開始行: [[活動/霧雨]] **それが私にできる唯一の [#ef5be0be] そう もう疲れた。 茶色に濁った川に視線を送る。 ここに落ちたら助からないだろう。 目の前には町の明かりが広がる。地上の星みたいにキレイだ。 ずぶ濡れの携帯をおもむろに取り出そうとするが、携帯は無... 誰か来てくれないかな……こんな雨の中、誰も来てくれないよ... 誰か……。 突然、雨の音が変わった。 「こんなところで何をしてるんだ?」 声に振り向くと私より少し年上の髪で右目が隠れており、黒... 「……私……」 口が動かない……頬を冷たいものが流れる。 「うちに来るか?」 全身から力が抜ける。 彼女は倒れそうになる私を支えてくれた。 なんでだろう……なんで、今日初めてあった人の一言でこんな... 鼻を辛さが襲う。 何? なんで、鼻に辛さが来るの? あまりの衝撃に目が覚める……って、私、寝てたの? 私は床にしかれた布団の上で寝ていた。床は畳、仏壇もある... 「起きたか?」 声の方に目を向けると扉が開いており、向こうの部屋で先ほ... 「あの……えっと……」 「あぁ、すまない、服も濡れてるから着替えさせようかと思っ... 「え、あ、ありがとうございます」 私はタオルで体を巻いてもらい、そのままベッドで寝かして... 寒い……もうすぐ暑くなってくるの時期なのに、雨に濡れたま... 何があったんだっけ? 服も随分ボロボロだ。この破け方……なんだっけ? 何かに引... 体も所々傷がある。何したっけ? 階段で転んだっけ? 思い出せない……。 なんで私はあの時、橋の上で泣いてたんだっけ? シャワーを浴び終え、着替えをお借りする。 服は少しサイズが大きかったが、柔らかくて少しいい匂いが... 「一応、ご飯も作ったが、食べるか?」 彼女の声は少しぶっきらぼうだったが、優しい声だった。 「いただきます」 「口に合うといいのだが……」 彼女が出してくれた料理は……キムチ鍋……!? こんな季節に? 「ん? キムチ鍋嫌いか?」 「嫌いじゃ無いですけど……季節外れだなぁって……」 「そうか、じゃあ、好きなとこに座ってくれ」 「あ、はい」 ちゃぶ台に彼女の向かい側になるように座った。 「いただきます」 改めて見ると、赤い……。匂い、見た目でもうすでに辛い。 でも、味はおいしいかもしれない、そう思い、白菜を口にす... 「どうだ? 口に合うか?」 私は彼女の話を聞かずに水をがぶ飲みする。 辛い……というか痛い。 今まで食べた物の中でダントツで辛い。 ここまで辛いのを家庭で作れるの? っていうか作ったとこ... 私が悶絶するほどの辛さの鍋を彼女は平然と食べているので... 「あの、ひょっとして激辛大食い選手権の選手の方ですか?」 「違うぞ」 はぁ……。 「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな、私は綺堂亜... 「私は、月代美香(つきしろみか)っていいます。確か、私は... 「あれ? 明日は授業じゃないのか?」 あ、そうだ授業だ……って……。 「あの、今日って何曜日でしたっけ?」 「金曜日だな、あぁそうか、土曜日は休みか」 「はい」 よかった。 「でも、家の人たちは……」 「寮に住んでるんで」 「あぁ、なるほど」 彼女……亜衣さんはあいかわらず鍋を箸でつついてる。 「亜衣さんって辛い物好きですか?」 「好きかどうかというよりかは……これしか分からない……」 「分からない?」 「え、あ、いや、今のは忘れてくれ。辛いのは好きだと思う」 あれ? 亜衣さんってもっとはっきり答えそうな人だと勝手... 「ひょっとして辛いのは苦手か?」 「苦手って訳じゃ無いんですけど、少し辛すぎたかなぁって」 「そうか……じゃあ、ご飯を用意する」 「あ、すみません」 亜衣さんは引き出しからプラスチックの容器、じゃなかった... 「わざわざ、すみません」 「気にするな、私もちょうど白米が欲しかったところだしな」 優しい……。 ご飯をいただいた時、時間は六時半であった……って、まだこ... 「じゃあ、私は出かけるが、月代さんも来るか?」 亜衣さんは何かが入った手提げを持っている。 「出かけるってどこへ?」 「近くの道場だ、これから合気道の道場に行くのだが、来るか... 亜衣さんの家から徒歩数分のところに道場があった。 商店街の中に埋もれそうな場所であった。 見た目はほとんど目立たない。商店街の道の中にある小さな... そういえば、亜衣さんの家も目立たない位置にあったな。 道場の中へお邪魔すると、入ってすぐにはお風呂みたいな場... ここで稽古するんだ。 「道場に入るときと出るときにはな、こういう風に一礼をする... 亜衣さんが道場でのルールを教えてくれる。 「そうなんですか」 「あ、禊ぎ場って言ったら分かるか?」 「禊ぎ場?」 「ここに入った時に、階段の近くになんかあっただろ」 「あぁ、あのお風呂みたいな場所ですか?」 「そうだ。あそこに出入りするときも一礼するのが決まりだ。... 「そうですか、ありがとうございます」 「こんばんは、亜衣ちゃん。その子は誰や?」 階段の方から男性の声がした。 振り返ると、坊主頭の男の人が緑の葉が刺さった白い瓶を二... 「こんばんは。彼女は、今日会った訳ありの高校生です」 「え、君訳ありなん?」 男の人が少し驚いたようにリアクションをとる。 「あ、いや、訳ありって訳じゃないですけど、月代美香って言... 「あぁ、そうなん。俺はここの道場生のもんや。名前は覚えん... 男の人は笑いながら自己紹介(?)をしてくれた。 彼はそのまま、一礼をして道場に入り、一番奥にある、神棚... 「なぁ、月代さんやっけ? 君も今日稽古するん?」 「え、えっと……」 「よかったら、見ていき」 その人は笑いながら、肩を軽くたたく。 「ひっ!」 私を突然寒気が襲う。 「どないしたん?」 「嫌、嫌……」 なんで、体が震えるの? なんで今日初めて会ったばかりの... 突然、顔に柔らかい物が覆い被さる。 顔を上げると、亜衣さんが自分の胸を私の顔に押しつけて抱... 「落ち着いたか?」 「え、あ、はい、すみません……」 「ごめん、僕怖かった?」 男の人が申し訳無さそうに腰を下げている。 「いえ、大丈夫ですよ、ただ、何か嫌なことを思い出しただけ... 「そうなん、嫌なこと話したくなったらいつでも言ってな。解... 「はい。ありがとうございます」 「じゃあ、更衣室お借りしますね」 亜衣さんは私を離して、そのまま階段の隣の部屋に入り、カ... 更衣室ってそこ? 狭い。あと、仕切るのが扉じゃ無くてカ... 「ちなみに男子更衣室ってどこですか?」 「あそこやで」 男の人が指を差した場所は女子更衣室から歩いて数歩のとこ... 「あの、奥の部屋は?」 男子更衣室より少し奥に進んだところに小さい畳の部屋があ... 「ああ、あそこは先生の部屋やで」 「へぇ、そうなんですか」 先生の部屋か……額にかかった写真もあるなぁ。 「じゃあ、僕も着替えてくるな。道場内でも見といて-」 「あ、はい」 お言葉に甘えて道場内を見させていただいたが、壁一面の鏡... あれから人がたくさん来て、稽古が始まった。 参加者は大学生や、社会人と様々だ。黒帯の人もいれば白帯... 前でもうおじいさんにしか見えない人が今からする技を見せ... 私も中で混ぜてもらって稽古したが、先生の言ってることが... 私より腕力が無さそうなおばあさんでも、体格のいい男の人... 今回、私が分かったことはただ一つ、なんかすごいことやっ... いや、分かったこともあったな。 道場の壁に飾られた書は偉い先生が書いた書であるとか、鏡... 他にも分かったことといえば……。 「合気道では『もろたら返す』っていうのがあるらしいんです... 同じく道場に来て稽古をしている身長の高い大学生の男の人... 彼の説明によると、合気道は相手の力を利用して相手を制す... 「うろ覚えなんで詳しい話は他の人に聞いてください」 と、彼は自信なさげだったが、素敵な文化だと思った。 稽古が終わったらみんなで道場の掃除、掃除が終わったら帰... 「あ、今日はどうやった?」 私に話しかけてきた男の人は、細身で白髪、それなりに年が... 「えっと、よく分からなかったです」 「まぁ、そうでしょ、最初は分からないもんです……例えばね」 そのおじいさんはまるで魔法のようなものを見せてくれた。 私を触れずに操ったのだ。 おじいさんが肩を落とすと、私も肩が落ちる。 おじいさんが少し手を動かしただけで、私は倒れる。 おじいさんの手に体が勝手についていってしまう。 まるで、私はおじいさんの操り人形になってしまったかのよ... で、最後におじいさんはこう言う。 「ね、面白いでしょ」 道場で偉い先生が、お腹止めるとか、指先から気を出すとか... あと意外だったのは、亜衣さんって白帯だったということ。... でも最初、男の人に肩を叩かれた時にどうして、寒気が襲っ... 「稽古後のラーメンはいい物と聞いたのだが、どうだ?」 私は稽古が終わった後、亜衣さんに道場の近くのラーメン屋... 少し量が多い上にこってりしている、あと麵がうどん並に太... 「知り合いがラーメン屋をやっているから、今度はそっちに連... 「はい! お願いします!」 「すいません、泊めてもらうことになってしまって……」 「いいんだ、気にするな」 亜衣さんに一晩泊めてもらうことになった。 随分お世話になった。濡れてた服を洗濯してもらったり、シ... でも、ありがとうございます。このご恩はいつかお返ししま... 亜衣さんからお布団を貸してもらって、私はその中でまぶた... 「待ってやおらぁ!」 男の人の罵声が聞こえる。え? 何? 私を追っているの? なんだかよく分からずに私は走り出す。 怖い。 「待てや! このアマァ!」 なんで私を追いかけるの? 私が何をしたの? 私が……。 髪が掴まれて、地面に引き倒される。 引き倒した男は私の上に馬乗りになる。 殺される! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 死にたくない! 私は必死に抵抗する。 誰か! 誰か! 「おい!」 亜衣さんの声で目が覚める。 「亜衣さん……?」 「随分うなされてたが……」 「ちょっと、怖い夢見ちゃって……」 「……そうか……また見たら、私を呼んでくれ、なんとかするから」 「ありがとうございます」 亜衣さんのおかげで少し落ち着いた。今度こそ眠れると思う。 「おはようございます」 あれからは特に怖い夢を見ることは無かった。亜衣さんがそ... 「おはよう」 亜衣さんはぶっきらぼうに返すと同時に、テレビを消した。 「別につけたままでいいですよ」 「そうか」 亜衣さんはそう言いながら、またテレビをつけた。 「警察はこの男性の身元を……」 「えーでは、今日の天気です」 亜衣さんはなぜかテレビをつけた瞬間にチャンネルを変えた... 「朝ご飯できてるが、食べるか?」 「いただきます。ありがとうございます」 昨日のラーメンが響いてお腹はそんなに空いていないのだが... 「で、これからどうする? もう少しここにいるか? それと... 亜衣さんからの質問。 「んー、あんまり長くいても悪いですし、もう少ししら帰りま... 「そうか、私は別に構わないんだけどな」 亜衣さんは優しいなぁ。 「お気持ちありがとうございます。ですけど、そろそろ帰らな... 「そういえばお金持ってるのか?」 「……あ」 そういえば、なぜか私の手元には財布が無いんだ。財布だけ... ピンポーン! インターホンが鳴る。誰だろう? 亜衣さんが扉を開け、誰かと話している。 「美香さん、お昼ここで食べていくか?」 亜衣さんが私に呼びかける。 「いや、お昼まではさすがに帰ります。お気遣いありがとうご... 「そうか、分かった」 その後、誰かは帰っていき、亜衣さんは家の中に戻ってきた。 「今の人は?」 「知り合いだ。昨日話してた知り合いのラーメン屋に寄るらし... そういうことか。 「ありがとうございます、じゃあ、私はこれで」 「駅まで送っていくよ」 亜衣さんに徒歩で駅まで送ってもらった。 「これだけあれば足りるだろ。残りはいらない」 亜衣さんは私に千円札を手渡してくれた。 「ありがとうございました。もしよろしければ、今度は私から... 「楽しみにしてる」 亜衣さんは笑みを返してくれた。 幸い、家の最寄り駅とはそこまで離れていなかった。 亜衣さんからいただいた交通費は半分も使わずに済んだ。 家まで歩きながら考える。 私に何があったんだろう? ここ数日の記憶がない。 最後に学校に行ったのいつだっけ? 火曜日に沙織と木曜日のテストがヤバいという会話をした記... で、木曜日のテストどうなったんだっけ? あれ? そもそ... なんとか家にたどり着くが、鍵が無い。 しまった。家の鍵も無いのか……。 ダメ元でドアを開けてみると、鍵はかかっておらず、普通に... あれ? 私、家のドアに鍵かけずに出たの? ダメだ。全然思い出せない。 家に入ると、特に荒らされた様子は無さそうだ。 でも、何か違う……。 どこか違和感を感じながら、家の中へ入っていく。 なんで? 机の上にはなぜか無くしたはずの携帯と財布があった。 どういうこと? とりあえず、携帯の電源を入れる。 不在着信が三十三件。 全部、木曜で沙織からかかってきている。 あれ、ってことは私、木曜日学校に行ってない? でもどうして? ピンポーン! インターホンが鳴る。 誰だろう? 扉を開ける。 「宅急便です」 聞き覚えのある声だ。 体が震え出す。 私は急いで扉を閉める。 逃げないと。 でも、男は扉の間に手を挟み、無理矢理扉を開けようとする。 「いきなり、それはないんじゃないですか、お客様?」 あぁ、そうだ、思い出した、私の身に何があったか。 じゃあ、今私がやるべきことは……急いで携帯に手を……なんで? 家の中にも男の人がいた。 体格のいい男の人だ。 しかも、この人って……。 「じゃあ、おやすみ」 私の腹部に激痛が走り、そのまま床に倒れる。 「友達に会わせてやる」 薄れゆく意識の中、男はそう言った。 どういう意味? だが、それを考える頃には私の意識は遠いところに行ってい... あれは水曜日、家に帰ったあと、買い物にコンビニに行った... 私は突然、後ろから誰かに襲われて、そのままどこか知らな... 痛かった。 辛かった。 怖かった。 しばらくしたら、チャンスが来た。 私はそのまま逃げた。全力で。 でも、気づかれてしまったみたいだ。 追手が来た。 私は足がそんなに速くないので、追いつかれて馬乗りにされ... そのまま暴行をされる。 痛い。 怖い。 このまま、殺されるの? 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 死にたくない! 私は必死に抵抗する。 誰か! 誰か! 助けて! 私は手探りで何かをつかむ、そのままそれで男の顔面を殴る。 男は痛みによろめく、そのまま、私は馬乗りから解放される。 「何すんだ! このアマァ!」 男が体制を立て直す前にもう一撃を加える。 男はまた揺らめく。 ダメだ。こんな傷じゃ、すぐに追いつかれてしまう。もっと... 私は手に持った固い物で男の顔面を何度も殴打した。 殺されたくない! 死にたくない! 生きたい! もう男が動かなくなった。血まみれで倒れていた。さっきま... 私の服も腕も私が持っている固い石も赤く濡れていた。 これだけ殴れば追って来れないはず、私はそのまま逃げた。 静かに雨が降ってきた。 そのまま走って、歩いて……雨宿りはせずひたすら逃げた。 逃げるにつれ激しくなる雨に体に付いた血が洗い落とされる... 私は人を殺してしまった。 体の震えが止まらない。 単なる恐怖じゃない。 何か取り返しのつかないことをしてしまった、何か人として... じゃあ、なんなの? 私を襲っている感情は? 分からない。 逃げたい。 楽になりたい。 もう疲れた。 逃げた先の橋の下では川がうねるように流れていた。 この中に身を投げれば逃げられる。 楽になれる。 そう思うのに……怖い……。 町の明かりを見る。 携帯を取り出そうとするが、見つからない。どこかで落とし... 誰かに会いたい。 誰かと話したい。 誰か……助けて……私が思いとどまってるうちに……誰か……来て……。 「そんなところで何をしてるんだ?」 あと、一歩で飛び込めるときに亜衣さんが来てくれたんだ、... ありがとうございます。亜衣さんが来てくれて嬉しかったで... 亜衣さん、私が人を殺したって知ったら、どんな顔するのか... 目が覚めると、そこは薄暗い廃工場だった。 金属の柱がところどころにあるだだっ広い空間。 コンクリの地面。 私はそんなところで寝転がっていた。 体を動かそうとすると、手足が縄で縛られていた。 「よぉ、目が覚めたか」 少し遠くから体の大きい男の人が話しかけてくる。私のお腹... あぁ、そうか、私、また捕まったんだ……。 「約束通り、友達に会わせてやるよ」 そんなこと言ってたっけ……って、友達ってまさか! 奥から男が連れてきたのは……嘘……。 「感動の再会だ、もう死んでるけどな」 男は連れてきた沙織を私の目の前に投げ捨てる。 沙織の姿は、無残だった。 いつもの私に笑いかけてくれていた沙織じゃない。 彼女の表情は絶望に満ちていた。衣服がボロボロに破かれ、... 私の頬を冷たいものが流れる。 嫌だ。 目をそらす。 「おら! しっかり目に焼き付けな! お前がやらかしたこと... 男の一人が私の顔を掴み、沙織の方に向けさせる。 沙織の焦点が合っていない目と目が合う。 彼女の目にはもう光が無い。 漫画でしか見たことの無い死んだ人の目。 今まで他人事のようにしか思っていなかった光景が目の前に... 「それにしても、この女はかわいそうなヤツだったなぁ、お前... 「……どういう意味……?」 男が私の髪をつかんで持ち上げる。 痛っ! 「ああ、教えてやるよ。お前が逃げ出した後、俺らはお前を追... 男は愉快そうに笑う。 「ふざけるな……!」 「あ?」 男が急に私を蹴り飛ばす。あまりの威力に咳き込む。 「おい、ふざけるな? どの口が言ってんだ? お前も俺らの... またあの感覚が襲いかかる。 そうだ、私もコイツらと一緒だったんだ。 私もこのゲスどもと同じ人殺し……。 「さてと、俺らに刃向かった礼はきっちりさせてもらうぜ、お... 男が呼びかけると、奥から十人、いや、三十人近くはいる。 体格のいい男たちが出てくる。 「大丈夫だすぐに殺しはしねぇよ」 男が指を鳴らしながら近づいてくる。 「自分のしたことをたっぷりと後悔する時間はやるからよぉ」 あぁ、そうか、こんなゲスどもに殺される、人を殺しておい... あの世で、沙織に謝らないと……私のせいでごめんって……。 「なんじゃ、お前! ぐあぁ!」 男の悲鳴が聞こえた。 何事かと思い、男たちが後ろを見る。つられて私も悲鳴の方... 黒いロングスカート。 右目が隠れた黒い髪。 亜衣さん……。 「なんだお前!」 男が威勢よく怒鳴る。 「ただの引きこもりだ」 亜衣さんは動じることなく答える。 「ふざけるな!」 男の一人が殴りかかるが、次の瞬間倒れていたのは亜衣さん... 「面倒だ、一人ずつじゃなくて全員で来い」 亜衣さんは挑発するように手で呼びかける。 「ふざけるな、このアマァ!」 男たちが一斉に亜衣さんに襲いかかる。中には素手ではなく... 一方の亜衣さんは丸腰。勝ち目なんてあるわけ無い。 「逃げて! 亜衣さん!」 しかし、亜衣さんは動じること無く、男たちの攻撃を捌き、... 男性の攻撃を流して、他の男性にぶつける。 攻撃してきた男性の動きを流してコントロールして、他の男... 信じられない光景だった。 武器を持った体格のいい男性、三十人が、丸腰の華奢な女性... 気がつくと、亜衣さんに襲いかかった男性たちは一人残らず... 「無事か?」 亜衣さんがこっちに近づいてくれる。 「やるじゃねえか」 物陰から、体格が他の男より一回り大きい男が現れた。 男の服装は奇妙だった。黒いタイツのようなスーツに全身が... 「お前、そこそこ強いな」 亜衣さんの雰囲気が変わる。 「へぇ、お前こそやるじゃねぇか、俺の部下を全滅させても息... 男は首をバキバキ鳴らす。 「でも、これで終わりだ」 男はガスマスクを装着し、手に持っていたライターに火をつ... 「ライターでも投げつけるのか? それくらい余裕で躱せるぞ... 「まぁまぁ、面白いモン見せてやるよ」 そう言うと男はライターの火を自分のスーツにつけた。 すると、男の全身が炎に覆われた。 「なんだ? 大道芸か?」 「死ね」 男は炎に覆われた体で亜衣さんに蹴りかかる。 亜衣さんは裁こうとするが、炎にひるみ距離を取る。 「やるなぁ、今のを躱すとは……」 「……なるほど、体中に塗られていた液体は炎を長時間燃やすた... 「今の一瞬でそこまで見抜くとは大したヤツだなぁ!」 「スーツのおかげで火傷はなんとかなるとして、炎を全身に纏... 「よく言うだろ、心頭滅却すれば火もまた涼しってなぁ!」 男は勝ち誇ったように亜衣さんに殴りかかる。 亜衣さんは触れることができずに躱す。 躱して、転がって、こっちに近づいてきた。 「いつまで逃げられるかなぁ! 全身に纏った火により体温を... 「バカが考えそうなことだな」 男の猛攻をしのぎながら、亜衣さんは私の目の前を通り、私... 「はぁ、はぁ」 「ようやく息が切れてきたみたいだな! これで終わりだぁ!」 男が殴りかかるが、次の瞬間男は倒れていた。 「なんだと……! バカな! 俺に触れたらお前は……!」 「心頭滅却すれば火もまた涼しだったな、試してみたが熱いな... 亜衣さんが痛そうに右手を押さえる。 あの炎の体に触って投げたんだ。 「心頭滅却に挑戦したかったから無茶をしてみたが、慣れない... 「まだ、勝ったと思うなぁ!」 男が激昂しながら立ち上がる。 「面白い物を見せてもらった礼だ。私も面白い物を見せてやろ... 男が叫びながら亜衣さんに殴りかかるが、男の動きが亜衣さ... 男はその後も立ち上がるが、そのたびに亜衣さんに操り人形... あれは、昨日道場で、白髪のおじいさんが私に見せてくれた... 「クソォ! こうなったら……!」 男は再び激昂するが、纏っていた炎は消えた。 「何か奥の手でもあったのか? だが燃料切れだ。あの液体の... 「クソがぁぁぁ!」 男は叫びながら亜衣さんに殴りかかる。 「終わりだ」 私が瞬きした時にはもう、男は背中から勢いよく地面に倒れ... 多分、男のパンチを流して、両手でその右腕をつかんで、地... 詳しいことはまた道場で教えてもらえばいい……いや、行くこ... その後、私を誘拐した男たちは警察に捕まった。 亜衣さんと私は病院に連れて行ってもらった。 亜衣さんと私は比較的軽傷ということで、亜衣さんはすぐに... 私の殺人は正当防衛ということで無罪ということになるらし... 亜衣さんはチャンネルをすぐに変えてくれたから気づかなか... 亜衣さんは最初から気づいていたのかもしれない……私が人を... フラリと病院の屋上に行く。 空はまぶしいほどの青空だった。 亜衣さんには申し訳ないですけど、飛び降りようと思います。 やっぱり、おかしいと思うんです。 何も悪いことをしていない沙織が殺されて、人を殺してしま... 私には耐えられない……私のせいで親友が殺されたのに、私が... 病院のフェンスにまたがる。 目下には人の営みが広がる。 人がアリのように小さく見える。 ここから落ちたら痛いんだろうなぁ……別にいいや……。 「何をしてるんですか?」 声の方を振り向くと、私と同年代ぐらいの女の子がいた。 ごめんね、こんなとこに居合わさせちゃって……。 彼女が来たころにはもう私は重力に身を任せていた。もう、... あぁ、目を閉じれば会える。 あれ? 手が痛い? 全身が痛いなら分かるのだが、痛いの... 目を開けると、先ほど、ドアから出てきた少女が私の手をつ... フェンスの隙間から手を伸ばし、私の手をつかんでいる。 「すぐ助けますから、待ってくださいね」 別にいいんですよ、助けなくて、私は楽になりたいんですか... 手を離して欲しいと声が出なかった。どうしてだろう? 「引き上げますから、両手でつかんでもらっていいですか?」 助かりたいわけじゃないから別にいい。 汗で手が滑る。 もうじき、落ちるのだろう。 あぁ、沙織の場所へ行ける。 もうすぐ……。 ごめんね、私なんかのために痛い思いをさせて……。 手が離れる。 もう、重力に身を任せるだけだ。 しかし、すぐに誰かが手をつかむ。 誰? 恐る恐る上を見る。 嘘でしょ? 私の手をつかんでいたのは他の誰でもない沙織だった。 どうして? 「生きて! 私の分も生きて!」 沙織の声だ……! 頬を熱い物が流れる。 胸の中から熱いものがこみ上げてくる。 そうか……私は生きたかったんだ。 私は沙織の手を両手で掴み、壁をよじ登る。 途中から、見ず知らずの少女の手も掴み、よじ登る。 二人に助けてもらい、私は屋上に戻る。 「ありがとうございます……! ありがとう、沙織」 周りを見渡すが、沙織はいない。 「あの、もう一人いませんでしたか?」 「いや、ここには私とあなた以外いないですよ」 彼女は何も知らないかのように言う。 じゃあ、あの沙織は……。 「あ、私、黒山露水(くろやまろみ)っていいます。あなたは... 少女は私に自己紹介をする。 「私は月代美香っていいます。よろしくお願いします」 ロミさんのおかげだろうか? 退院するまで、もう自殺しようという考えは出てこなかった。 でも、正当防衛とはいえ人を殺してしまった私がのうのうと... 裁かれなくていいのだろうか? 私のせいで沙織は死んだのに……のうのうと生きていていいの... 気が付いたら初めて亜衣さんと出会った橋の上にいた。 ちょうど、亜衣さんの家と病院の間にある橋……多分、あの日... ふと、下に流れる川を見る。 穏やかな流れ。ここに落ちてもそう簡単には死ななさそうだ... 「どうした? 私との約束は忘れたのか?」 聞き覚えのある声、振り向くと、そこには亜衣さんがいた。 「あの、お久しぶりです」 「あぁ、久しぶりだな」 「あの、ケガの方は?」 「あぁ、軽い火傷だ」 亜衣さんは微笑みながら、白い包帯が巻かれた右手を見せて... 私のせいで亜衣さんもケガをした……。 「そうだ、知り合いがいるラーメン屋でも行くか?」 「いや、でも……」 「退院祝いだ、何かさせてくれ」 「ありがとうございます」 少し歩いた先にあるそこまで人通りが多くない通りに亜衣さ... 店内はこの時間帯にしては人は多くなかった。 「あれ? 亜衣さんが来るなんて珍しいですね」 「気分だ」 「で、そちらの連れは?」 「知り合いだ」 店内で話しかけてきたのは私と同年代ぐらいの男の人だった。 彼に案内されるままに席に着き、メニューを見る。 そこそこ種類がある上、それぞれのスープを混ぜて、新しい... 「で、ご注文は?」 「豚骨醤油激辛ラーメンニンニク唐辛子マシマシ大盛りを頼む... 「醤油塩豚骨味噌ラーメンを」 カオスな組み合わせをしてしまった。 「そういえば、亜衣さんはどうしてあの場所が分かったんです... 私が監禁された時、亜衣さんは助けに来てくれた、でも、亜... 「……さぁな、風の知らせだ」 「え、ちょっと……」 絶対違うと思うけど、これ以上聞けなかった。 「あぁ、そうだ、ここの店員はな、副業でなんでも屋をやって... 「俺は探偵です」 店員さんが即座に否定する。 「助けて欲しくなったら、コイツに頼め、多分助けてくれるだ... 「あ、そうなんですか……」 「他にも、何か話したくなったら、私の家か道場にでも来てく... 亜衣さんの言葉が詰まる。 「ありがとうございます……あ、そういえばまだ聞きたいことが... 「なんだ?」 「あの、体に火をつけてた男と戦っている時、どうして最初か... 亜衣さんは、最初は逃げ回っていた。触れないと倒せないと... 「あぁ、やろうと思えばできたんだけどな……後がめんどくさそ... 火事? 「あそこには私が倒した男たちがいた。下手にあの男を倒した... なるほど……ってちょっと待って、まさか、あの時亜衣さんは... 「木刀とか拾って攻撃しろよとか思ったかもしれないが、相手... そんなこと考えてませんでした。 「何か分からないことはあったか?」 「あ、いや……そうだったんですか、ありがとうございます」 なんだろう、他にも聞きたいことはあるのに……あ、そうだ。 「あの、最初に道場に案内してもらった時に白い瓶をもった男... 「そういえば、そんなことがあったな」 「あの人、顔つきが少しだけ似てたんです……私が殺してしまっ... 「……そうか」 「あの人に、私がすみませんでしたと言ってたと伝えてくれま... 「分かった、でもあの人は気にしてないと思うけどな」 「ありがとうございます」 しばらく沈黙が続く。言いたいこと、聞きたいことはまだあ... 苦しい……楽になりたい……でも、楽になりたいなんて、甘えな... 「楽になりたいと思って何が悪い? 人間だろ?」 「え? あの、口に出てました?」 「さぁな」 相変わらずぼかした言い方をする人だ。 「別にいいだろ、楽になりたいと思っても、死んで自己満足な... らしい? 「知り合いの医者が言ってた」 知り合いが言ってたことなんですね。 「ま、ソイツ曰く、罪を償う唯一の方法は『自分の罪から逃げ... 逃げる……。 「まぁ、一度に何度も言っても分からないよな、まぁ、また分... 「はい」 正直、私は分かってない、自分の罪と向き合い続けなければ... 「あの、どうしたんですか?」 亜衣さんと出会ってから三ヶ月ほど過ぎた夜のことだ。 亜衣さんに紹介してもらった道場の稽古帰りになんとなく亜... 「え、え、あの……」 私が話しかけたら彼女は泣き崩れた。 あぁ、あの日の私と同じことをしようとしていたんだ。 あの日、亜衣さんと出会えてなかったら、私はここにはいな... 『もろたら返す』でしたっけ、私は亜衣さんに助けてもらった…... それが沙織を死なせてしまった私ができる唯一の罪滅ぼしな... 終了行: [[活動/霧雨]] **それが私にできる唯一の [#ef5be0be] そう もう疲れた。 茶色に濁った川に視線を送る。 ここに落ちたら助からないだろう。 目の前には町の明かりが広がる。地上の星みたいにキレイだ。 ずぶ濡れの携帯をおもむろに取り出そうとするが、携帯は無... 誰か来てくれないかな……こんな雨の中、誰も来てくれないよ... 誰か……。 突然、雨の音が変わった。 「こんなところで何をしてるんだ?」 声に振り向くと私より少し年上の髪で右目が隠れており、黒... 「……私……」 口が動かない……頬を冷たいものが流れる。 「うちに来るか?」 全身から力が抜ける。 彼女は倒れそうになる私を支えてくれた。 なんでだろう……なんで、今日初めてあった人の一言でこんな... 鼻を辛さが襲う。 何? なんで、鼻に辛さが来るの? あまりの衝撃に目が覚める……って、私、寝てたの? 私は床にしかれた布団の上で寝ていた。床は畳、仏壇もある... 「起きたか?」 声の方に目を向けると扉が開いており、向こうの部屋で先ほ... 「あの……えっと……」 「あぁ、すまない、服も濡れてるから着替えさせようかと思っ... 「え、あ、ありがとうございます」 私はタオルで体を巻いてもらい、そのままベッドで寝かして... 寒い……もうすぐ暑くなってくるの時期なのに、雨に濡れたま... 何があったんだっけ? 服も随分ボロボロだ。この破け方……なんだっけ? 何かに引... 体も所々傷がある。何したっけ? 階段で転んだっけ? 思い出せない……。 なんで私はあの時、橋の上で泣いてたんだっけ? シャワーを浴び終え、着替えをお借りする。 服は少しサイズが大きかったが、柔らかくて少しいい匂いが... 「一応、ご飯も作ったが、食べるか?」 彼女の声は少しぶっきらぼうだったが、優しい声だった。 「いただきます」 「口に合うといいのだが……」 彼女が出してくれた料理は……キムチ鍋……!? こんな季節に? 「ん? キムチ鍋嫌いか?」 「嫌いじゃ無いですけど……季節外れだなぁって……」 「そうか、じゃあ、好きなとこに座ってくれ」 「あ、はい」 ちゃぶ台に彼女の向かい側になるように座った。 「いただきます」 改めて見ると、赤い……。匂い、見た目でもうすでに辛い。 でも、味はおいしいかもしれない、そう思い、白菜を口にす... 「どうだ? 口に合うか?」 私は彼女の話を聞かずに水をがぶ飲みする。 辛い……というか痛い。 今まで食べた物の中でダントツで辛い。 ここまで辛いのを家庭で作れるの? っていうか作ったとこ... 私が悶絶するほどの辛さの鍋を彼女は平然と食べているので... 「あの、ひょっとして激辛大食い選手権の選手の方ですか?」 「違うぞ」 はぁ……。 「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな、私は綺堂亜... 「私は、月代美香(つきしろみか)っていいます。確か、私は... 「あれ? 明日は授業じゃないのか?」 あ、そうだ授業だ……って……。 「あの、今日って何曜日でしたっけ?」 「金曜日だな、あぁそうか、土曜日は休みか」 「はい」 よかった。 「でも、家の人たちは……」 「寮に住んでるんで」 「あぁ、なるほど」 彼女……亜衣さんはあいかわらず鍋を箸でつついてる。 「亜衣さんって辛い物好きですか?」 「好きかどうかというよりかは……これしか分からない……」 「分からない?」 「え、あ、いや、今のは忘れてくれ。辛いのは好きだと思う」 あれ? 亜衣さんってもっとはっきり答えそうな人だと勝手... 「ひょっとして辛いのは苦手か?」 「苦手って訳じゃ無いんですけど、少し辛すぎたかなぁって」 「そうか……じゃあ、ご飯を用意する」 「あ、すみません」 亜衣さんは引き出しからプラスチックの容器、じゃなかった... 「わざわざ、すみません」 「気にするな、私もちょうど白米が欲しかったところだしな」 優しい……。 ご飯をいただいた時、時間は六時半であった……って、まだこ... 「じゃあ、私は出かけるが、月代さんも来るか?」 亜衣さんは何かが入った手提げを持っている。 「出かけるってどこへ?」 「近くの道場だ、これから合気道の道場に行くのだが、来るか... 亜衣さんの家から徒歩数分のところに道場があった。 商店街の中に埋もれそうな場所であった。 見た目はほとんど目立たない。商店街の道の中にある小さな... そういえば、亜衣さんの家も目立たない位置にあったな。 道場の中へお邪魔すると、入ってすぐにはお風呂みたいな場... ここで稽古するんだ。 「道場に入るときと出るときにはな、こういう風に一礼をする... 亜衣さんが道場でのルールを教えてくれる。 「そうなんですか」 「あ、禊ぎ場って言ったら分かるか?」 「禊ぎ場?」 「ここに入った時に、階段の近くになんかあっただろ」 「あぁ、あのお風呂みたいな場所ですか?」 「そうだ。あそこに出入りするときも一礼するのが決まりだ。... 「そうですか、ありがとうございます」 「こんばんは、亜衣ちゃん。その子は誰や?」 階段の方から男性の声がした。 振り返ると、坊主頭の男の人が緑の葉が刺さった白い瓶を二... 「こんばんは。彼女は、今日会った訳ありの高校生です」 「え、君訳ありなん?」 男の人が少し驚いたようにリアクションをとる。 「あ、いや、訳ありって訳じゃないですけど、月代美香って言... 「あぁ、そうなん。俺はここの道場生のもんや。名前は覚えん... 男の人は笑いながら自己紹介(?)をしてくれた。 彼はそのまま、一礼をして道場に入り、一番奥にある、神棚... 「なぁ、月代さんやっけ? 君も今日稽古するん?」 「え、えっと……」 「よかったら、見ていき」 その人は笑いながら、肩を軽くたたく。 「ひっ!」 私を突然寒気が襲う。 「どないしたん?」 「嫌、嫌……」 なんで、体が震えるの? なんで今日初めて会ったばかりの... 突然、顔に柔らかい物が覆い被さる。 顔を上げると、亜衣さんが自分の胸を私の顔に押しつけて抱... 「落ち着いたか?」 「え、あ、はい、すみません……」 「ごめん、僕怖かった?」 男の人が申し訳無さそうに腰を下げている。 「いえ、大丈夫ですよ、ただ、何か嫌なことを思い出しただけ... 「そうなん、嫌なこと話したくなったらいつでも言ってな。解... 「はい。ありがとうございます」 「じゃあ、更衣室お借りしますね」 亜衣さんは私を離して、そのまま階段の隣の部屋に入り、カ... 更衣室ってそこ? 狭い。あと、仕切るのが扉じゃ無くてカ... 「ちなみに男子更衣室ってどこですか?」 「あそこやで」 男の人が指を差した場所は女子更衣室から歩いて数歩のとこ... 「あの、奥の部屋は?」 男子更衣室より少し奥に進んだところに小さい畳の部屋があ... 「ああ、あそこは先生の部屋やで」 「へぇ、そうなんですか」 先生の部屋か……額にかかった写真もあるなぁ。 「じゃあ、僕も着替えてくるな。道場内でも見といて-」 「あ、はい」 お言葉に甘えて道場内を見させていただいたが、壁一面の鏡... あれから人がたくさん来て、稽古が始まった。 参加者は大学生や、社会人と様々だ。黒帯の人もいれば白帯... 前でもうおじいさんにしか見えない人が今からする技を見せ... 私も中で混ぜてもらって稽古したが、先生の言ってることが... 私より腕力が無さそうなおばあさんでも、体格のいい男の人... 今回、私が分かったことはただ一つ、なんかすごいことやっ... いや、分かったこともあったな。 道場の壁に飾られた書は偉い先生が書いた書であるとか、鏡... 他にも分かったことといえば……。 「合気道では『もろたら返す』っていうのがあるらしいんです... 同じく道場に来て稽古をしている身長の高い大学生の男の人... 彼の説明によると、合気道は相手の力を利用して相手を制す... 「うろ覚えなんで詳しい話は他の人に聞いてください」 と、彼は自信なさげだったが、素敵な文化だと思った。 稽古が終わったらみんなで道場の掃除、掃除が終わったら帰... 「あ、今日はどうやった?」 私に話しかけてきた男の人は、細身で白髪、それなりに年が... 「えっと、よく分からなかったです」 「まぁ、そうでしょ、最初は分からないもんです……例えばね」 そのおじいさんはまるで魔法のようなものを見せてくれた。 私を触れずに操ったのだ。 おじいさんが肩を落とすと、私も肩が落ちる。 おじいさんが少し手を動かしただけで、私は倒れる。 おじいさんの手に体が勝手についていってしまう。 まるで、私はおじいさんの操り人形になってしまったかのよ... で、最後におじいさんはこう言う。 「ね、面白いでしょ」 道場で偉い先生が、お腹止めるとか、指先から気を出すとか... あと意外だったのは、亜衣さんって白帯だったということ。... でも最初、男の人に肩を叩かれた時にどうして、寒気が襲っ... 「稽古後のラーメンはいい物と聞いたのだが、どうだ?」 私は稽古が終わった後、亜衣さんに道場の近くのラーメン屋... 少し量が多い上にこってりしている、あと麵がうどん並に太... 「知り合いがラーメン屋をやっているから、今度はそっちに連... 「はい! お願いします!」 「すいません、泊めてもらうことになってしまって……」 「いいんだ、気にするな」 亜衣さんに一晩泊めてもらうことになった。 随分お世話になった。濡れてた服を洗濯してもらったり、シ... でも、ありがとうございます。このご恩はいつかお返ししま... 亜衣さんからお布団を貸してもらって、私はその中でまぶた... 「待ってやおらぁ!」 男の人の罵声が聞こえる。え? 何? 私を追っているの? なんだかよく分からずに私は走り出す。 怖い。 「待てや! このアマァ!」 なんで私を追いかけるの? 私が何をしたの? 私が……。 髪が掴まれて、地面に引き倒される。 引き倒した男は私の上に馬乗りになる。 殺される! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 死にたくない! 私は必死に抵抗する。 誰か! 誰か! 「おい!」 亜衣さんの声で目が覚める。 「亜衣さん……?」 「随分うなされてたが……」 「ちょっと、怖い夢見ちゃって……」 「……そうか……また見たら、私を呼んでくれ、なんとかするから」 「ありがとうございます」 亜衣さんのおかげで少し落ち着いた。今度こそ眠れると思う。 「おはようございます」 あれからは特に怖い夢を見ることは無かった。亜衣さんがそ... 「おはよう」 亜衣さんはぶっきらぼうに返すと同時に、テレビを消した。 「別につけたままでいいですよ」 「そうか」 亜衣さんはそう言いながら、またテレビをつけた。 「警察はこの男性の身元を……」 「えーでは、今日の天気です」 亜衣さんはなぜかテレビをつけた瞬間にチャンネルを変えた... 「朝ご飯できてるが、食べるか?」 「いただきます。ありがとうございます」 昨日のラーメンが響いてお腹はそんなに空いていないのだが... 「で、これからどうする? もう少しここにいるか? それと... 亜衣さんからの質問。 「んー、あんまり長くいても悪いですし、もう少ししら帰りま... 「そうか、私は別に構わないんだけどな」 亜衣さんは優しいなぁ。 「お気持ちありがとうございます。ですけど、そろそろ帰らな... 「そういえばお金持ってるのか?」 「……あ」 そういえば、なぜか私の手元には財布が無いんだ。財布だけ... ピンポーン! インターホンが鳴る。誰だろう? 亜衣さんが扉を開け、誰かと話している。 「美香さん、お昼ここで食べていくか?」 亜衣さんが私に呼びかける。 「いや、お昼まではさすがに帰ります。お気遣いありがとうご... 「そうか、分かった」 その後、誰かは帰っていき、亜衣さんは家の中に戻ってきた。 「今の人は?」 「知り合いだ。昨日話してた知り合いのラーメン屋に寄るらし... そういうことか。 「ありがとうございます、じゃあ、私はこれで」 「駅まで送っていくよ」 亜衣さんに徒歩で駅まで送ってもらった。 「これだけあれば足りるだろ。残りはいらない」 亜衣さんは私に千円札を手渡してくれた。 「ありがとうございました。もしよろしければ、今度は私から... 「楽しみにしてる」 亜衣さんは笑みを返してくれた。 幸い、家の最寄り駅とはそこまで離れていなかった。 亜衣さんからいただいた交通費は半分も使わずに済んだ。 家まで歩きながら考える。 私に何があったんだろう? ここ数日の記憶がない。 最後に学校に行ったのいつだっけ? 火曜日に沙織と木曜日のテストがヤバいという会話をした記... で、木曜日のテストどうなったんだっけ? あれ? そもそ... なんとか家にたどり着くが、鍵が無い。 しまった。家の鍵も無いのか……。 ダメ元でドアを開けてみると、鍵はかかっておらず、普通に... あれ? 私、家のドアに鍵かけずに出たの? ダメだ。全然思い出せない。 家に入ると、特に荒らされた様子は無さそうだ。 でも、何か違う……。 どこか違和感を感じながら、家の中へ入っていく。 なんで? 机の上にはなぜか無くしたはずの携帯と財布があった。 どういうこと? とりあえず、携帯の電源を入れる。 不在着信が三十三件。 全部、木曜で沙織からかかってきている。 あれ、ってことは私、木曜日学校に行ってない? でもどうして? ピンポーン! インターホンが鳴る。 誰だろう? 扉を開ける。 「宅急便です」 聞き覚えのある声だ。 体が震え出す。 私は急いで扉を閉める。 逃げないと。 でも、男は扉の間に手を挟み、無理矢理扉を開けようとする。 「いきなり、それはないんじゃないですか、お客様?」 あぁ、そうだ、思い出した、私の身に何があったか。 じゃあ、今私がやるべきことは……急いで携帯に手を……なんで? 家の中にも男の人がいた。 体格のいい男の人だ。 しかも、この人って……。 「じゃあ、おやすみ」 私の腹部に激痛が走り、そのまま床に倒れる。 「友達に会わせてやる」 薄れゆく意識の中、男はそう言った。 どういう意味? だが、それを考える頃には私の意識は遠いところに行ってい... あれは水曜日、家に帰ったあと、買い物にコンビニに行った... 私は突然、後ろから誰かに襲われて、そのままどこか知らな... 痛かった。 辛かった。 怖かった。 しばらくしたら、チャンスが来た。 私はそのまま逃げた。全力で。 でも、気づかれてしまったみたいだ。 追手が来た。 私は足がそんなに速くないので、追いつかれて馬乗りにされ... そのまま暴行をされる。 痛い。 怖い。 このまま、殺されるの? 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 死にたくない! 私は必死に抵抗する。 誰か! 誰か! 助けて! 私は手探りで何かをつかむ、そのままそれで男の顔面を殴る。 男は痛みによろめく、そのまま、私は馬乗りから解放される。 「何すんだ! このアマァ!」 男が体制を立て直す前にもう一撃を加える。 男はまた揺らめく。 ダメだ。こんな傷じゃ、すぐに追いつかれてしまう。もっと... 私は手に持った固い物で男の顔面を何度も殴打した。 殺されたくない! 死にたくない! 生きたい! もう男が動かなくなった。血まみれで倒れていた。さっきま... 私の服も腕も私が持っている固い石も赤く濡れていた。 これだけ殴れば追って来れないはず、私はそのまま逃げた。 静かに雨が降ってきた。 そのまま走って、歩いて……雨宿りはせずひたすら逃げた。 逃げるにつれ激しくなる雨に体に付いた血が洗い落とされる... 私は人を殺してしまった。 体の震えが止まらない。 単なる恐怖じゃない。 何か取り返しのつかないことをしてしまった、何か人として... じゃあ、なんなの? 私を襲っている感情は? 分からない。 逃げたい。 楽になりたい。 もう疲れた。 逃げた先の橋の下では川がうねるように流れていた。 この中に身を投げれば逃げられる。 楽になれる。 そう思うのに……怖い……。 町の明かりを見る。 携帯を取り出そうとするが、見つからない。どこかで落とし... 誰かに会いたい。 誰かと話したい。 誰か……助けて……私が思いとどまってるうちに……誰か……来て……。 「そんなところで何をしてるんだ?」 あと、一歩で飛び込めるときに亜衣さんが来てくれたんだ、... ありがとうございます。亜衣さんが来てくれて嬉しかったで... 亜衣さん、私が人を殺したって知ったら、どんな顔するのか... 目が覚めると、そこは薄暗い廃工場だった。 金属の柱がところどころにあるだだっ広い空間。 コンクリの地面。 私はそんなところで寝転がっていた。 体を動かそうとすると、手足が縄で縛られていた。 「よぉ、目が覚めたか」 少し遠くから体の大きい男の人が話しかけてくる。私のお腹... あぁ、そうか、私、また捕まったんだ……。 「約束通り、友達に会わせてやるよ」 そんなこと言ってたっけ……って、友達ってまさか! 奥から男が連れてきたのは……嘘……。 「感動の再会だ、もう死んでるけどな」 男は連れてきた沙織を私の目の前に投げ捨てる。 沙織の姿は、無残だった。 いつもの私に笑いかけてくれていた沙織じゃない。 彼女の表情は絶望に満ちていた。衣服がボロボロに破かれ、... 私の頬を冷たいものが流れる。 嫌だ。 目をそらす。 「おら! しっかり目に焼き付けな! お前がやらかしたこと... 男の一人が私の顔を掴み、沙織の方に向けさせる。 沙織の焦点が合っていない目と目が合う。 彼女の目にはもう光が無い。 漫画でしか見たことの無い死んだ人の目。 今まで他人事のようにしか思っていなかった光景が目の前に... 「それにしても、この女はかわいそうなヤツだったなぁ、お前... 「……どういう意味……?」 男が私の髪をつかんで持ち上げる。 痛っ! 「ああ、教えてやるよ。お前が逃げ出した後、俺らはお前を追... 男は愉快そうに笑う。 「ふざけるな……!」 「あ?」 男が急に私を蹴り飛ばす。あまりの威力に咳き込む。 「おい、ふざけるな? どの口が言ってんだ? お前も俺らの... またあの感覚が襲いかかる。 そうだ、私もコイツらと一緒だったんだ。 私もこのゲスどもと同じ人殺し……。 「さてと、俺らに刃向かった礼はきっちりさせてもらうぜ、お... 男が呼びかけると、奥から十人、いや、三十人近くはいる。 体格のいい男たちが出てくる。 「大丈夫だすぐに殺しはしねぇよ」 男が指を鳴らしながら近づいてくる。 「自分のしたことをたっぷりと後悔する時間はやるからよぉ」 あぁ、そうか、こんなゲスどもに殺される、人を殺しておい... あの世で、沙織に謝らないと……私のせいでごめんって……。 「なんじゃ、お前! ぐあぁ!」 男の悲鳴が聞こえた。 何事かと思い、男たちが後ろを見る。つられて私も悲鳴の方... 黒いロングスカート。 右目が隠れた黒い髪。 亜衣さん……。 「なんだお前!」 男が威勢よく怒鳴る。 「ただの引きこもりだ」 亜衣さんは動じることなく答える。 「ふざけるな!」 男の一人が殴りかかるが、次の瞬間倒れていたのは亜衣さん... 「面倒だ、一人ずつじゃなくて全員で来い」 亜衣さんは挑発するように手で呼びかける。 「ふざけるな、このアマァ!」 男たちが一斉に亜衣さんに襲いかかる。中には素手ではなく... 一方の亜衣さんは丸腰。勝ち目なんてあるわけ無い。 「逃げて! 亜衣さん!」 しかし、亜衣さんは動じること無く、男たちの攻撃を捌き、... 男性の攻撃を流して、他の男性にぶつける。 攻撃してきた男性の動きを流してコントロールして、他の男... 信じられない光景だった。 武器を持った体格のいい男性、三十人が、丸腰の華奢な女性... 気がつくと、亜衣さんに襲いかかった男性たちは一人残らず... 「無事か?」 亜衣さんがこっちに近づいてくれる。 「やるじゃねえか」 物陰から、体格が他の男より一回り大きい男が現れた。 男の服装は奇妙だった。黒いタイツのようなスーツに全身が... 「お前、そこそこ強いな」 亜衣さんの雰囲気が変わる。 「へぇ、お前こそやるじゃねぇか、俺の部下を全滅させても息... 男は首をバキバキ鳴らす。 「でも、これで終わりだ」 男はガスマスクを装着し、手に持っていたライターに火をつ... 「ライターでも投げつけるのか? それくらい余裕で躱せるぞ... 「まぁまぁ、面白いモン見せてやるよ」 そう言うと男はライターの火を自分のスーツにつけた。 すると、男の全身が炎に覆われた。 「なんだ? 大道芸か?」 「死ね」 男は炎に覆われた体で亜衣さんに蹴りかかる。 亜衣さんは裁こうとするが、炎にひるみ距離を取る。 「やるなぁ、今のを躱すとは……」 「……なるほど、体中に塗られていた液体は炎を長時間燃やすた... 「今の一瞬でそこまで見抜くとは大したヤツだなぁ!」 「スーツのおかげで火傷はなんとかなるとして、炎を全身に纏... 「よく言うだろ、心頭滅却すれば火もまた涼しってなぁ!」 男は勝ち誇ったように亜衣さんに殴りかかる。 亜衣さんは触れることができずに躱す。 躱して、転がって、こっちに近づいてきた。 「いつまで逃げられるかなぁ! 全身に纏った火により体温を... 「バカが考えそうなことだな」 男の猛攻をしのぎながら、亜衣さんは私の目の前を通り、私... 「はぁ、はぁ」 「ようやく息が切れてきたみたいだな! これで終わりだぁ!」 男が殴りかかるが、次の瞬間男は倒れていた。 「なんだと……! バカな! 俺に触れたらお前は……!」 「心頭滅却すれば火もまた涼しだったな、試してみたが熱いな... 亜衣さんが痛そうに右手を押さえる。 あの炎の体に触って投げたんだ。 「心頭滅却に挑戦したかったから無茶をしてみたが、慣れない... 「まだ、勝ったと思うなぁ!」 男が激昂しながら立ち上がる。 「面白い物を見せてもらった礼だ。私も面白い物を見せてやろ... 男が叫びながら亜衣さんに殴りかかるが、男の動きが亜衣さ... 男はその後も立ち上がるが、そのたびに亜衣さんに操り人形... あれは、昨日道場で、白髪のおじいさんが私に見せてくれた... 「クソォ! こうなったら……!」 男は再び激昂するが、纏っていた炎は消えた。 「何か奥の手でもあったのか? だが燃料切れだ。あの液体の... 「クソがぁぁぁ!」 男は叫びながら亜衣さんに殴りかかる。 「終わりだ」 私が瞬きした時にはもう、男は背中から勢いよく地面に倒れ... 多分、男のパンチを流して、両手でその右腕をつかんで、地... 詳しいことはまた道場で教えてもらえばいい……いや、行くこ... その後、私を誘拐した男たちは警察に捕まった。 亜衣さんと私は病院に連れて行ってもらった。 亜衣さんと私は比較的軽傷ということで、亜衣さんはすぐに... 私の殺人は正当防衛ということで無罪ということになるらし... 亜衣さんはチャンネルをすぐに変えてくれたから気づかなか... 亜衣さんは最初から気づいていたのかもしれない……私が人を... フラリと病院の屋上に行く。 空はまぶしいほどの青空だった。 亜衣さんには申し訳ないですけど、飛び降りようと思います。 やっぱり、おかしいと思うんです。 何も悪いことをしていない沙織が殺されて、人を殺してしま... 私には耐えられない……私のせいで親友が殺されたのに、私が... 病院のフェンスにまたがる。 目下には人の営みが広がる。 人がアリのように小さく見える。 ここから落ちたら痛いんだろうなぁ……別にいいや……。 「何をしてるんですか?」 声の方を振り向くと、私と同年代ぐらいの女の子がいた。 ごめんね、こんなとこに居合わさせちゃって……。 彼女が来たころにはもう私は重力に身を任せていた。もう、... あぁ、目を閉じれば会える。 あれ? 手が痛い? 全身が痛いなら分かるのだが、痛いの... 目を開けると、先ほど、ドアから出てきた少女が私の手をつ... フェンスの隙間から手を伸ばし、私の手をつかんでいる。 「すぐ助けますから、待ってくださいね」 別にいいんですよ、助けなくて、私は楽になりたいんですか... 手を離して欲しいと声が出なかった。どうしてだろう? 「引き上げますから、両手でつかんでもらっていいですか?」 助かりたいわけじゃないから別にいい。 汗で手が滑る。 もうじき、落ちるのだろう。 あぁ、沙織の場所へ行ける。 もうすぐ……。 ごめんね、私なんかのために痛い思いをさせて……。 手が離れる。 もう、重力に身を任せるだけだ。 しかし、すぐに誰かが手をつかむ。 誰? 恐る恐る上を見る。 嘘でしょ? 私の手をつかんでいたのは他の誰でもない沙織だった。 どうして? 「生きて! 私の分も生きて!」 沙織の声だ……! 頬を熱い物が流れる。 胸の中から熱いものがこみ上げてくる。 そうか……私は生きたかったんだ。 私は沙織の手を両手で掴み、壁をよじ登る。 途中から、見ず知らずの少女の手も掴み、よじ登る。 二人に助けてもらい、私は屋上に戻る。 「ありがとうございます……! ありがとう、沙織」 周りを見渡すが、沙織はいない。 「あの、もう一人いませんでしたか?」 「いや、ここには私とあなた以外いないですよ」 彼女は何も知らないかのように言う。 じゃあ、あの沙織は……。 「あ、私、黒山露水(くろやまろみ)っていいます。あなたは... 少女は私に自己紹介をする。 「私は月代美香っていいます。よろしくお願いします」 ロミさんのおかげだろうか? 退院するまで、もう自殺しようという考えは出てこなかった。 でも、正当防衛とはいえ人を殺してしまった私がのうのうと... 裁かれなくていいのだろうか? 私のせいで沙織は死んだのに……のうのうと生きていていいの... 気が付いたら初めて亜衣さんと出会った橋の上にいた。 ちょうど、亜衣さんの家と病院の間にある橋……多分、あの日... ふと、下に流れる川を見る。 穏やかな流れ。ここに落ちてもそう簡単には死ななさそうだ... 「どうした? 私との約束は忘れたのか?」 聞き覚えのある声、振り向くと、そこには亜衣さんがいた。 「あの、お久しぶりです」 「あぁ、久しぶりだな」 「あの、ケガの方は?」 「あぁ、軽い火傷だ」 亜衣さんは微笑みながら、白い包帯が巻かれた右手を見せて... 私のせいで亜衣さんもケガをした……。 「そうだ、知り合いがいるラーメン屋でも行くか?」 「いや、でも……」 「退院祝いだ、何かさせてくれ」 「ありがとうございます」 少し歩いた先にあるそこまで人通りが多くない通りに亜衣さ... 店内はこの時間帯にしては人は多くなかった。 「あれ? 亜衣さんが来るなんて珍しいですね」 「気分だ」 「で、そちらの連れは?」 「知り合いだ」 店内で話しかけてきたのは私と同年代ぐらいの男の人だった。 彼に案内されるままに席に着き、メニューを見る。 そこそこ種類がある上、それぞれのスープを混ぜて、新しい... 「で、ご注文は?」 「豚骨醤油激辛ラーメンニンニク唐辛子マシマシ大盛りを頼む... 「醤油塩豚骨味噌ラーメンを」 カオスな組み合わせをしてしまった。 「そういえば、亜衣さんはどうしてあの場所が分かったんです... 私が監禁された時、亜衣さんは助けに来てくれた、でも、亜... 「……さぁな、風の知らせだ」 「え、ちょっと……」 絶対違うと思うけど、これ以上聞けなかった。 「あぁ、そうだ、ここの店員はな、副業でなんでも屋をやって... 「俺は探偵です」 店員さんが即座に否定する。 「助けて欲しくなったら、コイツに頼め、多分助けてくれるだ... 「あ、そうなんですか……」 「他にも、何か話したくなったら、私の家か道場にでも来てく... 亜衣さんの言葉が詰まる。 「ありがとうございます……あ、そういえばまだ聞きたいことが... 「なんだ?」 「あの、体に火をつけてた男と戦っている時、どうして最初か... 亜衣さんは、最初は逃げ回っていた。触れないと倒せないと... 「あぁ、やろうと思えばできたんだけどな……後がめんどくさそ... 火事? 「あそこには私が倒した男たちがいた。下手にあの男を倒した... なるほど……ってちょっと待って、まさか、あの時亜衣さんは... 「木刀とか拾って攻撃しろよとか思ったかもしれないが、相手... そんなこと考えてませんでした。 「何か分からないことはあったか?」 「あ、いや……そうだったんですか、ありがとうございます」 なんだろう、他にも聞きたいことはあるのに……あ、そうだ。 「あの、最初に道場に案内してもらった時に白い瓶をもった男... 「そういえば、そんなことがあったな」 「あの人、顔つきが少しだけ似てたんです……私が殺してしまっ... 「……そうか」 「あの人に、私がすみませんでしたと言ってたと伝えてくれま... 「分かった、でもあの人は気にしてないと思うけどな」 「ありがとうございます」 しばらく沈黙が続く。言いたいこと、聞きたいことはまだあ... 苦しい……楽になりたい……でも、楽になりたいなんて、甘えな... 「楽になりたいと思って何が悪い? 人間だろ?」 「え? あの、口に出てました?」 「さぁな」 相変わらずぼかした言い方をする人だ。 「別にいいだろ、楽になりたいと思っても、死んで自己満足な... らしい? 「知り合いの医者が言ってた」 知り合いが言ってたことなんですね。 「ま、ソイツ曰く、罪を償う唯一の方法は『自分の罪から逃げ... 逃げる……。 「まぁ、一度に何度も言っても分からないよな、まぁ、また分... 「はい」 正直、私は分かってない、自分の罪と向き合い続けなければ... 「あの、どうしたんですか?」 亜衣さんと出会ってから三ヶ月ほど過ぎた夜のことだ。 亜衣さんに紹介してもらった道場の稽古帰りになんとなく亜... 「え、え、あの……」 私が話しかけたら彼女は泣き崩れた。 あぁ、あの日の私と同じことをしようとしていたんだ。 あの日、亜衣さんと出会えてなかったら、私はここにはいな... 『もろたら返す』でしたっけ、私は亜衣さんに助けてもらった…... それが沙織を死なせてしまった私ができる唯一の罪滅ぼしな... ページ名: