開始行: [[活動/霧雨]] **自分の輝ける世界を [#s76c0b85] そう 光がほとんど入らない樹海。木々が光を遮り薄暗い。 ずっしりと生えている樹木に一人の女性がもたれかかってい... 海のような青色の長い髪の華奢な女性だ。身につけた藍色の... 「最悪……」 彼女は小さくつぶやき、服の袖で額の汗を拭う。 それにしてもここはどこなの? 森? 熱帯雨林って感じで... 「キィー!」 静かな森の中に奇声が響く。 来た! 彼女は周囲を見渡す。 頭上でカサカサと何かが動き回る音が響く。 今度こそ捕まったら終わる。彼女はつばを飲むことをこらえ... 呼吸音も出すな。 心臓だけがドクンドクンと音を鳴らす。 お願いだから止まって心臓! 彼女は左胸をギュッと押さえる。 カサ……。 音が鳴り止んだ。行ったのね。 彼女は緊張の糸が切れ、一息つく。 今のうちにここから離れないと。 彼女は歩き始め――。 「キィー!」 背後からの突然の声に、彼女の思考が白紙になる。 後ろを振り返ると、声の主が立っていた。彼女に対して体格... 「キキッ!」 猿は歯をむき出しにして、笑う。 「あ……」 彼女の表情が絶望に変わった。 猿の手が彼女に迫る。 どうしてこんなことになったのだろうか? ことは数時間前に遡る。 仕事帰りの夜のことだった。 人通りが少ない場所にある、高層マンション、そこに私の部... いつも通りサングラスと黒い帽子で顔を隠し、誰にも見つか... 「キィー!」 突然、後ろから奇声が響く。 ハッとなって振り返ろうとするが――。 「ん!?」 毛深い手に口を塞がれる。 「んー! んー!」 口を塞ぐ手を剥がそうとするがビクともしない。 この毛深さ。この腕の感じ。猿? どういうこと? ここは... もがいて振りほどこうとしたが、ほどけない。ゆっくりとド... 「んー! んー! んー!」 体がふわりと浮いた。 何が起きたのか分からず思考が止まる。ここは八階、体が浮... 死へのフリーフォールだ。 「んー!」 突然現れた謎の猿に口を塞がれ、訳も分からず地面へダイブ... こんなところで死にたくない! こんなところで……! 夜空に向かって手を伸ばす。 何かに引っかかるわけがない。 誰かが掴んでくれるわけがない。 手を伸ばしたところで助かるなんて、そんな夢物語のような... ガシッ! 誰か、否、何かが伸ばした私の手を掴む。 人の手ではなかった。暗くてよく見えなかったが、触った感... 「ぼくが君を護るよ」 子供のように柔らかい声が聞こえ、私の意識は途絶えた。 目を覚ますと、見知らぬ森にいた。 「キィー」 離れたところから猿の声が聞こえた。 逃げないと。 今、自分の身に何が起きたのか? ここはどこなのか? あ... 分からないことだらけだが、あの猿に捕まってはならないと... 逃げ続けたのはいいけど、見つかって、追い詰められている。 あぁ、こんなところで私の人生は終わるのね。 それなりに輝いたと思うけど、最期はあっけないのね。 「アターック!」 どこかで聞いた緩い声が響く。 突然横から飛んできた灰色の物体が猿を飛ばす。 助かった? 「大丈夫?」 灰色の物体が彼女に話しかける。灰色の物体の姿は、ペンギ... 「え、えぇ」 彼女は混乱しながらも頷く。 得体の知れない存在とはいえ、助けが来たお陰で、彼女は少... 「キィー!」 猿は立ち上がり叫ぶ。 彼女はハッと息を飲み、身構える。一瞬緩んだ表情に緊張が... 「大丈夫」 のほほんとした声が響く。 「君はボクが護るよー」 灰色のペンギンが力強く宣言する。 「うおー!」 ペンギンが猿に向かって身体を丸め、ボールのように突撃す... 「キィー!」 猿は片手でペンギンを受け止め、地面に叩きつける。 「わぁー!」 ペンギンはボールのように地面を跳ね、転がっていく。 猿は転がるペンギンに追撃を加えようとする。猿の爪がペン... 「消えなさい」 猿の眼球に黒いブーツが直撃する。 「キッキィー! イー!」 猿は想像できなかったのだ。まさか先ほどまで自分に怯えて... 目に蹴りを受けてしまった猿は顔を押さえながら地面をのた... 「あなた、立てる?」 女性はペンギンに言葉を投げかける。 「平気だよ-」 ペンギンは立ち上がるが、足がふらついている。 「逃げるわよ」 彼女はペンギンを抱え、後ろを振り返らずに走り出した。 「はぁ、はぁ」 草木の匂いはより濃くなった。随分、森の奥まで来てしまっ... 後ろを振り返っても猿はいない。声も聞こえない。とりあえ... そういえば、ニュースになってたわね。二ヶ月ぐらい前から... 「降ろすわよ」 彼女は静かに言い、ペンギンを地面にゆっくりと降ろした。 「ありがとう!」 「あなた何なの?」 彼女は質問を投げかける。ペンギンがしゃべっているなんて... 「ぼくはねー、君を守りに来たんだよー」 ペンギンの回答に彼女は困惑した。 嘘を言っているようには見えないけど、得体の知れない存在... ガサガサ。 前方からの物音に彼女たちは身構える。 先ほど逃げ切れたのは不意打ちがうまく決まったからだ。正... しかし、彼女たちの前に現れたのは猿ではなかった。 「あのー」 木の陰から現れたのは、小柄な少女だった。肩まで伸びてい... 「あなたも猿に連れ去られたの?」 彼女は現れた少女に問いかける。 「はい。あ、私、宇佐美桃(うさみもも)って言います」 少女はハキハキとした声で名乗る。 「そう」 「よろしくねー」 素っ気ない彼女と対照的にペンギンは手を差し出す。 「え、あ、君もこんにちはー」 宇佐美は一瞬戸惑いながらもペンギンの手を取る。 「もふもふしてる」 宇佐美の目が輝く。 そういえば、悪くない抱き心地だったわね。などと思い返し... 「あの、あなたってひょっとして――」 「すごい人なんだよ-」 桃の声にペンギンが被せる。 「え、じゃあ、やっぱりあなたはモデルの水輝渚(みずきなぎ... 桃は目を輝かせ、彼女に言い寄る。 「え、えぇ。そうよ」 やっぱりバレたか。まぁ隠すことでもないし。 「私、渚さんのファンなんです! ここからでれたらサインく... 「私、サインはしない主義なの」 渚は冷たくあしらう。 「そうですか……」 「あと、モデルは少し違うわね」 「あ、そうでしたね。すいません」 「私はスタァよ」 「え? お星様なの! スゴい!」 ペンギンが目を輝かせる。 「え、えぇそうよ」 渚は一瞬戸惑うが、まな板のような胸を張る。 「すごーい!」 ペンギンは目を輝かせながら、手を叩く。拍手をしているん... 「で、あなたは何者?」 「私はただのJDで」 「JD? え? 大学生なの? 中学生だと思ったわ」 「ヒドいです! 大学生ですよ! 身体小さいからよく間違え... 宇佐美は頬を膨らませて抗議する。 「そうなの」 「そうです!」 「すごーい!」 「話が逸れたわ。私が聞きたいのは、宇佐美さんじゃなくて、... 「ぼくのことー?」 ペンギンは首を傾げる。 「そうよ」 「知り合いじゃないんですか?」 「違うわよ。さっきそこで会ったばっかりよ」 みぎわの表情が一瞬曇る。 「そうなんですか」 「ぼくはみぎわっていうの。よろしくねー」 ペンギンは笑顔でのほほんとした声で自己紹介をする。 「みぎわ……」 「どうしたんですか?」 「いえ、何もないわ」 みぎわ……どこかで聞いた気がする。私のファンにいたかもし... 「じゃあ、出口を探しましょう」 「出口?」 宇佐美の発言に渚が口を挟む。 「あると思いますよ。渚さんも猿に連れ去られたんでしょ?」 「ええ」 「じゃあ、猿はどうやって私たちの世界に現れたんですか?」 「……なるほどね」 猿たちはこの世界から私たちの世界にやって来た。つまり、... 猿だけが世界を行き来できるという可能性もあるけれど。ま... 歩き始めてからどのくらいたっただろうか? まだ周りは緑一色。景色は変わらない。時間帯さえ分からな... 「私たち以外に人はいるのかしら」 渚が疑問を口にする。 「まだ見てないですね」 「まだってことは、他にも誰かいるのかしら」 宇佐美の表情に緊張が走る。 「人がいるなら会いたいなぁ。どんな人なんだろー」 みぎわのふんわりした発言が張り詰めた空気を壊した。 「会いたいね」 宇佐美はみぎわに微笑む。 聞きそびれた。 渚は小さく溜め息をつく。 あの猿は雑魚ではない。 今まで、渚はストーカー被害十三件、実際に襲われること七... その猿からただの女子大生が一時的にでも逃げきれるわけが... 宇佐美はあの猿について、この世界について、何かを知って... とは言っても、全部ただの憶測なのよね。 「キィー!」 再び聞こえた、悪魔の声が。 渚は思わず構える。 最初は急に掴まれて対処できなかった。得体が知れなかった... あの猿に私の攻撃は通用した。そう思うと体が動く。 掴まれてからじゃ遅い。チャンスは一瞬、掴まれる瞬間にカ... ザザッ! 頭上から音が聞こえる。向こうも隙をうかがっているのだろ... カサカサ――。 頭上の音が止んだ。聞こえるのは私たちのかすかな呼吸音の... シャッ! そこ! 背後に気配を感じ蹴りつける。手応えはあった。 渚の黒いブーツが猿の脇腹にめり込む。 「キィィアー!」 猿が痛みでわめくが、気にしない。そのまま勢いに任せて乗... 「コイツから出口の場所聞きたいけど、言葉通じるかしら?」 一息ついた渚が口を開く。 「分からないです」 「みぎわ、できる?」 「やってみるよー」 みぎわが意気揚々と猿の方へ歩き始めた時。 背後から強い光を感じた。 「何?」 後ろを振り返ると、そこには街が見えた。自分たちが通れる... 人の気配はない。コンクリートの地面、建物。 どうしてそんなものが現れたのかは分からない。猿を倒した... でも、ここに飛び込めば元の世界に帰れるかもしれない。 「とりあえず行きましょうか」 渚が空間の穴に入ろうと一歩を踏み出す。 「キィー!」 え? 猿は突然飛びかかってきた。 「危なーい!」 みぎわが猿に突撃しようとしたが、空を切る。猿はそのまま... 「危ない!」 宇佐美が飛び出し、渚を突き飛ばす。そのまま――。 「宇佐美さん!」 渚が立ち上がろうとした時には、もう猿は木の上にいた。そ... 「キィー」 宇佐美を抱えた猿はそのまま木を飛び、立ち去った。 「待ちなさい!」 「待てー!」 渚とみぎわの叫ぶが、猿が聞くわけがなかった。 「どうするの?」 みぎわが渚に訊ねる。 「そんなの――」 渚の言葉が詰まる。 目の前には出口。出たい。でも、目の前で人が連れ去られた... 見つけてどうする? 自分の蹴りは数秒程度しか時間を稼げ... 行ったところで自分にできることはないかもしれない。 「君だけでも帰りなよ」 みぎわが渚に話しかける。 「でも……」 「君には待ってる人がいるよー」 みぎわの言う通りだ。自分は帰らなければならない。ファン... 「私は……」 渚は一歩踏み出した。 * 「キィー!」 猿は宇佐美を抱え、木々を飛ぶ。 「そろそろですね」 猿に担がれた宇佐美は不適に笑う。 「キィー!」 猿が地面に降りる。 先ほどまでとは違い、青空が見える明るい空間だった。 そこにあったのは集落のようなものだった。木々で作られた... 「ここにいるのね」 宇佐美が小さくつぶやく。 ビュン! 草むらから飛び出した何かが猿に突撃した。 「キィー!」 猿は思わず宇佐美を離し、地面を転がる。 「ありがとう」 地面に降りた宇佐美の隣には、桃色の小柄なウサギがいた。 「いるんですよね。隠れてないで出てきてくれませんか?」 宇佐美は誰かに呼びかける。 「いいだろう」 住居の影から男が現れた。黒いメガネをかけ、黒いシャツを... 「あなたがこの世界の主ですね」 「そうだ。我が輩こそがこの世界の主」 男は宇佐美の問いに堂々と答える。 「今まで誘拐した女性たちはどこですか?」 宇佐美は問いただす。 彼女は知っていたのだ。この男が最近起きている連続失踪事... 「そうだなぁ。特別に教えてやろう。ここだ」 男は住居の扉を開ける。そこには――。 「気持ち悪いですね」 宇佐美がゴミを見る目で男を見る。 住居の中には女性が山のように積まれていた。十人は超えて... 「気持ち悪い? 何を言ってるんだい? 君もこの中に入るん... 宇佐美は背筋に悪寒が走るのを感じる。 「それは死んでもごめんですね」 宇佐美はそう宣言し、右手を挙げる。 「UNITE」 宇佐美が静かにつぶやく。 すると、彼女の足下にいたウサギが跳躍、土埃が舞う。 「わっ」 土埃に男がひるむ。 その間に、ウサギがフード状になり、宇佐美に被さる。 フードが被さると、変形、宇佐美の姿はうさ耳にピンクの寝... 「UNITE」 男もつぶやくと、猿が男に向かって突進する。 猿はフード状になり、男に衝突。男は猿のような毛皮を纏っ... 「行きますよ」 男と宇佐美は同時に動き出す! 先制したのは宇佐美、彼女の拳が男の顔面に直撃する。 「軽っ」 男は大きく飛ばされる。いや、飛ばされすぎている。 「わざと後ろに飛んだんですね」 「そうだ」 男は飛ばされた先にあった木を素早く上る。 宇佐美は男を追い、彼が上った木を殴りつける。木は大きく... 「ムダだ」 宇佐美が見上げた時には男はそこにいなかった。 カサカサ。 違う木が揺れる音。 「そこです!」 宇佐美は跳躍するが、そこには男はいない。 「背中ががら空き」 背後からの男の声。宇佐美の背中に衝撃が走る。 「痛っ」 男の拳を受け、宇佐美は地面に墜落、土が舞う。 「まともにやったら不利ですね」 宇佐美は立ち上がり、思考する。 相手はひょろひょろとはいえ男性、戦闘において男女の体格... 直線的なスピードであれば、宇佐美が僅かに上である。スピ... 問題はフィールドであった。 ウサギの跳躍力があれど、相手は木から木へ飛び移る。相手... それにこの場所は相手の『巣』、あちらにとって有利なフィ... 「トドメだ!」 男が叫ぶ。 ビュン! 空を切る音。 男は木から跳躍、目にも止まらぬ速度で宇佐美に爪を立てた... 「ガハッ」 男の爪は宇佐美の頬をかすった。宇佐美の頬から血が流れる。 男は理解できなかった。 宇佐美の拳が自身の腹にめり込んでいることが。 「あなたが背後から襲うことは分かっていました」 カウンター。相手は飛び道具を持たない。ならば、相手がこ... 「くっそ!」 男は腹を押さえながら、再び木へ跳躍する。また木から木へ... 「やっぱり一撃じゃダメでしたか」 相手を待ってたので、こちらのスピードを乗せれなかったの... 宇佐美は再び男が向かった木へ走り出す。 宇佐美が木へ近づいた時を狙い、男は近くの木へ逃亡し――。 メキ! 宇佐美の拳が再び男の腹にめり込む。 「なっ!」 「セイ!」 宇佐美に男は地面に飛ばされる。土埃が舞い、地面に亀裂が... 「あなたの動き、単調なんですよね」 男は木から木へ跳躍する。立体的に動く。しかし、飛行能力... もっとも、先ほどのカウンターが決まって、速度が落ちてい... 「おしまいです」 * 我が輩はいつも弱者だった。 学校に行くたびにいつも殴られていた。見て見ぬふりをする... 高校は中退した。一歩も家を出ないことにした。 引きこもって毎日ゲーム。両親は何かを言うけど、聞こえな... そんなある日、世界が変わった。 二ヶ月前、我が輩は自分の世界を終わらせた。 気が付いたら病院のベッドの上だった。 世界は終わらせられなかった、否、新しい世界が始まったの... 我が輩は力を手に入れていた。 自分の異世界を作る力、自分の使い魔を召喚し、操る力。そ... 力の使い方はなんとなく分かったので、何回か実験した。 我が輩をイジメたヤツをボコボコにした。 ボコボコにしても気分は晴れない。せっかく力を手に入れた... 今まで陰キャで縁がなかったこと。一度ぐらいやってみても... ある日、おかしなヤツが『我が輩たちを狩る存在』がいるこ... そうやって作り上げた世界が終わる? 我が輩の夢が終わる? 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! * 男の体に変化が起こる。 「うぁああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」 男の変化に宇佐美は一歩後ずさる。 「何? 何が起きてるんですか?」 男から黒いオーラがあふれ出る。止まらない。黒いオーラは... 「我が輩の世界は終わらない」 「嘘でしょ?」 宇佐美は目を見開く。 立ち上がった男の手に握られていた物が信じられなかったの... ババババッ! 「ひゃっ!」 宇佐美は跳躍し、森の中へ逃げ込む。 「なんの冗談ですか? それ」 男の手に握られていた物は、二丁の黒いマシンガンであった... 「そうだ。我が輩がこの世界で負ける訳がない、負ける訳がな... ババババッ! 再び二丁のマシンガンが火花を吹く。落ちる薬莢。 地面が、木々がえぐられていく。 宇佐美は森の中を逃げ回る。 「何なんですか! 土壇場で覚醒するなんて、これじゃ近づけ... 宇佐美は走りながら思考する。 マシンガンを使えるのは、おそらく、猿は人間と近いから、... こちらに遠距離攻撃手段はない。どうにかして近づかなけれ... 逃げ回って弾切れを待つのもアリだけど、弾はまだまだ切れ... だったら方法は一つ。 宇佐美は更にスピードを上げ、一気に男に突っ込む。 男は弾丸を射出するが、一度も当たらない。 銃口を見れば、弾丸を躱せる、なんて甘いことはなかった。 宇佐美のスピード、反射神経を持ってしても、ほとんどは躱... 頬から血が流れる。腕から血が流れる。足から血が流れる。 ウサギの強化服のおかげで致命傷は受けないが、ノーダメー... 痛みにこらえ、歯を食いしばり、宇佐美は拳を握る。 「これで、終わりです!」 宇佐美の渾身の拳が――。 「お返し」 宇佐美の脇腹に黒い物がめり込む。 「がは……」 男は銃を鈍器として使ったのだ。 「どうだい。先ほど自分がやったことをやり替えされた気分は... 宇佐美は衝撃に思わず数歩引く。 ババババッ! 男はすかさず至近距離からマシンガン連射。 宇佐美は躱せずに全弾受ける。 「あぁあああああああ!」 「これで終わりだぞっ」 男が発砲を止める。 反撃のチャンス、とはならなかった。 宇佐美はゆっくりと地面に崩れ落ちた。 宇佐美とウサギが分離する。 「噂に聞いていた『我が輩たちを狩る存在』も大したことなか... 「悔し……いです……」 宇佐美が力無くつぶやく。 「君も我が輩のコレクションにしてあげよう」 男が手を伸ばす。 宇佐美は逃げようとするが、体に力が入らない。 「い、嫌で……す」 「待ちなさい」 凜とした声が響く。 「へぇ、逃げなかったんだ」 男が顔を上げる。 その先にいたのは――。 「どうして? 渚さん、みぎわさん……」 荒れた森の中、渚とみぎわが立っていた。 * 「どうしてって、決まってるでしょ。私はスタァよ。ファンを... 宇佐美の質問に渚はハッキリ答える。 実は逃げようか一瞬迷った。でも、ファンを見捨てて逃げる... 「わざわざ来てくれたんだね。捕まえ直す手間が省けたよ」 男は醜い笑みを浮かべる。 「宇佐美さん。あの類人猿が猿たちの親玉?」 渚は男を無視して宇佐美に歩み寄る。 「あの男が、女性たちを連れ去っていた犯人です……」 「そう。ありがとう」 渚は立ち上がり、男に向き直る。 「彼女たちを解放しなさい」 「解放しろと言われてするとでも思ってるのかな?」 男が舐めきって答える。現に渚と男とでは天と地ほどの力の... 「解放しなさい」 渚は折れない。 彼女は背筋を伸ばし、まっすぐと男を見据えている。 「ムカつきますねぇ。その上から目線」 男はイラつき始める。渚は毅然としている。 彼女は折れない。 「じゃあ、あなたが我が輩の夜伽になってくれるのなら考えて... 「それでいいから彼女たちを解放しなさい」 渚は男の提案を即答する。 「渚さん」 「即答ですか、気にくわないですねぇ。あなたはスタァとかで... 男はさらに不機嫌になる。 「えぇ。スタァよ。だから、ファンを助けるの」 渚は凜とした声で答える。 その眼差しに迷いはない。 「まぁ、いいや。スタァの身体、いただきまーす」 男は渚に駆け寄――。 「アターック!」 みぎわが男に突撃。不意の攻撃に男は思わずよろめく。 「みぎわ……」 「渚ちゃんは自分を大切にして!」 みぎわが怒鳴りつける。先ほどまでのゆるふわじゃない。 「じゃあ、どうすればいいのよ! 私じゃアレには勝てない。... 渚も思いのままに叫ぶ。 「勝てるよ」 みぎわが静かに返答する。その目に曇りはない。 「え?」 「渚ちゃんとぼくが一つになれば誰にも負けない」 「一つになるって……どうやって?」 渚は戸惑う。急に意味が分からないことを言われたからだ。 「渚さん、ムリです。これは本来――」 宇佐美も反論する。 「できるよ。UNITEって言って。ぼくと一つになるイメー... 「え、えぇ」 渚は戸惑う。 みぎわと一つになるイメージ? でも、やるしかない。目の前のアレに勝てる可能性が少しで... 渚は瞳を閉じ、深呼吸する。 「UNITE」 渚が静かにつぶやくと、みぎわの体が宙に浮き、パーカー状... 「何これ?」 渚が突然のみぎわの変形に驚いている間に――。 「行くよー」 パーカーになったみぎわが渚に被さる。 「ちょっ! え? 何?」 「はぁっ!」 みぎわのかけ声と共に周りに水しぶきが飛ぶ。 「嘘……」 宇佐美が思わず声を漏らす。 渚の姿は、灰色の雛ペンギンのようなパーカーを纏い、腕は... 「もうちょっとマシな衣装はなかったのかしら」 フードをめくった渚がつぶやく。 「どんなヤツだろうと、我が輩には勝てない!」 ババババッ! 男がマシンガンを連射する。 ビュン! 渚は足に水を纏い、弾幕に向かって回し蹴り一閃。 水流に弾丸は全て打ち落とされる。 「それがどうした!」 ババババッ! 弾丸は続く。 渚も回し蹴りで対抗するが、追いつかない。 「ひゃっ」 弾丸が命中し、渚を追い詰める。 ババババッ! くっ。このままじゃ――。 渚が自身の敗北を覚悟した時、 「ぼくが護るよ」 彼女の頭の中で声がした。 ババババッ! 土煙で渚の姿が隠れる。 「やった!」 男は笑みを浮かべる。 「すごい威力だったよ-」 ふんわりした声が響く。 「なに……」 土煙が晴れる。 そこにいたのはフードを被った無傷の渚だった。 「この野郎!」 男は再びマシンガンを連射する。 渚は袖に隠れた左腕を突き出す。すると、彼女の前に水の盾... 「何発も撃てるなんてすごい。でも、海はもっとすごいんだよ... 男はやけになってマシンガンを連射するが、水の盾は破れな... 今、渚の体は渚の意思では動いていない。今、彼女の体を動... どうやら、ペンギンパーカーのフードを外すと渚、被るとみ... 不思議な感じ。自身の体を他人が操る。そのことに違和感を... でも、嫌な感じじゃない。むしろ懐かしいとさえ思ってしま... その理由が彼女には分からなかった。 「えい」 渚、否、みぎわは右手で、野球ボールほどの大きさの水の玉... 投げつけられた水の玉は男、ではなく、男が持っていたマシ... 男は構わず弾丸を放とうとするが、弾丸は水の玉で防がれ、... 「くそ! クソ! クソクソクソクソ! くそう!」 男はマシンガンを投げ捨て、膝から崩れ落ちた。 「ここは我が輩の世界なんだ……現実じゃうまくいかなかったの... 男の目から大粒の涙がこぼれる。 「辛かったんだよね。誰にも分かってもらえなかったことが」 みぎわが語りかける。 「怖かったんだよね。周りの人たちが」 みぎわは優しく微笑みながら、男に歩み寄る。 男はうつむいたまま返事をしなかった。 「大丈夫だよ。ぼくがいるから」 みぎわが男の手に肩を置く。 それは励ましでも、同情でもなかった。憐憫だった。男の不... 「もう怖いことはないんだよ」 我が子の悲しみを嘆く母親のような優しい声だった。 宇佐美もつられて涙をこぼしそうになる。 「分かったような口をきくな!」 男が絶叫し、みぎわの腕を払う。 「うまくいく? だったら、ここでおとなしく、我が輩のコレ... 男はみぎわを突き飛ばす。 「わっ」 みぎわは飛ばされ、体勢を崩す。男は隙を逃さず、拳を振り... 「みぎわ、変わりなさい」 渚の声と共にみぎわがフードを外す。 ドガッ! 男の頬に黒いブーツがめり込み、そのまま地面に叩きつけら... 水を纏った回し蹴り一閃。地面に叩きつけた衝撃で、水柱が... 「最初からこうすればよかったのよ」 渚が小さくつぶやく。 渚の一撃を受け、地面に倒れた男が猿と分離する。 「くそう……」 男が力無くつぶやく。 もう反撃する気はなさそうね。 渚もみぎわと分離する。 ピキッ。 空間にヒビが入る。 「何これ?」 「この世界が崩れるんです」 宇佐美がつぶやく。 「世界が崩れる?」 「はい。世界を作っていた存在が強いダメージを受けると、世... なるほどね。この世界を作っていた存在、猿か男が私の攻撃... そういえば、私が猿を蹴り飛ばした時、元の世界が見えたの... 「世界が崩壊すると、どうなるの? 元の世界に戻れるの?」 「そうですね。元の世界に戻ります。私たちがこの世界に入っ... なるほどね。じゃあ、気がついたら変なところにいるってこ... 「あはは。我が輩の世界が終わる。我が輩はもう輝けない……」 男がブツブツとつぶやきながら、左袖をめくる。 「それ……」 宇佐美は思わず声をもらす。 男の手には傷跡があった。刃物で切ったような傷だ。 「そういうことね」 「我が輩はずっと弱者だった。だから、これがなくなったら終... 渚は男を見下ろしながら、小さく息を吐く。 「特別よ。見せてあげる」 渚は左手の袖をめくり、手首を見せる。 「何コレ?」 男は目を見開く。 彼女の手首にあったのは、彼の傷よりも、深い三本の傷だっ... 「言いふらさないでね。あなたに見せてあげたのは特別よ」 「渚ちゃん……」 男は返事をしない。 「えぇ。こんな私でも輝ける場所を見つけたのよ。あなたも見... 渚は優しく微笑んだ。 直後、世界は完全に崩壊した。 ... * 予想はしていた。 あちらの世界から元の世界に戻った時は、あちらの世界に行... ヒュー。 全身で風を感じる。 極限状態っていうのかしら? 死の直前だと、思考が早くな... 私は八階からのダイブの最中に異世界に行った。 最後にいた場所に戻るのであれば、空中で戻るのは分かって... 下が水や草木であれば助かったかも知れないが、コンクリー... まだ死ぬわけにはいかない。でも、ファンを助けて死ぬので... 私はゆっくりと目を閉じた。 「死なせない!」 ふんわりとした、でも芯がある声が耳元で聞こえた。 ドスン! 重い衝撃が全身を駆け巡る。しかし、コンクリートの地面に... 渚が恐る恐る目を開けると、そこにいたのは――。 「みぎわ!」 すぐ目の前でみぎわが倒れていた。みぎわがクッションにな... 「ちょっとしっかりしなさい! みぎわ!」 彼女はみぎわを抱きかかえ、耳元で叫ぶ。 「なんで私なんかを庇って死ぬのよ! そもそもなんで私を護... 渚の目から熱いものがあふれる。 「う、うーん、渚ちゃん?」 みぎわがゆっくりと目を開ける。 「みぎわ……!」 「渚ちゃん、ケガない?」 相変わらずこのペンギンは! 「あなた、私より自分の心配しなさいよ。私は平気よ。あなた... 「そうなんだ。よかった。君を護れて」 みぎわは微笑む。 あー! 何なのこのペンギンは! 少しは自分の心配しなさ... 「で、みぎわはどこへ帰るの? 帰る場所あるの?」 渚が話を変える。 「帰る場所……あ」 みぎわがぽかんとなる。この様子だと帰る場所がなさそうだ。 「帰る場所がないって……そもそもあなたどこから来たの?」 「えっと、それは……その……」 みぎわはもぞもぞする。言えない場所なのか、そもそも知ら... 渚は小さく息を吐く。 「まぁ、いいわ。帰る場所がないなら私の家に来なさい」 「いいの?」 「いいから言ってるのよ。このマンションはペット禁止じゃな... 「やったー!」 みぎわが両手を挙げて喜ぶ。 どこから来たのかぐらいは言って欲しいけど、言いたくない... 二人は一緒に歩き始めた。 終了行: [[活動/霧雨]] **自分の輝ける世界を [#s76c0b85] そう 光がほとんど入らない樹海。木々が光を遮り薄暗い。 ずっしりと生えている樹木に一人の女性がもたれかかってい... 海のような青色の長い髪の華奢な女性だ。身につけた藍色の... 「最悪……」 彼女は小さくつぶやき、服の袖で額の汗を拭う。 それにしてもここはどこなの? 森? 熱帯雨林って感じで... 「キィー!」 静かな森の中に奇声が響く。 来た! 彼女は周囲を見渡す。 頭上でカサカサと何かが動き回る音が響く。 今度こそ捕まったら終わる。彼女はつばを飲むことをこらえ... 呼吸音も出すな。 心臓だけがドクンドクンと音を鳴らす。 お願いだから止まって心臓! 彼女は左胸をギュッと押さえる。 カサ……。 音が鳴り止んだ。行ったのね。 彼女は緊張の糸が切れ、一息つく。 今のうちにここから離れないと。 彼女は歩き始め――。 「キィー!」 背後からの突然の声に、彼女の思考が白紙になる。 後ろを振り返ると、声の主が立っていた。彼女に対して体格... 「キキッ!」 猿は歯をむき出しにして、笑う。 「あ……」 彼女の表情が絶望に変わった。 猿の手が彼女に迫る。 どうしてこんなことになったのだろうか? ことは数時間前に遡る。 仕事帰りの夜のことだった。 人通りが少ない場所にある、高層マンション、そこに私の部... いつも通りサングラスと黒い帽子で顔を隠し、誰にも見つか... 「キィー!」 突然、後ろから奇声が響く。 ハッとなって振り返ろうとするが――。 「ん!?」 毛深い手に口を塞がれる。 「んー! んー!」 口を塞ぐ手を剥がそうとするがビクともしない。 この毛深さ。この腕の感じ。猿? どういうこと? ここは... もがいて振りほどこうとしたが、ほどけない。ゆっくりとド... 「んー! んー! んー!」 体がふわりと浮いた。 何が起きたのか分からず思考が止まる。ここは八階、体が浮... 死へのフリーフォールだ。 「んー!」 突然現れた謎の猿に口を塞がれ、訳も分からず地面へダイブ... こんなところで死にたくない! こんなところで……! 夜空に向かって手を伸ばす。 何かに引っかかるわけがない。 誰かが掴んでくれるわけがない。 手を伸ばしたところで助かるなんて、そんな夢物語のような... ガシッ! 誰か、否、何かが伸ばした私の手を掴む。 人の手ではなかった。暗くてよく見えなかったが、触った感... 「ぼくが君を護るよ」 子供のように柔らかい声が聞こえ、私の意識は途絶えた。 目を覚ますと、見知らぬ森にいた。 「キィー」 離れたところから猿の声が聞こえた。 逃げないと。 今、自分の身に何が起きたのか? ここはどこなのか? あ... 分からないことだらけだが、あの猿に捕まってはならないと... 逃げ続けたのはいいけど、見つかって、追い詰められている。 あぁ、こんなところで私の人生は終わるのね。 それなりに輝いたと思うけど、最期はあっけないのね。 「アターック!」 どこかで聞いた緩い声が響く。 突然横から飛んできた灰色の物体が猿を飛ばす。 助かった? 「大丈夫?」 灰色の物体が彼女に話しかける。灰色の物体の姿は、ペンギ... 「え、えぇ」 彼女は混乱しながらも頷く。 得体の知れない存在とはいえ、助けが来たお陰で、彼女は少... 「キィー!」 猿は立ち上がり叫ぶ。 彼女はハッと息を飲み、身構える。一瞬緩んだ表情に緊張が... 「大丈夫」 のほほんとした声が響く。 「君はボクが護るよー」 灰色のペンギンが力強く宣言する。 「うおー!」 ペンギンが猿に向かって身体を丸め、ボールのように突撃す... 「キィー!」 猿は片手でペンギンを受け止め、地面に叩きつける。 「わぁー!」 ペンギンはボールのように地面を跳ね、転がっていく。 猿は転がるペンギンに追撃を加えようとする。猿の爪がペン... 「消えなさい」 猿の眼球に黒いブーツが直撃する。 「キッキィー! イー!」 猿は想像できなかったのだ。まさか先ほどまで自分に怯えて... 目に蹴りを受けてしまった猿は顔を押さえながら地面をのた... 「あなた、立てる?」 女性はペンギンに言葉を投げかける。 「平気だよ-」 ペンギンは立ち上がるが、足がふらついている。 「逃げるわよ」 彼女はペンギンを抱え、後ろを振り返らずに走り出した。 「はぁ、はぁ」 草木の匂いはより濃くなった。随分、森の奥まで来てしまっ... 後ろを振り返っても猿はいない。声も聞こえない。とりあえ... そういえば、ニュースになってたわね。二ヶ月ぐらい前から... 「降ろすわよ」 彼女は静かに言い、ペンギンを地面にゆっくりと降ろした。 「ありがとう!」 「あなた何なの?」 彼女は質問を投げかける。ペンギンがしゃべっているなんて... 「ぼくはねー、君を守りに来たんだよー」 ペンギンの回答に彼女は困惑した。 嘘を言っているようには見えないけど、得体の知れない存在... ガサガサ。 前方からの物音に彼女たちは身構える。 先ほど逃げ切れたのは不意打ちがうまく決まったからだ。正... しかし、彼女たちの前に現れたのは猿ではなかった。 「あのー」 木の陰から現れたのは、小柄な少女だった。肩まで伸びてい... 「あなたも猿に連れ去られたの?」 彼女は現れた少女に問いかける。 「はい。あ、私、宇佐美桃(うさみもも)って言います」 少女はハキハキとした声で名乗る。 「そう」 「よろしくねー」 素っ気ない彼女と対照的にペンギンは手を差し出す。 「え、あ、君もこんにちはー」 宇佐美は一瞬戸惑いながらもペンギンの手を取る。 「もふもふしてる」 宇佐美の目が輝く。 そういえば、悪くない抱き心地だったわね。などと思い返し... 「あの、あなたってひょっとして――」 「すごい人なんだよ-」 桃の声にペンギンが被せる。 「え、じゃあ、やっぱりあなたはモデルの水輝渚(みずきなぎ... 桃は目を輝かせ、彼女に言い寄る。 「え、えぇ。そうよ」 やっぱりバレたか。まぁ隠すことでもないし。 「私、渚さんのファンなんです! ここからでれたらサインく... 「私、サインはしない主義なの」 渚は冷たくあしらう。 「そうですか……」 「あと、モデルは少し違うわね」 「あ、そうでしたね。すいません」 「私はスタァよ」 「え? お星様なの! スゴい!」 ペンギンが目を輝かせる。 「え、えぇそうよ」 渚は一瞬戸惑うが、まな板のような胸を張る。 「すごーい!」 ペンギンは目を輝かせながら、手を叩く。拍手をしているん... 「で、あなたは何者?」 「私はただのJDで」 「JD? え? 大学生なの? 中学生だと思ったわ」 「ヒドいです! 大学生ですよ! 身体小さいからよく間違え... 宇佐美は頬を膨らませて抗議する。 「そうなの」 「そうです!」 「すごーい!」 「話が逸れたわ。私が聞きたいのは、宇佐美さんじゃなくて、... 「ぼくのことー?」 ペンギンは首を傾げる。 「そうよ」 「知り合いじゃないんですか?」 「違うわよ。さっきそこで会ったばっかりよ」 みぎわの表情が一瞬曇る。 「そうなんですか」 「ぼくはみぎわっていうの。よろしくねー」 ペンギンは笑顔でのほほんとした声で自己紹介をする。 「みぎわ……」 「どうしたんですか?」 「いえ、何もないわ」 みぎわ……どこかで聞いた気がする。私のファンにいたかもし... 「じゃあ、出口を探しましょう」 「出口?」 宇佐美の発言に渚が口を挟む。 「あると思いますよ。渚さんも猿に連れ去られたんでしょ?」 「ええ」 「じゃあ、猿はどうやって私たちの世界に現れたんですか?」 「……なるほどね」 猿たちはこの世界から私たちの世界にやって来た。つまり、... 猿だけが世界を行き来できるという可能性もあるけれど。ま... 歩き始めてからどのくらいたっただろうか? まだ周りは緑一色。景色は変わらない。時間帯さえ分からな... 「私たち以外に人はいるのかしら」 渚が疑問を口にする。 「まだ見てないですね」 「まだってことは、他にも誰かいるのかしら」 宇佐美の表情に緊張が走る。 「人がいるなら会いたいなぁ。どんな人なんだろー」 みぎわのふんわりした発言が張り詰めた空気を壊した。 「会いたいね」 宇佐美はみぎわに微笑む。 聞きそびれた。 渚は小さく溜め息をつく。 あの猿は雑魚ではない。 今まで、渚はストーカー被害十三件、実際に襲われること七... その猿からただの女子大生が一時的にでも逃げきれるわけが... 宇佐美はあの猿について、この世界について、何かを知って... とは言っても、全部ただの憶測なのよね。 「キィー!」 再び聞こえた、悪魔の声が。 渚は思わず構える。 最初は急に掴まれて対処できなかった。得体が知れなかった... あの猿に私の攻撃は通用した。そう思うと体が動く。 掴まれてからじゃ遅い。チャンスは一瞬、掴まれる瞬間にカ... ザザッ! 頭上から音が聞こえる。向こうも隙をうかがっているのだろ... カサカサ――。 頭上の音が止んだ。聞こえるのは私たちのかすかな呼吸音の... シャッ! そこ! 背後に気配を感じ蹴りつける。手応えはあった。 渚の黒いブーツが猿の脇腹にめり込む。 「キィィアー!」 猿が痛みでわめくが、気にしない。そのまま勢いに任せて乗... 「コイツから出口の場所聞きたいけど、言葉通じるかしら?」 一息ついた渚が口を開く。 「分からないです」 「みぎわ、できる?」 「やってみるよー」 みぎわが意気揚々と猿の方へ歩き始めた時。 背後から強い光を感じた。 「何?」 後ろを振り返ると、そこには街が見えた。自分たちが通れる... 人の気配はない。コンクリートの地面、建物。 どうしてそんなものが現れたのかは分からない。猿を倒した... でも、ここに飛び込めば元の世界に帰れるかもしれない。 「とりあえず行きましょうか」 渚が空間の穴に入ろうと一歩を踏み出す。 「キィー!」 え? 猿は突然飛びかかってきた。 「危なーい!」 みぎわが猿に突撃しようとしたが、空を切る。猿はそのまま... 「危ない!」 宇佐美が飛び出し、渚を突き飛ばす。そのまま――。 「宇佐美さん!」 渚が立ち上がろうとした時には、もう猿は木の上にいた。そ... 「キィー」 宇佐美を抱えた猿はそのまま木を飛び、立ち去った。 「待ちなさい!」 「待てー!」 渚とみぎわの叫ぶが、猿が聞くわけがなかった。 「どうするの?」 みぎわが渚に訊ねる。 「そんなの――」 渚の言葉が詰まる。 目の前には出口。出たい。でも、目の前で人が連れ去られた... 見つけてどうする? 自分の蹴りは数秒程度しか時間を稼げ... 行ったところで自分にできることはないかもしれない。 「君だけでも帰りなよ」 みぎわが渚に話しかける。 「でも……」 「君には待ってる人がいるよー」 みぎわの言う通りだ。自分は帰らなければならない。ファン... 「私は……」 渚は一歩踏み出した。 * 「キィー!」 猿は宇佐美を抱え、木々を飛ぶ。 「そろそろですね」 猿に担がれた宇佐美は不適に笑う。 「キィー!」 猿が地面に降りる。 先ほどまでとは違い、青空が見える明るい空間だった。 そこにあったのは集落のようなものだった。木々で作られた... 「ここにいるのね」 宇佐美が小さくつぶやく。 ビュン! 草むらから飛び出した何かが猿に突撃した。 「キィー!」 猿は思わず宇佐美を離し、地面を転がる。 「ありがとう」 地面に降りた宇佐美の隣には、桃色の小柄なウサギがいた。 「いるんですよね。隠れてないで出てきてくれませんか?」 宇佐美は誰かに呼びかける。 「いいだろう」 住居の影から男が現れた。黒いメガネをかけ、黒いシャツを... 「あなたがこの世界の主ですね」 「そうだ。我が輩こそがこの世界の主」 男は宇佐美の問いに堂々と答える。 「今まで誘拐した女性たちはどこですか?」 宇佐美は問いただす。 彼女は知っていたのだ。この男が最近起きている連続失踪事... 「そうだなぁ。特別に教えてやろう。ここだ」 男は住居の扉を開ける。そこには――。 「気持ち悪いですね」 宇佐美がゴミを見る目で男を見る。 住居の中には女性が山のように積まれていた。十人は超えて... 「気持ち悪い? 何を言ってるんだい? 君もこの中に入るん... 宇佐美は背筋に悪寒が走るのを感じる。 「それは死んでもごめんですね」 宇佐美はそう宣言し、右手を挙げる。 「UNITE」 宇佐美が静かにつぶやく。 すると、彼女の足下にいたウサギが跳躍、土埃が舞う。 「わっ」 土埃に男がひるむ。 その間に、ウサギがフード状になり、宇佐美に被さる。 フードが被さると、変形、宇佐美の姿はうさ耳にピンクの寝... 「UNITE」 男もつぶやくと、猿が男に向かって突進する。 猿はフード状になり、男に衝突。男は猿のような毛皮を纏っ... 「行きますよ」 男と宇佐美は同時に動き出す! 先制したのは宇佐美、彼女の拳が男の顔面に直撃する。 「軽っ」 男は大きく飛ばされる。いや、飛ばされすぎている。 「わざと後ろに飛んだんですね」 「そうだ」 男は飛ばされた先にあった木を素早く上る。 宇佐美は男を追い、彼が上った木を殴りつける。木は大きく... 「ムダだ」 宇佐美が見上げた時には男はそこにいなかった。 カサカサ。 違う木が揺れる音。 「そこです!」 宇佐美は跳躍するが、そこには男はいない。 「背中ががら空き」 背後からの男の声。宇佐美の背中に衝撃が走る。 「痛っ」 男の拳を受け、宇佐美は地面に墜落、土が舞う。 「まともにやったら不利ですね」 宇佐美は立ち上がり、思考する。 相手はひょろひょろとはいえ男性、戦闘において男女の体格... 直線的なスピードであれば、宇佐美が僅かに上である。スピ... 問題はフィールドであった。 ウサギの跳躍力があれど、相手は木から木へ飛び移る。相手... それにこの場所は相手の『巣』、あちらにとって有利なフィ... 「トドメだ!」 男が叫ぶ。 ビュン! 空を切る音。 男は木から跳躍、目にも止まらぬ速度で宇佐美に爪を立てた... 「ガハッ」 男の爪は宇佐美の頬をかすった。宇佐美の頬から血が流れる。 男は理解できなかった。 宇佐美の拳が自身の腹にめり込んでいることが。 「あなたが背後から襲うことは分かっていました」 カウンター。相手は飛び道具を持たない。ならば、相手がこ... 「くっそ!」 男は腹を押さえながら、再び木へ跳躍する。また木から木へ... 「やっぱり一撃じゃダメでしたか」 相手を待ってたので、こちらのスピードを乗せれなかったの... 宇佐美は再び男が向かった木へ走り出す。 宇佐美が木へ近づいた時を狙い、男は近くの木へ逃亡し――。 メキ! 宇佐美の拳が再び男の腹にめり込む。 「なっ!」 「セイ!」 宇佐美に男は地面に飛ばされる。土埃が舞い、地面に亀裂が... 「あなたの動き、単調なんですよね」 男は木から木へ跳躍する。立体的に動く。しかし、飛行能力... もっとも、先ほどのカウンターが決まって、速度が落ちてい... 「おしまいです」 * 我が輩はいつも弱者だった。 学校に行くたびにいつも殴られていた。見て見ぬふりをする... 高校は中退した。一歩も家を出ないことにした。 引きこもって毎日ゲーム。両親は何かを言うけど、聞こえな... そんなある日、世界が変わった。 二ヶ月前、我が輩は自分の世界を終わらせた。 気が付いたら病院のベッドの上だった。 世界は終わらせられなかった、否、新しい世界が始まったの... 我が輩は力を手に入れていた。 自分の異世界を作る力、自分の使い魔を召喚し、操る力。そ... 力の使い方はなんとなく分かったので、何回か実験した。 我が輩をイジメたヤツをボコボコにした。 ボコボコにしても気分は晴れない。せっかく力を手に入れた... 今まで陰キャで縁がなかったこと。一度ぐらいやってみても... ある日、おかしなヤツが『我が輩たちを狩る存在』がいるこ... そうやって作り上げた世界が終わる? 我が輩の夢が終わる? 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! * 男の体に変化が起こる。 「うぁああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」 男の変化に宇佐美は一歩後ずさる。 「何? 何が起きてるんですか?」 男から黒いオーラがあふれ出る。止まらない。黒いオーラは... 「我が輩の世界は終わらない」 「嘘でしょ?」 宇佐美は目を見開く。 立ち上がった男の手に握られていた物が信じられなかったの... ババババッ! 「ひゃっ!」 宇佐美は跳躍し、森の中へ逃げ込む。 「なんの冗談ですか? それ」 男の手に握られていた物は、二丁の黒いマシンガンであった... 「そうだ。我が輩がこの世界で負ける訳がない、負ける訳がな... ババババッ! 再び二丁のマシンガンが火花を吹く。落ちる薬莢。 地面が、木々がえぐられていく。 宇佐美は森の中を逃げ回る。 「何なんですか! 土壇場で覚醒するなんて、これじゃ近づけ... 宇佐美は走りながら思考する。 マシンガンを使えるのは、おそらく、猿は人間と近いから、... こちらに遠距離攻撃手段はない。どうにかして近づかなけれ... 逃げ回って弾切れを待つのもアリだけど、弾はまだまだ切れ... だったら方法は一つ。 宇佐美は更にスピードを上げ、一気に男に突っ込む。 男は弾丸を射出するが、一度も当たらない。 銃口を見れば、弾丸を躱せる、なんて甘いことはなかった。 宇佐美のスピード、反射神経を持ってしても、ほとんどは躱... 頬から血が流れる。腕から血が流れる。足から血が流れる。 ウサギの強化服のおかげで致命傷は受けないが、ノーダメー... 痛みにこらえ、歯を食いしばり、宇佐美は拳を握る。 「これで、終わりです!」 宇佐美の渾身の拳が――。 「お返し」 宇佐美の脇腹に黒い物がめり込む。 「がは……」 男は銃を鈍器として使ったのだ。 「どうだい。先ほど自分がやったことをやり替えされた気分は... 宇佐美は衝撃に思わず数歩引く。 ババババッ! 男はすかさず至近距離からマシンガン連射。 宇佐美は躱せずに全弾受ける。 「あぁあああああああ!」 「これで終わりだぞっ」 男が発砲を止める。 反撃のチャンス、とはならなかった。 宇佐美はゆっくりと地面に崩れ落ちた。 宇佐美とウサギが分離する。 「噂に聞いていた『我が輩たちを狩る存在』も大したことなか... 「悔し……いです……」 宇佐美が力無くつぶやく。 「君も我が輩のコレクションにしてあげよう」 男が手を伸ばす。 宇佐美は逃げようとするが、体に力が入らない。 「い、嫌で……す」 「待ちなさい」 凜とした声が響く。 「へぇ、逃げなかったんだ」 男が顔を上げる。 その先にいたのは――。 「どうして? 渚さん、みぎわさん……」 荒れた森の中、渚とみぎわが立っていた。 * 「どうしてって、決まってるでしょ。私はスタァよ。ファンを... 宇佐美の質問に渚はハッキリ答える。 実は逃げようか一瞬迷った。でも、ファンを見捨てて逃げる... 「わざわざ来てくれたんだね。捕まえ直す手間が省けたよ」 男は醜い笑みを浮かべる。 「宇佐美さん。あの類人猿が猿たちの親玉?」 渚は男を無視して宇佐美に歩み寄る。 「あの男が、女性たちを連れ去っていた犯人です……」 「そう。ありがとう」 渚は立ち上がり、男に向き直る。 「彼女たちを解放しなさい」 「解放しろと言われてするとでも思ってるのかな?」 男が舐めきって答える。現に渚と男とでは天と地ほどの力の... 「解放しなさい」 渚は折れない。 彼女は背筋を伸ばし、まっすぐと男を見据えている。 「ムカつきますねぇ。その上から目線」 男はイラつき始める。渚は毅然としている。 彼女は折れない。 「じゃあ、あなたが我が輩の夜伽になってくれるのなら考えて... 「それでいいから彼女たちを解放しなさい」 渚は男の提案を即答する。 「渚さん」 「即答ですか、気にくわないですねぇ。あなたはスタァとかで... 男はさらに不機嫌になる。 「えぇ。スタァよ。だから、ファンを助けるの」 渚は凜とした声で答える。 その眼差しに迷いはない。 「まぁ、いいや。スタァの身体、いただきまーす」 男は渚に駆け寄――。 「アターック!」 みぎわが男に突撃。不意の攻撃に男は思わずよろめく。 「みぎわ……」 「渚ちゃんは自分を大切にして!」 みぎわが怒鳴りつける。先ほどまでのゆるふわじゃない。 「じゃあ、どうすればいいのよ! 私じゃアレには勝てない。... 渚も思いのままに叫ぶ。 「勝てるよ」 みぎわが静かに返答する。その目に曇りはない。 「え?」 「渚ちゃんとぼくが一つになれば誰にも負けない」 「一つになるって……どうやって?」 渚は戸惑う。急に意味が分からないことを言われたからだ。 「渚さん、ムリです。これは本来――」 宇佐美も反論する。 「できるよ。UNITEって言って。ぼくと一つになるイメー... 「え、えぇ」 渚は戸惑う。 みぎわと一つになるイメージ? でも、やるしかない。目の前のアレに勝てる可能性が少しで... 渚は瞳を閉じ、深呼吸する。 「UNITE」 渚が静かにつぶやくと、みぎわの体が宙に浮き、パーカー状... 「何これ?」 渚が突然のみぎわの変形に驚いている間に――。 「行くよー」 パーカーになったみぎわが渚に被さる。 「ちょっ! え? 何?」 「はぁっ!」 みぎわのかけ声と共に周りに水しぶきが飛ぶ。 「嘘……」 宇佐美が思わず声を漏らす。 渚の姿は、灰色の雛ペンギンのようなパーカーを纏い、腕は... 「もうちょっとマシな衣装はなかったのかしら」 フードをめくった渚がつぶやく。 「どんなヤツだろうと、我が輩には勝てない!」 ババババッ! 男がマシンガンを連射する。 ビュン! 渚は足に水を纏い、弾幕に向かって回し蹴り一閃。 水流に弾丸は全て打ち落とされる。 「それがどうした!」 ババババッ! 弾丸は続く。 渚も回し蹴りで対抗するが、追いつかない。 「ひゃっ」 弾丸が命中し、渚を追い詰める。 ババババッ! くっ。このままじゃ――。 渚が自身の敗北を覚悟した時、 「ぼくが護るよ」 彼女の頭の中で声がした。 ババババッ! 土煙で渚の姿が隠れる。 「やった!」 男は笑みを浮かべる。 「すごい威力だったよ-」 ふんわりした声が響く。 「なに……」 土煙が晴れる。 そこにいたのはフードを被った無傷の渚だった。 「この野郎!」 男は再びマシンガンを連射する。 渚は袖に隠れた左腕を突き出す。すると、彼女の前に水の盾... 「何発も撃てるなんてすごい。でも、海はもっとすごいんだよ... 男はやけになってマシンガンを連射するが、水の盾は破れな... 今、渚の体は渚の意思では動いていない。今、彼女の体を動... どうやら、ペンギンパーカーのフードを外すと渚、被るとみ... 不思議な感じ。自身の体を他人が操る。そのことに違和感を... でも、嫌な感じじゃない。むしろ懐かしいとさえ思ってしま... その理由が彼女には分からなかった。 「えい」 渚、否、みぎわは右手で、野球ボールほどの大きさの水の玉... 投げつけられた水の玉は男、ではなく、男が持っていたマシ... 男は構わず弾丸を放とうとするが、弾丸は水の玉で防がれ、... 「くそ! クソ! クソクソクソクソ! くそう!」 男はマシンガンを投げ捨て、膝から崩れ落ちた。 「ここは我が輩の世界なんだ……現実じゃうまくいかなかったの... 男の目から大粒の涙がこぼれる。 「辛かったんだよね。誰にも分かってもらえなかったことが」 みぎわが語りかける。 「怖かったんだよね。周りの人たちが」 みぎわは優しく微笑みながら、男に歩み寄る。 男はうつむいたまま返事をしなかった。 「大丈夫だよ。ぼくがいるから」 みぎわが男の手に肩を置く。 それは励ましでも、同情でもなかった。憐憫だった。男の不... 「もう怖いことはないんだよ」 我が子の悲しみを嘆く母親のような優しい声だった。 宇佐美もつられて涙をこぼしそうになる。 「分かったような口をきくな!」 男が絶叫し、みぎわの腕を払う。 「うまくいく? だったら、ここでおとなしく、我が輩のコレ... 男はみぎわを突き飛ばす。 「わっ」 みぎわは飛ばされ、体勢を崩す。男は隙を逃さず、拳を振り... 「みぎわ、変わりなさい」 渚の声と共にみぎわがフードを外す。 ドガッ! 男の頬に黒いブーツがめり込み、そのまま地面に叩きつけら... 水を纏った回し蹴り一閃。地面に叩きつけた衝撃で、水柱が... 「最初からこうすればよかったのよ」 渚が小さくつぶやく。 渚の一撃を受け、地面に倒れた男が猿と分離する。 「くそう……」 男が力無くつぶやく。 もう反撃する気はなさそうね。 渚もみぎわと分離する。 ピキッ。 空間にヒビが入る。 「何これ?」 「この世界が崩れるんです」 宇佐美がつぶやく。 「世界が崩れる?」 「はい。世界を作っていた存在が強いダメージを受けると、世... なるほどね。この世界を作っていた存在、猿か男が私の攻撃... そういえば、私が猿を蹴り飛ばした時、元の世界が見えたの... 「世界が崩壊すると、どうなるの? 元の世界に戻れるの?」 「そうですね。元の世界に戻ります。私たちがこの世界に入っ... なるほどね。じゃあ、気がついたら変なところにいるってこ... 「あはは。我が輩の世界が終わる。我が輩はもう輝けない……」 男がブツブツとつぶやきながら、左袖をめくる。 「それ……」 宇佐美は思わず声をもらす。 男の手には傷跡があった。刃物で切ったような傷だ。 「そういうことね」 「我が輩はずっと弱者だった。だから、これがなくなったら終... 渚は男を見下ろしながら、小さく息を吐く。 「特別よ。見せてあげる」 渚は左手の袖をめくり、手首を見せる。 「何コレ?」 男は目を見開く。 彼女の手首にあったのは、彼の傷よりも、深い三本の傷だっ... 「言いふらさないでね。あなたに見せてあげたのは特別よ」 「渚ちゃん……」 男は返事をしない。 「えぇ。こんな私でも輝ける場所を見つけたのよ。あなたも見... 渚は優しく微笑んだ。 直後、世界は完全に崩壊した。 ... * 予想はしていた。 あちらの世界から元の世界に戻った時は、あちらの世界に行... ヒュー。 全身で風を感じる。 極限状態っていうのかしら? 死の直前だと、思考が早くな... 私は八階からのダイブの最中に異世界に行った。 最後にいた場所に戻るのであれば、空中で戻るのは分かって... 下が水や草木であれば助かったかも知れないが、コンクリー... まだ死ぬわけにはいかない。でも、ファンを助けて死ぬので... 私はゆっくりと目を閉じた。 「死なせない!」 ふんわりとした、でも芯がある声が耳元で聞こえた。 ドスン! 重い衝撃が全身を駆け巡る。しかし、コンクリートの地面に... 渚が恐る恐る目を開けると、そこにいたのは――。 「みぎわ!」 すぐ目の前でみぎわが倒れていた。みぎわがクッションにな... 「ちょっとしっかりしなさい! みぎわ!」 彼女はみぎわを抱きかかえ、耳元で叫ぶ。 「なんで私なんかを庇って死ぬのよ! そもそもなんで私を護... 渚の目から熱いものがあふれる。 「う、うーん、渚ちゃん?」 みぎわがゆっくりと目を開ける。 「みぎわ……!」 「渚ちゃん、ケガない?」 相変わらずこのペンギンは! 「あなた、私より自分の心配しなさいよ。私は平気よ。あなた... 「そうなんだ。よかった。君を護れて」 みぎわは微笑む。 あー! 何なのこのペンギンは! 少しは自分の心配しなさ... 「で、みぎわはどこへ帰るの? 帰る場所あるの?」 渚が話を変える。 「帰る場所……あ」 みぎわがぽかんとなる。この様子だと帰る場所がなさそうだ。 「帰る場所がないって……そもそもあなたどこから来たの?」 「えっと、それは……その……」 みぎわはもぞもぞする。言えない場所なのか、そもそも知ら... 渚は小さく息を吐く。 「まぁ、いいわ。帰る場所がないなら私の家に来なさい」 「いいの?」 「いいから言ってるのよ。このマンションはペット禁止じゃな... 「やったー!」 みぎわが両手を挙げて喜ぶ。 どこから来たのかぐらいは言って欲しいけど、言いたくない... 二人は一緒に歩き始めた。 ページ名: