開始行: **サークル・クラッシュ [#vf44a7c4] 篠瀬櫂 集合時間を十五分ほど過ぎても、探している人影は改札口に... 〈城南商科大学ミステリー研究会の夏合宿、集合失敗のため開... 雨の降りしきるロータリーを振り返りながら、僕の頭に浮か... 「あの……」 膨らみはじめた不安が遠慮を押しのけて、ためらいながらも... 「僕ら以外誰一人来てませんけど、みんなちゃんと間に合うん... 「来なかったらどうなるんでしょうか?」 「バスって午前中にあれ一本でしたよね?」 「あとアメニティって何があるんでしょうか? バスタオルが... 僕の再三の呼びかけにも応じずに、さっきから渋い顔をして... 四月に入部して以来話す機会も少なくて、ちょっととっつき... 「えっと……」 「ん」 それまで画面に注がれてた視線が、ふいに上がって僕へと向... 「メール、LINE、Twitter、あと電話。こっちからとれる方法で... 「あ、ありがとうございます……」 我関せず、なスタンスの表明かと思ってたら、ちゃんと連絡... 少し自分が恥ずかしくなって、僕は言われたとおりに待つこ... 次の電車が来るのが四十五分。目的地へのバスが出るのが四... 本当の本当に、間に合えばいいけど。 祈りは果たして叶えられた。 「おー、いたいた!」 のべつまくなしに喋りあいながら、四人の男女が歩いてくる。 「ごめんね、先輩が乗り換えのホーム間違えちゃって……」 「待て、おれに任せたおまえらにも責任があるんじゃ」 「まあ、それもそうですけど」 「アヤツジさん、先輩を甘やかさないでください!」 「三つ上に対する発言とは思えないね……」 集団の中心にいてなじられたり弁護されたりしている、ひと... アユカワ先輩とは対照的に、背が小さくてきびきび動くのが... 時に峻厳に過ぎるヤマグチ女史の追及を、なだめる側に回る... そうそう、自己紹介が遅れていたけども、僕ことキタヤマは... 「お、なんかめっちゃ通知来てる」 「このへんの区間、けっこう電波届かないとこ多いんですよ」 「山ん中だし、トンネルとか多いし、しょうがないよねー」 ウタノさんの連絡が届かなかったのは、どうも通信エリアの... 無事合流できた安堵もあってか、めいめいに言葉を交わし合... 何かに気づいたヤマグチ女史が、ふいに注意を呼びかけた。 「そうだ、談笑してる場合じゃないですよ。バスが出ちゃいま... 「わ。それはやばい」 「先輩! そっちじゃありません!」 またしてもあらぬ方向へ駆け出そうとするアユカワ先輩を、... バスは降り止まない雨の中へと、ミス研ご一行様を吐き出し... 「うわ、シマダ先輩の靴、ガチのやつじゃないですか。登山と... 歩きはじめてから数分ほど経って、足元を覗き込みながらウ... 「あー、いや、一応、ハイキング用のだけどね」 言われてみればなるほど確かに、作りのしっかりした靴に見... 各位の足元を順々に眺めて、いまひとつ似たような靴を履い... 「あれ、アヤツジさんも山、登られるんですか?」 「最近はじめたばっかりなんだけど」 「へえ」 見かけによらないなあとなんとなく思って、僕自身アヤツジ... 「……にしても、ここまで降るとは思わなかったな」 一向に弱まろうとしない雨足を前に、シマダ先輩が空を仰ぐ。 「予報だと晴れだったんけどね」 「山の天気は変わりやすいですから」 「こりゃほとんど死の行軍だよ」 「それは先輩だけです」 応急処置のつもりなのか、頭にビニール袋をかぶって歩いて... 先輩だけ、でもなかったのかも。 長い道のりと止まない雨に、みんながそう思いはじめている... 軽口をたたきながら歩いていた僕らも、しだいに言葉数を減... 文弱の徒たちの足腰を試すかのごとく、延々と容赦なく続い... そこから折れ曲がる道の脇には、ちょっとした展望台のよう... 「お、東屋もあんじゃん。ここで休憩しよ? ね? 休憩!」 窮地に追い込まれた小動物のように、皆へ訴えかけるアユカ... 「そうですね、このあたりでちょっと休んだ方が」 シマダ先輩の一言も背中を押して、僕たちはここで雨宿りを... 荷を下ろし、ベンチに腰掛けて外を眺めていると、雨脚が段... 上空にずっと居座っていた雨雲がどんどん吹き散らされ、し... 濡れた山並みのあらゆる場所へ、暖かい光線がその足を降ろ... 絶え間なく表情を変え続ける、淡い灰白色と緑が入り交じっ... 「ほら、キタヤマくんもいつまで休憩してるんですか。もう行... 女史の声に引き戻されるようにして、僕は皆の待つ方へと振... 「やーついたついた」 事前の予定よりいくらか遅れて、一行は目指すキャンプサイ... 「歩いてくるとこじゃないよホント。レンタカーでも出せば良... 閑散とした駐車場を横目に、疲れ切った様子のアユカワ先輩... 「いや、『歩くほうが道中楽しいかも』って言い出したの先輩... 「あんときは雨降るなんて思ってなかったの!」 「……まあいいや。じゃ私、鍵もらってきますね」 今回の幹事を引き受けている女史が管理棟へ向かい、数分の... 「はいこれ。バーベキュー用品とかは先に置いてくれてるみた... 受付で受け取ったらしいパンフレットを配りながら、新たに... 「これ――橋まで歩くとけっこう遠回りになっちゃいますね」 ウタノさんの声に従ってパンフレットを開き、最後のページ... 管理棟とコテージの間には一筋の川が流れていて、橋がかか... 「川って言ってもチョロチョロっと流れてるだけでしょ? 渡... 「えー。わたし濡れるのやだな」 あっけらかんとしたアユカワ先輩と、難色を示すアヤツジさ... まあ一応は見てみようかということになって、一同は一直線... 問題の川に近づくにつれ、次第にせせらぎの音が聞こえだす。 「うわ、そこそこの水量じゃないですか」 「聞いて極楽見て地獄ってことも……」 「それは、逆では」 言い出しっぺのアユカワ先輩が、川べりに降りて様子を見に... 「おーい。なんかいけそうだぞ」 本当に? と訝しみながら、待っていた僕たちは順ぐりに降... 「ほら、これなら渡れるだろ」 アユカワさんの言葉は確かに、まったくの嘘というわけでも... 誰かの手によって並べられたのか、はたまた偶然の産物か、... 「げー、冗談きつくないですか」 「絶対押さないでくださいね! これ、フリじゃないですから... 口々に文句をいいながらも、先輩たちはなんだかんだ器用に... 「ほら、キタヤマくんも」 すでに対岸に降りたったアヤツジさんが、うっすらと口元に... 見るからに不安定そうだった大きめの石は、体重をあずけて... 無事全員が渡りきったのを見て、アユカワ先輩はどこか得意... 「ほら、認めてもいいぞ。『たまにはアユカワさんにもついて... 「やめてください。それ、似てませんし」 さんざん女史にやりこめられてるだけあって、かなりいい線... 勾配を斜めに登っていくと、コテージを中心に散らばるいく... コテージの辺り一帯は砂利敷になっていて、まだ濡れていた... 「他にも何軒か建ってたんだね」 「ええ。だけど今日はわたしたちだけのはずです」 事務所で確認しましたから、と言いながら女史がドアを解錠... 「おお、これはまたいかにもな……」 日当たり良好なフローリングのリビングには、背もたれの大... 「つか、設備が揃いすぎてて山に来た感皆無だね」 ウタノ先輩の率直な感想。 「いいんですよ、どうせみんな根はインドア派なんだし。はい... 女史に急き立てられながら階段を上ると、ふすまを開けた先... 「「「「うお、暑づ~」」」」 開けはなした瞬間に流れ出す淀みきった熱気が、その場にい... 「なにしてんのほら、エアコンつけてエアコン」 畳敷きに荷物を下ろしてもいない僕に、アユカワさんのこの... 柱にかかったリモコンを見つけて、設定温度を最低の十八に。 吹き出した冷風がほどなくして部屋全体を冷やし、僕らは生... 「あー、極楽じゃー」 「しかしなんだね、原稿ほっぽって遊びに来ちゃったけど、せ... 手足を伸ばして気持ちよさそうに転がりながら、シマダさん... 二回生のイヌイさんはたった今も、『赤死館』――次号で刊行... 「殊勝なことをおっしゃいますけど、先輩も今の今まで忘れら... 「ウタノくんほど薄情じゃないよ。頭の片隅にはずっと置いて... 「そりゃどうも」 そういえば喉も渇いたことだし、男部屋に籠もるのもなんだ... こちらも冷房がよくきいている、明るくて広い洋風のリビン... 「さっきから思ってたんだけどさあ、なんか女子部員の方が寝... 「ま、そこは役得ってやつじゃないですか。それに女子はイヌ... 少々不満げなアユカワ先輩を、いつものごとくシマダさんが... まあ和室だっていかにも「合宿」って感じがして、僕はむし... 「ねえ、こういうとこ来るとついつい思い出しちゃわない? ... ソファに沈み込んでいたアヤツジさんが、紙コップへオレン... 「晩夏っつーか、初秋だけどな、今」 蓋をしめたペットボトルを冷蔵庫に戻しながら、おざなりに... 「いやいや、こないだも知り合いに言われたよー。『ミス研の... 「たぶん言いたかったのは密室じゃなくてクローズド・サーク... そうそう。先輩の指摘はもっともだ。 合宿→デスゲームなんて連想が働く時点で、けっこうミス研向... なんて一人合点をしていたら、同じく傍らで聞いていたウタ... 「だいたいなんでクローズドサークルなんて作んなきゃいけな... クローズドサークルの制作動機か。今の今まで考えたことも... 「それはほら、あれじゃない? 逃げ場のない環境でひとりひ... 「あー、それはあるか」 さらっとえげつないことを言いはじめる女史と、一応は腑に... 「あとは……それこそデスゲームものだったらやっぱり、フィー... 飲み干した紙コップをテーブルに置いて、考え込んでいたシ... 「あ、それもあるでしょうね。でもやっぱり作品の外側にいる... ふたつの異なる見方を示されても、ウタノさんは依然納得が... 唐突に現れた別の話題に、僕はふと引っかかる感じを覚えた。 「えと」 こちらに顔を向けたウタノ先輩を見ながら、少し緊張しなが... 「作者側の動機って、具体的にはどういうことですか?」 「ああ、そこは説明不足かも」 よかった。どうやら的外れな疑問ではなかったみたいだ。 「思うにクローズドサークルっていうのは大体の場合、ミステ... 「被疑者を特定の何人かに絞り込み、捜査機関の介入を退け、... それを言ったらおしまいなんじゃ……という言葉がせり上がっ... 「ウタノくんは自分でも書く人だから、なおさらそっちに目が... 耳を傾けていたシマダさんがやんわりと、若干ぎくしゃくと... 「ぜんぜん意識してなかったですけど、まあそれはあるのかも... 「おい! それこそ書き手によりけりだろ? 例えばさぁ……」 突如割って入ったアユカワ先輩の、何人かの商業作家の名前... とりとめもない話を延々と続け、そのままの流れで「読書会... 「じゃ、ぼちぼちはじめるか」 シマダ先輩がひょいと立ち上がり、靴をひっかけて外へ出て... 僕が中くらいの遅さで外に出ると、先輩たちはもうおおかた... 「あ、キタヤマくん。中に置いてる紙皿とか取ってきてくれな... 僕に気がついたらしいアヤツジさんが声を上げる。 沈みゆく夕日の最後の輝きが、おぼろな輪郭を優しく照らし... 「あ、はい!」 大義そうに出てきたアユカワさんと玄関ですれ違って、使い... テーブルの端に中身を積み上げながら、準備を進める先輩た... シマダさんが慣れた手付きで炭に火を移すと、すかさず肉が... 「ヤマグチくん、ちょっとペース早くない?」 しばらくもしないうちに数個は缶を空けてしまっている女史... 「先輩に言われたくないですよ。それに今日はもう私の仕事、... 年上を含む一同のお守りは、確かになかなかにストレスフル... だからこの場はそっとしておこう……ということで、僕らはそ... 片付けをあらかた終えて撤収に移る段になって、ふと今晩に... 「そういえば夜の上映会用に、一本映画を用意してきてるんで... 尋ねるとウタノさんはうなずいてくれたけど、シマダ先輩は... 「上映会もいいけど、その前に風呂かな。たぶん俺ら今めっち... 「全員煙かぶってるから平気じゃないですか?」 「そういう問題ではない」 コテージには立派な露天風呂が併設されていて、中からは内... 完全に露天風呂の気分になってリビングに戻ると、ソファで... ほとんどの面倒事を一手にひきうけ、昼のあいだ誰よりもき... 「もうちょいここで様子見とくから、みんなまとめて先入って... アヤツジさんのありがたいお言葉に甘えて、僕らは意気揚々... ……そうやって男四人には狭すぎる脱衣所で、めいめいに服を... 「湯船の方がいくら大きくってもさ……」 「内風呂の浴室って、もともと最初っから一人分のスペースし... そんなのひとりくらい先に気がついとけよと心底思うけど、... 「え? 何? おまえら、先に身体洗う派?」 頭を抱えている僕たちを尻目に、いち早く外の湯船につかっ... 「おい、こっち来てみ、星がすげえ見えんの」 これしきの誤算には微塵も動じず、悠々と露天を楽しむ姿は... 「まあでも、順々に使うしかない。ですよね……」 ため息をもらすウタノさんの言う通りで、今更脱衣所に戻る... 騒ぐほどのことでもないよな、と思い直すことにして、回っ... 「おお……」 湯船の縁に背中をあずけると、頭上の夜空を見渡すのも楽だ... 「……でさ、この映画、原作が例の小説なんだよね」 「ええ、あのトリックって文章以外ではやれないやつなんじゃ」 ぞろぞろ風呂から上がってくると、僕たちはさっそく上映会... 「いやいや、そこが監督の腕の見せ所ってわけよ……ああ、ネタ... 得意げに焦らすようなことを言いながら、ディスクをプレイ... 「配信でも観られるんだけど、オーディオコメンタリーもぜひ... 「おお、オッタクゥ~~」 「そんなに観る前からハードル上げちゃっていいの?」 「や、大丈夫です。これは太鼓判押します」 先輩たちの茶化しにも動じず、ウタノさんは自信満々でメニ... あのうるさ方のウタノさんがこれだけ推すんだから、これは... なかなか上がって来ないアヤツジさんを待ちながら、思いの... 「おまた」 延々と与太話が続くリビングに、アヤツジさんがすっと姿を... ……お風呂上がりの女の人って、どうしてこんなにきれいなん... 視線を意識されそうになって焦るくらいには、僕はしばらく... 僕らのものと同じ男女兼用のパジャマは、アヤツジさんが着... 「あ、そういえば女史は?」 今更のようにウタノさんがたずねる。 「寝かしといたよ。さっき、君らが風呂入ってる間に」 「よーし。じゃ、はじめますよ」 数十回目のループに入ろうとしていたメニュー画面にリモコ... ……あれ、どこだ。ここ。 暗闇と、日に灼けたい草の匂い。視線の高さがいつもより低... そうか、大学のミス研で合宿に来てて。 そのままのっそりと身体を起こし、寝転がる先輩たちを踏ま... トイレに行きたくて目が覚めたのだった。 一階へと続く階段を、一段一段慎重に降りる。照明の落とさ... 用を足してしまうと人心地ついて、のんびりと手を洗うこと... 部屋に戻ろうときびすを返し、電気を消してリビングへ出よ... 女子部屋の扉が開く音だ。 束の間凍りついたように洗面所に立ちつくし、トイレだろう... 妙だ。 酔いが覚めないままあらぬ方向へ向かってるのか、それとも... 外壁を羽虫の飛び交う外灯の下に、見慣れた男性の人影が見... 玄関のドアの音が小さく響いて、そこへ足音の主が現れる。... やはりこちらも見紛うことのない、アヤツジ先輩の姿がそこ... ふたりがゆったりと手をつないで、歩調を揃えて歩きだした... けれどもこれといった決断もないままに、どういうわけだか... 足元の砂利が足音を立てて、気取られやしないかと心配する... 昼間に来た道を途中から逸れて、ふたりは先を進んでいく。... *** コテージに戻って布団に入ったものの、満足に眠ることはで... 朝の日差しに目をしょぼしょぼさせながら、漫然と昨晩のル... ぼんやりと歩き続けるうちに、僕は昨晩気がつくことのなか... 眩いばかりの朝日。 夜闇が覆い隠していた一切の物事を、容赦なくずけずけと暴... *** 「ありゃ、早いね」 「どこ行ってたの?」 ふたたび男部屋へと帰ってきたときには、アユカワ先輩とウ... 「あ、いえ……」 寝息を立てているシマダさんに視線を遣り、ショルダーバッ... 「ちょっと、朝の散歩に」 ばらばらに朝食をとって荷造りを済ませても、チェックアウ... そんな中で何も言わずに出ていったウタノさんが帰ってきた... 「あれ? ウタノ、めっちゃ濡れてない?」 この日一歩も外に出ていなかったアユカワ先輩が、真っ先に... 「昨日使ったコンロとか網とか洗い直してたんすけど、ホース... 「何やってんだよもう」 「タオルあるけど使う?」 「あ、ありがとうございます」 けなされたり気遣われたりしながら、ウタノさんはゴシゴシ... 飛び石を渡って、山道に出て、事務所へ鍵を返しに行った女... あまりにもスムーズすぎる一連の流れに、強烈な違和感が僕... おかしい。 こんなはずはない。 こんなはずはないんだけど、それよりも……。 山道を下り、バスに乗り込んで、麓の駅を目指すあいだじゅ... この中の誰かが、僕のやったことに気がついた。それでいて... 長い待ち時間のあとやってきた各停の、がら空きのクロスシ... 乗降客のいない駅をいくつも過ぎるうち、はしゃいでいた面... いびきを立てはじめたシマダ先輩の頭が、勢いよくがくんと... びくり、と体が震えるのを感じた。右手がゆっくりとポケッ... 《ちょっと話がある》 《ひとに聞かれたくないから》 《車両の連結部まで行こう》 来た。 送り主は予想通り、目の前に座っているウタノさん。 車両に乗客は数えるほどしかいなかった。おもむろに席を立... 薄暗く狭い連結部。いまだ一言もことばを発さないまま、僕... 前触れなく列車がトンネルへと入る。鉄の箱と山塊に二重に... 僕の焦れたような視線に促されてか、ウタノさんはやがて口... 「最初に言っておきたいんだけど、きみを糾弾しようとなんて... そうだよな。 見抜かれてたんだ。全部。 鈍い痛みが胸を突いて、だけどウタノさんはまだ話している... 「……それにきみもミス研会員なら、『解決編』ってのを一応は... そこまで話し終えて一拍。 僕の沈黙から、ウタノさんは肯定の意思を察したようだった。 「さて……」 何から話をはじめたものか、少しの間決めかねた様子を見せ... 「すべてを明らかにするためには、あまりにも時間が足りなか... 「想像はついてるだろうけど、おれがやったことはなんでもな... 「その時点では、どうしてきみがあんなことをしたのかなんて... 僕が飛び石を崩していたことを、ウタノさんはやはり見逃し... 「動機は不明だったと言っても、ちょっと落ち着いて整理して... 「昨日クローズドサークルの話をしたのは覚えてるよね。あそ... 「まあ、そう呼んでしまっていいのかには議論があるだろうけ... 「だから『犯人』の動機として、僕たちをあそこへ閉じ込めた... クローズドサークルものの導入部分、外との出入り口が寸断... 「決まってるよね、残された脱出手段を探ることだ。この場合... 「うん。そこまではいい。そこまではいいんだけど……結局のと... 有無を言わせない追及の視線が、ずいと持ち上げられて僕を... 「聞かせてくれるかな。きみのその、本当の動機というのを」 そうして僕は話すしかなかった。夜にシマダさんがコテージ... 「……朝になって、川のほとりに足跡が残ってることに気がつい... コテージの周囲は砂利敷だったから、足跡がはっきりと残る... 他に踏みしめた者がいない中で、大小二種類の足跡は嫌でも... 「そうやって会内に気まずい雰囲気を作って、ちょっとでも八... 口に出されるとあらためて、僕の犯行と動機は稚拙に思えた... 「飛び石が流されてしまうことくらい、自然に起こったとして... ちょっとあんまりにも突発的な思いつきで、目論見通りに進... いやもう、まったくもってその通りです。僕からつけ足すべ... ああ、そうだ。 「ひとつだけいいですか」 残された疑問点に思い至って、やけくその境地で質問してみ... 「どうぞ」 「先輩はさっき『嫌な予感がした』んだって言いました。それ... 「そうだよ」 「あのとき、部屋にはアユカワさんも起きていた。なのに変だ... 「ああ、それを忘れてた」 本当になんでもないことなんだ、と前置きしてウタノさんは... 「きみが男部屋に戻ってきたあのとき、下げてたショルダーバ... ああ、そんなことで! 「確か昨日の朝のことだけど、駅でそれについて少し話をした... 「何か濡れることをしたんだな。と思ったよ。朝風呂だろうと... 「歩きまわってかいた汗を拭くためだろうか? だけど汗を拭... あのあたりで濡れる可能性がある場所といえばもう川しかな... 「飛び石を動かそうとすればどうしても、一度は川に入る必要... 「とりわけおれが推理能力にすぐれていたというわけじゃあな... トンネルの多い路線を抜けて、列車は水田の中を走っていた... 僕の犯行を丁寧に腑分けし終えて、ウタノさんはそれ以上の... これ以上ないくらいに居心地の悪い沈黙が続き、ふたりとも... 「なあキタヤマくん、きみ、ミス研をやめようと思ってるだろ」 さっきまでのように目を見据えることもしないで、ずいぶん... 「だけどこんなのはほんとうにしょうもない、どんなふうに起... 言っている意味がさっぱりわからなくて、遠慮しながらも戸... 「や、というのはね、誰がやっててもおかしくなかったってい... 「おれもアヤツジさんに憧れてたんだよ」 なんだこの人は。 そんなことが僕を引き止めるきっかけになるとでも、本当に... 真顔のウタノさんがあんまりにもおかしくて、思わず状況を... 車窓に映る幾筋もの雲が、次の季節の訪れを告げていた。 夏が終わる。 間の抜けた顔をしてお互いを眺めながら、僕らは快走を続け... 〈了〉 終了行: **サークル・クラッシュ [#vf44a7c4] 篠瀬櫂 集合時間を十五分ほど過ぎても、探している人影は改札口に... 〈城南商科大学ミステリー研究会の夏合宿、集合失敗のため開... 雨の降りしきるロータリーを振り返りながら、僕の頭に浮か... 「あの……」 膨らみはじめた不安が遠慮を押しのけて、ためらいながらも... 「僕ら以外誰一人来てませんけど、みんなちゃんと間に合うん... 「来なかったらどうなるんでしょうか?」 「バスって午前中にあれ一本でしたよね?」 「あとアメニティって何があるんでしょうか? バスタオルが... 僕の再三の呼びかけにも応じずに、さっきから渋い顔をして... 四月に入部して以来話す機会も少なくて、ちょっととっつき... 「えっと……」 「ん」 それまで画面に注がれてた視線が、ふいに上がって僕へと向... 「メール、LINE、Twitter、あと電話。こっちからとれる方法で... 「あ、ありがとうございます……」 我関せず、なスタンスの表明かと思ってたら、ちゃんと連絡... 少し自分が恥ずかしくなって、僕は言われたとおりに待つこ... 次の電車が来るのが四十五分。目的地へのバスが出るのが四... 本当の本当に、間に合えばいいけど。 祈りは果たして叶えられた。 「おー、いたいた!」 のべつまくなしに喋りあいながら、四人の男女が歩いてくる。 「ごめんね、先輩が乗り換えのホーム間違えちゃって……」 「待て、おれに任せたおまえらにも責任があるんじゃ」 「まあ、それもそうですけど」 「アヤツジさん、先輩を甘やかさないでください!」 「三つ上に対する発言とは思えないね……」 集団の中心にいてなじられたり弁護されたりしている、ひと... アユカワ先輩とは対照的に、背が小さくてきびきび動くのが... 時に峻厳に過ぎるヤマグチ女史の追及を、なだめる側に回る... そうそう、自己紹介が遅れていたけども、僕ことキタヤマは... 「お、なんかめっちゃ通知来てる」 「このへんの区間、けっこう電波届かないとこ多いんですよ」 「山ん中だし、トンネルとか多いし、しょうがないよねー」 ウタノさんの連絡が届かなかったのは、どうも通信エリアの... 無事合流できた安堵もあってか、めいめいに言葉を交わし合... 何かに気づいたヤマグチ女史が、ふいに注意を呼びかけた。 「そうだ、談笑してる場合じゃないですよ。バスが出ちゃいま... 「わ。それはやばい」 「先輩! そっちじゃありません!」 またしてもあらぬ方向へ駆け出そうとするアユカワ先輩を、... バスは降り止まない雨の中へと、ミス研ご一行様を吐き出し... 「うわ、シマダ先輩の靴、ガチのやつじゃないですか。登山と... 歩きはじめてから数分ほど経って、足元を覗き込みながらウ... 「あー、いや、一応、ハイキング用のだけどね」 言われてみればなるほど確かに、作りのしっかりした靴に見... 各位の足元を順々に眺めて、いまひとつ似たような靴を履い... 「あれ、アヤツジさんも山、登られるんですか?」 「最近はじめたばっかりなんだけど」 「へえ」 見かけによらないなあとなんとなく思って、僕自身アヤツジ... 「……にしても、ここまで降るとは思わなかったな」 一向に弱まろうとしない雨足を前に、シマダ先輩が空を仰ぐ。 「予報だと晴れだったんけどね」 「山の天気は変わりやすいですから」 「こりゃほとんど死の行軍だよ」 「それは先輩だけです」 応急処置のつもりなのか、頭にビニール袋をかぶって歩いて... 先輩だけ、でもなかったのかも。 長い道のりと止まない雨に、みんながそう思いはじめている... 軽口をたたきながら歩いていた僕らも、しだいに言葉数を減... 文弱の徒たちの足腰を試すかのごとく、延々と容赦なく続い... そこから折れ曲がる道の脇には、ちょっとした展望台のよう... 「お、東屋もあんじゃん。ここで休憩しよ? ね? 休憩!」 窮地に追い込まれた小動物のように、皆へ訴えかけるアユカ... 「そうですね、このあたりでちょっと休んだ方が」 シマダ先輩の一言も背中を押して、僕たちはここで雨宿りを... 荷を下ろし、ベンチに腰掛けて外を眺めていると、雨脚が段... 上空にずっと居座っていた雨雲がどんどん吹き散らされ、し... 濡れた山並みのあらゆる場所へ、暖かい光線がその足を降ろ... 絶え間なく表情を変え続ける、淡い灰白色と緑が入り交じっ... 「ほら、キタヤマくんもいつまで休憩してるんですか。もう行... 女史の声に引き戻されるようにして、僕は皆の待つ方へと振... 「やーついたついた」 事前の予定よりいくらか遅れて、一行は目指すキャンプサイ... 「歩いてくるとこじゃないよホント。レンタカーでも出せば良... 閑散とした駐車場を横目に、疲れ切った様子のアユカワ先輩... 「いや、『歩くほうが道中楽しいかも』って言い出したの先輩... 「あんときは雨降るなんて思ってなかったの!」 「……まあいいや。じゃ私、鍵もらってきますね」 今回の幹事を引き受けている女史が管理棟へ向かい、数分の... 「はいこれ。バーベキュー用品とかは先に置いてくれてるみた... 受付で受け取ったらしいパンフレットを配りながら、新たに... 「これ――橋まで歩くとけっこう遠回りになっちゃいますね」 ウタノさんの声に従ってパンフレットを開き、最後のページ... 管理棟とコテージの間には一筋の川が流れていて、橋がかか... 「川って言ってもチョロチョロっと流れてるだけでしょ? 渡... 「えー。わたし濡れるのやだな」 あっけらかんとしたアユカワ先輩と、難色を示すアヤツジさ... まあ一応は見てみようかということになって、一同は一直線... 問題の川に近づくにつれ、次第にせせらぎの音が聞こえだす。 「うわ、そこそこの水量じゃないですか」 「聞いて極楽見て地獄ってことも……」 「それは、逆では」 言い出しっぺのアユカワ先輩が、川べりに降りて様子を見に... 「おーい。なんかいけそうだぞ」 本当に? と訝しみながら、待っていた僕たちは順ぐりに降... 「ほら、これなら渡れるだろ」 アユカワさんの言葉は確かに、まったくの嘘というわけでも... 誰かの手によって並べられたのか、はたまた偶然の産物か、... 「げー、冗談きつくないですか」 「絶対押さないでくださいね! これ、フリじゃないですから... 口々に文句をいいながらも、先輩たちはなんだかんだ器用に... 「ほら、キタヤマくんも」 すでに対岸に降りたったアヤツジさんが、うっすらと口元に... 見るからに不安定そうだった大きめの石は、体重をあずけて... 無事全員が渡りきったのを見て、アユカワ先輩はどこか得意... 「ほら、認めてもいいぞ。『たまにはアユカワさんにもついて... 「やめてください。それ、似てませんし」 さんざん女史にやりこめられてるだけあって、かなりいい線... 勾配を斜めに登っていくと、コテージを中心に散らばるいく... コテージの辺り一帯は砂利敷になっていて、まだ濡れていた... 「他にも何軒か建ってたんだね」 「ええ。だけど今日はわたしたちだけのはずです」 事務所で確認しましたから、と言いながら女史がドアを解錠... 「おお、これはまたいかにもな……」 日当たり良好なフローリングのリビングには、背もたれの大... 「つか、設備が揃いすぎてて山に来た感皆無だね」 ウタノ先輩の率直な感想。 「いいんですよ、どうせみんな根はインドア派なんだし。はい... 女史に急き立てられながら階段を上ると、ふすまを開けた先... 「「「「うお、暑づ~」」」」 開けはなした瞬間に流れ出す淀みきった熱気が、その場にい... 「なにしてんのほら、エアコンつけてエアコン」 畳敷きに荷物を下ろしてもいない僕に、アユカワさんのこの... 柱にかかったリモコンを見つけて、設定温度を最低の十八に。 吹き出した冷風がほどなくして部屋全体を冷やし、僕らは生... 「あー、極楽じゃー」 「しかしなんだね、原稿ほっぽって遊びに来ちゃったけど、せ... 手足を伸ばして気持ちよさそうに転がりながら、シマダさん... 二回生のイヌイさんはたった今も、『赤死館』――次号で刊行... 「殊勝なことをおっしゃいますけど、先輩も今の今まで忘れら... 「ウタノくんほど薄情じゃないよ。頭の片隅にはずっと置いて... 「そりゃどうも」 そういえば喉も渇いたことだし、男部屋に籠もるのもなんだ... こちらも冷房がよくきいている、明るくて広い洋風のリビン... 「さっきから思ってたんだけどさあ、なんか女子部員の方が寝... 「ま、そこは役得ってやつじゃないですか。それに女子はイヌ... 少々不満げなアユカワ先輩を、いつものごとくシマダさんが... まあ和室だっていかにも「合宿」って感じがして、僕はむし... 「ねえ、こういうとこ来るとついつい思い出しちゃわない? ... ソファに沈み込んでいたアヤツジさんが、紙コップへオレン... 「晩夏っつーか、初秋だけどな、今」 蓋をしめたペットボトルを冷蔵庫に戻しながら、おざなりに... 「いやいや、こないだも知り合いに言われたよー。『ミス研の... 「たぶん言いたかったのは密室じゃなくてクローズド・サーク... そうそう。先輩の指摘はもっともだ。 合宿→デスゲームなんて連想が働く時点で、けっこうミス研向... なんて一人合点をしていたら、同じく傍らで聞いていたウタ... 「だいたいなんでクローズドサークルなんて作んなきゃいけな... クローズドサークルの制作動機か。今の今まで考えたことも... 「それはほら、あれじゃない? 逃げ場のない環境でひとりひ... 「あー、それはあるか」 さらっとえげつないことを言いはじめる女史と、一応は腑に... 「あとは……それこそデスゲームものだったらやっぱり、フィー... 飲み干した紙コップをテーブルに置いて、考え込んでいたシ... 「あ、それもあるでしょうね。でもやっぱり作品の外側にいる... ふたつの異なる見方を示されても、ウタノさんは依然納得が... 唐突に現れた別の話題に、僕はふと引っかかる感じを覚えた。 「えと」 こちらに顔を向けたウタノ先輩を見ながら、少し緊張しなが... 「作者側の動機って、具体的にはどういうことですか?」 「ああ、そこは説明不足かも」 よかった。どうやら的外れな疑問ではなかったみたいだ。 「思うにクローズドサークルっていうのは大体の場合、ミステ... 「被疑者を特定の何人かに絞り込み、捜査機関の介入を退け、... それを言ったらおしまいなんじゃ……という言葉がせり上がっ... 「ウタノくんは自分でも書く人だから、なおさらそっちに目が... 耳を傾けていたシマダさんがやんわりと、若干ぎくしゃくと... 「ぜんぜん意識してなかったですけど、まあそれはあるのかも... 「おい! それこそ書き手によりけりだろ? 例えばさぁ……」 突如割って入ったアユカワ先輩の、何人かの商業作家の名前... とりとめもない話を延々と続け、そのままの流れで「読書会... 「じゃ、ぼちぼちはじめるか」 シマダ先輩がひょいと立ち上がり、靴をひっかけて外へ出て... 僕が中くらいの遅さで外に出ると、先輩たちはもうおおかた... 「あ、キタヤマくん。中に置いてる紙皿とか取ってきてくれな... 僕に気がついたらしいアヤツジさんが声を上げる。 沈みゆく夕日の最後の輝きが、おぼろな輪郭を優しく照らし... 「あ、はい!」 大義そうに出てきたアユカワさんと玄関ですれ違って、使い... テーブルの端に中身を積み上げながら、準備を進める先輩た... シマダさんが慣れた手付きで炭に火を移すと、すかさず肉が... 「ヤマグチくん、ちょっとペース早くない?」 しばらくもしないうちに数個は缶を空けてしまっている女史... 「先輩に言われたくないですよ。それに今日はもう私の仕事、... 年上を含む一同のお守りは、確かになかなかにストレスフル... だからこの場はそっとしておこう……ということで、僕らはそ... 片付けをあらかた終えて撤収に移る段になって、ふと今晩に... 「そういえば夜の上映会用に、一本映画を用意してきてるんで... 尋ねるとウタノさんはうなずいてくれたけど、シマダ先輩は... 「上映会もいいけど、その前に風呂かな。たぶん俺ら今めっち... 「全員煙かぶってるから平気じゃないですか?」 「そういう問題ではない」 コテージには立派な露天風呂が併設されていて、中からは内... 完全に露天風呂の気分になってリビングに戻ると、ソファで... ほとんどの面倒事を一手にひきうけ、昼のあいだ誰よりもき... 「もうちょいここで様子見とくから、みんなまとめて先入って... アヤツジさんのありがたいお言葉に甘えて、僕らは意気揚々... ……そうやって男四人には狭すぎる脱衣所で、めいめいに服を... 「湯船の方がいくら大きくってもさ……」 「内風呂の浴室って、もともと最初っから一人分のスペースし... そんなのひとりくらい先に気がついとけよと心底思うけど、... 「え? 何? おまえら、先に身体洗う派?」 頭を抱えている僕たちを尻目に、いち早く外の湯船につかっ... 「おい、こっち来てみ、星がすげえ見えんの」 これしきの誤算には微塵も動じず、悠々と露天を楽しむ姿は... 「まあでも、順々に使うしかない。ですよね……」 ため息をもらすウタノさんの言う通りで、今更脱衣所に戻る... 騒ぐほどのことでもないよな、と思い直すことにして、回っ... 「おお……」 湯船の縁に背中をあずけると、頭上の夜空を見渡すのも楽だ... 「……でさ、この映画、原作が例の小説なんだよね」 「ええ、あのトリックって文章以外ではやれないやつなんじゃ」 ぞろぞろ風呂から上がってくると、僕たちはさっそく上映会... 「いやいや、そこが監督の腕の見せ所ってわけよ……ああ、ネタ... 得意げに焦らすようなことを言いながら、ディスクをプレイ... 「配信でも観られるんだけど、オーディオコメンタリーもぜひ... 「おお、オッタクゥ~~」 「そんなに観る前からハードル上げちゃっていいの?」 「や、大丈夫です。これは太鼓判押します」 先輩たちの茶化しにも動じず、ウタノさんは自信満々でメニ... あのうるさ方のウタノさんがこれだけ推すんだから、これは... なかなか上がって来ないアヤツジさんを待ちながら、思いの... 「おまた」 延々と与太話が続くリビングに、アヤツジさんがすっと姿を... ……お風呂上がりの女の人って、どうしてこんなにきれいなん... 視線を意識されそうになって焦るくらいには、僕はしばらく... 僕らのものと同じ男女兼用のパジャマは、アヤツジさんが着... 「あ、そういえば女史は?」 今更のようにウタノさんがたずねる。 「寝かしといたよ。さっき、君らが風呂入ってる間に」 「よーし。じゃ、はじめますよ」 数十回目のループに入ろうとしていたメニュー画面にリモコ... ……あれ、どこだ。ここ。 暗闇と、日に灼けたい草の匂い。視線の高さがいつもより低... そうか、大学のミス研で合宿に来てて。 そのままのっそりと身体を起こし、寝転がる先輩たちを踏ま... トイレに行きたくて目が覚めたのだった。 一階へと続く階段を、一段一段慎重に降りる。照明の落とさ... 用を足してしまうと人心地ついて、のんびりと手を洗うこと... 部屋に戻ろうときびすを返し、電気を消してリビングへ出よ... 女子部屋の扉が開く音だ。 束の間凍りついたように洗面所に立ちつくし、トイレだろう... 妙だ。 酔いが覚めないままあらぬ方向へ向かってるのか、それとも... 外壁を羽虫の飛び交う外灯の下に、見慣れた男性の人影が見... 玄関のドアの音が小さく響いて、そこへ足音の主が現れる。... やはりこちらも見紛うことのない、アヤツジ先輩の姿がそこ... ふたりがゆったりと手をつないで、歩調を揃えて歩きだした... けれどもこれといった決断もないままに、どういうわけだか... 足元の砂利が足音を立てて、気取られやしないかと心配する... 昼間に来た道を途中から逸れて、ふたりは先を進んでいく。... *** コテージに戻って布団に入ったものの、満足に眠ることはで... 朝の日差しに目をしょぼしょぼさせながら、漫然と昨晩のル... ぼんやりと歩き続けるうちに、僕は昨晩気がつくことのなか... 眩いばかりの朝日。 夜闇が覆い隠していた一切の物事を、容赦なくずけずけと暴... *** 「ありゃ、早いね」 「どこ行ってたの?」 ふたたび男部屋へと帰ってきたときには、アユカワ先輩とウ... 「あ、いえ……」 寝息を立てているシマダさんに視線を遣り、ショルダーバッ... 「ちょっと、朝の散歩に」 ばらばらに朝食をとって荷造りを済ませても、チェックアウ... そんな中で何も言わずに出ていったウタノさんが帰ってきた... 「あれ? ウタノ、めっちゃ濡れてない?」 この日一歩も外に出ていなかったアユカワ先輩が、真っ先に... 「昨日使ったコンロとか網とか洗い直してたんすけど、ホース... 「何やってんだよもう」 「タオルあるけど使う?」 「あ、ありがとうございます」 けなされたり気遣われたりしながら、ウタノさんはゴシゴシ... 飛び石を渡って、山道に出て、事務所へ鍵を返しに行った女... あまりにもスムーズすぎる一連の流れに、強烈な違和感が僕... おかしい。 こんなはずはない。 こんなはずはないんだけど、それよりも……。 山道を下り、バスに乗り込んで、麓の駅を目指すあいだじゅ... この中の誰かが、僕のやったことに気がついた。それでいて... 長い待ち時間のあとやってきた各停の、がら空きのクロスシ... 乗降客のいない駅をいくつも過ぎるうち、はしゃいでいた面... いびきを立てはじめたシマダ先輩の頭が、勢いよくがくんと... びくり、と体が震えるのを感じた。右手がゆっくりとポケッ... 《ちょっと話がある》 《ひとに聞かれたくないから》 《車両の連結部まで行こう》 来た。 送り主は予想通り、目の前に座っているウタノさん。 車両に乗客は数えるほどしかいなかった。おもむろに席を立... 薄暗く狭い連結部。いまだ一言もことばを発さないまま、僕... 前触れなく列車がトンネルへと入る。鉄の箱と山塊に二重に... 僕の焦れたような視線に促されてか、ウタノさんはやがて口... 「最初に言っておきたいんだけど、きみを糾弾しようとなんて... そうだよな。 見抜かれてたんだ。全部。 鈍い痛みが胸を突いて、だけどウタノさんはまだ話している... 「……それにきみもミス研会員なら、『解決編』ってのを一応は... そこまで話し終えて一拍。 僕の沈黙から、ウタノさんは肯定の意思を察したようだった。 「さて……」 何から話をはじめたものか、少しの間決めかねた様子を見せ... 「すべてを明らかにするためには、あまりにも時間が足りなか... 「想像はついてるだろうけど、おれがやったことはなんでもな... 「その時点では、どうしてきみがあんなことをしたのかなんて... 僕が飛び石を崩していたことを、ウタノさんはやはり見逃し... 「動機は不明だったと言っても、ちょっと落ち着いて整理して... 「昨日クローズドサークルの話をしたのは覚えてるよね。あそ... 「まあ、そう呼んでしまっていいのかには議論があるだろうけ... 「だから『犯人』の動機として、僕たちをあそこへ閉じ込めた... クローズドサークルものの導入部分、外との出入り口が寸断... 「決まってるよね、残された脱出手段を探ることだ。この場合... 「うん。そこまではいい。そこまではいいんだけど……結局のと... 有無を言わせない追及の視線が、ずいと持ち上げられて僕を... 「聞かせてくれるかな。きみのその、本当の動機というのを」 そうして僕は話すしかなかった。夜にシマダさんがコテージ... 「……朝になって、川のほとりに足跡が残ってることに気がつい... コテージの周囲は砂利敷だったから、足跡がはっきりと残る... 他に踏みしめた者がいない中で、大小二種類の足跡は嫌でも... 「そうやって会内に気まずい雰囲気を作って、ちょっとでも八... 口に出されるとあらためて、僕の犯行と動機は稚拙に思えた... 「飛び石が流されてしまうことくらい、自然に起こったとして... ちょっとあんまりにも突発的な思いつきで、目論見通りに進... いやもう、まったくもってその通りです。僕からつけ足すべ... ああ、そうだ。 「ひとつだけいいですか」 残された疑問点に思い至って、やけくその境地で質問してみ... 「どうぞ」 「先輩はさっき『嫌な予感がした』んだって言いました。それ... 「そうだよ」 「あのとき、部屋にはアユカワさんも起きていた。なのに変だ... 「ああ、それを忘れてた」 本当になんでもないことなんだ、と前置きしてウタノさんは... 「きみが男部屋に戻ってきたあのとき、下げてたショルダーバ... ああ、そんなことで! 「確か昨日の朝のことだけど、駅でそれについて少し話をした... 「何か濡れることをしたんだな。と思ったよ。朝風呂だろうと... 「歩きまわってかいた汗を拭くためだろうか? だけど汗を拭... あのあたりで濡れる可能性がある場所といえばもう川しかな... 「飛び石を動かそうとすればどうしても、一度は川に入る必要... 「とりわけおれが推理能力にすぐれていたというわけじゃあな... トンネルの多い路線を抜けて、列車は水田の中を走っていた... 僕の犯行を丁寧に腑分けし終えて、ウタノさんはそれ以上の... これ以上ないくらいに居心地の悪い沈黙が続き、ふたりとも... 「なあキタヤマくん、きみ、ミス研をやめようと思ってるだろ」 さっきまでのように目を見据えることもしないで、ずいぶん... 「だけどこんなのはほんとうにしょうもない、どんなふうに起... 言っている意味がさっぱりわからなくて、遠慮しながらも戸... 「や、というのはね、誰がやっててもおかしくなかったってい... 「おれもアヤツジさんに憧れてたんだよ」 なんだこの人は。 そんなことが僕を引き止めるきっかけになるとでも、本当に... 真顔のウタノさんがあんまりにもおかしくて、思わず状況を... 車窓に映る幾筋もの雲が、次の季節の訪れを告げていた。 夏が終わる。 間の抜けた顔をしてお互いを眺めながら、僕らは快走を続け... 〈了〉 ページ名: