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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.46 / 金糸雀
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 [[活動/霧雨]]
 
 **金糸雀 [#ee7a7e95]
 
 狐砂走
 
  何もない田舎町。藁葺屋根に水車小屋、根菜類が眠っているであろう畑。こげ茶色に少し腐食された木の鍬や木桶が転がっており、私が住んでいる街とは大きくかけ離れた世界であった。一応、この街を何も調べずに来たわけではなく、寧ろここに来るまでにこの町の歴史と人口の推移、最近のニュースまで調べてから来た。私のバッグには未開封のノート五冊セットと小学校から使い古した為茶色くなってしまった筆箱、パソコン、バッテリーと装備は万全であった。この町にはとある都市伝説があった。
  夜に光る物を狙って非常に大きな鳥が徘徊するらしく、その町では行方不明者が後を絶たない。なのでその町では決してイヤリングや宝石、金属製品は無い。
  流石に金属製品くらい大丈夫だろうとは思ったが、本当にこの町には金属という金属は何も見当たらない。自動車は一台も通っておらず、電柱は全て木の柱とプラスチックで出来ており、ガードレールや標識は全部木製。ここまで徹底されると寧ろ気持ち悪い。あまりに木製を多く使用する為、この町には木材加工に優れていた。
  私はとりあえず市役所に行き、市長にこの町のPRとして取材する事にした。本当は都市伝説について取材したいのだが、あまりに謎が多い町である為、数日間泊まってみたい。先程私はこの町について調べたと言ったが腑に落ちない点が多い。まず、この町は三十年前までは日本有数の鉄鋼地帯であり技術の最先端を行く町として有名だったそうだが、その三十年前を過ぎてから急に鉄鋼生産は衰え、いつの間にかこんな田舎になってしまった。行方不明者が出始めたのはその時からである。一体何があったのか。
  市役所に付いたが藁葺屋根の建物であり、市役所というより民芸会館のような風貌だった。元々日本の最先端を行く町だったとは思えない。中に入り、受付を探した。そう、まず受付が何処なのか分からない。囲炉裏やかまどはいくつもあり、馬も六頭並んで繋がれていたが、受付のお姉さん的なものが見当たらない。そもそもここが市役所だという事はあらかじめ地図で知ってはいたが、知らないとここが市役所だなんて決して思わない。すると端の戸から横にスライドして中年男性が出てきた。
 「お待たせして申し訳ありません。えっと……貴方様が本市の取材に来てくれた記者ですか? 」
  少し腹は丸く突き出し、バーコードのように髪の毛が並ぶほど頭には髪の毛はなく、顔の皮膚は弛んでいた。一応市長らしくスーツは来ているものの、建物と服装は全く合致していない。
 「はい、この市のPRの為に来ました。市長としてこの市がどんな所か説明してほしくて……」
 「どうぞ、そこの座敷に座っていただいて……」
  私は藁で編まれた座敷に座るや否や5冊セットのノートの束のビニールを破り、一冊取り出すと筆箱から青いシャープペンシルをカチッと押した。そしてカバンの中で録音レコーダーの録音ボタンを押した。市長は前かがみで座り、
 「ジゴク……」
  多分そう言った。何せあまりに小さい声だった為、あまり聞き取れなかった。
 「はい? 」
  聞き返すと市長は下にうつむき、あまり言いたがらない様子だった。
 「いや、忘れてくれ。こう言うんじゃなかった。いや、もう話すべきか…… 」
  私としてはもう何から何まで話してほしいのだが、この町がどんな所かを聞くだけでこんな反応である。本当に取材に応じる気があるのかですら不安である。
 「この町の都市伝説を調査しに来たんだろ? 記者よ」
  市長のストッパーが切れたのか、顔を此方に向け、前かがみだった態勢から背筋を伸ばして私の知りたい内容が口から現れた。
 「はい、行方不明者が未だにいるとか…… 」
 「見てのとおり、この町には金属は殆ど存在しない。太陽が沈み、辺りが暗くなると金属を求めて怪物が出歩く。会った事がない者は怪物が残す足跡で鳥だと判断する。三指で細長い足指。そして鋭い鍵爪。しかし、この私から言わせるのならあれはもはや鳥じゃない。住民が行方不明になるのはその都市伝説を信じずに夜中を出歩くからだ。ここが元々鉄鋼が盛んな町だった事は知っているのだろう? あの怪物は何の前触れもなく現れて鉄柱やトタン屋根、信号機といった金属製品をまるで雑草を食べるかのようにムシャムシャを食べた。しかし、この町は盆地であり、町からの出入り口は四つあるが、どれも鉄橋で繋がっていて怪物を発見した時には既に鉄橋四つ共消えてしまった。そして日光を遮る大雨。町の外では鉄橋が流されたか老朽化で折れたといった報道が流れて救援に向かうが大雨による土砂災害で実際に町に踏み込めたのは襲われてから一週間後。その時には既に殆どの金属が消えた。すぐに復興しようとしたが毎晩自動車や重機が一台も残さず消えていく盗難騒ぎ…… そしてその盗人を探しても見つからない。これをどうして解決せよと……」
  金属を貪る怪物。そんな生物なんて世界のどこを廻ろうが未だに見つかっていないだろう。
 「あと…… 」
  市長は付け加えて、
 「絶対に…… 夜を出歩かない事だ」
  市長にそう念押しされ、その後は他愛も無いこの町の伝統や観光についての話を長々と喋り、メモに要点を書き記した。人に見られないよう袖の中に腕時計を忍ばせており、取材を終えた時に今が何時か、袖を覗くように見た。
  五時間後……
  私はケミカルライト五本と火の付いた松明一本で町を出歩いた。この町には一切の金属製品を入れてはならない為、スマホやライターは勿論の事、灯台まで使用禁止なのでこれくらいしか夜を出歩く装備として準備できなかった。町を見れば街灯や信号機といった金属製の設備は無い為、絵の具で塗りつぶされたように空間が黒い。家屋の明かりも見えない為不自然だと思ったが、よく考えてみれば窓の端やサッシは全て金属である為そもそも窓そのものがある訳がなかった。よくて障子である。この町で一番硬いものは自分の足元にあるアスファルトくらいだろう。
  火のついた松明を掲げ、私は町を探索した。時々手が悴み、何か暖かい食べ物が欲しいとは思ったがコンビニもない。全て木造のコンビニなんて聞いた事ないし、よく考えれば冷蔵庫は無いのだから物を冷蔵保存するという概念がこの町にはない。逆にマイクロ波で加熱するという概念もない。この町は世界から置いてかれ、寂しそうに今の不便を噛みしめる他ない老人のように思えた。古墳時代でさえ銅鐸などの金属製品があるのだから石器時代なのだろうが高分子材料は金属に当たらないため、化学に感謝であった。
  私は旧製鉄所に向かってみた。今は石碑が置いてあり、周りには行方不明者達の墓が整列され、灼熱の高炉があったとは思えないほど寒冷の空風が吹きすさんでいた。
  私は墓を廻ってみたものの松明の明かりを頼りに墓を出歩くなんてもはや肝試しであり、それが夏ならいいのだが、まだ二月。春ですらない。私はそのまま宿に帰ろうと足を止めると一つの墓だけ、直方体の大理石が横に真っ二つに割れていることに気が付いた。飛んだ罰当たりであるが、石の隙間から銀の棒型のスイッチがあった。あまりに不自然すぎるが、一番普通な流れでは私と同じく誰も歩いていない誰かがある墓石に注目して壊したまま出歩いたのだろうが、この町で金属のスイッチはあり得ない。
  私は恐る恐るスイッチを押すと墓石はルービックキューブのように変形し、銀色の棺桶が縦に下から上へ突き出した。無機質な箱。そしてこの町に合わない開閉技術…… いや、現代の技術でもここまで派手なものはない。扉を開くとそこには徳川埋蔵金が……
  
  という事があったら良かったのだが、実際そうではなく、金に換えられるものかと言われればそうじゃなく、では価値は無いかと問われれば、そういう訳じゃない物が入っていた。
  銀髪で蒼眼。白いドレスで白い靴に白い帽子。
  そこには一人の少女が眠っていた。見た目は十五才くらい。呼吸音が聞こえないので死体なのだろうが一切腐食していない。それどころか一瞬寝ているんじゃないかと思ってしまう。何故こんな所に少女の遺体が眠っているのか分からない。そしてこの髪の色と衣装は一体……
  私は思わず肩を叩いて本当に起きているのか確かめようと手を伸ばしたが、手を伸ばしたのは私じゃなく、向こうだった。
  少女の左腕は私の手首を掴んだ。ひんやりと冷たく、一瞬反射で手を引っ込めようと力を入れてしまったが、少女の手から離れる事ができない。全く振りほどけないのだ。
 「……あなたは誰? 」
  そう聞こえた。紛れもなくその少女の口からだった。瞳には蒼い自分の姿が映し出され、自分の表情は存外平常だった。遺体だと思っていたのに急に息を引き返したのだから。
 「大丈夫か! 誰かに攫われて閉じ込められたのか? とりあえず警察とか呼んで…… 」
  私のバッグからスマホを探そうとしたが、この町の金属製品の持ち込みは禁止であった事に気づき、スマホなんてない。では公衆電話を探そうとしたが、公衆電話も金属部品が多く使われている為、ある訳がない。バッグにあるのは小さなカメラと録音機、ケミカルライト五本と原始的な松明一本である。自力で交番もしくは警察署に連れて行かなければならないが、そうなると次は私が夜を出歩いている事を気付かれてしまう。そもそもこの少女に既に見られているが、警察官や市長に見られたらこの町に出禁になってしまうのは確実である。
 「とりあえず、立って……」
  私は掴まれた手を掴み返し、自分の方に引いた。
  暗い。
  手元が暗いというか、少女全体が暗いというか…… 夜だから暗いのは当然だが、先程より暗い。何かが私の背後にいるのだろう。少女は私と顔を向き合っている為、私の背後に何がいるか知っているはずだった。
 「鳥さんがあなたの後ろにいるよ?」
  少女の一言は今の現状を知るには十分すぎた。私達を覆う程の大きな影を持つ鳥なぞこの世界で一羽しかいない。私はゆっくりと後ろを向いた。
  足はガードレールや標識の束で、翼は飛行機や戦闘機、風車、トタン屋根で金属の羽を持ち、目は何百もの監視カメラやテレビ、双眼鏡でギョロギョロと機械仕掛けの眼で辺りを見渡しながら監視カメラ一機だけ私の顔に向けていた。ここでクチバシっぽいものがあれば鳥なのだろうが、クチバシがあるはずの場所には重巡艦の砲台のような筒がいくつも束になっており、細かく見れば機関銃やアサルトライフルもくっ付いていたかもしれない。また、大砲の周りには包丁や鋸が歯のように刺さっていた。あとの部分はパイナップルの空き缶や作業机、鍋にコンロ、遂には昔ここにあったであろう高炉もあった。
 「はあぁぁ…… 」
  この町に来れば都市伝説の新しい発見があると思ったが、こうも一度に情報が入り込むとため息せざる終えない。そして、
 「ちょっと話は後だあああぁぁぁ! 」
  私は少女の抱きかかえて出来るだけ遠くに逃げた。金属の鳥はというと、「見つけたら躊躇わず食う」という噂とは違い、追いかけようとしなかった。頭のカメラは此方を離さず見ていたが襲ってくる様子はなかった。辺りは暗い為、どこ走っているか分からないが、これほどの記事のネタがそろったのだからここで行方不明者の墓の群れに加わる訳にはいかない。五分間全力疾走した後、疲れたので近くの川辺で足を止めた。
 「君は何て言う名前? 」
  私は息を切らしながらも少女を見つめて聞いた。少女は目を丸くして
 「分からないわ。そんな事。覚えていないもの」
  自分の名も知らない少女が機械仕掛けの棺桶で眠っているとは不思議である。そもそもこの少女はどういう経緯があってあの棺桶に閉じ込められたのか。機械仕掛けの棺桶あ作られたのは製鉄所が動いていた三十年以上前だろうが、彼女は少女であるため、何十年も眠っていたとは考えづらい。何か足を滑らせて入ったのならばどうやったらあの棺桶に入るというのか。
  私は彼女の瞳をよく見るとまた謎を呼んだ。蒼い眼をよく見ると時計のように米粒より小さい歯車が何百も重なり合い、規則正しく回っていた。現代の技術でもここまで綺麗な義眼を作るのは無理だろう。そして手首で心拍を測ってみたいと少女にお願いした所、「変な趣味」と言われたが何とか了承を得て心拍数も図ったが、全く測れない。脈が無いのだ。一体少女は何者なのだろう。
 「そこの君達! 何故夜に出歩いている?」
  すると後ろから白い照明が私達を照らした。後ろを振り返ってみれば赤いサイレンを上に乗せた車、まさしくパトカーがあり、その両サイドには懐中電灯を持った二人の警察官がいた。
  ちょっと待って欲しい。パトカー、懐中電灯。どう見ても全部金属製品である。何故、この人達は金属製品を持っているのだろうか? よく見れば、おまけに警察官の腰にいくつも銀色の鍵をぶら下げている。それを言おうとしたが、有無も言わさずパトカーに乗せられ、どこかへ連れてかれた。
  十分間私達はパトカーに揺られながら交番もしくは警察署が付くまで無言だった。というか、警察官に話しかけても人形のように喋らない。パトカーが止まるとそこは何もない空き地だった。無理やりパトカーから出させられると、警察官の一人は空き地の真ん中で黒い革靴を地に摩り、何かを探しているようで、見つけると手で何かを引き上げた。どうやら空き地の真下に施設があるらしく、開けた扉の向こうには白い壁と窓ガラス。職質はここでする事になった。
 「それで…… 何故夜を出歩こうと? 町の条例で禁止されているはずだよね?」
  部屋には私を含めて四人おり、私の隣には銀髪の少女。私の目の前には二人の警察官。警察官二人の内、一人はスマホでイヤホンを聞きながら音楽を聴いているようで、イヤホンから抑えきれなかった陽気が駄々漏れであった。おそらく彼はこの部屋にいるだけで私達に話しかけては来ないだろう。
 「都市伝説の取材の為に来ました。しかし、たかが都市伝説なので夜でも大丈夫だろうとオモイマシタ」
  私達の夜の外出をしかめっ面で問いただすわりには自分達は金属製品の使用と夜の外出が許されているとは何と呑気なのだろう。横目で少女を見ると無表情。この場を凌ぐには何とかしなければならないのだろうが……
 「オモイマシタで済んだらワシらはいらんのですよ、お兄さん。ここでは見ない顔ですが、外から来たんでしょう。であれば、市長からの命令で外から来た方にはここから出すわけにはいかんのです。この部屋を見て分かるように金属だらけ。そしてワシらはこのように夜を出歩ける。この事実が表沙汰になればどうなるかだなんて想像もつきませんよ。いや、その前にここの鳥に見つかったらワシらの命が危ない。という事で君達の身柄はワシらで保護する。君、そこの女の子を向こうの勾留室に連れていけ…… って聞いているのか唐変木! 」
  音楽を聴いていた警察官はビクッと体を震わせ、
 「ハイっ! 」
  少女はそのままその警察官と一緒に部屋を出た。
 「さてと…… 」
  ドアが閉まった事を目で確認した警察官は此方を見つめながら右手をテーブルの下に潜らせて何かを探しているようだった。
 「君はこの町をよく調べていると聞いたんですが、正直そこまで調べられると困るんですよ。この町の木製品は外に売っているんですが、どれも正規の市場ではなく隠れた所で販売していて、外の人間はここの産業は知っているが、この町がどこにあるかなんて知らんのですわ。お兄さんがこの町に取材に来れたなんて本当にすごい。こんな日本地図から消された町を…… 市長が取材を許したってのは驚きましたが、ワシは反対しておりましてな。市長からもしその記者を見つけたらワシの判断で任せると言われまして…… 」
  警察官の右手がテーブルの上から現れると大変喜ばしくない物が一緒にやって来た。
  
  警察官は一丁の拳銃を持ち、銃口をこちらに向けた。
 「っ…… 」
  遂にこうして来たかと思った。行方不明者が後を絶たないのは恐らく鳥ではなくこの人達。こうやって町の秘密を守る為、調べに来た人達をここで殺しているのだろう。となると先ほどこの部屋から出た少女の身が危ない。
 「安心しなされ。拘留室に連れて行かせた女の子はただ殺す訳じゃないんでね。ワシもびっくりしましが、よくあの少女を見つけましたねぇ。(三十年以上もあの女の子は閉じ込められて地上に出られないようにされていたのに…… )(傍点)」
  三十年? やっぱりあの棺桶はあの少女の為に用意された物だったのか。何故この町はそこまであの少女の存在を隠す?
 「とりあえず、ここで死んでもらうわ。少女はお兄さんの遺体を処分した後、市長の所に連れていき、今後について話し合う。最後に言い残す事はないか?」
  すると部屋のドアが音もなく開いた。ドアをよく見ると、それは少女だった。少女があの警察官から抜け出してきたのだろうが左手に何か持っているようで、少し辛そうな表情だった。少女がもう一歩踏み込むとそれが何か分かった。
  
  それは赤くて黒いホースと黄色のピンが付いた金属製品…… そう、消火器だった。
  まさかこれを自分を連れて行った警察官の頭をかち割ったというのか。少し可哀そうな気がするが仕方ないだろう。少女は拳銃を握る警察官の後ろに立つと同時に赤い鉄塊を警察官の頭に向けて振りかぶった。
  
  カーン
  消火器とはこれほど良く響くのか。警察官は何も言わず、頭はテーブルの上に付いた。
 「あ、ありがとう…… 」
  苦笑いせざる終えない。
 「……どういたしまして」
  息を切らしながらも返事してくれた。とんでもない少女だったが、助けてくれなかったら今頃私は赤い液体を体から吹き出しながら倒れ、闇に葬られたであろう。
 「これからどうするの? 帰る?」
  少女から私に初めて話しかけられた。今更何処に帰るというのか。それに夜はまだまだ長い。ここの施設を荒らした時点で市長に対し敵意を表したのだから今やれる事をやらなければ。そしてこの事を世に広める義務が私にはある。
 「市役所に向かう。たしかパトカーが上に駐車したままで、鍵はその警察官の腰の鍵のどれかだから乗って向かう」
  四十分後
  運よく金属の鳥に襲われる事はなかったが、ハンドルの隣にあるラジオからは変な音が聞こえた。そのラジオは恐らく先程お世話になった地下施設とつながっているのだろうが、大きな物音がしている。誰かが気付いて施設を漁っているにはあまりにも乱暴すぎる。戦艦の主砲が発射した音や釣り鐘の打ち付ける音、金属の擦れる音など……
  すると聞き覚えのある声がした。
 「なんなんだよ! この金属の化け物め! 市長の復讐が目的ならここにはいないぞ。そしてワシは関係ない。そうだ、関係ない! だから生かし…… 」
  ここで通信が途切れた。B級映画のクズ役のような警察官の最期だった。地下施設はもう人はおらず、鳥の餌食になっているのだろう。金属の無いこの町で地下施設にある大量の金属製品。あの鳥にとっては久しぶりの最高の御馳走だろう。そんな事を考えている間に市役所の前に着いた。
  人気の無い市役所。と言っても傍から見ればただの藁葺屋根。障子からは中は明るくないようで、人は居なさそうだった。ゆっくりと戸を引くと、地下へつづく階段があった。その階段はコンクリートでできており、階段への入り口の扉は地表面には土で覆われていたが、裏は金庫のような円いハンドルが付いており、いかにここに人を入れたくないかが分かった。昼にここを訪れた時にはそんなものは無かった。私は少女と一緒に無機質の階段を一歩ずつ下がった。もう、ここで引き下がる訳にはいかない。この下にいるのは市長であり、市長にこの町の秘密を私は問いたださねばならない。
  最後の一段を降りると、目の前には金属のガラクタが沢山床に転がり、部屋の真ん中に長方形の大きなテーブルがあり、その上には何かの図面や数式が書かれた書類が散らばり、壁は全部本棚であり、全て工業関する事だった。そして一番奥に革製の椅子で座っていたのは市長だった。
 「遂にこの時がやって来たのか…… 必ずこういう運命になるとは思っていたが、どうにかしてその日が先へと延ばすよう努力した人生だった」
  市長の目は取材した時とは違い、此方をじっと睨みながら胸を張っていた。
 「おお、情報の通り、あいつの娘はうまく今に蘇っているじゃないか。やはりここまであいつの筋書きなのだろうな」
  市長はため息を一つ付き、右手を頬に当てて肘をひじ掛けに当てた。
 「さぁ、全部話してもらおうか。この町に何を隠している。そしてこの少女とあの鳥の正体は何だ!」
  ここまで来たんだ。恐らく全てを知っているであろう市長。記事とか関係なく、この町の非日常を取り戻さねばならない。
  市長はもはや「市長」じゃなかった。ここからは市長ではなく、一人の中年男性である。
  彼はゆっくりと口を開き、
 「戦争の残骸と政府への抑止力。これがここの隠したものだ。丁度いい、役者も全員揃っているようだから全部話そう。どうしてこんな町ができ、どのようにしてそこの少女が生まれたのかを」
  メモを取る必要がない。中年男性の昔話くらい覚えられる。私は黙って聞く事にした。 
 
 「私がまだ市長ではなく、都長だった時。今から三十年前。
  この町は君達が知っているように鉄鋼、石油化学、炭鉱が盛んで、どこ見ても工場と研究施設で溢れた町だった。国の技術をいつだって先取りし、『第二の首都』とも呼ばれていた。そんな時、独逸から一人の男がやって来た。その少女の父、エイルス=F=ヴァイツマン。銀髪で紅い眼をしていて、寝る場所がいつも机の上で自分は食事するのが面倒だから他の人と食事に出かけたらと非常に物臭だった。この町に来た理由として表向きは町の研究室で新しい技術を。本当は娘の病状を良くする可能性が高い最先端を行く町に行けば、近い内に何か手掛かりがあるだろうとね。そこの少女にその時会った事はあるのだが、常に呼吸器マスクを付けていないと真面に呼吸もできず、誰かに栄養剤を注入してもらわなければ満足に食事もできない。彼と同じ銀髪の少女。流石の私でも気の毒だとは思ったよ。ベッドの横には金色の鳥籠がおいてあり、一羽の小鳥がいつも少女を見つめていた。その鳥はどうやら少女が心底可愛がっていた鳥らしいが、他の人が近づくと見境なく攻撃するので『小さなグリフォン』なんて病院内で呼ばれた。
  彼は娘のいる病院に見舞いに行く事もあったが、それ以外はいつもパソコンや自分の倍以上の大きさの紙に黒鉛筆と消しゴム、雲形定規で何かの図面を書いていた。その図面は何なのか聞いた事があった。
 『君は一体何の図面を書いているんだ? そんなに世話しなく書いて…… 』
  彼は手を止めて息を一回小さく吹き、右手の鉛筆を白衣の右のポケットに入れて、
 『保険ですよ。こうでもしなければ怖くて仕方ありません。未来とは実に分からないものです。現在のこの町は技術の最先端を進んで止みませんが、もしかすると三十年後には石器時代まで逆戻りしているかもしれません』
 『ははっ…… まさかそんな…… 』
  あの時はそんな事あり得るのかとは思ったが、今考えてみれば彼の予言だったのだろう。彼は続けて、
 『そういえば、軍人さんが多い。おそらく近くに軍事施設があるのでしょうが、軍人がいれば、軍人が戦う戦場も近くにあるのでしょうね。そうですね…… この近くで言えば都庁が中心の町がありましたね。あなたがここで都長として立っているように向こうの都庁でももう一人の都長がいるでしょう』
 『何が言いたい』
 『いえ、そんな事もあるのかなぁと可能性の話をしただけです。ただし、(世界に太陽は二つ存在できないですよ、)(傍点)都長。太陽が二つもあれば夜など無くなり、常に私達は働かなければならない。休む暇が無くなるのです。流石に私はそういうのは嫌ですね。そうでしょう? 』
 『あぁ…… 』
  この町と都。どちらも首都と呼ばれているが、日本に首都は一個だけでいい。都は何もない草原から人の関わり合いで発展した都市。対してこの町は偶然にも石油や鉄鉱石、石炭が多く採れる為、運良く都市になった町。そして私は殆ど運任せで選ばれた都長。都長になる前は三等兵だった。この好機は絶対に逃してはならない。いつかこの町が唯一の首都にさせてみせようと。だから、私は自分の肉体を全部機械に変えて永遠に近い体を得た。この町の技術があればそんな事も容易だった。
  しかし、何の前触れもなくその好機は泡になってしまった。
  都から世界大戦の戦後処理で研究施設及び軍事施設、工場を解体せよとの命令だった。何を今更解体するのだと。核兵器まで製造してしまったのに何故しなければならない。もし全部解体されればこの町はただの町になる。そして私は犯罪者になる。
  
  そうだ、私が彼の娘を植物状態にさせたんだ。
  
  ずっと昔、私は金も身よりもなく、盗人として出歩いたとき、とある少女が聞いて来た。
 『お菓子あげる』
  一個のキャンディー。赤と緑の斑点の包み紙で覆われた玉。しかし私はそれよりも娘のバッグに付いているのが黄金の懐中時計である事に気付いた。私は勿論力づくで奪ったが、あまりに抵抗するから金属のバールで頭に五回殴った。
  殴り終わってから自分の手元を見て気付いた。先程自分に恵んでくれた少女が力なく倒れ、私の手元には紅い血と懐中時計。私が少女の命と懐中時計の価値と同じだと見なしたのだ。
  その後、私はすぐにその場を去り、懐中時計を売って軍に入るくらいのお金を得て、都長までのし上がった。そう、この出世に終わりが来たとき、私に残るのは少女を傷つけた罪なのだと。
  しかし、まさか彼の娘があの時の少女だとは思わなかった。私は少女を楽にするべきだと思った。ここで完全に殺せば、きっと報われるだろうと。
  私は病室に入り、ベッドで機械に生かされながら眠る少女にサイレンサー銃で一発頭に撃った。今思えば、あの時撃つべきじゃなかった。
  
  すると近くに置いてあった鳥籠から金属音が鳴り響いた。
  何事かと思い鳥籠に近寄ってみれば小鳥が鳥籠の柵を食いちぎっていた。見間違いじゃない。確かに食っていた。
  気味が悪いから銃で小鳥を撃った。なのに……
 ⦅この鳥、銃弾も食いやがった…… ⦆
  私はすぐに逃げたさ。明らかに嫌な感じがしたよ。そして、金属の大鳥の噂が流れた。大鳥の被害は知っての通り壊滅。解体予定の工場や研究室は全て食われたよ。そんな時、製鉄所の前に彼がいた。
 『おい、ここはもう終わりだ。さっさと避難するぞ!』
  銀髪の男の前には銀の棺桶。そして中には殺した筈の娘が眠っていた。
 『一体どうして娘が眠っている?』
  彼は振り返り、
 『元都長さん。あなたが殺した私の娘は生きていますよ。ここに来たのは最も精巧な娘を作るのにふさわしい場所だったからです。そして今それが実現しました。きっと誰かがこの棺桶を開けるでしょう。その時、あなたは運命を迎えます。そうそう、あの鳥は金属を求めて食ってきます。そして機械仕掛けのあなたも例外ではない。安心してください。人間は食べません。食べるのは機械だけですから。それではまた棺桶が開いた時に私を思い出してください』
  彼はそう言って白衣のポケットから小型のトカレフを取り出し、銃口をこめかみに当てて、
 『娘の所に私も行くよ…… 』
  小さくそう言ったような気がした。彼も死んでくれれば私を責める者は居なくなり、心の余裕が出来たかもしれないが、何も考えず、
 『やめろおぉ!』
  私の声はこれほどまでに大きな声が出せるのかと吃驚してしまった。そんな叫びは遅く、私の目の前には彼の死体と銀の棺桶。銀の棺桶の前にはトグルスイッチがあり、金属の鳥が迫ってきていた為、スイッチを何のためらいもなく押すと、銀の棺桶は床に沈み込むようガチャガチャと変形して消えていった。
  それからは鳥から逃げるように生きていった。銀の棺桶を掘り起こせば私が鳥に食われるリスクが高い為、銀の棺桶だけは残して、それ以外の建物を取り壊して今のような金属の無い町ができた。
  そして彼の予言していた銀の棺桶が開かれた日、君達は私の目の前にやって来た。しかも、私が殺したはずの少女がこうして立っている。
  これが真実だ」
  私の頭には想定を逸脱した情報が大量に流れ込み、理解するのが精一杯だった。彼の話が本当であれば、彼は殆ど人造人間であり、少女を嘗て殺した男だという事である。そして少女の父は少女そっくりのロボットを作ったという事になる。恐らく父が四六時中図面を書いていたのはそのロボットを作る為なのだろう。金属の鳥は少女の最愛のペットであり、主が殺された事によって怪物になってしまった成れの果てなのだろう。
 「娘のペットの小鳥は娘がもし死んだ時の緊急装置みたいなものだったのだろう。きっと金属の鳥も彼の開発したものなんだろうな。この私に復讐するのが全て。彼は物臭でありながら死んでも尚、私を殺す算段を考えていた。同時に娘を生き返らせる手段もな」
  市長が離し終えると自動車が壁に衝突したような轟音が天井から流れた。
 「もう来たか…… どうやら私は終わりなようだ。そこの娘、私が憎いか? 自分の親切を仇で返し、裕福に生きる私を殺したいか? 今ならまだ間に合う。さあ殺せ!」
  市長の右手の四本指を上下に揺らし、「おいで」と手で合図した。
 「わたしはあなたなんか知らない。わたしが起きたら横にいる男が目の前にいて色々な騒ぎを見て、こうして立っているの。過去なんてしらないわ」
  少女の記憶は生前の記憶を引き継いでなどいないらしい。流石に父も魂を乗り移させるという非科学的な事はできなかったようだった。
  研究室のテレビや電子レンジは地響きで棚からガタガタと落ち、至る所から白いガスが噴き出ていた。上にいる何かが暴れている為、ここの施設はもう耐えきれないのだろう。天井は二つに裂け、市長の真上には何百の鋸と包丁の刃があり、潤滑油が鋸と鋸の間から垂れていた。
 「そうか、なら私は大人しく喰われよう。もう逃げる場所なんてこの世には無いのだから。この鳥は三十年間も私を探していたのだ。もうお互い疲れた…… 」
  市長が一言言い終わると金属製品の塊は市長目掛けて降った。あの状況で市長が生き残る事は出来ないだろう。私の足元には金属の破片が転がっていた。カメラや包丁、標識が転がっていた。中には血が付いたバールもあった。
  不思議な事に金属の鳥はこれ以上動く事はなく、そのままガラクタの山と化した。
 「終わった…… 」
  そう、もうこれで金属の無い町の歴史は終わったのだ。
  私はその後町を一旦離れて公衆電話で救助を求め、一夜に起きた出来事を隠さず警察に話した。少女も事情聴取を受け、記事には私と少女、及び金属の無い町の存在について大きく取り上げられた。町は他の町と同様に金属のガードレールや標識、テレビなどの金属製品が入り、もはや金属の無い町はそこには無かった。町の支配者の市長の遺体は未だに見つかっていないらしい。それはそうだ。なぜなら市長の体は金属の部品でできているのだから。
  では、私と少女はどうなったかというと……
 「あの…… 仕事の邪魔だからどこかに散ってくれないかなぁ」
  私の仕事机に座っているのは銀髪の少女。
 「わたしはかえるべき場所なんてないし、あなたはきっとまた変な場所に行く。きっと面白いし」
  いつも少女の顔は無機質だと思ったのだが、その一言が聞こえた時、机の上に置いてあった鏡に映った少女の顔は生前の少女もきっとそうだった様に優しい笑顔だった。