開始行: #navi(活動/三題噺) *正義は、右手だけでは溢れるが、両手で持つには足りない' ―... ~ 「本当にやるの?」 「当たり前じゃない。あなただってお腹が空いて自転車こげな... 「まあ、そうだけど。でも、見ず知らずの、しかも身なりの汚... 「あ、それ偏見」 「偏見もなにも一般論としてね」 「もっと情けとか仁義とか、日本古来の性質を持ちなさいよ。... 「別に、そんなことないと思うんだけど」 「あんたの聞く音楽って、ほとんど洋楽じゃない」 「それは、向こうの方が本場だから。ヒップホップとかグルー... 「ああ、そうね。あなたの言う通り、本物は全部、亜米利加や... 「なんか話の筋がずれてない?」 「それは、あなたのせい」 「いつも僕のせいだ。そのうち地球が回って、夜になることも... 「でも、星の輝かない夜空は、あなたのせいよ」 「ほらね」 「もう、あなたと話してると、まったく進まないのよね、本題... 「いま、僕は君にとっての鏡になったよ」 「意味不明なこと言ってないで、さっさとインターホン押しな... 「なんだかんだ言って僕に押し付けるんだよな、いつも。面倒... 「分かってるじゃない。わたしだって馬鹿じゃないわ、本当に... 「それって、全部カリフォルニア州知事のことだよね」 「ようは、宝くじは買わないと当たらないってことよ」 「なんだかな。それより、この家であってるのかな」 「わたしの鼻を疑うの? それとも自分の鼻を信じられないの... 「そういうわけじゃないよ。なんていうか、ほら、家の鍵を何... 「一度しか言わないから、しっかり聞くのよ。カレーの匂いは... 「うん、そうだよね。やっぱり」 「あなたが渋る気持ちは分からないでもないわ。いままで他人... 「そうだね。何事も、やってみないうちから諦めてちゃ駄目だ... 「分かったら、インターホンを押しなさい。もう空腹すぎて力... 「腹は減っても、口は減らないタイプだよね」 「何か言ったかしら」 「いいえ、何も言ってませんよ」 ピンポーン。 間の抜けた音が鳴る。しかし反応は返ってこない。ただ黙り... 「もう一度、押してみなさいよ」 頷いた僕は、音符の絵がついた古臭いインターホンに人差し... 「いま何時だっけ?」 「午後七時、十分前よ」 「ということは、もう寝ちゃったってことはないよね」 「これから夕食ってところが妥当だと思うわ」 「どこかに出かけちゃってるんじゃないかな」 「何のために出かけるのよ」 「外食してるとか」 「カレーを作っておきながら?」 「または、誰かを迎えに行ってるところとか」 「残念だけど、違うと思うわ、ほら」 彼女が、家の敷地にある軽トラックとステーションワゴン、... 「こんな辺ぴなところで、自動車にも乗らずに出かけるかしら」 「僕たちは自転車で来たよ」 「ナイフを持っているのは、自分だけとは限らない」 「どういうこと?」 「相手の立場も考えなさいってことよ。自分のことばっかりじ... 「なんだか釈然としないなぁ」 でも、僕も留守だということに疑問を抱いていた。 「台所だと思わしき部屋からは明かりがもれているし、換気扇... 「普通は止めるよね、出かけるならさ」 「ふむ、なんだか怪しい気配がする」 「髪の毛は立ってないよ」 「くだらないこと言ってないで、玄関の鍵は開いてるのかしら」 ちょっと止めときなよ、という僕の制動を無視して、彼女は... そして、いとも簡単に開く。ただそれが不気味で、まるでお... 「あの、誰かいませんか?」 彼女の声が怯えを帯びているのがわかる。それでも、家の中... 「すいません、誰かいませんか?」 二度目の彼女の言葉に、答える動きがあった。左の部屋、外... 腰が引ける僕。彼女も黒板を引っかいたような悲鳴を上げる。 「どちら様かしら?」 現れたのは小奇麗なオバサンだった。腰に巻いたエプロンで... 「こんな時間に、何の用かしら?」 のどに発するべき台詞が絡まる。そして頭の中が真っ白にな... 「あの、すこしで構いませんので食事をわけてもらえませんか... 相手の同情に訴えかけるような、潤んだ瞳に僕は体を引く。 「あの、ええと」 困惑するオバサンに、 「実は、わたしたち自転車で旅をしてる途中なんですけど、」 というところで、まるで堪えていた悲しみが決壊したように... 「今日の夕方に、荷物を盗まれちゃって、それで、携帯電話も... 「まあ、それは可哀想に」 頬に手を当てて、憐れみの視線を送るオバサン。それを受け... なぜなら、彼女の口から出たことは、ほとんど嘘だからだ。 実際は、盗んだ自転車で現実から逃げているところだ。自殺... さっそく限界を迎えた、不甲斐ない若者なわけで。 「ということは、警察にはもう届けたのかしら、その」 「いいんです。対したものは盗まれてませんから」 「そうなの」 一息つくオバサンに、彼女がさらに畳み掛ける。 「何でもします。畑仕事も手伝いますし、田植えもします。だ... すがる彼女に、オバサンは困ったわね、と首を傾げながら、 「ちょっと旦那と相談してきますわ」 と廊下を歩いていく。その後姿に、彼女が感謝の意を述べる。 二人きりになった三和士で、僕は小声で彼女を問い詰めた。 「どういうつもりだよ」 「もちろん、空腹を満たすためよ」 「だからって、あんな嘘つく必要があるのかよ」 「そのほうが自然じゃない。人は自分より弱いものを見ると安... 「それにしても、荷物を盗まれたって。警察に連絡されたらど... 「その心配なら要らないわよ」 疑問視を浮かべる僕に、彼女が視線を鋭くする。それだけで... 「いいかしら?」 唾を飲み込んでうなずく。 「あのオバサン、化粧していたのよ」 「ええと、そうだったけ?」 「注意力がないのね」 落胆のため息をついた彼女は、まあいいわ、と僕の唇に人差... 「あなたは黙ってなさい。いまはまだ証拠が揃ってないから」 証拠ってどういうことですか、と訊ねようとしたとき、奥の... 二人とも笑みを浮かべて、奥の部屋を示した。 「さあ、どうぞ。夕食のカレーが出来上がったところですよ」 案内された応接間には、立派な木彫りの机、それに棚とその... まるで餓死寸前を装う彼女に合わせて、僕もできるだけ虚ろ... 「大丈夫?」 なんていう彼女の自作自演に、また夫婦の同情を買い付ける... 「なんなんだよ」 耳のそばで早口に聞く。 「いいから、いまはわたしの言うとおりに」 いまも、だろ、という反論を飲み込んで、僕は彼女に肩を支... 出された座布団に、二人で並んで座ると、オジサンが目の前... 「災難だったな、荷物を盗まれたんだって?」 「ええ、でも換えの下着とか、衣類が中心でしたので対した損... 「まあ、それでも大変だったな。どこから来たんだい?」 「東京の方から」 ほう、と驚いたオジサンはまた大きな口を開けて笑う。 「それはそれは、遠いところから、すごいねえ」 「それほどでも。彼と、二人ですし」 頬を染める彼女。意味がわからずたじたじする僕。 オジサンは、しかし僕を見据えると眉を逆立てて、 「君も男だろう。もっとどっしりと構えなさい」 その一喝に背筋が伸びる。それに満足したのか、 「うん、それでいい。いつだって堂々としていれば、万事がう... 「分かりました」 まるで海兵隊の挨拶のようだな、と僕は自分を客観的に分析... それにしても、何か違和感がある。 「あの」 彼女が、おずおずといったようにオジサンに聞く。 「その時計、すごいですね」 「これかい?」 オジサンが腕に巻いている時計を持ち上げた。金色に光るそ... 「ちょっと見せてもらえませんか?」 訝しがるオジサンは、すこし躊躇したものの浅黒い腕から外... 「ロレックス、ですか?」 「そうだよ、すごいだろう」 自慢するオジサンを無視して、彼女は静かに時計を返す。 それを、もう一度巻きなおして、オジサンは聞いた。 「これが、どうかしたのかい?」 「いえ、ただ、死んだ父が同じものをしていたので」 心で悲鳴を上げる僕。そんな、君のお父さんは元気にサラリ... 「そうか。それは、嫌なことを思い出させたかな」 「いえ、ちょっと懐かしかったです。なんていうか、死んだ父... 傾けられた微笑に、涙が花を添える。最強の媚びた笑顔だけ... 「あ、いけない。わたしの時計、十分遅れてる」 彼女が零れた涙を隠すように自分の腕時計を見せる。 本当だね、と首を縦に振ったオジサンの表情が崩れている。... オジサンは、妻の様子を見てくると台所の方に向かった。 またまた二人きりになったところで、彼女が告げる。 「間違いないわ」 「何が間違いないのさ。あんな余計な嘘をついて、善良な人を... 「あら、わたしが何時、善良な人を騙したのかしら?」 「だって、あのオジサン完全に信じていたよ、君の父親が死ん... 「別に、どうでもいいのよ、そんなこと、それに」 「それに?」 「あの夫婦は、ここには住んでいないわ」 「………どういうこと?」 「最初に言ったでしょ、あのオバサンが化粧をしているって」 「それが、どうかしたの?」 「ねえ、今は何月かしら?」 「六月だけど」 「田圃には新しい苗が植えられていたわよね」 「ええと、」 「植えられてたの」 「分かったけど、それがどうかしたの?」 「外に止まっていたトラクター、軽トラにも泥がついていたわ... 「田植えの季節が?」 「また、難しい方に解釈するのね。まるで誰かに操られてるみ... 「ほっといてよ」 「いいかしら。田植えって、あなたはやったことないかも知れ... 「確かに。でも、田植えが終わった後に化粧をして、どこかに... 「その可能性は捨てられないわね。限りなく透明に近いけど」 「でも、それがどうかしたの?」 「さっきオジサンに腕時計を見せてもらったよね」 「ロレックス、金色の」 「あのときオジサンの腕を見たかしら?」 「ええと、」 「見ていないなら素直に答えなさい」 「はい、すいません、緊張で何がなんだか」 「しょうがないわね。あのオジサンの腕には日焼けの跡がなか... 「帰ってきてから、はめたんじゃないの?」 「どうしてそんな面倒なことをするのよ」 「どこかに出かけたとか」 「その可能性が残っていたか。しかし、これはどうかしら」 と彼女は時計を見せる。そして笑顔で言う。 「わたしの時計は狂っていない」 「でも、さっき十分遅れてるって」 「いいえ、わたしの時計が遅れているんじゃなくて、この家の... 「つまり、鎌をかけたの?」 「苗は植えられたばかりだけどね」 「なんで、え、どういうこと?」 「あなた、同じことばっかり言ってると頭が悪いと思われるわ... 「そうだったの!」 「ええ、これではっきりしたでしょう。あの夫婦は嘘をついて... 「でも、なんで」 「さあ、そこまでは分からないわよ。わたしたちみたいに夕食... 大変ね、と彼女が机に肘をついて頭を乗せる。 「ちょっと、何でくつろいでるんだよ。早く逃げなくちゃ、な... 「それは予感じゃなくて、予想よ。それに、わたしは空腹で動... 「だからって、ここにいたら、それに、ここがあの二人の家じ... 「さあ。捕らわれているか、殺されているか。出かけてるって... 「そんな」 「落ち着きなさい」 彼女は、冷たい視線で僕を見た。口元に微笑を有して。 「正義は、右手だけでは溢れるが、両手で持つには足りない」 意味はね、と彼女が片目をつぶる。 「何事も両手で、つまり全力でやったら、それなりに余裕がで... 「………僕には、逃げるのは飯を食ってからでも遅くないって聞こ... 「あら、分かってるじゃない」 再び彼女の本性を見つけて戦慄する僕の後ろで、襖が開かれ... 「これで無視できないわね」 彼女は落胆のため息をついて、僕の肩を叩いた。 「忠告しておくわね、ナイフを持っているのは、自分だけとは... さあ行きなさい、と台所の方を指差された。 「結局、全部僕に押し付けるんだ、面倒くさいことはさ」 「何か言ったかしら」 「いいえ、何も言ってませんよ、なんにも!」 ~ CENTER:''(了)'' ~ ~ *この作品を評価する [#b0bd63b4] #rating #navi(活動/三題噺) 終了行: #navi(活動/三題噺) *正義は、右手だけでは溢れるが、両手で持つには足りない' ―... ~ 「本当にやるの?」 「当たり前じゃない。あなただってお腹が空いて自転車こげな... 「まあ、そうだけど。でも、見ず知らずの、しかも身なりの汚... 「あ、それ偏見」 「偏見もなにも一般論としてね」 「もっと情けとか仁義とか、日本古来の性質を持ちなさいよ。... 「別に、そんなことないと思うんだけど」 「あんたの聞く音楽って、ほとんど洋楽じゃない」 「それは、向こうの方が本場だから。ヒップホップとかグルー... 「ああ、そうね。あなたの言う通り、本物は全部、亜米利加や... 「なんか話の筋がずれてない?」 「それは、あなたのせい」 「いつも僕のせいだ。そのうち地球が回って、夜になることも... 「でも、星の輝かない夜空は、あなたのせいよ」 「ほらね」 「もう、あなたと話してると、まったく進まないのよね、本題... 「いま、僕は君にとっての鏡になったよ」 「意味不明なこと言ってないで、さっさとインターホン押しな... 「なんだかんだ言って僕に押し付けるんだよな、いつも。面倒... 「分かってるじゃない。わたしだって馬鹿じゃないわ、本当に... 「それって、全部カリフォルニア州知事のことだよね」 「ようは、宝くじは買わないと当たらないってことよ」 「なんだかな。それより、この家であってるのかな」 「わたしの鼻を疑うの? それとも自分の鼻を信じられないの... 「そういうわけじゃないよ。なんていうか、ほら、家の鍵を何... 「一度しか言わないから、しっかり聞くのよ。カレーの匂いは... 「うん、そうだよね。やっぱり」 「あなたが渋る気持ちは分からないでもないわ。いままで他人... 「そうだね。何事も、やってみないうちから諦めてちゃ駄目だ... 「分かったら、インターホンを押しなさい。もう空腹すぎて力... 「腹は減っても、口は減らないタイプだよね」 「何か言ったかしら」 「いいえ、何も言ってませんよ」 ピンポーン。 間の抜けた音が鳴る。しかし反応は返ってこない。ただ黙り... 「もう一度、押してみなさいよ」 頷いた僕は、音符の絵がついた古臭いインターホンに人差し... 「いま何時だっけ?」 「午後七時、十分前よ」 「ということは、もう寝ちゃったってことはないよね」 「これから夕食ってところが妥当だと思うわ」 「どこかに出かけちゃってるんじゃないかな」 「何のために出かけるのよ」 「外食してるとか」 「カレーを作っておきながら?」 「または、誰かを迎えに行ってるところとか」 「残念だけど、違うと思うわ、ほら」 彼女が、家の敷地にある軽トラックとステーションワゴン、... 「こんな辺ぴなところで、自動車にも乗らずに出かけるかしら」 「僕たちは自転車で来たよ」 「ナイフを持っているのは、自分だけとは限らない」 「どういうこと?」 「相手の立場も考えなさいってことよ。自分のことばっかりじ... 「なんだか釈然としないなぁ」 でも、僕も留守だということに疑問を抱いていた。 「台所だと思わしき部屋からは明かりがもれているし、換気扇... 「普通は止めるよね、出かけるならさ」 「ふむ、なんだか怪しい気配がする」 「髪の毛は立ってないよ」 「くだらないこと言ってないで、玄関の鍵は開いてるのかしら」 ちょっと止めときなよ、という僕の制動を無視して、彼女は... そして、いとも簡単に開く。ただそれが不気味で、まるでお... 「あの、誰かいませんか?」 彼女の声が怯えを帯びているのがわかる。それでも、家の中... 「すいません、誰かいませんか?」 二度目の彼女の言葉に、答える動きがあった。左の部屋、外... 腰が引ける僕。彼女も黒板を引っかいたような悲鳴を上げる。 「どちら様かしら?」 現れたのは小奇麗なオバサンだった。腰に巻いたエプロンで... 「こんな時間に、何の用かしら?」 のどに発するべき台詞が絡まる。そして頭の中が真っ白にな... 「あの、すこしで構いませんので食事をわけてもらえませんか... 相手の同情に訴えかけるような、潤んだ瞳に僕は体を引く。 「あの、ええと」 困惑するオバサンに、 「実は、わたしたち自転車で旅をしてる途中なんですけど、」 というところで、まるで堪えていた悲しみが決壊したように... 「今日の夕方に、荷物を盗まれちゃって、それで、携帯電話も... 「まあ、それは可哀想に」 頬に手を当てて、憐れみの視線を送るオバサン。それを受け... なぜなら、彼女の口から出たことは、ほとんど嘘だからだ。 実際は、盗んだ自転車で現実から逃げているところだ。自殺... さっそく限界を迎えた、不甲斐ない若者なわけで。 「ということは、警察にはもう届けたのかしら、その」 「いいんです。対したものは盗まれてませんから」 「そうなの」 一息つくオバサンに、彼女がさらに畳み掛ける。 「何でもします。畑仕事も手伝いますし、田植えもします。だ... すがる彼女に、オバサンは困ったわね、と首を傾げながら、 「ちょっと旦那と相談してきますわ」 と廊下を歩いていく。その後姿に、彼女が感謝の意を述べる。 二人きりになった三和士で、僕は小声で彼女を問い詰めた。 「どういうつもりだよ」 「もちろん、空腹を満たすためよ」 「だからって、あんな嘘つく必要があるのかよ」 「そのほうが自然じゃない。人は自分より弱いものを見ると安... 「それにしても、荷物を盗まれたって。警察に連絡されたらど... 「その心配なら要らないわよ」 疑問視を浮かべる僕に、彼女が視線を鋭くする。それだけで... 「いいかしら?」 唾を飲み込んでうなずく。 「あのオバサン、化粧していたのよ」 「ええと、そうだったけ?」 「注意力がないのね」 落胆のため息をついた彼女は、まあいいわ、と僕の唇に人差... 「あなたは黙ってなさい。いまはまだ証拠が揃ってないから」 証拠ってどういうことですか、と訊ねようとしたとき、奥の... 二人とも笑みを浮かべて、奥の部屋を示した。 「さあ、どうぞ。夕食のカレーが出来上がったところですよ」 案内された応接間には、立派な木彫りの机、それに棚とその... まるで餓死寸前を装う彼女に合わせて、僕もできるだけ虚ろ... 「大丈夫?」 なんていう彼女の自作自演に、また夫婦の同情を買い付ける... 「なんなんだよ」 耳のそばで早口に聞く。 「いいから、いまはわたしの言うとおりに」 いまも、だろ、という反論を飲み込んで、僕は彼女に肩を支... 出された座布団に、二人で並んで座ると、オジサンが目の前... 「災難だったな、荷物を盗まれたんだって?」 「ええ、でも換えの下着とか、衣類が中心でしたので対した損... 「まあ、それでも大変だったな。どこから来たんだい?」 「東京の方から」 ほう、と驚いたオジサンはまた大きな口を開けて笑う。 「それはそれは、遠いところから、すごいねえ」 「それほどでも。彼と、二人ですし」 頬を染める彼女。意味がわからずたじたじする僕。 オジサンは、しかし僕を見据えると眉を逆立てて、 「君も男だろう。もっとどっしりと構えなさい」 その一喝に背筋が伸びる。それに満足したのか、 「うん、それでいい。いつだって堂々としていれば、万事がう... 「分かりました」 まるで海兵隊の挨拶のようだな、と僕は自分を客観的に分析... それにしても、何か違和感がある。 「あの」 彼女が、おずおずといったようにオジサンに聞く。 「その時計、すごいですね」 「これかい?」 オジサンが腕に巻いている時計を持ち上げた。金色に光るそ... 「ちょっと見せてもらえませんか?」 訝しがるオジサンは、すこし躊躇したものの浅黒い腕から外... 「ロレックス、ですか?」 「そうだよ、すごいだろう」 自慢するオジサンを無視して、彼女は静かに時計を返す。 それを、もう一度巻きなおして、オジサンは聞いた。 「これが、どうかしたのかい?」 「いえ、ただ、死んだ父が同じものをしていたので」 心で悲鳴を上げる僕。そんな、君のお父さんは元気にサラリ... 「そうか。それは、嫌なことを思い出させたかな」 「いえ、ちょっと懐かしかったです。なんていうか、死んだ父... 傾けられた微笑に、涙が花を添える。最強の媚びた笑顔だけ... 「あ、いけない。わたしの時計、十分遅れてる」 彼女が零れた涙を隠すように自分の腕時計を見せる。 本当だね、と首を縦に振ったオジサンの表情が崩れている。... オジサンは、妻の様子を見てくると台所の方に向かった。 またまた二人きりになったところで、彼女が告げる。 「間違いないわ」 「何が間違いないのさ。あんな余計な嘘をついて、善良な人を... 「あら、わたしが何時、善良な人を騙したのかしら?」 「だって、あのオジサン完全に信じていたよ、君の父親が死ん... 「別に、どうでもいいのよ、そんなこと、それに」 「それに?」 「あの夫婦は、ここには住んでいないわ」 「………どういうこと?」 「最初に言ったでしょ、あのオバサンが化粧をしているって」 「それが、どうかしたの?」 「ねえ、今は何月かしら?」 「六月だけど」 「田圃には新しい苗が植えられていたわよね」 「ええと、」 「植えられてたの」 「分かったけど、それがどうかしたの?」 「外に止まっていたトラクター、軽トラにも泥がついていたわ... 「田植えの季節が?」 「また、難しい方に解釈するのね。まるで誰かに操られてるみ... 「ほっといてよ」 「いいかしら。田植えって、あなたはやったことないかも知れ... 「確かに。でも、田植えが終わった後に化粧をして、どこかに... 「その可能性は捨てられないわね。限りなく透明に近いけど」 「でも、それがどうかしたの?」 「さっきオジサンに腕時計を見せてもらったよね」 「ロレックス、金色の」 「あのときオジサンの腕を見たかしら?」 「ええと、」 「見ていないなら素直に答えなさい」 「はい、すいません、緊張で何がなんだか」 「しょうがないわね。あのオジサンの腕には日焼けの跡がなか... 「帰ってきてから、はめたんじゃないの?」 「どうしてそんな面倒なことをするのよ」 「どこかに出かけたとか」 「その可能性が残っていたか。しかし、これはどうかしら」 と彼女は時計を見せる。そして笑顔で言う。 「わたしの時計は狂っていない」 「でも、さっき十分遅れてるって」 「いいえ、わたしの時計が遅れているんじゃなくて、この家の... 「つまり、鎌をかけたの?」 「苗は植えられたばかりだけどね」 「なんで、え、どういうこと?」 「あなた、同じことばっかり言ってると頭が悪いと思われるわ... 「そうだったの!」 「ええ、これではっきりしたでしょう。あの夫婦は嘘をついて... 「でも、なんで」 「さあ、そこまでは分からないわよ。わたしたちみたいに夕食... 大変ね、と彼女が机に肘をついて頭を乗せる。 「ちょっと、何でくつろいでるんだよ。早く逃げなくちゃ、な... 「それは予感じゃなくて、予想よ。それに、わたしは空腹で動... 「だからって、ここにいたら、それに、ここがあの二人の家じ... 「さあ。捕らわれているか、殺されているか。出かけてるって... 「そんな」 「落ち着きなさい」 彼女は、冷たい視線で僕を見た。口元に微笑を有して。 「正義は、右手だけでは溢れるが、両手で持つには足りない」 意味はね、と彼女が片目をつぶる。 「何事も両手で、つまり全力でやったら、それなりに余裕がで... 「………僕には、逃げるのは飯を食ってからでも遅くないって聞こ... 「あら、分かってるじゃない」 再び彼女の本性を見つけて戦慄する僕の後ろで、襖が開かれ... 「これで無視できないわね」 彼女は落胆のため息をついて、僕の肩を叩いた。 「忠告しておくわね、ナイフを持っているのは、自分だけとは... さあ行きなさい、と台所の方を指差された。 「結局、全部僕に押し付けるんだ、面倒くさいことはさ」 「何か言ったかしら」 「いいえ、何も言ってませんよ、なんにも!」 ~ CENTER:''(了)'' ~ ~ *この作品を評価する [#b0bd63b4] #rating #navi(活動/三題噺) ページ名: