彼らが政府側の人間であり、あなた方、犯罪者、反... 「どういうこと?」 「我らが主、プレディクトは、『世界を平和にするために』IMA... 平和のため、だと? 正気でそんな真似ができる人間がいる... 「その方法が正しいか否かの判断はあなた方に任せます」 ヘッドセットはやはり首を横に振り続けている。つまり、事... 「政府や力のあるものにこの情報が渡れば、再び争いが生まれ... 「私達がその情報売り払ったり、悪用しないという保証はどこ... 「それは――あなた達を信じるほかありません。我々は戦闘が苦... その殊勝な態度に反して、ヘッドセットは怪訝な表情をして... 「嘘を言っているのか?」 心の中で問いかける。返事はノーだった。 「違う。嘘は言っていない。でもこの人、絶対の自信がある。... まるで分らない。結論は全てレジスターにゆだねられた。 「この件に派遣できる人間は一人が限界。それで構わないとい... 「ありがとうございます」 どうやら、取引は成立したようだ。 「それじゃあ、エリック。あなたに任せるわ」 「なっ……」 俺が? そんな……。このリスクの高い任務を? ショックだ... 「よろしくお願いします」 差し出されたバイナリィの手を、曖昧な感情のまま握る。ヘ... * 「フレイムスロアー レインメーカー サイクロン。緊急要請... ちょうど、前の撮影が終わり、いよいよ自分のビデオレター... 「な、なんだよぉ」 文句を言いつつも内心ほっとしている自分がある。先延ばし... 召集に答えるべくアカデミーの校舎を抜け、ビークルの格納... 「おっ、来たな」 レインメーカーが手を振った。向かいに座るサイクロンは、... 「よし、そろったな」 教官が、社内のスクリーンを起動させた。プロジェクターに... 「今回は、ジャックナイフから要請を受けた。急を要する話だ... 「ジャックナイフというと、あの軍人の?」 「そうだ」 元傭兵のヒーロー。超能力に頼らず筋力と銃火器、戦闘技能... 「施設がある犯罪者に狙われているため、応援が必要だという... 「その施設の場所は……」 「詳しくは、あちらとの通信を聞いてもらおう」 教官がスイッチを入れると、スクリーンに映像が映った。 「よし、通信状態は良好だな……アカデミーズの皆さん。俺はク... 映っている人物は一人、迷彩服に身を包んだ、自分より三つ... 「こちらの現在地は。B4-I9……外界からネットワーク的に閉ざさ... 「情報処理と言うのは?」 「三十分前に、『ラプラス』で、ある情報がサルベージされた... 「なるほど。それで、我々は具体的に何を?」 「処理が終わるまでの間の警備と、恐らく襲ってくるであろう... 「襲ってくるであろう……つまり、仮想的が大体定まっていると... 鋭い。流石はレインメーカーだ。細かい所を見逃さない。 「その通り。敵はラストワン。そして奴の部下のリサーチャー... 「ラストワン⁉ まさか、彼本人がやってくるんですか?」 ただの能力者ならいざ知れず、ヒーローと互角にやりあうよ... 「ああ。このミッションの危険度はかなり高い。君たちが相手... ラストワン。地球上最後の一人となるべく、使える超能力を... 「ラストワン本人が直接出向く。その情報、相当価値があるも... 腕組みをしたままサイクロンが呟いた。 「一つ聞いておきたい。何故アカデミーズなんだ?」 レインメーカーの疑問も最もだ。協力を要請できるヒーロー... 「ΣH2とその子飼いが防衛には最適だろう。だが、電磁波を操り... ΣH2 とある科学者が開発したと言われているマシンの体を持... 「バンブーフォレストの連中とは、連絡がつかなかった」 バンブーフォレスト、マスターリオ率いる忍者ヒーロー。こ... 「そして、アンチェインドの連中に防衛は任せられない。理由... 「なるほど。了解した」 そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。 「ダムみたいだ」 そびえ立つ灰色の壁。コンクリートを積み重ねたその建物は... * 「クソッ、まさか俺が選ばれるなんて……」 大人数で行けば、大々的にストレイドッグが関わっていると... 「浮かない顔ですね」 そんなこちらの事情を知ってか知らずか、バイナリィは平坦... 森を歩くその足並みに、乱れたところは一切ない。インテリ... 「別に……コートを着てくるのはちょっと早かったかなって思っ... 冷えるだろうと思って持ってきたが、思っていた以上に暑い... 「まあリスクが高いミッションだと言いましたが、私の能力さ... 「能力? そういえば、何ができるかまだ聞いてなかったな」 プレディクトの子飼い……数学に関係する能力を使うと聞いた... 「すぐにわかります。そろそろですね」 木々を抜けると、不意に灰色の壁が現れた。これが、目標と... 「おい。どうするんだ? ただの壁だぞ? 隠し通路があるの... 「そんなもの必要ありませんよ。私の能力をもってすれば」 「壁を通り抜けるのか?」 「その通り。合図したら壁に向かって跳んでください」 跳ぶ? ジャンプしろということか? バイナリィは俺の腕... 「一……二の……三!」 わけが分からないが、俺はバイナリィの言う通り、跳んだ。... 「えっ?」 体が動かない。視界が暗転し、まるで何も見えなくなる。一... 「うわっ⁉」 ふいに光が戻ってくる。蛍光灯の明かりに照らされた廊下。... 「静かに。既にこの施設には見張りがついています」 唇に人差し指を当てる、この上なくわかりやすいジェスチャ... 「今のは? お前何をした?」 「離散化能力。それが私の能力の正体です」 離散化? 何の事だかさっぱりわからない。 「ゼノンのパラドックスの一つ、飛んでいる矢は止まっている... 「悪いな。学がないんだ。さっぱりわからん」 「では、アニメーションの原理はご存知ですか?」 「パラパラ漫画のことを言っているなら、イエスと答えられる... 「その認識で間違っていません」 バイナリィは胸ポケットに入っていたペンを――このミッショ... 「アニメーションは、連続した静止画です。現実の運動は連続... 取り出した鉛筆を掲げると、バイナリィは手を離した。鉛筆... 「今この鉛筆は落下しています」 「どう見ても止まっているように見えるが」 「ええ。まだ『次の瞬間』が来ていないためです。連続した静... 言い終わった瞬間。鉛筆が消えた。今は地面から三十センチ... バイナリィが手を降ろすと、そのまま鉛筆は落体の法則に従... 「能力のことは分かった。けどよ、これと壁抜けにどういう関... 「エリックさんは、パラパラ漫画のコマとコマの間を想像した... 「いや。そんなこと考えたこともないな」 普通は目に見えるものじゃない。能力者の動体視力を使えば... 「コマとコマの間の時間は空白です。静止画はその空白を跳び... わかったようなわからないような。 「つまり、コマとコマの間の時間に起きるはずだったことは、... 「ええ。しかし、コマからコマへ移動するまでの時間、ずっと... 「つまり?」 「壁を跳び越えるまで、我々の像が前いた位置に残り続けてし... 「なるほど。だから護衛役が必要なのか。好き勝手に壁を透過... 「その通りです。さて、どうやらこの辺りには見張りはいない... 再びの壁抜けに備え、俺たちは助走のため後ろに下がった。 * 「IMAGNASに関するデータ、か」 基地に着くと、口頭での説明を受けた。曰く、解析している... 「それを狙ってくるラストワンっていうのはどんな犯罪者なん... 能力の相性を考慮されたため、僕はレインメーカーと同じ警... 「ラストワンは、最後まで生き残ること、に重きを置いた犯罪... 横に立つネオソルジャーズの能力者、アサルトが言った。そ... 「奴の目的は、人類が滅びるような天変地異、最終戦争に陥っ... 自分と歳は変わらないように見えるのに、アサルトの声はとて... 「超能力で生き残る?」 そんなことが可能なのだろうか。 「そもそも人ひとりが使える超能力は限られているはずでは?... あれ、どうしたんだろう。アサルトは怪訝な顔でこちらを見... 「お前、一体何を言ってるんだ?」 「いや、超能力は一人ひとつだから、IMAGNASの情報を知ったと... 「今更何を――」 何かを言いかけて、しかしアサルトは口をつぐんだ。 「そうか、お前らアカデミーズだったな」 「えっ?」 その声には微塵も悪意などなかった。どちらかと言えば、優... そう以上語ることなく、アサルトは口を閉ざしてしまった。 「それってどういう――?」 「無駄口叩くな。敵が来る」 質問は、レインメーカーに阻まれた。窓から窓の外を指す。... 「あの黒いジャージ。間違いない、ラストワンの子飼いだ」 横からアサルトも覗きこむ。流石能力者と言ったところだろ... 「あっ!」 途中、敵は二手に分かれた片方はまっすぐこちらへ、もう片... 「これじゃ対応できない」 「焦るな。東側はサイクロンたちがいる。それよりもまずは、... 気づかれていることを知ってか知らず可、敵は身を隠そうと... 「今ならこっちに気づいていないかも」 不意打ちだ。手の平に火球を作り出す。ドアを開いて外付け... 「おい、何してる?」 こちらの様子に気づいたアサルトが、ドアを開けて追ってき... 「三!」 能力解除。膜が破れ、熱エネルギーが放出されるのが分かる... 爆風はジャージ姿の人影を吹き飛ばし、木の幹に叩きつけた。 「やった!」 「やったじゃない! よく見ろ!」 アサルトに胸倉をつかまれ、無理やり非常用通路の柵から体... 「あ……」 吹き飛ばされた敵は奇妙に体を痙攣させると、姿勢を直して... 「どういうつもりだ? お前、手加減しただろう」 「手加減?」 「あの威力――お前の能力なら、奴の体をバラバラにすることな... こちらを認識した敵は、再び走り出した。より俊敏に、より... 「クソッ!」 徐々に距離を詰めてくる敵に対してアサルトは銃撃を行うが... 「とうとう出たか」 体から粉が噴き上がったかと思うと、敵はその前面に、茶色... 「野郎!」 弾倉を取り換えてなおも射撃を行うアサルト。だが、敵は躱... 「おい。大丈夫なのか?」 奥の様子をうかがっていたレインメーカーが戻ってきた。 「一階だ。一階の裏搬入通路。敵は恐らくそこから攻めてくる... 銃声に負けないよう声を張り上げるアサルト。頷くと、レイ... 「弾切れだ」 空になった弾倉を手荒く引き抜くと、アサルトは振り返った。 「いいか。こうなったのはお前の責任だ。よく理解しろよアマ... 「仕留めきれなかったことは謝る。加減をしたのは事実だ。で... 「とことん甘い連中だな。アカデミーズってのは。救いようが... アサルトは扉に手をかけると、息をゆっくり吐きだした。 「確保第一なんてのは表向けの方便、ただの犯罪者を相手にす... 「彼らも犯罪者だ。法の裁きを受けさせるべきだろう?」 「馬鹿いうな。俺たちの仕事は犯罪から人を守ることだ。犯罪... 「――どういうことだ?」 「留置所にぶち込む。ムショで刑期を全うさせる。そんなこと... 「えっ?」 ドアを開いて中に入ると、アサルトはあきれたように鼻で笑... 「なんだ知らないのか。リサーチャーズの連中は、超能力の威... 「そんなの、人間の扱いじゃない……」 「当たり前だろう。実験動物と同じさ。あいつらも……」 そこで、何かを思い出したかのようにアサルトは口をつぐん... 「まあいい。行くぞ」 強引に言葉をつなぎ、アサルトはそのまま階段へと走って行... 「そんな……」 いくら犯罪者と言えど、仲間は大切にするものだと思ってい... 「制圧――殺すしかない相手もいるのか」 だとすると、やることは一つだ。ヒーローを目指す以上、戦... 「行かなきゃ」 失敗を取り返すためにも、僕は二人を追って一階に向かった。 階段を駆け下り、灰色の壁に挟まれた前時代的デザインの廊... 敵が侵入してきたであろう通路で、アサルトとレインメーカ... 「厄介な相手だ」 通路の先から向かってくるのは、黒いジャージに身を包んだ... 「止まれ。うかつに近づくのはまずい」 レインメーカーが手で制止した。 「見えるか、奴を取り巻く茶色の粉。ここまで臭いが飛んでく... 敵が腕を交差させるたびに、そこから茶色の粉が噴き出して... 「臭いで大体わかると思うが、これは結構きつい毒物だ。うか... 硫黄のような臭い。火山灰のようなものだろうか。天変地異... 「そして」 銃口を敵に向け、トリガーを引く。一瞬早く対応した敵が前... 「さっき俺の銃撃を防いだのはこの能力だ。何をやっているの... 敵はゆっくりと歩いてきていた。さっきまでの俊敏さとは違... 「おい。お前の能力を試してみろ。今度は、殺す気でな」 言われなくともやってやる。ひとまず疑問を頭の隅に追いや... 「えいっ!」 ほぼゼロ距離。張られた茶色の壁に触れるか触れないかのあ... 「ちっ!」 変わらず敵が立っていた。 「効いていない」 爆風の影響を受けることもなかったのだろう。髪型に目立っ... 「間違いなく今のは加減なしの一撃だ。それは分かる。しかし... 銃撃を続けるアサルトだが、茶色の壁はまるで破れる様子が... 「燃焼で化合物の組成が変わっても、障壁の効果は維持され続... そんな敵の様子を眺めてレインメーカーが呟いた。 「何だ? 何か言いたいことがあるのか?」 「いや、少し考えていたんだ。敵の能力、その正体について」 ゴーグルの奥で目を細める。彼は既に、何か掴んでいるよう... 「何か分かったのか?」 「ああ。恐らくあいつの能力は、『人体に有害な物質』をせき... 「『有害な物質』……あの粉のことか?」 「そう。あいつの足元を見ると分かる」 確かに。敵がこちらに歩みを進めるたびに、まるで見えない... 「敵の目的は毒殺だろう。周りに毒をまき散らす中、自分だけ... そうか。 「あいつ、あのガントレットに毒の元を入れているんだ。それ... 「化学反応で有害になった瞬間、能力による選別に引っかかっ... 感心したようにアサルトが呟く。 「当然、化学反応に使える物質には限りがある。外で能力を使... 「けど、奴の目的は屋内。外におびき出すことはできない。こ... レインメーカーが補足した。確かにその通りだ。これだけの... 「でも結局。あいつに攻撃が通用しないことには変わりないん... 「そう簡単にあきらめるな。戦いは、論理の積み重ねだ。能力... レインメーカーのゴーグルは、まっすぐ敵を見据えている。... 「何か、策があるのか?」 「今はまだ。だけど、わかったことがある」 「何だ?」 「一つ。奴の能力だと銃弾は防げない」 「馬鹿いうな。現に防がれてるじゃねえか」 「あれは能力を応用しているだけだ。その証拠に、銃撃に対し... 「……なるほど。しかし、あいつどんな原理で盾を作ってるんだ... ひょっとしたら。分かったかもしれない。 「静電気だ……」 「静電気?」 「微粒子は帯電しやすい。テレビの裏に埃がたまるのと同じ理... それだと、手をかざすような動きにも説明がつく。 「それだ。その調子だぞ、フレイムスロアー。見えてきたな」 悠長に話している間にも、敵は距離を詰めてくる。だが、ま... 「話をまとめると、あいつは服や人間、さらには銃弾を防げな... 「あの粉を吸い込まなきゃ、の話だがな」 「上のフロアを崩して下敷きにするってのはどうですか?」 「銃弾と同じように天井も弾くだろう。奴の能力は力じゃない... レインメーカーは能力を使い始めた。周囲の水分が一か所に... 「多方向から同時に攻撃しよう。俺とフレイムスロアーが後ろ... 「あの粉はどうすんだ? 吸い込んだらまずいだろう」 「俺はマスクがあるから多少は大丈夫。それに、さっさと片を... 「了解」 アサルトが銃を構えると同時に、僕らは敵に向かって走り出... 茶色の壁に阻まれる銃弾が敵の足元に転がって行くのが見え... 有毒物質の効果を信用しているのか、敵が何らかの妨害を用... 手の平で火球を作り、振り向きざまに放り投げる。火球の原... 「何っ!」 正面からの銃撃を防ぎつつ、敵は新たに壁を展開しこの攻撃... 「クソッ、らちが明かない」 その後何度か攻撃を試してみたが、一向に敵の隙を突くこと... 「そろそろ、毒が危険になってくる」 何か、策が必要だ。この状況を破る策が。 「やはりな。あいつ、目視で状況を確認している。ならば……」 ふいに、レインメーカーが呟く。そして 「うわっ!」 浮かんでいた水球が、急速にしぼんでいく。それに伴って、... 「能力を、解除したんだ」 レインメーカーの能力は飽和水蒸気量の操作。能力を解除す... 「これで、どこから攻撃するかわからない」 だけど、それはこちらも同じだ。レインメーカーの位置が分... そうして成り行きを見守っていると 「あっ……」 レインメーカーの姿が見えた。そして、敵の姿も。 「クソッ! まさか、ここまで考えていたとは」 両者の間に、茶色の壁は存在しない。にも関わらず、レイン... 「これだけ長時間近くにいたんだ。当然予想すべきだった」 レインメーカーが再び水を集め始めたのか、霧が晴れてきた... 「こいつ、有害物質が服に付着するのを待っていたんだ!」 接近を繰り返せば、当然散乱する有害物質の中を何度も通る... 「ぐっ、ああああ!」 レインメーカーの押し付けられた壁に、ヒビが走って行く。... 「……あれ?」 いや違う。チョコレートを口へと運ぶ、その手首。ふわふわ... 「あぶぇえばばばぁ!」 余裕の表情でチョコレートをほおばっていた敵が、何の前触... 「間に合ったか」 マスクの端から血を流しながら、レインメーカーは着地した... 「あれは、一体?」 「お前のおかげだよ。フレイムスロアー」 「僕の、おかげ?」 「奴が静電気で微粒子を集めているってのを思い出してね。感... あの推測は無駄じゃなかった。それを思うとなんだか救われ... 「おい。無事か」 アサルトがこちらにやってきた。 「どうだろうな。さっきのでだいぶ肋骨にダメージがある。あ... 「無理はするなよ。ヤバイなら奥で待機していてくれ。足手ま... アサルトは倒れた敵に目をやった。 「こいつ。まだ息があるな」 無造作にその手が銃身を掴み、敵の頭に狙いをつける。これで... 「やめろ」 トリガーが引かれる寸前、思わず伸びた右手が、銃身を掴ん... 「おい。何をする」 あれだけの発砲。銃身は恐らく相当の熱を持っているのだろう... 「やっぱり、殺すなんてダメだ」 「馬鹿いうな。仲間が殺されかけたのを見ただろうが」 「でも、僕らは生きている。彼にも、その権利はあるはずだ」 「お前、さっき説明したことをもう忘れたのか? こいつらぶ... 「ラストワンを逮捕すれば、チョコレートの供給ができるはず... 「全部仮定の話じゃねえか。いいか! こいつは敵なんだよ!」 敵だから、ただそれだけで納得できるはずがない。そんな理... 「彼らはもともと、僕らと同じだったはずだ。ラストワンに目... 遠くで、爆発音が聞こえた。既に別の地点で戦闘が始まって... 「時間の無駄だ。好きにしろ」 アサルトは銃を降ろした。 「レインメーカー。大したものだよ。アカデミーズを呼んで正... 横目で僕を睨みつけながら、アサルトはレインメーカーに言... 「だが、アンタの傷は軽いものじゃない。悪いけど、このぶっ... 横柄な物言い。だが、レインメーカーは素直に従った。 「ああ。わかった」 立ち上がり、倒れた敵に肩を貸した後、こちらを一瞥。 「チャーリー」 「はい」 「論理的に考えを積み立てること。忘れるなよ。勝機はそこか... まだ何か言いたそうにしていたが、結局それ以上口を開くこ... * 「今の爆発は?」 データ解析はまだ半ばだ。まだ終わりそうな時間ではない。... 「ボマーの仕掛けた爆弾だ。とうとうやっこさんが現れたって... 通信機の先から、ジャックナイフの声が聞こえる。データ解... 「あれが、ラストワン……」 ライム色の肩まで伸ばした長髪に、苦労や挫折を知らないま... 現れたのは施設中央。まさしく正面突破するためのルートだ... 「そこから動くなよ。何とかここで食い止める」 ジャックナイフの姿が監視カメラに映った。マズルフラッシ... 「その。大丈夫ですか? 効いていないように見えますが」 「奴が同時に使える能力の数には限りがある。枠の一つを潰す... 通信機は音声だけをクリアに切り取って伝える。銃撃を続け... そして、両者の交差する一瞬。その動きは早すぎて目で追え... 「これは?」 そう思ったのもつかの間、振り上げたナイフの刀身が水平方... 「あのナイフ。どうなっているんだ?」 即座に抜き取ったナイフには、先ほど飛んで行ったものより... 「中に象牙のナイフを仕込んでたんだ。あの能力は特性上、金... 「じゃあ、もう勝ったってことですか?」 「いや、奴には再生能力がある。完全に回復するわけではない... 再びジャックナイフへと掌を向けるラストワン。衝撃波をジ... 「……こいつは初めてだな」 即座にナイフで拘束を切り払おうとするが、ラストワンは次... 「よくやった、スナイプ」 ラストワンは、頭部に衝撃を受けたかのように後ろに吹き飛... 「やったか? いや、浅いな」 敵との距離を保ちながら、再び武器を構えるジャックナイフ。 「銃撃は効かないはずでは?」 「勝負を焦ったんだ。射撃防御を解除して、別の能力で俺を仕... むくりと、ラストワンがその身を起こす。頭部に銃撃を受け... 「一瞬早く射線から逃げていたな。かすっただけか」 ジャックナイフは距離を保つよう敵の接近に合わせてじりじ... 案の定、ラストワンは特攻を選択した。人間を越える筋力を... 爆発。火炎と粉塵で、カメラの視界が塞がれる。地雷か何か... 粉塵がはれ、監視カメラの視界が戻る。ラストワンは無傷。... だが、ラストワンは気づいていない。自身の背後に立つ気配... 「やった!」 象牙のナイフが心臓部から飛び出し、ラストワンの口から血... 「やりましたね。ジャックナイフさん」 宙をかいていたラストワンの手が、体から突き出す刀身に触... 「いや……違う。ナイフエッジ! 今すぐ離れろ!」 「えっ?」 即座に離れようとするナイフエッジだが、ナイフが抜けない... こうした推測を巡らせている間にもラストワンは攻撃の準備... 「なんて奴だ」 ナイフエッジの手から血が噴き出す。振動能力。あの時の能... そして、自身の体に突き立てたナイフを振動させたというの... いずれにせよ、パトリックはラストワンが、一筋縄ではいか... * 「さて、ここまでは順調だが」 三度目の壁抜けにより、ずいぶん奥まで到達したように思え... 「これは、どういうだ?」 先へ進むべく廊下の角を曲がると、そこには予期していなか... 「リサーチャーズ。ラストワンの子飼いですね。我々より先に... 「つまり、ここには見張りがいる、ってことだな」 廊下の曲がり角に戻り、そこから顔を覗かせる。戦闘によっ... 「気を付けない、と……」 ちょうど自分と同じように、角から様子をうかがう奴が一人... 「まずい……」 顔をひっこめた瞬間、鼻先を銃弾がかすめた。クソッ。敵は... 「敵か!」 「どこだ? どっちにいる?」 廊下の奥から新たに上がる声が二つ。 「最悪のパターンですね」 「みたいだな」 さて、どうする? 角に隠れている以上銃弾は当たらないだ... 逃げるとなると、背後からの攻撃を防ぐ盾が必要だ。サーベ... 「なあ。バイナリィ、一つ考えがあるんだ。角を曲がってこな... 頬をかすめる弾丸。まるで俺のミスをあざ笑うかのように、... 「すまん、忘れてくれ」 跳弾。偶然などではない。二度、三度と反射を繰り返し、的... 「マジかよ」 次いで放たれる弾丸を、蝋の傘で防御する。二発、三発。数... 「このままではまずいですね。着弾頻度から計算するに、敵は... 「じゃあどうすんだよ!」 「こちらも近づくほかありません」 「マジか⁉」 制止する間もなく、バイナリィは角から飛び出していった。... 「なるほど……考えたな」 銃撃はあくまで正面からのみ。問題は、傘の強度だけだ。そ... ――敵が普通の相手だったならば。 「ん? なんだ?」 直進の最中、不意に弾丸の残す音に異常が混じり始める。傘... 「嘘だろ⁉」 跳弾。壁や天井を使った複雑怪奇な軌道により、敵はこちら... 「まずいぞ……」 盾の生成は間に合わない。このままじゃ、後ろから来る銃弾... 「任せてください」 しかし、この局面にあってもバイナリィは冷静だった。背中... 「弾丸を離散化しました。そのまま動かないでください」 まるで時間でも止められたかかのように、空中に留まる弾丸... 「離散化により、『我々に当たるという過程』を跳び越えさせ... 能力解除。俺たちに飛来した時と変わらぬスピードで、弾丸... 「ぐっ!」 弾丸が命中したのは、例の特徴的な通信機をつけた能力者だ... 「このまま押し切るぞ!」 「ええ」 接近に対して警戒したのか、跳弾を放つ能力者も後退を始め... 盾を左手に握り直し、右手のサーベルを振るって刃を作り出... 「ふん!」 対する敵の攻撃は、実にシンプル。右ストレート。まっすぐ... 「……も、もらったぁ!」 接近戦の実力は、こちらの方が上らしい。このまま直接右の... 「でっ⁉」 なんだ? 一体、何が起こった? 足が地面から離れたのが... 「くっ!」 隣で同じように飛ばされたバイナリィと共に、背後にあった... 「どういう能力だ?」 「風を起こす力のようですね。拳を突きだすことが発動条件に... じっくり検分したいところではあるが、のんきに喋っている... 「クソッ。このままじゃらちが明かないぞ」 左のサーベルに蝋のカートリッジを詰め直す。残念ながら、... 「こちらに近づいてきているようです」 弾丸の打ち込まれる間隔で測っているのか、バイナリィが呟... 「敵も焦っているんだろうな」 あるいは、さっきの攻撃で確信したか。こちらに飛び道具が... 「あいつ、体のあちこちに弾倉をつけてやがった。二丁拳銃の... 「一端奥へ下がりましょう」 何か手はないのか? 何か、足止めする方法は? このまま... 「待てよ」 追ってくる? 「バイナリィ、一つ考えがあるんだ」 「何でしょう」 先を進むバイナリィが振り返る。 「お前の能力で、斜めにこの壁を抜けることはできるか?」 「ええ。可能です。これ以上奥へ進まなければの話ですが」 「よし」 一度来た廊下を戻り、サーベルを液化し、道の途中にぶちま... 「敵は後どれくらいで角を曲がってくる?」 「あと、およそ五秒」 十分だ。傘を、敵が出て来るであろう曲がり角の方向へ向け... 「跳ぶぞ」 「わかりました」 多くを語らずとも伝わったようだ。バイナリィの元へ戻り、... 「今だ!」 跳躍した瞬間と、敵が角から姿を現したのはほぼ同時だった。 視界が暗転し、あらゆる感覚が置き去りにされる。傘を支え... 「よし」 さっき吹き飛ばされた廊下が目の前に現れる。能力が解除さ... 「どこ行った?」 さっき俺たち二人がいた地点、廊下の曲がり角の先から二丁... 「こっちだ! こいつらテレポートしてきたぞ」 正面に立つ風使いが、状況を伝える。このままでは、挟み撃... 「今だ」 曲がり角の先から響く水音を聞き逃すことは無かった。能力... 「何だ? 動けない!」 これであいつは追って来れない。蝋の拘束はそう長持ちする... 「見事です。あなたが味方で良かった」 バイナリィと共に、最後の風使いと相対する。 「ところで、あの敵を何とかする方法は考えていますか?」 「いや。悪いが出たとこ勝負だ」 カートリッジを詰め替え、即座に刃を二振り作り出す。さて... 「では、私に任せてもらえませんか」 答えも待たずにバイナリィは飛び出していった。風使いの方... 「何するつもりだ?」 勝算あってのことだろうが、バイナリィは近接戦闘が得意な... 勝負は、すれ違いざまの一瞬、クロスカウンターで決着がつ... 「べぐっ!」 無様に声を上げ、崩れ落ちたのはバイナリィの方だ。その顔... 「えっ?」 その場で静止していた。 「う、ううう……痛いですね。これは痛い」 ゆっくりと身を起こすバイナリィ。さっき俺たちを吹き飛ば... 「おい。どういうことだ?」 そばに駆け寄り体を起こす。こんな無茶をやらかす奴だとは... 「敵の能力の発動条件は、拳が伸びきることだった。だから、... 言いながらも、バイナリィはそそくさと敵の正面から離れ、... 「行きますよ。そろそろ能力が切れる」 背後で風が作り出されるのが分かる。敵はすぐに振り向き、... 俺は右手の剣を傘に変え、左の剣を液化してばら撒いた。次... 所定の位置に到達した瞬間、俺たちは跳んだ。離散化能力で... 「待て――」 聴覚が消え、敵の声が途絶える。そして 「うわ」 次に視界が開けた時に、俺は暗闇の中に放り出されていた。 「どうなってんだよ、これ」 離散化しているため、これ以上落下することはない。だが、... 下に見える床まで、ざっと五十メートルはあるように見える。 「どんな設計してやがる。この高さ、流石に能力者でもまとも... 「ええ。ですから――」 離散化が解かれ、体がまっすぐに落下を始める。体が自由に... 「スーパーボール? 何使うんだ?」 「こうするんですよ」 カラフルな手のひらサイズの球体。いくつかあるそれを、バ... そして、再びの離散化。 「何だ?」 消えていく感覚の中で、何かが自分を打ち付けるのが感じら... 「痛ってえ!」 感覚が戻ってくると同時に痛みが襲ってきた。 「まあ、こればっかりは仕方ありませんね」 「こうやって減速するのか?」 「離散化した状態でも運動量は保存されます。外部から力を受... つまり、下から跳ね返ってくるスーパーボールに何度も体を... 「ぐっ!」 それでも、着地の衝撃は馬鹿にならない物だった。したたか... 「これ、帰りはどうすんだよ」 「スーパーボールを離散化して空中に止め、階段に変えます」 「なるほど……」 それができるなら、ボールで階段を作って降りるって手はな... 「ここは、外部からのメンテナンス通路を通らなければ到達で... 目の前には目的のマザーコンピューターがあった。正直、た... 「処理にかかる時間は、一分程度。時間は十分です」 「なんでもいい。早く始めてくれ」 バイナリィがコンピュータへ向かう。眺めていると、その腕... 「では始めます」 さっさと終わってくれるといいが。この部屋へ通じる唯一の... * 「爆発は、ラストワンへの攻撃によるものだ。俺たちが行って... アサルトの判断は冷静だった。 「だが、それだけじゃないぞ。クラックからの報告によると、... 「早くいかないと」 「ああ。地下はストック達が向かった。俺たちは屋根の方だ」 位置情報は既に把握しているのだろう。アサルトの足に迷い... 崩れたコンクリートから露出する中の鉄骨は、無惨にも断ち... 「クッキーの生地をかたぬきでくり抜いたみたいだ」 「ああ。それに、この切断面。奴の仕業だな」 赤茶けた鉄骨。正体は錆だ。まるでここだけ十年ほど野ざら... 「奴?」 「ああ、言っただろう? リサーチャーズには金属を錆びさせ... 「それじゃあ、銃は通じない?」 「いや、効果を発揮するまでに時間がかかる。飛んできた銃弾... そう言うと、アサルトは空いた穴に飛び降りた。 「追うぞ。ついてこい」 「了解」 着地したフロアには、また別の地点に同じような穴が空けら... 「いたぞ!」 そうして、二階層ほど潜ったその時、ようやく敵の姿を捉え... 発見と同時に放たれた弾丸は、しかし、落下する敵の頭部を... 「⁉」 突然、足が何かに引っかかった。何かが突き出したわけでは... 「しまった!」 右のくるぶしから先が、床に飲み込まれてしまっている。 「あの野郎!」 当然予想してしかるべきだった。敵の能力。金属を錆びさせ... 「俺たちが来ることを読んで、あらかじめ穴の手前を脆くして... 歯噛みするアサルトの手の中で、握られた銃が朽ちていく。... 「うわっ!」 なんとか出られないものかともがいてみたが、もう片方の足... 「畜生!」 アサルトが崩れていく銃の引き金を引くが、銃弾は明後日の... 「クソッ。俺はストックと違って弾道を計算する能力が無い。... そこで、アサルトの言葉が止まる。どうしたんだろう。顔色... 「熱っ! なんだこりゃ⁉ めちゃくちゃ熱いぞ!」 肉の焦げるような臭い。膝まで埋まったアサルトの足から、... 「えっ!」 熱による攻撃? 能力の特性上、僕は熱のダメージを受ける... 「鉄は酸化すると発熱する。まさか、奴はここまで計算して?」 単に銃を使えなくするだけじゃない。奴は僕らを殺すために... 「くっ、これは結構まずい!」 脂汗を流してアサルトが呻く。何とかしないと。 「おい。何考えてる? まさか床ごと吹っ飛ばすつもりか?」 ... 右手に作った火球を見てアサルトが声を荒げる。 「大丈夫。掴まれ」 左手を差し出す。怪訝な表情をしていたが、他に打つ手はな... 「おい、何するつもりだ」 穴に火球を投げ込めば、下のフロアにいる敵を攻撃すること... 「この火球は、あくまで動くために使う」 できるはずだ。火球を真下に向ける。能力を部分的に解除。... 「うわぁあああ!」 予想以上の勢いだ。さながら水圧ロケットのように、僕らは... そのまま、無理やりに方向を変え、床に開かれた穴へと入る... 「おい待て、追うな」 アサルトが引き留める。錆びついた銃は完全におしゃかにな... 「また、床にはまるぞ」 「もう大丈夫。空を飛ぶ感覚は掴めてきた」 「馬鹿いうな。さっさと火の球を投げて爆発させてしまえばい... 「……それだと――」 生死が確認できない? いや、そんな言葉でアサルトを説き... 「あ、おい待て!」 制止を振り切り、空中へ飛び出す。跳躍から着地する寸前に... 「あっ!」 しまった。認識が甘かった。穴の上に到達して初めてわかる... ワッフルのように床から切り落とされた鉄骨。錆びて風化した... 「罠だった――」 方向転換? いや、間に合わない。エネルギーを失い急速に... 死を悟ったその時、アドレナリンの作用で鈍化した時間の中... 「これは――」 ピンの抜けた手榴弾。アサルトが投げつけたのだろう。この... 爆発の力を能力で抑え込み、タイミングを合わせる。追加の... 案の定、着地した途端床は崩れた。二重三重のトラップ。敵... いや、かすった……? 何か嫌な予感がする。恐る恐る左のガ... 最悪だ。見事な穴。零れ落ちた水が足元を濡らす。こちらを... 「おい! 無事か!」 上からアサルトの声が聞こえる。 「大丈夫。ありがとう」 敵の能力の特性上、もう彼の力を借りることはできない。こ... 「そうだ」 ロケットの力で、床から抜け出す。それは確定だ。だが、や... 「くらえ!」 僕は壊れたガントレットを外し、思い切り敵に投げつけた。 当然、敵は避けようとする。得体のしれない物体。そして僕... ガントレットが空中で弾け、中の水が辺りにばら撒かれる。... 「よし!」 右の手の平に火球を作り、ロケットにして床から抜ける。片... 「なんだと⁉」 敵が初めて人間らしい言葉を発した。飛び出したことに驚い... 「何故だ? 何故、正しいルートが分かる?」 正しいルート。思った通りだ。論理的に考えを積み立てるこ... けど、その能力は、即効性のあるものじゃない。 「く、来るな!」 敵は走って逃げるが、相変らずその足取りはぎこちない。そ... 右の手の平に火球を作る。迷いはない。行くべき道は示され... 「ま、まさかさっきの……さっきの水が!」 はっとした様子でこちらを振り返る。ようやく気づいたよう... 「足跡を浮かび上がらせる」 敵の歩いた後を歩けば、決して罠にはかからない。そして、... 「今だ!」 右の手の平のロケットを点火。爆発の勢いを乗せた体当たり... * 「うわぁあ!」 ふいに扉が開き、解析にいそしんでいた部下のハッカーが跳... 「戦いは遠くでと思っていたが」 現れたのはラストワン。ナイフや弾痕、そして火傷と、満身... 「ジャックナイフさん。敵がここまで」 「心配するな」 返答は肉声で返ってきた。ラストワンの背後から、ゆらりと... 「ぐっ」 軽く背中を押されただけで、ラストワンは地に伏した。それ... 「人間は血液の三十パーセント失うと失血死する。それは能力... 倒れたラストワンは、もはや何の力も使えないのか、近づい... 「とはいえ、こっちも無傷じゃない。ボマー――仲間が一人やら... 表情は変わらないが、声音から決して平常心ではないことが... 「頭部は無事だ。戦闘データの回収。いつも通りやれ」 「了解」 彼の背後に待機していた部下、ナイフエッジは、押し殺した... 「あれがあいつの墓標だ。いつも通り、な」 全てが終わったのか、その声には感傷がにじんでいる。なか... 「あの、ジャックナイフさん?」 「なんだ?」 「何故、止めを刺さないのですか?」 そう、まだラストワンには息がある。何か仕掛けてくる様子... 「刺さないんじゃない、刺せないんだ」 「どういうことですか?」 ジャックナイフは忌々しげに倒れた敵を睨みつけた。 「今ここでこいつを殺すと、こいつのデータを引き継いだクロ... 「クローン?」 「ラストワンは無数にいるんだ。自己複製で自分と全く同じ存... 「しかし……では何故、この敵は一人で現れたんですか? 大勢... 「我が強すぎるからだ。二人以上同時に現れた場合、ラストワ... そう言うと、ジャックナイフは通信機を口元に当てた、部下... 「クラックを呼んだ。こいつのどこかにある通信機を使って、... 既に何度も煮え湯を飲まされているのだろう。ジャックナイ... 「あれ?」 作業に戻っていたハッカーが声を上げる。 「どうした?」 「わかりません。急に画面がブラックアウトして――」 かたんという金属音。何か軽くて小さいものが、アクセスポ... 「こいつ!」 外れた部品はラストワンの手元へ飛んでいく。メモリだ。解... 「まずい!」 ジャックナイフが手を伸ばすが、一歩遅かった。ラストワン... 「この野郎!」 端末のウィンドウが展開し、メモリの情報を視覚的に書きだ... 「あん?」 しかし、同時にウィンドウを覗いていたジャックナイフは、... 無表情なラストワンだが、大きく見開かれた目は明らかに驚... 「どうなってんだこれは」 力なく降ろされた腕が、ウィンドウの情報明らかにする。 「えっ?」 そこにはブラックスクリーンの他に、何も映っていなかった。 * 「終わりました」 「あ、ああ」 確かに、バイナリィの言う通り、作業は一分程度で終わった... 「どうしました? 早く退散しましょう」 「ああ。それは分かってる。だが」 「何ですか?」 「最後に出た文章、あれが信じられなくてな」 「見たんですか?」 「一瞬で通り過ぎたから、全部読めたわけじゃないが――」 「見たんですね」 「IMAGNASは存在しない。そう書いてあった」 肩をすくめるようなしぐさ。そこにどんな意図があるのか、... 「まずはここから出ることが先です。あと五十秒もしないうち... 「ああ」 「IMAGNASについては約束通り、仕事が終わったら説明します」... 言って、空中に向かってバイナリィはスーパーボールを投げ... 「行きますよ」 ご丁寧に、俺の分も用意してある。見よう見まねで飛び乗り... 天井を抜け、壁を抜け、施設から出て森に逃げる。追っ手の... 「終わりましたね」 ここまでくればもう安心だろう。辺りを木々に覆われた森で... 「少し、休みましょう。あなたも、真相を知りたがっているで... 「ああ。『IMAGNASは存在しない』これ、どういう意味だ?」 「それは、そのままの意味なんです」 バイナリィは語り始めた。 「IMAGNASと言う兵器について、知っていることは? 安価で、... 「だが、事実だ。実際IMAGNASはあらゆる国家や大規模犯罪組織... 「いいえ。そんなもの、彼らは持っていませんよ。持っている... なんだと? 「終末時計の針が進むのを感じ、我らが主、プレディクトは一... 「世界平和のための発明が、兵器だっていうのか?」 「人が争いを起こすのは、戦闘によって得られるメリットが、... 「抑止力ってわけか。世界中どこを攻撃しても、別の誰かから... 「ええ。全員の認識として、究極兵器IMAGNASがあれば、決して... 「なるほど。開発の理念は分かった。だが結 局IMAGNASとはなんだ? 存在しないとしたら、俺たちの知って... 「IMAGNASが過去に使われた記録、ありますか?」 バイナリィの返答は、予想だにしない物だった。 「えっ?」 「記録です。IMAGNASが使われたという記録」 「いや、えっと……」 ない。恐ろしい威力を持った兵器だということは知っている... 「ありませんよね」 「あ、ああ」 なんだ? これはどういうことだ? 「これが、答えです。IMAGNASの正体。一度も使われたことが無... まさか、そういうことか? 「そう。IMAGNASの正体は、催眠兵器なのです」 「催眠、兵器……」 記憶の祖語、説明不可の違和感。その一言で、全て合点がい... 「我らが主プレディクトは、打ち上げられる衛星に、一つの装... 「その装置でIMAGNASを作ったのか。俺たちの心の中に」 知らず知らずのうちに、頭の中を作り変えられているという... 「ええ」 「世界平和が目的なら、全員同じ思想に染めてしまえばよかっ... 「それでは、針の進みを止めることはできません。全員が同じ... バイナリィは続ける。 「その結果、副産物として、超能力が生まれました。繰り返し... 「それならIMAGNASも同じじゃないのか? 世界中の人間がIMAG... しかし、バイナリィは首を横に振った。 「いいえ。我らが主はそこまで予測していました。予測(プレデ... 「何?」 「そういう暗示です。論理では完璧に騙せる。IMAGNASを使わな... まさか、ここまでとんでもない頭の持ち主だったとは。そん... 「まあ結局、主の目的はそれだけにとどまらなかった。生産や... 「助けに行かなくていいのか? プレディクトが拷問でもされ... 「大丈夫です。催眠兵器の対象は、地球全土の人類すべて。我... さらに、バイナリィは続けた。 「それに、仮にこの秘密を話したとしても、そう簡単には崩れ... 「百? 一体どんな方法を使ったんだ?」 「簡単ですよ。『衛星を打ち上げるときは、催眠装置をつける... 「じゃあ、なんで、今回はわざわざデータを取り戻したんだ?」 「この盤石な守りを崩せる敵が二人いるからです。彼らにデー... 「二人? 一体誰だ?」 「ラストワン。そしてΣH2」 ラストワン――超能力に特化した犯罪者だ。そして、ΣH2は、最... 「ラストワンは、絶対にこの情報を知りたがると思っていまし... 暗示を無効化。よく考えるとこれはおかしな話しだ。超能力... 「そして、ΣH2。ロボットである彼に暗示は効きません。あのAI... 「なるほど。全部納得した」 俺たちなら、話してもさほど害は与えられない。何より、情... 「一応、戻ったらレジスターさんにも今の説明を繰り返させて... 「ああ。頼む」 この答えで彼女は納得するだろうか。いや、構うものか。も... * 「やあ。急な仕事、大変だったね」 「エースさん!」 ビデオレターの列は、自分で最後。でもまさか、このタイミ... 「戦闘データは?」 「提出しました」 「それは良かった」 まぶしい笑顔だ。彼の掲げる正義と同じく、そこにはどこに... 「あ、ひょっとして、緊張しているのかな。君はビデオレター... 「え、えっと、はい」 まただ。気の利いた一言も言えない自分が嫌になる。 「初めてだし緊張するのは当たり前だ。そう取り繕うこともな... 「えっ?」 「両親への手紙だよ。特に父親に送る時が一番緊張したな。と... そうだ。今更気づくなんて、間抜けとしか言いようがない。... 「ノブレスオブリージュ。恵まれた者はそれ相応の振る舞いを... 過去を懐かしむ彼の顔は、ちょっとだけ、僕らに近いような... 「自分の話ばっかりして悪かったね」 「いえ、そんなこと……」 「でも、両親に送るメッセージってのはとても大事なものだ。... 遠く離れて暮らしている両親。いつか僕も、二人を守れる存... 「次、フレイムスロアー」 名前が呼ばれた。 「それじゃあ、これからもがんばってね」 去っていくヘリングエースに礼をしてから、僕はビデオレタ... #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) ページ名: