開始行: #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) **第5章 真実 [#fde1df25] ここは? 僕は一体どうなった? 確か、戦いが終わって、... 「エースがレインメーカーを殺した……」 それを思い出した瞬間、体中の全神経が覚醒した。耳には近... 「てめえ、いい加減にしろよ」 聞こえてきた会話は、ずいぶん険呑な雰囲気があった。 「連れて来たものは仕方ねえだろう。怪我人を痛めつけて、お... どうやら、誰か二人が近くで言い争っているらしい。 「ヘッドセットを殺した連中の一人だぞ。いや、アイツだけじ... 「けど、その敵も、もうあらかた死んでいる。残ったのはこい... 目は無事だ。ちゃんと開く。ゆっくり光にならしながら開け... 「なんでお前、あの場にいたんだよ。召集はかかってないだろ」 部屋にいたのは二人だけではない。他にも五人ほど、ソファ... 「偶然だ」 「嘘つくんじゃねえよ。偶然あんなとこにいてたまるか。ヘッ... ヘッドセット? 彼らは何の話をしているんだ? あの恰好... 「あの……」 「あ?」 返ってきた返答は恐ろしく冷たかった。言い争っていた二人... 「……もういい」 一通り睨みつけた後、金属の棒を腰に下げたそいつは、そっ... 「いい加減、どっちに着くか考えといたほうがいいぜ。エリッ... 「……わかってる」 とても口を挟める雰囲気じゃない。鉄の棒を下げた方は、仲... 「目が、覚めたんだな」 残った方も、けして友好的な態度とは言えない。それは単に... 「えっと……、ここは?」 「ストレイドッグのアジトだ」 質問には答えてくれるようだ。ストレイドッグとだけ告げら... 「自己紹介が遅れたな。俺はエリック。ストレイドッグの能力... 「ああ。えっと、僕はフレイムスロアーです。所属は……」 いや、勝手にしゃべってもいいのだろうか。アカデミーズと... 「アカデミーズ、だろう?」 そんな迷いを見透かしたかのように、エリックが言葉をつな... 「え?」 「素性は分かってる」 「そうですか……」 わからない。ここは一体どこだ? 彼らは何者? ストレイ... 「あの、エリックさん?」 「なんだ」 「何故僕はここに? ストレイドッグってのは何ですか?」 「俺が連れて来たからだ。あの倉庫からな。そしてストレイド... 「寄せ集め……」 ヒーローや犯罪者の下についているわけではない、というこ... 「かつて存在した犯罪者、ミディアバル、ブシドー、キャプテ... 聞いたこともない名前ばかりだ。 「何故、そのストレイドッグが僕を助けるんですか?」 「勘違いするな。助けたのは俺だ。他の連中はお前を歓迎して... 歓迎していない……どういうわけだろう。 「ではなぜあなたは、僕を?」 「表向きの理由は。利用できるから……アカデミーズと言えば、... 「おかしいですよ。僕のデータなんか取って、一体何になるっ... 何か変なことでも言っただろうか。エリックは不思議そうな... 「何を言ってるんだ?」 「いや、だから。僕の戦闘データなんかとっても、役に立たな... 「次にヒーローがどんな能力を手に入れるか、それが分かるだ... 「えっ?」 予想外の返答に、理解が追い付いて行かない。僕の戦闘デー... 「どうした? そんなに不思議なことか? そのために俺たち... 「どういうことですか? 能力は一人ひとつのはずです。同時... 今回エリックが見せた表情は、驚愕と納得がないまぜになっ... 「そうか。それが奴のやり口か……」 「どうかしたんですか?」 嫌な予感がする。答えは聞きたくない。 「お前、何でアカデミーズにいたかわかるか?」 「それは。僕が能力者だからです。超能力に目覚めたから、自... 「あくまで、勝手に能力に目覚めたと、そう言いたいわけだな」 エリックはその黒髪をかきあげた。途方に暮れているようだ。 「いいか。フレイムスロアー。お前のその記憶は偽物だ。超能... 「バカなこと言わないでください。僕にはちゃんと両親と過ご... 「記憶?」 「ええ。父は教師です。母はジムのトレーナー。郊外の家に住... そうだ。わざわざ言葉で確かめるまでもない。この記憶は確... 「中産階級……そんなものは支配階級が考えたお仕着せのイメー... しかし、即座にエリックは反論してきた。 「確かな記憶です」 「今この国にそんな家庭が築けるはずがない。何もわかってな... 吐き捨てるかのような口調。彼は何に怒っているんだろう。... 「IMAGNASの登場で、この世から戦争は消え去った。入隊と侵略... 嘘だ。だって、僕はちゃんと覚えている。芝生の香りも、ベ... 「記憶が弄れるはずがないでしょう」 「じゃあ聞くが、お前はどうやって能力の使い方を学んだ? ... 「それは、アカデミーズで訓練して――」 「お前しか使うことができない能力を、誰がお前に教えてやれ... キネシスの膜を作り出して、熱運動を閉じ込める……説明を受... 「いつ自分が能力を使えるようになったか、思い出すことはで... いつだ? いつだ? あるはずなんだ。初めて膜を作り出し... 「思い出せない」 「そうだ。そんなものはない。それに、説明がつかないだろう... そんなこと、一度も考えたことなかった。だって僕は、 僕は生まれた時からそうだったから。 「嘘だ」 「残念だが、本当だ。まさか記憶を書き換えてあるとは思わな... じゃあ、僕は? アカデミーズってのは一体何だったんだ? 「僕は一体、何者なんですか?」 「答えは、あきれ返るほど決まりきってるぜ」 エリックの声は、少し角が取れたようだった。 「お前は浮浪児だった。俺や、他のストレイドッグのメンバー... 子飼い能力者。初めて聞く言葉だ。だけど、それの意味する... 「ヒーローやら犯罪者やらが作った組織に拉致された浮浪児は... エースも同じことをやっているのだろうか。街の平和を守る... 「実験が成功したら、今度は記憶の消去だ。部下にするなら従... エリックはこめかみを指で指した。 「何故、子供をさらうんですか?」 「大人じゃだめだ。生活習慣病がある」 違う。聞きたいことはそういうことじゃない。 「子供をさらって、能力者に変えることで何かメリットがある... 「成功例があれば、自分達もその能力を取り込めるだろう?」 「どういうことですか?」 「能力は一人ひとつ。お前はそう思い込んでいるみたいだが、... その為の実験、か。自分達が安全に能力を手に入れるために... 「そして、さっき話した戦闘プログラム。これは完全じゃない... そうか。もう話が見えてきた。だからミッションが終わるた... 「更新を繰り返し、より効率よく能力を使えるようになった、... 僕らは、そのために駆り出されていた。はじめからヒーロー... 「結局の所、ヒーローにしろ犯罪者にしろ、やってることは金... でも、まだわからないことがある。何故僕はここにいる? ... 「あの。まだ聞きたいことがあります」 「ああ。あるだろうな」 そう。これが本題だ。エリックの目つきが変わった。 「何故あなたは僕をここに連れて来たんですか?」 「倒れているのを見つけたからだ。あの倉庫でな。そして、ヘ... レインメーカーのことだろう。でも、僕の仲間? あの場に... 「……まさか」 「察しがいいな。そのまさかだ。俺はお前達が殺した奴らの仲... 寒気が全身を包み込む。僕は、これからどうなるんだ? こ... 「殺すのか?」 「そうしたいと思ってる奴がほとんどだ」 「あなたは?」 エリックは天井に目を向けた。 「俺は、これ以上死者を増やしたくないと思った。だから、助... 信用していいのか? 確かにあのままでは、僕はエースに殺... 「データは渡さない」 「考え直した方がいいと思うぜ。別にデータを抜き取ったから... それでも、犯罪者に渡すわけにはいかない。 「まあ、構えるなよ。時間はある。じっくり答えを聞かせても... エースは、そばに置いてあった椅子に腰を下ろした。 「ところで」 「なんですか?」 「聞きたいことはそれだけか?」 まだあるにはある。でも、そんなの、彼が答えられるとは到... 「一つ、わからないことがあります」 疑問を口にしたところで、不利益をこうむるわけじゃない。... 「俺がお前を助けた理由、か?」 「それもそうですけど、別のことです。ヘリング・エースのこ... エース。敬愛していたその像はまやかしだった。僕は、まっ... 「エースはどうして、僕の仲間、レインメーカーを殺したりし... 「さあな。これはあくまで推測だが……たぶん昨日あった戦闘そ... 「戦闘そのもの……?」 「エースはあえてお前達アカデミーズを見殺しにしたような気... 手当の際に外されたのだろう。エリックはベッドの脇に積ま... 「ところが、実際にはエースが来たのは全てが終わった後だっ... 「一体、何のためにそんなことを?」 エリックは、自嘲気味に笑った。 「流石にひどすぎて、俺もすぐには思いつかなかったよ。やっ... 「空き?」 「能力者を養うにも金がかかる。戦闘プログラムが完成したと... 空きを作る。僕らは不要だと、そう判断されたわけだ。だか... 「正義とやらにこだわるのはいいが、お前のそれはあくまで植... それだけ言うと、エリックは部屋に置いてあるソファに向か... * 「……まいったな」 あいつの戦闘プログラムには価値がある。そう言ってレジス... 「ダメ、だな」 ヘッドセットのことも、まだ気持ちの整理ができたわけじゃ... 「しょうがねえ」 このまま部屋にいても、考えが堂々巡りをするだけ。何か別... ふと、コートに目が留まった。最近急に冷え込んできた。そ... 「買い替え時だな」 とってつけたような動機だが、これで外へ出る理由ができた... 「結構遠いな」 ちゃんとしたものを買うとなると、この貧民街を離れる必要... 俺は寒空の下、ゆっくり歩き始めた。 * しばらくは、何も考えられなかった。考えるのが怖かった。... 何も考えないようにしていると、部屋に残った能力者たちの... 「結局よぉ。あの女が得するだけじゃねえか」 男の声だ。歳は、僕と同じか少し上くらいだろう。いかにも... 「データが手に入る。手駒も増える。確かに、奴にとっちゃメ... こちらは、先ほどの声よりももう少し年上だ。喋り方からは... 「なんだってエリックの奴は、あの女に肩入れするような真似... 「まあ、見てくれは悪くねえからな。だからこそむかつくって... 「悪くねえってのは、どっちが?」 「どっちもだよ。エリックを連れて店に行くと、女共が黄色い... 「へぇええ。あーいうのがモテるのか! 真似してみっかなあ... 「バーカ。鏡見て物言いやがれ」 あっちこっちに飛ぶ会話。話題がころころ変わり、実情はな... 「しかし、結局、何でエリックはあのガキを連れて来たんだ?」 僕のことだ。自然と体に力が入る。いや、何も考えるな…… 「あ? 愛しのレジスター様にプレゼントって訳じゃねえのか... レジスター? 話の流れから推測すると、恐らく女性だろう... 「女がガキもらって喜ぶかよ。なんつーか、無理やりって感じ... 「何が無理やりなんだ?」 「いや、だってよ。仲間が減ったから、生き残ってた敵を連れ... 「確かに。普通ぶっ殺すな」 「これが女なら納得もできるんだけどな……まさか!」 「まさかって…… お前こういいたいのか? 『エリックは男に興味が……』」 いや、それはないだろう……ないはずだ。 「まあ、これは冗談だ。けどな……最近、俺はあいつが分からね... 「俺もだ。あいつ、どっちの味方なんだ? 俺たちと同じ側に... 同じ、側? どういうことだろう。ストレイドッグには派閥... 「あいつ、あの女に肩入れしすぎてるぜ。ちょっと度を越して... 「そうだ。あの女がいなきゃ組織が壊れるとか言ってるけどよ... 「はじめは口車に乗せられて俺たちも戦闘データを渡したけど... 「あいつらが死んだってのに、それを殺した奴を新しく仲間に... どうやら、レジスターというのはストレイドッグのボスらし... はじめは平等な寄せ集め集団だったストレイドッグに、格差... 「そろそろ、エリックの奴にもどっちにつくか考えてもらわね... この組織で立場が危ういのは、どうやら僕だけじゃないみた... * 「さて、どうするかな」 コートは買った。しかし、古い方のコートはまだ手元に残っ... しかし、流石にそこらに捨てるわけにもいかない。治安やモ... そんなわけで、捨てるに捨てられずコートを握ったままアジ... 「いや、あいつはもういないんだ」 無意識の思考に不意を突かれ、胸の底から何かがすっぽ抜け... 改めて直面した喪失感は、想像以上に大きかった。今までも... 「クソッ」 もういい。考えるな。何か別のことを…… 「あ」 大通りから建物と建物の間、所謂裏路地に目を向けると、そ... 「あいつは」 あの姿。年の割に背丈のある、けれども態度や声はまだまだ... 「この前のガキじゃねえか」 向こうもこちらに気づいたのだろう。仲間に耳打ちし、自身... 「なんだよ。何か用か?」 「ちょうど今、用ができた」 お互いに歩み寄り、建物の陰で向かい合う。 「用ができた? 一体どういう――」 「ほらよ」 余計な詮索は面倒だ。俺は担いでいたコートを投げ渡した。 「なんだよ、これ」 「やるよ。俺にはもう必要ない」 「なんか、あったのか?」 鋭いな。それとも俺が分かりやすいだけか? 顔に出ていた... 「持っていると、余計なことまで思い出してしまいそうだから... 「誰か死んだのか……」 やはり浮浪児たちを束ねているだけはある。事情を察してそ... 「なあ、これもらっていいのか? こないだみたいに、何か話... 「余計なものを引き取ってもらうんだ。本来ならむしろこっち... 「そうかい。ありがとよ」 「じゃあな」 それだけ言うと、俺は再び大通りに戻った。肩が軽い、コー... 「ん?」 呼び出し……レジスターからだ。何か緊急の用事でもあるんだ... 「しょうがねえか」 気が進まないが、会いに行くほかないだろう。アジトはすぐ... 「思ったより早かったわね」 部屋に入ると、レジスターが声をかけていた。視線は座って... 「緊急の用事があると聞きましたから」 表情の読み取れないポーカーフェイス。最近では常にこの調... 「ええ。そうだったわね。緊急の用事」 書類に判を押し、一息つくと、レジスターは語り始めた。 「例の情報屋の件は覚えているかしら。あなたが調べてくれた... 「アカデミーズの息がかかった信用ならない男、ですか?」 懐かしいな。あのころは、もっと互いの距離が近かった。 「そう。あの男がまた動き始めたの」 「信用を下げ、社会的に殺す。あなたはそう言っていませんで... 「それは既に実行しているわ。私達と提携している所で、奴の... 「では、何が問題なんですか?」 この気まずい空気を、長く楽しむつもりはない。その声は、... 「あの男。今は人を探している」 「人を?」 嫌な予感がする。このタイミングで、ヘリング・エースの息... 「特定の個人というわけじゃない。探しているのは、カーキ色... ああ。思い当たる節が嫌と言うほどあるな。この特徴は。 「コートを着ている人間なんて山ほどいるでしょう」 「それが普通のコートだったら、そうでしょうね」 どういうことだ? あのボロのコートは、特に変わったとこ... 「エリック。あのコートをどうやって手に入れたか覚えている... 「ええ。以前ギャングの事務所を潰した時に、壁にかかってい... 「あのコート、実はビンテージの品だったのよ。見る人が見れ... 逃れようがない。それははっきりとわかった。 「監視カメラに映っていたらしいの。ネイムレスの倉庫からあ... 顔は特定されていないけれど。彼女はそう付け加えた。 「それで、俺に一体どうしろと?」 「コートを始末すること、まずはそれから」 「それは既に終わりました」 ついさっき、新調したばかりだ。 「それじゃあ……」 そこで、彼女の言葉が詰まる。 「追放、ですか? どこか遠くに行ってしまい、二度と戻って... 組織のことを考えるなら、この選択肢が一番だろう。このま... 「勝手なことを言わないでちょうだい。決めるのは私よ」 「では、これ以上の選択肢があると?」 俺は何を言ってるんだろう。彼女を追いつめるような真似を... 胸のうちとは裏腹に、出て行く言葉を止めることはできない 「この間のように、切り捨てればいいではありませんか」 言ってしまった。まるであてつけのような言いぐさだ。いや... 「失礼します」 気まずさをごまかすために、俺はオフィスを出ようとした。 「待って」 意外、だろうか。レジスターが呼び止めてきた。 「なんでしょう」 振り返ることなく、口先だけで言葉をつなぐ。 「は、話はまだあるの」 どもった? 体裁を保つことに全神経を注いでいる彼女が? 「ネオシフターズのことよ」 ネオシフターズ。最近頭角を現してきたギャングだ。大企業... 「か、彼らの活動範囲が広がってきているわ。この事態は見過... 確かに、大事な話と言えなくもない。だが、今言うことだろ... 「わかりました。いずれ他のメンバーがいる時に、改めてその... こんな話をするために、わざわざ呼び止めたのだろうか。合... 「エリック!」 がたん、という音。どうやら、レジスターは席を立ったらし... 「まだ、何か――」 言い終わる前に彼女が歩み寄ってくる。机の脇を通る際、積... 「えっと、あの……」 さっきまでの威勢はどこへやら、近くで相対した途端、話す... 「どうしました?」 それは意地の悪い問いかけだったかもしれない。返答を待っ... 「ごめんなさい」 「えっ」 ここまでとは、予想していなかった。困惑する俺を余所に、... 「あの時は本当にごめんなさい。あまりにもあなたが優しいか... 際限なく話し続ける口を手で押さえて、強引に言葉を遮る。 「ええ。怒っていますよ。正直に言うと、絶望しそうにもなり... それを聞くと、話そうと動いていた彼女の口が止まった。も... 「だから、謝らなければならないのはお互い様です。あなたが... 「エリック……」 微妙な空気になってしまったな。微妙だけど、さっきよりは... 「あの、私、何か手を考えるから。あなたが出て行かなくても... 「ありがとうございます」 それが可能かどうかはどうでもいい。彼女がそれを考えてく... 「あと、それから」 頭の後ろに手を回し、彼女は耳元に顔を近づけてきた。 「私、あなたのことが好きよ。それだけは知っておいて」 想像していたよりも、ずっと子供っぽい台詞だ。普段のレジ... ヘッドセットの戦闘プログラムはあるが、レジスターに心は... でもこの時俺は、そんなことまるで考えていなかった。よし... 「俺も、あなたのことが好きですよ」 それ以外に、何を言う必要があろうか。 * どれくらい時間が経ったのだろう。二、三日くらい? 結構... 「お? 起きたか……へへっ、起きたのね」 この間、僕の前で話していた二人のうち、若い方が顔をニヤ... 「へへっ、さあて、どうしよっかなあ」 彼の名はジャベリン。僕が今、もっとも殺したい相手だ。 「何を、するつもりですか?」 目は合わせない。情けない話だけど。ここ数日、動けない間... 「俺? 俺は何もしやしねえよ。やるのはお前だ。体が動くよ... そう言って、下から顔を近づけてくる。煙草と酒が入り混じ... 「四つん這いになれ、犬のマネをしてもらおう」 「な、なんでそんな!」 いや、聞くだけ無駄だ。こいつに理由はない。虐げられる大... 「ションベンのかかった飯をクソと一緒に食らう奴なんか、犬... あの時の記憶がよみがえる。こいつが食事を運んできた時点... 「おっ? 切れるか? それとも泣くか? エリックに泣きつ... 握りしめた拳の中はしかし、振り下ろされることはなかった... 「おらどうした。さっさとやるんだよ」 だが、黙って従う道理はない。頭を抑えつけようと伸ばして... 「待ちやがれ!」 身勝手な怒号を上げ、ジャベリンが追いかけてくる。やっか... 「そこで、殺してやる」 後のことなど知るものか。助けたのはエリックの勝手だ。僕... 「変わったな。僕は」 誰に聞かせるわけでもない言葉が、ひとりでに口から零れ落... 「追って来ないな」 どうやらジャベリンは諦めたらしい。考えてみればただの嫌... 「流石に、あそこには戻れないな」 エリックには悪いけれど、戻ってもトラブルになるだけだ。... 「これからどうしよう」 行くあてはない。アカデミーズに戻っても、エースに殺され... そんなことを考えながら歩いていると、どこかから子供の泣... 「なんだろう?」 普段なら気に止めることもないだろうけど、あいにく今は時... 徐々に目が慣れてきて、薄暗いビルの谷間を見通せるように... 街は失業者と浮浪児であふれかえっている。エリックから聞... 脂と埃で黒ずんだ金髪。そしてサイズの合わない服の上から... 自分も、かつてあの中の一人だった。エリックの話だとそう... 「ひっ」 こちらの接近に気づいて、その浮浪児はしゃくりあげた。怯え... ストレイドッグから借りた服は、あまり友好的なデザインをし... 「あなたがやったの?」 「やった?」 そうだ。この子は泣いていた。何か悲しいことがあったのか... その視線が、下を向いていることに気づいた。うつむいてい... 「なんだ?」 心臓が高鳴る。恐る恐る彼女の視線の先を探し、僕はそれを... 「これは……」 あの日、目覚めた僕と一通り話をした後、確かに彼はこれを... 「嘘だ……」 けど、ありえない話じゃない。ベッドの前で繰り広げられた... もう浮浪児のことなんかどうだっていい。壁に手を付き、荒... 「エリックが……」 頭の中には浮かぶのは明白なセンテンス。 「エリックが、死んだ」 * 「そろそろ、アレを持って帰って、エリック」 「アレ?」 わざととぼけたふりをするが、それでなびくようなレジスタ... 「何故ですか? ここにあったほうが効率がいい。実際俺が外... 何を言い訳しているんだ、俺は、理由は明白じゃないか。 「効率……言い訳にしても、あまり良くない言い方ね。エリック」 「では、それ以外に何か理由があるとでも?」 図らずとも、からかうような口調になってしまった。ああ。... 「そうね……、あ、あなたは」 途端、レジスターの顔が赤くなる。何も気負うことのない自... 「あなたは、わ、私の部屋に来る口実を作るために……ここにコ... ああ。まさしくその通りだ。 「会いに来てくれるのはうれしいけど、やっぱりけじめは必要... ダメになっても構わない。むしろこのまま二人で、組織を捨... 「そう、ですね」 組織の為だ、仕方がない。そう言って、コートに手をかけた... 「あの、例の能力者のことだけど」 「フレイムスロアー、ですか」 「そう。元アカデミーズのね」 そうだ。いつまでも先延ばしにはできない。フレイムスロア... 「この三日間考えたけれど、やっぱり私はあなたと離れること... 「では、どうするんですか?」 「彼の、戦闘データを使うの」 「戦闘データを?」 使ったところで、レジスターの戦闘能力が少し上がるだけだ... 「エースが彼を狙うのは、ひとえに彼が『エースがこれから使... 「けど、どうやったってその事実は変えられないのでは?」 「事実は変えられないけれど、状況は変えることができる」 何を考えている? フレイムスロアーが傷つくようなものじ... 彼女が誰かを傷つけるところは、あまり見たくない。特に、... 「そのためには、彼の……フレイムスロアーの戦闘データが必要... 一筋縄ではいかないだろう。でも、それで彼女と一緒にいら... 「わかりました」 コートを肩に担ぎ、自分達の部屋へと戻る。何とか説得でき... そう思って、ドアを開けたところ 「よお。色男のお帰りだ」 アイアンロッドに出くわした。 「とうとうあの女とねんごろか、いいご身分だな。お前はよ」 この態度には慣れっこだ。アイアンロッド……根は悪い奴では... 「彼女はあくまで俺たちのことを考えてる。多少ミスをしたり... 「ミスで痛い目被って死ぬのは俺たちなんだよ。ヘッドセット... ヘッドセット……心の読める彼女がいない今、俺たちは互いを... 「彼女の件は、レジスターも考えがあったんだ。敵の考えを読... 「それで、戦闘員でもないヘッドセットを前線に送る? けっ... 「もし、その間に本部が襲われたら……」 「それこそ、あの女が一人でなんとかすりゃあいいだけの話だ... アイアンロッドの言うことには、常に一部の理がある。だか... 「むざむざ派遣する仲間の数を絞り、非戦闘員まで駆り出すな... 「もしも相手が強敵だったら、俺たちは全滅していた可能性だ... 「そのために、アイツらが……ヘッドセットが死んでも良かった... ヘッドセットは本来死ぬはずじゃなかった。そして何より、... 「ひょっとして、あの女すでにテレパス能力を移植したんじゃ... 言葉が言い切られる前に、俺はアイアンロッドの喉に刃を突... 「おい、なんだよ。やる気か?」 「訂正しろ。彼女はそんな人じゃない」 肩をすくめるとアイアンロッドは首を横に振った。 「わかったよ……収めてくれるあいつはもういないしな」 アイアンロッドは扉の前から一歩下がった。ようやく、中に... 「お前の覚悟は分かったよ。十分にな」 珍しく、アイアンロッドはあっさりと折れた。いつもなら殴... 「そうか……」 まるで何かを諦めたかのような態度だ。釈然としない。 「フレイムスロアーはいるか?」 パッと見たところ見つからない。 「先ほど、出て行ったな」 渋い声。ロックだ。奥のソファに座っているその姿は、まさ... 「出て行った?」 「そこのバカが、いらん手出しをしたからな」 ロックが顎で指した先にはふてくされているジャベリンがい... 「なんだよ。あいつは仲間を殺した敵だぜ? 何やったってい... 「品性を貶めるような真似はしないほうがいい。俺はそう言い... なんだ? まるで説教か何かあったみたいじゃないか。 「それで、あいつはどこに行ったんだ?」 「知るかよ」 参ったな。今外に一人で出歩かせるのはまずい。いつエース... 「探してくる」 俺はコートを羽織ると、外に飛び出した。 これからどうしよう。波止場に座り込んで、行きかう船をあ... 現実は僕が思っていた以上にハードだった。元アカデミーズで... ヒーローや組織は能力者を搾取し利用している。でも、その... けど、エリックは死んだ。もういない。この世界で僕は一人... 「探したぞ」 波の音に混じって、最近覚えた声が聞こえてきた。いや、そ... 「エリック⁉」 信じられない。五体満足。傷一つない状態で、エリックが隣... 「でも……そんな、殺されたはずじゃ」 「何言ってんだ? 俺は別にどうもしてねえぞ」 怪訝そうに眉を上げるエリック。どうやら、本当に何も知ら... 「あれは確かにあなたのコートでした。カーキ色で、使い古さ... いや、よくよく思い返すと、確かに顔は見ていない。ただ同... 「俺の、コート?」 傍らに立つエリックのコートは黒。僕が以前見た時とは違う。 「つい最近、新調したんだ。それで、あのカーキ色の……古い方... そう語るエリックの顔は驚くほど蒼白だった。何かとても深... 「殺された。そう言っていたな」 「はい。カーキ色のコートを着た死体……明らかに他殺でした」 自殺するにしても場所は選ぶだろう。あんな往来で胸を刺し... 「まずいことになった。とりあえず、早くアジトに戻った方が... 「どういうことですか?」 「説明する暇はない……」 強引に引っ張って行こうとする手を、僕は振り払った。 「戻れませんよ。あそこには」 「なんだと?」 語気は強いが、いらだっているというより、何かを恐れてい... 「あそこに、僕の居場所はない。所詮僕はあなた達にとって憎... 誰か、その名前は明白だ。こんな意見が通るとは端から思っ... 「ジャベリンか……あの野郎」 顔を覆うように、エリックは髪をかきあげた。 「奴に対しては俺から言っておく、だから……」 そこでエリックは言葉を切った。諦めたようにため息を付き... 「わかった。すぐにはアジトに戻らねえ。個人的な話もあるし... 目立ちすぎる……確かに波止場は遮蔽物が少ない。僕らがいる... 「場所を変えるぞ、ついてこい」 今度は手を引くことは無く、エリックは走った。選択が、ゆ... 「ここならいいか」 たどり着いたのはビルの屋上。 「ここなら下から死角になるし、近づいてくるやつがいてもす... 一通り周囲を確かめた後、エリックは切り出した。 「さて、殺された、そう言っていたな。俺が着ていたコートを... 「はい」 それと、周囲を警戒することにどんな関係があるのか――僕は... 「たぶんそいつは、俺と間違われて殺されたんだ。拷問された... 情報……このタイミングで、エリックを殺してまで聞きだした... 「僕のこと、ですね」 「そうだ。エースはお前を探してる。お前を連れ去った俺のこ... そう語る彼の顔は、壮絶なものだった。行き場のない怒りと... 「何か、あったんですか?」 「いや……殺されたのはたぶん、俺がコートを上げた奴だろうっ... こちらに振り向いた時に一瞬だけ垣間見えた彼の殺意は、明... 「ここ数日で、ヘリング・エースの息がかかった情報屋が動き... 情報屋。僕らがミッションの前に様々な事前情報を入手でき... 「奴らの目的はフレイムスロアー、お前だ。ヘリング・エース... 「消される?」 「当たり前だろう。万一お前が他の犯罪組織に戦闘データを渡... そうだ。戦闘データ。これがあるからこそ僕は殺されず、ス... 「じゃあ、やっぱり僕は戻れませんね」 「もう手遅れだ。お前がエースのもとに出向いて命を差し出さ... でも、それじゃあ 「それじゃあ、一体何のために僕に会いに来たんですか? ま... 「そのつもりならとっくにやってる。こうして長々と話なんか... そう言いつつも、彼の態度は見るからに穏やかではない。自... 「戦闘データを渡せ」 「えっ?」 「そうすればすべて丸く収まる。レジスターが、おさめてくれ... レジスター。ストレイドッグのボスか。渡したところで彼女... 「できません」 「なんだと?」 何より、僕が積み立ててきたデータ、例え偽りであったとし... 「話聞いてたのか? エースがお前を狙っているんだぞ」 「それ自体。嘘かもしれない。戦闘データが取り出せるのは、... 「いい加減にしろよ」 抵抗する間もなく、僕はエリックに胸倉をつかまれていた。 「俺があの時どんな気分でお前を担ぎ上げたと思ってやがる。... 押し殺したような声で、エリックは続けた。 「ストレイドッグは、行き場を失った奴らの集まりだ。それは... 胸倉を掴んでいた手は、徐々に力を失って行った。 「俺の意思を無駄にしないでくれ」 あの目は、本気だった。一方で、僕を殺したいとも思ってい... 「あなたの話を、聞いてもいいですか?」 ひょっとしたら……希望、勝手な期待。それでも僕はエリック... 「俺の話?」 「はい。気になっていたんです。何故、あなただけコードネー... 「大した話じゃない」 エリックは少しうつむきながら言った。 「俺はもともと、キャプテン・ラフィーって犯罪者の子飼い能... 孤児としての記憶がある。僕にはそれが、なんだか少しうら... 「どうだ? 面白くもなんともない話だろう」 「いえ。そんなことはないです」 まだ何か言いたそうにしていたが、エリックはその言葉を引... 「なあ」 代わりに出て来たのは、慎重に言葉を選ぶような声。 「俺たちに、チャンスをくれないか?」 「チャンス?」 そんなもの、僕が与えられる立場だろうか。 「もし、ストレイドッグで働くことができない。居場所が無か... 確かに。エースが探しているのは僕だけど、そこにたどり着... 「だけど、それを決めるのはまだ早い。だから、チャンスをく... 「具体的には、どういうことなんですか?」 「一緒に仕事をしてくれ。縄張りを荒らし始めた、能力者を始... 仕事? 犯罪者の醜い縄張り争いじゃないか。 「何故僕が、それに協力すると?」 「確かに。身勝手な話かもしれない。それでも俺は、お前に死... 「評価? ただの犯罪者組織以上の評価を求めると?」 エリックはうなずいた。 「確かに俺たちは犯罪者だ。他者を搾取することでしか、生き... 「領分……」 まさしく、身勝手な物言いだ。社会や虐げられる側からすれ... 「けど、その領分をわかってない奴らがいる。趣味、遊び、『... 自分達は、他の犯罪者よりマシ……。本当に、勝手な言い草だ... 「わかりました」 戦闘データは渡さない。それでも、何も知らないままストレ... 「これでどうだ?」 「いい表情ですね。もう少し下からのアングルも取りたいので... 声だ。声が聞こえる。エリックに連れられて向かったのは、... 地上には誰もいなかった。一見すると無人に見えるだろう。... 「地下だぜ。奴ら、逃げ場がない。チャンスだ」 隣についてきていたジャベリンが、興奮したようにいった。 「それは、俺たちも条件は同じだ。情報が正しければいいが」 飛び込んで行こうとするジャベリンを、そばに立つ能力者、... 「まずは、ライブジャックがいないことを確認しないとな」 ライブジャック――今回の僕らのターゲットはその子飼い能力... 「ふざけた犯罪者だが、こんな奴でも組織のボスだ。相手にす... 階下で交わされる会話に再び耳を傾けるエリック。事前の情... 「えっ?」 ふいに視界がぼやけ始めた。焦点が合わない。眼前にある物... 「なんだこれは……?」 どうやら、僕だけじゃないらしい。ぼやけて見える他の三人... 「敵だ!」 階下から上がる声、どうやらさっきのぼやけた視界によって... 「どうなってやがる……」 ぼやけた視界は始まった時と同じように即座に戻った。階下... 「隠し扉でも作ってやがったのか……?」 なんにせよ、即座に襲って来ないということは戦力の不備を... 「恐らくライブジャックはいない。しかし、何を考えているの... 「先手必勝!」 考え始めたエリックを余所に、ジャベリンが穴へ飛び降りた。 「あのバカ!」 それを追って飛び降りるエリック。ロックは僕と顔を見合わ... 「行くしかない、か」 穴の底に着地。改装したのか、その床はむき出しのコンクリ... 「これは――」 地下には箱が積み上げられて壁を作っていた。中身は撮影機材... 「いたぜぇ!」 ジャベリンが叫ぶ。身を隠す、忍び寄るといった発想は、端... ジャベリンの手が壁に触れると、さながら砂に埋もれていた... 「しゃああ!」 それを投げるためだ筋肉が用意されているかのように、彼の... 「何⁉」 しかし、音を聞く限りどうやら攻撃は失敗したらしい。重い... 「どうなってんだ?」 やっと追いつくことができた。隣に立つエリックとともに、... 「なんだ……これは……」 眼前にあったのは巨大な鉄の壁だ。ジャベリンの攻撃を防い... だけど、僕が衝撃を受けたのは、そのさらに背後にあるもの... 首を鎖でつながれた七人の男女。円状に配置された彼の首に... 待っていれば潰されて死ぬ。生き残るためには、互いに殺し... 「言っただろう。一定の領分。こいつらを見逃すわけにはいか... 淡々と告げるエリック。しかし、堅く握られた拳を見れば、... 腰に下げられた刃の無いサーベルを引き抜くと、エリックは... 「行くぞ!」 新たな武器を作り出したジャベリンと共に、エリックは踏み... ジャベリンの投擲。鉄の盾はこれを防ぐ。けど、この攻撃は... 「バケモンかよ」 しかし、敵の行動は早かった。あれだけの大質量だというの... けど、まだ僕の攻撃が残っている。 「えいっ!」 盾をエリックに向けたことでがら空きになった側面へ、作り... 当然敵は即座に対応しようとするけれど、エリックは二刀流... 「ぐおおお!」 このアンビバレントな状況に対して、敵は強引にエリックを... 判断は悪くないと思うけど、残念ながら手遅れだ。僕は能力... 「畜生!」 吐き捨てるような声。やったか? 爆発による煙が晴れて、... 「えっ?」 結論から言って、敵は生きていた。無傷だ。でも、僕が驚い... 「発泡スチロール……」 爆発を防いだ鉄の壁。敵はどうやら壁を二つに割くことで、... 「まがい物、か……」 そばで観察していたロックが、静かに告げる。 「発泡スチロールに塗装を施すことで、本物の『鉄』に見せか... 以前戦ったマリオネットと同じ。相手を超能力者に変える、... 「当然自分はそれを本物だと思っていないわけだから、ただの... ごつい見た目に反して、慎重な考察を行う人だ。その目はま... 「クソッ! ばれちまったか!」 エリックの刺突を盾で受け止めるが、剣はたやすく貫通した... 「やばい……!」 逃げる敵、追いかけるエリック。だがそこで、ロックが叫ん... 「止まれ! エリック!」 「クソッ!」 一体どうしたというのだろう。怪訝な顔をしながらも、エリ... 「どけえ! エリック!」 ジャベリンが新たな槍を作りだし、ハリボテの壁を貫く。敵... 「なるほど……」 塗装する能力。敵はただ盾を持って近づいていたわけじゃな... 「炎の床か」 こちらを攻撃するための罠として、盾に隠れながら床に塗装... 「危ないところだった」 けど、これはチャンスだ。既に火球は作ってある。敵はもう... 「えい!」 火球を投擲。逃れようとする敵を焼き尽くすように、僕は能... 「ぐああ!」 仕損じた。致命傷じゃない。奥に吹き飛ばされた敵は、地面... 「はぁ、はぁ、もういいだろう⁉」 荒い息をして立ち上がった敵は、奥にいた誰かに告げた。 「ええ。十分です」 声は、さっきのデスゲームの現場から聞こえた。 「新手か」 即座にエリックが刃を向ける。例の塗装屋が注意をひきつけ... 縛られていた男女は、その様相を劇的に変化させていた。涎... 「来るぞ 頸木を外された人狼たちはわれ先にとこちらに襲い掛かって... 「クソッ、なんだよこいつら」 向かってきた一匹をエリックが切り伏せるが、人狼まるで堪... 「うわっ!」 当然僕も傍観者ではいられない。飛び掛かってきた人狼の爪... 「加減してんじゃねえぞ新入りぃ!」 ジャベリンの怒号。投擲が主となる彼だが、接近戦もこなせ... 「ふん」 押し倒されて喉笛を食いちぎられる、その寸前、彼を囲って... 「相手を選んで噛みつく……非常に合理的な思想だ。見た目以上... ロック。彼の手には何の武器も握られていない。まさか、素... 「二人に向かって行ったのは囮。ジャベリンが接近戦が苦手だ... そのうちの一体に歩み寄り、思い切り足を振り下ろす。その... 「これでもう、動けないな」 淡々と告げるロックの足元で、人狼の体が元の人間に戻って... 「おい、メイクアップ。こいつはやばいぜ」 さっきの塗装屋が不安げな声を出す。 「あのごついのを始末させないとよ」 メイクアップと呼ばれた側、恐らく人狼を作り出した張本人... 「無理だ。私の能力はあくまでも外見上の変化を施し対象を怪... ロックの戦闘力に恐れをなしたか、ジャベリンを囲っていた... 「クソッ、一体どうすりゃいいんだよ」 足並みの崩れた連携に合わせて、エリックも対峙していた人... 「さあ、どうする」 戦況は圧倒的にこちらに有利。けど、気を抜いちゃだめだ。... 「ぐあっ」 人狼が飛び掛かってきたその瞬間。視界が突然ぼやけ始めた。 「あいつか!」 例の能力。目の焦点が合わなくなり、周囲の輪郭がぼやけて... 「えいっ!」 あてずっぽうに腕を突出し、やみくもに炎を噴射する。フレ... 「なんだったんだ?」 炎を噴射する直前、僕の手は確かにあの塊に触れた。でも、... 「能力が解除された? 視界が奪われたことで?」 さっぱりわからない。それに、こっちの視界を奪うのが敵の... 「この『視界を奪う能力』 対象を選べないんじゃないか?」 エリックの意見は賛同できる。そうとしか考えられない。で... 「問題は、何故奴らは今能力を使ったか、ということだな」 ロックが人狼の首をへし折りながら淡々と言った。 「けっ! なんだっていいぜ。あの野郎が明後日の方向を向い... ジャベリンの言う通り、塗装屋は首を左に向けている。何か... 「死ね!」 ジャベリンの攻撃。投擲された槍が塗装屋に迫る。しかし彼... 「何っ!」 金属音。槍は塗装屋の手を貫通することなく脇へと弾き飛ば... 「なるほどな。そのために視界を奪ったのか」 歯ぎしりするジャベリンにロックが淡々と告げる。 「奴はその能力の特性上『描いている所を見ている人間』に効... 白銀色に塗られた手首。彼は何の制約もないかのように動か... けど、ロックの推測だけでは足りない気がする。彼は間違い... 彼は何を見ていた? 拾った発泡スチロールの直方体に向か... 「よそ見するんじゃねえ!」 手を出せないでいる僕を余所に、エリックが切り込みに行く... 「どけっ!」 刃を振り下ろすエリック。しかし、そこで包帯で隠された敵... 「なっ⁉」 その左腕から生えていたのは、一匹の大蛇だった。ひるんだ... 「蛇を移植したのか?」 「さあ、どうでしょうね」 牙が刃を打ち砕く。そのまま蛇はサーベルに身を絡ませ、エ... 「かかったな」 蛇の動きが急に止まった。見ると、エリックのサーベルは、... 「これで、逆にお前は逃げられないわけだ」 そしてエリックは二刀流。右腕に握られた刃が、動けない敵... 「スティールロール! まだですか!」 「できた! いいぞ、レソルーション!」 レソルーション……未だ姿を見せていない『視界を奪う』能力... 「なんだと……」 暗転は一瞬だった。その一瞬で、何が起きたのか、蛇は高速... 「なるほどな。メイクアップ――あの人狼も、その蛇も、お前の... そして、変化はそれだけではなかった。 「あいつがそうか」 三人目の敵。レソルーションが、塗装屋――スティールロール... 「これでいいか」 スティールロールが、黒く塗装した箱をレソルーションに見... 「十分だ」 他二人よりも一段年上のような声。ロックが最後の人狼を叩... 「くらいな!」 レソルーションから受け取った箱をスティールロールが投げ... 「しゃらくせえ!」 投げつけられた箱を叩き落とすジャベリン。僕らは彼があれ... 「クソッ」 しかし、目が使えないのはまずい。適当に攻撃したら、同士... 「ぐぁっ!」 なんだ? 背中を切られた。幸い、傷は浅い。でもどうなっ... 「ぐっ!」 「いってえな! 畜生!」 ボケた色の集合にしか見えない世界で、次々にストレイドッ... 「くっ!」 今度は脇腹だ。視界をぼやけた影が通るのは見えるけど、ま... 「なんでだ? なんでこっちの死角が分かる?」 二度の攻撃はどちらも背後からなされたものだ。敵も僕らと... 「クソッ!」 背中から攻撃するというのなら、こっちにも考えがある。胸... 「今だ!」 ふとももを斬りつけられたのを認識した瞬間、僕は能力を解... 「ぐはっ!」 そんな……アレを躱した? どうやって? 腹部に突き立てら... 「そういうことか……」 ロックのうなり声が遠くに聞こえる。彼でさえも、この状況... 「あいつは、わざと俺たちに見せつける形で塗装を行ったんだ」 何もかもが不確かな視界の中、際立ってはっきりと見えるの... 「三人目の敵の能力は、単に視界を奪うわけではない。一つの... どう考えても見えるはずがないのに、人間の視力を越えてい... 敵があれを何に見せかけていたか、僕はようやくわかった。 「モニター」 当然その画面には、何も映っていない。あたりまえだ。ただ... 「恐らくあのモニターは、この部屋に仕掛けられた監視カメラ... 敵は、直接相対する前に、僕らの存在に気づいた。監視カメ... 「そして、敵の二人は、あれが塗装される瞬間を『あえて見て... 二人にとってあれは、本物のモニターと同じ効果を持つ――す... 「一つの物体に焦点を合わせ、人間の目の分解能(レソルーショ... あれだけ離れているのにディティールまで捉えることができ... ダメだ。絶望的。ぼやけた視界のなかで、敵と思しき影がゆ... 「なら、あれをぶち壊してやりゃあいいんだろ!」 ジャベリンが槍を投擲するが、そう簡単にはやらせてくれな... 「ぐあっ」 二投目は無い。もう片方の能力者、レソルーションがジャベ... 「クソッ! 新入り! 火でこいつらをぶっ飛ばせよ!」 ジャベリンが叫ぶ。だけど、僕にはどうすることもできない。... 「フレイムスロアー! どうして攻撃しない?」 エリックも苦戦している。何か無いのか……? 「ダメです。僕はもう、あと一発しか炎が撃てません! 敵を... 失望させてしまうだろうか。いや、この際そんな細かいこと... 「一発……一発撃てるんだな」 エリックの声音が変わる。 「え、はい」 なんだろう。あの自信に満ちた声は。 「よし、ならそこから地面を這いまわって、濡れている所を見... 「えっ?」 「早くしろ!」 言われた通りするしかない。敵らしき影をおぼろげながら判... 「ありました!」 「よし、ならそこに火をつけろ!」 ここに、火を? 迷う時間はない。それでなんとかできるな... 僕は手の平の火球を爆発させ、その液体に火を放った。 「くっ⁉ これは?」 途端に煙が噴き上がる。どうやら可燃性の液体だったらしい... 「けほっ」 思わず口を手で覆う。一体何だ? これに何の意味があるっ... 「伏せろ!」 エリックが叫ぶ。わけもわからず僕は従った。爆発はもう済... 一秒、二秒……何も起こらない。代わりに伏せて動けない僕を... 「エリック⁉」 「その口を閉じてろ!」 作戦は失敗したのか? エリックの口調は厳しい。敵の攻撃... 「えっ?」 突如その人影がもがき始めた。苦しんでいるようにも見える... 「えっ?」 一体何があった? 他でも同じようなことが起きているらし... 「戻った」 視界が再び通常通り、完全に晴れた。 「な、何だ? お前ら何をした?」 わけもわからず腰が砕けたように座り込むのは、能力の特性... 「お前に教えてやる義理はない」 静かに歩み寄ったエリックは、その胸に刃を突き刺した。 「一体、何がどうなったんですか?」 階段を登って地上に抜けた時に、僕は新ためてエリックに尋... 「火事の時の最大の死因、知ってるか?」 そもそも僕は熱が効かない。火事で死ぬなんて考えたことも... 「いえ、知りません。火傷ですか?」 「違う。一酸化炭素中毒だ」 「一酸化炭素?」 「不完全燃焼を起こすと空気よりも軽い一酸化炭素が発生する... 「酸欠……じゃあ、あの液体は?」 「エリックの能力だ」 ロックが代わりに答えた。 「エリックの能力は、蝋を鹸化して液状化することだ。液化し... 「……すごい」 「俺みたいに超能力が使えない奴には、逆立ちしたって真似で... ロックの言葉は、心なしか、少し誇らしげだった。 「あんまりほめないでくださいよ」 エリックがはにかむ。そんな二人の様子が面白くないのか、... 「おい。待てよ」 エリックの制止も聞かずに先へ進むと、ジャベリンはこちら... 「今日の所は認めてやるぜ、新入り」 「えっ?」 「けど、おかしなことしたら容赦はしねえ。それを覚えておけ... それだけ言い残すと、彼は走って先へ行ってしまった。 「あの野郎。妙な真似しないように、きつく言っといたほうが... 「いえ。大丈夫です」 ちょっとだけここでやっていけそうな気がした。まだ完全に... 「少し、風に当たりたいんです。先に戻ってください」 「いいけど。早めに戻ってこいよ。お前はエースに狙われてる... ゆっくり歩こう。そして、ゆっくり考えよう。 これからのことを。前向きに。 * 「おら、さっきまでの威勢はどうしたぁ?」 死なない程度に軽くスイング。特殊合金でできた棒は、鈍い... 「お、お願いです。止めてください」 仲間の一人が感情に任せて一発殴ったため、その顔には青痣... 「やめてください。なんでもしますから」 そのパトロンは既に死体に変わってる。倒れた女から二十メ... 「何でもする? じゃあそこでおとなしくサンドバック続けて... 年齢に不釣り合いなほどの地位。そして、かつて自分と同じ... 「な、なんで? 私が何かしましたか? 私はただ買われてい... 無言でアッパースイング気味に、その胴体を殴りつける。 「その悪い人からもらった店で、無茶な運用をして女を使い潰... むろん、これは詭弁だ。女共に対する慈悲や共感は全くない... 「だって、私経営のこととかわかんないし……」 「わからないのに店を持ったのか。自分は矢面に立つことなく... 棒で殴るのは止めだ。髪を掴んで無理やり立たせると、人通... 「な、何するんですか……」 「知ることになんの意味がある?」 この辺りでいいだろう。ふらつく足の甲を踏み抜き、移動手... 「この辺りは浮浪者がよく集まるんだ。お前に潰されて捨てら... 女はヤルより、ぶちのめして嬲るに限る。プライドを引き裂... 「さーて、まずは――」 「やめろ、アイアンロッド」 肩に手を置いたのは同じストレイドッグの仲間、ラストステ... 「そろそろ行くぞ」 もう時間か――楽しい時は早くすぎる。このまま一晩中楽しん... 「わかったよ」 「あとそれから」 よほど言いにくいことなのか、ラストステップは眼帯を指で... 「何だ?」 「お前のことを、新入りが見ていた」 新入り――フレイムスロアーとか言っていたな。 「なんであいつがいる? 別の仕事を任せられていたはずだろ... 「さあ。もう終わったんじゃねえか」 まあ、ありえない話じゃない。能力者同士の戦いと言えど、... 「それで、新入りが見ていたから何なんだよ」 「懐柔するから今はなるべくまずいことは見せるなって、エリ... 「あいつの点数稼ぎに付き合う義理はねえ」 これで新入りがまずったことになろうが、俺には何の関係も... 「……帰るか」 腹いせに女の腹に一発蹴りを叩き込んだ後、俺は仲間と共に... * やっぱり。あいつらは薄汚い犯罪者だ。それでも行くあての... 「止めようとしないなら、全員同罪だ」 ここは僕のいるべきところじゃない。かといって、他に僕の... 「あ、フレイムスロアー」 オフィスとアジトをつなぐ廊下で、エリックに声をかけられ... 「なんですか?」 「レジスターが呼んでた。オフィスのほうに向かってくれ」 レジスター。ここのボスか。彼女はこのありさまを知ってい... 「わかりました」 エリックの言葉に従い。廊下を歩いて扉を開ける。 「こんにちは。あなたがフレイムスロアーね」 待ち受けていたのは、若い女だった。 「私はレジスター。ストレイドッグ全体に仕事を与えている人... 「つまりは、ボス……そういう認識で問題ないですか?」 「リーダーという呼び名の方が、私としてはありがたいのだけ... どっちだっていい。呼び名で彼女の立場が変わるわけじゃな... 「それで、僕は何故ここに呼び出されたのですか?」 「ヘリング・エースのことで話があるの」 なるほど。大体見当はついた。 「エリックが言っていました。僕はエースに狙われている」 だから戦闘プログラムを渡せ、と。 「そうね。正確にいうと、狙われているのはあなたの戦闘プロ... そういうと、レジスターはゆっくり話しはじめた。 「私達ストレイドッグは、あの日、アカデミーズ――つまりあな... 「なるほど」 「そんな時期だから、エースがあなたのことを探し回っている... 「それで、僕にどうしろと?」 「エリックから聞いたと思うけど、戦闘プログラムを渡しても... 確かに彼はそう言っていた。けど、意味が分からない。 「何故戦闘プログラムを渡さなければいけないのか、そう言い... 「ええ。納得できませんから」 何をするつもりか知らないけれど、データを彼女に渡したと... 「まあ、そうでしょうね。無理もない……今から説明するわ」 レジスターは立ち上がった。 「エースがあなたの戦闘プログラムを狙う理由。それは何故だ... 「僕のデータを回収して、能力を使えるようにするのが目的で... エリックから聞いた話だと、こういうことだったはずだ。 「確かに。それはそう。けど、あなたのデータなら既にエース... そういえばそうだ。失敗や反省点、改善点をフィードバック... 「だから、最新のデータじゃないにしても、エースは戦闘プロ... となると理由は一つしかない。エリックの言っていた言葉を... 「情報の漏えいを防ぐことが目的、そう言うわけですね」 「その通り。他の犯罪者にプログラムが渡れば、最悪能力をコ... エリックも同じことを言っていた。きっと常識なのだろう。... 「それを防ぐために、エースはあなたの命を狙っている。あな... 「その事実はどうあっても変えられないんじゃないですか? ... 「エースの動機を消すことができる」 レジスターは言い切った。 「この三日の間。私は方々根回しを行って、裏取引の準備を整... 「裏取引?」 「あなたの戦闘プログラムを渡す。そういう取引よ」 最悪だ。そして、意味が分からない。 「いったい何故?」 「エースがあなたを狙うのは、あなたしか情報を持っていない... 「なっ……⁉」 大勢に公開される? 犯罪組織の連中が、僕の育て上げた戦... 「二人や三人は口封じできても、百人二百人となると、さすが... もっとも、安全のためにアジトの場所は変えないとダメだけ... 「でも、そしたら……そしたら僕の能力が他の組織にばれてしま... 「さすがに、組織を潰されたくはない。だからこその取引よ。... 僕は……僕はどうすればいい? ここで生き続けるのか? 弱... できない。弱弱しい声だったが、胸のうちははっきりと答え... 確かに僕の信じていたヒーローはまやかしだった。だけど、そ... 「考えさせてください」 「取引は三日後。それまでに決めて。ここを去るか、戦闘プロ... 既に肚のうちは決まっている。後はそれを実行するだけだ。 「わかりました」 静かな決意と共に、僕はオフィスを後にした。~ #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) 終了行: #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) **第5章 真実 [#fde1df25] ここは? 僕は一体どうなった? 確か、戦いが終わって、... 「エースがレインメーカーを殺した……」 それを思い出した瞬間、体中の全神経が覚醒した。耳には近... 「てめえ、いい加減にしろよ」 聞こえてきた会話は、ずいぶん険呑な雰囲気があった。 「連れて来たものは仕方ねえだろう。怪我人を痛めつけて、お... どうやら、誰か二人が近くで言い争っているらしい。 「ヘッドセットを殺した連中の一人だぞ。いや、アイツだけじ... 「けど、その敵も、もうあらかた死んでいる。残ったのはこい... 目は無事だ。ちゃんと開く。ゆっくり光にならしながら開け... 「なんでお前、あの場にいたんだよ。召集はかかってないだろ」 部屋にいたのは二人だけではない。他にも五人ほど、ソファ... 「偶然だ」 「嘘つくんじゃねえよ。偶然あんなとこにいてたまるか。ヘッ... ヘッドセット? 彼らは何の話をしているんだ? あの恰好... 「あの……」 「あ?」 返ってきた返答は恐ろしく冷たかった。言い争っていた二人... 「……もういい」 一通り睨みつけた後、金属の棒を腰に下げたそいつは、そっ... 「いい加減、どっちに着くか考えといたほうがいいぜ。エリッ... 「……わかってる」 とても口を挟める雰囲気じゃない。鉄の棒を下げた方は、仲... 「目が、覚めたんだな」 残った方も、けして友好的な態度とは言えない。それは単に... 「えっと……、ここは?」 「ストレイドッグのアジトだ」 質問には答えてくれるようだ。ストレイドッグとだけ告げら... 「自己紹介が遅れたな。俺はエリック。ストレイドッグの能力... 「ああ。えっと、僕はフレイムスロアーです。所属は……」 いや、勝手にしゃべってもいいのだろうか。アカデミーズと... 「アカデミーズ、だろう?」 そんな迷いを見透かしたかのように、エリックが言葉をつな... 「え?」 「素性は分かってる」 「そうですか……」 わからない。ここは一体どこだ? 彼らは何者? ストレイ... 「あの、エリックさん?」 「なんだ」 「何故僕はここに? ストレイドッグってのは何ですか?」 「俺が連れて来たからだ。あの倉庫からな。そしてストレイド... 「寄せ集め……」 ヒーローや犯罪者の下についているわけではない、というこ... 「かつて存在した犯罪者、ミディアバル、ブシドー、キャプテ... 聞いたこともない名前ばかりだ。 「何故、そのストレイドッグが僕を助けるんですか?」 「勘違いするな。助けたのは俺だ。他の連中はお前を歓迎して... 歓迎していない……どういうわけだろう。 「ではなぜあなたは、僕を?」 「表向きの理由は。利用できるから……アカデミーズと言えば、... 「おかしいですよ。僕のデータなんか取って、一体何になるっ... 何か変なことでも言っただろうか。エリックは不思議そうな... 「何を言ってるんだ?」 「いや、だから。僕の戦闘データなんかとっても、役に立たな... 「次にヒーローがどんな能力を手に入れるか、それが分かるだ... 「えっ?」 予想外の返答に、理解が追い付いて行かない。僕の戦闘デー... 「どうした? そんなに不思議なことか? そのために俺たち... 「どういうことですか? 能力は一人ひとつのはずです。同時... 今回エリックが見せた表情は、驚愕と納得がないまぜになっ... 「そうか。それが奴のやり口か……」 「どうかしたんですか?」 嫌な予感がする。答えは聞きたくない。 「お前、何でアカデミーズにいたかわかるか?」 「それは。僕が能力者だからです。超能力に目覚めたから、自... 「あくまで、勝手に能力に目覚めたと、そう言いたいわけだな」 エリックはその黒髪をかきあげた。途方に暮れているようだ。 「いいか。フレイムスロアー。お前のその記憶は偽物だ。超能... 「バカなこと言わないでください。僕にはちゃんと両親と過ご... 「記憶?」 「ええ。父は教師です。母はジムのトレーナー。郊外の家に住... そうだ。わざわざ言葉で確かめるまでもない。この記憶は確... 「中産階級……そんなものは支配階級が考えたお仕着せのイメー... しかし、即座にエリックは反論してきた。 「確かな記憶です」 「今この国にそんな家庭が築けるはずがない。何もわかってな... 吐き捨てるかのような口調。彼は何に怒っているんだろう。... 「IMAGNASの登場で、この世から戦争は消え去った。入隊と侵略... 嘘だ。だって、僕はちゃんと覚えている。芝生の香りも、ベ... 「記憶が弄れるはずがないでしょう」 「じゃあ聞くが、お前はどうやって能力の使い方を学んだ? ... 「それは、アカデミーズで訓練して――」 「お前しか使うことができない能力を、誰がお前に教えてやれ... キネシスの膜を作り出して、熱運動を閉じ込める……説明を受... 「いつ自分が能力を使えるようになったか、思い出すことはで... いつだ? いつだ? あるはずなんだ。初めて膜を作り出し... 「思い出せない」 「そうだ。そんなものはない。それに、説明がつかないだろう... そんなこと、一度も考えたことなかった。だって僕は、 僕は生まれた時からそうだったから。 「嘘だ」 「残念だが、本当だ。まさか記憶を書き換えてあるとは思わな... じゃあ、僕は? アカデミーズってのは一体何だったんだ? 「僕は一体、何者なんですか?」 「答えは、あきれ返るほど決まりきってるぜ」 エリックの声は、少し角が取れたようだった。 「お前は浮浪児だった。俺や、他のストレイドッグのメンバー... 子飼い能力者。初めて聞く言葉だ。だけど、それの意味する... 「ヒーローやら犯罪者やらが作った組織に拉致された浮浪児は... エースも同じことをやっているのだろうか。街の平和を守る... 「実験が成功したら、今度は記憶の消去だ。部下にするなら従... エリックはこめかみを指で指した。 「何故、子供をさらうんですか?」 「大人じゃだめだ。生活習慣病がある」 違う。聞きたいことはそういうことじゃない。 「子供をさらって、能力者に変えることで何かメリットがある... 「成功例があれば、自分達もその能力を取り込めるだろう?」 「どういうことですか?」 「能力は一人ひとつ。お前はそう思い込んでいるみたいだが、... その為の実験、か。自分達が安全に能力を手に入れるために... 「そして、さっき話した戦闘プログラム。これは完全じゃない... そうか。もう話が見えてきた。だからミッションが終わるた... 「更新を繰り返し、より効率よく能力を使えるようになった、... 僕らは、そのために駆り出されていた。はじめからヒーロー... 「結局の所、ヒーローにしろ犯罪者にしろ、やってることは金... でも、まだわからないことがある。何故僕はここにいる? ... 「あの。まだ聞きたいことがあります」 「ああ。あるだろうな」 そう。これが本題だ。エリックの目つきが変わった。 「何故あなたは僕をここに連れて来たんですか?」 「倒れているのを見つけたからだ。あの倉庫でな。そして、ヘ... レインメーカーのことだろう。でも、僕の仲間? あの場に... 「……まさか」 「察しがいいな。そのまさかだ。俺はお前達が殺した奴らの仲... 寒気が全身を包み込む。僕は、これからどうなるんだ? こ... 「殺すのか?」 「そうしたいと思ってる奴がほとんどだ」 「あなたは?」 エリックは天井に目を向けた。 「俺は、これ以上死者を増やしたくないと思った。だから、助... 信用していいのか? 確かにあのままでは、僕はエースに殺... 「データは渡さない」 「考え直した方がいいと思うぜ。別にデータを抜き取ったから... それでも、犯罪者に渡すわけにはいかない。 「まあ、構えるなよ。時間はある。じっくり答えを聞かせても... エースは、そばに置いてあった椅子に腰を下ろした。 「ところで」 「なんですか?」 「聞きたいことはそれだけか?」 まだあるにはある。でも、そんなの、彼が答えられるとは到... 「一つ、わからないことがあります」 疑問を口にしたところで、不利益をこうむるわけじゃない。... 「俺がお前を助けた理由、か?」 「それもそうですけど、別のことです。ヘリング・エースのこ... エース。敬愛していたその像はまやかしだった。僕は、まっ... 「エースはどうして、僕の仲間、レインメーカーを殺したりし... 「さあな。これはあくまで推測だが……たぶん昨日あった戦闘そ... 「戦闘そのもの……?」 「エースはあえてお前達アカデミーズを見殺しにしたような気... 手当の際に外されたのだろう。エリックはベッドの脇に積ま... 「ところが、実際にはエースが来たのは全てが終わった後だっ... 「一体、何のためにそんなことを?」 エリックは、自嘲気味に笑った。 「流石にひどすぎて、俺もすぐには思いつかなかったよ。やっ... 「空き?」 「能力者を養うにも金がかかる。戦闘プログラムが完成したと... 空きを作る。僕らは不要だと、そう判断されたわけだ。だか... 「正義とやらにこだわるのはいいが、お前のそれはあくまで植... それだけ言うと、エリックは部屋に置いてあるソファに向か... * 「……まいったな」 あいつの戦闘プログラムには価値がある。そう言ってレジス... 「ダメ、だな」 ヘッドセットのことも、まだ気持ちの整理ができたわけじゃ... 「しょうがねえ」 このまま部屋にいても、考えが堂々巡りをするだけ。何か別... ふと、コートに目が留まった。最近急に冷え込んできた。そ... 「買い替え時だな」 とってつけたような動機だが、これで外へ出る理由ができた... 「結構遠いな」 ちゃんとしたものを買うとなると、この貧民街を離れる必要... 俺は寒空の下、ゆっくり歩き始めた。 * しばらくは、何も考えられなかった。考えるのが怖かった。... 何も考えないようにしていると、部屋に残った能力者たちの... 「結局よぉ。あの女が得するだけじゃねえか」 男の声だ。歳は、僕と同じか少し上くらいだろう。いかにも... 「データが手に入る。手駒も増える。確かに、奴にとっちゃメ... こちらは、先ほどの声よりももう少し年上だ。喋り方からは... 「なんだってエリックの奴は、あの女に肩入れするような真似... 「まあ、見てくれは悪くねえからな。だからこそむかつくって... 「悪くねえってのは、どっちが?」 「どっちもだよ。エリックを連れて店に行くと、女共が黄色い... 「へぇええ。あーいうのがモテるのか! 真似してみっかなあ... 「バーカ。鏡見て物言いやがれ」 あっちこっちに飛ぶ会話。話題がころころ変わり、実情はな... 「しかし、結局、何でエリックはあのガキを連れて来たんだ?」 僕のことだ。自然と体に力が入る。いや、何も考えるな…… 「あ? 愛しのレジスター様にプレゼントって訳じゃねえのか... レジスター? 話の流れから推測すると、恐らく女性だろう... 「女がガキもらって喜ぶかよ。なんつーか、無理やりって感じ... 「何が無理やりなんだ?」 「いや、だってよ。仲間が減ったから、生き残ってた敵を連れ... 「確かに。普通ぶっ殺すな」 「これが女なら納得もできるんだけどな……まさか!」 「まさかって…… お前こういいたいのか? 『エリックは男に興味が……』」 いや、それはないだろう……ないはずだ。 「まあ、これは冗談だ。けどな……最近、俺はあいつが分からね... 「俺もだ。あいつ、どっちの味方なんだ? 俺たちと同じ側に... 同じ、側? どういうことだろう。ストレイドッグには派閥... 「あいつ、あの女に肩入れしすぎてるぜ。ちょっと度を越して... 「そうだ。あの女がいなきゃ組織が壊れるとか言ってるけどよ... 「はじめは口車に乗せられて俺たちも戦闘データを渡したけど... 「あいつらが死んだってのに、それを殺した奴を新しく仲間に... どうやら、レジスターというのはストレイドッグのボスらし... はじめは平等な寄せ集め集団だったストレイドッグに、格差... 「そろそろ、エリックの奴にもどっちにつくか考えてもらわね... この組織で立場が危ういのは、どうやら僕だけじゃないみた... * 「さて、どうするかな」 コートは買った。しかし、古い方のコートはまだ手元に残っ... しかし、流石にそこらに捨てるわけにもいかない。治安やモ... そんなわけで、捨てるに捨てられずコートを握ったままアジ... 「いや、あいつはもういないんだ」 無意識の思考に不意を突かれ、胸の底から何かがすっぽ抜け... 改めて直面した喪失感は、想像以上に大きかった。今までも... 「クソッ」 もういい。考えるな。何か別のことを…… 「あ」 大通りから建物と建物の間、所謂裏路地に目を向けると、そ... 「あいつは」 あの姿。年の割に背丈のある、けれども態度や声はまだまだ... 「この前のガキじゃねえか」 向こうもこちらに気づいたのだろう。仲間に耳打ちし、自身... 「なんだよ。何か用か?」 「ちょうど今、用ができた」 お互いに歩み寄り、建物の陰で向かい合う。 「用ができた? 一体どういう――」 「ほらよ」 余計な詮索は面倒だ。俺は担いでいたコートを投げ渡した。 「なんだよ、これ」 「やるよ。俺にはもう必要ない」 「なんか、あったのか?」 鋭いな。それとも俺が分かりやすいだけか? 顔に出ていた... 「持っていると、余計なことまで思い出してしまいそうだから... 「誰か死んだのか……」 やはり浮浪児たちを束ねているだけはある。事情を察してそ... 「なあ、これもらっていいのか? こないだみたいに、何か話... 「余計なものを引き取ってもらうんだ。本来ならむしろこっち... 「そうかい。ありがとよ」 「じゃあな」 それだけ言うと、俺は再び大通りに戻った。肩が軽い、コー... 「ん?」 呼び出し……レジスターからだ。何か緊急の用事でもあるんだ... 「しょうがねえか」 気が進まないが、会いに行くほかないだろう。アジトはすぐ... 「思ったより早かったわね」 部屋に入ると、レジスターが声をかけていた。視線は座って... 「緊急の用事があると聞きましたから」 表情の読み取れないポーカーフェイス。最近では常にこの調... 「ええ。そうだったわね。緊急の用事」 書類に判を押し、一息つくと、レジスターは語り始めた。 「例の情報屋の件は覚えているかしら。あなたが調べてくれた... 「アカデミーズの息がかかった信用ならない男、ですか?」 懐かしいな。あのころは、もっと互いの距離が近かった。 「そう。あの男がまた動き始めたの」 「信用を下げ、社会的に殺す。あなたはそう言っていませんで... 「それは既に実行しているわ。私達と提携している所で、奴の... 「では、何が問題なんですか?」 この気まずい空気を、長く楽しむつもりはない。その声は、... 「あの男。今は人を探している」 「人を?」 嫌な予感がする。このタイミングで、ヘリング・エースの息... 「特定の個人というわけじゃない。探しているのは、カーキ色... ああ。思い当たる節が嫌と言うほどあるな。この特徴は。 「コートを着ている人間なんて山ほどいるでしょう」 「それが普通のコートだったら、そうでしょうね」 どういうことだ? あのボロのコートは、特に変わったとこ... 「エリック。あのコートをどうやって手に入れたか覚えている... 「ええ。以前ギャングの事務所を潰した時に、壁にかかってい... 「あのコート、実はビンテージの品だったのよ。見る人が見れ... 逃れようがない。それははっきりとわかった。 「監視カメラに映っていたらしいの。ネイムレスの倉庫からあ... 顔は特定されていないけれど。彼女はそう付け加えた。 「それで、俺に一体どうしろと?」 「コートを始末すること、まずはそれから」 「それは既に終わりました」 ついさっき、新調したばかりだ。 「それじゃあ……」 そこで、彼女の言葉が詰まる。 「追放、ですか? どこか遠くに行ってしまい、二度と戻って... 組織のことを考えるなら、この選択肢が一番だろう。このま... 「勝手なことを言わないでちょうだい。決めるのは私よ」 「では、これ以上の選択肢があると?」 俺は何を言ってるんだろう。彼女を追いつめるような真似を... 胸のうちとは裏腹に、出て行く言葉を止めることはできない 「この間のように、切り捨てればいいではありませんか」 言ってしまった。まるであてつけのような言いぐさだ。いや... 「失礼します」 気まずさをごまかすために、俺はオフィスを出ようとした。 「待って」 意外、だろうか。レジスターが呼び止めてきた。 「なんでしょう」 振り返ることなく、口先だけで言葉をつなぐ。 「は、話はまだあるの」 どもった? 体裁を保つことに全神経を注いでいる彼女が? 「ネオシフターズのことよ」 ネオシフターズ。最近頭角を現してきたギャングだ。大企業... 「か、彼らの活動範囲が広がってきているわ。この事態は見過... 確かに、大事な話と言えなくもない。だが、今言うことだろ... 「わかりました。いずれ他のメンバーがいる時に、改めてその... こんな話をするために、わざわざ呼び止めたのだろうか。合... 「エリック!」 がたん、という音。どうやら、レジスターは席を立ったらし... 「まだ、何か――」 言い終わる前に彼女が歩み寄ってくる。机の脇を通る際、積... 「えっと、あの……」 さっきまでの威勢はどこへやら、近くで相対した途端、話す... 「どうしました?」 それは意地の悪い問いかけだったかもしれない。返答を待っ... 「ごめんなさい」 「えっ」 ここまでとは、予想していなかった。困惑する俺を余所に、... 「あの時は本当にごめんなさい。あまりにもあなたが優しいか... 際限なく話し続ける口を手で押さえて、強引に言葉を遮る。 「ええ。怒っていますよ。正直に言うと、絶望しそうにもなり... それを聞くと、話そうと動いていた彼女の口が止まった。も... 「だから、謝らなければならないのはお互い様です。あなたが... 「エリック……」 微妙な空気になってしまったな。微妙だけど、さっきよりは... 「あの、私、何か手を考えるから。あなたが出て行かなくても... 「ありがとうございます」 それが可能かどうかはどうでもいい。彼女がそれを考えてく... 「あと、それから」 頭の後ろに手を回し、彼女は耳元に顔を近づけてきた。 「私、あなたのことが好きよ。それだけは知っておいて」 想像していたよりも、ずっと子供っぽい台詞だ。普段のレジ... ヘッドセットの戦闘プログラムはあるが、レジスターに心は... でもこの時俺は、そんなことまるで考えていなかった。よし... 「俺も、あなたのことが好きですよ」 それ以外に、何を言う必要があろうか。 * どれくらい時間が経ったのだろう。二、三日くらい? 結構... 「お? 起きたか……へへっ、起きたのね」 この間、僕の前で話していた二人のうち、若い方が顔をニヤ... 「へへっ、さあて、どうしよっかなあ」 彼の名はジャベリン。僕が今、もっとも殺したい相手だ。 「何を、するつもりですか?」 目は合わせない。情けない話だけど。ここ数日、動けない間... 「俺? 俺は何もしやしねえよ。やるのはお前だ。体が動くよ... そう言って、下から顔を近づけてくる。煙草と酒が入り混じ... 「四つん這いになれ、犬のマネをしてもらおう」 「な、なんでそんな!」 いや、聞くだけ無駄だ。こいつに理由はない。虐げられる大... 「ションベンのかかった飯をクソと一緒に食らう奴なんか、犬... あの時の記憶がよみがえる。こいつが食事を運んできた時点... 「おっ? 切れるか? それとも泣くか? エリックに泣きつ... 握りしめた拳の中はしかし、振り下ろされることはなかった... 「おらどうした。さっさとやるんだよ」 だが、黙って従う道理はない。頭を抑えつけようと伸ばして... 「待ちやがれ!」 身勝手な怒号を上げ、ジャベリンが追いかけてくる。やっか... 「そこで、殺してやる」 後のことなど知るものか。助けたのはエリックの勝手だ。僕... 「変わったな。僕は」 誰に聞かせるわけでもない言葉が、ひとりでに口から零れ落... 「追って来ないな」 どうやらジャベリンは諦めたらしい。考えてみればただの嫌... 「流石に、あそこには戻れないな」 エリックには悪いけれど、戻ってもトラブルになるだけだ。... 「これからどうしよう」 行くあてはない。アカデミーズに戻っても、エースに殺され... そんなことを考えながら歩いていると、どこかから子供の泣... 「なんだろう?」 普段なら気に止めることもないだろうけど、あいにく今は時... 徐々に目が慣れてきて、薄暗いビルの谷間を見通せるように... 街は失業者と浮浪児であふれかえっている。エリックから聞... 脂と埃で黒ずんだ金髪。そしてサイズの合わない服の上から... 自分も、かつてあの中の一人だった。エリックの話だとそう... 「ひっ」 こちらの接近に気づいて、その浮浪児はしゃくりあげた。怯え... ストレイドッグから借りた服は、あまり友好的なデザインをし... 「あなたがやったの?」 「やった?」 そうだ。この子は泣いていた。何か悲しいことがあったのか... その視線が、下を向いていることに気づいた。うつむいてい... 「なんだ?」 心臓が高鳴る。恐る恐る彼女の視線の先を探し、僕はそれを... 「これは……」 あの日、目覚めた僕と一通り話をした後、確かに彼はこれを... 「嘘だ……」 けど、ありえない話じゃない。ベッドの前で繰り広げられた... もう浮浪児のことなんかどうだっていい。壁に手を付き、荒... 「エリックが……」 頭の中には浮かぶのは明白なセンテンス。 「エリックが、死んだ」 * 「そろそろ、アレを持って帰って、エリック」 「アレ?」 わざととぼけたふりをするが、それでなびくようなレジスタ... 「何故ですか? ここにあったほうが効率がいい。実際俺が外... 何を言い訳しているんだ、俺は、理由は明白じゃないか。 「効率……言い訳にしても、あまり良くない言い方ね。エリック」 「では、それ以外に何か理由があるとでも?」 図らずとも、からかうような口調になってしまった。ああ。... 「そうね……、あ、あなたは」 途端、レジスターの顔が赤くなる。何も気負うことのない自... 「あなたは、わ、私の部屋に来る口実を作るために……ここにコ... ああ。まさしくその通りだ。 「会いに来てくれるのはうれしいけど、やっぱりけじめは必要... ダメになっても構わない。むしろこのまま二人で、組織を捨... 「そう、ですね」 組織の為だ、仕方がない。そう言って、コートに手をかけた... 「あの、例の能力者のことだけど」 「フレイムスロアー、ですか」 「そう。元アカデミーズのね」 そうだ。いつまでも先延ばしにはできない。フレイムスロア... 「この三日間考えたけれど、やっぱり私はあなたと離れること... 「では、どうするんですか?」 「彼の、戦闘データを使うの」 「戦闘データを?」 使ったところで、レジスターの戦闘能力が少し上がるだけだ... 「エースが彼を狙うのは、ひとえに彼が『エースがこれから使... 「けど、どうやったってその事実は変えられないのでは?」 「事実は変えられないけれど、状況は変えることができる」 何を考えている? フレイムスロアーが傷つくようなものじ... 彼女が誰かを傷つけるところは、あまり見たくない。特に、... 「そのためには、彼の……フレイムスロアーの戦闘データが必要... 一筋縄ではいかないだろう。でも、それで彼女と一緒にいら... 「わかりました」 コートを肩に担ぎ、自分達の部屋へと戻る。何とか説得でき... そう思って、ドアを開けたところ 「よお。色男のお帰りだ」 アイアンロッドに出くわした。 「とうとうあの女とねんごろか、いいご身分だな。お前はよ」 この態度には慣れっこだ。アイアンロッド……根は悪い奴では... 「彼女はあくまで俺たちのことを考えてる。多少ミスをしたり... 「ミスで痛い目被って死ぬのは俺たちなんだよ。ヘッドセット... ヘッドセット……心の読める彼女がいない今、俺たちは互いを... 「彼女の件は、レジスターも考えがあったんだ。敵の考えを読... 「それで、戦闘員でもないヘッドセットを前線に送る? けっ... 「もし、その間に本部が襲われたら……」 「それこそ、あの女が一人でなんとかすりゃあいいだけの話だ... アイアンロッドの言うことには、常に一部の理がある。だか... 「むざむざ派遣する仲間の数を絞り、非戦闘員まで駆り出すな... 「もしも相手が強敵だったら、俺たちは全滅していた可能性だ... 「そのために、アイツらが……ヘッドセットが死んでも良かった... ヘッドセットは本来死ぬはずじゃなかった。そして何より、... 「ひょっとして、あの女すでにテレパス能力を移植したんじゃ... 言葉が言い切られる前に、俺はアイアンロッドの喉に刃を突... 「おい、なんだよ。やる気か?」 「訂正しろ。彼女はそんな人じゃない」 肩をすくめるとアイアンロッドは首を横に振った。 「わかったよ……収めてくれるあいつはもういないしな」 アイアンロッドは扉の前から一歩下がった。ようやく、中に... 「お前の覚悟は分かったよ。十分にな」 珍しく、アイアンロッドはあっさりと折れた。いつもなら殴... 「そうか……」 まるで何かを諦めたかのような態度だ。釈然としない。 「フレイムスロアーはいるか?」 パッと見たところ見つからない。 「先ほど、出て行ったな」 渋い声。ロックだ。奥のソファに座っているその姿は、まさ... 「出て行った?」 「そこのバカが、いらん手出しをしたからな」 ロックが顎で指した先にはふてくされているジャベリンがい... 「なんだよ。あいつは仲間を殺した敵だぜ? 何やったってい... 「品性を貶めるような真似はしないほうがいい。俺はそう言い... なんだ? まるで説教か何かあったみたいじゃないか。 「それで、あいつはどこに行ったんだ?」 「知るかよ」 参ったな。今外に一人で出歩かせるのはまずい。いつエース... 「探してくる」 俺はコートを羽織ると、外に飛び出した。 これからどうしよう。波止場に座り込んで、行きかう船をあ... 現実は僕が思っていた以上にハードだった。元アカデミーズで... ヒーローや組織は能力者を搾取し利用している。でも、その... けど、エリックは死んだ。もういない。この世界で僕は一人... 「探したぞ」 波の音に混じって、最近覚えた声が聞こえてきた。いや、そ... 「エリック⁉」 信じられない。五体満足。傷一つない状態で、エリックが隣... 「でも……そんな、殺されたはずじゃ」 「何言ってんだ? 俺は別にどうもしてねえぞ」 怪訝そうに眉を上げるエリック。どうやら、本当に何も知ら... 「あれは確かにあなたのコートでした。カーキ色で、使い古さ... いや、よくよく思い返すと、確かに顔は見ていない。ただ同... 「俺の、コート?」 傍らに立つエリックのコートは黒。僕が以前見た時とは違う。 「つい最近、新調したんだ。それで、あのカーキ色の……古い方... そう語るエリックの顔は驚くほど蒼白だった。何かとても深... 「殺された。そう言っていたな」 「はい。カーキ色のコートを着た死体……明らかに他殺でした」 自殺するにしても場所は選ぶだろう。あんな往来で胸を刺し... 「まずいことになった。とりあえず、早くアジトに戻った方が... 「どういうことですか?」 「説明する暇はない……」 強引に引っ張って行こうとする手を、僕は振り払った。 「戻れませんよ。あそこには」 「なんだと?」 語気は強いが、いらだっているというより、何かを恐れてい... 「あそこに、僕の居場所はない。所詮僕はあなた達にとって憎... 誰か、その名前は明白だ。こんな意見が通るとは端から思っ... 「ジャベリンか……あの野郎」 顔を覆うように、エリックは髪をかきあげた。 「奴に対しては俺から言っておく、だから……」 そこでエリックは言葉を切った。諦めたようにため息を付き... 「わかった。すぐにはアジトに戻らねえ。個人的な話もあるし... 目立ちすぎる……確かに波止場は遮蔽物が少ない。僕らがいる... 「場所を変えるぞ、ついてこい」 今度は手を引くことは無く、エリックは走った。選択が、ゆ... 「ここならいいか」 たどり着いたのはビルの屋上。 「ここなら下から死角になるし、近づいてくるやつがいてもす... 一通り周囲を確かめた後、エリックは切り出した。 「さて、殺された、そう言っていたな。俺が着ていたコートを... 「はい」 それと、周囲を警戒することにどんな関係があるのか――僕は... 「たぶんそいつは、俺と間違われて殺されたんだ。拷問された... 情報……このタイミングで、エリックを殺してまで聞きだした... 「僕のこと、ですね」 「そうだ。エースはお前を探してる。お前を連れ去った俺のこ... そう語る彼の顔は、壮絶なものだった。行き場のない怒りと... 「何か、あったんですか?」 「いや……殺されたのはたぶん、俺がコートを上げた奴だろうっ... こちらに振り向いた時に一瞬だけ垣間見えた彼の殺意は、明... 「ここ数日で、ヘリング・エースの息がかかった情報屋が動き... 情報屋。僕らがミッションの前に様々な事前情報を入手でき... 「奴らの目的はフレイムスロアー、お前だ。ヘリング・エース... 「消される?」 「当たり前だろう。万一お前が他の犯罪組織に戦闘データを渡... そうだ。戦闘データ。これがあるからこそ僕は殺されず、ス... 「じゃあ、やっぱり僕は戻れませんね」 「もう手遅れだ。お前がエースのもとに出向いて命を差し出さ... でも、それじゃあ 「それじゃあ、一体何のために僕に会いに来たんですか? ま... 「そのつもりならとっくにやってる。こうして長々と話なんか... そう言いつつも、彼の態度は見るからに穏やかではない。自... 「戦闘データを渡せ」 「えっ?」 「そうすればすべて丸く収まる。レジスターが、おさめてくれ... レジスター。ストレイドッグのボスか。渡したところで彼女... 「できません」 「なんだと?」 何より、僕が積み立ててきたデータ、例え偽りであったとし... 「話聞いてたのか? エースがお前を狙っているんだぞ」 「それ自体。嘘かもしれない。戦闘データが取り出せるのは、... 「いい加減にしろよ」 抵抗する間もなく、僕はエリックに胸倉をつかまれていた。 「俺があの時どんな気分でお前を担ぎ上げたと思ってやがる。... 押し殺したような声で、エリックは続けた。 「ストレイドッグは、行き場を失った奴らの集まりだ。それは... 胸倉を掴んでいた手は、徐々に力を失って行った。 「俺の意思を無駄にしないでくれ」 あの目は、本気だった。一方で、僕を殺したいとも思ってい... 「あなたの話を、聞いてもいいですか?」 ひょっとしたら……希望、勝手な期待。それでも僕はエリック... 「俺の話?」 「はい。気になっていたんです。何故、あなただけコードネー... 「大した話じゃない」 エリックは少しうつむきながら言った。 「俺はもともと、キャプテン・ラフィーって犯罪者の子飼い能... 孤児としての記憶がある。僕にはそれが、なんだか少しうら... 「どうだ? 面白くもなんともない話だろう」 「いえ。そんなことはないです」 まだ何か言いたそうにしていたが、エリックはその言葉を引... 「なあ」 代わりに出て来たのは、慎重に言葉を選ぶような声。 「俺たちに、チャンスをくれないか?」 「チャンス?」 そんなもの、僕が与えられる立場だろうか。 「もし、ストレイドッグで働くことができない。居場所が無か... 確かに。エースが探しているのは僕だけど、そこにたどり着... 「だけど、それを決めるのはまだ早い。だから、チャンスをく... 「具体的には、どういうことなんですか?」 「一緒に仕事をしてくれ。縄張りを荒らし始めた、能力者を始... 仕事? 犯罪者の醜い縄張り争いじゃないか。 「何故僕が、それに協力すると?」 「確かに。身勝手な話かもしれない。それでも俺は、お前に死... 「評価? ただの犯罪者組織以上の評価を求めると?」 エリックはうなずいた。 「確かに俺たちは犯罪者だ。他者を搾取することでしか、生き... 「領分……」 まさしく、身勝手な物言いだ。社会や虐げられる側からすれ... 「けど、その領分をわかってない奴らがいる。趣味、遊び、『... 自分達は、他の犯罪者よりマシ……。本当に、勝手な言い草だ... 「わかりました」 戦闘データは渡さない。それでも、何も知らないままストレ... 「これでどうだ?」 「いい表情ですね。もう少し下からのアングルも取りたいので... 声だ。声が聞こえる。エリックに連れられて向かったのは、... 地上には誰もいなかった。一見すると無人に見えるだろう。... 「地下だぜ。奴ら、逃げ場がない。チャンスだ」 隣についてきていたジャベリンが、興奮したようにいった。 「それは、俺たちも条件は同じだ。情報が正しければいいが」 飛び込んで行こうとするジャベリンを、そばに立つ能力者、... 「まずは、ライブジャックがいないことを確認しないとな」 ライブジャック――今回の僕らのターゲットはその子飼い能力... 「ふざけた犯罪者だが、こんな奴でも組織のボスだ。相手にす... 階下で交わされる会話に再び耳を傾けるエリック。事前の情... 「えっ?」 ふいに視界がぼやけ始めた。焦点が合わない。眼前にある物... 「なんだこれは……?」 どうやら、僕だけじゃないらしい。ぼやけて見える他の三人... 「敵だ!」 階下から上がる声、どうやらさっきのぼやけた視界によって... 「どうなってやがる……」 ぼやけた視界は始まった時と同じように即座に戻った。階下... 「隠し扉でも作ってやがったのか……?」 なんにせよ、即座に襲って来ないということは戦力の不備を... 「恐らくライブジャックはいない。しかし、何を考えているの... 「先手必勝!」 考え始めたエリックを余所に、ジャベリンが穴へ飛び降りた。 「あのバカ!」 それを追って飛び降りるエリック。ロックは僕と顔を見合わ... 「行くしかない、か」 穴の底に着地。改装したのか、その床はむき出しのコンクリ... 「これは――」 地下には箱が積み上げられて壁を作っていた。中身は撮影機材... 「いたぜぇ!」 ジャベリンが叫ぶ。身を隠す、忍び寄るといった発想は、端... ジャベリンの手が壁に触れると、さながら砂に埋もれていた... 「しゃああ!」 それを投げるためだ筋肉が用意されているかのように、彼の... 「何⁉」 しかし、音を聞く限りどうやら攻撃は失敗したらしい。重い... 「どうなってんだ?」 やっと追いつくことができた。隣に立つエリックとともに、... 「なんだ……これは……」 眼前にあったのは巨大な鉄の壁だ。ジャベリンの攻撃を防い... だけど、僕が衝撃を受けたのは、そのさらに背後にあるもの... 首を鎖でつながれた七人の男女。円状に配置された彼の首に... 待っていれば潰されて死ぬ。生き残るためには、互いに殺し... 「言っただろう。一定の領分。こいつらを見逃すわけにはいか... 淡々と告げるエリック。しかし、堅く握られた拳を見れば、... 腰に下げられた刃の無いサーベルを引き抜くと、エリックは... 「行くぞ!」 新たな武器を作り出したジャベリンと共に、エリックは踏み... ジャベリンの投擲。鉄の盾はこれを防ぐ。けど、この攻撃は... 「バケモンかよ」 しかし、敵の行動は早かった。あれだけの大質量だというの... けど、まだ僕の攻撃が残っている。 「えいっ!」 盾をエリックに向けたことでがら空きになった側面へ、作り... 当然敵は即座に対応しようとするけれど、エリックは二刀流... 「ぐおおお!」 このアンビバレントな状況に対して、敵は強引にエリックを... 判断は悪くないと思うけど、残念ながら手遅れだ。僕は能力... 「畜生!」 吐き捨てるような声。やったか? 爆発による煙が晴れて、... 「えっ?」 結論から言って、敵は生きていた。無傷だ。でも、僕が驚い... 「発泡スチロール……」 爆発を防いだ鉄の壁。敵はどうやら壁を二つに割くことで、... 「まがい物、か……」 そばで観察していたロックが、静かに告げる。 「発泡スチロールに塗装を施すことで、本物の『鉄』に見せか... 以前戦ったマリオネットと同じ。相手を超能力者に変える、... 「当然自分はそれを本物だと思っていないわけだから、ただの... ごつい見た目に反して、慎重な考察を行う人だ。その目はま... 「クソッ! ばれちまったか!」 エリックの刺突を盾で受け止めるが、剣はたやすく貫通した... 「やばい……!」 逃げる敵、追いかけるエリック。だがそこで、ロックが叫ん... 「止まれ! エリック!」 「クソッ!」 一体どうしたというのだろう。怪訝な顔をしながらも、エリ... 「どけえ! エリック!」 ジャベリンが新たな槍を作りだし、ハリボテの壁を貫く。敵... 「なるほど……」 塗装する能力。敵はただ盾を持って近づいていたわけじゃな... 「炎の床か」 こちらを攻撃するための罠として、盾に隠れながら床に塗装... 「危ないところだった」 けど、これはチャンスだ。既に火球は作ってある。敵はもう... 「えい!」 火球を投擲。逃れようとする敵を焼き尽くすように、僕は能... 「ぐああ!」 仕損じた。致命傷じゃない。奥に吹き飛ばされた敵は、地面... 「はぁ、はぁ、もういいだろう⁉」 荒い息をして立ち上がった敵は、奥にいた誰かに告げた。 「ええ。十分です」 声は、さっきのデスゲームの現場から聞こえた。 「新手か」 即座にエリックが刃を向ける。例の塗装屋が注意をひきつけ... 縛られていた男女は、その様相を劇的に変化させていた。涎... 「来るぞ 頸木を外された人狼たちはわれ先にとこちらに襲い掛かって... 「クソッ、なんだよこいつら」 向かってきた一匹をエリックが切り伏せるが、人狼まるで堪... 「うわっ!」 当然僕も傍観者ではいられない。飛び掛かってきた人狼の爪... 「加減してんじゃねえぞ新入りぃ!」 ジャベリンの怒号。投擲が主となる彼だが、接近戦もこなせ... 「ふん」 押し倒されて喉笛を食いちぎられる、その寸前、彼を囲って... 「相手を選んで噛みつく……非常に合理的な思想だ。見た目以上... ロック。彼の手には何の武器も握られていない。まさか、素... 「二人に向かって行ったのは囮。ジャベリンが接近戦が苦手だ... そのうちの一体に歩み寄り、思い切り足を振り下ろす。その... 「これでもう、動けないな」 淡々と告げるロックの足元で、人狼の体が元の人間に戻って... 「おい、メイクアップ。こいつはやばいぜ」 さっきの塗装屋が不安げな声を出す。 「あのごついのを始末させないとよ」 メイクアップと呼ばれた側、恐らく人狼を作り出した張本人... 「無理だ。私の能力はあくまでも外見上の変化を施し対象を怪... ロックの戦闘力に恐れをなしたか、ジャベリンを囲っていた... 「クソッ、一体どうすりゃいいんだよ」 足並みの崩れた連携に合わせて、エリックも対峙していた人... 「さあ、どうする」 戦況は圧倒的にこちらに有利。けど、気を抜いちゃだめだ。... 「ぐあっ」 人狼が飛び掛かってきたその瞬間。視界が突然ぼやけ始めた。 「あいつか!」 例の能力。目の焦点が合わなくなり、周囲の輪郭がぼやけて... 「えいっ!」 あてずっぽうに腕を突出し、やみくもに炎を噴射する。フレ... 「なんだったんだ?」 炎を噴射する直前、僕の手は確かにあの塊に触れた。でも、... 「能力が解除された? 視界が奪われたことで?」 さっぱりわからない。それに、こっちの視界を奪うのが敵の... 「この『視界を奪う能力』 対象を選べないんじゃないか?」 エリックの意見は賛同できる。そうとしか考えられない。で... 「問題は、何故奴らは今能力を使ったか、ということだな」 ロックが人狼の首をへし折りながら淡々と言った。 「けっ! なんだっていいぜ。あの野郎が明後日の方向を向い... ジャベリンの言う通り、塗装屋は首を左に向けている。何か... 「死ね!」 ジャベリンの攻撃。投擲された槍が塗装屋に迫る。しかし彼... 「何っ!」 金属音。槍は塗装屋の手を貫通することなく脇へと弾き飛ば... 「なるほどな。そのために視界を奪ったのか」 歯ぎしりするジャベリンにロックが淡々と告げる。 「奴はその能力の特性上『描いている所を見ている人間』に効... 白銀色に塗られた手首。彼は何の制約もないかのように動か... けど、ロックの推測だけでは足りない気がする。彼は間違い... 彼は何を見ていた? 拾った発泡スチロールの直方体に向か... 「よそ見するんじゃねえ!」 手を出せないでいる僕を余所に、エリックが切り込みに行く... 「どけっ!」 刃を振り下ろすエリック。しかし、そこで包帯で隠された敵... 「なっ⁉」 その左腕から生えていたのは、一匹の大蛇だった。ひるんだ... 「蛇を移植したのか?」 「さあ、どうでしょうね」 牙が刃を打ち砕く。そのまま蛇はサーベルに身を絡ませ、エ... 「かかったな」 蛇の動きが急に止まった。見ると、エリックのサーベルは、... 「これで、逆にお前は逃げられないわけだ」 そしてエリックは二刀流。右腕に握られた刃が、動けない敵... 「スティールロール! まだですか!」 「できた! いいぞ、レソルーション!」 レソルーション……未だ姿を見せていない『視界を奪う』能力... 「なんだと……」 暗転は一瞬だった。その一瞬で、何が起きたのか、蛇は高速... 「なるほどな。メイクアップ――あの人狼も、その蛇も、お前の... そして、変化はそれだけではなかった。 「あいつがそうか」 三人目の敵。レソルーションが、塗装屋――スティールロール... 「これでいいか」 スティールロールが、黒く塗装した箱をレソルーションに見... 「十分だ」 他二人よりも一段年上のような声。ロックが最後の人狼を叩... 「くらいな!」 レソルーションから受け取った箱をスティールロールが投げ... 「しゃらくせえ!」 投げつけられた箱を叩き落とすジャベリン。僕らは彼があれ... 「クソッ」 しかし、目が使えないのはまずい。適当に攻撃したら、同士... 「ぐぁっ!」 なんだ? 背中を切られた。幸い、傷は浅い。でもどうなっ... 「ぐっ!」 「いってえな! 畜生!」 ボケた色の集合にしか見えない世界で、次々にストレイドッ... 「くっ!」 今度は脇腹だ。視界をぼやけた影が通るのは見えるけど、ま... 「なんでだ? なんでこっちの死角が分かる?」 二度の攻撃はどちらも背後からなされたものだ。敵も僕らと... 「クソッ!」 背中から攻撃するというのなら、こっちにも考えがある。胸... 「今だ!」 ふとももを斬りつけられたのを認識した瞬間、僕は能力を解... 「ぐはっ!」 そんな……アレを躱した? どうやって? 腹部に突き立てら... 「そういうことか……」 ロックのうなり声が遠くに聞こえる。彼でさえも、この状況... 「あいつは、わざと俺たちに見せつける形で塗装を行ったんだ」 何もかもが不確かな視界の中、際立ってはっきりと見えるの... 「三人目の敵の能力は、単に視界を奪うわけではない。一つの... どう考えても見えるはずがないのに、人間の視力を越えてい... 敵があれを何に見せかけていたか、僕はようやくわかった。 「モニター」 当然その画面には、何も映っていない。あたりまえだ。ただ... 「恐らくあのモニターは、この部屋に仕掛けられた監視カメラ... 敵は、直接相対する前に、僕らの存在に気づいた。監視カメ... 「そして、敵の二人は、あれが塗装される瞬間を『あえて見て... 二人にとってあれは、本物のモニターと同じ効果を持つ――す... 「一つの物体に焦点を合わせ、人間の目の分解能(レソルーショ... あれだけ離れているのにディティールまで捉えることができ... ダメだ。絶望的。ぼやけた視界のなかで、敵と思しき影がゆ... 「なら、あれをぶち壊してやりゃあいいんだろ!」 ジャベリンが槍を投擲するが、そう簡単にはやらせてくれな... 「ぐあっ」 二投目は無い。もう片方の能力者、レソルーションがジャベ... 「クソッ! 新入り! 火でこいつらをぶっ飛ばせよ!」 ジャベリンが叫ぶ。だけど、僕にはどうすることもできない。... 「フレイムスロアー! どうして攻撃しない?」 エリックも苦戦している。何か無いのか……? 「ダメです。僕はもう、あと一発しか炎が撃てません! 敵を... 失望させてしまうだろうか。いや、この際そんな細かいこと... 「一発……一発撃てるんだな」 エリックの声音が変わる。 「え、はい」 なんだろう。あの自信に満ちた声は。 「よし、ならそこから地面を這いまわって、濡れている所を見... 「えっ?」 「早くしろ!」 言われた通りするしかない。敵らしき影をおぼろげながら判... 「ありました!」 「よし、ならそこに火をつけろ!」 ここに、火を? 迷う時間はない。それでなんとかできるな... 僕は手の平の火球を爆発させ、その液体に火を放った。 「くっ⁉ これは?」 途端に煙が噴き上がる。どうやら可燃性の液体だったらしい... 「けほっ」 思わず口を手で覆う。一体何だ? これに何の意味があるっ... 「伏せろ!」 エリックが叫ぶ。わけもわからず僕は従った。爆発はもう済... 一秒、二秒……何も起こらない。代わりに伏せて動けない僕を... 「エリック⁉」 「その口を閉じてろ!」 作戦は失敗したのか? エリックの口調は厳しい。敵の攻撃... 「えっ?」 突如その人影がもがき始めた。苦しんでいるようにも見える... 「えっ?」 一体何があった? 他でも同じようなことが起きているらし... 「戻った」 視界が再び通常通り、完全に晴れた。 「な、何だ? お前ら何をした?」 わけもわからず腰が砕けたように座り込むのは、能力の特性... 「お前に教えてやる義理はない」 静かに歩み寄ったエリックは、その胸に刃を突き刺した。 「一体、何がどうなったんですか?」 階段を登って地上に抜けた時に、僕は新ためてエリックに尋... 「火事の時の最大の死因、知ってるか?」 そもそも僕は熱が効かない。火事で死ぬなんて考えたことも... 「いえ、知りません。火傷ですか?」 「違う。一酸化炭素中毒だ」 「一酸化炭素?」 「不完全燃焼を起こすと空気よりも軽い一酸化炭素が発生する... 「酸欠……じゃあ、あの液体は?」 「エリックの能力だ」 ロックが代わりに答えた。 「エリックの能力は、蝋を鹸化して液状化することだ。液化し... 「……すごい」 「俺みたいに超能力が使えない奴には、逆立ちしたって真似で... ロックの言葉は、心なしか、少し誇らしげだった。 「あんまりほめないでくださいよ」 エリックがはにかむ。そんな二人の様子が面白くないのか、... 「おい。待てよ」 エリックの制止も聞かずに先へ進むと、ジャベリンはこちら... 「今日の所は認めてやるぜ、新入り」 「えっ?」 「けど、おかしなことしたら容赦はしねえ。それを覚えておけ... それだけ言い残すと、彼は走って先へ行ってしまった。 「あの野郎。妙な真似しないように、きつく言っといたほうが... 「いえ。大丈夫です」 ちょっとだけここでやっていけそうな気がした。まだ完全に... 「少し、風に当たりたいんです。先に戻ってください」 「いいけど。早めに戻ってこいよ。お前はエースに狙われてる... ゆっくり歩こう。そして、ゆっくり考えよう。 これからのことを。前向きに。 * 「おら、さっきまでの威勢はどうしたぁ?」 死なない程度に軽くスイング。特殊合金でできた棒は、鈍い... 「お、お願いです。止めてください」 仲間の一人が感情に任せて一発殴ったため、その顔には青痣... 「やめてください。なんでもしますから」 そのパトロンは既に死体に変わってる。倒れた女から二十メ... 「何でもする? じゃあそこでおとなしくサンドバック続けて... 年齢に不釣り合いなほどの地位。そして、かつて自分と同じ... 「な、なんで? 私が何かしましたか? 私はただ買われてい... 無言でアッパースイング気味に、その胴体を殴りつける。 「その悪い人からもらった店で、無茶な運用をして女を使い潰... むろん、これは詭弁だ。女共に対する慈悲や共感は全くない... 「だって、私経営のこととかわかんないし……」 「わからないのに店を持ったのか。自分は矢面に立つことなく... 棒で殴るのは止めだ。髪を掴んで無理やり立たせると、人通... 「な、何するんですか……」 「知ることになんの意味がある?」 この辺りでいいだろう。ふらつく足の甲を踏み抜き、移動手... 「この辺りは浮浪者がよく集まるんだ。お前に潰されて捨てら... 女はヤルより、ぶちのめして嬲るに限る。プライドを引き裂... 「さーて、まずは――」 「やめろ、アイアンロッド」 肩に手を置いたのは同じストレイドッグの仲間、ラストステ... 「そろそろ行くぞ」 もう時間か――楽しい時は早くすぎる。このまま一晩中楽しん... 「わかったよ」 「あとそれから」 よほど言いにくいことなのか、ラストステップは眼帯を指で... 「何だ?」 「お前のことを、新入りが見ていた」 新入り――フレイムスロアーとか言っていたな。 「なんであいつがいる? 別の仕事を任せられていたはずだろ... 「さあ。もう終わったんじゃねえか」 まあ、ありえない話じゃない。能力者同士の戦いと言えど、... 「それで、新入りが見ていたから何なんだよ」 「懐柔するから今はなるべくまずいことは見せるなって、エリ... 「あいつの点数稼ぎに付き合う義理はねえ」 これで新入りがまずったことになろうが、俺には何の関係も... 「……帰るか」 腹いせに女の腹に一発蹴りを叩き込んだ後、俺は仲間と共に... * やっぱり。あいつらは薄汚い犯罪者だ。それでも行くあての... 「止めようとしないなら、全員同罪だ」 ここは僕のいるべきところじゃない。かといって、他に僕の... 「あ、フレイムスロアー」 オフィスとアジトをつなぐ廊下で、エリックに声をかけられ... 「なんですか?」 「レジスターが呼んでた。オフィスのほうに向かってくれ」 レジスター。ここのボスか。彼女はこのありさまを知ってい... 「わかりました」 エリックの言葉に従い。廊下を歩いて扉を開ける。 「こんにちは。あなたがフレイムスロアーね」 待ち受けていたのは、若い女だった。 「私はレジスター。ストレイドッグ全体に仕事を与えている人... 「つまりは、ボス……そういう認識で問題ないですか?」 「リーダーという呼び名の方が、私としてはありがたいのだけ... どっちだっていい。呼び名で彼女の立場が変わるわけじゃな... 「それで、僕は何故ここに呼び出されたのですか?」 「ヘリング・エースのことで話があるの」 なるほど。大体見当はついた。 「エリックが言っていました。僕はエースに狙われている」 だから戦闘プログラムを渡せ、と。 「そうね。正確にいうと、狙われているのはあなたの戦闘プロ... そういうと、レジスターはゆっくり話しはじめた。 「私達ストレイドッグは、あの日、アカデミーズ――つまりあな... 「なるほど」 「そんな時期だから、エースがあなたのことを探し回っている... 「それで、僕にどうしろと?」 「エリックから聞いたと思うけど、戦闘プログラムを渡しても... 確かに彼はそう言っていた。けど、意味が分からない。 「何故戦闘プログラムを渡さなければいけないのか、そう言い... 「ええ。納得できませんから」 何をするつもりか知らないけれど、データを彼女に渡したと... 「まあ、そうでしょうね。無理もない……今から説明するわ」 レジスターは立ち上がった。 「エースがあなたの戦闘プログラムを狙う理由。それは何故だ... 「僕のデータを回収して、能力を使えるようにするのが目的で... エリックから聞いた話だと、こういうことだったはずだ。 「確かに。それはそう。けど、あなたのデータなら既にエース... そういえばそうだ。失敗や反省点、改善点をフィードバック... 「だから、最新のデータじゃないにしても、エースは戦闘プロ... となると理由は一つしかない。エリックの言っていた言葉を... 「情報の漏えいを防ぐことが目的、そう言うわけですね」 「その通り。他の犯罪者にプログラムが渡れば、最悪能力をコ... エリックも同じことを言っていた。きっと常識なのだろう。... 「それを防ぐために、エースはあなたの命を狙っている。あな... 「その事実はどうあっても変えられないんじゃないですか? ... 「エースの動機を消すことができる」 レジスターは言い切った。 「この三日の間。私は方々根回しを行って、裏取引の準備を整... 「裏取引?」 「あなたの戦闘プログラムを渡す。そういう取引よ」 最悪だ。そして、意味が分からない。 「いったい何故?」 「エースがあなたを狙うのは、あなたしか情報を持っていない... 「なっ……⁉」 大勢に公開される? 犯罪組織の連中が、僕の育て上げた戦... 「二人や三人は口封じできても、百人二百人となると、さすが... もっとも、安全のためにアジトの場所は変えないとダメだけ... 「でも、そしたら……そしたら僕の能力が他の組織にばれてしま... 「さすがに、組織を潰されたくはない。だからこその取引よ。... 僕は……僕はどうすればいい? ここで生き続けるのか? 弱... できない。弱弱しい声だったが、胸のうちははっきりと答え... 確かに僕の信じていたヒーローはまやかしだった。だけど、そ... 「考えさせてください」 「取引は三日後。それまでに決めて。ここを去るか、戦闘プロ... 既に肚のうちは決まっている。後はそれを実行するだけだ。 「わかりました」 静かな決意と共に、僕はオフィスを後にした。~ #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the) ページ名: