開始行: [[活動/霧雨]] **プロジェクト・ハッピースマイル [#y7bc6401] f 完璧な笑顔。そんなものはどうやったって定義しようがない... 私が初めてそんな人と出会ったのは中学校にあがったばかり... * 中庭の隅にある古いベンチは、朝から昼過ぎにかけての間ち... 頭上で響く賑々しい声を私は聞くともなしに聞いていた。す... 眩しそうだ、と私は思った。だけどたぶん、そこにいる人た... 無意味な思考に沈みながら、弁当箱を抱えてベンチにぽつね... 「今日もオムライスなんだ」 さりげない、柔らかな声色。つられて顔をあげる。私の目に... 「一緒に食べてもいい?」 片手に提げたランチバッグを小さく掲げて、環はまた感じよ... 「どうぞ」 拒否する理由もないとはいえ、環の笑顔には断ろうとも断れ... 「ありがとう」 環が嬉しそうに笑う。なんとなく直視できなくて、私は無言... 正直に言えば、この昼休みの間に環が私のところに来ること... 「今日はサンドイッチにしたんだ。私も自分で作ってみたんだ... 私の隣に腰を下ろした環が、ランチバッグからかわいらしい... 「ううん。すごく……すごく上手。おいしそうだね」 環をまねるようにして、私も笑った。頬がぎこちなく歪むの... 「ふふっ、ありがとう」 また環が光のような笑顔をみせた。 なぜこうも上手くやれない。私はそっと陽光に白く輝く校舎... 楽しげにサンドイッチをぱくつく環を視界の端に捉えて、私... ** 私がこんな調子で物事をどこか斜めに捉えるようになってし... その人――今ではもう「にこちゃん」というあだ名しか思い出... 「今日からよろしく」 にこちゃんはどこか悪戯っぽい雰囲気を持った女の子だった... もともと人見知りが激しい私も、にこちゃんとはすぐに打ち... そんな状況に異変が起きたのは、夏休みも目前に迫った頃の... 「ねえどうしよう」 長引く梅雨の蒸し暑い雨が降りしきる日だったと思う。二人... 「どうしたの?」 私は、にこちゃんの表情に内心ぎょっとしながら応えた。決... 「あのね」 にこちゃんは辺りを念入りに見渡して、誰もいないことを確... (あのね、私、……君に告られちゃった) にこちゃんは少し伸びあがるようにして、私にそう耳打ちし... 素早く離れたにこちゃんを、私はぼんやりと眺めていた。に... 「良かったじゃん」 私はなんとかそれだけの言葉を絞り出した。いつもと違うに... 「良くないよ」 にこちゃんは苛立ったようにそう答えた。にこちゃんの表情... 「にこちゃんはさ、好きじゃないの?」 強い緊張を感じながら、私はにこちゃんに質問を投げかけた。 「そういうことじゃないんだよね」 拒絶するように、にこちゃんは言った。 「私はそういう風に誰かと仲良くなっちゃいけないんだよ」 そしてにこちゃんはそっぽを向いた。私はもう、にこちゃん... 黙ったまま歩いていると、程なくしていつもさよならを言う... 黙ったまま歩いていこうとする私の前で、にこちゃんが、渡... 「じゃーあ、ねっ」 そう言って私のほうを勢いよく振り返ったにこちゃんは、真... 「じゃあね」 私はまたびっくりして、つられたようにそう言った。押し殺... 私はいつまでも立ち止まったまま、遠ざかっていくにこちゃ... * 「オムライス弁当ってさ、作るの大変じゃないの?」 環のやわらかい声色で、私は現実に引き戻された。返事をし... 「……いや。チキンライスさえ作って冷凍しておけば卵を焼いて... 会話にほとんど意味はない。それでも環は、心から楽しそう... ** 私がにこちゃんの耳打ちを聞いた、その次の日からにこちゃ... 同じ週、私は保健室の先生に呼び出された。 「あなた、にこちゃんと仲が良かったでしょ? 最近、にこち... 中学校の保健室の先生は、白衣を着た妙齢の女の人だった。... 「にこちゃんがどうかしたんですか?」 何かがおかしい。そう思ったから、私は何も知らないふりを... 「ううん。なんでもないの。時間をもらってごめんなさいね」 にこちゃんの夏風邪は長引いた。一人で学校にいるあいだ、... 結局、にこちゃんの風邪が夏休みまでに治ることはなかった... * チキンライスに混ぜ込んだ、ミックスベジタブルのニンジン... 「私さあ」 期待通り、環がこちらに注意を向ける気配がした。 「私さ、そんなに危なっかしくないよ」 意味深なセリフ。我ながらちょっと恥ずかしい。かまをかけ... 「なにそれ」 じっと注視する私の前で、環は手に取りかけたサンドイッチ... にこちゃんの――そして環の正体、あるいはそこにいる理由は... 「プロジェクト・ハッピースマイル」 新興宗教顔負けのセンスで名付けられた、市教委主導のその... 環の笑顔は揺らがない。 プロジェクトの具体的な内容。クラスに一人、あるいは規模... 「そして保護観察対象の生徒を、クラスメイトとしてサポート... あくまでさりげなく、なんでもないように。そう念じる私の... 「そんな制度、よく知っているね」 環は肯定も否定もしなかった。 「調べたから。ネットとか、図書館とか、全部使って。沢山調... 「じゃあたぶん、私よりずっと詳しいよ」 環は春の日差しのように穏やかに微笑んだ。あの日別れ際に... 「すごく緊張しているよね、大丈夫?」 小刻みに震え続ける私に、環はわずかに体を寄せた。ゆっく... 「もしよければ、だけどさ、私に聞かせてくれないかな。どう... 私には、環の言葉が的確に、私がいま一番求めている許しを... 「私、あんまり話すのが上手じゃないから」 これが、私の精一杯の抵抗。 「いいよ。大丈夫だよ」 環のやさしさが、私の恐れを押し潰してゆくような気がした... 「……情けない」 「どうして?」 「もう、嫌だから。あなたみたいな人のことを消費するのは。... 要領を得ない私の説明に苛立ちをみせることもなく、環はさ... 「それ、もっと聞かせてもらえないかな」 ラベンダーがすっと香って、私の心に染みた。恐れや抵抗す... 気が付くと私はぽつり、ぽつりと話始めていた。にこちゃん... 「だからさ、私、にこちゃんに申し訳なくて。だって同じ中学... 私はそこでようやく話すのをやめた。私が落ち着くのを待っ... 「でもね、あなたが苦しむ必要はないんだよ」 環の瞳が私の姿を映しているのを見た。とんっと高いところ... にも関わらず、目尻からはひどく熱い液体がぽろぽろこぼれ... 「あはは。はは。あんまりにも出来すぎてる」 涙が止まらないままで、私は笑った。体の震えはもう止まっ... 「あーあ、ごめんね。くだらなかったね、ばかみたいだね。よ... 涙で霞んで、私にはそのときの環の表情を知ることはできな... 少しだけ残ったオムライスを、私はよく見えもしないままか... 「今日はごめんね」 弁当箱を片付け終わると、私は環を振り払うようにベンチか... 「ねえ」 環が呼び止めるように声をあげた。私は影に沈むベンチを振... 「知ってる? そのプロジェクト、メンターへの負担が大きす... 私は頷いた。 「だけどそんなの中学生じゃなくたって、だめだよ」 「でもさ。私も、その、にこちゃんって子も、きっとそういう... 環は最後の最後まで、よく抑制された綺麗な表情で私のこと... 「にこちゃんのこと、知っているの」 「ううん。想像しただけ」 環はそっと首を振った。長い黒髪が環の顔の周りでさらさら... 「環ちゃんは……」 どうしてこんなことしているの。苦しくないの。寂しくない... 何か聞かなければいけないような気がしたけれど、どれも言... 「なあに?」 「なんでもない。教室、先に戻ってるから」 わかった、というように環はそっと頷いた。今この瞬間に最... 次に環と相対するとき、私はどんな顔をするだろう。足早に... 終了行: [[活動/霧雨]] **プロジェクト・ハッピースマイル [#y7bc6401] f 完璧な笑顔。そんなものはどうやったって定義しようがない... 私が初めてそんな人と出会ったのは中学校にあがったばかり... * 中庭の隅にある古いベンチは、朝から昼過ぎにかけての間ち... 頭上で響く賑々しい声を私は聞くともなしに聞いていた。す... 眩しそうだ、と私は思った。だけどたぶん、そこにいる人た... 無意味な思考に沈みながら、弁当箱を抱えてベンチにぽつね... 「今日もオムライスなんだ」 さりげない、柔らかな声色。つられて顔をあげる。私の目に... 「一緒に食べてもいい?」 片手に提げたランチバッグを小さく掲げて、環はまた感じよ... 「どうぞ」 拒否する理由もないとはいえ、環の笑顔には断ろうとも断れ... 「ありがとう」 環が嬉しそうに笑う。なんとなく直視できなくて、私は無言... 正直に言えば、この昼休みの間に環が私のところに来ること... 「今日はサンドイッチにしたんだ。私も自分で作ってみたんだ... 私の隣に腰を下ろした環が、ランチバッグからかわいらしい... 「ううん。すごく……すごく上手。おいしそうだね」 環をまねるようにして、私も笑った。頬がぎこちなく歪むの... 「ふふっ、ありがとう」 また環が光のような笑顔をみせた。 なぜこうも上手くやれない。私はそっと陽光に白く輝く校舎... 楽しげにサンドイッチをぱくつく環を視界の端に捉えて、私... ** 私がこんな調子で物事をどこか斜めに捉えるようになってし... その人――今ではもう「にこちゃん」というあだ名しか思い出... 「今日からよろしく」 にこちゃんはどこか悪戯っぽい雰囲気を持った女の子だった... もともと人見知りが激しい私も、にこちゃんとはすぐに打ち... そんな状況に異変が起きたのは、夏休みも目前に迫った頃の... 「ねえどうしよう」 長引く梅雨の蒸し暑い雨が降りしきる日だったと思う。二人... 「どうしたの?」 私は、にこちゃんの表情に内心ぎょっとしながら応えた。決... 「あのね」 にこちゃんは辺りを念入りに見渡して、誰もいないことを確... (あのね、私、……君に告られちゃった) にこちゃんは少し伸びあがるようにして、私にそう耳打ちし... 素早く離れたにこちゃんを、私はぼんやりと眺めていた。に... 「良かったじゃん」 私はなんとかそれだけの言葉を絞り出した。いつもと違うに... 「良くないよ」 にこちゃんは苛立ったようにそう答えた。にこちゃんの表情... 「にこちゃんはさ、好きじゃないの?」 強い緊張を感じながら、私はにこちゃんに質問を投げかけた。 「そういうことじゃないんだよね」 拒絶するように、にこちゃんは言った。 「私はそういう風に誰かと仲良くなっちゃいけないんだよ」 そしてにこちゃんはそっぽを向いた。私はもう、にこちゃん... 黙ったまま歩いていると、程なくしていつもさよならを言う... 黙ったまま歩いていこうとする私の前で、にこちゃんが、渡... 「じゃーあ、ねっ」 そう言って私のほうを勢いよく振り返ったにこちゃんは、真... 「じゃあね」 私はまたびっくりして、つられたようにそう言った。押し殺... 私はいつまでも立ち止まったまま、遠ざかっていくにこちゃ... * 「オムライス弁当ってさ、作るの大変じゃないの?」 環のやわらかい声色で、私は現実に引き戻された。返事をし... 「……いや。チキンライスさえ作って冷凍しておけば卵を焼いて... 会話にほとんど意味はない。それでも環は、心から楽しそう... ** 私がにこちゃんの耳打ちを聞いた、その次の日からにこちゃ... 同じ週、私は保健室の先生に呼び出された。 「あなた、にこちゃんと仲が良かったでしょ? 最近、にこち... 中学校の保健室の先生は、白衣を着た妙齢の女の人だった。... 「にこちゃんがどうかしたんですか?」 何かがおかしい。そう思ったから、私は何も知らないふりを... 「ううん。なんでもないの。時間をもらってごめんなさいね」 にこちゃんの夏風邪は長引いた。一人で学校にいるあいだ、... 結局、にこちゃんの風邪が夏休みまでに治ることはなかった... * チキンライスに混ぜ込んだ、ミックスベジタブルのニンジン... 「私さあ」 期待通り、環がこちらに注意を向ける気配がした。 「私さ、そんなに危なっかしくないよ」 意味深なセリフ。我ながらちょっと恥ずかしい。かまをかけ... 「なにそれ」 じっと注視する私の前で、環は手に取りかけたサンドイッチ... にこちゃんの――そして環の正体、あるいはそこにいる理由は... 「プロジェクト・ハッピースマイル」 新興宗教顔負けのセンスで名付けられた、市教委主導のその... 環の笑顔は揺らがない。 プロジェクトの具体的な内容。クラスに一人、あるいは規模... 「そして保護観察対象の生徒を、クラスメイトとしてサポート... あくまでさりげなく、なんでもないように。そう念じる私の... 「そんな制度、よく知っているね」 環は肯定も否定もしなかった。 「調べたから。ネットとか、図書館とか、全部使って。沢山調... 「じゃあたぶん、私よりずっと詳しいよ」 環は春の日差しのように穏やかに微笑んだ。あの日別れ際に... 「すごく緊張しているよね、大丈夫?」 小刻みに震え続ける私に、環はわずかに体を寄せた。ゆっく... 「もしよければ、だけどさ、私に聞かせてくれないかな。どう... 私には、環の言葉が的確に、私がいま一番求めている許しを... 「私、あんまり話すのが上手じゃないから」 これが、私の精一杯の抵抗。 「いいよ。大丈夫だよ」 環のやさしさが、私の恐れを押し潰してゆくような気がした... 「……情けない」 「どうして?」 「もう、嫌だから。あなたみたいな人のことを消費するのは。... 要領を得ない私の説明に苛立ちをみせることもなく、環はさ... 「それ、もっと聞かせてもらえないかな」 ラベンダーがすっと香って、私の心に染みた。恐れや抵抗す... 気が付くと私はぽつり、ぽつりと話始めていた。にこちゃん... 「だからさ、私、にこちゃんに申し訳なくて。だって同じ中学... 私はそこでようやく話すのをやめた。私が落ち着くのを待っ... 「でもね、あなたが苦しむ必要はないんだよ」 環の瞳が私の姿を映しているのを見た。とんっと高いところ... にも関わらず、目尻からはひどく熱い液体がぽろぽろこぼれ... 「あはは。はは。あんまりにも出来すぎてる」 涙が止まらないままで、私は笑った。体の震えはもう止まっ... 「あーあ、ごめんね。くだらなかったね、ばかみたいだね。よ... 涙で霞んで、私にはそのときの環の表情を知ることはできな... 少しだけ残ったオムライスを、私はよく見えもしないままか... 「今日はごめんね」 弁当箱を片付け終わると、私は環を振り払うようにベンチか... 「ねえ」 環が呼び止めるように声をあげた。私は影に沈むベンチを振... 「知ってる? そのプロジェクト、メンターへの負担が大きす... 私は頷いた。 「だけどそんなの中学生じゃなくたって、だめだよ」 「でもさ。私も、その、にこちゃんって子も、きっとそういう... 環は最後の最後まで、よく抑制された綺麗な表情で私のこと... 「にこちゃんのこと、知っているの」 「ううん。想像しただけ」 環はそっと首を振った。長い黒髪が環の顔の周りでさらさら... 「環ちゃんは……」 どうしてこんなことしているの。苦しくないの。寂しくない... 何か聞かなければいけないような気がしたけれど、どれも言... 「なあに?」 「なんでもない。教室、先に戻ってるから」 わかった、というように環はそっと頷いた。今この瞬間に最... 次に環と相対するとき、私はどんな顔をするだろう。足早に... ページ名: