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京都工芸繊維大学 文藝部

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 そう
 
 
   第一話「出会い」
  第一話「出会い」
   
  ――――――
 
  月がキレイな夜だった。
  小腹が空いたあなたはコンビニへ向かっていた。
  何食べよう……。
  ラーメン、ポテチ、うーん、消化悪そうだし、うどんとかにしとくかぁ。
  などと他愛のないことを考えていた時だった。
 「ハァ、ハァ」
  横の路地から声が聞こえた。
  息切れ、走ってる人、って路地だし激しい運動でもしてるのかなぁ、ってないか。(笑)
  声が近くなる。
  何ごとかと思い、路地を覗きみたら、何かがあなたに直撃した。
 「ぐふっ!」
  思わず声をあげ、地面に倒れるあなた。
 「ごめんなさい!」  
  上から女の子の声が聞こえた。
 「大丈夫ですよ、それより、降りてもらっていいですか?」
 「あ、ごめんなさい」
  少女はあなたの上から降りる。
  あなたは立ち上がり、初めて少女の全体像を見た。
  彼女はあなたより一回り小さく、見た目は十五歳程度、肩まで伸びた黒髪、服装は死装束のような服装だった、ところどころ汚れがついている。
  カサ。
  彼女が現れた路地から足音が聞こえた。
 「危ない!」
  少女があなたに体当たりする。
 「うわっ」
  あなたは思わず、数歩左によろける。
  ビュン!
  何かが頬を掠めた。
  後ろを振り返ると、壁にナイフが刺さっていた。
  もし、彼女が体当たりをしてくれていなかったら――。
  血の気が引くのを感じた。
 「ちっ。よけられたか」
  冷たい声が聞こえた。
 「あ……」
  少女の瞳孔は開いており、肩がガクガクと震えている。
  路地から現れたのは、黒いスーツを纏った男だった。サングラスをしており、顔は分からない。体格はあなたより一回り大きい。
  逃げないと!
  あなたは咄嗟に少女の手を引いて走り出す。
  どこに逃げればいい?
  コンビニ? 交番? 家?
  脳をフル回転させようとするが、思考がまとまらない。
  ビュン!
  突然、左足に熱を感じ、あなたは地面に倒れる。
  左足を見ると、血が流れており、すぐ近くのコンクリートの地面には先ほど見たナイフが刺さっていた。
  幸いかすっただけで、傷は浅い。
 「手こずらせやがって」
  男がつぶやく。
  距離は十メートルもない。
  殺される!
 「誰だ?」
  男が問う。
  あなたは自分に聞いているのかと思ったが、違うらしい。 
  視線はあなたの先、背後にいる。
  背後に誰かがいる!
  あなたは僅かな希望を抱き、背後を振り返った。
 
  to be continued   
     
  ――――――
 
  第二話「天才で変態な先輩」
 
  ――――――
  
 「誰だ」
  男の視線はあなたの後ろであった。
  誰かいるの?
  振り返ると、そこにいたのは一人の女性だった。肩にかからない長さの黒髪で、黒いゴスロリの衣装を纏っている。
 「自分は、先輩だよ」
  女性は意味不明な返答をする。
  あなたは首を傾げた。なぜなら、この女性のことなど何も知らないからだ。
 「まぁ。いい。ならばお前も消すまでだ」
  ビュン!
  パシッ!
 「ナイフ投げ下手ですね」
  女性は右手の中指と人差し指でナイフを挟んで、溜め息をつく。
  気がついたら、女性がナイフを挟んでいた。
  多分、男がナイフを投げつけて、それをキャッチしたのだろう。だが、両者の動きが速すぎて、見えなかった。
 「なるほど。ならば――」
  女性へ向いていた視線が、あなたに向く。
  あ、死んだ。
  ビュン!
 「遅いですよ」
  女性の声がすぐ近くでした。
  同時に信じられないものが視界に移っていた。
 「何ですか?」
  男の背中だ。
  自分は男の正面にいたはずなのに、十メートルぐらい離れていたはずなのに。
  あと、なんか体が浮いてる。よく見ると、あなたと少女はゴスロリの女性に抱えられている。
 「速い!」
  男は振り返ろうとするが――。
 「お前が遅いんですよ」
  男の体が宙を舞った。近くの一軒家より高く舞い上がり――。
  ドサ。
  男の体は地面に衝突し、動かなくなった。
 「ふぅ」
  男が倒れたのを確認した女性は一息ついた。
 「あの、ありがとうございます」
  少女は女性に対して頭を下げる。あなたもつられて頭を下げた。
 「いやいや、後輩を助けるのは先輩として当然のことだ」
  女性は微笑みながら、あなたと少女を地面に降ろした。
 「あ、足ケガしてるね。手当てするから、うちに来る?」
  女性はあなたに微笑みかける。
  手当てをしてもらえるのは嬉しいけど、今会ったばかりの家に行くというのは……。あと、全然知らないのに先輩を名乗ってくる人って怪しさしかない。助けてくれた人だけど、怪しい人であることには変わりない。
 「あの、せっかくなんですけど――」
  あなたが断ろうとしたとき――。
 「っていうか来て」
  布で口を塞がれた。 
 「んー!」
  一秒前まで目の前にいたはずの女性に背後から布で口を塞がれている。
  どういうこと? 瞬間移動でも使えるのかこの人は? ってあれ? 眠くなってきた……クロロホルムを布にしみこませて嗅がせても効果はないは……ず……。
 「自分の特別製の薬だよ。大丈夫。少し眠ってもらうだけだからさ」
  女性の声はあなたの耳に届くことはなかった。
 
  
 「う……う……」
  光が視界に入る。
  ゆっくりと上体を起こす。体が妙に軽い。
  あなたは周りを見渡した。白い壁、白い天井、白っぽい床。机や必要最低限の家具だけがあるシンプルな部屋。見慣れない場所だ。
  自身の服装も白い柔らかい服に着替えさせられている。
  そうだった。確か、あの女性に眠らされて……。
 「おはようー!」
  元気のいい声が聞こえた。
  あなたを眠らせた女性だった。今日は桃色のゴスロリ衣装を着ている。
 「おはようございます」
  女性の後ろにいる、昨日追われていた少女も挨拶してくれた。服装は昨日とは違い、白いワンピースだ。
 「おはようございます」
  とりあえず返事はする。
 「よかったら、朝ご飯作ったから食べて-」
  女性が差し出したのは、ご飯と豆腐の味噌汁だった。
 「い、いえ、結構で――」
  ぐぅー。
  お腹が鳴る。
 「お腹は正直だね」  
  女性は微笑む。
  せっかく作ってもらったものだし、いただくか。
  あなたはおそるおそる女性が作った朝食をいただいた。
  旨ッ!
  え? 何コレ? 味噌汁もなんか出汁がスゴい! 味噌の香りがスゴい! 米も一粒一粒噛んで味わいたい! おいしすぎて語彙力低下する!
 「ごちそうさまでした」
  気が付いたら完食していた。おかわり三杯いただいていた。
 「気に入ってもらえて何よりだ。裕亜阿奈太(ゆうああなた)君」
  背筋がビクってした。
 「どうして僕の名前を!」
 「あぁ、自分は君の先輩だからだよ」
  女性が胸を張る。
  意味が分からない。
 「あー、言葉が足りなかったか、裕亜君はKKS大学だよね」
 「そうですけど」
 「自分もKKS大学なんだ。だから知ってるってわけだ」
 「あーなるほど、ってなりませんよ!」
 「どうしてだい?」
 「同じ大学の先輩だからといって、僕はあなたのこと知りませんよ!」
  女性の目が点になる。
 「え? 二ヶ月前、食堂で自分、君の五人分後ろに並んだよ!」
 「知りませんよ!」
 「ちなみにそのとき醤油ラーメン注文してたね!」
 「忘れましたよ! てか、なんでそんなこと知ってるんですか? ひょっとして僕のストーカーですか?」
  彼女が一瞬固まる。
 「ストーカーじゃない。先輩だ」
 「じゃあ、なんでそんなことまで知ってるし、覚えてるんですか?」
 「先輩だから」
 「理由になってません」
 「うーん。あ、そうだ。まだ自己紹介してなかったね。ごめんね」
  女性が頭を下げる。
 「強引に話を逸らしましたね」
 「自分の名前は伊藤薫(いとうかおる)、自慢じゃないけど、文藝部部長だ。ちなみにKKS大学の全ての後輩の名前、顔、住所、誕生日、血液型、スリーサイズ、身長、体重、成績、起床時刻、就寝時刻、匂い、声、趣味は暗記している」
  堂々と自己紹介する。って途中からの情報なんだ? 
 「KKS大学以外の後輩のことはまだ半分も覚えられてないけどね」
  KKS大学の中だけでもスゴいです。というか気持ち悪いです。しかも、『まだ』ってこれから覚えるつもりなんですか。
  どこからツッコめばいいのか分からない。
 「あの、私、自己紹介まだですよね」
  少女がおそるおそる口を開く。
 「あ、すいません。置いてきぼりにしてしまって」
 「えっと、私はエイルって言います。助けていただいてありがとうございます」
  少女、エイルは頭を下げる。
 「いやいや、大丈夫ですよ」
 「でも、あなたは足にケガを」
 「そんなの気にしなくて、ってあれ?」
  足が全く痛くない。伊藤さんの不審者っぷりで忘れていたが、出血していたはずだ。
  ズボンをめくり、足を見ると、大きめの絆創膏が貼られていた。
 「傷の手当てはしたよ。あと、ついでに全身マッサージも。首と肩が凝ってたね。普段からスマホの見過ぎだよ」
 「あ、ありがとうございます」
  体が軽かったのはマッサージをしてもらったからか。この変態に全身を触られたと思うと、寒気はするが、手当てをしてもらえたことには感謝しよう。
 「先輩として当然のことをしたまでだ」
  カッコいいな。正直気持ち悪いけど。
 「あ、そうだ。自分は今日は午後から大学に行かなければならないんだ」
 「そうなんですか」
 「君たちはどうする? 裕亜君は今日は講義はなかったはずだけど」
  なんで僕の時間割を知ってるんですか? などとは思わなかった。そういう人なんだろうな。
 「そうですね……警察に行くですかね」
 「警察はダメです」
  エイルが口を挟む。
 「どうしてダメなんですか?」
 「アイツら、私が逃げる時、アイツらが叫んだんです。『警察に逃げてもムダだ。我々は警察と繋がってる』って」
  マジか……って逃げる?
 「逃げるってどこから逃げてきたの?」
  伊藤さんが訊ねる。
 「分からないです。変な機械や、白衣の人がいっぱいいたから、研究所だと思います」
  研究所、ベタなのは、エイルには何か不思議な力があって、それを調べていたとかだろう。
 「とりあえず、警察はダメか、じゃあどうしよう」
 「そういえば、昨日、僕たちを襲ってきたヤツはどうしたんですか?」
  本当に警察と繋がっていたとしたら、そんなヤツを警察に引き渡したとしたら、また襲ってくる。倒したまま、あの場所に置いてきたとしても同じことが言える。これって絶望では?
 「あー、あの不審者なら地下牢に入れておきました」
  伊藤さんがさらっと言う。
  地下牢? 多分これは追求しない方がいいやつだ。
 「警察がダメならどうしましょう? 探偵ですか?」
 「さすが自分の後輩! その通り!」
 「あなたの後輩になった覚えないんですけど」
 「何を言ってるんだ?」
  伊藤さんが首を傾げる。
 「探偵ってどこにいるんですか?」
  エイルが質問する。
 「ここから二駅ぐらい離れたところに『哲(てつ)』っていうラーメン屋がある。そこにいるらしいよ」
 「ラーメン屋ですか」
 「そう。そこにかなり強い探偵がいるらしいよ。噂なんだけど、消しゴムを弾いて、人を飛ばせるらしいよ」
  消しゴムで人を飛ばすはさうがにガセだろうが、そんな噂が流れるほど強い人ということか。なんで、ラーメン屋にいるのかは謎だけど、頼れるのであれば頼りたい。
 「分かりました。ラーメン屋『哲』ですね」
 「うん。どうする? 今から行く? それとも自分が大学から帰ってきた後で一緒に行く?」
  伊藤さんがあなたに質問した。
 
 
  to be continued
 
 登場人物紹介
 
 主人公
 
 裕亜 阿奈太(ゆうあ あなた)
 男 20歳 大学生 帰宅部
 
 あなたです。
 思考や、行動があなたと違う点が多々あるかもしれませんが、ご了承ください。
 名前の由来は
 You are と あなた
 
 
 ヒロイン
 
 エイル
 女 15歳
 謎の組織に追われている少女。追われている理由は本人は知らない。
 隙を見て研究施設から脱走した。
 記憶を一部消されており、自身の名字を覚えていない。
 名前の由来は作者の名前 そう→うそ→lie→eil→えいる
 
 
 ゲストキャラ
 
 伊藤 薫(いとう かおる) 22歳 女
 
 登場作品名 文藝部が演劇と合気する話  霧雨Vol42掲載
 
 KKS大学に通う文藝部員。
 彼女を一言で表すと『後輩が好きすぎるあまり人間を卒業してしまった人』
 普段は普通だが、後輩が絡むと人間を卒業した身体能力を発揮する。
 数キロ先の後輩を発見したり、数キロを数秒で走り抜けたり、常人ならできるようになるまで数ヶ月はかかることを一日でできるようになったりと。
 作者はなんだかんだでコイツを気に入っている。
    
  ――――――
 
  第三話「先輩にラーメンをおごってもらうのは後輩の義務」
 
  ――――――
 
 「大丈夫? 本当に大丈夫?」
  伊藤さんが泣きながら心配してくる。
 「大丈夫ですよ」
  あなたは引き気味で答える。
 「ついて行けないから心配なの! いい! もし襲われたら自分を呼んで! 三分で駆けつけるからそれまで全力で逃げて!」
 「わ、分かりました」
 「ついて行けない代わりだけど、これ、ラーメン代、よかったら向こうでラーメン食べて、感想聞かせて」
  伊藤さんはあなたに千円札を二枚手渡す。
 「え、そ、そんなの悪いですよ」
 「何言ってるの! 後輩にはね、先輩にラーメンをおごってもらわなければならない、という義務があるの!」
  なんだその義務?
  あなたは口から出たツッコミを抑えた。ツッコんだところで結果は変わらなさそうだからだ。
 
 
  伊藤さんは大学へ、あなたとエイルはラーメン屋『哲』へ向かう。
  話によると、そのラーメン屋に探偵がいるとのこと。
  エイルは何者かに追われている。襲われないようにできるだけ人がいそうな道を通る。
  平日の朝方。人通りは多くはないが、ないわけではない。とはいえ、静かな道だった。
  伊藤さんと分かれた後、僕らは会話できずにいた。女子とほとんど会話したことないので、何を話したらいいのか分からない。
 「あの」
  エイルが口を開く。
 「はいぃ!」
  急に話しかけられた。電流が流れたかと思った。僕は挙動不審だっただろう。引かれてないよね?
 「この服、伊藤さんから借りたんですけど、変じゃないですか?」
  エイルが頬を赤らめながら訊ねる。
  彼女の服装は白いワンピースに白い帽子。清楚な感じがして個人的には良き。
 「似合ってると思いますけど、ラーメン食べに行く服じゃないですよね」
 「あ」
  エイルがはっと息を呑む。
  彼女の表情から不安が読みとめる。服を汚したらどうしよう、と思っているのだろう。余計なことを言ってしまったかも。
 「まぁ、大丈夫じゃないですかね。頼んだら前掛けとかもらえるかもしれませんよ」
 「だといいですね」
 「まぁ、なかったらそのときは気をつけましょう」
  僕の返答にエイルは刻々とうなずく。      
 「ところで、ラーメン屋にいる探偵さんってどんな人なんでしょうね」
  エイルが話を変える。
 「うーん。ゴリラみたいな人じゃないですかね。消しゴム弾いて、人を飛ばすっていう噂があるぐらいですし」
  あなたはとりあえず答える。   
  ん?
  後ろから車の音が聞こえてくる。
  ここは道路なので、車が走ってくるのは普通のことだ。しかし、なぜか嫌な予感がした。
  後ろを振り返ると、黒い車が一直線にこちらに向かって来た。黒い少し大きめの車。ドラマとかで特殊部隊が乗ってそうな感じの車だ。
 「走りますよ!」
  根拠のない直感だった。
  あなたはエイルの手を引いて、走り出した。
  車のエンジン音が大きくなる。
  急に速度を上げたか。だったら――。
  車が通れなさそうな細い道へ入る。
  これで諦めてくれ――。
  車が停止し、中から黒服の男が複数人降りてきた。
  簡単に諦めてくれるなんて甘いことはないですよね! 
  昨夜のことを思い返す。
  一人一人が自分より強い。ナイフをコンクリートに刺すほどの猛者。だとしたら正面から戦っても勝ち目はないし、闇雲に走っても逃げ切れない。
  どうする?
  本当かどうかは分からないけど、警察とも繋がってるらしいし。
  タクシー? いやいや捕まえてる間にに追いつかれる。運転手がグルだったらアウト。
  電車? 最寄り駅までそこそこ距離ある。それまでに追いつかれる。
  どうする? どうする?
  伊藤さんが来てくれるまで逃げ切れない!
  ぐい。
  細い路地から誰かに手を掴まれ引きずり込まれる。
  やばっ!
  振りほどこうとするが、うまくいかない。
 「静かにしろ。追われてるんだろ?」
  耳元で囁かれる。女性の声だ。
  バタバタ。
  黒服の男逹の足音が聞こえる。
 「いたか?」
 「いや」
 「あっちを探してくる」
  彼らが走り去っていくのが聞こえた。
 「行ったか」
  女性がつぶやき、俺の手を離す。
 「すまんな。急に引きずり込んで」
  彼女とあなたとエイルは共に路地から出てくる。
  路地から出て、初めて女性の姿が見えるようになった。小柄で細身の女性だった。年は二十代前半だろうか。彼女は白い長袖の服に、黒いロングスカートを身につけ、右目が黒髪で隠れている。あと、ご立派なものをお持ちで。
 「ありがとうございました」
  エイルの声ではっとなる。今は果実に見とれてる場合じゃない。
 「あの、助けていただいてありがとうございました」
  エイルに続き、あなたも頭を下げる。
 「いや、大したことはしてない。それに――」
  バタバタバタ!
  複数の足音があなたたちを囲む。
 「すまん。読まれてた」
  先ほどまで自分たちを追っていた黒服の男たちがあなたたちを囲んだ。その数、七人。
 「おとなしくしてもらおうか」
  黒服の男性の一人が言い放つ。
 
 *
 
  大学の校内の隅、人がほとんど通らない場所。
  コンクリートの地面に亀裂が走り、レンガの建物にもヒビが入っている。
  そこいる人の一人は伊藤。
 「はぁ、はぁ」
  伊藤は地面に膝をつきながらも前を見据える。彼女の桃色のゴスロリ衣装はところどころ破けている。
 「後輩が助けを求めてるんだ! そこをどけ!」
  彼女は激昂し、目の前の誰かに向かって走り出した。
 
  to be continued
      
  ――――――
 
  第四話「その時、不思議なことが起こった」
 
  ――――――
 
  前に出ないと、ぼくは男だから。彼女たちの前に立たないと!
  足が一歩後ろへ下がる。
  昨夜つけられた足の傷が痛む。治療してもらったはずなのに。大丈夫一歩前へ……。
 「大丈夫だ」
  気が付いたら前にいた女性が声をかけてくれた。
  彼女が前に出たんじゃない。僕が後ろに下がってしまったんだ。
 「なら、お前から死ね」
  男性の一人がナイフを持って彼女に飛びかかる。
  体格の差は明らかだった。 
  あなたより大きな男性が小柄な女性に飛びかかる。結果は火を見るより明らかだ。
 「あ……」
  男性のナイフが女性に――。
  そのとき、不思議なことが起こった。
  地面に倒れたのは、殴られた女性ではなく、飛びかかった男性であったのだ。
 「がはっ!」
  地面に倒れた男性は白目をむく。
 「テメェ!」
  違う男性が殴りかかるが、受け流され、仲間の方に転がされる。
 「だったら」
  違う男がナイフを投げつける。
  ビュン!
  女性は紙一重でナイフを躱し、距離を詰める。
 「くそ!」
  男性はナイフで切りつけようとするが、その身体は宙を舞っていた。
 
 *
 
  後輩の助けを呼ぶ声が聞こえた。裕亜君だ。エイルちゃんを追うヤツらに見つかったんだ。
  たかが二駅だからと思って油断した。自分がついていれば! いや、今から駆けつけるから、無事でいてくれ!
  伊藤は研究室を飛び出し、あなたのいる場所へ行こうとした。一刻も早く向かうために近道として、人気のない場所を通ろうとした。それが悪手だった。
  ビュン!
  伊藤に何かが斬りかかる。
  紙一重で躱すが、衣服が裂け、近くのレンガの壁に亀裂が走る。    
  伊藤の目の前に現れたのは――。
 「豹?」
  伊藤の体格より一回り大きい豹。いや、豹の姿をした生物。見た目は似ているが、何かが違う。
  豹は再び、伊藤に迫る。
 「くっそ!」
  伊藤と豹の攻撃が互いに炸裂する。
  差は歴然だった。
  スピードは互角、技術は伊藤が勝利、しかし、パワー、何より、豹の牙と爪、それらがぶつかる度に伊藤を傷つける。
 「はぁ、はぁ」
  コンクリートの地面がえぐれるほどの攻防。生身で伊藤は良く戦った。
  彼女は傷だらけの身体で立ち上がる。
 「後輩が助けを求めてるんだ! そこをどけ!」
  伊藤は激昂して拳を振りかざす。
  グサッ!
  豹の爪が伊藤の拳を貫く。鮮血が舞う。
 「それがどうした!」
  バキッ! 
  伊藤の左の手刀が豹の爪を砕く!
  ザクッ!
  飛び散る鮮血。
  伊藤の右肩に牙が刺さる。    
 「だからどうした!」
  ボゴッ!
  ボディーブロー炸裂! 豹の体が後方に飛ばされる。
 「はぁ、はぁ」
  伊藤は再び膝をつく。
  ビュン!
  隙を逃さず、豹が伊藤に飛びかかる。
 「くそ……」
  伊藤は思わず目を閉じた。
 「危ない!」
  ふんわりとした、でも芯がある声が響く。
  バシャ!
  水が飛び散る。
 「水?」
  伊藤が目を開けると、目の前にいたのは――。
 「大丈夫?」
  女性だった。彼女はペンギンの雛のようなパーカー、黒いブーツを身に纏っていた。フードを被っているため、顔は見えない。ペンギンの腕のような袖で腕も隠れている。
 「あなたは?」
 「ぼくは君を護りに来たんだよ」 
  返答になっているような、なっていないような。伊藤は戸惑いつつも、彼女が味方だということだけは理解した。
 「ガルルル」
  豹がうなり声を上げ、こちらを見据える。
  すぐに飛びかかれる体勢だ。
 「みぎわ、変わりなさい」
  ペンギンパーカーの女性の声だ。でも、先ほどのふんわりした声とは違う。クールな女性の声だ。
 「分かった」
  ふんわりとした声で返答。
  ペンギンパーカーの女性はフードを脱ぐ。
  ふわっと、海のような青色の長い髪がなびく。
 「一瞬で終わらせてあげる」
  女性の右足に水が集まっていく。
  ビュン!
  豹が女性に飛びかかる。折れてない方の爪が女性の喉元に――。
  ドガッ!
  水柱が立った。近くの建物ほどの高さだ。あたりに水滴が降り注ぐ。
  彼女が放ったのは、水を纏った右足での回し蹴り。自身に飛びかかった豹への渾身の一撃だった。
  その回し蹴りの威力でコンクリートの地面には蜘蛛の巣のような亀裂が生まれた。
 「逃げられた……」
  女性は舌打ち混じりにつぶやいた。
  女性の回し蹴りの瞬間、豹は消えた。
  結果、回し蹴りは地面を砕いただけに終わった。  
  あたりを見渡すが、気配はない。脅威は去ったようだった。
 「渚ちゃん、変わって」
  ふんわりした声だ。
 「分かったわ」
  女性は返答し、ペンギンパーカーのフードを被る。
 「あなたは一体……」
  伊藤はよろよろと立ち上がる。
 「えっと、その前に」
  女性は、伊藤に近づくと、傷口を水で包んだ。
 「ちょっ」
  伊藤は突然の事態に驚くが、次の瞬間、違和感に気づく。
 「痛くない」
  そう、水で包まれた部分の傷が治ったのだ。
 「もうケガない? 大丈夫?」
 「はい。ありがとうございます」
 「よかった」
  女性は微笑み、一歩引く。
 「よいしょと」
  突然、女性が纏っていたペンギンパーカーが彼女の体から離れた。すると、ペンギンパーカーはペンギンの雛の姿になった。
 「じゃあ、自己紹介するね。ぼくは、みぎわっていうんだ。よろしくね」
  ペンギンはふんわりとした声で自己紹介を始めた。
 「よ、よろしく」
  伊藤は、なんでペンギンがしゃべってるんだ? ということは考えないことにした。まぁ、そんなこともあるのだろう。
 「君は?」
 「自分は、伊藤薫っていいます。えっと、あなたは?」
  伊藤は女性に訊ねる。
 「私のこと、知らないの?」
  彼女は藍色の袖で隠れた腕で髪をなびかせる。
 「すいません。後輩以外のことには興味なくて」
 「そう。私は水輝渚(みずきなぎさ)。スタァよ。詳しいことはネットか何かで調べなさい」
 「そうなんですか。助けてくださってありがとうございました」
 「いいのよ。未来のファンを助けるのはスタァとして当然のことよ」
 「自分、ファンになりませんよ」
  伊藤は半笑いで返答する。
 「そう」
  渚は返答しながら、名刺を伊藤に渡す。
 「これは?」
 「私の連絡先。またあんなのに襲われたら連絡ちょうだい。今度こそ仕留めてあげる」
 「ありがとうございます。襲われた時、連絡する隙があれば使わせてもらいますね」
  多分、隙はない。
 「そう。じゃあ、襲われることが事前に分かったら連絡ちょうだい」
 「あ、ありがとうございます」
  そんな状況あるのか? などとは口には出さなかった。
 
 *
 
 「あとはお前だけだ」   
  女性は黒服の男に言い放つ。
  あなたとエイルを囲んだ七人の男性、うち六人は女性によってなぎ倒された。
 「お前が使うのは合気道か」
 「ただ黙って見ていた訳ではなさそうだな」
 「お前が只者じゃないことは一目で分かったからな。じっくりと見させてもらった」
 「そうか」
 「体格では遙か格上の我々をなぎ倒すほどの技量には感服したが、それまでだ。俺に合気道は通用しない」
 「そうか」
  女性は表情一つ変えない。
 「最初に言っておく、俺の強さはお前が倒した六人の合計より上だ」
  男が殺気を放つ。
  ドサ。
  あなたは思わず腰を落としてしまった。
  なんだよこの殺気、昨晩のナイフ投げるヤツよりも、さきほどの六人よりも遙かに上の殺気。一人の人間が放っていいものじゃない!
 「あ、あ……」
  あなたは言葉を発しようとするが、うまくでない。
 「前置きはいい。さっさと来い」
  これほどの殺気を前にしても女性は眉一つ動かさない。
 「その余裕、虚勢じゃないことを祈ろう」
  男性が構える。
 「いちいち構え直すのか。遅いな」
  女性の挑発。
 「ではいくゴハァ!」
  男性に何者かが蹴りかかった。横からの不意打ちの一撃に男性は地面に勢いよく倒れる。
  男性を蹴り飛ばしたのは、夏服の制服を着た男子高校生だった。
 「姐さん、こんなとこで何してるんですか?」
  男子高校生が、女性に話しかける。
 「ケンか。別に。不良に絡まれてただけだ」
 「最近の不良はスーツ着てるんですね」
 「変わった不良だろ」
 「お前ら……」
  男性が立ち上がる。先ほどよりも禍々しい殺気を放ちながら。
  ボカッ!
  ケンと呼ばれた男子高校生の拳が男性の顔面に炸裂。
 「おとなしく寝ててください」
 「ぐっ! いい拳だ。だが、この程度でガハッ!」
  男性がしゃべり終えるより先に、ケンの拳が再び炸裂。
  バギッドガッグシャッベキッドガッ!
  ケンの拳の連打の前に男性は遂に倒れた。
 「ふぅ。手より口が先に動くヤツで助かりました。逆だったら危なかったですね」
  ケンは手で汗を拭う。
 「助けてもらってアレなんだが、お前、学校は?」
  女性が問う。
 「あぁ。今からです。寝坊しちゃって」
 「阿呆。こんなところで油売ってないでさっさと行け」
 「分かりました-」
  ケンはそのまま走り去って行った。
 「少し場所を移すか。着いてこい」 
 「あ、はい」
  とりあえず、倒れた黒服の男たちが視界に入らない場所についた。
 「私は綺堂亜衣(きどうあい)だ。ちなみにさっき高校に行ったバカは金田拳(かねだけん)だ」
 「裕亜阿奈太と言います。先ほどは助けていただいてありがとうございました」  
 「エイルです。ありがとうございました」
  あなたとエイルは頭を下げる。
 「裕亜さんとエイルさんか。よろしくな」
  亜衣は微笑みかける。
 「余計なお世話かも知れないが、知り合いに探偵がいるんだ。よかったらそいつのところまで案内しようか?」
  亜衣からの提案。
 「えっと、その探偵がいる場所ってラーメン屋『哲』ですか?」
 「そうだ。知ってるのか?」
 「知ってるも何も、僕たちは今、そこに向かってる最中でして」
 「そうか。だったら案内しようか? 私もそこへ向かっていたんだ」
  亜衣が微笑みながらあなたに提案する。
 
 
  to be continued
 
  作品名 Wehavelife!  霧雨Vol41掲載  番外編は43 完結編という名の打ち切りは45 43と45の間の番外編を46に掲載。
   
  主人公の説明は登場後に行います。
 
  金田 拳(かねだ けん)17歳 男
  霧雨41 45に登場。
  硝(主人公)の小学校来の友人。亜衣さん(後述)を「姐さん」と呼び、慕っている。
  拳を主体とした徒手空拳で戦う。
  
  綺堂 亜衣(きどう あい) 22歳 女
  霧雨 41 43 45で登場。43では主役、45では実質の主人公をしている。というか主人公より主人公してる気がする。
  普段は白い長袖の服、黒いロングスカートを身に纏っている。右目を前髪で隠している。作中(というかそう作の小説のキャラ)屈指の巨乳キャラ。(現段階では唯一のような)
  身体スペックは劇中最弱クラス(というか非戦闘員より下)だが、合気道を使うことによって、対人の近接戦闘においては劇中最強クラスの戦闘力を誇る。
  ちなみに作者お気に入りのキャラ。
 
 
  作品名 自分の輝ける世界を  霧雨Vol47掲載
 
  水輝 渚(みずき なぎさ) 21歳 女性
  モデル。自他共に認めるスタァ。
  海のような青色の長い髪。腕を隠すファッションが特徴的。腕を隠してるのには理由があるらしい。あと、劇中(というかそう作の小説キャラ)屈指の貧乳。
  生身での戦闘力は、今まで現れたストーカーを全員返り討ちにする程度。
  彼女のモデルはFGOのラムダリリス。
    
  みぎわ 年齢不明 性別不明
  ペンギンの雛のような生命体。正体不明。
  突然、渚の前に現れた。一人称は「ぼく」。
  戦闘力は、不意打ちが成功すれば成人男性を倒せるが、正面から正々堂々であればほぼ確実に負ける程度のもの。
  温厚な性格だが、渚を傷つけられるとキレる。
  コイツのモデルはコウペンちゃん。
  
  渚×みぎわ
  渚とみぎわが一つになった形態。渚がペンギン(雛)のパーカーを羽織ったような姿になる。下は黒いブーツ。
  見た目のモデルはFGOのラムダリリス第一再臨(というか、色違いというだけでかなり似てる。パクリと叩かれないか心配な程度には似てる)。
  体の主導権はパーカーのフードを被るか否かで変わる。
  フードを被るとみぎわ、フードを外すと渚が体を動かす。(体の所有権を変える動きだけは違う方が動かすことが可能)
  戦闘スタイルは みぎわが体を動かしているときは防御&回復メイン 渚が動かしているときは攻撃メイン になる。
  水を操ることができる。
 
  ――――――
 
  第五話「和合少女推参」
   
  ――――――
 
 「そうか。だったら案内しようか? 私もそこへ向かっていたんだ」
  亜衣が訊ねる。
  これはお言葉に甘えた方がいいんだろうか。うーん。
 「えっと、そんなことよりパイを揉ませてくれませんか?」
  って、あれ? 僕は何を言ってるんだ?
 「パイ? アップルパイか? レモンパイか?」
 「あ、違います! 何でもないです! すいません!」
  慌ててさっきの発言を取り消す。多分、『揉ませて』を『食べさせて』か何かと聞き間違えてくれたのか、パイを違う物と勘違いしてくれたのか。本当の意味に気づいてたら人として終わっていた。
  今は、彼女が持つ禁断の果実に見とれている場合じゃない!
 「エイルはどうしたい?」 
  あなたはエイルに訊ねることにした。
 「私は――」
  彼女が自分の意見を言いかけた時だった。
 「危ない!」
  亜衣があなたとエイルを突き飛ばす。
  ドン!
  今、自身がいた場所に何かが落ちた。砂埃が舞い、それの姿は隠れている。
 「逃げるぞ!」
  亜衣が、あなたとエイルの手を引き走り出す。
  状況はよく分からないけど、とりあえずヤバいということだけは分かった。
  あなたとエイルも全力で走り出す。
  すぐに亜衣と前後関係が逆転する。
 「私を置いて逃げろ」
  亜衣が静かにつぶやく。
 「でも――」
 「いいから行ってくれ。着いたら、白川硝(しらかわしょう)というヤツを呼んでくれ。アイツが来るまで私がアレを食い止める」
 「分かりました。すぐ戻ります!」
  あなたはエイルの手を引き、全力で走る。
  道は大体の方向は分かってる。
 
 *
 
 「いい判断だな」
  それは亜衣に話しかける。
 「何がだ?」
  亜衣はそれを見据えながら身構える。
 「お前、自分が足遅いから、あえて足止めを引き受けたんだろ?」
  亜衣は返答をせずに目の前のそれを見据える。
  それは濃い緑の草で編まれた民族衣装のような服装をした男だった。体格は亜衣の二回り近くある。
 「さぁな。でも、あの二人がいると邪魔なんだよ。お前を殺すのにな」
  亜衣の目つきが氷の刃のように鋭くなる。
 「面白い」
  男は不気味に笑う。
 
 *
 
  認識が甘かった。囲まれた。
 「何ですか。これ?」
  エイルの顔が真っ青だ。
  影の人とでも言うべきだろうか。自身より一回り体が大きい、黒塗りの人?
  十体はいる。囲まれた。こいつらはゾンビのようににじり寄ってくる。
  どうする? どうする?
  亜衣さんを待たせてる。早く切り抜けないと!
  でも、こいつらは僕が勝てる相手じゃない!  
  戦ったことがわけじゃない。ただ本能が、これらは別次元の存在だと警告する。
  逃げ道はない。どうすればいい? 
  どうする? どうする?
  黒い人が腕を振り上げる。
  あ、人生終了した。
 「そこまでです」
  頭上から少女の声がした。
  ドサッ!
  目の前で腕を振り上げた黒い人が、地面に倒れる。
 「ケガはありませんか?」
  目の前には、高校生ぐらいの少女がいた。道着のような服装、肩まで伸びた黒髪の少女だ。 
 「は、はい」
 「和合少女日和(わごうしょうじょひより)推参!」
  どこからかハイテンションな声が響く。
 「クロ、そういうのいいから」
  彼女はあきれた声で返答する。
  あたりを見渡しても彼女の話し相手は見当たらない。声の主どこ? ひょっとして幽霊?
 「邪を貫く物、ここに」
  少女が静かにつぶやくと、彼女の右手に短刀が現れる。
  そこからはすぐだった。
  自身の二回りは大きい黒い人の攻撃を全て捌き、地面に倒す、投げる、短刀で刺す。
  気が付くと、全ての黒い人は霧となって消滅していた。
 「あの」
  エイルが謎の少女に声をかける。
 「あ、大丈夫ですか?」
 「大丈夫です。助けていただいてありがとうございました。えっと、あなたは」
 「私は……ちょっと、今は早く学校に戻ら、用事があるので」
  少女はきまりが悪そうにする。
 「学校?」
 「え、あ、えっと、連絡先渡しますね。今は時間がないので、また後で連絡お願いします。話したいことがありますから」
  彼女はエイルに紙片を手渡し、走り去っていった。
 「裕亜くーん!」
  聞き覚えのある声が響く。 
  反応するより前に、声の主はあなたに飛びかかる。
 「伊藤さん、その傷」
 「あー、やっぱり後輩は癒やされるなぁ」
  伊藤があなたに抱きつき、激しく頬ずりしてくる。あなたは引き剥がそうとするが、引き剥がせない。
  伊藤をよく見ると、衣服はところどころ破け、ケガもしている。
  ムリに引き剥がすのは止めた方がいいのかなぁ。
 「あの、急がないと」
  エイルが口を挟む。
  そうだった! 今は亜衣さんの助けを呼ばないと!
 「伊藤さん、今はそれどころじゃないんですよ!」
 「分かった。急ごう!」
  伊藤さんはすぐに離れて、あなたとエイルの手を引いて走り出した。
  伊藤さんの察しがよくて助かった。
 
 *
   
  あなたが亜衣と分かれた場所。 
  コンクリートの地面がえぐれ、近くのガードレールも凹んでいた。
 「生身の人間のクセにやるじゃねぇか」
  男は余裕そうに発言する。
 「そうか」
  亜衣も余裕そうに言い放つが、右手が不自然な方向に曲がっている。  
 「でも、右腕はもらった」
 「そうらしいな」
  亜衣は表情を変えずに返答する。
 「次は左腕をもらう」
  男は一瞬で距離を詰める。
  その時、不思議なことが起こった。  
  地面に背中をつけたのは、亜衣ではなく、殴りかかった方の男であった。しかも、亜衣は男に触れていない。
 「お前、何をした?」
 「さぁな。お前が勝手に倒れたんだろ」
  男は立ち上がり、再び亜衣に殴りかかるが、結果は同じ、亜衣に触れることすらできずに地面に倒れる。
  立ち上がりは倒れ、再び立ち上がっては転がされる。
  完全に亜衣のペースだった。
  バキッ!
  五度目の正直だった。
  男の蹴りが亜衣の腹部に命中。同時に男の喉元に亜衣の指が刺さる。
 「ガッ!」
  男は地面に倒れると同時に、亜衣を飛ばす。
  飛ばされた亜衣は地面を転がり、すぐさま立ち上がる。
  ドサッ!
  亜衣は腹部を押さえながら膝をつく。
 「油断したようだな……」
  男はふらふらと立ち上がる。
 「しくじったな」
  亜衣も腹部を押さえながら立ち上がる。
 「大した女だ。俺の蹴りを受けても骨の二、三本で済むとはな」
  亜衣は蹴りを受ける瞬間、男の喉元に自身の指を刺すと同時に後方へ飛び、蹴りの衝撃を弱めた。
  しかし、指を刺すこと、正確には相手を投げることに意識を向けていたせいで、反応が一瞬遅れた。
  結果、蹴りの威力を完全には弱めることはできなかったのだ。
 「ふぅ。それで何が言いたい?」
  亜衣は体勢を整える。彼女の闘志は死んでない。それどころか、更に増した。
  優勢のはずの男が一歩後ずさりするほどだった。
 「これほどとはな……丸腰の生身の相手に使うのは気が引けるが、仕方ない。お前に敬意を表し、全力を出そう」
  男の姿が異形のものへと変わっていく。
 
      
  to be continued
 
  
  作品名 和合少女日和 霧雨Vol44掲載
  
  浪花 日和(なにわ ひより) 15歳 女
  ごく普通の女子高生。
  ある日、クロ(後述)に出会い、和合少女日和(わごうしょうじょひより)となって戦うことになる。
  戦う相手は影人(シャドー)と呼ばれる人の恐怖を食らう怪物。
 
 
  クロ
  黒猫の姿をした生物。しゃべる。
  正体は模倣犯(コピーキャット)と呼ばれる生物。
  その能力は、一つだけどんなものでもコピーすることができ、他の生物と一体化することで、一体化した生物にその能力を使えるようにすること。
  クロがコピーしたのは『合気道』。
 
 
  和合少女日和
  日和とクロが一つになった姿。
  外見は日和が合気道の道着を身につけた姿。白い道着、黒い袴。
  変身プロセスは、クロが黒帯に変形、日和はクロが変身した黒帯を腰に巻き、「変身」と言う。
  ちなみに変身解除は、袴を脱いで、黒帯を外すこと。
  身体スペックは大幅に向上している。一軒家ぐらいならひとっ飛びで屋根に登れる。
  耐久力も、核爆弾を落とされない限りは死なないぐらいに上がっている。
  弱点は、クロがコピーした『合気道』を日和がまだ完全に使いこなせていないこと。使いこなせるようになるためには、日和は合気道の稽古をしなければならない。
 
  ――――――
 
  第六話「鉛筆の騎士と消しゴム探偵」
 
  ――――――
 
  男は懐から木の枝のようなものを取り出す。
 「なんだそれ?」
  亜衣は未知の物体を前にしても顔色一つ変えない。
 「これほどとはな……丸腰の生身の相手に使うのは気が引けるが、仕方ない。お前に敬意を表し、全力を出そう」
  男は腕に枝を刺す。すると、男の姿が異形のものへと変化していった。
  黄色のボディに、黒いしま模様、鋭い牙と爪。虎の怪人とでもいうべきだろう。
 「俗に言う変身ってやつか」
 「この姿を前にしてもまだ戦意を失わないとは……お前も変身するのであればするがいい。邪魔はしない」
 「悪いが、私はそんなものしない」
 「そうか」
  両者は身構え――。
  ブシュッ!
  血飛沫が舞った。
 
 *
 
  やっとたどり着いた。
  伊藤に手を引かれ、あなたとエイルはついに探偵がいるという場所にたどり着いた。
 『哲』と書かれた看板。食欲をそそる香りが鼻を刺激する。
  客が並んでる様子はない。好都合だ。
  勢いよく引き戸を開ける。
 「いらっしゃい!」
  威勢のいい男性の声が響く。
  厨房にいる五十ぐらいの男性のものだ。
  あの人が探偵か。なるほど。『消しゴムを弾いて人を飛ばす』などと噂が流れるのも納得できる体つきだ。
 「あの、探偵さんいますか?」
  エイルが息切れしながら訊ねる。
 「おう。そっちの用事か。硝(しょう)! お前の客だぞ!」
  男性が奥に声をかける。
 「はーい」
  厨房の奥から現れたのは、少年だった。多分歳は十代後半だろう。体格はあなたとあまり大差ない。正直、厨房の男性の方が強そうだ。
 「えっと、あなたが探偵さんですか?」
  あなたは思わず訊ねる。
 「はい。探偵の白川硝(しらかわしょう)と言います」
  白川硝……そうだ! 亜衣さんが呼べと言っていた人だ!
 「あの、実は――」
  あなたはここに来るまでの経緯を簡潔に話した。
  エイルが追われていること。
  亜衣さんにあなたを呼べと頼まれたこと。
 「なるほど。亜衣さん……分かりました。しばらくここにいてください」
  硝はあなたたちを店の奥へ案内しようとする。
 「でも、僕たちがいないと亜衣さんの場所が――」
 「亜衣さんの方便ですよ」
 「どういうことですか?」
 「そうでも言わないと、あなたたちは自分を置いて逃げてくれなかった。だから、そう言ったんですよ。あの人は――」
 「そんな……」
  僕は、ただ『逃げろ』と言われただけだったら逃げなかっただろう。でも、『助けを呼んでくれ』と言われたから逃げた。それが亜衣さんの助けになると思ったから。
  亜衣さんは今日会った見ず知らずの僕たちのために……。
  僕たちを逃がすために、そんな嘘を……。
 「大丈夫ですよ、亜衣さんなら。俺は、あの人より強い人を知りません」
  硝は少し微笑む。
 「相当信頼してるんですね」
  伊藤さんが硝に話しかける。
 「えぇ。正直言いますと、亜衣さんが勝てない相手に俺が挑んでも多分負けます」
  硝が自嘲気味に話す。
 
  
  店の奥へ案内されたあなたたちを待っていたのは一人の少女だった。硝とほぼ同年代だろうか。
 「こんにちは。広くはないですけど、自由に使ってください」
  少女はあなたたち三人を部屋へ案内する。
  畳がひかれており、真ん中にちゃぶ台、他にはテレビと押し入れがあるぐらい、そんな部屋だった。
 「ありがとうございます」
 「私は黒山露水(くろやまろみ)といいます。硝の相棒で何でも屋、じゃなくて探偵やってます」
  少女はぺこりと頭を下げる。
 「えっと、硝さんは?」
  あなたの素朴な疑問。さっきまでいたはずの少年がいつの間にかいなくなっていた。
 「すいません。硝は用事で出て行きました。それまでの間、よかったら私に話してくれませんか? 何があったかを」
  彼女はあなたに微笑みかける。
 
 
 「やっぱり行くんだな」
  厨房の男性が硝に問いかける。
 「まぁね」
  硝は振り向かない。
 「ケガすんなよ」
 「うん。行ってくる」
 「おう! 行ってこい!」
  硝はそのまま外へと走り出した。
 
 *
 
 「驚いた……」
  虎の怪人はつぶやく。
 「はぁ。はぁ」
 「まさか、この俺を前にしてまだ生きているとは」
  亜衣は地面に倒れ、周りに赤い水たまりを作っていた。
 「相変わらず口が達者なヤツだな……」
  亜衣の目は焦点があっていない。        
 「ブーメランって知っているか?」
 「そんな武器があったな。お前はブーメランを使うのか?」
  亜衣はゆっくりと立ち上がる。
  頭から、肩から、指先から血が流れ落ちる。
 「もう立つの、いや、生きることすら辛そうだな。今楽にしてやろう」
  一陣の風が吹いた。
  彼の姿を視認できた者はいない。
  それほどの超加速。彼の爪が亜衣の喉元に迫る。
  ビシャッ!
  血が舞う。
  彼の背中が血の水たまりに衝突した衝撃で。
 「がはっ!」
  コンクリートの地面に亀裂が走る。
  合気道は相手の力を利用する。つまり、相手の力が強ければ強いほど、技の威力も増す。
  亜衣はこの瞬間にかけたのだ。
  男が自身にトドメをさそうとする瞬間、相手の最大火力を利用した四方投げ。これが亜衣の逆転の一手だった。
  固めも完全に決まった。ここから男の逆転は不可能だろう。彼が人間であれば。怪人でなければ。
 「ふざけるな!」
  完全に固められたが、彼は力のごり押しで亜衣を跳ね飛ばす。
 「くっ!」
 「くそ……」
  彼は右手を押さえる。亜衣を跳ね飛ばす際、右手の筋を痛めたのだ。
  亜衣は立ち上がろうとするが、それより早く、彼の左腕が亜衣の首を掴み、持ち上げる。
 「あ、あ……」
 「やるじゃねぇか。生身でここまでとはな。本来のターゲットではないが、この実力にこの容姿、代わりにお前を持ち帰ってもあの方は喜びそうだ」
 「離……せ……」
  亜衣は腕を引き剥がそうとするが、彼と彼女の力の差は力士と赤子、勝てるわけがない。
 「しばらく寝てろ」
  男は左腕に力を込める。
 「姐さんを離せ!」
  拳が男の顔面を捉える。
  不意の一撃に思わず男は手を離す。
 「お前は何者だ」
 「この人の舎弟」
  制服を着た男子高校生、金田拳は亜衣を抱え、宣言する。
 「ケン、どうしてここに? 学校はどうした?」
 「嫌な予感がしたんで戻ってきました」
 「バカが……」
  亜衣は緊張が解けたのか、瞳を閉じた。
 「姐さんに手出してタダで済むと思ってないだろうな。虎野郎」
  ケンの目つきが変わる。
  虎の怪人は思わず、一歩下がる。
 「生身でこの迫力、すさまじいな」
  両者は拳を振り上げ、走り出した。 
 
 *
 
  KKS大学の隅、伊藤が謎の豹の襲撃に遭った場所、そこに二人の人影。
  一人はスーツを着たクセ毛の男性。もう一人はスーツを着た茶色のロングヘアーの女性。
 「ここでドンパチやってたのは間違いなさそうだ」
  男性がつぶやく。
 「そうらしいな。この爪痕からして、肉食動物の能力を持ったヤツと考えるのが自然だろうな」
  女性は壁の爪痕を眺め推測する。
 「で、どうする? ここを通ったヤツでも調べるか」
 「そうだな」
  プルルル。
  女性のスマホがなる。
 「はい。もしもし、あ、はい。……そうですか。分かりました。今から向かいます」
 「どうした?」
 「出たらしい。ここからそこまで離れていない」
 「分かった」
  二人は歩き出す。
 
 *
 
 「この街は強いヤツが多いんだな」
  虎の怪人は笑い始める。
 「そりゃどうも」
  ケンの制服はところどころ破け、皮膚も切り傷だらけ。
 「まさか、変身した俺が生身の拳でここまでダメージを食らうとは。お前やその女が変身していたら、と思うと背筋が凍――」
  ケンの拳が彼の顔を凹ませる。
 「しゃべってる間に攻撃しろよ」
  連打。ケンの拳が虎の怪人を追い詰めていく。
 「調子に乗るな」
  鮮血が舞う。
  怪人の爪がケンを切り裂く。
 「浅かったか」
 「くっ」
 「トドメだ」
  怪人の爪がケンの喉元に――。
  ドガッ!
  怪人の目に何かが命中。怪人はよろめく。
 「何だ?」
  怪人に命中した物が地面に落ちる。それは消しゴムだった。
 「この消しゴム、まさか」
  ケンが後ろを振り向く。そこには硝が立っていた。
 「よぉ、ケン、ボロボロじゃねぇか」
 「硝こそ遅かったな」
 「悪い。場所がどこか分からなくて探し回ってた」
  硝はケンに歩み寄る。
 「そうかよ」
 「亜衣さんは?」
 「寝てる」
 「そっか」
 「あとで神崎さんとこに連れてく」
 「頼む」
  硝とケンは敵を見据えながら淡々と会話を進める。
 「ほう。不意打ちで消しゴムとは、面白いな。だがこんなもので――」
  硝は怪人がしゃべり終わるより先に距離を詰める。
 「うるせぇよ」
  硝は消しゴム五個を、両手を突き出すようにして弾く。
  消しゴム拳銃弾(イレイサー・マグナム)!
 「がっ!」
  硝の一撃は怪人の腹部に命中。彼は大きく飛ばされ、膝をつく。
 「これを受けても、その程度で済むのか」
 「消しゴムなんて舐めてんじゃねぇぞ!」
  怪人は再び立ち上がる。
 「これを耐えるか。だったら――」
 「大丈夫ですか?」
  聞き覚えのない声がした。
  硝が振り向くと、大学生ぐらいの男女が走ってきた。
 「後は任せてください」
  突如現れた青年が硝の前に立つ。
 「え、あ、でも」
 「大丈夫です。七香(なのか)、この人たちをお願い」
 「分かった。志智(しち)、気をつけて」
  七香と呼ばれた女性は硝とケンを下がらせようとする。
 「俺も戦います」
 「俺も」
  硝とケンが前に出る。
 「ケンは亜衣さんを神崎先生のとこへ連れっててくれ」
 「……分かった。気をつけろよ」
  ケンは亜衣を抱え、走り去る。七香も二人について行く。
 「あの危ないので下がっててください」
  志智は硝に警告する。
 「仲間傷つけられたんで、黙って見てられないんですよ」        
  硝は志智の横に並ぶ。
 「分かりました。ですけど、巻き添え食らいそうになったら下がってくださいね」
 「分かりました。食らわないように気をつけます」
  志智は懐から、赤紫色の長方形の物体を取り出し、腰に装着する。
 「変身ベルト?」
 「そんな感じです」
  志智は硝の質問に答えながら、黒い鉛筆のようなものを取り出す。
 「今、腰につけたのは『ドライバー』っていうんです。それで、この鉛筆みたいなヤツは『ペンシル』です」
 「まんまですね」
  志智はドライバーにペンシルを刺し、一回転させる。
 「変身」
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  ドライバ-から電子音声が流れる。
  志智の体を黒いオーラが纏い、黒い鎧のような強化スーツが彼を覆う。
 「お前は変身するんだな」
  怪人がつぶやく。
 「まぁな。ところで、あなたは変身しないですよね」
  志智は怪人に応答した直後、硝に話しかける。
 「はい。そんな道具持ってないんで」
  硝は志智の質問に答える。
 「あの、危なかったら本当に下がってくださいね」
 「気遣いありがとうございます。でも、俺のことは多分大丈夫です」
 「お前ら、俺を無視するな!」
  虎の怪人が二人に飛びかける。
  グシャッ!
  志智の拳と硝が放った消しゴムが怪人の顔面を歪ませる。
 「それは悪かった」
 「これで満足か?」
  両者の攻撃を受け、怪人は地面を転がり、すぐに立ち上がる。
 「ふざけやがって……!」
 
  to be continued  
              
  作品名 Wehavelife!  霧雨Vol41掲載  番外編は43 完結編という名の打ち切りは45 43と45の間の番外編を46に掲載。
 
  白川 硝(しらかわ しょう) 17歳 男
  自称探偵、やってることは何でも屋。普段はラーメン屋『哲』で働いている。
  消しゴムを武器にして戦う。技名を心の中で叫んでいる。
  
  技  もっとありますけど、六話で使用したものだけ載せます。 
  消しゴムの弾丸(イレイサー・ストレート) 消しゴム一つを片手の指で弾く。作者の中での構えのイメージは「とある」の御坂のレールガン(多分)。一般人なら一撃で倒せる。
 
   消しゴム拳銃弾(イレイサー・マグナム) 五個の消しゴムを両手を突き出すようにして弾く。硝の技の中ではトップクラスの破壊力を誇る。作者の中でのイメージはゴムゴムのバズーカ(掌底ではなくデコピン)。
 
 
  黒山 露水(くろやま ろみ) 17歳 女
  硝の相棒。一緒に住んでいる。
  幽霊に触ったりすることができる能力、『境界壊し』を持つ。
 
 『境界壊し』 幽霊が見える、話せる、触れる。あと、露水に触れた幽霊が生身の人間に干渉できるようになったり、逆に露水に触れた人間が幽霊に干渉できるようにすることができる。両方とも効力は露水に触れている間のみ。
 
 『境界創り』境界壊しを抑える装置。電源を入れると、境界壊しを抑える。出力調整で、話せるようにするだけにすることが可能。様々な形がある。露水が一番よく使うのは、黒い腕時計型。左手につけている。
 
 
  黒山 哲(くろやま てつ) 53歳 男
  筋肉質。硝からは「おやっさん」と呼ばれている。硝と露水の育ての親。ラーメン屋『哲』を運営している。
 
 
  作品名 ただの大学生に「鉛筆使って世界を護ってくれ」って無茶ぶりだろ!  霧雨Vol47 試作品となる「鉛筆の棋士」は46掲載
 
  この作品、作者曰く、『自作の仮面ライダー』
 
  
  色崎 志智(しきざき しち) 19歳 男
  ごく普通の大学生だった。
  ひょんなことから七香と出会い、ドライバーとペンシルを使い、この世界を狙う『侵略者』と戦うことになる。
 
  変身状態
  ドライバーとペンシルを使い変身した姿。鎧を纏った騎士のような姿。使用するペンシルの色で能力が変化する。
  鉛筆状のアイテム、ペンシルは使えば使うほどすり減っていく。変身したら、それだけで何もしなくともペンシルはすり減っていく。
  ドライバーに差したペンシルを回せば、出力を上げ、強力な攻撃を放てるようになるが、その分、変身できる時間が短くなる。
  
  今回登場したペンシル
  NORMAL COLOR PENCIL 黒色の鉛筆 無属性 他のペンシルと違い、これといった特殊能力はない。その代わり、全てのペンシルの中で最も燃費がいい。(減りが遅い)
 
 
  二宮 七香(にのみや なのか) 18歳 女
  ひょんなことから志智と出会った少女。
  侵略者に追われている。理由は不明。
 
  
  ドライバー   角が取れた長方形のような形をしている。腰に当てると、ベルトのようなものが現れ、腰に装着される
  志智が使うのは赤紫色で、試作品。本来は人間が扱えるものではない。志智が扱える理由は不明。ペンシルの能力を十割引き出すことができる。
  完成品は藍色 人間でも使えるようになった反面、ペンシルの能力は試作品の七割ほどしか使えない。
 
 
 
  
  刃野 亘(じんの わたる) 26歳 男
  クセ毛が特徴。
  とある組織の一員。侵略者を目の敵にしている。高い戦闘力を誇る。
 
 
 
  長沢 紫乃(ながさわ しの) 26歳 女
  茶色のロングヘアーの女性。
  刃野の同僚。
 
  ――――――
 
  第七話「地獄からの招待状」
 
  ――――――
 
 「ごちそうさまでした」
  あなたとエイル、伊藤の三人は豚骨醤油ラーメンを食べ終える。
 「お粗末様です」
  ロミは微笑む。
 「これでいいんでしょうか」
 「何がですか?」
 「僕たちはのうのうと逃げて、それでラーメンを食べてる。そんなので」
 「大丈夫ですよ。亜衣さんはそれを望んでますよ。裕亜さんとエイルちゃんに逃げて欲しかったんです。無事でいて欲しいから残ったんです。沈んだ顔をして欲しいから残ったんじゃないんです」
 「そうだよ!」
  伊藤さんがあなたの背中を叩く。
  それもそうなのか? でも……。
 「それに、亜衣さんは無事ですよ」
 「白川さんも言ってましたね」
 「はい。硝と私が言うんですから間違いないです」
  ロミが胸を張る。
 「信じているんですね」
  エイルがつぶやく。
 「私にはそれしかできませんから」
  ロミが苦笑いする。
 「そういえば白川さん、遅いですね」
  あなたが疑問を投げかける。ひょっとしたら亜衣さんの所へ?
 「戻ってきますよ。必ず」
  ロミは微笑む。
  彼女の目を見て確信する。白川さんは亜衣さんを助けに行った。目の前の彼女は二人の無事を信じている、いや、確信している。彼女に心配はあっても不安はない。
 「ただいまー」
  硝が扉を開けて、部屋に入ってくる。
  彼の服はところどころ破けている。激闘があったことは間違いない。
 「おかえり!」
  ロミが硝に飛びつくが、彼は左手で彼女を止める。その動きは手慣れているものだった。
 「亜衣さんはケンが神崎先生のとこに連れて行ってくれた」
 「そうなんだ……」
  ロミの表情が少し曇る。
 「ま、あの人なら大丈夫だろ」
 「そうだね。でも無事でよかった」
 「助っ人がいてくれたし」
 「助っ人?」
 「あぁ。あ、裕亜さんたちにも話さないと」
  ロミは硝から離れる。硝はあなたたちの目の前に座り話し始めた。先ほどの戦いのことを。
 
 *
  
 「思ったより手強い……」
  志智と硝、二人は膝をつく。
 「ゼェ、ゼェ……」
  虎の怪人も肩で息をする。
  志智はドライバーのペンシルを一回転させる。黒いオーラが彼を覆う。
  怪人と志智が同時に動く。両者の拳が激突、大気が揺れる。
 「くっ!」
  両者は衝撃でよろける。
  硝は隙を逃さない。
  消しム散弾銃(イレイサー・ショットガン)!
  片手で二個ずつ、両手で計四個の消しゴムをコンマ数秒時間差をつけて弾く。
 「がはっ!」
 「ありがとうございます!」
  怪人が数歩退く。そこに志智はすかさず拳を打ち込む。
 「調子に乗るな!」
  怪人は爪を振り回す。
  その衝撃で志智はよろめき、硝も距離を取る。
 「やっと見えた……」
  消しゴム長距離弾(イレイサー・ライフル)!  
  硝は消しゴム一つを両手で弾く。
  しかし、それは怪人には当たらず、遠くへと飛んで行った。   
 「どこに撃ってるんだ!」
  怪人の意識が一瞬、外れた消しゴムの方に向いた。もう一人の視線も。
  この瞬間を待っていた。
  硝は数十個の消しゴムを宙にまき、連続パンチを放つ容量で弾く。
  消しゴム連弾(イレイサー・マシンガン)!
 「がぁああああ!」
 「今です!」
  志智はドライバーのペンシルを二回転させる。黒いオーラが右足に集中する。
 「これで終わりだ!」
  オーラを纏ったかかと落とし一閃!
  虎の怪人は頭から地面に衝突する。  
 「がっ」
  遂に虎の怪人が力尽きる。彼の肉体が人間のものに戻る。
 「ふぃー」
  志智はドライバーを外し、変身をとく。
 「ありがとうございました。助かりました」
 「こちらこそ助かりました。生身でめちゃぐちゃ強いですね。驚きました」
 「いえいえ、そんなことないですよ。で、どうします?」
  硝は倒れた男に視線を戻す。
 「うーん。知り合いに預けてみようかなぁと」
  志智が提案する。
 「知り合い?」
 「はい。知り合いにこういう人を預かってくれそうな人たちがいるんで」
 「そうなんですか」
  硝は知り合いについては考えないことにした。彼の知り合いにも似たようなことできる人はいるが、怪人は専門外だろう。
 「遅くなった」
  女性の声がする。
 「噂をすればってヤツですね」
  志智が返事する。
  志智の視線の先にはスーツを纏った茶髪の女性がいた。
 「コイツの身柄を預かればいいんだな?」
 「お願いします」
 「すぐに部隊を呼ぼう」
 「ありがとうございます」
  女性はすぐにスマホを取り出し、それらの話をすぐに終わらせる。
 「よし、十分後には部隊が来る。お前は帰っていいぞ」
 「ありがとうございます。そういえば、刃野さんは?」
  志智が質問をする。
 「なんで私がアイツといつも一緒にいる前提なんだ?」
 「違うんですか? 長沢さんと刃野さんはいつも一緒にいるイメージが」
  志智が首を傾げる。
  女性は大きく溜め息をつく。
 「アイツは今別行動だ」
 「向こうにいるヤツらの方へ行ってくれたんですか?」
  硝が訊ねる。
 「そうだ。気づいていたのか?」
 「はい。一応、威嚇射撃はしました」
 「そうか」
  硝が外した消しゴム長距離弾、これは目の前の怪人を狙ったものではない。この戦いを監視していた者に向かって放ったものだ。
  硝は気づいていた。この戦いが見られているということに。どこにいるかを見つけるまでに時間はかかったが。
  だから切り札を使えなかった。
  志智も気づいていた。だから黒以外の色のペンシルを使わなかった。
  プルルル。女性のスマホがなる。
 「あぁ、刃野か。そうか。ご苦労だった」
 「どうでした?」
 「逃げられたとさ。まぁ、そうだろうな」
  女性は淡々と事実を述べる。
 「そうですか……」
 「そういえば君は?」
  女性が硝に訊ねる。
 「俺は白川硝と言います。探偵です」
 「そうか。私は長沢紫乃(ながさわしの)だ。よろしく。よかったら後で君にも話を聞きたい。連絡先を教えてくれるか?」
 「分かりました」
  
 *
  
  硝が戻ってきて数分後のことであった。
  店に彼らが現れた。
 「いらっしゃい!」
  店の中には黒スーツの男たち十三名。
  厨房の男性は笑顔で接客する。彼らがエイルを追っている組織の一員であることは分かっていた。
  分かっているのが、接客する。客だからだ。
 「豚骨醤油が三、豚骨味噌が二、豚骨塩味噌醤油が三、味噌が二、激辛が三」
  黒スーツの男たちの注文。おじさんはちゃんと受ける。
  硝とロミに手伝いは頼めない。彼らは依頼人と話しているから。
 「へい! お待ち!」
  普通にラーメンを出し、彼らの食事の様子も普通の会社員のような感じだった。
  よくありそうな、営業の話。
 「ごちそうさまでした」
  男たちは一斉に席を立つ。
 「釣りはいらねぇ」
  男たちは二万円、おじさんに渡す。
 「気持ちはありがてえが、あとで精算が合わなくなるんだ」
 「そうか。それは悪かった。あとラーメン旨かった」
 「そうかい。ありがとよ」
  おじさんは、男に釣りを渡す。
 「では、本題に入らせてもらおう」
  店の空気が一変する。
 「ここでやり合おうってか?」
  おじさんの顔から笑みが消える。
 「いや、それはしない。こちらもタダでは済まないだろう」
 「賢明な判断だ」
 「で、要件は?」
 「ただの招待状だ」
 「招待状ぅ?」
  男が封筒をおじさんに手渡す。
 「詳しいことはその中に入ってる。返事は三日後にまた来る。断ればこの街を火の海にする」
  それだけ言い残し、男たちは立ち去っていった。
 
 
 「ということがあった」
  あなたたちはおじさんから状況を軽く説明してもらった。
 「なんでそのとき、呼んでくれなかったんだよ!」
  硝が抗議する。
 「お前、手負いだろ」
 「そうだけどさぁ」
 「で、この誘い受けるか?」
  招待状のことだ。
 「断ったら、街を火の海にするって」
  エイルの声が震えている。
 「行くしかないのか?」
  硝の表情も暗い。
 「絶対罠だよね」
  ロミもつぶやく。
  招待場の中身はこうであった。
  敵陣営とあなたの陣営での、地下闘技場での決闘。
  場所は後日連絡。
  日は一ヶ月後。
  ルールの詳細は後日連絡。とのこと。
  
  to be continued    
 
  作品名 Wehavelife!  霧雨Vol41掲載  番外編は43 完結編という名の打ち切りは45 43と45の間の番外編を46に掲載。
 
 
  神崎 真(かんざき まこと) 30歳 男
 『神の腕』の二つ名を持つ天才。大抵の傷は彼に頼めば治してもらえる。
  硝、ロミ、亜衣がよくお世話になっている。
  時々、会話に出てきてた神崎先生とは、彼のこと。
 
 
  硝の技 今回出た分
 
  消しゴム散弾銃(イレイサー・ショットガン) 片手で二個ずつ、計四個の消しゴムを時間差をつけて放つ。正直、この技の説明やりにくい。苦笑。
 
  消しゴムの長距離弾丸(イレイサー・ライフル) 両手で一つの消しゴムを弾く。
  
  消しゴム連弾(イレイサー・マシンガン) 宙に消しゴムを投げ、両手で連続パンチ(デコピン)を打つ感じで弾く。作者のイメージはゴムゴムのガトリング(パンチではなくてデコピン)。
 
  ――――――
 
  第八話「修行開始」
 
  ――――――
 
  緑が生い茂る山奥。日光は木々に遮られ、薄暗い空間。
  あなたはそこにいた。
 「では修行を始めるか」
  目の前のおじさん、黒山哲は宣言する。
  あぁ、どうしてこうなったのだろうか。
  話は数時間前に遡る。
 
  
 「俺がお前を鍛える!」
  ラーメン屋の店主の哲さんはみんなの前で宣伝した。
 「えっと……」
  あなたは何か言おうとするが言葉が出ない。
 「硝、ロミ、しばらくの間、店番は頼むぜ!」
  それから、あなたは連れ出され、車に乗せられ、問答無用で山奥に連れてこられた。
 
 
  自分が強くなる必要があるのは分かってる。
  どういう訳か、事件に巻き込まれて、僕も戦う必要があるのだろう。
  見ず知らずの他人のために戦う必要があるのだろうか?
  エイルという少女のために戦う必要があるのだろうか?
  どうして、伊藤さんや亜衣さんは戦ってくれたのだろうか?
 「どうした? どうして自分が鍛えなきゃならないんだ? って顔してるな」
  哲さんが問う。
 「あ、いや……」
 「そうだよな。いきなり訳分からんことに巻き込まれて、急に変なおっさんに特訓とか言われて――」
 「ほんまそれですよ。訳わかんないですよ」
  あー、そうだ。街を歩いてたらいきなり少女にぶつかって、訳わかんないヤツに命狙われて、変態に助けられて、また襲われて、助けられて。日常返せ!
 「で、どうする? 逃げるか?」
 「鍛えてください」
 「どうしてだ?」
  どうして? あー、ほんと嫌になりそう。っていうかなってる。でも――。
 「助けを求めてる女の子がいるから。それだけです」
 「よく言った! じゃあ、一ヶ月で鍛え上げてやる!」
 「お願いします!」
  二人の声が森中に響き渡った。
 
 *
  
  空が赤くなった時のことだった。
  哲が離れ、硝とロミが店番をしていたら、二人、いや、一人と一匹の客が訪れた。女子高生と黒猫。
 「いらっしゃいませー」
 「こんにちは」
  少女の声を聞いたエイルが奥から出てくる。
 「あ、こんにちは」
 「先ほどは助けていただいてありがとうございました」
  エイルが頭を下げる。
 「いえいえ。それより、分かるんですね」
 「え?」
 「私、さっきと違ってメガネかけてるんですけど」
  少女はメガネをクイっとする。
 「分かりますよ」
 「やっぱり、メガネで変装はムリがあると思いますよ-」
  黒猫が口を挟む。
 「しゃべる猫なんて珍しいですね」
  エイルが微笑む。
 「あれ? あんまり驚かないんですか?」
 「え? どうしてですか?」
  エイルは首を傾げる。色々ありすぎて、彼女の頭は麻痺していた。猫がしゃべるという普通ならば驚くはずのことも、彼女にとっては取るに足らないことになっていた。
 「あ、よかったらこちらにどうぞ」
  ロミが少女を席に案内する。
 「あ、ありがとうございます」
  少女は席に着き、向かい側にエイルが座る。
 「えっと、私はエイルって言います」
 「エイルちゃんですね。私は浪花日和(なにわひより)と言います。この黒猫はクロって言うんです」
 「よろしくお願いしまーす」
  クロは陽気な声で挨拶する。
 「もしよかったら聞かせてください。エイルさんは何に巻き込まれているのか」
  日和は優しく訊ねた。
 
 *
  
  そこは大きめの病院だった。志智は七香から連絡を受けた病室の前に立つ。
 「失礼します」
  志智はゆっくりと扉を開ける。
 「わざわざありがとうございます」
  病室にいたケンは頭を下げる。 
 「あの、彼女は?」
 「あぁ、私か?」
  呼ばれた彼女、亜衣はベッドの上から返事をする。頭に包帯を巻き、右腕をギプスで固定している。
 「えっと……」
 「私なら大丈夫です。一週間あれば治ります」
 「そうなんですか」
  一週間で治るケガには見えないのだが、とは志智は口には出さなかった。
 「あの、七香は?」
 「えっと、彼女ですか?」
  ケンはベッドの隅に視線を向ける。そこには亜衣さんの足下で寝ている少女がいた。
 「あ、すいません」
  志智が頭を下げる。
 「大丈夫ですよ。悪い気はしませんから」
  亜衣は微笑む。
 「あ、ありがとうございます。あの、よかったら話を聞かせてもらえませんか? 何が起きているのか」
 「はい。私が知ってる範囲でよければ」
  亜衣はゆっくりと語り始めた、何が起きたのかを。
 
 *
  
  陽が落ちた後、伊藤は一人で考える。
  あの人は誰だったんだろう?
  キレイな青い髪の女性。水輝渚って名乗ってたけど。
  さっき、ロミさんにそのこと話したら、
 「え! 水輝渚ってあの水輝渚ですか! 私、ファンなんですよ!」
  って言ってたけど。
  連絡先はもらっていたから、とりあえず連絡したら。
 「そう。分かったわ。じゃあ、今から言う場所に来て」
  と、素っ気なく、待ち合わせの場所と時間を指定された。
  で、このマンション何?
  伊藤がいたのは、高層マンションの入り口前。
  家賃が高そうなマンション。 
  とりあえず、言われた十分前に到着したけど、何かすることは……ないな。
  近くに敵の気配もないし。人通り少ないし――。
  伊藤の目つきが鋭くなる。
  この匂い……間違いない! 南南西一キロ三十メートル、愛しの後輩の一人、あーちゃんがいる! この感じは部活帰りかな? 頭撫でに行きたいなぁ、ぎゅーってしたいなぁ。ってダメだ。やることあるんだ。ガマンガマン。
 「待たせたわね」
  素っ気ない女性の声。
  目の前には、黒い帽子、黒いブーツ、サングラスを身につけ、黒い長袖の服で腕を隠した女性がいた。
  青い髪は帽子で隠れているが、声で分かる。水輝渚だ。
 「こんばんは」
 「こんばんは。よだれなんて垂らしてどうしたの?」
  よだれ? さっき、あーちゃんのこと考えてたから、つい……。
 「あ、いえ、なんでもないです!」
 「そう、私がおいしそうに見えたのかと思ったわ」
 「いえ、自分、後輩以外をおいしそうとは思わないんで大丈夫です! 安心してください!」 
 「大丈夫な要素が見つからないのだけど」
  渚は一歩退いた。
 
 *
 
  木々に光が差し込む。
 「う、うぅ」
  あんたはゆっくりと目を開けた。見慣れない空間。なんか身動きが取りづらい。
  あなたは黒い寝袋に入っていた。
  いつの間に? 昨日、特訓の最中に倒れて――。
 「起きたか?」
  哲さんが外から声をかけてくる。ここは、テントの中か。
 「おはようございます」
  あなたはゆっくりとテントの中から出る。
 「よし、まずは飯を食え! 特訓はそれからだ!」
  哲がくれた朝食を腹の中へ入れ、軽く体を動かす。
 「えっと、今日のメニューはなんでしょう? 腕立て千回ですか?」
 「いや、戦いまくってもらう」
  哲さんがさらりと言う。
 「戦うって、誰とですか?」
 「俺と、これから来るコーチたちだ。おっ、来たようだ」
  哲さんの視線の先には三人いた。高校生ぐらいの人が三人、男子一人、女子二人。男子はこの前会った。確か、金田拳でしたっけ。
 「哲さん、ご指名ありがとうございます!」
  男子が手を振りながら挨拶する。
 「おう! ケンも来てくれてありがとうな。亜衣ちゃんはどうだ?」
 「姐さんは順調に回復してますよ。一週間もすれば治るみたいです」
 「そうか。相変わらず回復が早いなぁ」
  哲はケンの背中をバンバンと叩く。
 「さすが、姐さんですよね」
 「お前も結構ケガしたって聞いてたんだが、もう回復したのか?」
 「はい! 俺はそれだけが取り柄ですから」
 「謙遜すんなって」
 「あのー」
  あなたはおそるおそる口を挟む。
 「あぁ、そうだった、この二人とは初対面だったっけな。まずは自己紹介からだ! おい、裕亜君に挨拶だ」
  哲が女子二人に声をかける。 
 「森田良子と言います」
  髪の長い女子が頭を下げる。
 「木山春香です。よろしくお願いします」
  ショートカットの女子も頭を下げる。
 「もう会ってるけど、金田拳です」
 「哲さんから聞いてるかもしれないですけど、裕亜阿奈太です」
 「よし、自己紹介もすんだところで、さっそく特訓に入るぞ!」
  哲が声を上げる。
 「よろしくお願いします! で、何をしたらいいんでしょうか?」
 「今日から三週間、ひたすらこの三人と戦ってもらう」
  哲がとんでもないことを言い始めた。
  え? 何言ってるんだこの人?
  あなたの思考が一瞬ストップする。
 「えっと」
  質問しようとしたが止まった。
  三人はもう臨戦態勢に入っていた。
  森田は木刀、木山は二丁のエアガン、ケンは拳を構えている。戦うというのは言葉通りだろう。
 「よし、俺が止めと言うまで戦ってくれ。戦いまでに徹底的に実戦経験を積ませる」
  哲さんはこう言っている。やるしかない。
 「お願いします!」
  あなたは拳を握る。   
 
  to be continued
 
 
  作品名 Wehavelife!  霧雨Vol41掲載  番外編は43 完結編という名の打ち切りは45 43と45の間の番外編を46に掲載。
 
 
  森田 良子(もりた りょうこ) 17歳 女
  元々は高一の頃 書いた台本のキャラ。以前紹介した神崎真も実は同じ。
  台本時は、昏睡状態で病院に運び込まれたキャラということで、台詞はなく、どんな人なのかも詳しいことは分かっていなかった。
  色々あって目覚めて、なんやかんやで硝と対峙することになったりした。
  今は味方。木刀を使用して戦う。使った木刀は折られる。
  硝の消しゴム技を耐えたり、見切ったりと戦闘センスはかなり高い。
 
  木山 春香(きやま はるか)17歳 女
  森田の親友。
  改造エアガンを使用して戦う。戦闘力は森田とほぼ互角。
  ピッキングやハッキングが得意。
  
 
  余談だが、森田と木山は相当強いはずなのに、相手が悪すぎたせいであんまり強いイメージがないキャラである。
  森田 初登場時(霧雨Vol41)の相手が「消しゴムを指で弾いただけで人を飛ばせる主人公」という。そこそこ善戦するけど、最後は木刀折られてるし。ってか消しゴムで木刀を折れる硝が強すぎるだけのような。
  木山 森田と共に霧雨Vol45に登場、味方として戦うが、相手が「一度見た技を使えるようになる×痛覚麻痺×異常執念×タフ×死にかければ死にかけるほど強くなる」とかいうヤツで、森田と一緒にほとんど一方的に押される。まぁ、その敵は、硝&ケン&亜衣&森田&木山の五人がかりでようやく勝てた化け物でしたし、仕方ないですよね。
  要するに噛ませ犬になっているのだ。
 
 
  あーちゃん どの物語にも登場していない。伊藤の後輩。
 
  ――――――
  
  第九話「裕亜阿奈太復活!」
 
  ――――――
  
  あなたの修行が始まって三日後のことだった。
  敵から試合のルールが説明された。
 
  一 両方の陣営 代表七人ずつによる戦い。
  二 一対一を七試合行う。
  三 七試合終え、勝利数の多い陣営の勝利。
  四  すでに勝負が決まっても(どちらかが先に四勝しても)、七試合目まで行う。 
  五 七試合全ての試合に選手を出せなかった場合 例え六勝していたとしても負けとなる。
  六 武器の使用はアリ。
  七 対戦相手を死なせた場合、その試合は死なせた側の黒星になる。
  八 勝利条件は 相手に降参宣言させること 相手が倒れて、十秒以上立ち上がらなかった時 相手を場外に落とすこと(詳細は後日)
  九 対戦相手以外を負傷させることがあれば、その試合は負傷させた側の黒星となる。
 
  とのこと。
  いくつか気になることはあるが、今は修行だ。
  あなたは修行の合間、哲から情報をもらっていた。
  交渉の末、水輝渚、浪花日和、色崎志智が協力してくれることになったということ。
  水輝渚、色崎志智は知り合いに敵陣営のことを調査してくれるように頼んだということ。
  色々あった。
  過酷な修行だった。
  ひたすら戦った。
  
  四週間後、試合の前々日、あなたの身体は限界を迎えた。
  過酷な修行による酷使。身体は悲鳴を上げ、力尽きた。
 「ついに来たか」
  哲はつぶやく。
  あなたはもう指一本動かせない。
 「す……すいま……」
 「これを待っていた」
  哲はそう言うと、あなたの全身に打撃を加える。
 「ガァアアアア!」
  痛みであなたはのたうち回る。
  痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ってあれ?
  のたうち回ることができた。さっきまで動けなかったのに。
 「何を……」
 「ツボ押しだ。今、裕亜さんの全身のツボを押しまくっただけだ」
 「あ、ありがとうございます」
  なんて技術だ。
 「じゃ、飯の時間だ」
  哲はそう言い、あなたの目の前にラーメンを並べる。
  二十人前はあるであろうラーメン。醤油、塩、豚骨、味噌等々、種類は豊富だ。
 「食うんだ」
 「哲さんって、本当優しいんですね」
  哲の頬が赤くなる。
 「食うんだ……!」
  咳払いし、哲は再び指示を出す。
  あなたは手を合わせ、ラーメンを一口すする。
 「うんめぇ!」
  あんたは思わず歓喜し、そのままガツガツを食事をする。
  その勢いは止まることなく、二十人前はあった量のラーメンがあなたの腹の中へと消えた。
 「食ったぁ」
  あなたのお腹はパンパンに膨れる。
 「デザートだ」
  哲はあなたの前にバケツを置く。その中には茶色の液体が入っていた。
 「それは?」
 「炭酸抜きコーラだ。十リットルある。さらにコイツを混ぜる。砂糖四キロ」
  哲は砂糖を出し、バケツの中に入れ、手で混ぜ始める。
 「汚いですよ」
 「本来はデンプンやタンパク質が望ましいんだがな、時間がない」
  あなたは目の前の液体を眺める。
 「十四キロの炭酸抜きコーラ……」
 「奇跡が起こる」
  あなたはバケツに口をつけ、液体を一気飲みした。
 「うっ」
  あなたの身体から蒸気が出てきた。
 
  戦闘による戦闘……もはや破壊し尽くされたあなたの細胞たち……彼らは復讐を誓っていた。次なる戦闘に対する復讐……!
  そして今、エネルギー源である糖分を大量に摂取することにより、あなたの身体に超回復が起きようとしていた!
  
  今日、あなたの修行場にエイルが訪れることになっていた。もちろん、硝の護衛がありで。
 「ここ湿っぽいですね」
  あなたの近くまで来たエイルがつぶやく。
 「近いですね」
  硝もつぶやく。硝は湿っぽい理由は分かっていた。昔、自分もやったからだ。
 「あ、哲さん」
  エイルが哲を見つけ、声をかける。
 「し、静かに。目覚めだ」
  哲が小さく注意を促す。彼の視線の先には、眠っているあなたがいた。あなたの身体からは蒸気が出ている。
 「ん……」
  あなたはゆっくりと目を開き――。
  バッ!
  勢いよく立ち上がった。
  身体が軽い!
 「復活!」
  哲が突然叫ぶ。しかも止まらない。
 「裕亜阿奈太復活! 裕亜阿奈太復活! 裕亜阿奈太復活!」
 「してぇ……戦闘してぇ!」
  あなたは静かに微笑んだ。
 
  to be continued 
  
 
  こちらの代表の七人
 
 
  裕亜 阿奈太(ゆうあ あなた)
  主人公。あなた。
 
  白川 硝(しらかわ しょう)
  消しゴムを使って戦う
 
  綺堂 亜衣(きどう あい)
  合気道を使う女性
 
  伊藤 薫(いとう かおる)
  後輩が好きすぎる変態
 
  浪花 日和(なにわ ひより)
  和合少女。合気道使う。
 
  色崎 志智(しきざき しち)
  ペンシル と ドライバー を使って変身する。仮面ライダーみたいな感じ。
 
  水輝 渚(みずき なぎさ)
  スタァ
 
  ――――――
  
  第十話「試合開始」
 
  ――――――
 
  決戦当日。
 「こんなところなんですね」
  あなたは思わず声をもらす。
  あなたたちが訪れた場所は都会のビルだった。
  なんの変哲もない。都会だったらいくらでもある特に映えないビル。
 「こちらです」
  入り口まで来たら、スーツの男が現れた。
  見ただけで分かった。そこそこ強い。
  男の案内で地下へ案内される。
  地下十三階の闘技場。そこは異次元の世界だった。
  こんな光景、漫画でしか見たことねぇよ。
  だだっ広い、空間。中心には運動場ぐらいの大きさの闘技場。それを囲むように客席が存在している。
  客席と闘技場の間には大きな溝があり、底が見えない。
  自分たちは客席とは違う場所。闘技者控え室とでも言うべき場所だろうか。客席にめり込んだ部屋とでも言えば伝わるだろうか。
  自分たちの反対の場所には、敵のチームがいる。ここから中までは見えない。
  客席はガラスのようなもので覆われている。
 「みなさん! 本日はお集まりいただき、ありがとうございます! 客席に二千人も集まってくださって、私も嬉しいです!」  
  アナウンスが鳴り響く。
 「二千人か……」
  亜衣が小さくつぶやく。
 「たったの二千人。まぁいいわ。どんな場所でも輝くのがスタァというもの」
  渚も乗り気だ。
 「えぇ、ではルールの説明です!」
  ルールを要約すると、
  一 両方の陣営 代表七人ずつによる戦い。
  二 一対一を七試合行う。
  三 七試合終え、勝利数の多い陣営の勝利。
  四  すでに勝負が決まっても(どちらかが先に四勝しても)、七試合目まで行う。 
  五 七試合全ての試合に選手を出せなかった場合 例え六勝していたとしても負けとなる。
  六 武器の使用はアリ。
  七 対戦相手を死なせた場合、その試合は死なせた側の黒星になる。
  八 勝利条件は 相手に降参宣言させること 相手が倒れて、十秒以上立ち上がらなかった時 相手を場外に落とすこと。場外判定は、闘技場と客席の間に存在する溝の地面(安全のためネットを張っている)に身体の一部がついた時。
  九 対戦相手以外を負傷させることがあれば、その試合は負傷させた側の黒星となる。
  ということだ。以前の説明とほとんど変わらない。強いて言うなら、場外判定の説明が入ったぐらいか。
  闘技場からはみ出たら、ではなく、地面についたらか。
 「誰から行きましょう」
  硝が口を開く。
  ここにいるメンバーは
  闘技者は
  白川硝
  綺堂亜衣
  水輝渚
  浪花日和
  色崎志智
  伊藤薫
  あなた の七人。
  闘技者でないのは
  二宮七香
  金田拳
  黒山露水
  エイル の四人。
  さてと、闘技者、誰から行くべきか。
 「私が出る」
  凜とした声と共に階段へ一歩、踏み出したのは――。
 「姐さん」
 「おぉっと、挑戦者チーム先鋒は綺堂亜衣(きどうあい)だぁ!」
  アナウンスが闘技場に響き渡る。
 「こちらの名前は向こうにもバレてるというわけか」
  亜衣の目つきがより鋭くなる。
  
 *
 
 「ほう、綺堂亜衣か」
  男がつぶやく。
 「俺に行かせろ」
  黒いウェットスーツのようなもので身を纏った男が宣言する。
 「頼んだぞ」
 
 *
  
  相手側の階段から一人の男が現れる。
 「大世界チーム先鋒は紅野炎司(こうのえんじ)だぁ!」
  黒いウェットスーツで頭まで纏い、ガスマスクのようなものを身につけており、顔が見えない。それと同じぐらい目立つのが――
 「なんだそれ?」
  ガタン! ガタン!
  男は自身の身長と同じぐらいの大きさの黒い箱を引きずっていた。
 「今度こそお前を倒すための奥の手だよ」
 「今度こそ? お前みたいなヤツ知らないぞ」
  紅野炎司なんて名前聞いたことない。
 「そうか、だったら思い出させてやるよ」
  男は箱からビール瓶のようなものを取り出した。
 「まだ開始のゴングなってないぞ」
 「いいんだよ。準備だ」
  炎司は瓶の液体を自身の体に振りかけた。一本かけたと思ったら、二本目を取り出し、またかける。
 「勝利の美酒か? 浴びるの早くないか?」
 「忘れたんなら思い出させてやるよ」
  液体を身に纏った男はライターを取り出し、自身に火をつけた。
  火は一瞬で男を纏った。男の姿はファイヤーマンとでも言うべきだろうか。
 「あぁ、なんかいたなぁ。こんなヤツ」
  炎司は以前、亜衣と戦い負けたことがあるのだ。
 「そうだ。お前に負けた時からお前を潰すことだけを考えてきた。今度こそお前を潰す!」
 「吠えるのは勝手だが、大道芸ごときで私を倒せると思うな」
 「その余裕、すぐに終わらせてやるよ」
 「第一試合を開始する! 両者、構えて!」
  司会の声が響く。
  二人は口を閉じ身構える。
 「始め!」    
  開始のゴングが鳴り響く!
  開始直後、炎司は箱から野球ボールのような黒い球を取り出した。
  何だあれ?
 「すぐに死ぬなよ」
  男は亜衣に黒い球を投げつける。亜衣は何なく躱すが――。
  ドオォン!
  亜衣の足下に落ちた球は爆発した。爆風が亜衣を包む。
 「爆弾か」
  亜衣は受け身を取り、立ち上がる。
 「体に纏った炎で着火しているのか」
 「そうだ。これでも俺を大道芸だと言えるか?」
  亜衣の眼前に十個近くの爆弾が舞う。
  ドドドドドドドドドド!
  全ての爆弾が爆発、爆風が亜衣を包み込み、砂埃が舞う。
 「はははははは! どーだ! これが俺の奥の手だ! これでも俺を大道芸だと言えるか? お前なんか敵じゃねぇんだよ!」
  炎司の笑い声が闘技場に響く。
 「なるほどな。思ったよりやるじゃないか」
 「へぇ、まだ意識があるのか」
 「でも、やっぱり大道芸だな」
  砂埃が晴れ、現れた亜衣は、服に汚れはあるものの、ほぼ無傷だった。
 「言うじゃねぇか」
  炎司の声は明らかにイラついていた。
 
  to be continued
 
 
  作品名 Wehavelife!  霧雨Vol41掲載  番外編は43 完結編という名の打ち切りは45 43と45の間の番外編を46に掲載。
  
  綺堂 亜衣(きどう あい) 22歳 女
  霧雨 41 43 45で登場。43では主役、45では実質の主人公をしている。というか主人公より主人公してる気がする。
  普段は白い長袖の服、黒いロングスカートを身に纏っている。右目を前髪で隠している。作中(というかそう作の小説のキャラ)屈指の巨乳キャラ。(現段階では唯一のような)
  身体スペックは劇中最弱クラス(というか非戦闘員より下)だが、合気道を使うことによって、対人の近接戦闘においては劇中最強クラスの戦闘力を誇る。
  ちなみに作者お気に入りのキャラ。
 
 
  霧雨Vol43 それが私にできる唯一の に登場。
 
  紅野 炎司(こうの えんじ) 男 22歳
  上記の作品で亜衣と激突。炎を身体に纏うことで、「触れることができない相手」として亜衣を苦戦させた、かのように見えたが、亜衣の「触れずに投げる」により圧倒される。奥の手を出そうとするも、その前に身体を纏う炎が消え、そのすきに四方投げを受け、倒される。
  亜衣が強すぎたせいで弱いように感じるが、「触れずに投げる」は、ド素人にはかからない。あと、コンクリートの地面に何度も投げられても戦闘続行できた時点でそこそこ耐久力がある。
  よーするに結構強い。相手&作者の見せ方が悪すぎたせいで、雑魚に見えたキャラ。
  試合前に自身にかけた液体は着火剤のようなもの。ウェットスーツは火傷防止のため。炎の熱は精神力で耐えている。
 
 ――――――
 
  第十一話「大道芸」
 
  ――――――
 
 「さすが姐さんだぜ!」
  ケンが目を輝かせる。
 「でも、あれだけの爆発をどうやって?」
  エイルが疑問を口にする。
 「同時じゃないのよ」
  疑問に答えたのは渚だ。
 「同時じゃないって?」
 「あの炎司、ってヤツは体についた炎で爆弾に着火してる。でも、あれだけの爆弾、同時に着火はできない。急いでも全てが爆発するまでラグがあるわ」
 「ラグがあるからって」
 「えぇ。彼女は爆発の直前、爆風の方向に受け身をとることでダメージを最小限にしている。複数個の場合はラグを利用して一つ一つの爆風に合わせて受け身をとることでダメージを最小限にしているのよ」
 「そんなことできるんですか?」
  エイルのごもっともな質問。
 「完璧に爆発のタイミングの見極める能力、反射神経、受け身の精度と速さがないとアウトね」
 「亜衣さんすごーい」
  冷静に分析した渚の横で、みぎわがのほほんと賞賛する。
   
 *
  
  全ての爆破を回避し続ける亜衣。しかし、ダメージを完全にゼロにできるわけではない。
 「おおっと。ちなみに俺の炎が消えるのを待っても無駄だぜ。今の俺の着火剤は以前より高性能で、三十分は持つ。それまで逃げ切れるか?」
  再び爆破。
 「三十分続く大道芸か」
  さすがの亜衣も三十分は逃げ切れない。いや、逃げ切れたとしても、その頃にはかなりのダメージがたまっている。
  なんとかして距離を詰めたいが、亜衣を近づけないように投げている。下手に近づこうとすれば、爆風が直撃する。
 「三十分もいらねぇけどな!」
  更に爆弾を投げる炎司。全てを躱す亜衣。しばらく続くと思われた均衡はすぐに崩れた。
  亜衣が膝をついた。
  体が重い。目が痛い。やられたか……。
 「はは! この爆弾はただの爆弾じゃねぇ! この爆弾の爆風にはなぁ、催涙と麻酔効果のある成分があるんだよ! ただ躱してもお前は少しずつそのガスを吸ってしまうってわけだ! しかも、俺は防護用のマスクがあるからなぁ! 痛くもかゆくもないってわけよ!」
  炎司は勝ち誇ったかのように叫ぶ。
 「くそ……」
  八個の爆弾が亜衣を囲むように投げられる。
 「円陣爆(えんじんばく)!」
  爆発が亜衣を囲む。
  三六〇度からの爆風、逃げ道はない。
  砂埃が舞い、亜衣の姿が隠れる。
 「こんなんでは終わらねぇよなぁ!」
  炎司は十個の爆弾を横一列に投げ、追い打ちをかける。
 「横薙爆裂(よこなぎばくれつ)!」
  爆風が周囲を巻き込む。砂埃が更に舞う。この場で亜衣の姿を視認できる者はいなかった。          
 「勝った。そうだ。俺に刃向かうからだ! はははは! ザマァ見ろ!」 
  炎司は勝ちを確信し、歓喜する。
  この場で亜衣の勝利を信じた者はいなかった。亜衣と共に戦ってきた者を除いては。
 「そうか。この程度で済むのか」
  砂埃の中から声がする。
  炎司は動揺を隠せなかった。
 「なんだと! バカな! ありえない! あれだけの爆発をどうやって――」 
 「催涙? 目をつむればいい。麻酔? 眠気を覚ますために何かしたらいい」
  砂埃がはれ、亜衣の姿が現れる。服は所々が焦げ、穴が空いている。空いた穴から傷跡が見える。全ての穴から古傷が。
 「それで、催涙と麻酔は耐えれても、あの爆風を耐えれる訳がない!」
 「あの程度で私を倒せると思っているのか? あんな大道芸で」
  亜衣は凜と言い放つ。
  全ての爆発をもろに受けていたら、亜衣は耐えれなかっただろう。爆弾は全てが同時に爆発するわけではない。全てが同時に着火されたわけではないから。それは円状に囲まれても同じこと。最も自身が受ける爆風が少なくなるように動き、ダメージを最小限にしたのだ。
 「ふざけるな!」
  炎司は爆弾を回転しながら数十個投げる。投げられた爆弾は竜巻のように舞い、亜衣に迫る。
 「爆龍舞(ばくりゅうまい)!」
 「野球マンガの魔球みたいだな」
  爆風が亜衣を包む。
 「これでもまだ大道芸と言うか!」
 「あぁ、大道芸だ」
  亜衣は一気に距離を詰める。爆弾を使えば、炎司も爆風に巻き込まれる距離だ。
 「テメェの攻撃なんて痛くもかゆくもねぇんだよ!」
  炎司は拳を振りかざす。
  炎を纏った身体、亜衣は触れずに投げようとするが――。
 「なっ」
  炎司の拳が亜衣の頬をかすめ、亜衣の指先が炎司の喉元に炸裂。
 「くっ」
  亜衣は炎司を地面に倒す。
  炎司は地面に背中を強打するが、即座に立ち上がる。
 「テメェのその攻撃は見切ってんだよ! その技は捨て身の特攻をすれば破れるってなぁ!」
  炎司はすぐさま拳を振りかざす。
  ビュン! 
  拳が亜衣の服を掠め、彼が纏っている炎が服に燃え移る。
 「くそっ!」
  亜衣は服を脱ぎ捨て、火によるダメージを最小限に減らす。
  服を捨てた彼女の身体は傷だらけだった。 切り傷、擦り傷、打撲痕、火傷、目立たない小さなものから、遠目でも分かるぐらい目立つものまで様々な傷が。
  さすがの炎司も少し動揺する。
 「なんだその身体の傷は?」
 「答える必要はない」
 「はっ! だが、これで分かっただろ?  投げようとして掴んでも、触れずに投げようとしても、俺の炎でお前もダメージを負うってなぁ! お前のひょろい身体のキックやパンチは痛くなさそうだしなぁ。俺の勝ちだなぁ! 降参するってなら今までのこと許してやってもいいがなぁ!」
  亜衣は返事せず、ゆっくりと炎司に近づく。
 「はっ! なんだ? 何をするんだ? 今言ったとおり俺には何をしても、がはっ!」
  亜衣の一撃により、炎司は吐血した。
  
 
  to be continued           
 
 
  綺堂亜衣の古傷について。
 
  詳細は霧雨Vol45掲載の「Wehavelife! あい」にて。
  幼い頃、父親の虐待によって生まれた傷。
  普段は長袖の服を着るなどして、傷跡を隠している。夏場でも長袖を着ている。ちなみに普段隠している右目にも傷がある。そこには絆創膏をはっているが。
 
  ――――――
 
  第十二話「やけくそ」
 
  ――――――
 
 「がは……」
  炎司は地面に膝をつく。
 「まさかこれを使うことになるとはな」
 「テメェ、何をしやがった!」
 「答える必要はない」
 「ふざけるな!」
  炎司は再び拳を握り、立ち上がるが――。
  ドン!
  炎司の視界が反転する。
 「がっ……」
  亜衣は触れることなく炎司を投げたのだ。
 「この技はもう効かないんじゃなかったのか?」
 「……ざけんな! ふざけんな!」
  炎司は再び立ち上がり、突撃する。何も考えていない。今までよりも速く、鋭い拳だった。
 「特別だ」
  亜衣はその拳をなんなく捌き、力の方向を導く。手は軽く添えるだけ。 
  炎司の拳の勢いをそのまま、彼に返す。   
  ドン!
  四方投げ。
 「がはっ!」
  炎司が背中から勢いよく落とされた衝撃で、砂埃が舞う。
  倒れた炎司はピクリとも動かない。
 
 *    
 
  炎司陣営の控え室の選手たち。彼らは亜衣の技を分析していた。
 「寸勁か……」
  一人の男がつぶやく。
 「寸勁だと?」
 「そうだ」
  寸勁、最小動作から大きな威力を出す技である。
 「しかし、寸勁でも、あの体格差であれほどのダメージは――」
 「あぁ。普通なら考えられない。しかし、実際に起きている。技術、それに、炎を纏っているアイツに寸勁をする勇気、炎に耐えながら四方投げをかけきる精神力、綺堂亜衣、恐るべき相手だ」 
 
 *
 
  カウントが数え上げられる。十秒立ち上がれなければ敗退。
 「まだ……だ!」
  カウントが七の段階で、炎司はゆっくりと立ち上がった。
 「しぶといな」
  亜衣は炎司を見据える。 
  もう、勝敗は明白だった。この場にいる全員が亜衣の勝利を確信していた、炎司も含めて。
 「勝てない? それがどうした?」
  炎司はふらふらと歩き出す、亜衣に背中を向けて。
 「どうした? 自分から場外に――」
  亜衣は目を見開き、即座に動き出す。気づいたのだ。炎司が何をしようとしているかに。
  炎司は爆弾が入った箱に手をかける。
 「あぁ。勝てねぇよ。だから――」
  炎司は箱をひっくり返す。
  百個は超えるであろう爆弾が彼らの目の前に。うち数個に火がつく。
 「お前――」
 「連鎖爆発だぁ! 一緒に楽しもうぜ!」
  ドドドド!
  百を超える全ての爆弾が爆発。爆風が二人を飲み込んだ。
 
   to be continued
 
  ――――――
 
  第十三話「第二試合開始」
 
  ――――――
  
 「姐さん!」
  ケンが声を荒げる。
  それはそうだ。亜衣は、一個でもまともに受ければタダじゃすまない爆発、それを数百個分を至近距離で受けたのだ。心配しない方がおかしい。
 「大丈夫だ」
  硝がつぶやく。
 「硝……!」
 「あの人が大丈夫じゃない訳がない」
  そう言う硝の顔は険しかった。ケンに言っているというより、自分に言い聞かせているようだった。
 「そうだよな」
  ケンも自分に言い聞かせる。
  闘技場の砂埃がはれる。彼らの視界に入ったものは……。
 
 *
  
  砂埃がはれ、両者の姿が現われる。 
  両者は立っていた。
  亜衣は髪が乱れ、黒いロングスカートが所々破け、白いブラにも焦げ目がついている。
  炎司は全身を纏っていた炎が消えていた。爆風で燃やすのに使っていた液体が飛ばされたのだろう。
 「くそくそくそくそ! どうしてだ? ここまでやったのに、なんでお前は立ち上がれるんだ!」
  炎司は拳を握り、歩き出す。 
 「自爆か……大した大道……取り消してやることも考えておくか」
 「この上から目線が……」
  炎司の拳が亜衣に炸裂。
  しかし、その拳に力は入っていなかった。
  ドサッ。
  炎司はそのまま力尽きて倒れた。
 「勝負あり! 勝者! 綺堂亜衣!」
  アナウンスが響きわたった。
 「思ったより手強かったな……」
  亜衣は控え室に戻ろうと歩き出すが、よろめく。
  ガシッ!
 「姐さん!」
  控え室から飛び出してきたケンが、亜衣の身体を支える。
 「ケンか……ありがとな」
 「さすが姐さんです。あの爆発に耐えるなんて」
 「いや、後ろへ飛んで受け身とって、その勢いで立ち上がっただけだ。それでギリギリなんとかなった。仮にアイツにまだ戦闘するほどの余力が残っていたら、私の負けだったかもしれない」 
 「その受け身ができるのがスゴいと思うんですけど」
 
 *
 
  一方、敵側の控え室では。
 「炎司は敗れたか」
 「アイツは我々の中では最弱。負けて当然」
 「っていうか、なんであんな雑魚雇ったんですかね」
 「候補の中では強い部類だったからだそうだ」
 「ふーん。確かに、派手さは俺らの中では上の部類ですよね。爆発や炎カッコいいですし」
 
 *
 
  控え室の椅子の上に亜衣を寝かせる。ケンは自身の上着を彼女に被せる。
 「ありがとな」
  亜衣はぐったりとしていた。
 「第二試合、誰が行きます?」
  あなたは質問する。
 「私が行くわ」
  前へ進んだのは渚だった。
 「あ、渚ちゃん」
  みぎわも渚に続く。
 「UNITE」
  渚はつぶやく。すると、みぎわがペンギンのパーカーになり、渚に被さる。
  頭にかかったペンギンパーカーのフードを脱ぎ、闘技場へ足を踏み入れた。
 「第二試合 挑戦者チームは水輝渚だぁ!」
  アナウンスが響く。
 「相変わらず品のない司会ね」
  渚はつぶやき、前を見すえる。
  現れたのは大男だった。渚より二回りは大きい。
 「UNITE」
  男がつぶやくと、彼の足下からタコが現れ、彼に纏わり付く。
 「何あれ?」
  タコが纏わり融合、腕は八本のタコの足のような触手へと変貌、他は人の形だが、タコ男とでも言うべきだろうか。
 「大世界チームは、松山颯太(まつやまそうた)だぁ!」
  アナウンスが再び響く。
 「松山颯太……嘘でしょ」
  渚は思わず動揺する。
  なんであの男がここに?
  颯太は闘技場に足を踏み入れる。
 「水輝渚、本物だぁ。ペロペロしたい」
  颯太は笑みを浮かべる。
  渚は全身の血が引くのを感じた。
 「第二試合を開始する! 両者構えて!」  
 「あなた気持ち悪いから、一瞬で終わらせるわ」
  渚は右足に水を纏わせる。
 「へぇ。俺はゆっくりじっくりとあんたを味わいたいんだけどなぁ」
  渚の背筋に悪寒が走る。気持ち悪い!
 「始め!」
  試合のゴングが鳴ると同時に、渚は一瞬で距離を詰める。回し蹴り一閃。
  ドガァ!
  水柱が立つ。
  彼女の回し蹴りは、彼の頭を捉え、地面に叩きつけた。
  地面に亀裂が走る。
 「おしまいね」
  渚は足下を見下ろし、颯太の頭を踏みつけ、つぶやく。
 「いやぁ、いいねぇ」
  全身に鳥肌が立つ。渚は思わず、後ろへ飛び、距離をとる。
 「やっぱ、美女に踏まれるって興奮するねぇ」
  颯太は不気味に立ち上がる。不気味な笑みを浮かべながら。
 「噂以上の変態ね……」
  渚は顔を青くしながら、構え直す。
 
  to be continued
 
 
 登場人物おさらい
 
  水輝 渚(みずき なぎさ) 21歳 女性
  モデル。自他共に認めるスタァ。
  海のような青色の長い髪。腕を隠すファッションが特徴的。腕を隠してるのには理由があるらしい。あと、劇中(というかそう作の小説キャラ)屈指の貧乳。
  生身での戦闘力は、今まで現れたストーカー全員を返り討ちする程。
  彼女のモデルはFGOのラムダリリス。
   
  
  みぎわ 年齢不明 性別不明
  ペンギンの雛のような生命体。正体不明。
  突然、渚の前に現れた。一人称は「ぼく」。
  戦闘力は、不意打ちが成功すれば成人男性を倒せるが、正面から正々堂々であればほぼ確実に負ける程度のもの。
  温厚な性格だが、渚を傷つけられるとキレる。
  コイツのモデルはコウペンちゃん。
 
  
  渚×みぎわ
  渚とみぎわが一つになった形態。渚がペンギン(雛)のパーカーを羽織ったような姿になる。下は黒いブーツ。
  見た目のモデルはFGOのラムダリリス第一再臨(というか、色違いというだけでかなり似てる。パクリと叩かれないか心配な程度には似てる)。
  体の主導権はパーカーのフードを被るか否かで変わる。
  フードを被るとみぎわ、フードを外すと渚が体を動かす。(体の所有権を変える動きだけは違う方が動かすことが可能)
  戦闘スタイルは みぎわが体を動かしているときは防御&回復メイン 渚が動かしているときは攻撃メイン になる。
 
 
  作者の中での、彼女の回し蹴りのイメージは仮面ラ●ダーカブト。
 
 
  松山 颯太(まつやま そうた)
  今作のオリキャラ。詳細は次回明かされるかも。
 
  ――――――
 
  第十四話「連続殺人犯」
 
  ――――――
  
 「みなさん、どうしたんですか?」
  エイルが不思議そうに首を傾げる。
  対戦相手の名前を聞いた途端、全員の表情が険しくなったからだ。
 「三年前、連続殺人事件があったんです。被害者は十代後半から二十代前半の女性。七人が殺されました」
  ロミが口を開く。
 「ひょっとして、その犯人って……」
 「はい。渚さんの対戦相手の松山颯太です」
 
 *
 
  触手が渚に迫る。
 「触らないで!」
  渚は蹴りで水を飛ばし、触手を払う。
 「美しいねぇ。蹴りの筋も、飛び散る水滴も全てが」
  颯太はねっとりとした声で賞賛する。
 「あんたに褒められても、虫唾が走るだけだわ」
 「いいねぇ。そのゴミを見るような目も。興奮して息子も立ち上がったよ」
  渚の全身に鳥肌が立つ。
 「へし折るわ」
  渚は水でブーストし、一気に距離を詰める。一刻も早くこの男を排除したい。二度と視界に入れたくない。
  股の下を蹴り上げる。青ざめた顔で悶絶しなさい!
  渚の蹴りが男に迫――。
  ビュン!
 「捕まえた」
  男の触手が渚を捉えた。両手に触手が絡まり、すぐに胴にも触手が絡みつく。
  触手に捕らえられた渚の身体が宙に浮く。
 「離しなさい!」
 「いいねぇ。触手に捕らえられ犯されるスタァ。AVにすれば高く売れそうだ。今はカメラ持ってないのが惜しいぜ」
  触手が口元に迫る。
 「何このヌルヌル、気持ち悪い……」 
 「なぁ、知ってるか? タコの唾液には毒があるらしいぜ」
 「毒?」
 「あぁ、それで獲物を麻痺させて食べてるんだたよ。俺の場合は……っと、口を閉じやがったか」
  渚は口を閉じ、口内に触手が入りこもうとするのを阻止する。
 「賢そうな判断だが、ムダだ。俺の毒は皮膚から入る」
  渚の顔が赤くなり、目がとろんとなる。
  身体に力が入らない。
 「何これ……」
 「興奮してきただろ? 俺の聖剣を鞘に入れたくなってきただろ?」
  颯太は頬を赤らめ問いかける。
 「この変態……」
  渚はうまく動かない頭で思考する。
  この毒には、相手を麻痺させる成分と媚薬に似た成分の二種類が配合されている。 
 「いいねぇ、美女から罵られるのは、最高だ! じゃあ、今から気持ちよくさせてやるよ」
  渚に残った四本の触手が迫り――。
 「渚ちゃん、代わるよ」
  バシャ!
  みぎわの声と共に水が弾け、触手を弾き飛ばした。
 「バカな……」
  颯太は少し動揺する。触手を弾き飛ばされたこと、渚を拘束していたはずのものまで、何より、ペンギンパーカーのフードを被った渚が目の前に立っていることに。
 「渚ちゃんを傷つける人は、ぼくが許さない」
  渚、否、みぎわは力強く宣言する。
  
  to be continued
 
  ――――――
  
  第十五話「水の壁」
 
  ――――――
  
  ビュン!
  パシィ!
  みぎわは迫り来る全ての触手を手から出した水で弾く。
 「触らないで」
 「いいねぇ。その蔑む目も最高だよ! でも、俺の毒がどうして……浄化したのか?」
 「君に教えるつもりはないよ」
  颯太の毒は渚の身体を侵食していた。身体と精神を麻痺させる毒。あと数分で渚は毒が回りきって堕ちていただろう。しかし、みぎわの操る水の効果により、毒は浄化されたのだ。
 「まぁいい。だが、毒を浄化したところでなんだ? 俺の触手を全て弾くのも大したものだが、それでどうするんだ? ひょっとして自分で自分を慰める姿でも見せてくれるのか?」
 「相変わらず冗談すごいんだね」
  そう言うみぎわの目は笑ってない。いつものゆるふわは消えていた。
 「守ってばかりじゃ勝てないぞ」
  颯太の言うとおり、みぎわは防御しかしていない。攻撃できなければ勝つことはできない。
  しかし、みぎわは防御には秀でてるものの、攻撃は不得手。渚の蹴りも、タコの弾力性を持つ颯太には通用しない。彼女たちには颯太を倒すことは不可能であった。そう、倒すことは。
 「じゃあ、こうする」
  みぎわは目の前に巨大な水の壁を生成する。
 「なんだこれ?」
 「えい!」
  水の壁は颯太に迫る。
  ビュン!
  颯太は触手で壁を攻撃するが、水滴が飛び散るだけで、効果はない。
 「だったら!」
  触手を壁の横から、みぎわに届かせようとするが、長さが足りない。 
 「ムダだよ」
 「お前、俺を突き落とす気か!」
  そう、みぎわには、颯太を倒すことはできない。しかし、場外へ落とすことはできる。
 「そうだよ」
 「くそう!」
  ビャシャァ!
  颯太は水の壁に押され、場外へ飛ばされる。
 「勝った」
  みぎわは勝利を確信し、水の壁を解除する。
 「油断大敵ってな」
  ヒュル!
  みぎわの足に触手が絡みつく。
 「え?」
  ビュン!
  そのまま、触手はみぎわを引きずる。
 「なんで?」
 「場外は、地面に落ちるまでだ」
  颯太は場外へ落とされた、かのように見えた。
  場外判定は、闘技場から身体が出た時ではない、闘技場と客席の間に存在する溝の地面に身体の一部がついた時。つまり、闘技場の外から出ただけでは、まだ勝負は終わっていないのだ。
  颯太は場外へ飛ばされた後、闘技場の側面に、触手を伸ばし、触手の吸盤でしがみつき、耐えたのだ。
  吸盤を持ってしても、あと数秒しか側面にはしがみつけないだろう。ならば、その数秒でみぎわを突き落とせればいい。先に落とせれば勝ちなのだから。
 「わぁあああ!」
  触手に引きずられ、みぎわは闘技場の外へ出てしまう。
  颯太はニタァと不気味な笑みを浮かべた。
   
  to be continued
 
  ――――――
 
  第十六話「変態出陣」
 
  ――――――
  
 「うわぁああ!」
  みぎわの身体が宙を舞う。
  このまま落ちれば、場外。
  颯汰は気味悪い笑みを浮かべる。
 「まだだ!」
  みぎわは水を放出し、足に絡まった触手を飛ばす。
 「やるじゃねぇか、だが、俺の勝ちだ。底で気持ちいいことしようぜ」
  颯汰は笑う。
  今ははみぎわの方が数メートル高い位置にいるが、颯汰は吸盤で闘技場にしがみついている。吸盤はあと数秒で壁から剥がれそうだが、数秒もあれば、みぎわと颯汰の上下関係は入れ替わって、みぎわの負けだ。
 「みぎわ、代わりなさい」
  みぎわはペンギンパーカーのフードを外し、身体の主導権を渚に渡す。 
  渚は水を両足に集中させる。
 「ここから何をしようとも――」
 「一人で落ちなさい」
  ドガァ!
  渚は回し蹴りで水を飛ばす。颯汰が吸盤でしがみついていた闘技場の一部をえぐった。
 「な!」
  颯汰は再び触手を伸ばそうとするが――。
  ドガッ!
  渚が飛ばした水が炸裂。
  弾力のある身体のお陰で、ダメージはほとんどない。しかし、颯汰を奈落の底に落とすには十分だった。
 「ふんっ!」
  ズガァ!
  渚は闘技場の側面に蹴りを入れ、足を突き刺す。
 「もう少し美しく勝ちたかったけど、仕方ないわね」
 「勝負あり! 勝者! 水輝渚!」
  アナウンスが響き渡る。
 
 *
 
 「颯汰、勝てる試合に負けやがった」
 「水輝渚の攻撃は颯汰には通用しなかった。圧倒的有利だったくせに」
 「最初に遊ばず、触手で捕らえた時点で闘技場の外に落としていればよかったのに」
  
 *
 
 「お疲れ様です」
  あなたは控え室に戻ってきた渚に声をかける。
 「少し横になるわ」
  渚はそのまま、奥のソファーに寝転がる。
 「次は自分が行きますね」
  名乗りを上げたのは、伊藤だ。
 「お願いします」
  伊藤は闘技場へ向かう。
 「第三試合、挑戦者チームは伊藤薫だぁ!」
  アナウンスが響く。
  伊藤が闘技場に降り立つと同時に相手も姿を見せる。
 「大世界チームは赤尾所為(あかびせい)だぁ!」
  メガネをかけた痩せた男。正直弱そう。
 「試合開始!」
  両者が闘技場に入った後、試合のゴングが鳴る。
 「お前は何のために戦うんですか?」
  所為が訊ねる。
 「それは――」
  伊藤は一気に間合いを詰める。
 「速っ」
 「大事なかわいいかわいい後輩たちを護るためだぁ!」
  伊藤の拳が所為の腹にめり込む。
 「がはっ!」
  所為は吐血し、数歩後ろへ下がる。  
  伊藤は追撃のため、距離を詰めようとする。
  ビュン! 
  何かが伊藤の頭部を攻撃する。
  間合いの外からの予期せぬ攻撃に伊藤は膝をつく。 
 「今の何?」
 「教えるわけないでしょ。それにしても一発目から寸勁って……油断してました。綺堂亜衣が使っているのを見てなければ、この一撃で終わってたかもしれません」
  所為は手で血を拭う。
 「まぁ、教える訳な――」
  ドガッ!
  伊藤がしゃべり終える前に、何かが彼女の顎に何かが命中。そのまま、彼女の身体は宙を舞い、地面に背中がつく。
 「それに後輩を護るためでしたっけ? そんな護る価値のないもののために戦ってるから、あなたは弱いんですよ」
 「何言ってるんだ?」
 「何言ってるんですか? 後輩なんてただのゴミでしょ? あんなの――」
 「ふざけるな!」
  伊藤が声を荒げる。
 「後輩は癒やしだ! 先輩が後輩のために頑張るのは当然のことだ。後輩への侮辱は許さない!」
  激昂した伊藤の身体に異変が起きる。
 
  to be continued  
 
 
  赤尾 所為(あかび せい) 男 22歳
  今作のオリキャラ 
 
  ――――――
  
  第十七話「先輩と後輩」
 
  ――――――
  
  分かっている。
  全ての先輩は後輩が好き。だから、後輩を愛でることは先輩として当然のことである。
  そんなこと、夢物語に過ぎないということは。
 
 *
 
 「なんですかそれ?」
  所為はゴミを見るよな目で伊藤を睨む。
  伊藤の髪は金色に輝き、額には赤黒い痣が現われた。
 「なんだと思う?」
  伊藤の姿が所為の視界から消える。
  グシャッ!
  伊藤の拳が所為の腹部にめり込む。
 「なっ!」
  めり込んだ拳はそのまま所為を飛ばす。
  所為は地面を転がるが、場外にはならず、立ち上がる。
 「がはっ!」
  所為は吐血し、膝をつく。
 「嫌な感触がしたよ。多分、内臓に――」
 「黙れ!」
  所為は拳を地面に突き立てる。
 「何、それ?」
  ドクンドクン!
  所為の体から蒸気が発生、何かの鼓動が鳴り響く。
  それだけではなく、髪も金色に変わり、頬に赤黒い痣が浮かび上がる。
 「やっぱ、お前は頭沸いてるんだよ」
  所為の姿が消える。
  バギッ!
  所為の攻撃が伊藤の後頭部に炸裂。 
  伊藤は反撃しようとするが、所為はすでに間合いの外に。
 「なるほど。君は関節を自在に外せるのか」
 「その通り。まさか数回で見抜くとは。だが……」
  全方位からの攻撃が伊藤を襲う。
 「くっ!」
  伊藤は膝をつく。
 「全く、後輩なんてもんのために戦ってるから弱いんですよ。あんなもんよく好きでいれますね」
 「は?」
  伊藤の目つきが鋭くなる。
 「だってそうでしょ。あんなの、年上を舐めきってるし、物事覚えないし、自分一人じゃ何もできないし、誰かにしてもらって当然と思ってるし、言い訳ばっかするし、なんか上から目線だし、正直ムカつくし、サンドバックぐらいにしか役に立たないでしょ?」
 「お前は何を言ってるんだ?」
  伊藤の目からはもはや怒りすらも消えていた。
  激怒を通り越した感情だった。目の前にコイツが存在することが許せない。
  ビュン!
  一般人からは二人の姿が消えたかのように見えただろう。
  ただ砂埃が舞っているだけ。
  しかし、実際は二人は目にも止まらぬスピードで殴り合っているのだ。
  所為は体中の関節を外し、不規則な攻撃を仕掛けるが、次第に伊藤は順応していく。
 「もう大体読めたよ」
  伊藤の拳が所為に炸裂。
 「がはっ!」
  所為の背中が地面に衝突する。
 「一つ言っておくね。確かに全ての後輩がいい子ということはないんだろうけどね。先輩が後輩を愛でるのは当然のことだよ」
 「お前こそ何を言ってるんだ?」
  所為は立ち上がり伊藤に向き直る。
  再び両者の拳がぶつかる。
 「何が正しいかなんて、自分もまだ分からない。でも、一つ分かることはある。お前は間違っている」
 「何だと!」
  所為は激昂するが、押し負け、飛ばされる。
 「もう一つ。先輩は後輩と一緒に成長していくものだよ。それをせずに、後輩に対して文句しか言わない先輩はクズだ」
  伊藤は一気に距離を詰める。
  ドガッ!
 
  to be continued
 
 
  裏話
  うーん。うまく書けない。
  所為は作者の影、というか、闇堕ちした作者をイメージして書くつもりだったんですけど、似て異なる何かになってしまいました。
  所為の後輩への罵倒は、『自身が後輩(中高大全て)への不満』を書こうとしたんですけど、うまく書けず(というかあんまり思い浮かばなかったです)、なので、別路線に切り替えました。「とりあえずクズにするか。笑」みたいな感じです。
  先輩とは何か? 後輩とは何か? はまだ作者の中で答えが出てない問題の一つです。
  今も探しています。まぁ、十人十色なんでしょうけどね。       
 
  元ネタ
  痣→鬼●の刃
  体が赤くなる&音→ケン●ンアシュラの前借り
  体が赤くなる&蒸気→O●E PIECEのギアセカンド
  金髪→ドラゴ●ボールの超サ●ヤ人
 
  伊藤が上記の技(痣×超サ●ヤ人)を使えたのはドラゴ●ボールと鬼●の刃を、あなたが修行している間、読み込んで練習していたため。
  この人も人間卒業してるんだよなぁ……。変態と天才は紙一重ってやつか。
 
  ――――――
 
  第十八話「舐められたくない」
  
  ――――――
 
  伊藤の回し蹴りが所為に炸裂。所為は両手でガードをするが――。
  バギィ! 
 「っ!」 
  伊藤の蹴りは所為の両腕を砕き、彼の頭部に命中、そのまま地面に叩きつける。
 「ふぅ」
  伊藤は小さく息を吐く。彼女の額から痣が消え、髪も黒色に戻る。
  
 *
 
 「やるじゃない」
  渚が小さくつぶやく。
 「あの蹴りのフォーム、渚さんに似てますよね」
  ロミが渚に話しかける。
 「えぇ。フォームのベースは私ね。でもやってることは違うわ」
 「どういうことですか?」
 「彼女、相手に蹴りが命中した瞬間、二回蹴ったわ」
 「え?」
 「一瞬で二回蹴ることで威力を飛躍的に上げたのよ」
 「そうなんですか……」
  ロミはふと思い出す。以前読んだマンガで似たような技があったような。
 
 *
 
  俺はいつも弱者だった。
  そうだ。
  同級生から舐められ、周りからイジメられ、教師も先輩も見て見ぬふり。
  何より最悪だったのが、
 「アイツは舐めていいからな」
  後輩に余計なことを吹き込む同級生。
  それを真に受ける後輩たち。そんな歪んだ環境だった。
  俺にとって全ては敵だった。
  だから殺した。
  先輩と同級生を殺した。
  イジメで、よく関節を外され、つけ直された。それを繰り返れたお陰で関節を自在につけ外しができるようになっていた。
  それを使って間合いの外から殴り殺した。実験、練習をかねて殺した。
  後輩も殺そうかと思ったけど、
 「殺さないでください! お願いします! 誰にも言いませんから! 先輩の言うことはなんでも聞きますから!」
  と、土下座された。
  仕方ない。命だけは助けてやるか。
  翌日、警察が俺の前に現われた。
  あの後輩が通報したらしい。
  やっぱり、後輩は信じられねぇ。
  というか、一度でも舐められたらダメなんだな。この世界って。一度でも誰かに舐められた時点で俺の人生は終わっていたんだな……。
  なんて、納得できるかよ!
 
 *
 
 「ふざけるな!」
  所為の叫びが会場に響いた。
 「俺は舐められたくない! こんなところで倒れたら……アイツらに舐められる!」
  所為はゆらゆらと立ち上がる。両手は骨が折れ、ぶらんとぶら下がっているだけ。立ち上がってもまともに戦えるわけがない。
 「まだ立ち上がるの?」
  伊藤は再び構える。
 「……俺は止まれないんだよ。舐められるわけにはいかねぇんだよ!」
  所為は砕けた腕を振り回しながら走り出す。
  所為の腕が地面にぶつかる度、砂埃が舞う。
 「痛みを感じないのか?」
 「痛くねぇよ! こんなもん!」
  バキ!
  所為の攻撃を伊藤は防ぐ。 
  攻撃が命中する度、所為の腕の骨がさらに折れていく。
 「痛くない? だったらなんで君は泣いてるんだ?」
 「はぁ?」
  所為の攻撃の手が一瞬緩む。彼の目からは冷たいものが流れていた。
 「そっか。痛いのは心なんだね」
 「何言ってんだテメェは!」
  所為の蹴りが伊藤の顔面に迫る。
  
  to be continued     
 
   ――――――
 
  第十九話「女豹」
 
  ――――――
  
  所為の蹴りが伊藤の顔面に迫る。
  グシャ!
  伊藤の掌底が所為の顔面に炸裂する。
 「君はなりたかったんだよね。先輩に」
  伊藤は静かに語りかける。
 「黙れ!」
  所為は腕、足、全てを力をひねり出して振り回す。 
  全方位から伊藤を襲う。
 「お前に何が分かる! 後輩に慕われて! 周りからも好かれて! 恵まれたお前なんかに――」
  ドガッ!
  伊藤の拳が所為にめり込む。
  寸勁!
 「がっ!」
  所為は吐血し、後ずさる。
 「何があったか知らないけど、辛かったんだよね」
 「そんな一言で、俺を片付けるなぁ!」
  所為は激昂し、突撃する。
  その両腕は折れ、足も骨にヒビが入っている。内臓にもダメージがある。
  常人なら立つことすらできない状態で、まだ彼は戦おうとした。
 「でも――」 
  ビュン!
  風が吹いた。
 「後輩を侮辱したことは許せない」
  何が起きたのか、見えた者はいない。
  ただ伊藤が所為とすれ違ったように見えただけだ。
  所為は静かに地面に倒れた。
 「勝負あり! 勝者! 伊藤薫!」
  アナウンスが響いた。
 
 *
 
  どうしてか分からなかった。
  伊藤薫、アイツの情報を見た時、怒りがこみ上げてきた。
  そうか。
  あれは嫉妬だったのか。
  俺はなりたかったんだ。
  舐められることない、後輩から慕われ、後輩のことが大好きな先輩ってヤツに。
  だから許せなかったんだ。俺がなりたかった存在になっているあの女が。
  戦う前から勝負はついていたんだ。
 『自分がなりたかった存在』に『それになることを諦めた存在』が勝てる訳がなかったのだ。
 
 *
 
 「お疲れ様です」
  あなたは伊藤に声をかける。
 「ありがとう」
  伊藤はそう言うと、あなたに飛びかかる。
 「伊藤さん?」
 「あぁー、やっぱり後輩は癒やされるなぁ!」
  伊藤は満面の笑みであなたに抱きつく。
 「あぁー! この人は……」  
  あなたは引き剥がそうかとも思ったが、諦めた。慣れてしまったのだ。
 「次は俺が行ってもいいですか?」
  名乗りを上げたのは志智だ。
 「相手は三連敗しました。この四戦目は……」
  七香が不安そうに声をかける。
 「大丈夫ですよ」
  志智はそれだけ言い、赤紫色のドライバーを腰に装着し、闘技場へ歩き出した。
 「第三試合、挑戦者チームは色崎志智だぁ!」
  アナウンスが響く。
 「変身」
  志智は黒色のペンシルをドライバーに装填し、一回転させる。
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  ドライバーから音声が流れ、黒い鎧が志智を纏う。
  志智が闘技場に入ると同時に、対戦相手の女性が姿を現す。黒いラバースーツを纏った細い女性だった。
 「大世界チームは岬鞘華(みさきさやか)だぁ!」
 「UNITE」
  鞘華はつぶやくと、彼女より一回り大きい豹が現われる。
 「豹? まさか……」
  豹は彼女と融合し、一言でまとめると、豹柄のラバースーツを纏った女性になった。
  闘技場に鞘華も降り立つ。
 「始め!」
  試合のゴングが鳴る。
  ビュン!
  地面にヒビが入る。
 「くっ」
  志智は両手で攻撃をガードするが、数歩後ろへ下がる。
  ビュン!
 「速っ!」
  背後からの蹴りをガードするが、動きを補足できない。
 「遅いわね」 
  ビュン!
  全方位から志智に攻撃が加えられる。地面がえぐれ、砂埃が舞う。
  志智は半分ほどしかガードできずに、地面に膝をつく。
 「そんなもの? これならあの伊藤薫とかいう女の方が骨があったわね」  
  鞘華は笑みを浮かべる。
 
  to be continued
 
 
  登場人物おさらい
 
  作品名 ただの大学生に「鉛筆使って世界を護ってくれ」って無茶ぶりだろ! 現時点では霧雨未掲載 試作品となる「鉛筆の棋士」は46掲載
 
  この作品、作者曰く、『自作の仮面ライダー』
 
  
  色崎 志智(しきざき しち) 19歳 男
  ごく普通の大学生だった。
  ひょんなことから七香と出会い、ドライバーとペンシルを使い、この世界を狙う『侵略者』と戦うことになる。
 
  変身状態
  ドライバーとペンシルを使い変身した姿。鎧を纏った騎士のような姿。使用するペンシルの色で能力が変化する。
  鉛筆状のアイテム、ペンシルは使えば使うほどすり減っていく。
  ドライバーに差したペンシルを回せば、出力を上げ、強力な攻撃を放てるようになるが、その分、変身できる時間が短くなる。
  志智が現在持っているペンシルは
  NORMAL COLOR PENCIL 黒色 無属性。全てのペンシルの中で最も燃費がいい。
  RED COLOR PENCIL  赤色 火を操る。志智が持つ中で最も火力が高い。
   BLUE COLOR PENCIL  青色 水を操る。水中戦も可能。志智が持つ中で最も防御力が高い。
  SKY COLOR PENCIL  空色 風を操る。飛翔能力がある。志智が持つ中で最も機動力が高い。
 
 
  岬鞘華 今作のオリキャラです。第四話にて、伊藤と渚が激突した豹を操っていた人物です。
 
  ――――――
  
  第二十話「逆転 第五試合開始」
 
  ――――――
 
  ビュン!
  鞘華の攻撃が志智を襲う。
  四方八方からの蹴り、爪、牙、鎧を纏っているため、一撃で死にいたることはないが、それでもダメージは受ける。
 「ボーっと突っ立てて、格好の的よ!」
  地面に亀裂が走る。砂埃が舞う。
  鞘華の攻撃はほとんど志智に命中するが、逆に志智の攻撃はほとんど当たらない。
 「くそ!」
  志智は防戦一方になりながら思考する。
  どうする? 
  スピードにはスピードで対抗するか? それとも動きを止めるか? 相手が攻撃してきた一瞬にかけるか?
  使えるペンシルは今使ってる黒を除けば赤、青、空の三色。どれでも、対抗策は生み出せるが、決定打に欠ける。
  しかも、このスピードでの攻撃の中でペンシルを変えるのは難しい。あと、この後来るであろうことのため、あまりここで手の内はさらしたくない。
  ならば、今できることは――。
 「どうしたの? 何もしないのね!」
  鞘華の猛攻は続く。
  動きは目で追えない。気が付いたら闘技場の端にまで追い詰められた。
 「あっけないわね!」
  鞘華の蹴りが志智の顔面に迫る。
 「そうだな」
  志智は小さくつぶやき、ドライバーのペンシルを一回転させる。
 「お前がな」 
  ボゥ!
  黒いオーラが志智を覆う。
 「なっ!」
  鞘華は急ブレーキをかける。彼女は察知したのだ。飛び込んだらマズいと。
  彼女の直感は正しかった。志智が狙っていたのはカウンター。彼女が飛び込んできた勢いを利用して威力を上乗せした一撃だった。そのまま飛び込んでいれば一撃で鞘華は戦闘不能になっていただろう。
  バキィ!
  志智の拳が鞘華の腹部にめり込む。
  鞘華が飛び込んでこなかったので、志智は自ら攻める作戦に切り替える。
 「くっ!」
  鞘華は後方に大きく飛ばされるが、姿勢を立て直す。
  志智はドライバーのペンシルを二回転させる。先ほどより大きい黒いオーラが彼を覆う。
  鞘華はうかつに飛び込めない。彼女は分かっていた。これを食らえばタダでは済まないということを。
  一方、志智もうかつに動けない。自身の大技。外せば隙が生まれる。かつ、ペンシルは回せば回すほど、威力の高い技を出せるようになる反面、回せば回すほど、ペンシルはすり減っていき、戦える時間が短くなる。この一撃で決めるしかない。
  しかし、硬直はすぐに崩れた。
  ズガァ!
  鞘華は地面に爪による斬撃を放ち、砂埃を舞わせる。闘技場が砂埃に包まれる。観客はもちろん、志智も鞘華の姿を視認できなかった。
  鞘華も志智が見えなかった。しかし、彼女にとって問題はなかった。嗅覚がある。
  見えなくても、分かる。狙うべき相手の場所が。
  鞘華は最大スピードで志智に迫り、爪を立てる。
  ビュン!
  鞘華の爪が志智の鎧に食い込む。
 「がぁあああ!」
  志智は激痛で絶叫を上げる。
 「ふっ」
  鞘華の口元が緩む。
  ドガッ!
 「な……」
  笑みを浮かべた鞘華の表情がすぐに絶望に変わった。志智の蹴りが彼女の腹部に直撃したからだ。 
  相手の姿が見えなくても、攻撃してくる一瞬は分かる。だから、志智はかけたのだ、彼女が攻撃してくる瞬間に。
  鞘華の動きが止まる。最大のチャンス。
  志智はドライバーのペンシルを三回転させる。先ほどよりも大きな黒いオーラを右拳に収束させ、ストレートパンチを繰り出す。
  拳が鞘華の顔面に直撃、そのまま彼女を吹き飛ばす。
  飛ばされた彼女は場外へと落ちていった。
 「勝負アリ! 勝者! 色崎志智!」
  アナウンスが響く。
 
 *
 
 「四連敗ですか」
 「四連敗か、しゃーねーなー! 次はオレが暴れるか!」
 「いや、そうだな。だあ、お前分かってるのか?」 
 「分ーってるよ!」
 
 *
 
 「志智さん、お疲れ様です」
  七香が控え室に戻った志智に声をかける。
 「危なかったです」
 「黒以外は使わなかったんですね」
 「使うのも考えたんですけど、使わない方がいい気がしたんで」
 「そうなんですか」
  紫乃さんからいただいた試作品も使わなくてよかった。という言葉は志智は胸にしまった。
 「四連勝しましたけど、終わってないですよね」
  志智が問いかける。
 「そうですね」
  返答したのは日和。
  全員、分かっていた。
  ルールにこうあったからだ。
 『すでに勝負が決まっても(どちらかが先に四勝しても)、七試合目まで行う』    
  行う理由は分からない。ただ、何か裏がある。
 「次、私が行きます」
  日和が立ち上がる。
 「日和さん、やる気ですねー」
  黒猫の姿をしたクロが軽い調子で声をかける。
 「クロ、行くよ」
 「はいはい、では行きますよー! トランスフォーム!」
  クロは声高らかに叫びながら、黒い帯に姿を変え、日和の右腕に収まる。
  彼女はそのまま腰に素早く帯を結ぶ。
 「変身」
  日和は静かにつぶやく。  
  彼女のかけ声と共に帯から光の粒子が放たれ、彼女の体を包む。
  包まれた光がはじけ飛び、その下からは袴を身につけた道着姿の日和が現れた。
 「和合少女日和見参!」
 「そういうのはいいから」
  明るく叫ぶクロを日和は冷めた声で制する。
 「えぇーこういうのはですねぇ――」
  クロの抗議を無視しながら、日和は闘技場へと足を踏み入れる。
 「第五試合、挑戦者チームは浪花日和だぁ!」
  アナウンスが響く。同時に対戦相手も姿を現す。赤い髪の女性だった。目が鋭い。
 「大世界チームは飛沫血路(しぶきけつろ)だぁ!」
 「UNITE!」
  血路は声高らかに叫ぶ。すると、足下から赤いカニが現われ、彼女と融合する。
  全身は赤い甲羅、右腕は人の体を挟めそうなほどの大きなハサミとなった、カニ人間とでも言うべき姿となった。
 「カニですか」
  クロがつぶやく。
 「試合開始!」
  試合のゴングが鳴り響く。
 「悪を砕く物、ここに」
  日和が小さくつぶやくと、彼女の左手に彼女の身長より少し短い黄土色の細長い杖(じょう)が現れる。   
  日和は一瞬で距離を詰め、血路に杖で攻撃する。
  血路は右手のハサミで防御、両者の攻撃がぶつかる度、火花が散る。
 「やるじゃねぇか!」
  血路は楽しそうに笑う。
 「そうですか、私は楽しくないんで早く落ちるか倒れるかしてください」
  日和の杖による突きが血路の腹部へ炸裂、甲羅にヒビが入る。
  血路は咄嗟に距離を取る。
 「今のは効いたぜ!」
  日和は無言で、再び距離を詰めようとする。   
  このまま一気に勝負をつける。
 「日和さん!」
  クロが思わず叫ぶ。
  ビュン!
  何かが飛んできた。
  日和は咄嗟に躱すが――。
  コトン。
  杖の先端が切断され、地面に落ちる。
 「何これ?」
  日和は動揺を隠せなかった。
  杖の上端が切断されたことではなく――。
 「皆さん!」
  血路が放った斬撃は、日和の杖だけでなく、あなたたちがいる控え室に直撃したのだ。日和から見ても、斬撃が部屋の中まで届いたのは見えていた。
 「いやぁ、あんた強いからさ、思わず本気出しっちまったぜ。楽しみたいけど、オレにも仕事があるしな」
  血路は楽しそうに笑う。
 
  to be continued
 
 
  ルールのおさらいです。
 
  一 両方の陣営 代表七人ずつによる戦い。
  二 一対一を七試合行う。
  三 七試合終え、勝利数の多い陣営の勝利。
  四  すでに勝負が決まっても(どちらかが先に四勝しても)、七試合目まで行う。 
  五 七試合全ての試合に選手を出せなかった場合 例え六勝していたとしても負けとなる。
  六 武器の使用はアリ。
  七 対戦相手を死なせた場合、その試合は死なせた側の黒星になる。
  八 勝利条件は 相手に降参宣言させること 相手が倒れて、十秒以上立ち上がらなかった時 相手を場外に落とすこと。場外判定は、闘技場と客席の間に存在する溝の地面(安全のためネットを張っている)に身体の一部がついた時。
  九 対戦相手以外を負傷させることがあれば、その試合は負傷させた側の黒星となる。
 
 
  登場人物おさらい
  作品名 和合少女日和 霧雨44掲載
  
  浪花 日和(なにわ ひより) 15歳 女
  ごく普通の女子高生。
  ある日、クロ(後述)に出会い、和合少女日和(わごうしょうじょひより)となって戦うことになる。
  戦う相手は影人(シャドー)と呼ばれる人の恐怖を食らう怪物。
 
 
  クロ
  黒猫の姿をした生物。しゃべる。
  正体は模倣犯(コピーキャット)と呼ばれる生物。
  その能力は、一つだけどんなものでもコピーすることができ、他の生物と一体化することで、一体化した生物にその能力を使えるようにすること。
  クロがコピーしたのは『合気道』。
 
 
  和合少女日和
  日和とクロが一つになった姿。
  外見は日和が合気道の道着を身につけた姿。白い道着、黒い袴。
  変身プロセスは、クロが黒帯に変形、日和はクロが変身した黒帯を腰に巻き、「変身」と言う。
  ちなみに変身解除は、袴を脱いで、黒帯を外すこと。
  身体スペックは大幅に向上している。一軒家ぐらいならひとっ飛びで屋根に登れる。
  耐久力も、核爆弾を落とされない限りは死なないぐらいに上がっている。
  弱点は、クロがコピーした『合気道』を日和がまだ完全に使いこなせていないこと。使いこなせるようになるためには、日和は合気道の稽古をしなければならない。
  状況に合わせて、かけ声と共に武器を召喚することができる。部誌で登場したのは、
 「邪を貫く物、ここに」→短刀
 「悪を砕く物、ここに」→杖(じょう)
 「闇を斬る物、ここに」→日本刀
 
 ――――――
 
 第二十一話「あなたタヒす」
 
  ―――――― 
 
 
  普通の人生だったと思う。
  普通に大学に通い、普通に友達と遊んで、普通に過ごしていた。
  なのに、なんでかな? 夜食を買いに行ったら、エイルに出合って、変な組織と戦うって、意味分からん。
 
 *
 
 「危ない!」
  伊藤の声であなたはハッとなる。
  伊藤があなたを突き飛ばす。
  スパッ! 
  控え室に縦の亀裂が入る。
  伊藤が突き飛ばしていなければ、あなたは縦に真っ二つになっていただろう。
 「まさか、控え室に直接攻撃してくるなんて……」
  伊藤がつぶやく。
 「これは想定外だな」
  亜衣が険しい表情でつぶやく。
 「これは……って、何を想定していたんですか?」
  ケンの疑問。
 「第一試合で私を殺しに来るかと思っていた」
 「姐さん、なんであなたは――」
 「別に死ぬ気はないから安心しろ」
 「そういうことじゃなくてですね!」
  ケンが声を荒げる。
 「そうか……悪かった」 
  亜衣が頭を下げる。
 「でも、どうします? 多分二発目が来ます。自分は裕亜君とエイルちゃんを護るので手一杯です」
  伊藤が疑問を投げかける。
 「そうね」
  渚が立ち上がる。
 「何か策があるんですね」
 「少しだけね。色崎さん、手を貸してもらえます?」
  渚は志智に声をかける。
 
 * 
 
 「なんで?」
  日和は動揺を隠せなかった。
  ルールには、『対戦相手以外を負傷させることがあれば、その試合は負傷させた側の黒星となる』とあった。それなのに、血路は控え室へ攻撃を加えた。理解できない。
  それに、控え室の仲間は無事なのか? 
 「多分、ルールの穴を突いてきたのかと」
  クロが日和の疑問に答える。
 「ルールの穴?」
 「はい。『すでに勝負が決まっても(どちらかが先に四勝しても)、七試合目まで行う』『七試合全ての試合に選手を出せなかった場合 例え六勝していたとしても負けとなる』という項目があったでしょ」
 「うん」
 「つまりですね、六試合目と七試合目にこちらが出せる選手がいなければ、私たちの負けになるんですよ」
 「なるほど。仮にこの第五試合が黒星になって、五連敗したとしても、最終的にはアイツらの勝ちになっちゃうんだね」
 「そういうことです」
 「じゃあ、私が降参したら――」
 「日和さんが降参したところで、アイツが攻撃を止めてくれそうに見えますか?」
  クロに指摘され、日和は血路の言動を思い返す。
  血路は好戦的な性格だ。
 「見えない」
  彼女は、日和が降参した後も、控え室に向かって攻撃し続けるだろう。
  日和は不安を隠せない。
 「ですが、安心してください。アイツはまだ負けになっていない。つまり、皆さんはまだ無事です」
 「じゃあ、次が来る前に、アイツ倒さないと……!」
  日和は先端が切断された杖を構え、血路に距離を詰めようと――。
  ビュン!
   日和の頬から血が流れる。
  控え室がある場所の壁に亀裂が再び入る。
 「え?」
 「会話は終わりか? スキだらけなんだよ」
 「お前!」
  日和が激昂する。
 「スキを見せる方が悪い。それにさっきより威力は控えめだぜ」
  ビュン!
 「危ない!」
  クロの声で日和は咄嗟にしゃがむ。しゃがまなければ日和の首と胴はお別れになっていただろう。
  壁には横の亀裂が入る。
 「さてと――」
  ドガッ!
  一瞬で距離を詰めた日和の杖による突きが血路に直撃!
 「そうだよなぁ! じゃねぇと面白くねぇ!」
  ガキン!
  杖とハサミがぶつかり合い、火花が散る。
  日和は血路の攻撃を捌き、命中させるが、血路に防がれる。
 「コイツ、段々日和さんの攻撃に適応してきてます!」     
 「おいおいおどうした? そんなもんか!」
  血路の蹴りが日和に炸裂、日和は大きく飛ばされ、背中から地面に衝突、砂埃が舞う。
 「くっ!」
  日和は即座に立ち上がるが、視界には血路がいない。
 「上です!」
  クロに言われ、上を見上げると、血路がハサミを振りかぶり、落ちてくる。
  咄嗟に杖でガードしようとするが――。
  ブッシュ!
  ハサミによる一撃で杖は切断され、そのまま日和に炸裂、鮮血が舞う。
 「日和さん!」
  日和はふらふらと数歩下がる。
 「大丈夫……傷は浅いよ……」
  日和は力なくつぶやく。
 「おいおい。どうしたぁ? お前の力はこんなもんかぁ?」
  ビュン!
  血路は再び控え室の方へ斬撃を飛ばす。
  ズドン!
  四発の斬撃により、控え室の壁に四角の穴が空く。
 「これで狙いやすくなったぜ」
  血路はニヤリと笑う。    
 「これ以上はさせない……!」
  日和は左肩から血を流しながら、拳を握る。
 「やってみ――」
  血路がしゃべり終えるより早く、日和の拳が炸裂する。
  バキッ!
  血路が纏っている甲羅にヒビが入る。
 「やるじゃねぇか、でも、お前の拳もタダじゃすまないだろ?」
  血路の指摘通り、日和の拳からは血が流れる。
 「だから何ですか?」
  日和は再び拳を握る。血路もそれに対抗するかのようにハサミを振りかざす。
  シュッ!
  血路の視界から日和が消え、次の瞬間――。
  ドガッ!
  血路の視界が反転した。
 「なっ!」
  四方投げ。
  血路は背中から地面に叩きつけられ、背中の甲羅にヒビが入る。
 「はは……オレに投げ技なんてやるじゃねぇか! でもなぁ!」
  バッ!
  血路の背中からカニの足のようなモノが六本現われ、日和に襲いかかる。
 「くっ」
  日和は咄嗟に距離を取り、攻撃を躱す。
 「あー、カニの足ですね。ないなーって思ってたらこう来ましたか」
  クロがつぶやく。
 「いいのか? オレから距離をおいて?」
  血路がハサミを控え室の方へ向ける。
 「止めて!」
  日和は叫び、走り出すが――。
  ザシュッ!
  カニの足が日和を襲う。
  反射で捌き、直撃は避けたものの、太股、脇腹、二の腕、頬にかすり出血する。
 「楽しかったぜ」
  ビュン!
  斬撃が控え室に飛んで行く。先ほどまでよりも鋭く大きな斬撃であった。
  先ほどよりも大きな亀裂が地面と壁に走り――。
 「あっ……」
  斬撃にあなたが裂かれる姿が日和の目に映る。
 「裕亜さん!」  
  日和の叫びが会場に響き渡る。
 「そんな……」
  日和は全身から力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちる。彼女の目からは光が消えていた。
 「さてと、任務達成かな? ついでにお前も――」
  血路が日和にハサミを向ける。
 「浪花さん!」 
  控え室から誰かが日和に呼びかける。
  日和が死んだ目で控え室の方を向くと――。
 「渚さん?」
  控え室に空いた大きな穴の付近に、ペンギンパーカーを身につけた渚が立っていた。
 「誰も傷ついてない! そんなヤツの斬撃は私たちには当たらない! だから、私たちに構わず、さっさと倒してしまいなさい!」
  渚は日和に呼びかける。そして、その後ろには――。
 「嘘だろ? なんで……!」
  血路は動揺を隠せなかった。なぜなら、彼はさっき切り裂いたはずだからだ。
 「裕亜さん?」
  無傷のあなたが立っていた。
 「どうして、さっきコイツの斬撃で……」
 「説明は試合が終わってからしますから、今は戦いに集中してください!」
  あなたは日和に呼びかける。
 「……分かりました」
  日和は再び立ち上がる。
 「はっ! 上等だ! そうじゃねぇと面白くねぇよなぁ!」
  血路は叫び、日和に向き直る。
 
 
  to be continued     
  
  ――――――
 
  第二十二話「打つ手ないかも」  
 
  ――――――
 
 「少しだけね。色崎さん、手を貸してもらえます?」
  渚は志智に声をかけた。
 「分かりました。ですけど、何を……」
 「UNITE」
  渚は静かにつぶやき、みぎわと一つになる。
 「私がみぎわの力で水の壁を作るから、それを風か水で補強してください」
 「そういうことですか。じゃあ風で。変身」
  志智は空色のペンシルをドライバーに差し回す。
 「SKY COLOR PENCIL」
  空色の鎧が志智を覆う。
  渚はペンギンパーカーのフードを被り、みぎわに体の主導権を委ねる。
 「じゃあ、作るよ-」
  みぎわが水で壁を作り、志智は風でそれを水槽のように覆う。
  作り出された水と風の壁は、防御力は血路の攻撃を防ぎきれるモノではなかった。打撃や爆撃であれば、完全に防げただろうが、斬撃は完全には防げない。少し弱めるのが精一杯。しかし、この壁の役割は防ぐことではなく、欺くことだった。水による光の屈折。水と風の壁により、部屋の中は外から見ると実際とは違う角度で見えるようになっていたのだ。血路はまんまとだまされ、狙いを外したのだ。
 
 *
 
  日和は呼吸を整え、血路に向き直るが、彼女に打つ手はない。
  杖や拳による打撃、投げ技、どれもわずかにダメージを与えることは可能だが、倒すには至らない。
  それに対し、血路の攻撃は確実に日和にダメージを与えていた。特にハサミによる斬撃は一撃でも直撃すれば、戦闘不能どころか、体を両断されて死亡する。
  降参したとしても、血路は斬撃を控え室の仲間にしばらく放ち続けるだろう。誰かが傷つくまで。
  だから、ここで倒さなくてはならない。
 「日和さん、どうします? 打つ手ないかもです」
  クロが訊ねる。その口調にいつもの軽い感じはなかった。
 「そうね……」
  日和は考える。カニに対して有効な攻撃手段を。
  熱、ベイ●レード、どれも使えない。
 「でも、やらないと……闇を斬る物、ここに」
  日和の右手に日本刀が現われる。
 「次は刀か、面白ぇ!」    
  血路はカニの足を伸ばし、日和を串刺しにしようとする。
  斬!
  一瞬で全てのカニの足が切断される。
 「なっ!」
  血路が動揺したスキに、一瞬で距離を詰める。
  ガキン!
  日和の刀と血路のハサミがぶつかり、火花が散る。
 「やるじゃねぇか!」
  刀とハサミがぶつかり合う。
  日和は力を受け流し、血路の体勢を崩そうとするが、うまくいかない。
  左肩から血が流れ落ちる。長くは戦えない。
  血と同時に力が抜け落ちていく。次第に日和は押されていく。
 「おらよ!」
  血路の蹴りが腹部に直撃、日和は地面を転がる。
 「くっ」
  日和はすぐに立ち上がるが――。   
 「あばよ。楽しかったぜ」
  ビュン!    
  斬撃が飛び、刀が切断される。
 「へぇ、今の躱すんだ」 
 「日和さん!」
  クロが叫ぶ。
  日和は直撃は避けたが、避け方がマズかった。下手な動きをしたせいで、左肩の傷が悪化したのだ。
 「ホント、思ったより楽しませてくれんじゃねぇか! 次はどう来るんだ?」
  血路は声を出して笑う。
 「日和さん、杖も刀も効きません。どうします?」
  日和が使える武器は、杖、日本刀、短刀の三種類。うち二つの効果は薄かった。短刀は使い勝手はいいが、攻撃力とリーチは他の二つに劣る。血路に有効とは思えない。
  少なくとも、あの甲羅を砕くような攻撃手段はない。ヒビを入れるのが精一杯。
  無限に攻撃を打ち続ければ倒せるかもしれないが、その前に左肩からの出血多量で力尽きる。
  打つ手がない。
  せめて、甲羅をどうにかしないと……。ん?
  日和の中に何かが思い浮かんだ。
 「……まだ最強の武器があるよね」
  日和が拳を握る。
 「最強の武器って、そんなもの……」  
  クロは日和の言葉の意味に気づき、溜め息をつく。
 「日和さんって時々どうしようもないぐらいバカですよね」
 「悪い?」
 「……嫌いじゃないですよ」
 「そう」
  日和はゆっくりと歩き、血路の間合いに入る。
 「おいおいさっきまでの勢いはどうしたぁ!」
  血路はハサミを振りかざす。
  バキッ! 
  ハサミを躱し、日和の拳が血路に炸裂する。
 「おいおいヤケになったのかぁ!」
  日和の拳は血路の甲羅にヒビを入れるが、大したダメージにはなっていない。日和の拳が受けるダメージの方が大きい。
  それでも日和は止まらない。血路の攻撃を躱し、確実に拳を命中させる。
 「まだそんなに動けるのか! だが、お前の攻撃はオレには効かねぇ!」
 「そうかもね」
  日和の拳が血路の腹部に触れ――。
  ドンッ! 
  血路に衝撃が走り、吐血する。
 「なっ!」
 「亜衣さんに教えてもらっててよかった」
 「寸勁……ここで来るか……!」
  血路の口角が上がる。
  日和の予想は当たった。甲羅は頑丈でも、甲羅の中身は? 中身に攻撃を通すことができれば勝機があるのでは?
  でも亜衣と伊藤が使用したため、見られている。対策が立てられているかもしれない。
  だから最初は普通の拳で油断させる必要があった。寸勁を忘れさせるため、自分が寸勁を使えないと思わせるため。確実に決めれる瞬間を待っていたのだ。 
  作戦は成功、血路に決定的なスキが生まれた。
  日和、千載一遇のチャンス!
 「邪を貫く物、ここに」 
  日和の右手に短刀が握られる。
  狙うは、腹部の甲羅のヒビ。
 「いいねぇ! そうじゃねぇとなぁ!」 
  短刀が腹部に迫ると同時に血路がハサミを振りかざす。
  ザクッ!
  日和は間一髪で血路の攻撃を躱し、短刀を狙いの腹部に突き刺す。しかし――。
 「浅ぇよ! 腰が抜けてんのか! こんなんでオレを倒せる訳ねぇだろ!」
  血路のハサミが首元に迫り、日和は反射的にのけぞる。
  ブシュ!
  ハサミがかすり、日和の首から血が飛び出る。 
 「日和さん!」
  日和の傷は浅い。しかし、左肩、喉、二カ所の出血は早急に手当てをしないと大量出血で命が危ない。
 「大丈夫……」
  日和の短刀はまだ、血路の腹部に刺さっている。日和が勝つためには、その短刀を血路に抜かれるよりも先にさらに深く差し込まなければならない。
  チャンスは今しかない!
  日和はすぐに血路に刺さっている短刀に手を伸ばそうとする。 
  血路も日和にハサミを振りかざす。
  リーチが違った。
  日和の腕よりも、血路のハサミの方が長い。
 「オレの勝ちだぁ!」 
  血路のハサミが日和に迫る。
  このままでは日和に待つのは、敗北、否、死である。
  逃げれば助かるかもしれないが、そのスキに短刀を抜かれ勝機を失う。
  避けて、短刀に手を伸ばすのは困難。
  前進すれば死、後退すれば敗北。 
 「死にたくない……!」
  日和から声が漏れる。
  ドガッ!  
  日和が選んだのは蹴りだった。 
  腕は届かなくても、足は届く。
  日和の蹴りは血路の腹部の短刀へ炸裂、さらに深く押し込んだ。
 「がはっ!」
  血路は再び血を吐いた。
 
 
  to be continued  
 
  ――――――
 
  第二十三話「消しゴムで消せないもの」
 
  ――――――
 
  日和の蹴りは血路の腹部の短刀へ炸裂、さらに深く押し込んだ。
 「がはっ!」
  血路は再び血を吐き、そのままよろめき、数歩後ろへ下がる。
  日和は追撃のため、再び距離を詰めようとする。
 「これで――」
 「まだだ!」
  血路は再びハサミを向ける。
 「もう撃たせない!」
  血路が斬撃を飛ばすよりも早く、日和の拳が血路に入る。
  ドンッ!
  二回目の寸勁。
 「ぐっ!」
  血路が苦痛で顔を歪める。
  それでもまたハサミで――。
  ビュゥン!
  腰投げ。
  日和は血路の最後の力を振り絞った攻撃を受け流し、投げ飛ばす。
 「がっ!」
  血路は再び立ち上がるが――。
  ドガッ!
  四方投げ。
  血路は再び地面に叩きつけられ――。
 「が……」
  血路は融合していたカニと分離し、意識を失った。
  腹部に刺さっていた短刀は、分離と共に抜け、傷は浅くなっていた。
 「勝負あり! 勝者! 浪花日和!」
  アナウンスが響いた。
  
 *
 
 「そうですか。血路がやられましたか」
 「そうだ。お前はやれるか?」
 「そうですね。水と風の壁。面倒ですが、やってみましょう」
  
 *
 
 「浪花さん!」
  控え室に戻ってきた日和にエイルが駆け寄る。
 「大丈夫です……」
  日和は袴と黒い帯を取り、変身を解除する。
 「疲れましたー」
  黒帯からクロネコの姿に戻ったクロは地面にお腹を出して寝転がる。
 「ありがと、クロ」
  日和もふらふらと歩き、椅子に吸い込まれるように座る。
 「あの、傷の手当てを」
 「ありがとうございます……」
  変身していたお陰なのか、日和の傷は、大方塞がっていた。しかし、手当てをしておくに超したことはない。
 「次は俺が行きます」
  名乗りを上げたのは硝だった。
 「おい、白川」
  椅子の上でぐったりしていた亜衣が声をかける。
 「分かってますよ」
 「いや、一つはヤバくなったら出せ。自分の身を守れ」  
 「……分かりました。亜衣さんも自分のこと守ってくださいね」
 「こっちは任せろ」
  ケンが声をかける。
 「あぁ、頼んだ」
  硝はそれだけ言い、闘技場へ向かった。
 
 *
 
 「第六試合、挑戦者チームは、白川硝だぁ!」
  アナウンスが響く。
  硝が闘技場に降り立つと同時に、相手も姿を現した。
 「大世界チームは、筆先鋭利(ふでさきえいり)だぁ!」
  再びアナウンスが響く。
  闘技場に現われた対戦相手は、細身の黒いスーツを纏ったメガネをかけた女性だった。
 「試合開始!」
  試合のゴングが鳴る。
  硝はすぐさま、消しゴムを一つ取り出し、指で弾く。
  消しゴムの弾丸(イレイサー・ストレート)!
  硝が放った消しゴムはそのまま鋭利に――。
  ザシュッ! 
  硝が放った消しゴムは両者の真ん中の地面に落ちた。
 「ボールペン?」
  落ちた消しゴムにはボールペンが刺さっていた。
 「そうです。よく言うでしょ。ペンは剣より強しと」
 「よく言うけど、そういう意味じゃない」
 「あなた、消しゴムを使うのね。剣よりも強いペン。ペンの文字を消せる消しゴムは更に上、とでも考えたんでしょうけど」
 「そんなの考えてねぇよ」
 「残念だったわね。消しゴムではボールペンは消せない」
 「どうでもいい」
  硝は消しゴムを取り出し――。
  ビュン!
  鋭利が飛ばしたボールペンが硝の頬を掠めた。
  硝の頬から血が流れる。
 「なるほど。水による光の屈折により、こちらからは狙えないようにしているのですか」
  鋭利はクイっとメガネを上げる。
 「マジかよ……」
  硝の額を冷や汗が流れる。
  硝は視界の隅で見たのだ。ボールペンが控え室の前の水と風の壁を貫く瞬間を。
 「なかなか考えましたね。しかし、数を撃てば当たるでしょう」
  ビュン!
  鋭利から大量のボールペンが放たれ――。
  消しゴム連弾(イレイサー・マシンガン)!
  硝は大量の消しゴムを連続パンチを放つ要領で弾く。
  硝が放った消しゴムは鋭利が放ったボールペンを全て打ち落とした。
 「理屈はよく分かんないけどさ、あんたの言うとおり消しゴムでボールペンを消すことはできないかもしれないけど、打ち落とすことはできるみたいだぜ」
 「なるほど。実に面白い」
  鋭利は不敵に笑った。
 
  to be continued  
   
      
  登場人物おさらい
 
  白川 硝(しらかわ しょう) 17歳 男
  自称探偵、やってることは何でも屋。普段はラーメン屋『哲』で働いている。
  消しゴムを武器にして戦う。技名を心の中で叫んでいる。
   
  技一覧(技は他にもあります)
  消しゴムの弾丸(イレイサー・ストレート) 消しゴム一つを片手の指で弾く。構えのイメージは「とある」の御坂のレールガンに似てる(多分)。一般人なら一撃で倒せる。
 
  消しゴム連弾(イレイサー・マシンガン) 宙に消しゴムを投げ、両手で連続パンチ(デコピン)を打つ感じで弾く。イメージはゴムゴムのガトリング(パンチではなくてデコピン)。
 
  消しゴム蹴弾丸(イレイサー・ストライク) 消しゴム一つを足で蹴る。
 
  消しゴム加速器(イレイサー・アクセル) 消しゴムを射出する勢い&跳弾で加速する。作者のお気に入りの技。
 
  消しゴム反射弾丸(イレイサー・リフレクト・ストレート) 消しゴムの弾丸を壁に反射させて、相手に命中させる。壁に反射させる分、威力はやや下がる。
 
  消しゴムの二弾丸(イレイサー・ツイン・ストレート) 消しゴムの弾丸を両手で放つ。
 
  消しゴム散弾銃(イレイサー・ショットガン) 片手で二個ずつ、計四個の消しゴムを時間差をつけて放つ。ぶっちゃけ説明がめんどくさい。
 
  消しゴムの長距離弾丸(イレイサー・ライフル) 両手で一つの消しゴムを弾く。
 
  消しゴム拳銃弾(イレイサー・マグナム) 五個の消しゴムを両手を突き出すようにして弾く。イメージはゴムゴムのバズーカ(掌底ではなくデコピン)。
 
  消しゴム連弾と消しゴム反射弾丸を組み合わせた消しゴム反射連弾(イレイサー・リフレクト・マシンガン)等もある。
 
  ――――――
 
  第二十四話「威圧感」
 
  ――――――
 
 「じゃあ、これらも全て打ち落とせるのかしら」
  鋭利はすぐさまボールペンを数十本、控え室に向けて投擲する。
 「何度やってもムダだ!」
  消しゴム連弾(イレイサー・マシンガン)!
  硝はすぐに消しゴムで全てのボールペンを打ち落とし――。
  ブシュ。
  硝の腹部にボールペンが刺さる。
 「え?」
 「お仲間さんを護るのに必死だったわね。でもダメよ。自分もちゃんと護らないと」 
  鋭利は不気味に微笑む。
 「くっ!」
  硝は再び消しゴムを取り出すが――。
  ビュン!
  防戦一方だった。
  ボールペンが硝の頬を掠める、足に、腕に刺さる。
  仲間がいる控え室に放たれるボールペンを打ち落とすことに気を取られ、自身に飛んでくるものを防ぐ余裕がない。
 「ホントスゴいわねあなた」
  鋭利は思わず声を出す。
  硝の身体には十数本のボールペンが刺さり、その部位から血が流れる。
  だが、仲間がいる控え室にはボールペンは最初の投擲以降、一本も届いていない。 
 「あれだけ投げたのに、お仲間さんの方には一本も届かないなんて……まともに戦っていたら私の負けだったわね。あなたの敗因はお仲間さんを護ることで手一杯だったことね」
  鋭利は勝ち誇ったように笑う。
 「やるしかねーか」
  硝は大きく息を吐く。
 「何を見せてくれるのか、楽しみね。でも、これで終わりよ」
  ビュン!
  鋭利は再び数十本、否、数百本のボールペンを投擲する。 
 
 「一つはヤバくなったら出せ。自分の身を守れ」 
 
  硝は、試合開始直前に亜衣から言われたことを思い出す。
 「まさか本当に使うことになるとはな」
  硝は再び、連続パンチを放つ要領で消しゴムを数十個弾く。
  硝が行ったことは先ほどまでと同じに見えた。
  ドガッ!
 「なっ!」
  先ほどとは違い、鋭利に消しゴムの一撃が入る。
 「防御を捨てて攻撃に――」
  鋭利は硝が控え室の仲間と自分を護ることを捨てたのかと考えた。だが、それは違った。
  先ほどと放ってる消しゴムの数は大差ない。それなのに、先ほどの十倍近くの量のボールペンを全て打ち落とし、その上、鋭利に攻撃を命中させたのだ。
 「消しゴムが空中で曲がってる……!」
  鋭利は見たのだ。
  先ほどと違い、硝が放ってる消しゴムの弾道が曲がっていることに。
  先ほどまでは、消しゴムの弾道はほぼ直線だった。よって、一つの消しゴムで打ち落とせるボールペンは一本、多くても三本だった。
  しかし、今は空中で曲がり、弾道を変えることにより、一つの消しゴムで十本近くのボールペンを打ち落としている。よって、鋭利に攻撃を加える余裕が生まれたのだ。
  消しゴム婉曲連弾(イレイサー・ストレンジ・マシンガン)!
  硝は攻撃消しゴムを放つ手を緩めない。一気に鋭利を追い詰める。
 「がはっ……!」
  硝の猛攻により、鋭利は膝をつく。
  地面には大量の折れたボールペンと、ボールペンが突き刺さった消しゴムが散乱している。
 「ふぅ」
 「思ったよりやるじゃない。でも――」 
  シュッ!
  鋭利の姿が硝の視界から消える。
 「あの量のボールペン重かったのよね」
  鋭利は硝の背後でつぶやき、そのまま首筋にボールペンを刺そうと――。
 「バレバレなんだよ」
  硝は自身の足下に消しゴムを放つ。
  バンッ!
  鋭利は咄嗟に後ろへ下がる。消しゴムが彼女の頬を掠める。
  硝が地面に放った消しゴムは、地面で跳ね返り、背後の鋭利へ飛んで行ったのだ。
  消しゴム反射弾丸(イレイサー・リフレクト・ストレート)!
 「大量の武器を使って戦って、残りの武器が少なくなったらスピードアップってベタなんだよ」
 「でもどうしてそれがベタになってると思う?」
 「それが強いからだろ」
 「分かってるじゃない」
  ビュン! 
  両者は同時に動き出す。
  スピードは鋭利の方が圧倒的に速かった。
  硝は走りながら消しゴムを連続で放つが、鋭利には一発も当たらない。
  シュパッ!
  控え室の方へボールペンが投擲される。
  これが鋭利の真の狙いだった。スピードアップに気を取らせ、そのスキに控え室へ攻撃を加える。
  まともに狙っても、硝に阻止される。だからわざわざ背後を取り、控え室への攻撃から意識を逸らそうとしたのだ。
 「だからバレバレなんだよ」
  硝は消しゴムで控え室の方へ向かったボールペンを難なく打ち落とす。
 「え?」
 「スピードアップで俺から控え室への攻撃を忘れさせたつもりか? だったら甘ぇよ」
 「それがどうしたの? あなたじゃ私の動きについて来れない!」
  鋭利は勝ち誇ったように笑う。
  彼女は自信の勝利、控え室への攻撃の成功を確信していた。
  硝には十数本のボールペンが刺さっている。彼女が使うボールペンのペン先には、しばらく身体の動きを痺れさせる毒が塗られている。
  今、硝が戦えているのは、精神力で無理矢理身体を動かしているからだ。だが、長くは持たない。
 「そろそろ終わらせないとマズいか」
 「そう。毒で苦しいのね。すぐに終わらせてあげるわ」
  鋭利は再び姿を消し――。
  ビュン! 
  鋭利の腹部に消しゴムが命中する。
 「なっ!」 
  鋭利は動揺を隠せなかった。
  硝の攻撃が自身に命中したことではない。硝が高速移動した自分のすぐ目の前に立っていたこと、硝が自身を越えるスピードで移動したということだ。
  消しゴム加速器(イレイサー・アクセル)。
  硝は前へ踏み出すのと同時に、消しゴムを後ろへ射出し、その勢いで鋭利を遥かに上回るスピードで移動したのだ。
 「終わりだ」
  硝は一塊にした消しゴム五個を両手を突き出すようにして弾く。
  消しゴム拳銃弾(イレイサー・マグナム)!
  硝の渾身の一撃は鋭利の腹部に炸裂する。
 「がっ!」
  鋭利は吐血し、そのまま場外まで飛ばされ、奈落へ落ちていった。
 「勝負あり! 勝者! 白川硝!」
  アナウンスが響く。
 
 *
 
 「残りは俺一人か」
 
 *
 
 「硝!」
  控え室に戻ってきた硝にロミが飛びつく。
 「あの、白川さん、手当てを」
  救急箱を持ったエイルが硝に話しかける。
 「ありがとうございます」
 「次は僕ですよね」
  あなたはゆっくりと立ち上がる。  
 「裕亜さん」
  エイルが声をかける。
 「どうしました?」
 「……どうか自分を護ってください。お願いします」 
  エイルが言葉を絞り出す。その声は震えていた。
 「分かりました。必ず戻ってきます」
  あなたは控え室を出て行った。
  あなたは分かっていた。
  相手は第七試合を不戦勝にしようとしていたが、その作戦は失敗した。   
  こちらの勝利は確定しているのだ。とすると、相手は反則の一つや二つしてくるに違いない。
  具体的には、自身を殺しに来るぐらいのことはしてくるだろう。
  あなたの足は震え、喉も渇く。
  それでも、あなたは歩みを止めない。
 「第七試合、挑戦者チームは、裕亜阿奈太だぁ!」
  アナウンスは先ほどまでと変わらず響く。
  最終戦だからといって何かを変えるつもりはないらしい。
  ドクン!
  あなたの心臓の鼓動が大きくなる。いや、あなただけじゃない。この会場にいる全員が戦慄した。対戦相手が出す圧倒的な威圧感に。
 「第七試合、大世界チームは、大世界王(だいせかいおう)だぁ!」
  闘技場に現われた対戦相手は、黒スーツを身につけた体格に恵まれた男性だった。
 「久しいな。あの時より随分強くなったものだ」
 「お前は……!」
  あなたは思い出す。
  確か、エイルと出合った翌日、自分たちを追ってきた黒服の男たちのリーダー格だ。あの時は、戦い始める前にケンが不意打ちからのラッシュで倒してくれた。
  しかし、あの時感じた男の戦闘力は本物だった。まともに戦っていたらこちらが負けていただろう。
  しかもこの威圧感、さきほどまでの六人とは格が違う。
  あなたは冷や汗を流す。
 「言っておくが、俺はあの時よりも遥かに強くなった。お前の死は絶対とだけは言っておこう」
  男は指を鳴らす。
  逃げたい。でも――。
 「僕は死にません。待ってくれてる人がいるんで」
  あなたは息を整え、相手に向き直る。
 「試合開始!」
  試合のゴングが鳴り響く。
 
  to be continued
 
 
  硝の技 追加
 
  消しゴム婉曲弾丸(イレイサー・ストレンジ・ストレート) 途中で曲がる消しゴムの弾丸、コントロールが難しい。曲がるのにエネルギーを使う分、威力は消しゴムの弾丸より下がる。
 
  消しゴム婉曲連弾(イレイサー・ストレンジ・マシンガン) 途中で曲がる消しゴムの弾丸を連続パンチを放つ要領で連射する。複数の方向から敵を攻撃する。
 
 
  登場人物紹介
 
  大世 界王(だいせ かいおう) 第四話にて、ケン君に倒された相手。
 
  補足説明
 
  消しゴム婉曲弾は硝君にとっては切り札のうちの一つでした。なので第六試合ではヤバくなるまで使わなかったのです。あと、習得したのは、他の技より遅めなので、威力命中は他の技より不安があったというのもありますね。
 『切り札のうちの一つ』ってことは、他にもあるのか? ですか? さぁ、ご想像にお任せします。
 
  ――――――
 
  第二十五話「前座の終わり」
 
  ――――――
 
  試合のゴングが鳴った。
  あなたは一歩踏み出そうとするが――。
  ガクガクと膝が震える。
  怖気が止まらない。
  身体が戦うことを拒絶していた。
 「どうした? そんなに震えて」
  界王はあなたに笑いかける。
 「ハァハァハァ」 
  過呼吸で意識が飛びそうになる。
  界王が放つ圧倒的な威圧感、この場にいた全員が彼の勝利を確信していた、控え室にいる仲間たちを除いて。
 
 *
 
 「アイツ、俺が倒したときよりも遥かに強くなってやがる……」
  ケンが冷や汗を流す。
 「そうだな。先ほどまでの六人とは格が違う」
  亜衣も小さくつぶやく。
 「裕亜さん……」
  エイルも不安そうにつぶやく。
 「それがどうしたんだ?」
  伊藤が声をあげる。
 「伊藤さん……」
 「自分の後輩があんなのに負ける訳がない!」
 「そうですね。裕亜さんはあの地獄の特訓をくぐり抜けたんですから」
  その地獄の特訓に加わったケンも同意する。
 
 *
 
 「はは、これは戦うまでもなかったよう――」
  あなたは拳を握り走り出す。
  威圧感、それがどうした? 
  そうだった。僕を信じてくれた人がいたんだ! こんなもの!
  哲さんの言葉を思い出す。
 
 「ケツの穴グッと引き締めて、心の中でこう叫べ」
 
  あなたの拳が界王に迫る。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたの拳が界王の鳩尾に炸裂!
 「がっ!」
  衝撃で大気が揺れる。
 「おおぉおおおおおおお!」
  ブンッ!
  砂埃が舞う。
  あなたの拳を受けた界王が大きく飛ばされる。
  飛ばされ、場外では止まらなかった。
  界王がかつていた控え室に飛ばされ、コンクリートの壁に衝突、壁が砕けてもまだ止まらない。そのまま控え室を貫通し、更に奥の廊下の壁にめり込み、ようやく止まった。
 「勝負あり! 勝者! 裕亜阿奈太!」
  
 *
 
  明かりがついておらず、モニターの画面以外の光が存在しない部屋だった。  
  二人の四十前後の男女が今までの戦いを観戦していた。
 「まさかこちらの七連敗とは、ははっ」
  男性が豪快に笑う。
 「楽しそうですね」
 「それはそうだよ。だって、彼らには私たちの力の実験台になってもらうんだよ。どうせ試すなら強い相手の方がいいだろう?」
 「それは分かりますが」
 「弱かったら嫌だから、七試合で実力を見させてもらったが、中々歯ごたえがありそうだ。あと――」
 「何人か、欲しい子でも見つけたんですか?」
 「そうだねぇ。その辺も……いや、でも彼らがいちいち顔と名前を覚えてくれるとは思えないしなぁ……」
 「では、こう指示するのはどうでしょう?」
  女性が男性の耳元でささやく。
 「なるほど。それは名案だ! じゃあ、それでお願いするよ」
  男性は再び笑った。
 
 *
 
 「裕亜さん!」
  控え室に戻ってきたあなたにエイルが駆け寄ってくる。
 「ただいま戻りました」
 「裕亜くーん!」
  伊藤が叫びながらあなたに飛びついてくる。 
 「ぐへ」
 「よかった! よかったよー!」
  伊藤がぎゃんぎゃんあなたの胸で泣いてくる。
 「ここからだな」
  亜衣がぼそりとつぶやく。
 「えーテステス、マイクテスト、聞こえてますー?」
  突然、アナウンスが鳴る。さっきまでの声とは違う。威厳がある男性の声だった。
 「七試合、お疲れ様でした。挑戦者の皆さんの全勝だったというわけだが、まさか全勝するとは思っていなかったよ。素晴らしい!」
 「で、要件はなんなんだ?」
  亜衣が訊ねる。
 「そちらの声は私には聞こえないが、多分、「だから何?」とでも思っているだろう。では、要件を話そう」
  男が咳払いする音が聞こえた。 
 「観客の皆さん、今日は来てくれてありがとう! これが彼らの実力です。あなた方がこれから戦うことになるね」
  控え室一同の顔色が変わる。
 「え? どういうことですか?」
  日和が思わず声をもらす。
 「あー、観客の皆さん、戦う前に一つ注意点です。何人か欲しい人がいるんです。できたら生け捕りでお願いします。と言いたいところですが、難しいですよね。こちらで細かく言うのは面倒ですし、覚えられないでしょう。なので、とりあえず女性は生け捕りということでお願いします。レディーファーストということで。使い方が違う? ですか? とりあえずそういうことでお願いします」
 「趣味が悪い……」
  渚は嫌悪感を隠さずにつぶやく。
 「では、始めましょう。本当の戦いを!」
  客席からあふれんばかりの歓声が響き、地面が揺れる。
 「ここって何人いましたっけ?」
 「二千人だ」
  あなたの質問に亜衣が返答する。  
 「つまり――」
  これからあなたたちは二千人を相手にしなければならないのだ。
 
  to be continued
 
  補足説明
 
  第七試合の  
 「ケツの穴グッと引き締めて、心の中でこう叫べ」→僕のヒーロ●アカデミア
 「ちぇりおぉおおおお!」(ちぇりお)→刀●
  が元ネタです。混ぜてみました。
 
  ――――――
  
  第二十六話「数の暴力」
 
  ――――――
 
  
  迫り来る二千人の観客だった者たち。
  実力は分からない。ただ、全員、こちらの戦いを見ている。例え、先ほどの七人より隠したであったとしても、こちらの手の内を知っている相手が二千人。
 「ここは僕が食い止めます! 皆さんは逃げてください!」
  あなたは迫り来る二千人の大群に飛び込んでいく。 
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたは大群に向けて拳を振るう。 
  ドガッ!
  バギッ!
  風が舞う。土誇りが舞う。人が宙を舞う。
  二十人はぶっ飛ばし、何人かは、闘技場場外の奈落へと落ちていった。
  この調子ならいける!
  あなたがそう思った時――。
  ガシッ!
  あなたの拳が受け止められる。
 「え?」
  あなたの拳を受け止めたのは黒いタンクトップを筋骨隆々の男だった。
 「いい拳だ。だが、俺には通じん!」
  男の拳があなたに迫る。
  反射的にあなたは目をつむってしまう。
 「やば――」
  バギッ!
  あれ?
  恐る恐るあなたが目を開けると――。
  伊藤があなたの拳を受け止めた男の顔面を蹴り飛ばしていた。
 「いい蹴りだ。だが――」
 「自分の後輩に手を出すな!」
  伊藤の髪が金色に輝く。
  ボゴッ!
  伊藤の拳が男に炸裂、男は周りの人を巻き込みながら大きく飛ばされる。
 「伊藤さん、どうして……?」
 「そりゃ、後輩を置いて逃げる先輩なんているわけないだろ」
 「すいません」
 「それになんでこんな無茶したんだ?」
 「それは……」
 「君は試合がワンパンで終わったから手の内が知られてないから大丈夫。とか思ったんだろうけど、ナメないで。自分たちも出してない手の内は山の如くあるから」
  両者の後ろから敵が複数人襲いかかってくる。
  バギッ!
  あなたと伊藤は互いの後ろにいた敵を拳で吹き飛ばす。
 「じゃ、一緒に逃げようか」
 「はい」
  あなたと伊藤は敵を蹴散らしながら、みんなと合流する。
 「ケン! 白川と共に共に先導を頼む!」
  亜衣が指示を出す。
 「分かりました! 皆さんこっちです!」
  ケンが先導しながら、敵を蹴散らしていく。
  ケンが仕留め損ねた相手、リーチが長い相手、飛び道具を持った相手は硝が消しゴムで狙撃していく。
  あなたと伊藤は他の人を護りながら走る。
 「どこへ向かっているんですか?」
  あなたは質問を投げかける。
 「観客が来た場所かな」
  伊藤が返答する。
 「僕たちが来た出入り口はダメなんですか?」
 「それでもいいとは思うんだけど、なんか罠とかありそうじゃない? そうすることは読まれている気がして」
 「なるほど」 
  敵を蹴散らしながら走り続けていると、扉が見えた。
 「とりあえず入りますよ!」
  ケンが開き、全員が扉の向こうへ飛び込む。
  全員が入ったことを確認し、扉を閉じる。扉を閉じるまでの一瞬、硝が消しゴムを放ち、近くの十数人を飛ばした。
  扉を抜けた先は、コンクリートの床、天井、壁、何かしらの球技ができそうなくらいの広さの廊下だった。           
 「とりあえず走りましょう! すぐに追いつかれます!」
  ケンが叫ぶ。
 「そうですね」
  出口の場所は分からないが、止まっててもいいことはなさそうなので、とりあえず走ることにする。
  ここは地下なので、階段を見つけたらとりあえず登る。
  エレベーターは危険だから乗らない。密閉空間なので、ガス等を使われた終わりだし、出入り口が一つしかないので、待ち伏せでもされたら終わりだ。
  七階ぐらいは登った時、ケンと硝が立ち止まる。
 「そこにいるのは誰だ?」
  硝が曲がり角の方に叫ぶ。
 「そうか。ここまでは無事に逃げ切れたらしいな」
  若い男性の声だ。
 「その声は――」
  志智が反応すると同時に、曲がり角から二人の人間が現われた。
  一人は黒いスーツを身につけたクセ毛の男性、もう一人は、髪に薄いピンクが入っている小柄な女性だった。
 「刃野さん! 来てくれたんですね!」
  志智が男性に話しかける。
 「勘違いするな。お前らにはここでやられたら困るだけだ。お前となれ合うつもりはない」
 「そ、そうですか……えっと、そちらの方は?」
 「渚さーん!」
  刃野と一緒にいた小柄な女性が渚に飛びつく。
 「宇佐美さん、来てくれてありがとうね」
  渚は自身に飛びついた女性に微笑む。
 「怖かったですよー! 渚さんに頼まれてここに来たんですけど、ずっとこの怖い人と一緒で、頼もしかったですけど、怖かったです!」
  宇佐美は渚の胸でギャンギャンと泣きわめく。
 「一旦外に出るぞ。これで全員か?」
  刃野が声をかける。
 「はい……あれ?」
 「姐さんがいない!」
  ケンが焦る。
 「まさか……あの人――」
  ビシ!
  あなたたちが立っている廊下の床に亀裂が走る。
 「え?」
  亀裂は床だけではなく、天井や壁に広がっていく。
 「早く外に――」
  ドシャッ!
  あなたたちは床が天井が崩れ、下へ落ちる。     
 「皆さん!」
  あなたは咄嗟に叫ぶが、その声も天井が崩れるけたましい音にかき消された。 
 
 *
 
  あなたたちが廊下に出てから最初に登った階段の近くで、一人壁にもたれかかっている女性がいた。
  ドタドタッ!
 「いたぞ!」
  数十人の敵が彼女に駆け寄ってくる。
 「お前は確か、第一試合に出ていた女だな」
  敵の一人が女性に話しかける。
 「そうだが、それがどうした?」
  壁にもたれかかっていた女性、亜衣は返答する。
 「こんなところに一人とは、置いてかれたのか? それともカッコつけて一人で俺たちを食い止めようとでも思ったのか?」
 「単に私は足が遅いから、ついて行っても邪魔だと思っただけだよ」
  亜衣は壁から離れ、半身を取る。
 「そうかい、だったら、大人しく捕まってくれ!」
  敵の中で一番ガタイが大きい男が殴りかかる。
  ビュン!
  殴りかかった男の身体が宙を舞う。
 「なっ」
  ドサッ!
  宙を舞った男の身体は地面に衝突、そのまま動かなくなった。
  この場に動揺を隠せる者はいなかった。
  自分たちの中で一番大きな身体を持つ男が、満身創痍の華奢な女性に瞬殺されたのだから。
 「バカな! お前は第一試合でもうボロボロのはず! 炎司に余力があったら負けてたって……」
 「そうだな。アイツに最後の百発近くの爆発をやるだけの力が残ってたら危なかったな」
  亜衣は淡々と答える。
 「化け物が……!」
 「言いたいことはそれだけか? 一人ずつは面倒だ。全員で来い」    
  亜衣は静かに言い放つ。
 
  to be continued
 
 
  登場人物紹介
  
  刃野 亘(じんの わたる) 26歳 男
  クセ毛が特徴。
  志智の知り合い。ドライバーとペンシルを使い変身して戦う。
  変身前でも、高い戦闘力を誇る。作者の中でのイメージは『ゴリライズしない不破さん』。あれ? 不破さんからゴリライズを抜いたら何も残らない? そうかもしれませんね。笑
  ちなみに第六話にちらっと出てきてました。
 
 
  宇佐美 桃(うさみ もも)  19歳 女性
  小柄な少女。よく中学生と間違われる。
  高い運動神経を持つ。渚の知り合い
 
  補足説明
  
  亜衣がケンと硝に先導を任せた理由は、彼らが後ろ(自分の近く)だったら、自身が途中からいなくなったことに気づくからです。
  亜衣は最初から自分が途中で離れて、「ここは自分に任せて、みんなは逃げろ」をやるつもりだったんです。
  ただ、それを宣言してしまうと、誰かが残ってしまう(特にケン)ので、黙って離れることを選んだのです。誰かが自分がいないことに気づいた時には、全員が地上に脱出できていることを祈って。
  
  ――――――
 
  第二十七話「あの男再び」
 
  ――――――
 
 「うわぁあああ!」
  立っていた地面が崩れ、全員が離れ離れになっていく。
 「裕亜さん!」
  空中でエイルがあなたに手を伸ばす。
 「エイルさん!」
  あなたは咄嗟に彼女の手を掴み、下を見る。
  ヤバい!
  地面にはコンクリートの破片、丸出しの鉄筋、このまま落下すると、串刺しになる。
  どうにかしようとするが、空中では何もできない。
 「くそぅ……」
  あなたが絶望しかけた時――。
 「危ない!」
   風が吹く。
  ガシッ!
  誰かがあなたとエイルを抱える。
 「伊藤さん!」
  エイルが安堵の声をあげる。
 「待たせたね」
  伊藤はあなたたちを抱え、地面の安全な場所に着地する。
 「ありがとうございます。助かりました」
 「いやいや、後輩を助けるのは、先輩として当然のことさ」
  伊藤はあなたたちを地面に降ろし微笑む。
 「随分落ちてしまいましたね」
  あなたは上を見上げてつぶやく。
  三階分ぐらい落ちてしまったらしい。
  しかも、通路は瓦礫でほとんど塞がってしまっている。
 「皆さんともはぐれてしまいましたね……」
  エイルが不安そうにつぶやく。
  今ここにいるのは、あなた、エイル、伊藤の三人だ。他のメンバーも離れ離れになっているに違いない。
 「とりあえず進みましょう」
  あなたはそう提案し、瓦礫がない通路へ進む。
 「いたぞー!」
  男の声が響く。
  あなたが進んだ通路の先には数十人の男がいた。
  間違いなく先ほどまで観客席にいた敵だ。
  退路はない。
 「伊藤さん」
 「いくよ! 裕亜君!」
  伊藤の額に赤黒い痣が現われる。
 「はい!」
  あなたと伊藤は敵の集団の中へ飛び込み――。
  ドガッツ! バギ!
  全員を瞬殺した。
  数十人の敵は全て、壁や天井、地面にめり込み、動かなくなった。
 「峰打ちだ」
  伊藤がカッコつける。
 「峰打ち? 素手ですよね」
 「細かいことはいいの」
 「はぁ……」
  多分、誰も殺してはいない、ということを言いたかっただけなのだろう。
 「じゃあ、進もう――」
  ドクン!
  突然、あなたの心臓の鼓動が速くなる。
  あなただけではない、伊藤もエイルも何かが来ることを感じていた。
 「この威圧感、まさか――」
  バキィ!
  目の前の床が崩れる、否、誰かが下の階の天井を貫いたのだ。
  崩れた床から人影が現われる。 
 「また会ったな」
  聞き覚えのある声だった。
  大気が震えるこの威圧感、間違いない。
 「お前は――」
  あなたたちの前に黒いスーツを身につけた男、大世界王が姿を現した。
 「まだ生き残っているとは、さすがだな」
  大世界王は不敵に笑う。
 「お前、どうして――」
  あなたたちは動揺を隠せなかった。
  大世界王は第七試合、あなたの渾身の一撃により、ぶっ飛ばされた。なのに無傷なのだ。
 「確かにいいパンチだったが、あんなので俺が倒れるとでも思ってたのか? だとしたら――」
  ビュン!
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたの拳が大世界王に炸裂。衝撃で大気が揺れ、コンクリートの地面に亀裂が走る。
 「俺も随分舐められたものだ」
 「なっ!」
  大世界王は、第七試合で彼をぶっ飛ばしたあなたの拳を片手で受け止めたのだ。  
 「あの時は油断していた。だが、もう油断はしない。最初から全力で行かせてもらう」
  ドシャア! 
  大世界王も拳を振るう。
  風圧で地面、壁、天井に亀裂が走り、破片が飛び散る。
 「お前こそ舐めるなよ」
  あんたは大世界王の拳を片手で受け止める。
 「ほう、少しは骨があるみたいだな」
  大世界王もニヤリと笑う。
 
  to be continued
 
 
  ――――――
 
  第二十八話「もう油断はしない」
 
  ――――――
 
  拳と拳がぶつかり合う度、風圧で地面に亀裂が走る。
 「いい! いいぞ!」
  大世界王は笑いながら拳を振るう。
 「くっ!」
  ――どうする?
  あなたは考える。
  このまま拳を振るい続けても泥仕合。決着がつかない。かといって下手に動けば追い込まれる。
  何を弱気になっているんだ!
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたは再び全力の一撃を放つ。
  バギィ!
  コンクリートの床、天井、壁に亀裂が走り、破片が舞う
  大世界王は両手でガードするが、数メートル飛ばされる。踏ん張った足で床がえぐれる。
 「裕亜君!」
 「伊藤さんはエイルをお願いします!」
 「……分かった!」
  伊藤はあなたの頼みを苦い顔で了承する。
 「別に俺は二人がかりでいいんだぞ」
 「お前なんて僕一人で十分だ」
 「そうか。舐められたもんだ。では準備体操はこのあたりで終わろう」
  ボゥ!
  大気が揺れる。彼の近くに落ちてたコンクリートの破片が舞う。
  あなたはすぐに動き出す。
  拳では大したダメージにならない。ならば――。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたは全力の回し蹴りを放つ。
  蹴りの風圧でコンクリートの破片が舞い散る。
 「いい蹴りだ」
  大世界王は片手であなたの蹴りを受け止め笑う。
 「嘘だろ……」
  あなたは目を見開き、一歩下がる。
 「ではこちらから行かせてもらおう」
  ビュビュビュン!
  目に止まらぬ速さの突きだった。しかも三発。
 「がっ」
  あなたが殴られたと気づいた時にはすでに三発入っていた。 
  あまりの威力にあなたは地面に膝をつく。
 「そんなものか?」
  あなたが立ち上がるより早く、大世界王の蹴りが炸裂する。
 「がはっ……!」
  あなたは地面を転がる。
 「どうした? 終わりか?」
  大世界王はあなたの方へ歩いてくる。
  あなたは立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
 「く……そ……」
 「さらばだ」
  大世界王は立てないあなたに前蹴りを放つ。
  ――ダメだ!
  あなたは思わず目をつむる。
  バギィ!
  あれ……?
  あなたに蹴りは炸裂しなかったのだ。恐る恐る目を開くと――。
 「どうして……?」
 「ごめんね。身体が勝手に動いちゃった」
  あなたの前には伊藤が立っていたのだ。
 「伊藤さん、その腕……」
  金髪になった伊藤は左手で大世界王の蹴りをガードしていた。その腕は蹴りによって不自然な方向に曲げられていた。
 「大丈夫」
 「ほう、腕が折れても声の一つもあげないとは――」
 「うおおぉおおおおお!」
  伊藤は拳を振るう。
  しかし、大世界王は動かずにただ拳を受ける。まるで、こんな攻撃、ガードするまでもないとでも言っているようだった。
 「だったら!」
  伊藤の髪が赤くなり、彼女の拳の速さが増す。
  バシィ。
  大世界王は左手の人差し指で伊藤の拳を受け止める。
 「うおおぉおおおおお!」
  伊藤は右手で拳の連撃を放つが、大世界王は全てを指だけで受け止める。
  拳がぶつかった衝撃で彼らが立っている床にクレーターが生まれる。
 「どうした? そんなものか?」
 「まだだ!」
  伊藤の髪が青く輝く。
 「うおおぉおおおおお!」    
  伊藤の動きが今までの比じゃないほど速くなる。
  ビュビュビュン!
  鮮血が舞い、大世界王の頬に付着する。
 「そんなものか……」
  大世界王はつまらなさそうにつぶやく。
  彼の拳を受け、吐血した伊藤は地面に崩れ落ちる。
 「伊藤さん……!」
  伊藤の髪は黒に戻る。
 「裕亜……君……ごめんね。君を護りたくて身体が勝手に動いたんだけど、何もできなかった……」
  伊藤は力尽き、気を失った。
 「そんなこと……!」
  あなたは力を振り絞って立ち上がる。
 「また立ち上がるか」
 「伊藤さん、庇ってくださってありがとうございました。エイルさん、伊藤さんをお願いします」
 「はい!」
  エイルが伊藤の下まで駆け寄り、伊藤を抱え、大世界王とあなたから距離を取る。
 「待っててくれるんだな」
 「それくらいはサービスしてやろうかとな」
  あなたはすかさず拳を振るう。
  今まで大世界王は油断してしゃべっている間は無防備だった。その隙をついてケンはかつて勝利したし、試合でもあなたは勝利できた。その隙をつけば撃破までは行かなくても逃げる隙を作ることはできるかもしれない。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  大世界王は難なく片手であなたの拳を受け止める。
  あなたの最後の希望は打ち砕かれた。
 「もう油断はしないと言っただろ」
  大世界王の拳があなたに迫る。
  ――あ、死ぬ……。
 
  to be continued
 
  裏話
 
  今回、少しだけドラゴン●ール超の悟●VSジ●ンのパロを書いてみました。面白くない? 下手くそ?  すいません。やってみたかったんです。あ、パクリとか言って叩かないでくださーい! 
  
  ――――――
  
  第二十九話「思いついた言葉」
 
  ――――――
 
  死の直前に人が走馬灯を見る理由は、一説によると、今までの経験や記憶の中から迫り来る死を回避する方法を探しているのだという。
 
 *
 
  相変わらず何もない。
  何度思い返しても普通の人生だったと思う。
  最後は親の顔でも思い出すのか……あれ? 思い出せない。
  普通に友達と遊んで……あれ? 友達と遊んだ記憶はあるのに、友達の顔を思い出せない。
  なんで?
  あとなんでって、なんで『ちぇりお』なんだっけ? かけ声。
 「かけ声なんてテキトーでいいんだよ。テキトーに思いついたのを叫べばいいんだよ」
  哲さんはそう言ってた。
  細かいことは忘れたけど、声を出すことで火事場の馬鹿力に近い状態にすることが目的なのだから、かけ声はなんでもいいのだと。自分に合うものを使えばいいそうだ。
  自分に合うもの……。 
  思いついた言葉……。
 
 *
 
 「まそっぷぅうううう!」
  あなたの拳が大世界王の右拳を砕く。
 「バカな。拳が砕けた?」
  大世界王は体勢を立て直すため、距離を置こうとする。
  あなたはこのチャンスを逃さないため、拳を振るいながら追う。
  ――止まるな! 走り続けろ! 今止まれば、ちぇりおのかけ声からまそっぷのかけ声に無理矢理切り替えた跳ね返りが来る。そうしたら僕はしばらく動けなくなるだろう。だから今やらなければ! 走れ! 皆さんを護るんだ!
  あなたの拳が床や壁を砕き、コンクリートの破片が舞う。
  一瞬、大世界王の首ががら空きになる。 
  ――見えた! 隙の糸!
  あなたは拳を放つが、同時に大世界王も左拳を振るう。これは罠だった。あなたを誘うため、わざと作った隙であった。
  二人の拳が互いに命中するのはほぼ同時になるだろう。
  ――今ここで倒すんだ! 例え相打ちになったとしても!
 
 
  それはただの幻か、それとも――。
 「薫。薫。起きて 薫」
  気を失った伊藤の夢の中に、彼女の母が現われ懇願する。
 「後輩を助けるの。今の薫ならできる。頑張って」
  伊藤は目を覚まさない。母の瞳に涙が浮かぶ。
 「お願い薫。後輩が死んでしまうわ」
  
  
  伊藤は目を覚まし、手をかざす。
 「血●術 爆●!」
  ボァ!
  大世界王の頬に付着した伊藤の血が発火する。
 「熱っ」
  突然の炎にひるみ、大世界王の攻撃が止まる。
 「まそっぷぅうううう!」 
  ドガッ!
  決定的な隙にあなたの拳が大世界王の首に炸裂。
 「バカな……」
  気道を潰された彼の意識が一瞬シャットダウンする。
 「僕と皆さんの絆は誰にも引き裂けない!」
  あなたの回し蹴りが大世界王の顔面に炸裂し、壁にめり込み、壁にクモの巣のような亀裂が走る。
 「がっ……」
  壁にめり込んだ彼はそのまま動かなくなった。
 「勝った……」
  あなたは緊張の糸が切れたのか、地面に倒れる。
 「裕亜さん!」
  エイルがあなたに駆け寄る。
 
 *
 
  あなたが戦闘していた場所より二階上の場所、硝とロミの前に数十人の男が立ちはだかる。 
  硝は宙に投げた数十個の消しゴムを連続パンチを放つ要領で放つ。
  消しゴム反射連弾(イレイサー・リフレクト・マシンガン)! 
  放たれた消しゴムは壁や天井、床で反射し、様々な方向から廊下の敵たちを襲う。 
 「うわぁあああ!」
  数十人いた敵は一瞬にして地に沈んだ。
 「ロミ、もう大丈夫だ」
 「うん。ありがとう」
  物陰からロミが出てくる。
 「みんなは見つかった?」
 「ごめん。まだ全員は見つけれてない」
  ロミは幽霊と話すことができる。
  彼女はその能力を用い、幽霊に他のみんなを探してもらっていたのだ。
 「見つけた人だけでも教えてくれるか」
 「うん。見つけたのは、渚さん、宇佐美さん、みぎわちゃん、志智さん、七香さん、裕亜さん、伊藤さん、エイルちゃん、亜衣さんだけ。日和ちゃんとクロちゃん、金田君、刃野さんはまだ見つかってない。渚さんと宇佐美さんとみぎわちゃんは一緒に行動してて、まだ敵と当たってない。志智さんと七香さんが一緒で、二人も今は敵と当たってない。亜衣さんは敵をたくさん倒してくれてる。裕亜さんと伊藤さん、エイルちゃんは第七試合の相手に勝ったんだけど、裕亜さんと伊藤さんが……。早く行かないと」
 「分かった。伊藤さんたちの場所分かる?」
 「うん、少し遠回りしないといけないけど――」
 「危ない!」
 「ひゃっ!」
  ビュン!
  ロミに向かって飛んでくる。
  硝はロミを押し倒し、回避させる。
 「あらー、躱されちゃいました」
  少年の声だった。おそらく十歳前半。
  倒れた男の下から、彼は現われた。黒いTシャツを着た金髪の少年、歳は十二歳前後だと思われる。
 「え? 子供?」
  ロミが目を丸くする。
  それはそうだ。今まで屈強な大人ばかりを相手にしていたら、いきなり子供が現われたのだから。
 「はい。そうです。一応自己紹介しておきますね。僕の名前は、大世創世(だいせそうせい)です。よろしくね。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
  創世は微笑む。
 「え、も、もう一回、お姉ちゃんって呼んでくれる?」
  ロミが少しテンション高めに訊ねる。
 「いいですよ。お姉ちゃん」
 「ありがとう!」 
 「何やってんだ?」
  硝があきれ気味につぶやく。
 「あ、ごめん」
  二人は立ち上がり、創世に向き合う。
 「で、何のよう?」
  硝は冷たく質問する。敵意を隠していない。
 「あー、いや、ここに僕がいる理由なんて一つですよ」
  ビュン!。
  バシィ!
 「あらー、今度は防がれちゃいましたか」
  一瞬のことだった。
  創世は何かで攻撃をし、硝が消しゴムを弾き、それを防いだのである。速すぎて、ロミには何かがぶつかった音しか聞こえなかった。
 「それができるんなら、俺たちが倒れてるうちにしたらよかったんじゃねぇの?」
 「いやぁ、自分を倒す相手の名前を知らずにやられるのは不憫かなぁと」
 「最初に不意打ちしてきたじゃねぇか」
 「あ、そうですね。あはは」
  創世は声を出して不敵に笑う。
 
  to be continued      
 
  キャラおさらい&紹介  
 
  黒山 露水(くろやま ろみ) 17歳 女
  硝の相棒。一緒に住んでいる。
  幽霊に触ったりすることができる能力、『境界壊し』を持つ。
  おそらくエイルの正体にうっすら勘づいてる人。(境遇が少し似ているため)
 
 『境界壊し』 幽霊が見える、話せる、触れる。あと、露水に触れた幽霊が生身の人間に干渉できるようになったり、逆に露水に触れた人間が幽霊に干渉できるようにすることができる。両方とも効力は露水に触れている間のみ。
 
 『境界創り』境界壊しを抑える装置。電源を入れると、境界壊しを抑える。出力調整で、話せるようにするだけにすることが可能。様々な形がある。露水が一番よく使うのは、黒い腕時計型。左手につけている。
 
 
  神崎 千尋(かんざき ちひろ)
  今回、ロミにみんなの居場所を教えてくれていた幽霊。普段は硝たちがお世話になっている病院の屋上にいる。彼らが世話になっている医者、神崎真の姉。
  仲のいい幽霊、十数人に声をかけて、後方支援をしてくれている。ほとんど活躍してないとかツッコんではならない。
  
  硝の技
  消しゴム反射連弾(イレイサー・リフレクト・マシンガン) 消しゴム反射弾丸と消しゴム連弾の合わせ技。複数の消しゴムを壁や床、天井などに反射させた跳弾で、複数の方向から相手を襲う。ただし一発あたりの威力は上述の二つより劣る。
 
  裏話
  
  今回は鬼●の刃 炭●郞&禰●子VS累 のパロをやってみました。下手くそなパクリとか言わないでくださーい! 
  冒頭の文はほとんどまんまです。というかまんまです。
  最初はこれ、伊藤さんにやらせるつもりだったんですよ。「自分と後輩の絆は誰にも引き裂けない!」って。伊藤さんは登場作品のジャンルが他のキャラと違うので、基本何でもアリなキャラです。パロやるなら彼女の役目なんですよね。
  ただ何かが狂ってしまい、こうなりました。どうしてこうなった?
  質問箱に、「エイル何者?」という質問がありました。感想ありがとうございました!
  これについては、作者も薄々思ってました。エイルについてほとんど何も触れてねぇ……。
  どっかの研究機関から脱走してきたぐらいの情報しかねぇぞ。
  そろそろ彼女の話に触れようかなぁと思います。後付け設定の嵐になりそうですが……。
  エイルとあなたと伊藤さんに関しては後付け設定の嵐になりそうです。
  というか、全キャラかなりガバガバなので、書いてる途中で変わるところあるかも知れませんが、ある程度はご了承ください。
  伏線の張り忘れ、回収し忘れとかやりそうで怖い……。ベストは尽くしますが、もしやらかしたらすいません。
  冷静に考えたら、ロミの能力、後方支援向きですよね。なんで連れてきたんだろ? 硝から離れたくないー! とかだと思いますね。
  
  ――――――
 
  第三十話「上位互換」
 
  ――――――
 
 
 
 「じゃ、一緒に遊ぼ。お兄ちゃん」
  創世は笑いながら、何かを飛ばす。 
  ビュン!
  硝は後ろから飛んで来た何かを難なく躱す。
 「ロミ、下がってろ」
 「う、うん」
  ロミは硝に言われ、数メートル後ろに下がる。
 「後ろから狙ったのに、あっさり躱されちゃった。お兄ちゃんって後ろにも目がついてるの?」
 「ついてない。あの程度なら気配で分かる」
 「そうなんだ。じゃあこれはどう?」
  ビュビュン!
  複数の方向から何かが硝に向かってくる。数は数十個。
  硝は宙に消しゴムを放り投げ、連続パンチをする要領で消しゴムを弾く。
  消しゴム反射連弾(イレイサー・リフレクト・マシンガン)!
  宙で何かと消しゴムがぶつかり合い、全て地面に落ちる。
 「やっぱりそれか」
  地面に散らばったのは消しゴムと――。
 「あ、バレてました?」
  創世が手に持っていたのはスーパーボールだった。
 「バレないと思ってたのか? 最初の不意打ちの時から分かってた」
 「そうなんだー。じゃ、もういいや。本気だそっ」
  創世はそう言いながら、再びスーパーボールを数十個放つ。
  消しゴム反射連弾(イレイサー・リフレクト・マシンガン)!
  硝も再び消しゴムを数十個弾き、対抗するが――。
 「がっ!」
 「硝!」
  創世には硝の消しゴムは一つも届かなかったのに対し、硝には創世のスーパーボールが炸裂したのだ。
 「どう? 僕の技、絶対防御領域は?」
  創世の周りには十数個のスーパーボールが絶え間なく動いている。
 「なるほどな……自分の近くでスーパーボールを循環させ、防御、残りで攻撃か……」
 「うーん、大体あってるけど、十分じゃないね」
  創世は再びスーパーボールを数十個飛ばす。
  硝は消しゴムを弾き、防御しようとするが、全て撃ち落とされ、攻撃を受けてしまう。
 「がっ!」
  硝は思わず膝をつく。
 「いやぁ、お兄ちゃんの消しゴムもスゴいと思うけどね。僕の方がスゴいよ」
  創世は勝ち誇ったように笑う。
 「例えば、お兄ちゃんの消しゴムは一回につき、一度壁に当ててから方向転換させてるけど、たくさん当たっちゃうと威力がほとんどなくなるよね。でも、僕のスーパーボールは五十回当たってもほとんど気力が落ちない」
  創世の言う通りであった。
  硝の壁に反射させる消しゴム技は、そうでないのに比べ、壁で反射させた分、威力が下がるのである。一度壁に当たっただけならば、十分な威力を保てるが、壁に当たる回数が多ければ多いほど、威力が下がっていく。五回も当たれば威力はほとんどなくなる。
  それに対し、創世の跳弾は五十回以上当たっても威力がほとんど変わらない。
  創世はその属性を利用し、十数個のスーパーボールを自身の周りで跳躍させつつけることで防御し、自分は攻撃にほとんどの力を回せるのだ。
  一方、硝の消しゴムではそんなことはできないから、常に攻撃と防御の両方をしなければならない。どちらが有利かは考えるまでもない。
 「要するに、僕の技はお兄ちゃんの上位互換ってこと。分かった?」
 「なら――」
  硝は両手で一つの消しゴムを弾く。
  消しゴム長距離段(イレイサー・ライフル)!
  常時スーパーボールで防御をしているとしても、隙間があるはずである。
  硝は最速の一撃でスーパーボールの防御の隙間を狙い、創世を狙ったのだ。
 「ムダだよ」
  ビュン!
  創世は更にスーパーボールを追加し、防御の隙間を埋める。
  絶対防御領域!
  硝の一撃は難なく弾かれる。
  消しゴム加速器(イレイサー・アクセル)!  
  硝は射出の勢いを利用し、加速して距離を詰める。 
 「おっと!」
  創世はスーパーボールを数十個取り出し地面に叩きつける。
  硝も消しゴム五個を取り出し、両手を突き出すようにして弾く。
  消しゴム拳銃弾(イレイサー・マグナム)! 
  絶対攻撃領域! 
  両者の攻撃が激突する。
 
  to be continued
 
 
 
  キャラ紹介
  大世 創世(だいせ そうせい) 男 十四歳
  小柄な少年。かわいらしい顔をしている。スーパーボールを使用している。
 
  創世のスーパーボール 特殊なスーパーボール。一般のものよりも跳躍等、とりあえず威力が桁違い。うまく使えば、拳銃の弾丸並の衝撃を相手にぶつけることができる。
 
  技
  絶対防御領域  スーパーボール数十個を自分の近くで跳躍させ続けることでつくる結界のようなもの。並の攻撃は全て弾くことができる。下手に近づいたら、スーパーボールの弾幕の餌食になる。弱点は密閉空間以外ではあまり使えないこと。効果は場所等によるが、十分程度。
 
  絶対攻撃領域  絶対防御領域を使用している間に、スーパーボールを数十個弾くことにより、絶対防御領域のスーパーボールの弾道をコントロールし、今弾いたものと防御に使っていたもの全てを攻撃に回す技。一個あたりが拳銃の銃弾に匹敵する数十個のスーパーボールが一斉に襲ってくる。相手は多分死ぬ。
 
 
  硝の技
 
  消しゴム加速器×消しゴム拳銃弾  消しゴム加速器で加速し、威力を高めて放つ消しゴム拳銃弾。硝が放てる技では最高クラスの火力を誇る。消しゴム加速拳銃弾(イレイサー・アクセル・マグナム)とでも名付けようか。(今思いついた)
 
 
  裏話
 。
  スーパーボールはある日、友人が「消しゴムよりスーパーボールの方が強くない?」(うろ覚え)と言ったのがきっかけで思いつきました。まぁ、その友人は自分が言ったこと忘れてそうですが。というか多分呼んでないと思いますけど。ww
  ちなみに創世の技のネーミングは割とテキトーです。いいの思いつかなかったんです。
  
  ――――――
 
 第三十一話「ただの上位互換じゃ何も思わない」
 
  ――――――
 
  消しゴム拳銃弾(イレイサー・マグナム)!
  絶対攻撃領域! 
  ドォン!
  硝と創世の攻撃がぶつかり合い、砂埃が舞う
 「硝!」
  硝は創世の攻撃により飛ばされ、地面を転がる。
  ビュン!
 「おっと」
  硝が転がりながら放った消しゴムが創世の頬を掠める。
 「外したか……」
 「危なかったー。っていうか、僕の絶対攻撃領域を受けたのに、直後に攻撃してくるなんて凄いなー」
  硝は押し負けた。
  硝の消しゴムは創世に届かなかった。
  それでも、硝は諦めずに飛ばされ転がりながらも一撃を放った。しかし、それは頬を掠めただけに終わったのだ。
 「せっかくのチャンス逃しちゃったね」
  創世は微笑み、スーパーボールを数十個再び自分の周りで循環させる。
  絶対防御領域。
  硝はゆっくりと立ち上がる。その目の炎はまだ消えていなかった。
  硝は一瞬の攻防で創世の隙を見つけた。
  絶対攻撃領域を発動した直後、絶対防御領域は消える。
  硝は初見でそれを見抜き、奇襲を仕掛けたが、攻撃を受けた直後で正確に狙うことはできなかったのだ。
 「まぁ、僕はお兄ちゃんの上位互換だからね、勝てないのは仕方ないよねっ」
 「武器が上位互換ってだけだろ?」
 「なんか含みがある言い方だなぁ」
 「言い方変えようか? お前の武器は俺より優れてるんだろうけど、お前が俺より優れてる訳じゃないだろ?」
 「何言ってるの?」
  創世の表情がこわばる。
 「俺は知ってるから。俺の技がほとんど当たらない人とか、こっちの技は効かない上に、一度見た技をそのまま返してくるヤツとか。だから、ただの上位互換程度じゃ何も思わない。というか、あの人たちを見た後だと、格落ち感がスゴい」
  硝はあきれ気味に薄笑いを浮かべる。
 「へぇ」
  創世の表情が凍る。笑っていない。殺す目だった。
  ――どうしたものか。
  硝は思考する。
  絶対防御領域の隙間を最速の消しゴム長距離弾で撃ち抜くのは失敗。
  創世の攻撃は密閉空間以外では脅威ではない。例えば壁を破壊するなどして、この空間を密閉じゃない空間にできれば脅威を半減させることはできるかもしれないが、壁を破壊することが困難だろう。仮にできたとしても、それをしている間に攻撃される。
  絶対攻撃領域を使用した直後は、絶対防御領域は解除されるが、攻撃を受けた直後に相手を狙い撃つのは困難。しかも、あの攻撃は射程範囲が広い上、消しゴム拳銃弾を上回る威力。
  そもそもコイツを倒すことが目的じゃないし、逃げるという選択もあるけど、他のルートは瓦礫で塞がってる。
  ――使うしかないか……。
 「ロミ、悪い。俺、しばらくお前を護れなくなる」
 「大丈夫だよ。私、自分と硝ぐらい護れるから。硝の相棒だから」
 「そっか。じゃあ、しばらくよろしくな」
  硝はロミと言葉を交わし、深呼吸をする。
 「お別れは済んだ?」
  創世が冷たく訊ねる。先ほどまでの笑みはない。
 「いらねぇよ。まだ死なないから」
  硝はゆっくりと創世の下まで歩く。
  創世は硝に対して何もしない。
  理由は二つ。
  一つ目は創世も無限にスーパーボールを持っている訳ではない。彼の手持ちのスーパーボールの残量は絶対攻撃領域をあと一発撃つ程しか残っていない。
  二つ目は、こちらの方が大きい、硝が何をしても、絶対防御領域で弾くことができる上、絶対攻撃領域で硝を沈めることができると確信していたからだ。 
  硝が絶対防御領域の効果範囲の一歩手前まで近づく。 
 「お兄ちゃん、今ならもう少し、お姉ちゃんと話す時間上げるけど、いいの?」
 「いらねぇって言っただろ」
 「そう。じゃあ、さようなら」
  両者は同時に動く。
  創世は数十個のスーパーボールを地面に叩きつける。
  絶対攻撃領域!
  数十個のスーパーボールが硝に迫る。
  硝は宙に七個の消しゴムを舞わせ、両手を右足と一緒に後ろにひき、力をため、全身の力を指に乗せるように右足と一緒に突き出した両手で消しゴムを七個をビームを出すかのように弾きだす。
  消しゴム爆裂(イレイサー・エクスプロージョン)!
  ドォン!
  硝の放った消しゴムはスーパーボールとぶつかった瞬間、爆発した。
 「なっ!」
  創世のスーパーボールは一つも硝に届かなかった。
  代わりに全てのスーパーボールが創世に打ち返され、彼の周りに飛び散る。
 「嘘でしょ! なんで?」
  創世がパニックに陥る。
  信じられなかったからだ、自分の最大火力が打ち返されたことが。
  打ち返されたスーパーボールは一つも創世に命中していないので、体勢を立て直すチャンスはあるのだが、彼の精神にその余裕はなかった。
 「やっぱ跳ね返されても自分に当たんないようには計算してるか」
  硝はつぶやきながら、消しゴムを一つ、足で蹴り飛ばす。
  消しゴム蹴弾丸(イレイサー・ストライク)!
  硝の放った消しゴムが創世の鳩尾に炸裂する。 
 「がっ!」
  創世は大きく飛ばされ――。
 「ごめんね……お父さん……」
  そのまま意識を失った。
 「ロミ、行くぞ。裕亜さんのとこまで案内してくれ」
 「うん」
  硝とロミは倒れた創世の横を走り、あなたたちの下へ急いだ。
 
 *
  硝やあなたが戦っていた階より更に下の階の廊下ではまた別の戦いが行われていた。
 「がっ!」
  誰かが壁に叩きつけられ、コンクリートの破片が舞う。
 「志智さん!」
 「大丈夫です」
  黒い鎧を纏った騎士、志智は息を切らしながら返答する。
 「あれー? そんなもの?」
  少年にも少女にも聞こえる声だった。
  声の主は、茶色の鎧を纏った騎士のような姿をしていた。鎧は志智より少し薄く、腰には藍色のドライバーを巻いていた。
 「油断するなよ」
  茶色の騎士に誰かが声をかける。声質は茶色の騎士とほとんど同じだが、少し落ち着いた感じであった。
 「大丈夫だよ-」
 「お前はすぐに油断するからなぁ」
  茶色の騎士の後ろに現われたのは、紫色の騎士であった。鎧の色以外は茶色の騎士と同じ姿をしている。
 「えー、油断なんかしてないよー」      
  ヒュン!
  志智が黒いオーラを纏いながら二人に距離を詰め、拳を振るう。
  ドガッ!
 「油断じゃなくて、余裕って言うの」
  茶色の騎士の前に現われたコンクリートの壁が志智の拳を防ぐ。
 「えいっ」
  志智の足下からコンクリートが突き出て、彼を襲う。
 
  to be continued 
 
  硝の技
 
  消しゴム爆裂(イレイサー・エクスプロージョン) 硝の最強の切り札。消しゴム七個を全身の力を乗せた両手で弾く。硝の技では最強の威力を誇る反面、指への負担も他のわざとは段違いに大きい。使うと、しばらく指で消しゴムを弾けなくなる上、丸一日弱体化する。ちなみに一日に撃てる回数は最大二回。二回使うと、翌日も弱体化する。要するに使うタイミングを失敗すると敗北確定。
 
  消しゴム蹴弾丸(イレイサー・ストライク) 消しゴム一つを足で蹴る。消しゴム爆裂を使用した直後に使える唯一の技。蹴るので、指で弾くより威力は高めだが、精密な射撃には向かない上、モーションが大きいので隙が大きいという弱点がある。
 
 
  登場人物おさらい
 
  色崎 志智(しきざき しち) 19歳 男
  ごく普通の大学生だった。
  ひょんなことから七香と出会い、ドライバーとペンシルを使い、この世界を狙う『侵略者』と戦うことになる。
 
  変身状態
  ドライバーとペンシルを使い変身した姿。鎧を纏った騎士のような姿。使用するペンシルの色で能力が変化する。
  鉛筆状のアイテム、ペンシルは使えば使うほどすり減っていく。
  ドライバーに差したペンシルを回せば、出力を上げ、強力な攻撃を放てるようになるが、その分、変身できる時間が短くなる。
  志智が現在持っているペンシルは
  黒色 無属性。全てのペンシルの中で最も燃費がいい。
  赤色 火を操る。志智が持つ中で最も火力が高い。
  青色 水を操る。水中戦も可能。志智が持つ中で最も防御に優れている。
  空色 風を操る。飛翔能力がある。志智が持つ中で最も機動力に優れている。
 
 
  二宮 七香(にのみや なのか) 18歳 女
  ひょんなことから志智と出会った少女。
  侵略者に追われている。理由は不明。
 
 
  敵
  茶色の騎士 能力不明
 
  紫色の騎士 能力不明  二人とも志智とは違い藍色のドライバーを使用している。(志智のドライバーは赤紫色)
 
 裏話
 
  消しゴム爆裂と消しゴム婉曲連弾、硝の切り札なのに、初登場した霧雨Vol45(部誌)では使用した相手が悪すぎて、切り札(笑)という感じに鳴ってしまっていたので、ちゃんと切り札みたいな活躍をしてくれてよかったです。トドメは他の技に譲ってますけど、切り札に恥じない活躍してましたよね。(汗)
  ちなみにこの二つは霧雨Vol41(部誌)の段階では使えなくて、45の時には使えるようになっていた技です。
  あと、軽く解説です。
  硝が言っていた
 『俺の技がほとんど当たらない人』→亜衣さん
 『こっちの技は効かない上に、一度見た技をそのまま返してくるヤツ』→霧雨Vol45の大ボスです。
 
  ――――――
 
  第三十二話「茶色と紫色」
 
  ――――――
 
  硝と創世が対決の決着の直前、志智と七香は敵と当たることなく、廊下を進んでいた。
 「一つ聞いてもいいですか?」
  七香が小声で話しかける。
 「いいですけど、どうしたんですか?」
  志智は小声で返す。
 「志智さんは、裕亜さんと伊藤さんと同じ大学でしたよね」
 「そうですね。二人とも俺の先輩ですね。この事件が起きるまで面識なかったですけど」
 「そうなんですか」
  七香が突然足を止める。
 「七香さん?」
 「近いです」
  廊下の曲がり角に近くで、七香が志智に警告する。
 「分かりました」
  志智はドライバーを取り出し、腰に装着する。
 「あれー? バレちゃった?」
  曲がり角から姿を現したのは、中性的な茶髪の人間だった。茶色のワンピースを身につけているので、少女のように見えるが、どこか少年らしい面影がある。
 「意外と分かるものですよ」
  七香は淡々と答える。
 「そーなんだ」
 「もう一人も姿を見せたらどうだ?」
  志智が呼びかける。
 「気づいてましたか」
  現われたもう一人は、先ほど現われた相手とほとんど瓜二つであった。茶色が紫になっている点を除けば。   
 「双子ですか?」
 「正解だよ!」
  茶色が七香の質問に答える。
 「じゃあ、どっちが――」
 「無駄口を叩くな。やるぞ」
  紫色が茶色の発言を遮る。
 「わかったよー。じゃあ、いくよ」
  そう言い、茶色はドライバーを取り出し、腰に装着する。志智のものとは違い、藍色のドライバーだ。
 「分かればいい」
  紫色も、藍色のドライバーを取り出し、腰に装着する。 
 「ドライバーか」
  志智は黒色のペンシルを取り出す。
 「君もドライバーとペンシルを使うんだよね。見せてよ。試作品の力」
  茶色は不敵に笑い、茶色のペンシルを取り出す。
 「油断するなよ」
  紫色は、紫色のペンシルを取り出す。
 「変身」
 「変身っ!」
 「変身……」
  三人は同時にドライバーにペンシルを差し回す。 
 「NORMAL COLOR PENCIL」
 「BROWN COLOR PENCIL」
 「PARPLE COLOR PENCIL」
  ドライバーの電子音声が鳴り響く。
  志智は黒色、茶色は茶色、紫色は紫色の鎧を纏う。
 「行っくよー!」
  茶色が地面に右手をつけると、コンクリートがせり出し、志智に襲いかかる。
 「くっ」
  志智はペンシルを一回転させる。
  バギィ!
  黒いオーラを纏い、コンクリートの塊を砕く。
  ヒュン!
  紫色が志智の頭上に迫る。
 「やべ!」
  ビュン!
  紫色のかかと落としを志智は咄嗟に躱す。躱されたかかと落としは床に直撃し――。
 「なんだこれ?」
  床が砕けたというのなら、さっきまで似たようなのは見てきた。だが、これは――。
 「地面が溶けてる……」
  紫色の蹴りが直撃した箇所の床は、砕けたのではなく、溶けたのだ。
  志智は警戒心を強める。紫色の攻撃は絶対に受けてはならない。
  再び紫色が志智に攻撃を仕掛けようとする。
  ――マズい!
  志智は咄嗟に距離を取ろうとする。
  ドガッ!  
  志智の背中に衝撃が走る。
  コンクリートの塊が、後ろの地面からせり上がってきたのだ。
  紫色は一瞬で茶色の後ろまで下がる。
 「えいっ!」
  ドガッ!
  志智の真横からコンクリートの塊がぶつかり、志智を飛ばす。
 「がっ!」
  誰かが壁に叩きつけられ、コンクリートの破片が舞う。
 「志智さん!」
 「大丈夫です」
 、志智は息を切らしながら返答する。
 「あれー? そんなもの?」
 「油断するなよ」
  紫色が茶色に声をかける。
 「大丈夫だよ-」
 「お前はすぐに油断するからなぁ」
 「えー、油断なんかしてないよー」      
  ヒュン!
  志智が黒いオーラを纏いながら二人に距離を詰め、拳を振るう。
  ドガッ!
 「油断じゃなくて、余裕って言うの」
  茶色の騎士の前に現われたコンクリートの壁が志智の拳を防ぐ。
 「えいっ」
  志智の足下からコンクリートが突き出て、彼を襲う
 「BLUE COLOR PENCIL」
  青色のオーラが志智を纏い、コンクリートによる攻撃を防ぐ。
 「あれ? 防がれちゃった」
  茶色が首を傾げる。
  志智はすかさずペンシルを二回転させ、青いオーラを纏い、水流を放つ。
  ドシャア!
  川の激流のような水流が茶色と紫色を襲う。
  茶色は咄嗟にペンシルを二回転させる。
 「はっ!」
  茶色のオーラを纏い、土の壁を作り、水流を防ぐ。
 「助かった」
  紫色が茶色に声をかける。
 「そーだね。今のは少し危なかったよ。僕も本気出そっ」
  茶色はペンシルを三回転させ、地面に手をつける。
  グラグラ!
  床や天井、壁に亀裂が走る。
 「マズい!」
  志智はペンシルを回転させようとするが――。
  ズボッ!
  地面に穴が空き、右足が落ち倒れてしまう。
 「なるほど。この能力で俺たちを分断したのか」
 「そうだよー! じゃあね」
  志智の頭上の天井が崩れる。
  ドガッドガッ!
  崩れた天井が志智に覆い被さった。
 
 *
 
  渚、みぎわ、宇佐美がいる廊下の天井が揺れる。
 「またこの揺れ」
 「え? 天井崩れるんですか! このままだと生き埋めになってしまいます!」
  宇佐美が泣き叫び走り出す。
 「ちょっと待ちなさい」
  渚も後を追う。
 「待ってよー」
  みぎわもよちよちと走り出す。
  
  *
  
  硝とロミが走っている廊下の床に亀裂が走る。  
 「くそ! またかよ!」
  
 *
 
  亜衣が移動した場所、そこには男たちが倒れていた。
  数人じゃない、数百人の男たちが倒れ、通路を埋め尽くしていた。
  そんな亜衣の目の前には、廊下を埋め尽くす男たち、百人は超えている。
  グラグラ。
  天井が揺れ、埃が少し降る。
 「お仲間さんが心配でしょうがないんじゃない?」
  敵のうちの一人が挑発する。
 「いや、別に」
  亜衣は表情を変えずに返答する。
 「くたばれ!」
  亜衣の後ろで倒れていた男が十人ほど立ち上がり、彼女に襲いかかる。
 「今だ!」
  目の前の男も十人ほど襲いかかる。
  ビュン!
 「アイツらなら大丈夫だろ」
  襲いかかった男たち、二十人ほどが宙を舞う。
 「それに、私が今やるべきことは何も変わらない」
  ドサッ!
  宙を待った男たちが頭から地面に衝突し、意識を失う。
 「あと何人だ? 数えるのが面倒になった」
 
 *
 
  志智はコンクリートの天井に押しつぶされた。志智がいた場所はコンクリートの塊の山とでも言うべきだろうか。
 「ふー、やり過ぎちゃったかな?」
  茶色が伸びをする。
 「……いや、まだだ」
  紫色がつぶやく。
 「え?」
  ドガァ!
  青いオーラがコンクリートの塊を弾き飛ばす。
 「わぁ!」
  二人にコンクリートの塊が飛散する。二人は咄嗟にペンシルを二回転させる。
  茶色は土の壁を作り、防御。紫色は飛んで来たコンクリートを自身を包む紫色のオーラで溶かし防御する。
 「そうこなくっちゃ面白くないよね!」
  茶色は楽しそうに笑う。
 「こっちは面白くもなんともない」
  志智は立ち上がりつぶやく。
 
  to be continued 
 
  解説
 
  志智のドライバー 赤紫色のドライバー。元々、七香が使っていた物。色々あって志智が使うことになった。試作品であり、普通の人が使用すると死ぬ。志智と七香が死なない理由は不明。
 
  藍色のドライバー ドライバーの完成品。普通の人が使っても死なない。ただし、出力は試作品の七割程度。
 
  茶色のペンシル 地面を操ることができる。
 
  ――――――
 
  第三十三話「二対一の攻防」
 
  ――――――
 
  
 「いいねぇ! じゃあこういうのは?」 
  茶色は再びペンシルを三回転させる。
  茶色の周りに岩石が十数個現われる。
 「えいっ!」
  茶色は志智に岩石を飛ばす。
 「なんでもアリかよ」
  志智はペンシルを二回転させ、生み出した水の壁で岩石を防ぐ。
  バシャッ!
  ――茶色のヤツの攻撃は防げる。当たったら痛いけど、ある程度は大丈夫。問題は――。
  スゥ。
  岩石に紛れ、紫色が志智の水の壁に迫る。
  紫色はペンシルを三回転させ、紫のオーラを右手に集中させる。
  ズシャ!
  右手から紫のレーザービームのようなものが放たれ、水の壁を突き破る。
  志智は直撃を避けるが、頬を掠める。
  ジュルッ。
  かすった部分の鎧が少し溶ける。
  ――紫色の攻撃は一撃でもまともに受けたら死ぬ! 俺にコイツの攻撃を防ぐ術はない!
  志智はドライバーのペンシルを青色から空色に入れ替える。
 「SKY COLOR PENCIL」
  志智の鎧が空色に変わる。
  防ぐことができないのならば、回避するしかない。
  風を纏い、拘束移動し、茶色が放つ岩石を躱し、距離を詰める。
  ――まずはこっちから倒す!
  志智はペンシルを二回転させ、空色のオーラを右手に収束させる。 
  シュパッ! 
  風を纏った手刀を茶色に放つ。
  バギッ!
  茶色の目の前にコンクリートの壁が現われ、志智の攻撃を防ぐ。
 「危なかったー! スゴく速いね!」
  メキッ!
  志智の足下から再びコンクリートの塊が襲いかかる。
 「くっそ!」
  志智は難なく躱すが、そこに紫色が追撃を仕掛ける。
  志智は二人の攻撃を躱し続ける。 
  グシャ!
  紫色の拳が命中した壁や床が溶ける。
  志智はペンシルを一回転させ、風を起こす。
 「くっ」
  紫色は風に数メートル飛ばされる。
  ――空色なら、回避はできるけど、それ以外できない。泥仕合だ。俺も相手もペンシル。限界は来る。だとしたら、二人いる向こうより、一人の俺の方が圧倒的に不利。刃野さんか紫乃さんがいてくれたら……。でもいないのは仕方ない。でも、どうすれば――。
 「志智さん! 上!」
  七香が叫ぶ。
  志智の頭上に紫色が――。
  グシャァ!
  志智は咄嗟に後ろへ飛ぶ。
  紫のオーラを纏った拳が床に炸裂し、地面が溶ける。
 「志智さん!」
  七香が志智に駆け寄る。
 「七香さん、ケガは?」
 「私は大丈夫です。すいません。私が戦えれば……」
 「大丈夫です。俺が戦うって言ったんで」
 「そうですけど……」
 「それより、何か作戦とかないですか? 外から見てて思いついたこととか」
 「志智さんも気づいてると思うんですけど、紫の人が危険ですね。触れられたら溶かさますし、ひょっとしたら、こちらから触れただけでも溶かされるかもしれません。遠距離攻撃ならある程度は通用すると思うんですけど、今の志智さんでは……」
 「ですよね……」
  現段階の志智に遠距離攻撃手段は存在はする。水流や風などだ。しかし、火力が足りない。茶色のコンクリートの壁で簡単に防がれてしまう。
 「一つあるとすれば……」
  七香が言いにくそうにする。
 「何か策があるんですか?」
 「ですけど、これは……」
 「いいからお願いします」
 「はい。これは賭けですけど――」
  七香が志智の耳元で囁く。
 「なるほど。確かにそれしかなさそうですけどね」
 「ですけど、これは――」
 「いや、大丈夫です。ありがとうございます。こういう作戦、嫌いじゃないです」
  志智は敵の下へ歩き出す。
 「作戦タイムは終わったー?」
  茶色が微笑みながら訊ねる。
 「一応な」
  志智はドライバーのペンシルを空色から赤色に入れ替える。
 「RED COLOR PENCIL」
  志智の鎧が空色から赤色に変わる。
 「反撃開始と行くか」
 
  to be continued   
  
  紫色のペンシル 毒を操る。毒には様々な種類がある。強酸、神経毒、麻痺、睡眠、等々。基本やりたい放題。ただし、身体スペックは黒色より下。 
 
  ペンシル
  鉛筆状のアイテム。
  ドライバーに差し、回すことで装着者に鎧を纏わせることができる。能力はペンシルの色によって異なる。 
  ドライバーとペンシルを使用した戦士は、投票小説内では最強クラスの戦闘力を誇る。
  弱点は、ペンシルは使えば使うほどすり減っていく。能力を使う度、変身する度に減っていく。
  ドライバーのペンシルを回す(削り減らす)ことにより、一時的に能力を上げることができる。回す回数が多ければ多いほど強くなるが、その分戦える時間も短くなる。(ちなみに、四回転以上は制御が難しくなる。なぜか三と四の間は極端に制御の難易度が違う)
  
  ――――――
 
  第三十四話「逆転の炎/あなたを解剖させてくだサイドチェスト」
 
  ――――――
 
  
 「反撃開始? 面白いこと言うね。やってみてよ!」
  茶色はペンシルを二回転させ、地面に手をつける。
  ビュン!
  十数個のコンクリートの塊が志智に襲いかかる。
  志智はペンシルを一回転させ、赤色のオーラを纏う。
  バギッ!
  拳でコンクリートの塊を砕きながら、志智は前進する。
  ヒュン!
  志智の背後から紫色が迫る。
  志智は咄嗟に紫色の奇襲を紙一重で回避し、ペンシルを三回転させ、赤い炎のオーラを右手に収束させる。 
 
 
  七香の作戦が志智の脳裏をよぎる。
 「これは賭けですけど、触れる瞬間を最小限にして、その一瞬に最大火力を放つというのはどうでしょう? 一瞬ならば、こちらのオーラであちらの溶解を防ぐことができるかもしれません……」
  
 
  触れずに倒すことができないなら、触れて倒すしかない。
  触れたら溶かされるのであれば、触れる瞬間を一瞬にするしかない。
  ただ、一瞬にしたとしても溶かされる危険性はある。
  それでもやるしかないのだ。
  志智は拳を握る。
 「くっ」
  紫色は咄嗟に右手を突き出す。
  ヒュン!
  紫色の指先が志智の頬を掠め、頬の部分の鎧を溶かす。
  それでも志智は止まらない。
 「うおおぉおおおおお!」 
  ドガァッ!
  志智の拳が紫色に炸裂、命中した箇所が爆発する。
 「がはっ!」
  紫色はそのまま飛ばされ、壁を突き破る。
 「このっ!」
  茶色はペンシルを三回転させ、岩石を十数個、志智の方に飛ばす。
  志智もペンシルを三回転させ、赤色のオーラを右足に収束させる。
 「これで終わりだ」
  志智は茶色に向かって走り出す。
  ドガッ! 
  迫り来る岩石群を躱し、跳躍する。
  床に当たった岩石と床が砕け、破片が舞う。
  志智は空中で右足を突き出し、炎を纏った蹴りを放つ。
 「まだだ!」
  茶色はペンシルを二回転させ、コンクリートの壁を生成する。
 「うおおぉおおおおお!」
  バギバギッ!
  志智の蹴りはコンクリートの壁を砕き――。
  ドガッ!
  茶色に志智の蹴りが炸裂し、茶色を飛ばす。
 「がはっ!」
  コンクリートの破片が宙を舞い、地面に落ちる。
  茶色は地面を転がり――。
 「まだ……」
  ドガンッ!
  茶色の纏っていた鎧が爆発し、茶色の変身が解ける。
 「ごめん……お兄ちゃん……」
  茶色は小さくつぶやき、地面に倒れた。
  彼の頬には光る物が流れていた。
 「紫の方は……」
  志智は紫色を飛ばした方へ向かう。
  紫色を飛ばした壁の向こうは小さな部屋だった。特に器具や荷物はなかったが、床の中央に人が一人入れそうな穴が空いていた。
  穴の周りは酸で溶かされたような跡がついていた。おそらく紫色が逃げた跡だろう。
 「逃がしたか……」
  志智はドライバーからペンシルを抜き、変身を解く。
  彼の左頬から血が流れていた。
 「志智さん!」
  七香が志智に駆け寄ってくる。
 「七香さん。すいません。一人逃がしました」
 「いえ、でも、赤色の攻撃を受けて無傷なんてあり得ないです。相手は深手でしばらく戦闘はできないはずです。今のうちに皆さんを探しましょう。地面を崩す相手は倒れた訳ですから、もう分断はされないでしょう」
 「そうですね」
  志智と七香は長い廊下を再び歩き出す。
 
 *
 
  ドサッ!
  宙を舞った男が地面に沈む。
 「あと何人だ……」
  亜衣が歩いてきた通路には数百人の男たちが倒れ、通路を埋め尽くしていた。
 「スゴいね!」
  亜衣の正面に女性が立つ。ぶかぶかの白衣を着た、亜衣より一回り身体の小さな女性だった。
 「誰だ?」
 「えーっと、博士かな?」
 「そうか」
 「ところで、あなたは何人倒したの?」
 「さぁな。五十人を超えてから数えてない」
 「九二七人だよ! あなたが他のお仲間さんと離れてから、倒した人たちの数は」
 「わざわざ数えてたのか」
 「そーだよ! でも、スゴいね。全員、あなたが第一試合で戦った炎司さんと大体同じくらいの強さなのに、全く歯が立たないなんて」
 「で? 何が言いたい? それとも、時間稼ぎか?」
  亜衣は冷たく言う。
 「そうだね。とりあえず自己紹介からするね、私は望海才媛(ぼうかいさいえん)! 綺堂亜衣さん、お願いがあります!」
 「何だ?」
  才媛が頬を赤らめる。
 「あの……させてください……」
  才媛は恥ずかしそうにぼそぼそとつぶやく。
 「は?」          
  才媛は深呼吸をする。
 「あの! あなたを解剖させてください! さい……さい……」
 「は?」
 「さい……さい……はいッッッ! サイドチェスト!」
  才媛はポージングを決め、自身の服を破り飛ばす。服が飛び散り、現われたのは合成写真のようなゴリマッチョボディだった。しかも、身体が大きくなり、今まで亜衣が倒してきた誰よりも大きな身体であった。亜衣の三、四回りは身体が大きい。
 「何だコイツ?」
  亜衣は構えたままつぶやく。
 
  to be continued
  
  裏話
  
  サイドチェストのくだりの元ネタは、『ダンベル何キロ持てる?』の街雄さんです。 
 
  ――――――  
 
  第三十五話「筋肉の脅威」
 
  ――――――
 
  
 「じゃあ、いくつか質問い――」
  才媛がしゃべり終えるより前に、亜衣は間合いに入る。
  バンッ!
  衝撃波のようなものが亜衣を飛ばす。
  ――何だ? 才媛は動いていない。武器のようなものはない。周りに才媛の仲間はいない。倒してきた連中ならいるが、方向が違う。
 「もう、最後までしゃべらせてよ!」
 「断る」
  亜衣は再び間合いに入ろうとする。
  バンッ!
  再び衝撃波のようなものが亜衣を襲う。
  すぅ。
  亜衣は衝撃波を受け流し、飛ばされないようにする。
 「なるほど。高速で筋肉を振動させ、衝撃波を飛ばしているのか」
 「あれ? 一回で見切られちゃった。スゴいね! じゃあ、これはどう? モスト・マスキュラー!」
  バギィ!
  才媛がポージングを決めた瞬間、大気が揺れ、床や壁、天井に亀裂が走り、コンクリートの破片が散る。
  風圧で亜衣も飛ばされる。
 「むちゃくちゃだな……」
 「じゃあさ、改めて質問させて」
 「断る」
  亜衣は再び立ち上がる。
 「あなたの身体は傷だらけだけどさ、どうしてその中に一ヶ月前、虎と戦った時の傷はないの?」
  亜衣は答えずに才媛の間合いに入る。
 「知り合いに腕のいい医者がいるからな」
  寸勁!
  ズンッ!
  亜衣の拳が才媛に炸裂し――。
 「なるほど、相当腕のいお医者さんなんですね。だとしたら妙ですね。どうしてその傷は消してもらってないんですか? それとも消せないんですか?」
  才媛は何ごともなかったのようにしゃべる。
  圧倒的な筋肉で亜衣の攻撃を無効化したのだ。
 「答える必要はない」
  亜衣は静かに答え、才媛の目元に鋭い突きを放つ。
 「痛いっ!」
  才媛の体勢が僅かによろめく。
 「さすがに目元までは筋肉では防げないようだな」 
  亜衣は才媛の右手を取り、彼女の背中を地面に落とす。
  四方投げ!
  才媛の背中が床に衝突し、コンクリートの破片が舞う。
  固めまでしっかり決まっており、相当な力の差があったとしても才媛は簡単に立ち上がれない。
 「ちょっとは効いたね。はぁ!」
  才媛の身体から衝撃波が放たれ、亜衣を飛ばす。
  至近距離で衝撃波の直撃を受けた亜衣は大きく飛ばされ、地面を転がるが、受け身をとり、即座に立ち上がる。 
 「何でもありか……」
 「あー、あと、さっきの話の続きなんだけど、虎と戦った後、結構重傷だったって聞いたけど、ケガが治るの早くない? 聞いた限り、一ヶ月で治るようなケガじゃないと思うんだけど」
 「さぁな。さっきも言った通り、腕のいい医者がいるからな」
 「それに、治るのはいいとしても、ここまで戦えるようになるのも早すぎない?」
 「医者の腕がよかったからだ。私に特別なものは何もない」
 「別にあなたが特別なんて一言も言ってないよ。それをわざわざ自分で言うって何か隠してる?」
 「知るか」
 「知るか、ってそれはないでしょ。あなたの身体のことでしょ?」
 「どうでもいい」
 「そうですか……分かりました。あなたにとってはどうでもよくても、私にとってはどうでもよくないので解剖させて確認させてください」
 「断る」
 「さい……サイドチェスト!」
  才媛は再びポージングを決め、衝撃波を放つ。
  亜衣の右目を隠していた髪が風圧でめくれる。
 「どうしたのその絆創膏」  
  亜衣の右目の上の額、普段は前髪で隠れている部分には絆創膏が貼られていた。
 「ただの古傷だ。お前には関係ない」
 「そう……じゃ、解剖するときに確認させてもらうねっ」
  バギッ!
  才媛は笑いながら、壁を殴りつける。壁に亀裂が走る。
 「解剖解剖うるさい。それしかないのか」
  メキメキッ。
  亜衣の頭上から嫌な音が響く。
 「これで死なないよね?」
 「お前――」
  ドシャア!
  亜衣の頭上の天井が崩れ、瓦礫が彼女を襲う。
  砂埃が舞う。
 「げほっ、げほっ」
  亜衣は咳き込みながら、瓦礫から肩から上の部分を出すが、それ以上は何かが引っかかって抜けない。
 「スゴいね! 全身埋まったかと思ってたんだけど……でも、これであなたは動けないねっ」
 「何をする気だ?」
  亜衣は才媛をにらみつける。
 「さっきから言ってる通り、解剖だよっ! でも、その前にラボに連れて行かないいけないから、麻酔を打って、それから瓦礫をどかして、運んで解剖かなっ。えっと、麻酔麻酔……」
  才媛は最初にサイドチェストをした時にはじけ飛んだ服の破片を探す。
  才媛の視線が自身から逸れた隙に亜衣は瓦礫から抜けようともがくが、抜け出せない。上半身の凸が床のくぼみに引っかかったり、スカートが瓦礫に挟まったりしているからだ。
 「麻酔あったー!」
  才媛は注射器を嬉しそうにかかげ、亜衣に近づく。
 「瓦礫に挟まって苦しいよね。今から麻酔してあげるからちょっと待ってねっ」
  才媛は笑顔で亜衣に注射器を亜衣の首下に近づける。
 「くそ……!」
  亜衣はもがくが、身動きがとれない。
  亜衣の首下に注射針が――。
 「姐さんから離れろ!」     
  天井の穴から叫び声が響く。
 「誰――」
  ドガッ!
  天井から現われた誰かが、才媛の顔面に蹴りを放つ。
  突然の蹴りに才媛は数歩後ろへ下がる。
 「ケン……どうして戻ってきた?」
 「姐さん。すいません。我慢できませんでした。姐さんを置いて逃げるなんて、耐えれませんでした」 
 「……バカが」
 「バカは姐さんもですよ。さっきも言いましたけど、姐さんは自分のこと大切にしてください! 俺が耐えれません!」
 「……それは悪かった」
 「誰ですかあなた? 試合には出てませんでしたけど」
  才媛が不機嫌そうに訊ねる。 
 「俺は金田拳(かねだけん)、姐さんこと綺堂亜衣の……そういえば、何なんですかね?」
 「そこは考えとけよ」
  亜衣はあきれ気味につぶやく
 
  to be continued
 
  
  補足説明
  亜衣が言っている『腕のいい医者』というのは神崎真のことです。どこかで登場して……ないですね。
  第六話で名前だけは登場してますけど。ケンが亜衣を『神崎さんのとこに連れて行く』と言っているぐらいですね。
  あと、第八話で亜衣さんが入院していた病院にいる医者が神崎です。
  彼が投票小説に登場することがあるのかどうかは、今、これを書いている段階では未定です。 
 
  ――――――
 
  第三十六話「私の筋肉力は五十三万です/後は任せろ」
 
  ――――――
 
 「金田拳君か……うん、あんまり興味沸かないね」
  才媛は興味無さそうにつぶやく。
 「沸いて欲しくないからよかった」
  バシィ!
  ケンの拳が才媛に炸裂する。
 「少しは痛いね。じゃあ私も――」
  バギィ!
  ケンと才媛の拳がぶつかり合う。
 「くっ!」
  ケンは右手を押さえ苦痛に顔を歪める。
 「スゴいね。私と拳をぶつけ合っても腕の骨が折れないなんて。でも筋肉が足りないね。あなたの筋肉力は四万三千ぐらいかな? 大世界王君ぐらいだね」
  ケンは左手で拳を放つが、才媛にはビクともしない。
 「でもね、私の筋肉力は五十三万だよ。あなたの攻撃なんて私にとってはあまり脅威じゃないんだ……だ、だ、ダブルバイセップス・フロント!」
  才媛は再びポージングを決め、衝撃波を起こす。
 「がっ!」 
  ケンは衝撃波を受け、数歩後ろへ下がる。
 「ポージングを決めるだけで衝撃波を起こせるのかよ……」
 「ポージング決めなくても起こせるよ」
  バンッ!
  衝撃波がケンを襲う。
 「ぐっ!」
  バンッ! バンッ! バンッ!
 「どう? これが筋肉力五十三万の力だよ。四万三千の君では……」
 「筋肉力って何だよ……」
  ケンは衝撃波を受けながらも前へ進む。
 「あれ?」
 「確かにお前の筋肉はとんでもないよ、認める。でもな、こんなもん、硝の消しゴムに比べたら大したことないんだよ!」
  ケンは衝撃波を受けながら走り出す。衝撃波では彼を止めれない。
 「アドミナブル・アンド・サイ!」
  ブァア!
  才媛はまたポージングを決め、衝撃波を起こす。 
  ポージングを決めることによって起こす衝撃波は決めてない時よりも強力だった。
 「だからどうしたぁ!」
  それでも、ケンは止まらない。
 「そう、じゃあこれは?」
  才媛の身体が服を着ていた時ぐらいの大きさに縮む。
 「え?」
  突然、才媛の身体の大きさが変わったことにケンは驚く。
  ドガンッ!
  ケンの景色がはじけ飛んだ。
  ドシャァ!
  ケンは亜衣の上にのしかかっている瓦礫の山に飛ばされ、土埃とコンクリートの破片が舞う。
 「ケン!」
  亜衣も動揺を隠せなかった。
 「じゃ、亜衣さん、解剖しよっか!」
  才媛は元の巨大な身体に戻っており、亜衣に話しかける。
 「なるほどな。一度身体を圧縮させ、その状態から一気に解放することで発生するエネルギーでケンを飛ばしたのか……」
 「一回見ただけで分かるなんてスゴいね! じゃ、邪魔者もいなくなったことだし、今度こそっ」
  才媛は注射器を拾い――。
  パリンッ!
  どこからか飛んで来たコンクリート片が注射器を割る。
 「あっ……」
 「させるかよ……」
  瓦礫の山からケンが降りてくる。
  彼頭からは血が流れている。
 「しぶといね……」
 「それくらいしか取り柄ないしな」
  ――そう、俺には特にこれといった物がない。姐さんには合気道。硝には消しゴム。黒山には境界壊し。木山さんにはハッキング。この戦いで会った人たちにも何かしらの特別な物があった。俺にはみんなのような特別な力はない。
 「そう。ゴキブリみたいだね」
  才媛の身体が再び縮む。
 「ゴキブリみたい? 最高の褒め言葉だな! それで姐さんを護れるなら、上等だ!」
  ケンは再び走り出す。
  ドガンッ!
  才媛は身体の大きさが戻るのと同時に拳をケンに放つ。衝撃波だけじゃない、先ほどまでの拳とも威力が違う。
 「な……」
  才媛がこの戦いで放った最大火力の拳をケンは――。
  バギィイ!
  ケンは両手で才媛の攻撃を受け止める。
 「さすがに片手はムリだな……」
  ケンの口から血が流れる。
 「嘘だろ?」
  才媛は動揺を隠せない。
 「言っただろ。お前の攻撃なんて硝の消しゴムと比べたら大したことないんだよ」
 「ふざけるな!」
  才媛は受け止められたのと反対の手で拳を放とうとするが――。
  ドガッ!
  ケンは才媛の股の下を蹴り上げる。
 「がはっ!」
 「さすがに股の下まで筋肉で鍛えるのはムリだよな」
  急所を蹴り上げられ、顔が青ざめる才媛にケンは拳を振りかざす。
  バギッ! メキッ! ボゴッ!
  ドサッ!
  十三発受けたところで、才媛は白目をむいて倒れた。 
 「ふぅ。お前の筋肉はスゴかったよ。筋肉だけはな」
 「ケン……」
 「姐さん……今、瓦礫どかしますね……」
  ケンはよろめきながら亜衣の所へ歩く。
 
 *
 
  明かりがついていない部屋で、二人の四十前後の男女が十数個はあるモニターを眺めていた。
 「いやはや、素晴らしい力を持つ者ばかりだね」
  男は笑う。
 「そうですね。いかがなさいましょうか。私もそろそろ向かうべきでしょうか?」
  女性が訊ねる。
 「そうだね。界王も才媛も倒されたが、まだいい」
 「ですが、地上の者逹をもいますし」
 「大丈夫だ」
 「そうですか……」
 「あぁ、時が来たら頼むよ」
  男の口角が上がる。
 
 *
 
  数多の世界があった。
  幽霊が存在する世界。人の恐怖を食らう化け物が存在する世界。二つの世界の均衡が崩れようとしている世界。人が化け物になり人を襲う世界。特に何もない平凡な世界。
  一つ一つの世界が地球の形をしている。
  それが真ん中の穴に吸い寄せられ、崩れようとしている。
  いくつもの地球が崩れ融合し、そして――。
 
 
 「う……」
  あなたはゆっくりと目を開ける。
 「裕亜さんっ」
  あなたの顔のすぐ近くにエイルの顔があった。
  彼女の目は涙で潤んでいる。
 「エイルさん……僕は……伊藤さんは?」
 「そこにいますよ」
  エイルはあなたの足下へ視線を移す。エイルにつられて視線を移すと、あなたの膝元に伊藤は眠っていた。
  状況を整理すると、あなたはエイルに膝枕をしてもらい、伊藤はあなたに膝枕(?)をしてもらっているのだ。
 「伊藤さん……そういえば、大世界王は?」
 「分からないです……あれから少し移動したので……」
 「そうですか……」
  あなたはあたりを見渡すと、確かに見覚えのない場所だ。でも、意識を失う前の場所とはあまり距離は離れていない気がする。
 「僕たち二人を運んでくれてありがとうございます」
 「いえ、皆さん、私を護ってくださって……」
  エイルの表情が少し曇る。
 「エイルさん……」
  コトン。
  足跡がした。
 「誰ですか?」
 「こんにちは」
  現われたのは白い服を着た白い髪の少年だった。
 「味方じゃなさそうですね。エイルさん、伊藤さんをお願いします」
 「分かり――」
 「自分も戦うよ」
  伊藤が立ち上がる。
 「ですけど、伊藤さん、左手が……」
 「大丈夫、あんなの後輩に癒やされればすぐに治る」
  伊藤は問題無さそうに左腕を動かす。だが、どこかぎこちない。確実に完全には治ってない。       
 「二対一ですか。面白い」
  少年は木の枝のようなものを身体に突き刺す。 
  ボワッ!
  木の枝のようなものは少年の身体に吸収され、彼の身体が異形のものへと変わっていく。
  黒い身体。クモのような顔つき。今の彼の姿はクモ男とでも言うべきだろう。
  あなたはひるむことなく、すぐに動く。
  ――やられる前にやる。
  あなたは拳を握る。
 「まそ――」
  グラッ!
  あなたの視界が揺れる。
 「え……」
  ドサッ!
  あなたは地面に倒れる。
  敵は不思議そうにあなたを眺めている。敵は何もしていない。
  ――まさか、大世界王と戦った時のダメージがまだ……。いや、違う! これはまそっぷのかけ声を使った反動だ。まだ回復してなかったのか……!
 「裕亜君!」
  伊藤の身体が赤くなり、蒸気が出てくる。
  プシュッ。
  敵の口から白い塊が発射され、伊藤を襲う。
 「何だこれ!」
  伊藤に白い糸が絡みつき、動きを封じる。
  伊藤はもがくが、糸は切れない。
 「伊藤さん!」
  あなたも立ち上がろうとするが、身体が動かない。無理矢理まそっぷのかけ声を使おうとしたのが失敗だった。ちぇりおのかけ声であれば少しは戦えたかもしれなかったのに。
 「じゃ、君は死んで」
  少年はあなたを見下ろし冷たく言う。
 「裕亜さん!」
 「裕亜君!」
  少年は手を上げ――。
  バンッ!
  少年の身体に火花が散る。
  バンッ!
  再び銃声が鳴り響く。
 「誰だ!」
 「裕亜阿奈太、伊藤薫、エイル、探すのに手間取って悪かった」
  聞き覚えのある男の声だった。
  ヒュン!
  男は跳び蹴りを放ち、少年をあなたから遠ざける。
 「あなたは……確か……」
  あなたの前に現われたのは黒いスーツを身につけたクセ毛の男性、刃野だった。
 「刃野だ。遅くなって悪かった。後は任せろ」
  刃野はそれだけ言い、藍色のドライバーを腰に装着し、黒色のペンシルを構える。
 「変身」
  刃野はペンシルをドライバーに差し回す。
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  ドライバーから電子音声が流れ、刃野は黒い鎧を纏った騎士となった。
 「次から次へと……」
  少年が嫌そうにつぶやく。         
 
  to be continued
 
  裏話
 
  初期案では才媛はあんまり強くないキャラの予定だったのに、めちゃぐちゃ強くなってる。どうしてこうなった?
  というか筋肉力って何だよ……。謎の単語が出てきました。作者も深い意味は考えていません。
  謎の地球(?)の融合のくだりのイメージは仮面ライ●ーディケイドです。
  補足説明
 
  亜衣さんがボロボロの身体で九百人以上を倒せたことについてです。合気道は基本的に相手の力を利用して倒していること。
  あと、今の作者はできないんですけど、多人数相手の時は、来た相手の力をそのままもらって他の相手を倒す力に変えるというのがあるそうです。(うろ覚え)
  他にも、相手の気を吸収するとか。うちの部活のOBさんで、うちの大学の稽古後は元気になる人がいまして、その理由は僕たちの気を吸収しているからだとか。そーいや、後輩と稽古した後、時々、身体の調子が稽古前よりよくなってることがあるのは、これが理由なのかなぁと思ったり。
  というわけで、亜衣さんにとっては雑魚多数はカモなんですよね。むしろ中途半端な相手では、体力回復剤にされるという。
  
  ――――――
 
  第三十七話「鋼と雷」
 
  ――――――
  
 「二人を頼む」
 「はい!」
  エイルは刃野に頼まれ、あなたと伊藤を敵から遠ざけようとする。
 「ごめんなさい。持ち上げれなくて」
 「大丈夫です」
  あなたはエイルに引きずられながら苦笑いする。
  バシュッ。
  少年は口から白い糸の塊を吐く。
  バンッ!
  刃野はそれを銃弾で撃ち落とす。
 「粘着性の糸を口から発射するのか。面倒な技だな」
 「じゃあこれは?」
  少年は指から糸を出し、振り回す。
  刃野は咄嗟に後ろへ避ける。  
  スパッ!
  コンクリートの壁が豆腐のように切断される。
  バンッ!
  バシュッ。
  刃野は銃で応戦するが、口から吐く糸で防がれる。
 「泥仕合か……」
  うかつに近づけば、指から出す糸に切り裂かれる。銃による遠距離攻撃も口から吐く糸で防がれる。
 「そうみたいだね」
  一方、少年も蹴りを受けたときに刃野の格闘能力の高さを思い知った。肉弾戦を挑めば不利になるのは分かっているので、うかつに近づけない。
 「ならこれだ」
  刃野は銀色のペンシルを取り出し、ドライバーに差し回す。
 「SILVER COLOR PENCIL」
  刃野の纏う鎧が黒色から銀色に変わる。
 「色が変わった? それがどうしたの?」
  少年は指から放つ糸で刃野を攻撃する。
  スパッ!
  床が、天井が、壁が簡単に切れる。
 「なんで?」
  少年は動揺を隠せなかった。
  刃野に糸は命中した。それもコンクリートを豆腐のように切断できる糸だ。なのに、刃野は無傷だった。鎧に傷一つついていない。
  百歩譲って、傷がついた程度ですんだというのであればまだ納得はできた。そんな軽いダメージで済む攻撃ではないが、それでもそれなら納得はできた。 
  だが、傷一つついていないというのは少年の理解を超えていた。
 「くそっ!」
  スパッ!
  少年は再び糸を振るう。振るう度に、床や壁が切れる。
  しかし、刃野には傷一つつかない。
  刃野は少年の攻撃を真正面から受けながら、ゆっくりと歩く。
  スタッ。
  刃野は手を伸ばせば少年に手が届く所まで近づく。
  ドガッ!
  刃野の拳が少年に炸裂、少年は大きく飛ばされ地面を転がる。
 「がっ!」
 「トドメだ」
  刃野はドライバーのペンシルに手を伸ば――。
  バシュッ!
  少年の口から放たれた粘着性の糸が刃野に絡みつく。
 「しまった!」
 「油断したね。じゃあ、僕は体勢を立て直させてもらうよ」
  少年は腹部を押さえながら、背中を向ける。
 「逃がすかよ」
  刃野はドライバーのペンシルを銀色から黄色に入れ替える。
 「YELLOW COLOR PENCIL」
  刃野の鎧の色が黄色に変わり、同時に刃野はドライバーのペンシルを三回転させる。
  逃亡を始めた少年の頭上に黒い雲のようなものが現われる。
 「何?」
  ドーン!
  少年を落雷が襲う。
 「がぁあああああ!」
  落雷を受けた少年は黒焦げになり、クモの怪人の姿から人間の姿になり、そのまま倒れ、意識を失った。
 「ふぅ」
  刃野は電気で自身を拘束していた糸を焼き切り、あなたたちの所へ駆け出した。
 「ケガはないか?」
 「ありがとうございます!」
 「自分は大丈夫です。でも、裕亜君が……」
 「僕は……ケガは大丈夫ですけど、身体が思うように動かないです……」
 「分かった。背負っていく」
  刃野はあなたに背中を向け、しゃがむ。
 「ありがとうございます……」
  あなたは刃野に背負ってもらった。
 「地上へ行くぞ」
 「ですけど、他の皆さんも……」
  あなたは不安そうにつぶやく。
 「確かに他のみんなも心配だが、負傷した君たちは一旦地上へ出た方がいい」
 「そうですか……」
 「それに地上の仲間が何かをつかんでるかもしれない。アイツらとも一旦合流した方がいいだろう」
 「仲間?」
  伊藤に肩を貸しているエイルが首を傾げる。
 「あぁ、口は悪いが、頼りにはなるヤツと、最近会ったばかりだが頼りになりそうな女子高生二人がな」
 
 *
 
  あなたたちが激闘を繰り広げているのは都会にあるビルの地下。
  戦闘が行われているのは地下だけではなかった。地上でも戦闘は行われていた。
  数十個のモニターが置かれた部屋、管制室だろうか。
  女子高生ぐらいの少女が二人、黒いスーツを着た女性が一人、計三人がその部屋に乗り込む。
 「くそ!」
  管制室の中にいた黒スーツの男が銃を構える。
  ビュン! 
  女子高生のうちの一人が木刀で一撃を加える。
 「がっ!」
  首下に攻撃を受けた男性はそのまま地面に倒れる。
 「さすが良子ちゃん」
  もう一人の女子高生が賞賛する。
 「ありがと。じゃあ、春香お願い」
 「分かった。紫乃さん、良子ちゃんと一緒に見張りお願いします」
 「分かった!」
 「任せろ。君は部屋の中を、私は部屋の外を見張る」
  紫乃と呼ばれた女性は良子に指示を出す。
 「分かりました」
  良子は勢いよく返事をする。
  その間に春香は、管制室にあったパソコンにUSBを差し、操作する。
 「待っててください。この中から敵の情報を見つけますから」
  春香はハッキングを始める。
 
  廊下に紫乃が出た瞬間、黒スーツの男が三人現われる。
 「まぁ、来るだろうな」
  男の一人は木の枝のようなものを腕に刺す。すると、男の鼻は伸び、全身は灰色の分厚い皮膚へと変化、象の怪人と言うべき姿になる。
 「UNITE」
  また別の一人はどこからか現われたシマウマのような生物と融合、シマウマ男というべき姿に変貌。
 「トランスフォーム」
  最後の一人がつぶやくと、どこからか現われた牛が鼻輪になり、男に装着される。
 「変身」
  鼻輪を装着した男がつぶやくと、黒スーツが飛散する。そこから現われたのは牛柄のパンツを身につけた筋骨隆々の男だった。
 「一人だけ浮いてるな……なんてどうでもいい話か」
  紫乃は藍色のドライバーを腰に装着し、黒色のペンシルをドライバーに差し回す。
 「変身」
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  ドライバーから電子音声が流れ、紫乃は黒い鎧を纏う。
 
  一方、部屋の中では。 
  カタカタカタッ。
  春香は無言でひたすらキーボードを打つ。
  良子は廊下で戦闘が起こったことに気づき、警戒を強める。
  スゥ。
  僅かに空気が揺れる。
  ――上!
  良子は天井を見上げる。そこにいたのは――。
  ヒュン!
  天井にいた誰かが、良子に一撃を加える。
  バシッ!
  良子は咄嗟に木刀で一撃を弾く。
 「拙者の気配に気づくとは中々やるでござるな」
  良子の目の前に現われたのは、忍者のような服装をした男だった。
  良子は木刀を構え、男と対峙する。
 「忍者好きなんですね。私も忍者は嫌いじゃないですけど、春香の邪魔はしないでください」
 
  to be continued 
 
 
  刃野が使用するペンシルの解説
 
  黒色 無属性 志智が使用するのと同じ。
  銀色 圧倒的な防御力とパワーを誇る。ただし、機動力は大幅に落ちる。
  黄色 電撃を操る。
 
  登場人物おさらい
 
  森田 良子(もりた りょうこ) 17歳 女
  元々は高一の頃 書いた台本のキャラ。以前紹介した神崎真も実は同じ。
  台本時は、昏睡状態で病院に運び込まれたキャラということで、台詞はなく、どんな人なのかも詳しいことは分かっていなかった。
  色々あって目覚めて、なんやかんやで硝と対峙することになったりした。
  今は味方。木刀を使用して戦う。使った木刀は折られる。
  硝の消しゴム技を耐えたり、見切ったりと戦闘センスはかなり高い。
 
  木山 春香(きやま はるか)17歳 女
  森田の親友。
  改造エアガンを使用して戦う。戦闘力は森田とほぼ互角。
  ピッキングやハッキングが得意。
 
  長沢 紫乃(ながさわ しの) 26歳 女
  茶色のロングヘアーの女性。
  刃野の同僚。
 
  裏話
 
  ちなみに、最後ら辺に登場した管制室(?)は、怪しい男女がいた部屋とは別の部屋です。
  最初、クモ少年VS刃野 は鬼●の刃 累VS義●さん みたいなのをイメージしていたのですが、一部、仮面ラ●ダークウガ第十話が混じり、最後はまた違うものが混ざったものになったなぁと思います。
 
  ――――――
 
  第三十八話「ハッキング」
 
  ――――――
 
 「はぁ、はぁ……」
  良子は息を切らす。
 「その程度でござるか?」
  良子と反対に忍者の男は涼し顔だ。 
  良子と男の実力は大差ない。なのに、良子が押されている理由は一つであった。
  良子は春香を護りながら戦っている。春香は今、ハッキングで手一杯で動けない。
  春香も良子を助けに入ることはできない。助けに入れば勝てるだろう。だが、肝心の目的を達成できない。
  忍者の男を倒したところで、また援軍が来るかも知れない。それも彼以上の実力者が。ならば、一刻も早くハッキングを終わらせるしかないのだ。
  良子もそれを分かっている。だから春香を全力で護らなければならない。
 「良子ちゃん、大丈夫だよ。私のことは気にしなくて」
  春香が声をかける。
 「春香は集中して」
 「ありがとう。でも、これだけは言わせて。私、自分のことは自分で護るから。私はこれに集中するから、良子ちゃんもアイツを倒すことに集中して」
 「……分かった」
  良子は深呼吸をし、敵に向き直る。
 「最後の会話は終わったでござるか?」
 「最後じゃない」
  ビュン!
  良子の姿が消える。
  ドガッ!
  忍者の男は壁まで飛ばされる。飛ばされたときの風圧で机の上の書類が舞う。
 「速い!」
  男が体勢を立て直すよりも先に良子の木刀による一撃が男に炸裂する。
 「がっ!」
  男は油断していた。先ほどまで、良子は春香を護ることに意識の大半を裂いていたため、実力の半分も出せていなかった。それを彼女の全力だと思っていたのだ。
  良子は攻撃の手を緩めない。
  ドガッ!
  木刀でひるんだ男の顔面に膝蹴りを放つ。
  宙を舞った男に再び木刀による振り下ろし一閃! 
  男は床にたたきつけられ、床に亀裂が走る。
 「ふぅ」
 「なるほど、これが全力でござるね」
  男はよろめきながら立ち上がる。
 「まだ立つのね」
  良子は再び木刀で一撃を与える。
  ガキンッ!
  男は小刀で良子の一撃を受け止める。
  ビュン! 
  二人は部屋を縦横無尽に動き回りながら攻防を繰り広げる。
  机の上の書類が宙を舞い、切り裂かれる。
  ブシュッ!
  良子は書類の切れ端で頬を切る。
  ヒュン!
  男はまきびしを良子の足下に投げる。良子は咄嗟に動きを変えるが、その先には男の小刀が――。
  ガッ!
  良子は咄嗟に小刀を木刀で受け止めるが、男の蹴りが鳩尾に炸裂する。
 「う゛っ!」
  良子は飛ばされ、咳き込む。
  男は良子の隙を逃さない。そのまま小刀で良子を斬り裂こうとする。刃が良子の首下に迫り――。
  パンッ!
  何かが男の手に当たり、彼は思わず小刀を落とす。
 「何でござるか?」 
  男の意識が一瞬良子から逸れる。良子はその隙を逃さない。
  全身の力を足に集中させ、一気に加速する。
  掌底!
  良子の手は男の顔面を捕らえ、そのまま弾丸の如く加速し、反対側の壁に男の後頭部を叩きつけた。   
 「がっ!」
  男はもう一本隠し持っていた小刀で良子を攻撃しようとするが――。
  ドガッ!
  それよりも早く、良子の木刀による一撃が男の後頭部に炸裂!
 「がぁ……」
  男はそのまま気を失い、地面に倒れた。
 「ごめん。春香」
  良子は気づいていた。先ほど、男が小刀を落とした理由。春香が男を攻撃したからだ。
  自分は「集中して」と言ったのに、結局こちらを手伝わせてしまった。そんな自分が情けなかったのだ。 
 「何の話?」
  春香はカタカタとキーボードを叩いている。まるで、何ごともなかったかのように。
 「……ううん。何でもない」
  
 *
 
  良子が戦闘を開始した部屋の廊下では紫乃も戦闘を開始していた。
  シマウマ男、象の怪人、牛パンツの男の三人相手であった。
  牛パンツの男の拳を全て捌いたと思ったら、シマウマ男の蹴りが襲いかかる。
  それも躱したと思ったら、象の怪人の鼻が襲いかかる。それも躱したと思ったら、牛パンツの男が迫る。無限ループであった。
 「しつこいな……」
  一人あたりの戦闘力は、紫乃に劣る。
  しかし、三人が交代しながら攻撃し、誰かが攻撃している間にそれ以外の者は体勢を立て直す。  
  三人のコンビネーションは紫乃を苦戦させた。
  ――このままではこちらが不利だな。一旦距離を取りたいが、ここを離れるわけにはいかない。ならば――。
  紫乃はドライバーのペンシルを二回転させる。
  黒いオーラが紫乃を包み――。
  ボワッ!
  紫乃を覆っていた黒いオーラが一気に放出され、三人を飛ばす。
  三人の隙のないコンビネーションに一瞬の隙が生まれた。紫乃はそれを逃さない。
  紫乃はドライバーのペンシルを三回転させ、黒いオーラを右足に収束させる。
  ――まずは一人確実に倒す。
  紫乃が狙ったのは象の怪人だった。リーチは彼の鼻の攻撃、リーチが長い上、捕まってしまったらタダでは済まない力を感じたからだ。で
  紫乃はオーラを収束させた右足で跳び蹴りを放つ。跳び蹴りは象の怪人に――。
 「危ねぇ!」
  象の怪人の前に立ったのはシマウマ男だった。彼は象の怪人の盾となり、紫乃の攻撃を受け、飛ばされる。
 「がっ!」
  シマウマ男はそのまま地面を転がり、人間の姿に戻り、気を失う。
 「おい!」
  象の怪人がシマウマ男だった者に駆け寄る。
  紫乃は追撃をしようとするが――。
 「行かせるか!」
  牛パンツの男が紫乃の前に立ち塞がる。
 「くっ!」
  紫乃は思わぬ攻撃に一瞬ひるむが、すぐに圧倒する。
  純粋なパワーは劣るが、技術は紫乃の方が上、このまま戦えば紫乃の勝利は確定だった。
  紫乃はドライバーのペンシルを一回転させ、右腕に黒いオーラを収束させる。
 「食らえ!」
  ビュウッ!
  何かに吸い寄せられ、紫乃の体勢が一瞬崩れる。
  ――何だ?
  紫乃に一瞬の隙が生まれる。
  ドガッ!
  牛パンツの男は紫乃の隙を逃さず、ボディーブローを食らわせる。
 「ぐっ!」
  紫乃はこの戦いで初めてまともに攻撃を受けてしまった。紫乃は思わずよろける。
  ビュウッ!
  再び紫乃は何かに吸い寄せられる。一撃を受けて不安定な体勢であったせいでその何かの下まで吸い寄せられる。
  ガシッ!
  吸い寄せられた先にあったのは象の怪人の鼻であった。
  象の怪人は鼻から空気を掃除機のように吸い込むことによって、紫乃を吸い寄せたのだ。
  ヒュルッ! 
  紫乃の身体に象の鼻が巻き付き、彼女を締め上げる。
 「くっ!」
  象の怪人は鼻で紫乃の全身と首を絞め、自身の下へ抱き寄せる。
 「離せ!」
 「離せと言われて離すヤツがいるかよ」
  身動きが取れない紫乃に象の怪人は勝ち誇ったように笑う。
  パキパキッ!
 「さっきまではよくもやってくれたなぁ」
  牛パンツの男が指を鳴らしながら、紫乃に歩み寄る。
  
  to be continued
 
  補足説明 
  劇中で説明するのを忘れていました。すいません。
  あなたたちが戦っているビルは地上五十階建て。地下は十七階まであります。紫乃さんたちが戦っているのは地上四十七階です。
 
  ちなみに良子、春香は第八話、紫乃は第六話、第七話に登場しまてました。
 
  ――――――
 
  第三十九話「人質」
 
  ――――――
  
 「終わった!」
  パソコンの前で春香が思いっきり伸びをする。
 「お疲れ! どんなデータが取れた?」
  良子が春香に訊ねる。
 「全部は見れなかったし、全部は取れなかったけど、連中のボスの名前と……」
 「名前と何?」
 「後で話す。とりあえず廊下で戦ってくれている紫乃さんのところに行こ」
 「分かった」
  春香はデータを盗んだUSBをポケットに入れ、良子と一緒に廊下へ出る。そこで彼女たちを待っていたのは――。
 「やっと出てきたか」
  牛パンツの男がつぶやく。
 「え?」
  良子と春香は動揺を隠せなかった。
 「逃げ……ろ……」
  紫乃がか細い声で訴える。
  紫乃は象の怪人の鼻によって全身を拘束され、変身も解け、ぐったりしていた。
 「お前ら、そこで何をしていた?」
  牛パンツの男が問いかける。
 「何をしていたと思います?」
  春香が逆に問いかける。
 「データを盗んでいたんだろ? 何をどこまで盗んだかは知らないが」
  象の怪人が答える。
 「早くデータを持って逃げ……ぐっ、がぁ……」
  紫乃は訴えかけるが、象の怪人に首を締め上げられる。
 「人質は黙ってろ。おい、コイツが惜しけりゃ、盗んだデータを渡せ」
 「止めろ……渡すな……それ持って早く……がぁ……」
  象の怪人はまた紫乃を鼻で締め上げる。
 「いい声でうめく女だな」
  象の怪人が不気味な笑みを浮かべる。
 「早くしろ!」
  牛パンツの男が怒鳴りつける。
  ――どうすれば……。
  良子は思考する。自分たちでは、まともに戦っても勝ち目がないことは見ただけで分かる。でも、今ここで紫乃を見殺しにして逃げることはできない。
 「良子ちゃん」
  春香が声をかける。
 「春香?」
  春香は軽く頷く。
  ――分かった。
  春香は良子と目を合わせた後、首下から服の中へ手を入れる。
 「おぉ、そんなところに入れるなんて大胆だねぇ」
  象の怪人が笑う。
  パンッパンッ!
 「目がぁああ!」
  突然、牛パンツの男が両目を押さえ悶絶する。
 「なっ!」
  象の怪人も一瞬気が動転する。
  ビュン!
  良子は一瞬で、象の怪人の頭上へ跳躍する。
  ――狙うは一点!
  バシュッ!
  良子は木刀で象の怪人の左目を突く。
 「がぁああああ!」
  象の怪人は左目を押さえ、悶絶し、鼻による拘束が緩む。
 「紫乃さん!」
  良子はその隙を逃さず、紫乃を救出し、春香の所まで走る。
 「一旦逃げ――」
  ビュウッ!
  春香と良子は象の怪人の鼻で吸い寄せられ、体勢を崩し、地面に倒れる。
 「よくもやってくれたなぁ……」
  象の怪人は左目から血を流しながらこちらをにらみつける。
 「くっ!」
  パンッ!
  春香は取り出したエアガンで射撃するが――。
 「そんなもん効くかよ」
  象の怪人の固い皮膚の前では無意味であった。
  先ほど、牛パンツの男に有効だったのは、彼らが春香の胸元に視線が向いた隙をついて、目に放ったからだ。彼らの圧倒的な防御力の前ではエアガンは不意打ちでなければ効果はない。木刀も同じ事。先ほどのような奇襲は二度も使えない。
 「ありがとう。助かった」
  紫乃は二人に礼を言い、立ち上がる。
 「そんなボロボロの身体で何ができる?」
  象の怪人が煽る。
 「お前たちを倒すぐらいはできる」
  紫乃はボロボロの身体で毅然とした態度で言う。
 「やれるもんならやってみろ! お前ら全員俺の奴隷にしてやるよ!」
  象の怪人は怒り狂い怒鳴りつける。
 「変身」
  紫乃は緑色のペンシルをドライバーに差し回す。
 「GREEN COLOR PENCIL」
  紫乃を緑色のオーラが包み、緑色の鎧が装着される。
 「さっきまでの礼をしてやる」       
  紫乃は怒りを込めて言い放つ。
 
  to be continued   
 
 
  補足説明
  春香の武器は改造エアガン。基本的に発射するのはBB弾によく似たもので、威力は拳銃から貫通力を抜いた程度。
  弾を変えることによって威力等を変えることができる。
  
 
  後書き
 
  ――――――
 
  第四十話「カニバリズム」
 
  ――――――
  
 「礼をしてやるだと……?」
 「そうだ」
  緑色の鎧を纏った紫乃は答える。
 「やれるもんならやってみろ!」
  象の怪人は怒鳴り、鼻を紫乃に伸ばす。
  再び捕まえるためだ。
  紫乃はドライバーのペンシルを一回転させ、緑色のオーラを右手に収束させる。
  ビュウッ!
  鼻による吸い込みによって、紫乃は体勢を崩す。
  ポイッ。
  紫乃は体勢を崩されながらも、象の怪人の鼻の穴に種のようなものを投げ入れた。コントロールは雑だったが、吸い込みのお陰で、簡単に入っていった。
 「何だぁ?」
 「終わりだ」
  紫乃は勝ち誇ったように言う。
  パチンッ!  
  紫乃は指を鳴らすと、象の怪人の身体に異変が起こった。
  ヒュルヒュル!
  象の怪人の鼻から植物のツルのようなものが生え、彼の全身にまとわりつく。
 「何だ? 何だこれは!」 
  象の怪人は必死にもがくが、ツルの勢いは止まらず、象の怪人を拘束していく。
 「言っただろ? 礼をしてやると」
 「止めろぉおお!」
  牛パンツの男が紫乃に向かって走り出す。先ほどまで両目の痛みで悶絶していたが、ある程度回復したようだ。
 「そうだな。お前にも礼はしないとな」
  紫乃はドライバーのペンシルを二回転させ、地面に手を置く。
  ズヒャア!
  牛パンツの男の足下から樹木が伸び、男を襲う。
 「がぁああ!」
  樹木は男を取り込み、天井に突き刺さる。天井に亀裂が走り、コンクリートの破片が床に落ちる。
 「くそぉおおお!」
  象の怪人は自身を拘束するツルを引きちぎりながら、紫乃に向かって走り出す。
  ツルが再び拘束しようとするが、全て引きちぎられる。
 「これで終わりだ」
  紫乃はドライバーのペンシルを三回転させ、右腕に緑色のオーラを収束させる。
  象の怪人が紫乃の眼前に迫る。
  ドスッ!
  紫乃の掌底が象の怪人に炸裂し――。
  ズルズルッ!
  紫乃の右腕から巨大な緑のツルが伸び、象の怪人を飲み込んでいく。
 「がぁああああ!」
  象の怪人を飲み込んだ巨大なツルはそのまま伸び、先ほど牛パンツの男を飲み込んだ樹木に衝突する。
 「終わりだ」
  パチンッ!
  ドガンッ!
  紫乃が指を鳴らすと、ツルと樹木が爆発し、砂埃が舞う。
 「「ぐああああああ!」」
  ドサッ。
  象の怪人と牛パンツの男は共に床に落ち、黒スーツの姿に戻り、気を失った。
 「ふぅ」
  紫乃はドライバーからペンシルを抜き、変身を解く。
 「とりあえず一旦外へ出――」
  ガクッ。
 「紫乃さん!」 
  倒れそうになる紫乃を良子が支える。
 「すまない。私としたことが……」
 「そんなことないです」
  良子は紫乃に肩を貸す。
 「戦闘直後で申し訳ないが、歩きながら教えて欲しい。盗めたデータのことを」
 「はい。全部を盗めたわけじゃないんですけど――」
  春香は歩きながら、紫乃に先ほど見たことの話を始めた。
 
 *   
  
 「うぅ……」
  光がほとんどない暗闇で日和は目を覚ます。
 「やっと起きましたかー」
  クロが軽い口調で声をかける。
   日和は周りを見回すが、暗闇で何も見えない。
 「クロ、ここはどこ?」
 「知らないですよー。でも随分落ちてしまったみたいです。私が咄嗟に緊急変身させなかったら死んでましたね」
  クロに言われ、日和は自身の服装を見る。
  白い道着に黒い袴、クロと一つになった姿になっていた。
 「クロ、ありがと」
 「いえいえー」 
 「どのくらい落ちたのかしら、見覚えがない場所だけど」
 「どのくらいかは数えてないですけど、多分、闘技場より下なんじゃないかなーって思います」
 「闘技場より下って」
 「えぇ、ほら、闘技場の外側、深い溝みたなのあったじゃないですか。多分、あれの近くに落ちたんじゃないかと思います」
 「登るの大変そう」
 「えぇ……階段とかがあればいいんですけど……」
  日和はとりあえず歩き出す。
  光はほとんどない。
  土の匂いとかすかに鉄のような臭いがする。
 「この臭いは、血ですね……」
  クロがつぶやく。
  日和はゴクリとつばを呑む。
  一歩一歩を慎重に踏み出す。何かがいる。
  ビュン!
  近くで風を切る音がした。
  バッ! 
  日和はすぐに音に反応し、臨戦態勢に入る。
 「あなたは……」
  日和の視線の先にいたのは、豹柄のラバースーツを身につけた女性だった。
 「岬鞘華……」
  日和の目の前にいたのは第四試合で志智が戦った相手、岬鞘華である。
  日和は半身に構え、相手を見据える。
 「……あんた、誰?」
  鞘華は口を開く。なぜか彼女の声に敵意はなく、息切れしている上に怯えていた。
 「……浪花日和です」
 「そう――」
  ヒュル!
  タコの足のような触手が鞘華を捕らえる。    
 「え?」
 「嫌、助け――」
  ビュル!
  鞘華はタコの足のような触手に捕らわれ、日和の視界から消える。
 「嫌ぁあああああああ!」
  鞘華の断末魔が響き渡る。
 「日和さん……」
 「クロ、行こう……」
  日和の震える足で鞘華が消えた方向へ歩き出す。
  バリバリ。
  少し歩くと、咀嚼音が聞こえるようになった。
  ボリボリ。
  一歩進むにつれ、咀嚼音が大きくなり、血の臭いも強くなる。
  ――近い。
  日和は遂に音の発生源を視界に捕らえる。
  バキバ――。
 「誰だ?」
  聞き覚えのある男の声だった。
  日和の心臓の鼓動が速くなる。
  男がいる場所の周りには血が飛び散っていた。男の背中からは、カニの足のようなものが生えており、腕はタコの腕のようなものが八本ある。
  男は豹柄のスーツがついた足を持っている。間違いなく鞘華の足であった。
 「あなたは――」
 「あー、誰だか知らんが、おいしそうじゃねぇか」
  男は不気味に笑う。
  ガバッ!
  男の口がタコの口のように広がり、鞘華の足をその中に入れる。
  バキバキ。
  咀嚼音が響く。
 「ごちそうさま」
  男は手を合わせる。
 「松山颯太……!」
  そう、日和の目の前で鞘華を捕食したのは、第二試合で渚と戦った相手、松山颯太であった。
  しかも、試合の時は、タコだけだったのに、カニの足のようなものまで生えている。
 「そうだよ。あれ? 俺って有名人?」
  ニヤニヤする颯汰の足が豹柄に変わっていく。
 「仲間を食べたんですね……」
  日和は確信した。彼は鞘華だけではなく、第五試合で日和と激突した飛沫血路も捕食している。
 「仲間? 笑わせるな。あんなヤツら餌だ。三人食った」
  ――三人、筆先鋭利。奈落に落ちたのは、松山颯太、岬鞘華、あとは筆先鋭利だ。あれ? どうして飛沫血路もここに落ちているの? いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
 「そう。全員しっかり俺の聖剣を味あわせて、身も心も屈服させてってから食ってやった。一人には途中で逃げられたが、今ちゃんと俺の一部になったぜ」
  颯汰は日和の方を向きながら不気味に笑う。
 「お前もじっくりと俺の聖剣で屈服させてから一部にしてやるよ」
  日和を悪寒が襲う。手足が震え、心臓の鼓動も速くなる。
 「変態が……」
  クロがぼそりとつぶやく。
 「最高の褒め言葉だぜ」
 
  to be continued 
 
  ――――――
 
  第四十一話「安全装置」
 
 ――――――
 
  ヒュル!
  颯汰の触手が日和に迫る。
 「闇を斬るものここに」
  日和が静かに言うと、彼女の手に日本刀が現われる。
  スパッ!
  日和は刀で触手を切断する。
 「痛いなぁ。そうでなくちゃなぁ! 歯ごたえがある方が調教のしがいがあるってもんだ!」
  颯汰は笑いながら、カニの足を伸ばす。 カニの足による刺突が日和を襲う。
  ザシュッ!
  日和は躱すが、颯汰は何発も放つ。日和は全てを躱し、彼女の後ろでは土埃が舞う。 
  日和は颯汰の攻撃を躱しながら距離を詰める。
 「屈服なんてしません」
  日和による日本刀による一撃が炸裂する。
  カキン!
 「残念だったな」
  日和の一撃が入った箇所がカニの甲羅になっていた。甲羅で日和の一撃を防いだのだ。
  ヒュル!
  タコの触手が日和を襲う。
 「くっ!」
  日和は刀で触手を切断し、一旦距離を取ろうとする。
 「おっと」
  ビュン!
  颯汰は一瞬で日和の背後にまわる。
 「このっ!」
  日和は振り向きざまに刀を振るが――。
  パキッ!
  颯汰は右腕をカニのハサミにして、日和の刀を切断した。
 「悪を砕くものここに!」
  日和は杖(じょう)を自身と颯汰の間に召喚する。
  ドッ!
  召喚された杖の先端が颯汰に突き刺さり、彼を飛ばす。
  ――今のうちに一旦距離を置いて作戦を――。 
  ビュン! 
  グサッ!
  日和の右足、左脇腹、右胸、左腕にボールペンが突き刺さる。
 「しまっ――」
  ヒュル!
  タコの触手が日和の左足に絡まる。
 「邪を貫く――」
  ヒュル!
  触手が更に日和の首と右腕に巻きつく。
  ビュン!
  触手に捕らわれた日和はそのまま颯汰の下へ連れて行かれ、近くの壁に叩きつけられる。
 「がはっ!」
 「日和さん! こうなったら――」
  グサッ!
 「あぁああああ!」
  黒帯に変形しているクロに颯汰はカニの足を突き刺す。
 「お前は黙ってろ」 
 「クロ……!」
  日和は力を振り絞るが、触手はほどけない。それどころか、全身から力が抜けていく。
 「俺の触手には皮膚から吸収される毒があるからな。神経を麻痺させる毒と媚薬みたいなヤツがな。お前が堕ちるのも時間の問題だな」
 「邪を貫くも――」
  グサッ!
  日和の左手にカニの足が突き刺さり、壁に固定される。
 「あ、アァアアアアアアア!」
  壁に日和の血が飛び散る。
 「さてと、これで反撃はできないな。じゃ、じっくり味あわせてもらうぜ」
  颯汰は気色悪い笑みを浮かべ、触手を日和の身体に這わせる。
 「いいなぁ。女ってヤツは。いじりがいがある。いい声でわめくし、いい顔で泣く。最高だよ。それにどっちの意味でも食ってみたらうまい」
  颯汰の触手が日和の服の中に入り込む。
 「あ、あぁ!」
 「さぁ、じっくり味あわせてもらうぜ。お前みたいな若いヤツもうまそうだなぁ」
 「や、やめ! あぁああ!」
  日和はもがこうとするが、触手とカニの足に拘束され身動きが取れない。唯一拘束されていない右足もうまく動かない。
 「さてと、お前を食ったら、次は誰にしようか? 見た限りじゃ綺堂亜衣や水輝渚もうまそうだったなぁ。あの調子だとお前らの仲間にはうまそうなヤツが沢山いそうだ」
  颯汰はねっとりと笑いながら、日和の身体を物色する。
 「お前……!」
  ――今ここで私が食べられたら、次はみなさんがコイツに食べられる。そんなのは嫌! させたくない。させない! でも、どうやって? 
  日和の目に炎が宿る。毒の効果で消えかけていた闘志が戻ってくる。
  しかし、状況は変わらなかった。
  ただの精神論だけでどうにかなってくれなかった。
 「あぁああああ!」
  日和は腹の底から叫び、身体を動かそうとする。
 「お! まだやる気か? いいなぁ。そう来なくちゃ歯ごたえがないぜ!」
  颯汰は笑い、日和を物色する触手の動きをさらに激しくする。
 「あぁあああああああ!」
  ――やらないとやられる!
  ブシャッ!
  日和は左手を強引に壁から引き剥がし、拘束していたカニの足を砕く。
 「なっ!」
  日和の想定外の反撃に颯汰に一瞬の隙が生まれる。
 「邪を貫くものここに!」
  日和に左手に短刀が現われ、彼女を襲っていた触手を全て切断する。
 「くそっ!」
  グサッ!
  颯汰が次の動きに入るより早く、日和は颯汰の腹を短刀で突き刺す。
 「ぐふっ!」
  颯汰は吐血する。
  地面に颯汰と日和の血が飛び散る。
  日和は大量のアドレナリンと颯汰の毒によってあらゆる感覚が麻痺していた。それが今、日和に限界を超える力を与えたのだ。
  人体は本来、安全装置がついている。それによって人間は百パーセントの力を出すことはできない。しかし、颯汰の神経を破壊する毒、大量のアドレナリンにより、日和の安全装置は破壊され、百パーセントの力が呼び起こされたのだ。
  しかも、痛覚が麻痺しているので、動きをしても、どんな攻撃を受けたとしても痛みを感じることはない。
 「餌が調子に乗るな!」
  颯汰は怒鳴り、日和にカニの足とタコの触手を向かわせる。
 「闇を斬るものここに!」
  日和は再び日本刀を召喚し、全ての足と触手を切断し、颯汰に近づく。
  ビュン!
 「悪を砕くものここに!」
  飛んでくるボールペンは杖(じょう)で全て落とす。
 「食らえ!」 
  ビュン!
  日和はやり投げの容量で杖を颯汰に投げつける。
 「こんなモン食らうか!」
  颯汰は右手のハサミで難なく杖を切断し、攻撃を防ぐ。
  シュッ。
  日和は颯汰が杖に気を取られた一瞬の隙に距離を詰める。
  ズバッ!
  鮮血が舞い、地面が赤く濡れる。
 「え?」 
  ドサッ。
  颯汰の身体が地面に倒れる。彼はどうして自分が倒れたのか理解できなかった。彼は足下に違和感を感じ、視線を自身の足下に移す。
 「う、うわぁあああああ! 足が! 足がぁああ!」
  颯汰の両足は切断され、血がドバドバとあふれていた。
 「足ぐらいで騒がなでください。今まであなたが殺してきた人の痛みはこんなもんじゃないですよ」
  返り血で全身が紅く濡れた日和は怒りに満ちた表情で日本刀を構える。
 「ふ、ふざけるな! 俺の餌が!」
  颯汰は右手のハサミを日和に向ける。
  ビュン!
  颯汰は悪あがきにハサミで斬撃を飛ばす。
  プシュッ!
  斬撃は日和の頬をかすり、彼女は頬から出血するが、彼女は止まらない。
  スパッ!
  日和は躊躇なく颯汰の右腕を切り落とす。
 「くそ! くそ! くそぅ!」
  颯汰は最後のあがきとして切られた全ての触手を再生させようと――。
  グサッ!
  日和は日本刀を颯汰の胸元に突き刺す。
 「がはっ!」
 「あぁああああああああああ!」
  日和は腹の底から叫びながら、突き刺した刃で彼の身体を胸元から股までえぐり斬る。
 「がぁああああああ!」
  颯汰は断末魔を上げ、そのまま息絶えた。
 「はぁ、はぁ」
  日和は倒れそうになるが、刀を支えにして、倒れるのを防ぐ。
 「うっ、日和さん……」
  クロが意識を取り戻す。
 「クロ、生きてたんだ」
 「死んでたら日和さんの変身は解けてますよ」
 「それもそうだね」
 「すいません。気を失ってました。変身を解けないようにするのに手一杯で……ってこの状況は……そうですか」
  クロは悲しげにつぶやく。
 「大丈夫だよ。クロが変身が解けないようにしてくれたから、助かったよ。ありがとう」
  日和の声も悲しげだった。
 「とりあえず、移動しましょ。ここは気分が悪いです」
  クロが提案する。
 「うん……」
  颯汰が死んだことにより、どういう原理かは不明だが、彼の毒は日和から消えてきた。傷はクロと一体化していれば、常人以上の速度で回復する。全快には数日かかるが、ある程度動けるようになるまで回復するのは時間はかからなかった。 
  日和は歩き始め――。
 「誰かいるんですか?」
  日和は物陰に話しかける。
 「気づかれてしまいましたか」
  物陰から現われたのは紫色のワンピースを身につけた紫色の髪の人間だった。
 「女の子」
 「いえ、男ですね」
  日和の発言をクロが訂正する。
 「あれ? 僕が男だって分かるんですね」
  紫色が意外そうな顔をする。
 「人間の性別ぐらい、見れば分かりますよ。たまにどっちなのか分からない人はいますけど」
 「そうなんですか」
  紫色は藍色のドライバーを腰に装着し、紫色のペンシルを取り出す。
 「変身」
  彼は紫色のペンシルをドライバーに差し回す。
 「PARPLE COLOR PENCIL」
  紫色のオーラが彼を纏い、紫色の鎧が装着される。
 「キツい二連戦ですね」
  クロが苦しそうにつぶやく。
 
 *
 
  明かりがついていない部屋で、二人の四十前後の男女が十数個はあるモニターを眺めていた。 
 「では、そろそろ行ってくれ」
  男が女に指示をする。
 「分かりました。その前に一つ質問よろしいでしょうか?」
 「なんだね?」
 「万が一の時は、私に松山颯太の処理を任せるつもりでした?」
  女が男に訊ねる。
 「さぁ。どうだろうねぇ?」
  男は不敵に微笑む。
 「いえ、別に。ただ気になっただけです。私に指示を出したタイミングがタイミングであったので」
 「そうかい」
 「では、失礼します」
 「頼んだよ」
  女は男に背を向け、早足で歩き始めた。
 
  to be continued
 
  裏話
  
  日和が颯汰を倒すシーンは仮面ラ●ダークウガの第三十五話をイメージしました。 
  
 
  ――――――
 
  第四十二話「大世凜」
 
  ――――――
 
  敵がいないコンクリートの廊下、戦闘は行われていないにもかかわらず、天井にはヒビが入っている。
 「敵が一人もいないのは嬉しいんですけど、逆に不気味です」
  廊下を歩く宇佐美がつぶやく。
 「そうね」
  渚は険しい顔で返事する。
  渚、みぎわ、宇佐美の三人は他のメンバーとバラバラになった後、敵と遭遇していなかった。
  ただひたすら長い廊下を移動していた。途中で天井が崩れそうになったがはぐれることはなかった。
 「渚さん、さっきから険しい顔ですね」
 「……いくつか気になることがあるのよね」
 「気になること?」
 「ええ、試合で負けた向こうの選手はどうなっているのかしら」
 「うーん。負けたヤツには用がない、とか言って消されてそうですね」
 「それが一番しっくりきそうね。あと、試合で負けたあちらの相手は誰が運んでたのかしら」
 「え? 普通に係の人とかじゃないですか? っていうか、渚さん見てなかったんですか?」
 「一瞬だったのよ」
 「え?」
  宇佐美が首を傾げる。
 「紅野炎司、赤尾所為、飛沫血路の三人は試合が終わった後、一瞬で闘技場から姿を消したのよ。私たちが戻ってきた仲間に気を取られた一瞬の隙に」
 「えっと、どういうことですか?」
 「さぁね。闘技場の仕掛けでもなければ、一番考えられるのは――」
  三人は思わず足を止めた。
  三人の前に一人の女性が立っていた。三十代後半ぐらいだろうか。栗色のロングヘアーの女性だった。
 「水輝渚さんですね」
 「そうよ」
 「私、この大世鱗(だいせりん)と申します。水輝渚さん、私と一緒に来てもらってもよろしいでしょうか?」
 「嫌よ」
 「そうですか。仕方ないですね」
  鱗は手を上げる。
  すると、彼女の背後から、何かが現われた。
 「なんですか? これ?」
  宇佐美は思わず声を上げる。
  鱗の背後に現われた生物は、見上げるほど大きく、全体の毛は黄色、身体は鹿、牛の尻尾と馬のひづめを持ち、顔に一本角があった。
 「麒麟……」
 「あら、ご存じなのね」
 「えぇ。でも、実際に見るのは初めてよ」
 「UNITE」
  凜が静かにつぶやくと、麒麟はパーカーとなり、彼女に被さる。
  金色の身体、額には一本角、凜は麒麟女とでも言うべき姿になった。
 「渚さん」
 「えぇ」
 「「UNITE」」
  二人は同時にかけ声をあげる。
  どこからか桃色のウサギが現われ、桃色のうさ耳パーカーとなり、宇佐美に被さる。
  みぎわもペンギンパーカーとなり、渚に被さる。
  渚はペンギンパーカーのフードを脱ぎ、身構える。
 「二人ともかわいらしいお姿ですね」
  凜は微笑む。
  ビュン!
  宇佐美の身体が宙を舞う。
 「がはっ!」
  凜の拳が宇佐美を吹き飛ばしたのだ。
 「宇佐美さん!」
 「人の心配をしている場合かしら」
 「このっ!」
  ビュン!
  渚は水を纏った回し蹴りを放つ。     
  コンクリートの地面がえぐれ、破片が飛び散る。
 「当たってたら危なかったかもしれないわね」
  ガシッ!
  後ろから凜は渚の首をしめる。
 「このっ!」
  渚が抵抗しようとする前に凜は彼女の右手も抑える。
 「離しなさい!」
  渚は必死にもがくが、振り払えない。
 「主人はついでにあなたも欲しいらしいの。少し大人しくしてね」
  首を絞める力が強くなる。
 「がはっ!」
 「じゃあ行きましょうか」
 「渚ちゃんから離れろ!」
  渚のペンギンフードが被さり、渚の身体の主導権がみぎわに移る。
  バシャァ!
  みぎわから水が放たれ、凜を吹き飛ばす。
 「くっ! まだこんな力が――」
  凜の頭上に宇佐美が迫る。
 「さっきのお返しです!」
  宇佐美の拳が凜を床に叩きつける。床に亀裂が走り、コンクリートの破片が舞う。
 「宇佐美ちゃん!」
 「渚さ……みぎわさんですね。大丈夫ですか?」
 「渚ちゃんもぼくも大丈夫だよ」
 「ダメじゃない……せっかくのチャンスに畳みかけないなんて」
  凜は微笑みながら立ち上がる。
 「終わりだよ」
  ドバッ!
  みぎわが右手を前に出すと、水の球体が凜を包む。
 「なっ!」
  凜の口から空気が漏れる。
 「君はスゴいよ。でも、海もスゴいんだよ」
  どんなに速く動くことができたとしても、動けなければ意味がない。
  麒麟は水中に生息している生き物ではない。水の中に閉じ込められれば無力……のはずだった。
  凜の口角が上がる。
  バシャアッ!
  凜を包んでいた水の玉が弾ける。
 「え?」
 「なるほど。思ってたより素晴らしいわ。油断しました。ですが、この程度の攻撃では私は倒せません」
  ダッ!
  宇佐美は一瞬で距離を詰めるが――。
 「遅いわね」 
  ヒュン!
  凜の裏拳が宇佐美の顔面に入る。宇佐美の鼻から血が飛び散る。 
 「宇佐美ちゃん!」
  ドバッ!
  みぎわは再び水の球で凜の全身を包み走り出す。
 「ムダよ」
  バシャアッ!
  凜は一瞬で水の球を破壊する。
 「終わりよ」
  フードを外したみぎわ、否、渚が凜の眼前に迫る。 
  ビュン! 
  渚は水を纏った右足で回し蹴りを再び放つ。 
  ドガァア!
  水が飛び散り、蹴りの衝撃で土埃が舞う。
  普通に蹴りに行っても躱される。でも、一瞬でも動きを止めることができれば、当てることはできるかもしれない。当たりさえすれば――。
 「やっぱりいい蹴りね」
  凜は楽しそうに微笑む。
 「嘘でしょ……」
  凜は渚の蹴りを片手で受け止めたのだ。
  渚の蹴りは、今まで、躱されることはあった。効かないことがあっても、それは軟体生物の力を持っているから等、何かしらの特殊な理由があったからだ。
  しかし、大世凜は違った。純粋な力で彼女の蹴りを受け止めたのだ。それは渚にとって初めてのことだった。
  シュッ!
  凜の拳が渚に入る。
 「がっ!」
  胴に直撃を受けた渚は咳き込みながら数歩下がる。
 「お礼よ」
 「渚ちゃん!」
  渚にフードが被さる。みぎわは身体の主導権を得てすぐに水の壁を生成する。
  ズバッ!
  凜の蹴りが水の壁を貫き、みぎわに炸裂する。
 「あっ……」
  みぎわは吐血しながら、飛ばされ、壁を突き破る。
 「渚さん!」
 「飛ばしすぎてしまったわ」 
  凜は左腕を押さえ、少し苦い顔をする。
 「まぁいいわ。それよりもあの子を回収しましょう」
 「お前!」
  ガシッ!
  宇佐美が凜を羽交い締めにする。
 「あら、まだ動けたの」
  凜は難なく振りほどき、蹴り飛ばす。
 「がはっ!」
  ドガッ!
  飛ばされた宇佐美は壁に衝突し、土埃が舞う  
  ビュン!
  土埃がはれる前に宇佐美は再び凜に突撃する。
  ガシィ!
  宇佐美の拳を凜は難なく右手で受け止める。
 「しぶといわね。あなたじゃ私に勝てないって分からないの」
 「それがどうしたんですか?」
  宇佐美は再び拳を放つが、難なく受け止められる。
 「勝てなくてもやらなきゃいけないんです!」
  一瞬空気が揺れ、凜に隙が生まれる。
  ドガッ!
  宇佐美の拳が凜の胴に炸裂し、凜は数歩下がる。
 「ハァ、ハァ……」
 「へぇ、あなた、思ったより面白いじゃない」
  凜の口角が僅かに上がる。
 
 
  バギィ!
  闘技場の観客席の壁の椅子がある場所よりも遥か上の地点に風穴が空く。
  壁を突き破って現われたのはみぎわ。凜に飛ばされ、ここまで来たのだ。
 「闘技場?」
  みぎわの勢いはまだ止まらない。そのまま飛ばされ――。
  バギッ!
  反対側の客席の壁、それも闘技場と客席の境目の地点の壁にめり込む。その下は奈落の底だ。
 「ごめん、渚ちゃん」
  みぎわは壁にぶつかる直前に水のバリアをはり、ダメージを軽減していた。それに手一杯で、奈落の底に落ちずに済む方法を実行する余裕はなかった。 
  ヒューン。
  みぎわはそのまま力なく、奈落の底へ落ちていく。
  バシャッ!
  水のバリアは地面に向けてはり、落下のダメージを抑える。
 「みぎわ、ありがとう」
  渚はフードを外し、身体の主導権を交代する。
  光がほとんどない奈落の底、充満する血の臭い。渚は表情を歪める。
 「嫌な場所ね」
  渚は腹部を押さえながら、歩き出す。
  ベチャッ。
  水たまりを踏んでしまった、それも血の。
  渚が足下を見ると、近くに両足を切断された松山颯太の死体が転がっていた。
 「死んだのね。あのゲスは……何これ?」
  渚の近くの地面にはところどころ奇妙なくぼみがあった。それも何かに溶かされたから生まれたようなくぼみだった。
 「あなたも落ちてきたんですね」
  少年とも少女とも区別しにくい声に呼び止められる。声の主は紫色の鎧を纏った騎士のような姿をした存在だった。
 「この妙な跡はあなたの――」
  渚は思わず目を見開く。
 「浪花さん……」
  紫色の近くには血まみれの日和が倒れていたのだ。
 「彼女はまだ生きてますよ。トドメを刺そうかどうかで迷ってた所にあなたが落ちてきました」
 「そう」
  ビュッ!
  渚は一気に紫色との距離を詰める。
  水を纏った右足の回し蹴りが入――。
  ドロッ。
  紫色の周りの地面が溶け、渚の左足が地面につかり、体勢を崩す。
 「地面が溶けた……!」
  地面が急に沼のようになり、渚を捕らえる。渚は脱出しようともがくが、底なし沼のように彼女を逃がさない。
 「じゃあ、大人しくしてくださいね」
  紫色は渚に右手を伸ばし――。
  ドバァ!
  沼から水が噴き出す。紫色は水にひるみ、数歩後ろへ下がる。
 「あれ?」
  目の前にいたはずの渚がいなくなっている。
  紫色が後ろを振り向くと、渚は日和を抱え彼から十メートル近く離れた場所に立っていた。。
 「逃げられると思ってるんですか?」
 「逃げないわよ」
  渚は背中を向けながら返事する。
 「……渚……さん」
  日和がか細い声で呼びかける。
 「あなたはここで休んでなさい。アイツは私が何とかするから」
  渚は日和を地面にゆっくり降ろし、紫色に向き直る。
 
  to be continued
 
  補足説明
  大世凜は、第四十一話までモニターがある部屋にいた女性です。
 
  ――――――
 
  第四十三話「地上での再開」
 
  ――――――
 
 「何とかする……ですか」
  紫色は小さくつぶやきながら、ドライバーのペンシルを二回転させ、渚の所へ歩き出す。
  グチュッ。
  彼が歩いた地面が、溶けてくぼんでいく。
  渚は思わず一歩、後ろへ下がる。
  ――下手に近づいたらダメ……。でも近づかなければ攻撃を当てることはできない。みぎわの水なら一瞬なら触れても大丈夫。一瞬、一撃で決めるしかない。でも、足場が溶けて、うまく一撃を当てれなかった。なら――。
  渚は右足に水を纏う。
  ヒュッ!
  渚は跳躍し、一気に紫色との距離を詰める。
  足場が安定しないから普通の蹴りは決まらない。ならば、跳び蹴りで決めるしかない。
 「なるほど……そうきましたか」
  ドビュッ!
  渚の飛び回し蹴りが紫色に炸裂し、水が、泥が飛び散る。 
 「ぐっ!」
  ズズッ! 
  紫色は咄嗟に両手でガードするが、数センチ動かされる、否、数センチしか動かなかった。    
 「どいつもこいつも化け物だらけね……自信なくすわ」
 「いや、素晴らしい蹴りでした。まともに受けたら危なかったですね」
  ヒュッ!
  渚は再び距離を取る。
 「なるほどね。地面を溶かすことによって、生まれた泥に足をつけることで、足場を固定したのね」
 「正解です」
  シュゥ。
  渚の右足の黒いブーツから煙が出る。煙が出てる箇所は僅かに溶けていた。あと少しでも長く触れていたら、足が溶かされていただろう。
  ――ほんの一瞬触れただけでも……。右足で蹴れるのはあとせいぜい一発。
 「どうしたんですか?」
  紫色はドライバーのペンシルを三回転させる。紫のオーラが地面に広がる。
 「渚ちゃん!」
  フードが被さり、身体の主導権がみぎわに渡る。
  バシャ!
  みぎわは巨大な水の壁を生成し、紫のオーラを食い止める。
  グチュグチュ。
  紫のオーラが広がった地面は溶けていく。それだけでなく、視線の先にあった松山颯太の死体も溶かしていく。
  ――あんなの受けたら死ぬ!
 「ハァ、ハァ」
  みぎわの額に汗が流れる。呼吸が荒くなる。
 「これを防げるんですか。ならこれはどうですか?」
  紫色はさらにドライバーのペンシルを三回転させ、右腕に紫のオーラを収束させる。 
  ズシャ!
  紫色の右腕からレーザービームのようなものが放たれる。それは水の壁を突き破り、みぎわの左肩を貫通した。
 「あ、あぁあああああああああ!」
  みぎわは痛みに悶絶し、地面を転がり回る。同時にみぎわが作った水の壁が消える。
 「さすがにこれはムリなんですね」
 「ハァ、ハァ……」
  みぎわは左肩に水を集め、回復しようとするが、左肩から血が止まらない。
 「渚……さん……!」
  日和が加勢に入ろうとするが、身体が動かない。
 「二人とも大人しくしてくださいね。抵抗しなかったらこれ以上痛い目は見ずにすみますよ」
 「ふざけないで……!」
  フードが外れ、身体の主導権が渚に変わる。
  ブシャ!
  渚は咄嗟に右足に水を纏い、紫色の腹部に蹴りをたたき込む。
 「ぐっ!」
  予期せぬ反撃に思わず紫色は数メートル飛ばされる。
 「なかなかやりますね……ですが――」
  ガクッ!
  紫色は腹部を押さえ、膝をつく。
 「あの男に殴られた箇所か……嫌な偶然もあるものですね……」
  そう、渚が蹴った箇所は、先ほど志智が炎の拳を命中させた箇所だったのだ。
  紫色は腹部を押さえ、苦痛に顔を歪める。
 
 「みぎわ、お願い」
  渚は身体をみぎわに渡し、回復に努める。
  左肩に水を集め、解毒と傷の回復を徹底させる。紫色の追撃が来る前に。
 「みぎわ、浪花さんも……」
 「分かった……」
  みぎわは日和の所に行き、彼女の額に手を置く。
 「渚……さん……」
  ボワッ。
 「うぅ……これは?」
  クロがか細い声で訊ねる。
 「毒を消してるの。傷を全部治す余裕はないの。ごめんね」
  みぎわは申し訳なさそうに頭を下げる。  
 「いえ。ありがとうございます」
  日和の声は先ほどより生気がある。
 「もう少し休んでね」
  みぎわは日和に弱々しく微笑みかける。
  みぎわは立ち上がり、再び紫色の方に向き直る。左肩の流血がやっと止まるが、痛みは消えない。
 「渚ちゃん、どうする?」
 「あと一撃で決めれなかったら、死ぬわね……」
  普通に蹴りに行けば泥に捕らわれる。跳び蹴りは先ほど試した通り防がれる。 
  紫色は腹部を押さえながら立ち上がる。
  ――唯一勝機があるとすれば……。
  渚は左足に水を纏う。
  ビュン!
  渚は跳躍し、紫色との距離を一気に詰める。 
  バシャァア!
  左足の蹴りが紫路の腹部に炸裂!
 「がっ!」
  泥と水が飛び散る。
  今までの攻撃で一番有効だったのは、腹部への攻撃だった。だから渚はそこを狙った。
  ガシッ!
  紫色のは渚の左足を左腕で掴む。
 「くっ!」
  左足のブーツから煙が出て溶けていく。渚の顔が苦痛に歪む。
 「そう来ると……思ってました……」
  紫色も渚が腹部を狙ってくることを予測していた。先程、腹部を攻撃された際、決定的な隙を見せてしまった。彼女がそれを突かない訳がないと考えたのだ。傷が痛むとしても、来ると分かっていればある程度は耐えることができる。
  紫色は咳き込みながら、ドライバーのペンシルを――。
 「……私もよ」
  渚は右足に水を纏わせ、右足を自分の頭まで上げる。        
 「なっ!」
  渚も紫色がそのことを予測しているということをしていた。自身が狙われると分かっている場所を何の策もなく狙わせるとは思っていなかった。だから、二段構えで作戦を立てたのだ。
  バギィイイイ!
  渚のかかと落としが紫色の後頭部に炸裂! 水と泥が渚の頭上より高く舞い上がる。
  紫色の頭は泥にめり込み、変身が解ける。
 「はぁ、はぁ……」
  渚は息を切らしながら、日和のもとまで歩く。
 「渚さん、ありがとうございます……」
  日和もゆっくりと立ち上がる。
  ふら。
  倒れそうになった渚を日和は支える。
 「渚さん!」
 「ありがと……」
  フワァ。
  日和に支えられた渚の身体からみぎわが分離する。  
 「渚ちゃん……ごめん。ちょっと休むね……」
  みぎわはぐったりと地面に倒れる。
 「みぎわ、ありがと……」
 「日和さん、私も……」
  ファァ。
  クロも日和の身体から分離し、地面に倒れる。
 「クロ、ありがとう……」
 「しばらく戦うのはムリそうね……」
  渚はか細い声でつぶやく。
 
 *
 
  あなたたちが激戦を繰り広げるビルの地上一階に、紫乃、良子、春香の三名が戻ってきた時のこと。
 「よう、長沢……」   
  紫乃を呼ぶ男性の声。
 「なんだ刃野か」
  紫乃の視線の先には、刃野、あなた、伊藤、エイルがいた。地下にいたメンバーのうち四人が地上に無事戻って来れたのだ。
 「どうした? 長沢、随分ボロボロじゃねぇか」
 「悪かったな。そういうお前は……他のヤツらはどうした?」
 「はぐれた。これから探してくるから。お前はこいつらを頼む」
  刃野は背負っていたあなたを地面に降ろす。
 「あぁ」
 「ところでそっちは収穫あったか?」
 「それなりにはな」
 「じゃあ、ちょっと地下にもう一度戻ってくる」
  刃野が紫乃たちに背中を向けたとき――。
  バギィイ!
  床に突然亀裂が走る。
 「何?」
  エイルは目を見開く。
  バギャァア!
  床に突然穴が空き、同時に見覚えのある人影も飛んでくる。
 「宇佐美さん!」
  エイルが叫ぶ。
  ドサッ!
  宇佐美の身体は床に落ち、彼女はぐったりと倒れる。彼女の身体は土埃で汚れ、ところどころ出血している。
 「あら、地上まで来てしまったわ」
  落ち着きのある女性の声がした。
  フワッ。
  床に空いた穴から、もう一つ人影が現われる。金色の身体、額には一本角、麒麟女とでも言うべき姿の女性、大世凜であった。
 
  to be continued
 
  謝罪
 
  渚、小説だとかなり書きにくい? みぎわと渚、二人で一つの身体共有してますしね……。分かりにくい読みにくいことになっていたらすいません。
 
   
  ――――――
 
  第四十四話「これが自分の奥の手」
 
  ――――――
 
 「お前は誰だ?」
  刃野が鋭い目つきで問いかける。
 「そうね。一応自己紹介はしておきましょう。私は大世凜と申します。エイルさん、一緒に来てもらえますか?」
  凜は落ち着いた口調で自己紹介をする。
 「い、嫌です……」
  エイルの声は震えていた。
 「そうですか、ならば力尽くで引き渡していただきましょうか」
  凜は微笑む。
 「お前らが何をしたいのかは知らねぇが、渡せと言われて渡すヤツがいるか?」
  刃野はドライバーを取り出し、腰に装着する。
 「ふふっ、それもそうですね」
  凜は微笑んだままだ。
 「お前らは逃げろ」
  紫乃はあなたたちに指示した後、刃野の横に並び、ドライバーを腰に装着する。
 「おい、ケガ人はすっこんでろ!」
 「バカか。アイツはお前が一人で勝てる相手じゃない」
 「お前……」
 「あぁ、そうだ。言ってもムダだろうが、言っておく。お前らのやろうとしていることは破綻しているぞ」
  紫乃は刃野を無視し、凜に言い放つ。
 「お前、アイツらの企み知ってるのかよ」
 「多少はな」
 「じゃあ、なんで言わねぇんだよ」
 「言う前に地下に戻ろうとしたヤツが言うな」
 「そうかよ……」 
 「行くぞ」
  紫乃と刃野は黒色のペンシルを取り出す。
 「あら、ペンシルを使う人が二人。面白いですね。それと――」
  凜は指を鳴らす。
  ガシャン!
  出口、否、ビル全体にシャッターが降り、全ての出入り口が塞がれる。ビルは脱出不能の要塞と化したのだ。
 「逃がしませんよ」
 「そうか。だったらお前を倒して、その後、壊して脱出したらいいだけだ」
 「脳筋が……だが、それしかなさそうだな」
  二人はペンシルをドライバーに差し回す。
 「「変身」」
 「「NORMAL COLOR PENCIL」」
  二人を黒いオーラが包み、黒い鎧が二人を覆う。
 「では、始めましょう」
  ビュン!
  凜の姿が消え――。
 「がっ!」
  刃野の身体が飛ばされる。
 「速い!」
  ヒュッ!
  次の瞬間には凜は紫乃の頭上にいた。
 「くっ!」
  バギャァア!
  凜のかかと落としが紫乃に炸裂! 紫乃は咄嗟に両手でガードする。
  メキメキ!
  地面に亀裂が走り、コンクリートの破片が飛び散る。
 「あら、今のを防げるのね」
 「YELLOW COLOR PENCIL」
  バリッ!
  刃野が放った電撃が凜を襲う。         
 「おっと危ない」
  凜は紙一重で躱す。
 「くそっ!」
  黄色の鎧を纏った刃野が悔しそう吐き捨てる。
 「連携できるか?」
  紫乃が訊ねる。
 「誰に言ってるんだ? お前こそ大丈夫か?」
 「そうか」
  紫乃はドライバーのペンシルを黒色から緑色に変える。
 「GREEN COLOR PENCIL」
  紫乃の鎧が黒色から緑色に変わる。
  刃野と紫乃はドライバーのペンシルを二回転させる。
  ゴロゴロッ!
  雷が頭上から凜を襲う。
  ビュン!
 「当たると思っているんですか?」
 「一発だけだと思ってるのか?」
  ピカッ!    
  天井から雷が連続で凜を襲う。しかし、一発も凜には当たらない。
 「マジかよ……」
  ヒュルッ!
 「え?」
  凜の足に植物のツルが絡みつき、そのまま彼女の全身に纏わり付く。
 「今だ!」
  紫乃に言われ、刃野はドライバーのペンシルを三回転させる。
  ドーン!
  凜に雷が直撃する。凜を拘束していた植物のツルは焼き切れ――。
  ビュン!
 「いい連携ね」
  ドンッ!
  凜の拳が紫乃の鳩尾に入る。
 「がっ!」
  紫乃は膝をつき――。
 「長沢!」
  ドッ!
  凜の蹴りが紫乃を飛ばす。飛ばされた紫乃は壁に激突し、変身が解ける。
 「この野郎!」
  刃野はドライバーのペンシルを黄色から銀色に変える。
 「SILVER COLOR PENCIL」
  刃野の鎧は黄色から銀色に変わる。
 「なるほど。カウンターを狙っているのね」
  ビュン!
  凜の姿が消える。
  ドッ! ドッ! ドッ!
 「がっ!」
  刃野に全方位から凜の攻撃が襲う。刃野はカウンターを狙うが、一発も当たらない。攻撃を放った時にはすでにその場にいない。攻撃を予測し、反撃をしようとしても、その予測を超えた動きをしてくる。
  ドサッ!
  刃野の身体が地面に倒れる。
 「固い身体ですね。ここまで私の攻撃を耐えるなんて」
 「くそっ!」
  刃野は立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。
 「じゃあ、さよならですね」
  凜が刃野に歩み寄る。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたの拳が凜に炸裂し、数メートル彼女を飛ばす。
 「刃野さん!」
 「よせ! お前らが勝てる相手じゃねぇ!」
 「……それでもやらないと」
  あなたは再び凜に向き直る。
 「へぇ……悪くない拳ね。界王を倒しただけのことはあるわね。でも、あなた一人で私を倒すつもり?」
  凜は微笑みかける。
 「自分もいる」
  伊藤があなたの横に並ぶ。
 「伊藤さん……」
 「一緒に戦おう」
  伊藤の髪が青くなり、更に赤いオーラも纏う。
 「それ何ですか?」
  あなたは赤いオーラについて質問する。
 「二十倍界●拳。これが自分の奥の手」
 「へぇ、面白いわね」
  凜の笑顔は崩れない。 
 
  to be continued
 
  ――――――
 
 第四十五話「制御装置」
 
  ――――――
 
 「はぁあああああ!」
  伊藤の周囲のコンクリートの破片が浮き始める。
 「どこから来てもいいですよ」
  凜の笑みは崩れない。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたは凜に拳を振りかざす。
  ガシッ!
  凜は右手であなたの拳を難なく受け止める。
 「いい拳ですけど、あなたの本気はそんなものではないですよね?」
  ブンッ! 
  伊藤が凜の背後に回る。
 「速いですね」 
  ドガッ! 
  凜と伊藤の拳がぶつかり合い、空気が揺れる。
  ビュン!
  伊藤と凜の姿が突然消える。
  バギッ! ドゴッ!
  あたりの床、天井に凹みが生まれる。二人は目にも止まらぬ速さで移動しながら攻防を繰り広げているのだ。両者の実力は互角……ではなかった。
 「がはっ!」
  伊藤が地面に叩きつけられる。
 「界王と戦ったときより強いですね。ですが、私には及びませんね」
  凜は余裕の表情である。汗一つかいていない。
 「くそ!」
  刃野が立ち上がり、走り出す。  
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  刃野の鎧が銀色から黒色に変わる。
 「まだ立てるんですか」
  ビュン! 
  凜は刃野の背後に回り――。
  ドンッ!
  刃野の蹴りが凜の腹部に入る。
 「お前の動きは見飽きた」
  凜は再び姿を消す。
  ドガッ! バギッ! ドスッ!
  刃野は凜が攻撃してきたタイミングに攻撃を的確に命中させる。先ほどと違い、確実に凜に攻撃を当てていた。
 「なるほど、肉を切らせて骨を断つというものですか。ですが……」
  凜の拳が刃野の鳩尾に入る。
 「ぐっ!」
  ガシッ!
  刃野は腹部に入った凜の腕を掴む。
 「やっと……捕まえたぜ……」
  刃野はドライバーのペンシルを三回転させ、黒いオーラを右手に集中させる。
 「離――」
  ドガァ!
  刃野の右ストレートが凜に炸裂! コンクリートの破片が舞う。
  ドシャァア!
  刃野の一撃を受けた凜は飛ばされ、壁に叩きつけられる。
 「ハァ、ハァ……」
  刃野は息を切らしながら膝をつく。    
 「今のは効きましたよ」
  ビュン!
  空を切る音が聞こえた。
  ドガッ!
  瞬間、あなたの視界から刃野が消えた。
  ドシャァア!
 「がっ……」
  刃野は壁に叩きつけられ、変身が解ける。
 「素晴らしい一撃でした」
  凜は微笑みながら刃野を賞賛する。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  あなたは再び凜に拳を放つ。
  ドンッ!
  あなたの拳は凜に届くことはなく、あなたは地面を転がる。
  凜は目にも止まらぬ速さであなたに拳を放ったのだ。
 「裕亜君!」
  伊藤が立ち上がり、あなたに駆け寄る。
 「では、そろそろ対象を回収しましょうか」
  凜はエイルの方へ視線を向ける。
  良子と春香がエイルの前に立つが、二人の足は震えていた。
 「勝ち目がないと分かっていながらも立ちはだかるんですね」
 「そうよ!」
  良子が声を上げる。
 「素晴らしい威勢ですね」
 「どうして、私を狙うんですか?」
  エイルが震えた声で訊ねる。
 「そうですね。それくらいは答えて差し上げましょう。それは、あなたは『制御装置』だからです」
 「制御装置……?」
 「えぇ、複数の世界を融合させる装置の『制御装置』。それがあなたの正体です」
 「複数の世界を融合? 何を言ってるんだ?」
  あなたは状況を整理できない。
 「本当はあなたたちに教えるつもりはなかったのですが、いいでしょう。そこのお嬢さん方は知ってしまったようですし」
  凜は春香の方を向き、微笑む。
 「そう、この計画は――」
  凜の口から真相が語られ始めた。
 
  
  to be continued    
 
  ――――――
 
  第四十六話「真相」
 
  ――――――
 
  二十年前、世界は一つではないということが証明された。
  無限に広がる平行世界。この世界と似て異なる世界が存在することが証明されたのだ。
  証明した人間の名は大世界(だいせかい)、当時は二十代の若い天才科学者であった。
  だが、それが表にでることはなかった。いや、彼は出さなかった。
  理由は一つ、この理論を使えば、世界を思うままにできると考えたからだ。
  平行世界にはおそらく、未知の技術、自分たちがいる世界よりはるかに進んでいる世界が存在するはず。それを自分だけのものにすることができれば、世界を自分の思うままにできると考えたのだ。
  それから彼は研究を始めた。平行世界の技術を自分のものにするにはどうすればいいのかを。
  本当に信頼できる数人にしか本当のことは話さなかった。結果を出すまで。
  その過程で出会った。女性、凜は財閥令嬢であり、金は余るほどあった。お陰で研究費に困ることはなかった。
  施設の設備、人体実験、あらゆることを試し、ついに、完成したのだ。平行世界とこの世界を融合させる装置が。
  装置は『制御装置』を入れることで起動する。
  制御装置は、実験の過程で得た特別な人間。平行世界と干渉した人間である。
  装置が完成する前の実験で、平行世界と融合することはできなくても、人一人を平行世界と干渉させることには成功していた。干渉とは、一瞬だけ平行世界に飛ばして、一瞬で連れ戻すというそれだけのものだ。
  それだけのものでも、ほとんどの者が死んだ。平行世界の瞬間的な往復に身体が耐えられなかったのである。
  耐えることができたのは一人、エイルである。
  エイルは生き延びることはできたが、それまでの記憶を失ってしまった。
  記憶がないエイルを都合のいい道具として、彼らは扱い、装置を完成させた。
  三ヶ月前、世界の融合を始めた。次々と融合させ、二ヶ月後には五つの世界との融合が完了した。
  そのときだった。
  エイルが逃げ出したのは。
  追手を放ったが、エイルはあなたと出会い、伊藤と出会い、様々な別世界の人間と出会ってしまった。
  ならば、別世界の人間の力を見せてもらおうではないか。
  そこで開催されたのが試合。
  試合まで一ヶ月の期間が空いたのは、大世界たちも別世界の力を使いこなすのに時間が必要であったから。
  
  要約すると、大世界は全ての平行世界の力を我が物にしたいということだ。
 
 *
 
 「簡単な説明だけど、分かっていただけたかしら」
  凜は微笑む。
 「とりあえず、あなたたちがめちゃくちゃだということは」
  あなたは立ち上がり答える。
 「あなたたちの私利私欲のために多くの人が血を流したということも」
  伊藤も再び立ち上がる。
 「そう。でも、犠牲はつきものじゃない?」
  ビュン!
  伊藤とあなたは同時に凜に飛びかかる。
 「ちぇりおぉおおおお!」
  ドガッ!
  二人の拳が凜に炸裂する。
 「へぇ、まだこんな力が――」
  二人は追撃の手を緩めないが、凜はすぐに体勢を立て直し、反撃をしてくる。
  ドガッ! 
 「ぐっ」
 「がっ」
  伊藤とあなたは同時に地面に叩きつけられる。
  パンッ!
  何かが凜に命中する。
 「ん?」
  凜の視線の先には二丁のエアガンを構えた春香がいた。
 「あなたたちは分かっているんですか? 世界を融合させたらどうなるかということを?」
  春香が問う。
 「何のことかしら?」
 「盗んだデータに書いてありました。世界を複数個融合させた場合、世界に歪みが生じ、最悪の場合、融合した世界が消滅するということを」
 「それがどうしたのかしら。発展に犠牲とリスクはつきものじゃない?」
 「それはそうかもしれませんが、限度があります。私たちはあなたたちを止めます」
 「そんなおもちゃで何ができるの?」
 「何ができると思いますか?」
  パンッ! 
  春香はエアガンを発砲し続ける。
  凜は躱すまでもないと判断し、全ての弾丸を受けながら春香の下へ歩いて近づいていく。
 「まぁ、時間稼ぎぐらいにはなるかもしれないわね」
  凜は春香に手を伸ばせば届くところまで近づく。
 「そうですね」
  バンッ! 
  凜の腹部から炎が舞う。
  春香の二丁のエアガンから煙が出てくる。
 「ぐっ!」
  凜は思わず数歩後ろへ下がる。
  シュッ! 
  良子が凜の眼前へ飛ぶ。
 「食らえ!」
  良子は木刀での突きを凜の左目に放つ。
  ビュッ! 
  春香と良子の攻撃は急所に当たらない限り、一瞬気を逸らすのが精一杯だ。ならば気を逸らそう。
  春香は自身の攻撃力は大したことないと油断させ、至近距離での最大化力を放ち、一瞬の隙を作る。その隙に良子が急所である眼球に一撃を放つ。
  そうすれば、倒すまではいかなくてもダメージは与えれると考えたのだ。
 「なるほどね。油断したわ」
  ガシッ!
  凜は良子の突きを右手で掴む。
 「嘘でしょ?」
  ドンッ!
  凜はそのまま良子を地面に叩きつける。
 「良子ちゃん!」
 「さてと、後はあなただけかしら?」
  凜が春香とエイルに迫る。
 「木山さん! エイルさん!」
  あなたは身体に力を込める。
  ――速く行かないと。でも、どうする? ちぇりおのかけ声じゃアイツに歯が立たない。でも、まそっぷのかけ声だと身体に負担が大きすぎる。さっきのクモのヤツの時みたいに身体が動かなくなるかも知れない。どうしたらいいんだ? どうすれば――今できることで……。
 「ちぇりっぷぅうううう!」
  あなたの拳が凜に炸裂する。
 「ぐっ」
  凜は思わぬ攻撃に数メートル飛ばされる。
  ――そうだ。かけ声を混ぜるんだ。そうすれば、ちぇりおのかけ声より攻撃力が上がって、まそっぷのかけ声よりも長く戦える。今できる最大限をするんだ!
 「さっきまでよりもいいパンチだったわ。でも――」
  ドンッ!
  凜の頭部に何かが命中し、よろめく。
 「何?」
  凜は足下に落ちた何かに視線を落とす。
 「消しゴム……なるほどね」
  地下へ向かう階段がある場所、そこには、硝、ロミ、ケン、亜衣の四人が立っていた。
 「すいません。遅くなりました」
  硝が頭を下げる。
 
  to be continued
 
  補足説明
 
  今作で融合している世界は六つです。
 
   一つ目 大世界と大世凜がいる世界
  二つ目 色崎志智がいる世界
  三つ目 水輝渚がいる世界
  四つ目 白川硝がいる世界
  五つ目 浪花日和がいる世界
  六つ目 伊藤薫がいる世界
 
  融合した順番はこの一から六の順番です。
 
  ちなみに硝 ロミ ケン 亜衣の四人が一緒に地上に出てきたのは、ロミと硝は最初、あなたとエイルと合流しようとしましたが、あなたたちが刃野と合流したので、計画を変更して、亜衣と合流することにしたからです。通路が複雑だったせいであなたたちとは合流しませんでした。
 
  ――――――
 
  第四十七話「自分の攻撃力によって」
 
  ――――――
 
 「さらに四人増えましたか」
  硝、ロミ、ケン、亜衣が駆けつけても、凜の余裕は消えない。
  消しゴム蹴弾丸(イレイサー・ストライク)!
  硝は消しゴムを一つ蹴り飛ばす。
  バシッ!
  凜は硝の攻撃を右手で難なく弾く。
 「そんな攻撃――」
  ドンッ!
  すぐさま、ケンが凜に拳を振るう。
 「いい拳じゃない」
  ビュン!
 「ちぇりっぷぅうううう!」
  あなたもケンに続き拳を振るう。
 「いいわね」
  バシッ! ドガッ! パシィ!
  凜は右手でケンとあなたの攻撃を捌き続ける。
  ヒュン!
  伊藤が凜の背後からかかと落としを放つ。
 「ぐっ!」
  凜の体勢が僅かに傾く。
  初めてこちらが優勢になった。
 「これならいけるかも!」
  あなたの目に光が宿る。
 「やるじゃない!」
  ビュン!
  ドガッ! ベギッ! ゴフッ!
  ケン、あなた、伊藤は三方向に飛ばされ、壁に衝突する。激突した壁に亀裂が走る。
 「速……すぎる……」
  ゴキッ。
  凜は首を鳴らす。
 「そろそろ真面目に戦った方がよさそうね」
  ようやく凜から微笑みが消えた。
 「まだ……本気じゃなかったのか……」
  伊藤は立ち上がろうとするが、うまく身体が動かない。
 「あと残るは……」
  凜は硝たちに視線を向ける。
 「使ったことない武器だけど、やるしかねぇか」
  バッ!
  硝がスーパーボールを数十個取り出す。
 「それは、創世の?」
 「一応奪っておいた」
  超球反射連弾(スーパーボール・リフレクト・マシンガン)!
  硝は数十個のスーパーボールを放つ。
  ドンドンドンッ!
  放たれたスーパーボールは壁、床、天井を反射し、複数の方向から凜を襲う。
  ビュン!
  凜はスーパーボールを躱すが――。
  ドガッ!
  凜の右足にスーパーボールが直撃する。
 「くっ!」
  凜はそれでも躱すが、再びスーパーボールが凜を襲う。
  スーパーボールは躱されても、どこかで反射し、何度でも凜に襲いかかる。
 「創世よりコントロールも威力も上ね」
  シャッターでこの空間を密閉空間にしたのが、凜の失敗であった。密閉空間である限り、スーパーボールは何度でも襲いかかる。
  ビュビュビュンッ!
  凜が全員の視界から消え、スーパーボールの攻撃も消える。
 「ハァ、ハァ……」
  凜は息切れしながら、再び姿を現す。
  凜の手から、粉状の何かがこぼれる。
 「まさか……」
  硝は動揺を隠せない。
 「さすが私たちのの発明品だわ。全部握り潰すまでに、痛いのをかなりもらってしまったわ」
  そう、凜は高速で移動し、自身に襲いかかるスーパーボールを全て握りつぶしたのだ。
  ビュン!
 「ぐっ!」
  凜の拳が硝に炸裂し、彼を壁まで飛ばす。
 「硝!」
  ロミが硝に駆け寄る。
 「さてと……」
  凜はエイルの方へ向き直る。
  ブルッ!
  エイルと春香の全身が震える。
  春香はエアガンを構えるが、手が震えている。
  春香は分かっていた、自分には勝ち目がない。彼女は思考を放棄したわけではない。だが、勝てるビジョンが見えないのだ。
 「おい、私を忘れるな」
  鋭い声が凜に届く。
  スッ。
  声の主は凜の間合い、すぐ背後に立っていた。
 「いつの間に――」
  ズンッ!
  寸勁!
 「ぐっ」
  凜は一瞬よろけるが、すぐに立て直し距離をとる。
 「そんな身体で何ができるんですか? 綺堂亜衣さん」
 「さぁな」 
  亜衣は静かに言い放つ。
 「そう。じゃあしばらく寝ていてください」
  ビュン!
  凜の姿が消え――。
  バギィイ!
  地面に亀裂が走り、コンクリートの破片が宙を舞う。
 「がっ!」
  凜の思考が止まる。理解できなかったのだ。なぜ攻撃を仕掛けたはずの自分が地面に倒れているのかが。
  四方投げ。
  亜衣は凜を背中から地面に落とす。
 「くっ!」
  ビュン!
  凜は再び高速で移動し、攻撃を仕掛けるが、地面に倒れるのは全て凜であった。
 「がはっ!」
  凜は吐血する。
  合気道は相手の力を利用する武道であり、相手の力が強ければ強いほど、技の威力は上がる。
  凜は高速で移動し、亜衣を攻撃しようとしていた。その攻撃の威力は凜に全て返されている。つまり、凜は自分の攻撃力によってダメージを受けているのだ。
  だが、凜はいつまでも猪突猛進しかしない相手ではない。
 「なら、これはどうですか!」
  凜は地面に拳を放つ。
  バキバキィイ!
  亜衣と凜の足下の地面が割れる。
 「しまっ――」
  亜衣は地面へ落ちるしかなくなった。
 「空中じゃ、あなたは何もできない」
  空中で身動きの取れない亜衣に凜の拳が迫る。
  ドガッ!
  鮮血が舞う。
 
  to be continued    
 
  補足説明
 
  硝が創世のスーパーボールを奪ったのは使えそうだったから。それと、創世との戦いで、消しゴム爆裂を使用してしまった反動で弱体化した攻撃力をカバーするのに丁度いいと判断したからです。
 
  ――――――
 
  第四十八話「総攻撃」
 
  ――――――
 
  鮮血が舞う。
 「がっ」
 「まだそんな余力があったのですね」
 「ケン!」 
  ケンが亜衣を庇い、凜の拳を受け、吐血する。
 「姐……さん」
  ビュン!
  凜はそのままケンを飛ばし亜衣に当て、二人を地面に叩きつける。
 「がはっ!」
  二人は地面を転がる。
 「今度こそ――」
  ガシッ!
  何者かが凜を羽交い締めにする。   
 「あなたもまだ立てたんですか?」
 「私、けっこう頑丈なんですよ……」
  宇佐美だ。倒されたと思われていた宇佐美が凜を羽交い締めにしているのだ。
  凜は振りほどこうとするが、宇佐美は離れない。
 「私もボロボロですけど、あなたもかなりダメージ受けましたよね? 私をすぐには振りほどけない程度には」
 「くそ! 離せ!」
  凜の表情から余裕が消える。
 「今です! 皆さん!」
  宇佐美が地上にいる仲間に向かって叫ぶ   
 「「NORMAL COLOR PENCIL」」
  黒い鎧を纏った刃野と紫乃が上から降りてくる。
  二人はドライバーのペンシルを三回転させ、走り出す。
 「くそ!」 
  二人は黒いオーラを片足に収束させ、凜に跳び蹴りを放つ。
  ドガッ!
 「ぐはっ!」 
  凜は吐血し、宇佐美は歯を食いしばる。
  二人は飛ばされ、壁に激突する。壁に亀裂が走る。
 「ぐぅぅうう!」
  二人の攻撃の衝撃は凜だけでなく、宇佐美にも襲いかかる。それでも宇佐美は凜を離さない。
  次に降りてきたのは硝と良子と春香だ。
  春香は二丁のエアガンを連射。
  硝は数十個の消しゴムを宙に放り投げ、連続パンチを撃つ要領で弾く。 
  消しゴム連弾(イレイサー・マシンガン)!
  硝と春香の同時射撃が凜を襲う。
 「ぐっ!」
  ドスッ!
  二人の射撃が終わると同時に、良子の木刀による突きが凜の腹部に突き刺さる。
 「がっ!」
  凜は再び吐血する。腹部から血が流れる。
 「まだだぁああ!」
  凜は最後の力を振り絞り、宇佐美を振り回し飛ばす。
 「がはっ!」
  飛ばされた宇佐美は地面に叩きつけられる。
  ビュン!
  凜はそのまま刃野、紫乃、硝、良子、春香も壁や床に叩きつける。
 「ぐっ!」
  刃野、紫乃、宇佐美の変身は解ける。良子の木刀は真っ二つに折られる。戦える者は――。
  ドンッ!
  一教!
  亜衣が凜の右手を捕まえ、地面に押さえつける。固めも完璧に決まっており、凜でも簡単に抜けることはできない。
 「ぐっ」
  凜はある程度は動く左腕を振り上げようとする。腕力で脱出できないのならば、地面を破壊して脱出すればいい。
  ビキィ!
  凜の左腕に痛みが走る。
 「こんな時に!」 
  凜の左腕には、渚の蹴りを受け止めたときのダメージがまだ残っていたのだ。
  左腕の痛みで凜の動きが一瞬止まる。
 「今だ! 頼む!」
  亜衣が叫ぶ。
  ブンッ!
  地上から人影が二つ。伊藤とあなただ。
 「うおぉおおおおおおお!」
 「ちぇりっぷぅうううう!」
  ドガッ!
  伊藤の蹴りが凜の背中に、あなたの拳は凜の後頭部に炸裂する!
 「がっ!」
  バギィイ!
  二人の一撃で地面が砕け、凜は下の階の地面に叩きつけられる。
 「あ……あ……」
  スゥ。
  凜の変身が解け、そのまま気を失った。
 「はぁ、はぁ……」
  あなたは力尽き、その場で倒れる。
 
 *
 
  モニター以外の光がない部屋で、四十前後の男が映像を眺めていた。
 「さてと、私も動き始めるとするか」
  男はつぶやき、部屋を出る。
  部屋を出た先は、だだっ広い空間であった。高さは三階建ての建物ほどはあり、広さは小さい学校なら入りそうな広さであった。所々、床から天井まで伸びる樹木ほどの太さの黒い柱が一定間隔で並んでいた。
  男は堂々と広い空間を歩いていく。
 「実に素晴らしい力だった。もちろん君たちもね」
  男は遠く離れた誰かに話しかける。
 「あら、やっと出てきたのね。臆病者」
  凜とした女性の声だった。
 「臆病者? 何のことだ?」
  男は立ち止まり、落ち着いた声で返す。
 「だって、そうでしょう? アナウンスで指示だけ飛ばしておいて、自分は今までこんな奥で引きこもっているなんて」
 「なるほど。できれば慎重と言って欲しいものだね。水輝渚君」
  男は女性の名前を呼ぶ。
  男の目の前には、渚、みぎわ、日和、クロの四人が立っていた。
 「なかなか面白い組み合わせじゃないか」
  男は不敵に笑う。
 
  to be continued 
 
  ――――――
 
  第四十九話「大世界」
 
  ――――――
 
 「あなたは誰?」
  渚は鋭い声で男に質問する。
 「私は大世界(だいせかい)。君たちから見たら、ボスというものだろうね」
 「そう。あなたを倒せば、この戦いは終わるのね」
 「そういうことだね」
  男は渚の質問に答えながら、藍色のドライバーを取り出す。
 「あなたもそれを使うのね」
  四人は身構える。
 「それだけじゃない」
  パチンッ!
  男は指を鳴らす。
  すると、彼の背後から、男より一回り大きなライオンとゴリラが姿を現した。
 「なんですかこれ?」
  日和は動揺を隠せない。
 「トランスフォーム」
  男のかけ声に応じ、ライオンは黄金のガントレットになり、男の左腕に装着される。
 「UNITE」
  ゴリラはゴリラフードというべきものになり、男に被さる。
  男はそのままチャンピオンベルトの上にドライバーを装着し、金色のペンシルを差し回す。
 「変身」
 「GOLD COLOR PENCIL」
  男の姿は金色の鎧を纏った騎士、否、そうじゃない。
  顔は獅子のようなたてがみ、例えるなら、黄金に輝く鎧を纏ったライオン男とでも言うべきだろうか。
  フードになったのはゴリラのはずなのに、頭部はライオンの方が強く出ていた。
 「君たちも変身したまえ」
  大世界は余裕たっぷりに発言する。
 「トランスフォーム!」
 「UNITE」
 「変身!」
  みぎわはペンギンパーカーとなり、渚に被さる。クロは黒帯になり、日和に巻き付き、彼女の服装を道着と袴を身につけた姿に変える。
 「さぁ見せてくれたまえ。君たちの――」
  男がしゃべり終えるより先に渚は距離を詰める。
  ビュン!
  右足に水を纏い、回し蹴り一閃。     
  蹴りの余波でコンクリートの地面が砕け、近くの柱に亀裂が走る。
 「せめて最後まで言わせて欲しいものだ」
  男は渚の背後でつぶやく。
  ビュン!
  渚は再び蹴りを放つが、そこに彼はいなかった。
  ドンッ! 
  渚の背中にに重い衝撃が走る。
 「がっ!」
  渚は飛ばされ、柱に衝突し土埃が舞う。
 「邪を貫くものここに」
  日和は短刀で突きを放つ。
  ガシッ!
  男は右手で日和の突きを受け止める。
 「あなたは一体何をしているんですか?」
  クロがつぶやく。 
 「さぁね。君たちに用はない。消えろ」
  男は冷たく言い放ち、左ストレートを放つ。
  シュッ!
 「あなたこそ消えてください」
  小手返し。
  日和はその拳を捌き、男を投げる。
 「私を投げるとは面白い」
 「え?」
  日和は動揺を隠せなかった。  
  前方に投げたはずの男が次の瞬間、背後に立っていたからだ。
  動きが、地面に落ちた瞬間すら見えなかったのだ。速いなんてものじゃない。
   大世界の動きはただ速いだけじゃない。大世凜のように高速で動いているのであれば、動きで空を切る音がするはずだ。しかし、彼にはそれがない。
  まるで瞬間移動だ。
  ドンッ!
  日和も背後から蹴り飛ばされ地面を転がる。
 「闇を斬るものここに!」 
  日和は転がりながら日本刀を召喚し立ち上がる。
 「そんなもので――」
  ドバッ!
  大世界を水の球が包む。
 「今です!」
  みぎわが叫ぶ。
 「終わりです!」
  ズバッ!
  日和の剣撃一閃! 大世界を水の球ごと縦に真っ二つに切り裂く。
 「やりましたね!」
  クロが歓声を上げる。
 「素晴らしい一撃だった」
 「え?」
  大世界は笑う、日和の背後で。
 「いつの間に!」
  動きが全く見えなかった。日和もクロも渚もみぎわも大世界の動きを見れた者は誰もいなかった。
  ドンッ!
  日和は頭から地面に叩きつけられる。
 「がっ!」
  地面に亀裂が走る。
 「日和ちゃん!」
  みぎわが日和に駆け寄ろうとした瞬間、腹部を鈍い痛みが襲う。
 「なんで……」
  大世界の拳がみぎわの腹部にめり込んでいた。
  全く見えなかった攻撃にみぎわは膝をつく。
 「みぎわさん!」
  日和は額から血を流しながら立ち上がる。
 「まだ立てるのかね」
  大世界は日和に向き直る。 
  バキバキッ!
  天井に亀裂が走る。
 「何だ?」
  大世界は天井に視線を向ける。
  一瞬の隙に日和はみぎわに駆け寄る。
 「みぎわさん」
 「ぼくは何とか……それより日和ちゃんは……」
 「私もまだ……」
  みぎわはふらつきながら立ち上がる。
  バギィイイ!
  天井が崩れ、誰かが降り立ち、砂埃が舞う。 
 「誰だ?」
  ズンッ!
  大世界の近くの地面が突き出し、彼を襲う。
 「ほう。私の部下のペンシルを奪ったのか」
  大世界は攻撃を難なく躱し、笑う。
 「色崎志智君」
  土埃の中から現われたのは茶色の鎧を纏った騎士、志智であった。
  志智はペンシルを二回転させ、地面に手をおく。すると、大世界の近くの地面から彼を囲むように十数個の壁が生まれ、一斉に彼に襲いかかる。
  ズドドドドッ!
  土埃が舞い、大世界の姿が隠れる。
 「こんな攻撃が私に当たると思っているのかね?」
  大世界は志智の眼前にいた。
 「なっ!」
  ドッ!
  大世界の拳が志智に炸裂し、志智を飛ばす。
 「ぐっ!」
  志智は飛ばされながら、ドライバーのペンシルを茶色から空色に変える。
 「SKY COLOR PENCIL」
  志智の鎧は空色に変わり、風を纏い宙で体勢を立て直す。
 「なるほど。スピードアップかね」
  ビュン!
  志智は風を纏いながら高速で移動し、大世界に猛攻を仕掛ける。しかし、大世界には一発も当たらない。
 「凜には劣るが、素晴らしい速さだ。だが……」
  ドンッ!
  志智は地面に叩きつけられる。
 「がっ!」
 「君と私とでは速さの質が違う」
  ビュン! 
  渚は水を纏った蹴りを放つが、難なく躱される。
 「色崎さん、立てますか?」
  渚が志智に問いかける。
 「まだ……何とか」
  志智は立ち上がり、ドライバーのペンシルを黒色に変える。
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  志智の鎧の色が黒色に変わる。
 「悪を砕くもの、ここに」
  日和は杖(じょう)を構え、渚の横に並ぶ。
 「ほう、まだ立ち上がるのかね」
  大世界は余裕たっぷりに笑う。
 「行くわよ!」
  渚の号令の下、並び立った三人は大世界に向かって走り出す!
 
  to be continued
 
  ――――――
 
  第五十話「対峙」
 
  ――――――
 
  あなたたちが激闘を繰り広げたビルの一階、ほとんどの者が大世凜との戦いで倒れた。倒れた者は部屋の隅で寝かせ、まだ戦える者、伊藤とあなたの二人でシャッターを開けようとしていた。
 「ちぇりっぷぅうううう!」
  バギッ!
  あなたはシャッターに拳で穴を開ける。 
  バギッ! メキィ!
  伊藤があなたが開けた穴を広げていく。
 「何とか、人が通れそうな通路はできたね」
  伊藤が額の汗を拭う。
  シャッターの穴は人どころかトラックが通れそうなぐらいの穴になっていた。
 「すまない助かった」
  壁にもたレかかった紫乃が頭を下げる。
 「とりあえず出口は確保しましたけど、これからどうするんですか?」
  あなたが質問する。
 「ここから一キロ離れたところに私の部下を待機させている。私たちは一旦ここを出て、彼らと合流し、戦える者だけで再びここの地下に向かう。そこでまだ地上に戻ってきていない人たちと合流しつつ、こいつらの装置とやらをどうにかする」
 「装置ってどこにあるとか分かっているんですか?」
 「あぁ。木山さんが装置の場所や操作方法についてはデータを盗んでくれた。それで何とかなる」
 「なるほど」
  紫乃は上着の内ポケットからスマホを取り出す。
 「今から部下をこちらへ呼ぶ。五分程度でこちらに着くだろう」
  紫乃はそう言い、部下に電話をかける。
 「繋がらない?」
 「電波妨害とかですか?」
  伊藤が訊ねる。
 「いや、そういうものは先ほど木山さんにデータを盗むついでに、そういうものがないようにしてもらった。今なら普通に繋がるはずだ」
 「ん?」
  外に誰かがいた。四十代ぐらいの男性であった。
 「素晴らしい。まさか凜が倒されるとは思っていなかったよ」
  男は笑いながら拍手をする。
 「あ、おい! どうした!」
  紫乃の電話は部下と繋がり、彼女は向こうに叫ぶ。
 「すいま……せん。隊長……突然……われた金色の……によって、全滅……しま……」
  電話の先で部下がかすれる声で謝罪する。
 「おい! しっかりしろ! おい!」
 「あぁ、離れたところにいた君の部下は私が倒しておいたよ」
  男は笑う。
 「お前……!」
  紫乃は鋭い目で彼をにらみつける。
 「あと、今ここにいない、水輝渚君、浪花日和君、色崎志智君もここに来る前、私が倒しておいたよ」
 「え?」
  あなたは動揺を隠せない。 
  三人ともかなりの実力者だ。それは試合で見た。
  目の前の男はその三人を倒したと言っている。その上ほとんど消耗している様子がない。
  それにここにいる人たちは大世凜との戦闘でかなり消耗している。もうほとんど戦えない。だから、ここにいない人たちはまだ戦える可能性がある希望だった。その希望が倒された。
 「君たちに戦える人たちはもういない。それでも君たちは私と戦うのかね?」
  男は余裕たっぷりに笑う。
 「あぁ……!」
  あなたは拳を握る。
  あなたは状況の細かい事はよく分かっていなかった。それでも、彼と戦わなければ、何かがマズいということだけは分かっていた。    
 「そうか。君たちの最後の悪あがきを見せてもらおう。トランスフォーム。UNITE。変身」
  男は腰に身につけているドライバーに金色のペンシルを差し回す。
  同時に宙から現われたゴリラとライオンが彼と融合する。
 「GOLD COLOR PENCIL」
  ドライバーから電子音声が流れ、男は黄金に輝く鎧を纏ったライオン男とでも言うべき姿になる。
 「そうだ。名乗るのが遅れてしまった。私は大世界(だいせかい)。君たちから見たらラスボスというものだよ」
  大世界は笑う。
 「そうなんだ。じゃあさっさと倒してかわいい後輩に癒やしてもらうよ」
  伊藤があなたの横に並ぶ。
 「その身体で何ができるのか見せてもらうではないか」
  ビュン!
  伊藤とあなたは同時に大世界に飛びかかる。
 「ちぇりっぷぅううう!」
 「うおおぉおおおおお!」
  ドンッ! 
  コンクリートの破片が宙へ舞う。
 「がっ」
  あなたと伊藤は同時に地面に叩きつけられたのだ。
 「そんなものかね」
  あなたの背後で声がする。
 「何が起きたんだ?」
  伊藤も状況が分かっていなかった。ただ速いだけであれば、何かしらの動いた気配がするはずだ。しかし、大世界にはそれがない。ただ速いだけではない。
 「瞬間移動?」
  エイルがつぶやく。
 「いや、違う」 
  紫乃がエイルの発言を否定する。
 「ひょっとして君は知っているのか?」
 「金色のペンシル……面倒なものを……」
 「紫乃さん、あの人の能力を知ってるんですか?」
  あなたが質問する。
 「私が知っているのは金色のペンシルの能力だけだが」
  紫乃がつばを呑む。
 「身体の粒子化。それが金色のペンシルの能力だ」
 「身体の粒子化?」
  エイルは首を傾げる。
 「そうだ。身体を粒子化させることにより、あらゆる攻撃を回避することができる。しかも粒子化している間は光に匹敵する速度で動ける上、どんなに狭い場所でも通ることができる」
 「何ですかそれ? 無敵じゃないですか」
 「弱点は、燃費が悪いこと。粒子化している間は攻撃力はゼロになる。だから攻撃する際は実体化しなければならない。だが、粒子化していない状態であれば攻撃力も防御力も最弱のペンシル」
 「でも、コイツの攻撃力……」
  あなたが口を開く。彼の攻撃が最弱のペンシルでの攻撃とは思えなかったからだ。
 「あぁ……金色のペンシルの攻撃力の低さは他の能力で補っているんだろ?」    
 「その通りだよ」
  大世界は紫乃に拍手する。
   紫乃の話を要約すると、大世界という男は好守共に隙がない存在だというのだ。	 
 「だからどうした?」
  さっきまで倒れていた刃野が立ち上がり、ドライバーにペンシルを差し回す。 
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  刃野を黒い鎧が包む。
 「私もまだ……」
  宇佐美も立ち上がる。
 「UNITE」
  頭上から桃色のウサギが現われ、パーカーになり、宇佐美に被さる。
  硝、亜衣、ケンも立ち上がる。
 「ムダだ。君たちなど何人かかってもムダだ」
  大世界は余裕の表情で笑う。
  
  to be continued
 
  補足説明
  大世界は、粒子化で一瞬で地下から地上へ移動し、紫乃の部下を全滅させ、その後、あなたたちの前へ姿を現した。
 
 金色のペンシル 能力 身体の粒子化。粒子化させることであらゆる攻撃を無効化&光に匹敵する速度で移動することができる。弱点としては、粒子化している間は相手の攻撃が当たらなくなる代わりに、こちらも攻撃できなくなる。粒子化していない間は攻撃力も防御力も最弱クラスのペンシルである。
 
  ――――――
 
  第五十一話「何もないわけないだろ」
 
  ――――――
 
  地下のただ広いだけの空間、そこに樹木のように立ち並んでいた黒い柱は半数以上が砕けていた。
  そこに倒れているのは三人、日和、渚、志智。全員、変身は解け血まみれでぐったりとしていた。
 「志智さん! 志智さん!」
  戦闘の際は、物陰に隠れていた七香が志智に必死で呼びかける。
 「うっ……」
  志智はゆっくりと目を開ける。
 「七香さん……大世界は?」
 「どこかに行きました……多分、地上です」
 「そうですか。分かりました」
  志智はよろめきながら立ち上がる。
 「志智さん!」
 「行きましょう。地上へ……」
 「私たちも連れて行ってくれませんか?」
  意識を取り戻した日和が立ち上がろうとする。
 「私もまだ……」
  渚も意識を取り戻す。
 「分かりました。行きましょう」
  志智は茶色のペンシルを取り出す。
 
 *
 
 「そんなものかね?」
  地上では大世界との戦闘が、いや、これは戦闘というには一方的すぎた。
  誰も大世界に攻撃を当てることはできない。
  唯一攻撃を当てることができる瞬間は、彼が攻撃をしてくる瞬間のみ。しかし、その瞬間を狙ってもすぐに粒子化され躱される。
 「ちぇ――」
 「そのかけ声は聞き飽きたよ」
  大世界はあなたの首下に手刀を放つ。
 「がっ!」
  ヒュン!
  大世界の背中に消しゴムが命中する。硝だ。
 「不意打ちかね? だがその程度じゃ……」
 「ちぇりっぷぅうううう!」
  硝に気を取られた一瞬を狙いあなたは拳を振るう。
 「なるほど。そういうことならアリかもしれないね」
  大世界は余裕であなたの拳を回避する。
 「うおおぉおおおおお!」
  伊藤が身体から煙を出しながら、大世界に拳を振るう。
 「素晴らしいスピードだが、私には届かない」
  ドンッ!
  伊藤の拳は届かず、地面に崩れ落ちる。
  亜衣、ケン、宇佐美も大世界に攻撃するが、攻撃が当たることはない。
 「おい! 長沢、何かないのか?」
  刃野が紫乃に向かって叫ぶ。
 「何かないのか? 何もないわけがないだろ」
  紫乃は腰にドライバーを装着する。
 「何かあるんならとっと出せよ」
 「チャンスは一度だから、確実に決めるためにアイツの動きをしっかり見ておきたかった」
  紫乃は桃色のペンシルを取り出し、ドライバーに差し回す。
 「PINK COLOR PENCIL」
  桃色の鎧が紫乃を包む。
 「ほう、ピンク色ですか」
  紫乃はペンシルを三回転させる。すると、薄い桃色の煙が彼女から部屋中に広がっていき、紫乃の姿を隠す。
 「目くらましですか?」
  大世界の余裕は崩れない。
  スンッ!
  紫乃は背後から大世界の首下に手刀を放つ。
 「そんな目くらましで私を倒せるはずがないだろう」
  ドン!
  紫乃の腹部に大世界の拳が炸裂する。
 「がっ……」
  紫乃はそのまま糸が切れた人形のように地面に倒れる。
 「何をするかと思えば、ただの目くらましとは……」
  スッ。
  大世界の姿が変わる。彼が纏っていた金色の鎧が消えたのだ。今の彼は例えるなら、ライオン男というものだろう。 
 「なっ!」
  大世界が自分のドライバーを見ると、金色のペンシルが抜かれていたのだ。
 「やっと決定的な隙を見せたな」
  そう、紫乃は彼の背後で笑う。その手には金色のペンシルが握られていた。
 「お前! 何をした!」
  大世界は激昂する。
 「教えるわけないだろ」
 「返せ! 私の力だ!」
  大世界が紫乃に飛びかかる。
  ドガッ! 
  横から飛び出した刃野の蹴りが大世界に炸裂する。
 「がっ!」
  刃野の蹴りを受け、大世界は地面を転がる。
 「今だ! 今ならコイツに攻撃が当たる!」
  刃野の号令で全員が大世界に向け走り出す。
  ――コイツを倒せば、戦いが終わる!
 「……これだけは使いたくなかった」
  大世界は藍色のペンシルを取り出す。 
 「INDIGO BLUE COLOR PENCIL」
  ボワッ!
  藍色のオーラが大世界から広がる。
 「何だ?」
  全員は一旦、動きを止める。その場の全員が感じたのだ。今、彼に近づいたらいけないと。
 「ヴァアアアアアアアアアアア!」
  大世界は人の声帯から出ているとは思えない叫び声をあげ始めた。
 
  to be continued
  
  補足説明
 
  桃色のペンシル 
  能力 相手に幻覚を見せることができる。
   
  ――――――
 
  第五十二話「全滅」
 
  ――――――
 
  一瞬だった。
  僕たちは一瞬で全滅した。
 
  *
 
  大世界が藍色のペンシルをドライバーに差し回した直後だった。
 「ヴァアアアアアアアアアアア!」
  大世界は人の声とは思えない叫び声を上げる。
  同時に藍色の霧のようなものが彼から広がっていく。
 「逃げろぉおおおおお!」
  紫乃が叫びながらドライバーのペンシルを緑色に変える。
 「GREEN COLOR PENCIL」
  紫乃は植物のツルで部屋の中のメンバーをシャッターの穴から外へ出そうとする。だが、一度に全員を外へ出すことはできない。
  ほぼ全員が満身創痍であるため、すぐに動ける者はほとんどいない。全員に霧が迫ってくる。
 「一体何が……」
  あなたにも霧が迫る。
 「危ない!」
  伊藤があなたを外へ突き飛ばし――。
  ブシュッ!
  霧に触れた伊藤の身体から血が吹き出る。
 「何……これ……?」
 「伊藤さん!」
  伊藤に手を伸したあなたの手にも霧が触れる。
  ブシュッ!
  霧が触れた部位から血が吹き出る。
 「痛っ!」
  腕を押さえながら、あなたは周りを見渡す。
 「どうなってるんだ……!」
  あなたと伊藤だけではない。
  霧に触れた人たちの身体から血が吹き出ている。霧に触れている紫乃が操るツルの動きも遅い。
 「俺が時間を稼ぐから、お前らは早く外へ出ろ!」
  刃野は大世界に向かって走り出す。
 「SILVER COLOR PENCIL」  
  刃野の鎧が銀色になる。彼はそのまま霧に触れながら大世界に突進し、シャッターの穴と反対方向の壁に大世界を押しつける。
 「ヴァアアアアアアアアアアア!」
 「うぉおおおおおおおおおおお!」
  大世界と刃野の叫び声が部屋に響き渡る。
 「馬鹿が……この霧はそんなもので防げるものじゃない……」
  紫乃の声はかすれていた。
  
  紫乃の活躍によって、刃野以外の全員がビルの外に出ることができた。
 「お前もご苦労だった」
  紫乃は最後に刃野も植物のツルで外に出す。
 「俺以外の……ヤツは……?」
 「出したよ……」
 「そうか……」
  それだけ言い、刃野の変身が解ける。変身が解けた彼の身体は至る所から血が出ていた。赤いペンキを全身から被ったのではないかと思えるほどであった。
 「これは……」
  あなたは状況が分からなかった。
 「あれは藍色のペンシル……能力は……」
  紫乃も変身を解く。彼女も全身血まみれであった。
 「発生させた霧に触れた相手の古傷を開く……ヤツに近づけば近づくほど、霧に触れる時間が長ければ長い程、多くの傷が開かれる……」
  ドサッ。
  紫乃も地面に倒れる。
 「紫乃さん!」
  あなたは紫乃に駆け寄る。
 「あの霧は……どんどん広がっていく。永遠には続かないが、このまま止めなければ……半径十キロには広がる……」
 「止める方法はありますか?」
 「ペンシルを抜くか……ドライバーを破壊するかだ……刃野の馬鹿が……ペンシル抜けよ……」
  ガクッ。
  紫乃は力尽き、意識を失う。
 「ヴァアアアアアアアアアアア!」
  建物の中にいる大世界は叫び声を上げ、立ったまま動かない。
  だが、霧は少しずつ建物の外に出始めている。
  ――早く移動しないと!
  あなたは鉛のように重い身体を動かそうとする。
 「皆さ――」
  ここにいるメンバーは硝、亜衣、ケン、良子、春香、紫乃、刃野、伊藤、宇佐美、ロミ、エイル、あなたの十二人。そのうち動けるのは、あなた、エイル、ロミの三人だけであった。他の全員は全身から血を流し、意識を失っていた。
  三人で意識を失った九人を離れた場所まで運ぶのは不可能。霧から護ることも不可能。
 「どうしたら――」
  ビュン!
  一陣の風が吹く。水飛沫が散る。
 「ごめんね。遅くなって」
  優しい声だった。
  現われたのは、ペンギンパーカーを身につけた女性、空色の鎧を纏った騎士、道着と袴を身につけた少女、細身の少女。
 「みなさん!」
  エイルが声を上げる。
 「みなさんは無事……とは言いにくそうですね……」 
  日和が苦しい表情で話しかける。
 「それより皆さん、建物の中、危ない霧でいっぱいじゃなかったですか?」
 「それならぼくの水で防げたよ」
  みぎわが得意気に話す。
 「みぎわさんが私たちを水の球で包んで、私たちをあの霧から護ってくれたんです」
  七香があなたに説明する。
 「あの霧、見ただけで何となくヤバいということは分かったんですけど、やっぱりそうなんですね」
  クロがつぶやく。
 「はい。あれに触れると全身の古傷が開くみたいです。それで皆さん……」
  エイルが説明している間に、霧があなたたちにゆっくりだが迫ってくる。
  ビュン!
  志智が風を操り、霧を内部へ押し戻す。
  ダッ!
  志智が霧を内部へ押し戻したのと同時にみぎわがシャッターの方へ走り出す。
 「ぼくが時間を稼ぐよ」
  みぎわはそう言い、シャッターの穴を水の壁で覆う。
 「これでしばらくは――」
 「ヴァアアアアアアアアアアア!」     
  中から大世界の叫び声が響き――。
  ブッ!
  水の壁から霧が少しだけ出てくる。
  ブシュッ!
  渚の身体から血が吹き出る。
 「みぎわさん!」
  あなたが叫ぶ。
 「ごめん。渚ちゃん……」
 「気にしないで、スタァだもの。ファンの盾になるのは当然のことよ」
  渚は自分の身体を使っているみぎわを鼓舞する。
 「でも……」
 「あんたは私のことなんて気にしないで霧を防ぎなさい。後は皆さんが対処法を考えてくれるから」
 「うん」
  みぎわは力を振り絞り、霧を食い止める。   
 「霧の出力が上がった……?」
  七香が分析する。
 「みぎわさんと渚さんが霧を止めてくれてますけど、その間に私たちができることって……」
  日和が自信なさげに話す。
 「霧を止めるにはペンシルを抜くか、ドライバーを破壊するか……ですけど、近づくと霧でやられます……」
  あなたが状況を整理する。
  状況は絶望的だった。
  近づけないなら、遠距離攻撃でドライバーを破壊すればいいと思うかも知れない。あなたもそれは考えた。しかし、今いるメンバーでドライバーを破壊できるほどの威力の飛び道具を持つ者はいなかった。 
 「なら、一瞬で近づいて一瞬で破壊するしかなさそうですね」
  志智が発言する。
 「でも、ドライバーはとても頑丈です。志智さんが持つ中で最高火力を持つ赤色でも……」
 「……なら、これを使うしかなさそうですね……」
  志智が謎の物体を取り出す。それは白色のL字の形をしていた。
 「何ですかそれ?」
  七香が不安そうに聞く。
 「紫乃さんからもらった試作品です。使わずに済むかと思っていたんですけど、そうは行かなさそうです」
 「ダメです! 嫌な予感しかしません!」
  七香が叫ぶ。
 「そうですね。ですけど、これ以外なさそうなんで」
  志智は立ち上がり、ドライバーの上部にL字の物体をはめる。
  志智は二本のペンシルを取り出す。黒色と白色の二本だ。
  黒色をドライバーに、白色を装着したL字の物体に差し込み、二本とも回す。
 「WHITE NORMAL COLOR PENCIL」
  ドライバーから音声が流れ、白色と黒色の二色のオーラが志智を包み、鎧となる。黒色の鎧に所々白いラインが入った鎧。
  ビリビリッ!
  志智の身体に電流が流れる。
 「長くは持たなさそうですね」
  志智は苦しそうにつぶやく。
 
  to be continued
 
  補足説明
 
  紫乃さんからもらった試作品については、第二十話で志智が「紫乃さんからいただいた試作品も使わなくてよかった」という言葉を胸にしまうシーンがあります。
 
  白色のペンシル
  ドライバーにL字の補助パーツをセットし、他のペンシルと共に使うことで、そのペンシルの性能を約二倍に引き上げることができる。ただし、身体の負担が大きい。
 
  藍色のペンシル 
  全身から藍色の霧を発生させる。霧に触れた相手は過去にうけた傷を開かれる。要するに今まで受けたダメージを受ける。今までケガをしたことがない人間は存在しない&どんなに小さい傷でも積み重なれば致命傷クラス。故に対人間においてはある意味最強クラスの攻撃力をほこる。
  霧に触れてる時間が長ければ長いほど、より多くの傷を開かれる。
 
  ――――――
 
  第五十三話「戦えない者たちの意地」
 
  ――――――
 
  黒色と白色、二色の鎧を纏った志智がみぎわの方へ歩み寄る。
 「私たちに構わずやりなさい」
  渚がつぶやく。彼女の身体はあらゆるところから出血している。
  みぎわの水の壁で霧を防いでいるが、霧が所々から漏れて彼女を傷つけている。
 「分かりました。一瞬で終わらせます」
  志智はドライバーのペンシルを二本とも三回転させる。
  ボワッ!
  黒色と白色、二色のオーラを纏い、彼は走り出す。
  バシャッ!
  彼は水の壁を突き破り、霧の中で突入する。
 「ぐっ!」
  水の壁が破れたことにより、霧が渚を襲う。
  ブシュッ!
  彼女の全身から血が吹き出て、そのまま地面に倒れる。
  志智は振り返らずに大世界の下へ走り続ける。
  ビリビリッ!
  全身に電流が流れる。長くは持たない。
  ドンッ!
  志智は大世界の前で跳躍し、二色のオーラを右足に収束させる。
 「うおおぉおおおおお!」
  彼が放った跳び蹴りが大世界のドライバーに炸裂する。
 「ヴァアアアアアアアアアアア!」
  メキッ!
  ドーン!
  大世界のドライバーが爆発。同時に藍色の霧があなたたちに迫る。
 「ちぇりっぷぅうううう!」
  あなたは拳圧で、霧を払う。
  ブシュッ!
  霧を払うことに成功したが、あなたは霧に触れてしまい、全身から血が吹き出る。
 「ぐっ」
  あなたはそのまま気を失う。
 「裕亜さん!」
  エイルが地面に倒れるあなたを受け止める。
 「志智さん!」
  七香が建物へ入る。
  霧はないので、もう建物の中へ入ることはできる。
 「渚さん!」
  日和は建物の外の渚へ駆け寄る。
  日和は渚に呼びかけるが、意識は戻らない。
  スゥ。
  渚とみぎわが分離する。二人とも血まみれだ。
 「早く病院へ……」
 「志智さん!」
  七香の叫びが建物の外へ漏れる。
  日和が建物の中へ入るとそこには――。
 「危ないところだったよ……」
  大世界が立っていた。近くには志智が血まみれで倒れていた。
  大世界はドライバーが破壊され、鎧はない。今の大世界を一言で表すならば、ライオン男というところだろう。
 「七香さんは志智さんと渚さんを連れて行ってください」
  日和が静かに言い放つ。
 「分かりました」
  七香は志智の下へ駆け寄る。
 「誰が行っていいと言ったかね?」
  大世界が七香に飛びかかる。
  ビュン!
  大世界の視界が反転し、地面に叩きつけられる。
 「がっ!」
 「今のあなたなら投げられるみたいですね」
  日和が七香を庇い、大世界を投げ飛ばしたのだ。
 「日和さん、ありがとうございます」
 「今のうちに行ってください」
 「分かりました」
  七香は志智を抱え、出口へ歩き出す。
  大世界はゆっくりと立ち上がる。
 「君ごときが私に勝てると思っているのかね」
 「……勝てないことが戦わない理由にはならないので」
  日和は分かっていた。
  自分は満身創痍。長くは戦えない。
  相手もダメージはある、攻撃は当たる、近づける。確実に弱体化はしている。しかし、立ってるのがやっとの身体で勝てる相手ではないということを。
  それでも日和は構える。
 「闇を斬るもの、ここに」
  日和の両手に日本刀が現われる。
 
 「七香さん! 志智さん!」
  エイルとロミが建物から出てきた七香に駆け寄ってくる。
  二人は状況を察し、渚とみぎわ、志智を三人であなたたちが倒れてる場所まで運ぶ。
 「どうすれば……」
  ロミが弱音を吐く。
  自分たちは戦えない。戦ったとしても万に一つ勝ち目はないことを分かっていたからだ。
 「日和さんを信じるしか……」
  エイルがつぶやく。
 「……ロミさん、エイルさん。みなさんをお願いします」
  七香が頭を下げる。
 
 「くっ!」
  建物の中では大世界と日和の戦闘が続いていた。
  壁や床に血飛沫が飛ぶ。
  床には折れた刀身が刺さっている。砕けた杖(じょう)が転がっている。短刀の破片が散らばっている。
 「まだ立つのかね?」
  大世界は息切れしながら問う。
 「ま……だ」
  日和はふらふらになりながらも構える。
  日和の身体は連戦続きでとっくに限界であった。それでも彼女は立つ。
  戦える人間は自分しかいないから。  
  日和は歯を食いしばる。
 「終わりだよ」
  ザシュッ!
  鮮血が舞う。
  大世界の爪が日和を切り裂く。
 「あ……」
  日和はクロと分離し、地面に崩れ落ちる。
 「日……和さん……」
  クロが日和に近づこうとするが、身体が動かない。
  日和は力を振り絞り立ち上がろうとするが、立てない。
 「さてと、私は――」
  大世界は建物の外へ向かおうとしたとき、彼の目の前に人影があった。
 「君に何ができるのかね?」
  大世界は目の前の人物に問う。
 「知らない」
  目の前の人物は答え、赤紫色のドライバーを腰に装着する。
 「それは色崎志智のドライバー……」
 「そう、志智さんのドライバー。でもこれ元々私のドライバーだったの」
  大世界の目の前の人物、七香は淡々と答え、黒色のペンシルをドライバーに差し回す。
 「変身」
 「NORMAL COLOR PENCIL」
  黒いオーラが七香を包み、黒い鎧へと変化する。
 「そうなのかね。だが一人で何ができる?」
 「戦うことはできますね」
  七香はドライバーのペンシルを二回転させ、黒いオーラを全身に纏う。
  ドガッ!
  七香と大世界は同時に動き出し、拳を振るう。
  攻撃がぶつかり合う度に空気が揺れる。
  徐々に七香が押されていく。
 「やっぱりパワー勝負じゃ勝てなさそうですね」
  七香はドライバーのペンシルを空色に変える。
 「SKY COLOR PENCIL」
  風を纏い、七香は室内を縦横無尽に動き回る。
  ビュン!
  大世界に一撃を当て、その度に距離を取る。
  ぶつかり合って勝てないのであれば、ぶつからなければいい。
 「先ほどまでの私の真似事を……」
  大世界の表情が歪む。
  先ほどまで彼も金色のペンシルの力で似たようなことをしていた。仲間がやられたことをやり返せたので、七香は少し溜飲が下がった。   
 「ならば……」
  大世界が倒れてる日和に狙いを定める。
  ビュン!
  大世界は爪から斬撃を放つ。
  斬撃は床に亀裂を走らせながら、日和に迫る。
 「危ない!」
 「BLUE COLOR PENCIL」 
  七香はドライバーのペンシルを青に変え、日和の前に立ち、水の盾を生成する。
  バシャッ!
  水の盾では斬撃は防ぎ切れない。
  日和を護ることはできたが、斬撃は七香に確実なダメージを与えた。
 「くっ……」
  七香は膝をつく。
 「随分粘ったが、これで君も……」
 「七香さん!」
  エイルとロミが建物の中に入ってくる。
 「どう……して……」
 「私たちだけ何もしないなんて耐えられなかったんです」
  エイルが答える。その手には藍色のドライバーが握られていた。
 「それ……」
 「倒れてる刃野さんと紫乃さんからお借りしました」
  刃野と紫乃から了承を得たわけではない。気絶している二人から無断で借りたのだ。
  エイルとロミはドライバーにペンシルを装着し、黒色のペンシルを差し回す。
 「「NORMAL COLOR PENCIL」」
  二人は黒い鎧を纏い、大世界に向かって走り出す。
 「今のうちに日和さんを!」
  エイルは七香に頼む。
 「分かりました」
  七香は立ち上がり、日和とクロと共に建物の外へ向かう。
  エイルとロミが大世界に立ち向かうが、戦いは一方的であった。
  ロミとエイルは戦闘では素人、玄人の大世界には二人がかりでも全く歯が立たない。
 「くっ!」
 「だぁああ!」
  二人は倒れても立ち上がり、食らいつく。
 「終わりですよ」
  大世界は斬撃を飛ばす。
  ドガッ!
 「「あぁああ!」」      
  ロミとエイルは斬撃を受け、外まで飛ばされ地面を転がる。
  スゥ。
  二人の変身は同時に解ける。
 「ありがとうございました」
  七香が建物の中へ飛び込む。
 「RED COLOR PENCIL」
  七香は走りながらドライバーのペンシルを三回転させ、赤いオーラを右腕に収束させる。
 「君もしぶといね」
  大世界はつぶやきながら、右腕にエネルギーをためる。
 「あぁあああああああ!」
  七香は雄叫びを上げながら、炎の拳を振るう。
  ドンッ!
  二人の拳がぶつかり合い、爆発する。
  爆風で床に散らばっていたあらゆる破片が飛び散る。
  二人は共に変身が解除され、生身のまま立っていた。
 「私が強制変身解除されるとは……」
  大世界が息を切らしながらつぶやく。
  ドサッ。
  七香が地面に倒れる。
 「これで戦える者はいなくなった。あとは『制御装置』とここにいる者たちを私の物にすれば、私の計画は完成する」
  大世界は笑みを浮かべながら、建物の外へ歩き出す。
  
  to be continued
 
  ――――――
 
  第五十四話「これが僕のやるべきことだ!」
 
  ――――――
 
  何か大切なことを忘れていた気がする。
  崩壊する世界……。
 「助けてください!」
  声が聞こえる。
  誰かが僕を呼んでいる。
  融合し、崩れていく世界。複数合った物が無理矢理融合し、一つの何かになろうとしている。
  歪みが生まれる。
  一と一を足したら二になるはずだ。だが、この世界はどうだ? 二になっているか? 多分なっていない一のままのはずだ。
  人も面積も質量も体積も時間も、何も増えていない。
  何かが削られている。消滅している。
  取り戻さなければならない。戻さなければならない。分けなければならない。
  
  そうか……僕はこのために生まれたんだ。
 
 *
 
  大世界はふらつきながら建物の外へ出る。全員倒れている。戦える者などいない。
 「全員欲しいが、最優先は……」
  大世界はゆっくりとエイルの下へ歩み寄る。
 「大世界……」
  エイルが目を開ける。
 「意識を取り戻したのかね」
 「私は……あなたの物にはならない……」
  エイルは大世界をにらみつける。
 「そうかね。だがムダだ。君を護ってくれる存在なんて誰もいない……」
 「それでも……私は諦めない……!」
  エイルは立ち上がる。
 「仕方ない。少し教育がいるようだね」
  大世界がエイルに拳を振るう。
  ガシッ!
  大世界の拳を誰かが受け止める。
 「まだ立ち上がるのかね……!」
  ドガッ!
  大世界は誰かに殴り飛ばされ、地面を転がる。
  エイルは安心したのか、全身から力が抜け地面に腰が落ちる。
  彼女の目から熱いものがこみ上げてくる。
 「裕亜さん……!」
  エイルを庇ったのはあなただった。
  あなたは全身血まみれの状態で立ち上がったのだ。
 「裕亜阿奈太……! 何故そこまで邪魔をする!」
  大世界は叫ぶ。その顔は今までないほどの怒りで歪んでいた。
 「助けて、って言われたから。それだけだ」
  あなたは背筋を伸ばし答える。
 「そんな感情論で、私を邪魔するというのか! 世界がもっと豊かになることを阻むのか! 人類の可能性を潰すのか!」
  大世界は怒り狂いながら拳を振るう。
  ガシッ!
  あなたは大世界の拳を受け止める。受け止めた風圧で髪がなびく。
 「そうだよ。僕は感情で世界を元に戻す。例え、僕が消滅することになったとしても」
  あなたは拳を握る。
  ドガッ! 
  あなたの拳が大世界の頬に炸裂する。
 「がっ!」
  大世界は口から血を吐く。
 「消滅……なるほど。そういうことか!」
  大世界も拳を振るう。
  二人の拳がお互いにぶつかり合う。
  二人とも吐血し、両者ともに互いの血と返り血で汚れながら拳を振るう。
 「分かったぞ! 今になってお前の正体が!」
 「それがどうした?」
 「お前はこの世界が融合した際、歪みを正すために世界が生み出したカウンターだ!」
 「カウンター? もう少しましな呼び方はないのか?」
 「世界の守護者? 呼び方なんてどうでもいい! そうだ。考えてみたら最初からおかしかったのだ。たった一ヶ月でただの一般人がここまで強くなるはずがないのだから!」
  大世界も細かい事を考えることはできなくなっていた。それほど彼も追い詰められていた。
 「そうだよ! 僕も自分のこと変だと思ってた! 昔のことよく分からないし! 変な戦いに巻き込まれるし! でもそれがどうしたぁあ!」 
 「お前は世界が元に戻るために生まれてきた存在だ! つまり世界が元に戻ると役目が終わり消滅する! それでもいいのかぁあ!」
 「そんなもの覚悟の上だ!」
  両者の拳が互いに炸裂する。
  ブシャァア!
  両者ともに血を吹く。
 「分かってたんだよ。僕はあの夜、エイルさんと出合った夜生まれたことなんて……あれ以前の記憶が曖昧で……あるのかないのかよく分からない存在で……」
  あなたは息切れしながら話す。
 「それでもお前は戦うのか? 世界はお前に何もしなかったというのに?」
 「いや、してくれたよ。僕を伊藤さんの後輩にしてくれたから」
 「はぁ?」
 「生まれたばかりの僕は弱かった。だから世界はサービスをしてくれたんだ。伊藤さんに僕が後輩だとすり込んでくれた。だから伊藤さんは僕を助けてくれた。そのお陰で僕はすぐに死なずにすんだ」
 「あの変態女が!」
  大世界は再び拳を振るう。
 「伊藤さんだけじゃない! 世界は、みなさんに会わせてくれた。助けてくれた。だから僕は――」
  大世界をあなたの拳が捕らえる。
 「僕は世界を救うことをためらわない! 例え、僕が消滅することになったとしても!」
  ブシャッ! 
  あなたの拳が大世界の鼻の骨を砕く。
 「がっ!」
 「終わりだ! 大世界!」
  あなたの最後の拳が大世界に炸裂する。
  バギィ!
 「がはっ!」
  大世界は口から血を噴水のように噴き出し、地面に倒れた。
 「裕亜さん……」
  エイルが涙を流しながら呼びかける。
 「エイルさん、行きましょう。世界を戻しに」
  あなたは優しく微笑む。
 
   to be continued       
 
  ――――――
 
  最終話「」
 
  ――――――
 
 ゴオォオオオオ!
  暗室に一つの装置があった。それは人が一人入るようなカプセルを中心に細いものから太いものまで、無数の管が生えているような物であった。
 「これが装置ですか……」
  あなたがつぶやく。
 「そうみたいですね……」
  エイルが返答する。
  
  あなたが大世界を倒した後、紫乃さんの部下の人たちが駆けつけてくれた。
  大世界の襲撃を受けたせいで、全員傷だらけであったが来てくれた。その後、大世界との戦闘で傷ついた人たちを病院へと運んでくれたのだ。
  同時に大世界と大世凜、他の敵の連中も拘束していってくれている。
 
  装置は地下十六階に存在した。
  場所は春香が奪ったデータに載っていた。装置を破壊すれば、融合した世界が元に戻ることも分かっていた。
  
  装置にはあなたとエイルだけで向かった。他に行ける人はいなかったからだ。
  共に戦った人たちとは地上で別れを済ませてきた。
 
  みんな、ありがとうと言っていた。
  一番長かったのは伊藤だろう。というか、時間の過半数は伊藤だった。
 「ありがとう! 自分の後輩でいてくれて! 幸せになって!」
  それが伊藤が最後にあなたに残した言葉だった。
  世界が勝手に伊藤にあなたが後輩だとすり込んだのに過ぎないのに、彼女は最後まであなたを後輩だと想い続けた。
  
 「じゃあ、壊しますね」
  あなたは拳を握る。
 「……はい」
  エイルは哀しそうな目をする。
  ドガッ!
  あなたの拳が装置を砕く。
  バキバキッ!
  装置は砕け、あなたの視界は真っ白になった。
 
  この日、融合した世界は元の複数の状態に戻った。
 
 *
 
  あなたの視界に広がっていたのは真っ白な世界。
  何もない。水も木々も障害物も何もない。ただ白いだけの世界。どこまで広がっているのも分からない。
 「一人か……」
  あなたはつぶやく。
  あなたは世界が融合した際、生まれた存在。どの世界にも属さないイレギュラー。 
  つまりどの世界にも居場所がない人間。世界が元に戻った際にどの世界でもない場所にはじき出されたのだ。
 「一人か……」
  あなたは何となく座ってみる。
  特に何もすることがない。
  世界を救う。あなたの目的は達成された。だが、その後は何もなかった。何もない世界で一人だけ。人の心がそんなものに耐えられるはずがなかった。
  誰かがこの世界に来てくれるなんて奇跡は起きるはずは――。
 「こんにちは」
  あなたの耳に彼女の声が届く。あなたは思わず振り向く。そこにはいるはずのない人物が立っていた。
 「エイルさん……」
 「私、世界に追い出されちゃったみたいです」
  エイルが微笑む。
  エイルは複数の世界に干渉してしまった人間。彼女も世界のイレギュラーとしてはじき出されてしまったのだ。
 「でも、私は世界を選べるみたいです。多分、世界のイレギュラーでありますけど、世界の一部だったので……」
  エイルはよく分からない説明をする。
  細かい事は分からないが、要するにこの場所から出ることができるらしい。
 「裕亜さんはどうします? この世界から出ます? それとも……」
 「世界に行って大丈夫なんですか?」
  あなたは不安そうに訊ねる。
  あなたも世界のイレギュラーだ。下手に世界に戻ってしまったら世界に悪影響を与えるかも知れない。
 「大丈夫だと思いますよ。だって裕亜さんは世界を救ったんですから」
  エイルは根拠のないことを笑顔で話す。
  あなたの口元が緩む。
 「そうかもしれませんね……」
 「じゃあ一緒に行きましょう」
  エイルが手を伸ばす。
 「はい」
  あなたはエイルの手を取る。
 
  
  二人が訪れた世界には青空が広がっていた。
 
  END