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京都工芸繊維大学 文藝部

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 [[活動/霧雨]]
 
 **嫌い [#k668fd42]
 
 はるか
 
  旧友たちと懐かしい話に興じていると、何やら向こうの席が騒がしいことに気が付いた。一人の男をわいわいと囲んで楽しげである。皆やけにその男を担ぐじゃないか、どれどれそんな人気者がうちのクラスに居たかな。首を伸ばして覗いてみると、そこにいたのは「嫉妬」だった。
  嫉妬は満開の笑顔である。清々しいくらいの笑顔だ。彼のもとには次から次へと同輩が訪れ、一様に満足したような風で帰る。あの時と何も変わっていない。
 「嫉妬のやつ相変わらずだな」
 「あいつは昔から人気者だ」
 「気配りもできる」
 「ただ皆の機嫌をとってるだけじゃないか。八方美人っていうんだよ」
  しばらくすると嫉妬は席を立ち、周囲を物色し始める。別の席のグループに近づき、親しげな笑みをまきちらす。
 「あいつ、仕事何やってんだ?」
 「大手の商社マンだってさ」
 「いいねー猫かぶりが上手いやつはいいとこにいくんだ」
 「お前、知らないのか? あいつはちゃんと大学出てるよ」
 「昔から頭良かったからな」
 「その上、体育ではいつもヒーローだ」
  なんだ、こいつらも嫉妬のファンか。嫉妬はまた少し離れた席まで行って場を盛り上げる。ポマードでパリッと決めたミディアムヘアが店内のLEDを味方に輝いていた。
 「なんだ、お前嫉妬のこと嫌いだったっけ?」
 「別に、大して話したこともないよ」
 「いつも成績を競ってたじゃないか」
 「それはこいつが勝手に張り合ってただけだよ」
 「そんなことないぞ、嫉妬もお前の成績を気にしてた」
 「ほんとかよ」
 「ああ、俺のところにこっそり聞きに来てたよ。仲いいから知ってるだろってさ」
  そんなことしなくったって一番賢いのはあいつじゃないか。
 「それで、どっちが勝ってたんだよ」
 「おいおいやめてくれよ」
 「そりゃ嫉妬の方が成績はよかったさ」
  さっきまでそこにいた嫉妬の姿が見えない。どこまで席を離れたら気が済むんだ。
 「いやでも、そういや違うな」
 「何が?」
 「最初はお前が勝ってたよ、そういえば」
 「そうだ、そういえばお前、一番になったってしばらく自慢してたじゃないか。入学してすぐだったよあれ」
 「嫉妬はお前に勝つために俺のとこに来てたんだ、お前の成績が目標だったんだよ」
  知ってるさ。あいつは努力してた。俺もあいつが目標だったんだ。
 どこに行っていたのかと思ったら、隣のテーブルを盛り上げていた嫉妬がこちらに近づいてくるのが見えた。俺は目が合った気がして、たまらず席を立つ。
 「ちょっとタバコ」
 
  店を出てタバコに火をつける。冬の三日月に吹いたマルボロの煙が空気に溶ける。電線の行く末を目でたどっていると、後ろで店のドアが開いた。どうやら連れが来たようだ。振り返ると、そこにいたのは「憎しみ」だった。
 「お前も吸うのか」
  憎しみは禁煙席についての不満をぶつくさ言って俺に同意を求めていたが、こいつに気を遣ってやる筋合いはない。
 「急に席を立ってどうしたんだよ、嫉妬のやつお前と話したがってたぞ」
 「いいんだ、俺は話したくなかった」
 「ああ、わかるさ、複雑だよな」
  何でお前がそれを言えるんだ。
 「俺もあるよ因縁の一つや二つ」
  そうだ、お前は俺に謝らなきゃいけないことがあるはずだ。だってお前は。
 「しかし今日はお前と会えてよかったよ。あれ以来だからな、久しぶりもいいとこだ」
  どうしてまだ俺の事を友達だと思ってる。
 「またあの頃に戻りたいねえ、散々馬鹿な遊びで日を無駄にしたよなあ」
  最後の最後にお前があんなことするから、全て無駄になったんだ。落としたタバコの灰がスーツに落ちて汚れてる。スーツなんか着てくるんじゃなかった。
 「さすがに冷えるな、そろそろ中に戻ろう」
  憎しみは何気ない顔でそう言った。ずるいよな、最初っから仲良しでめでたしめでたしか。
 「おい、どうした。さっきから黙りこくって。そろそろ皆待ってる頃だぞ。行こう」
  俺だってずっと待ってたんだ。
 「そうだな、行くよ」
  タバコの火を消した。最初から吸いたくなんてなかったくせに、随分長かった。憎しみはドアを開くと、旧友の待つ店内に足を踏み入れた。しかし意を決したように半身を返すと、俺の顔を見ずに短く言った。
 「あの時はすまなかった」
 
  温かい店内に入ると急に尿意を催し、宴会場に戻る前にトイレに向かった。一人が既にチャックを下ろしていたが、二つある小便器のもう片方が空いている。安堵して先客の横に並ぶと、そこにいたのは「軽蔑」だった。
 「あ……」
 「よう……」
  本当にどいつもこいつも変わらないな。
 「久しぶり……隣のテーブルにいたんだよ、僕、話そうかと思ったんだけどさ、なんか別に話すこともね」
 「話すことなんてないよ」
  うつむいて目をきょろきょろさせる軽蔑に俺は昔と同じ苛立ちを覚えた。あの頃からそうだった。こいつのなよなよした自信なさげな態度は虫唾が走って見ていられない。
 「……ごめん」
  これだ、この謝り方。すぐに謝りやがるんだよ。何でもっとシャキッとできない。危く舌打ちしてしまいそうになる。
  用を足し終えた軽蔑は手を洗いながらまたぼそぼそと話し始めた。
 「実は、今日が皆と会える最後かもしれないと思って」
 「また来年にでも集まればいい」
  お前には興味はないが、嫉妬や憎しみとはちゃんと話してみてもいいかもしれない。
 「僕は、来年にはもうここにはいないんだ」
 「ここにはって、引っ越すのか? 俺だって今日は東京からわざわざ来たんだ。まさか海外じゃないだろ?」
 「僕、宇宙飛行士になったんだよ」
 「え……」
 「来年のいまごろは向こうにいるんだ、宇宙に行けばもしものことだってある。今から体が震えてるよ」
 「お前が、宇宙に? 凄いじゃねえか」
 「ありがとう、じゃあ先に戻ってるね」
 「おう、頑張れよ、宇宙……」
  まさかあいつが宇宙飛行士とは。俺は自らの高慢ゆえに一人の偉大な男を蔑視したことを恥じていた。誰かを蔑むことこそ、蔑むべきだった。
  なんだか今日はひどく疲れた。いろんなことが頭を巡ってまだ判然としない。しかし総じて悪い気持ではなかった。俺はしっかりと自分の手を洗い流し、顔を上げて鏡を見た。そこにいたのは「自分」だった。