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京都工芸繊維大学 文藝部

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 #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the)
 **第2章 ボーンヘッズとアンチェインド [#fc2b30af]
  超兵器IMAGNAS。ある一人の天才の出現により完成したその兵器は世界から戦争を取り除いてしまった。
  核を越える威力を持ちながら、効果範囲を自在に設定することができ、狙いは町ひとつから大陸ひとつまでと幅広く適用可能。シェルターや防壁はまるで意味をなさず、年齢、性別、IDの有無で攻撃対象を選別することも可能。極め付けなのはその入手難易度で、町工場程度の技術力さえあれば、だれでも簡単に作り上げることができる。
  そんな兵器が完成されてしまったため、世界中のあらゆる国家、武装勢力はそろってこれを作り上げ、備え付けてしまった。ある団体がIMAGNASを用いれば、別の団体から報復および粛清がなされる。その完成された性能と手軽さ故に、IMAGNASは最強の抑止力として機能。世界から戦争と言う概念を吹き飛ばしてしまった。
  それゆえに、軍需産業は軒並みあおりを受け、さらに軍隊への入隊によって支えられてきた下層階級の経済は崩壊。失業者および暴動を誘発し、治安は大幅に悪化した。
  そこで生まれたのが、僕達アカデミーズだ。ヒーローの一人で、資産家のヘリング・エースが、自身の財産で撃ちたてたヒーロー養成機関。超能力を持って生まれた僕たちを各家庭から勧誘し、ヒーローとして活躍できるよう、日夜訓練を施す施設だ。
  その中で、僕はようやくコードネームをもらい、一線で活躍することができるようになった。フレイムスロアー。炎を投げかける者。いつかエースのようにこの名を世間に知らしめて、大きな犯罪と闘っていく。それを夢見て、僕は今日も与えられたミッションをこなし、犯罪者たちと闘う。
 
 「今日のミッションは、他の能力者との交戦が予想される」
  正式にアカデミーズとしての活動を始めて数週間。その日の指令はいつもと少し変わっていた。
 「能力者の犯罪と言うことですか?」
  緊張した面持ちでレインメーカーが問いかける。
 「うむ。いつも以上にリスクが大きい戦いになる」
  この場に集められたのは三人。レインメーカー、ブリンク、そして僕、フレイムスロアー。残り二人は別のミッションで不在。仕事は適材適所に割り振られる。常にチームで動くというわけではない。
 「敵の詳細は?」                           
 「人数は不明だ。数は少ないだろうと予想しているが……対峙するのは、ボーンヘッズ。ナスティー・シャーロット率いる犯罪者集団だ」
  ナスティー・シャーロット。その名を聞いただけで心がしびれた。不謹慎だが、浮足立つ自分を自覚してさえいる。メディアで大々的に取り上げられる、超大物の犯罪者。黒魔術を使って人々を恐慌に陥れる魔女が、ミッションターゲットに名を連ねている。
 「ナスティー・シャーロット本人と闘うわけではないんですね?」
 「当然だ。彼女のような能力者が表に出てくるのであれば、それはエースに任せる他ない。あくまで、ターゲットは彼女の下部組織だ」
  下部組織。そんなものが存在するとは、今の今まで知らなかった。これまで彼女の行ってきた犯罪の規模を考えれば、あって当然なものではあるけれども。
 「下部組織の人間も、能力を使うのですか?」
 「中にはそういう者もいる。彼らは……」
 「黒魔術を使うんですか⁉」
  つい口を挟んでしまった。発現を遮られた教官が、渋い顔をしてこちらを睨む。
 「浮つくな、フレイムスロアー……。質問の答えはイエスだ。と言っても、実際の黒魔術じゃない」
  興奮しているのを見抜いたのか、教官は釘を刺してきた。
 「黒魔術に見えるような超能力、ということだ。そのイカサマの魔術で、やつらは信者を増やしてきた」
  ブリーフィングルームのスクリーンに、ビニールのパックに封入された琥珀色の液体が映る。
 「その結果が、これだ。トキシックリーパ。奴らが信者を労働力として作り上げた、非合法薬物。効果の詳細は不明だが、報告によると、幻覚、感覚麻痺、精力増強、一時的な筋力増加などなど。広まれば甚大な被害を生むことは確実だ」 
 画面が切り替わり、巨大な建造物の写真が写った。ドーム状の建物で、ところどころ剥げている反射板が、日光を受けて輝いている。
 「生成するには技術と施設が必要。奴らが工場としているのが、ここだ。トール製薬七十七番プラント。倒産した製薬プラントをひそかに占拠し、秘密裏に製造を行っていた。我々の調査チームも発見するまでにずいぶん苦労させられた」                                         
  画面上に、建造物の見取り図が次々に表示された。脳内に収められたメモリーカードの起動して、写った情報をインプット。終わり際を見計らって、教官が指示を告げた。
 「諸君らのミッションは、この施設の壊滅。および、犯罪者集団の確保だ。なお、我々だけではリスクが高いと判断し、このミッションは別組織の能力者と共同で行う」
  別組織の能力者? 初耳だ。しかしレインメーカーもブリンクも、特に意外そうな顔はしていない。
 「協力する組織はアンチェインド。手荒な連中だが、戦闘力は確かだ。彼らのうち二名が、作戦に参加することとなった」
  アンチェインド? アカデミーズと同じように、ヒーロー養成所が他にも存在するのだろうか。
 「ブリーフィングは以上だ」
  疑問を押し込めたまま、僕は二人とともに、目的地へと向かった。
 
 「アンチェインドっていうのは、一体何なんですか?」
  郊外の廃プラントへ向かう道を歩いていく中、目的地まであと少しというところで、とうとうこらえきれずに口を開いてしまった。
 「スーパーヒーロー、ジャンゴの下部組織だよ。うちみたいな、まだヒーローになってないやつで構成されている」
  答えたのはブリンクだ。それにしても、ジャンゴ? 
 「あの、ジャンゴっていうと、やっぱり……」
 「ああ。手段を選ばない過激派ヒーロー。犯罪者の天敵にして、人気最下位の歩く天災。あのジャンゴだ」
  ジャンゴ。恐ろしいヒーローだ。ヒーローでありながら法を破ることをいとわず、悪は絶対に許しはしない。車上荒らしを追いかけまわして、屋台三軒とショーウィンドウを破壊し、犯人含め、計十三人を病院送りにしたこともある。とにかく気性が荒く、恐ろしいヒーロー。それがジャンゴだ。
 「見えて来たぞ」
  プラントを見渡せる丘の上に、人影が二人立っているのが見える。内心不安でいっぱいだ。あの荒くれ者ジャンゴの下部組織。一体どんな人が出てくるか。
 「おおぉ……待たせてくれんじゃねえかよぉ……」
  予想以上だ。振り向いたその二人は、見るからに異様ななりをしていた。                                
  片方はレジャージャケットを羽織り、インナーにはところどころ鎖を編みこんだようなとげとげしいデザイン。右腕には、どんな意図があるのか、麻布をぐるぐるに巻き付けている。
 もう片方は上半身が裸で、華奢な体に似合わない地面へ引きずるほどの巨大な斧を握っている。首から下げたヘッドセットには、当然のように髑髏のマーク。長髪で、前髪の隙間から覗くひとみは、毒々しい緑色をしていた。
 二人とも、体のあちこちから、鎖がじゃらじゃら垂れていた。
 「あの、時間まではまだ、後少しありますけど……」
  おずおずと声を上げてみるも、その眼力で言葉は力を失ってしまった。
 「アカデミーズのレインメーカーだ。こっちはブリンク。そんで、こいつがフレイムスロアー」
  レインメーカーがさりげなく肩に手を置いてくれた。ふっと息がこぼれ力が抜ける。
 「そうか……俺はマグネスマッシュ。そんでこいつが」
 「フルスイング」
  上半身裸の男が、かすれた声でそう告げた。
 「狂信者とか……やりづらいぜ」
  今日の作戦についてだろう。レザージャケットのマグネスマッシュが、ボソッとこぼすのが耳に入った。
 

  戻ってきた。赤茶色をした古いアパート。ストレイドッグのアジトに。
 「おかえり、エリック」
  声は空気の振動ではなく、頭の中にこだまするイメージとして挙がった。精神感応。所謂テレパス能力だ。
 「ただいま、ヘッドセット。どこにいるのかわからないけど」
  返答は声に出して行う。相手はテレパス。シンプルなやり取りなら、頭の中だけで完結させることが可能だ。だが、彼女に言葉を投げかける時はいつも、実際に口に出して言うようにしている。
 「ここ」
  言葉によるメッセージの後に、さながら網膜に映っているかのような鮮明なイメージが浮かび上がる。思い思いに品物を持ち寄って、生活スペースを作ったアジト。その中央に位置する暖炉のイミテ-ション。これがヘッドセットの視界だとするのであれば、彼女はソファーに腰掛けていることになる。
 「あれ?」                                    
  ところが、実際に暖炉のそばに近づいても、彼女の姿は見えなかった。ヘッドセットは小柄だ。どこかに隠れているのだろうか……
 「ばあ♪」
  背後からの不意打ち。クローゼットに隠れていたのだろう。飛び出してきたヘッドセットが背中から抱き着いてきた。
 「やるじゃないか」
  思わず、笑みが零れ落ちる。三か月前の彼女であれば、考えられない反応だ。
 「すごく驚いたみたいだね。エリック。心拍数が上がってる」
 「テレパスってのは、不随意筋の動きまで把握できるのか? 自律神経まで?」
 「ううん。直接聞いてるの」
  これだけ密着していれば、それが一番自然だろう。それにしても、本当に驚かされた。
 「ずいぶん上達したんだな。言葉」
 「たくさん勉強したよ」
  証拠と言わんばかりに、ボロボロになった教科書を見せつけてくる。四六時中、肌身離さず持っていたのだろう。
 「すごいな。勉強ってのは辛いものだとばかり思ってたけど」
 「そうでもないよ。考えたり想像したり、前よりもずっとできることが増えた」
 「へえ」
  三か月前。ストレイドッグに来た当初の彼女には、言語という概念はなかった。音や景色を頭に送り込むタイプのテレパス。それがヘッドセットの能力だ。どういった経緯でそんな能力が生み出されたのかはわからないが、彼女は意思疎通の手段として、言語を使うという選択肢がなかった。
  音や光による、直情的で要領を得ないコミュニケーションを問題視したレジスターによって、俺は彼女への教育を任されることになった。と言っても、数回教科書を読んで聞かせた程度だけれど。
 「言葉って、とっても不思議」
 「そう言えば、テレパスで言葉を送るときは、どういうイメージをしてるんだ? 文字を画像として思い浮かべるのか?」                                         
 「ううん。言葉に明確なイメージはないの。声や文字なんてのは、言葉が表に出る時にたまたま人間の感覚器官に適応するように形を歪められたものに過ぎない。言葉っていうのは、情報を含有するシリアルな記号の集合で、パラレルに把握できる音や光とは持っている性質がだいぶ異なる」
 「そ、そうか」
  たった三か月でずいぶん饒舌になったものだ。何を言っているのかまるで理解できない。
 「それで、エリック。今までどこにいたの?」
  だしぬけに、そう尋ねてきた。
 「レジスターの所だ。新しい仕事を任されたよ」
 「そう」
  伝わってくるのはただ純粋な言葉だけなのに、裏に隠された息遣いまでも感じ取れる。彼女がテレパスであるからだろうか。そのアンニュイな相槌は、己のした『問いかけるという行為』の無意味さを思ってのものかもしれない。
 「エリックはあの人のことをどう思ってるの?」
  聞くまでもない。テレパスである彼女には、すでに答えが分かっている。
 「このチームのリーダー。俺たちのボス」
  しかし、そんな彼女に対して、口から出る言葉で返す自分もいる。
 「ただ、それだけだよ」
 全て手の内をさらけ出した上での、無意味な嘘。
 「あの女。私達のことを便利な道具としか思ってないよ。前は、自分もこっち側の人間だったはずなのに」
 「そう思わないとやってられないのさ。彼女だって人間だ」
 「ふーん」
  顔を覗きこんでくるヘッドセットの瞳を無意識に避けてしまったのは、決して彼女がテレパスだからと言うわけではないと思う。
 「それでも、彼女のことが好きなんだね。一人でギャングの事務所に行って潰して来いって。しかも他の能力者が出てくる可能性もあるって、そんな仕事を渡されたのに」
 「ああ。もう行かなきゃ」
  立ち上がろうとすると、手を掴んで引き留められた。
 「ボーンヘッズ……強いの?」
 「さあな。彼女の読みが正しければ。さほど苦戦はしないはずだ」
 「信頼しているんだね」
  手が離れる。
 「エリック。ちゃんと帰って来てね」
 「心配するな。大した相手じゃない」            
  心が読める彼女に、俺はただ残酷な言葉で答える他なかった。
 

 「作戦は?」
  正面の入り口。プラントは日差しを受けて、長い影を伸ばしていた。
 「正面突破だ……死ぬまで追いかけ、叩き潰す」
  レインメーカーの問いに、マグネスマッシュがドスの聞いた声で答える。
  彼が顎で指すと、隣に立つフルスイングが、巨大なヘッドホンを耳に当てた。わずかに空いた隙間からデスメタルのシャウトが漏れる。小刻みにリズムを取りながら、彼は自身の獲物である巨大な斧を引きずり、扉へと歩いて行った。
 「離れてろ」
  マグネスマッシュの指示に従い、僕ら三人は距離を取った。離れる直前、フルスイングの肩の辺りから、ねじを巻くようなちりちりと言う音が聞こえた。そして、
 「わっ……!」
  一瞬で、鋼鉄の扉はズタズタに引き裂かれた。破壊に対して、音が遅れてやってくる。鉄と鋼がぶつかり合う、重苦しい重低音。そして、原因不明の甲高い破裂音。インパクトの瞬間は、まるで視認できなかった。
 「なるほど。だからフルスイング」
  隣でブリンクがしたり顔で頷く。その言葉を受けて初めて、僕は扉が斧の一撃を受けて破られたのだということを理解した。
 「進むぞ」
  マグネスマッシュはこともなげに、僕らに前進を促した。
 「暗いな」
  インフラが通っていないのか、待ち受けていた通路は思っていたより薄暗い。時折隙間から差し込む日光が、舞い上がる埃を照らしだす。本当にここで違法薬物の生成が行われているのだろうか。あまりにも閑散としすぎている。
 「どこへ行く」
  マグネスマッシュがブリンクを呼び止める。彼は通路の右側、冷たい鉄の壁の前に立っていた。
 「あの位置は」
  レインメーカーの言葉で思い出した。即座にインプットされたマップを開く。
 「おい……どういことだ」
  後を追おうとした途端胸倉をつかまれた。マグネスマッシュが凄む。                                 
 「か、隠し通路です。製薬会社がかつて使っていたころに、違法薬物の研究を行っていたラボに通じています」
 「ほう」
  斧を引きずりながら、フルスイングもやってくる。壁を調べていたブリンクが、振り向いた。
 「ロックがかかっているみたい……だ⁉」
  間一髪のテレポート。ブリンクがいた辺りの空間を通過し、フルスイングの斧が壁面に叩きつけられる。
  引き抜かれた斧に壁はそのままくっついてはがれ、オレンジのライトで照らされた、秘密の通路が現れた。
 「おい! せめて一言合図か何かあってもいいだろう!」
  ブリンクの抗議を受けても、フルスイングは素知らぬ顔だ。そもそもあのヘッドフォン越しに声が届いているかどうかすら怪しい。
 「とにかく。先に行こう」
  アンチェインドの振る舞いに絶句しながらも、レインメーカーが先を促した。
 
 「やけにだだっ広い所に出たな」
  細い通路の先に通じていたのは何も置いていない部屋だった。倉庫か何かだろうか、リノリウムの床に、青い照明が反射する。奥方向に扉が二つ。空気を供給するためのダクトが、部屋の四方に備え付けてある。
 「ドアが二つあるな……どっちに行けばいいんだ? 優等生さんよ」
  ドスの効いた声でマグネスマッシュが問いかける。通路の発見でミッションの主導権を握れなくなったことへのあてつけだろうか。いずれにせよ、アンチェインドは評判以上におっかない連中だ。
 「えっと。シャッターの方は運搬口に通じているから……敵の傾向からすると……」
  どっちだろう? おそらくまだ薬の製造を行っているはずだから、運搬口の方ではないと思うけど……。
 「いや、もういい。わかった」
  思考はレインメーカーに遮られた。声にただならぬものを感じて、はっと正面に顔を上げる。
 「向こうから出迎えてくれるとはな」
  正面の扉。シャッターではない赤いドア。それがいつの間にか開かれている。向こうに立つのは複数の人影。ベージュ色の表面。裸なのか? 詳細は分からないが、一つはっきりしていることがある。                      
 「銃を持っている、武装してるぞ!」
  ブリンクの声が引き金になったかのように、室内に銃声が響き渡る。レインメーカーは水の防壁を展開。ブリンクは跳躍で狙いを逸らす。射線に入ることを恐れて真横に跳んだ僕の背後では、マグネスマッシュがフルスイングの真ん前で、右手を前に掲げていた。
 「一体何を?」
  あれだけの銃撃を受けてなお、彼の体は微動だにしていない。どういうことだろう。ガンメタルのような、硬質化能力だとでも言うのだろうか。
  異常性に気づいたのか、敵も銃撃を止めた。硝煙立ち上る銃口の前で、彼は伸ばした右腕を真横へと振り払った。
 「ふん……こんなものか」
  かんかんかん……。立て続けに何かが床に零れ落ちる。薬莢? いや違う。振り払った彼の腕から払い落とされるのは、先ほど発射された銃弾だ。
  そのまま、マグネスマッシュは腕を振りかぶった。麻袋で覆われた右手は、今や張り付いた銃弾で、訛り色の歪なグローブと化している。予備動作を悟った敵は再び銃を構えるが、彼の拳の方が早かった。
 「おらぁ!」
  明らかに加減した威力ではない。一歩の踏込で敵の眼前まで近づくと、鉛のグローブは手前三体を巻き込み、後ろに待機していた敵ごと、水平に吹き飛ばした。
 「ちょっと! そんなことをしたら死んじゃいますよ!」
  制圧よりも、確保優先。繰り返し教えられてきたこの事柄が、彼らにはまるで頭に無いらしい。
 「犯罪者にかける慈悲はない……それに見ろ。こいつらは人間じゃない」
  砕け散った手足の破片が、マグネスマッシュの足元に転がっていた。木だ。その腕は、木彫りの腕に金属の関節を設けて作られていた。
 「マネキン……」
  仲間が破壊されたことを気に止める様子もなく、再び敵は攻撃を開始した。マグネスマッシュから離れるように、距離を取り、散開し、各々部屋に散らばった、僕らターゲットに向かって引き金を引く。
 「動力もなにもないただの木の人形が、何で銃を?」
  敵がこちらに狙いをつけてきた。引き金が引かれるが、弾は軌道を捻じ曲げられ、中央で突き上げられたマグネスマッシュの右腕に引き寄せられる。                  
 「操作している奴がいるんだ。そういう能力」
  銃撃は無意味と悟ったか、敵は接近戦に持ち込むことにしたようだ。飛び掛かってきたマネキンに対して、対空の肘鉄で迎撃。右肘は胸を貫通したが、痛みを感じないのか、敵は両手を振り回してそのまま攻撃してきた。
 「クソッ、離れろ!」
  マネキンの一撃は想像以上に重たかった。このままでは意識を持って行かれかねない。
  何か無いのか? 何か策は……。
 「そうだ」
  ふと、右肘を支えている左の手の平が見えた。爆破する? この近距離で? それだと自分も爆風に……
 「いや、出来る!」
  左の手の平に火球を作りだし、能力を部分的に解除。
 「コントロールだ」
 火球を覆うエネルギーの膜が破れ、そこからまっすぐ炎が飛び出す。シンプルな燃焼反応で、僕に掴みかかっていた腕は焼け落ちた。
 「できた」
 飛び火した部分を手で覆い、熱を閉じ込め消火する。
 「裏で隠れてこそこそするのが強いんだ。ボーンヘッズの連中はな」
  傍らにテレポートしてきたブリンクが告げた。テレポートを繰り返し、マネキンに蹴りを入れていたが、敵は止まらずこっちに向かってきている。
 「ダメだ。俺はこいつらと相性が悪い。痛みを感じねえしひるまねえから、蹴りいれるだけじゃ倒せないんだ」
 「大丈夫です。僕が何とかします」
  水平に手をまっすぐ伸ばし、さっきと同じ要領で炎を放つ。爆風を一点に集中させるやり方は、おおよそコツがつかめてきた。反動で狙いがそれそうになる手首を抑える。視界を塞いでいた炎がはれた時、そこに残っていたのは燃えカスの炭だけだった。
 「大体片付いたか?」
  部屋全体に散らばる木片。フルスイングとマグネスマッシュの残した暴力の爪痕が、その威力を訴えかけている。あらかた倒してしまったか――
 「まだだ」
  新手のマネキンが赤い扉の奥に現れる。今度は銃を所持していない。握っているのは、木製の棒。千切れた椅子や机の脚を得物にしている。
 「キリがねえな……」                              
  マグネスマッシュが動いた。赤い扉を潜り、待ち受ける敵へと殴りこんでいく。
 「このままじゃらちが明かない。俺たちも行こう」
  横たわるマネキンを蹴倒しながら、暴力の渦中へと飛び込んでいく。
 「下がってください!」
  マグネスマッシュは素直に引いてくれた。道が開く。手の平の中の火球が、薄暗い通路にまばゆく光る。投擲。敵中心部に来たころを見計らって、能力を解除する。
 「ふん。流石はヘリングエースの子飼いだな。」
  爆風で吹き飛んだマネキン達を見て、マグネスマッシュはつぶやいた。
 「今……何をやった? どういう能力を持っている?」
  値踏みするような目を向けて来るが、さほどまでの威圧感はない。認められた、ということだろうか。
 「えっと。僕の能力は体表面からキネシスの膜を作ることです。基本的に全身に対して行えますが、精密な動作ができるのは手の平だけです。キネシスの膜は熱運動を閉じ込めて、エネルギーを逃がさず増幅させることができます。このガントレットには水が入っていて、水に熱を付加して水素と酸素に分解させます。その後能力を解除することで閉じ込めた熱エネルギーを放出させ、プラズマ状態から水素と酸素を反応させて……」
 「長い……簡潔にまとめろ」
 「水を爆弾に変えることができます」
 「よし」
  視界内に動いているマネキンは無し。爆発の後を見計らってレインメーカーが近づいてきた。
 「補給だ。腕を出せ」
  彼の肩に浮かぶ水の塊に、手首ごとガントレットを潜らせる。弁が設けられたガントレットのタンクは、これだけで簡単に水を補給することができる。
 「……これからどうする?」
 「奴ら、この奥からやってきた。能力の詳細は分からないが、マネキンに命を吹き込んでいる奴は、たぶんこの奥にいるはずだ。もしいつでも能力を発動できるなら、あらかじめマネキンを施設のあちこちに隠しておけばいい。恐らくマネキンを動かすためには、何か下準備が必要なはずだ。マネキンの近くに立って行わなければならない下準備が」
  レインメーカーの説明は、筋が通っているような気がした。                                             
 「敵がどんな野郎だろうと……とっ捕まえてぶちのめすだけだ」
 

 「準備完了よ。動かしてみて」
  マスクに内蔵されたレシーバーで、ボーンヘッズの仲間、ブレインジャッカーに通信を行う。
 「了解」
  変声期前のソプラノボイスで、ブレインジャッカーが答える。天井からつるされたロボットアームが、前後左右にスライドする。
 「どう? いけそう?」
  傍らに立つもう一人の仲間、マリオネットへと問いかける。鼻から上が無い髑髏のマスクをかぶった彼は、神妙な面持ちで答えた。
 「ああ。奇妙な感覚だ。確かに腕が動くのが感じられる」
  黄土色と緑の入り混じったローブの下で、右腕だけが力なく垂れ下がっている。まるで、『魂を抜かれた』かのように。
 「糸は?」
 「問題ない」
  頭上のアームから青白い糸が五本伸びてくる。真下に立つマネキンに触れると、糸はそれぞれ四肢と頭部へつながれた。
  マリオネット。そのコードネームの通り、彼は手から超能力の糸を伸ばし、触れた物を操り人形にすることができる。ほんのわずかに指を曲げただけで、能力者並みの筋力を発揮する、強靭な奴隷に。
  ロボットアームから伸びる糸が上下し、吊られた四肢が人間のように動く。上出来だ。
  目元を覆う牛の頭がい骨の下で、ボーンヘッズのリーダー、エクトプラズムは微笑んだ。
 「指先から糸を伸ばす、という能力だったけど……うまくいったわね。人間の認識なんて、あくまで主観的なものでしかない、ってことかしら。感覚を入れ替えたら、『指先』の位置まで変わる……」
  彼女の能力は、魂を切り離し、別の器に移し替えることだ。もちろん通常生物には魂など存在しないし、彼女の能力で具現化しているわけでもない。あくまで、ただのイメージだ。能力の本質は他人を一時的な超能力者に変えることだ。感覚を物体とリンクさせ、キネシスを使ってさながら自分の体のように、『魂の入った』物体を操らせることができる。                                      
 「モニタールームからロボットアームのカメラ映像が見える。それで敵を確認して」
 「わかった。だけど……」
  目じりの下がった目でマリオネットが見つめてくる。
 「奴ら、本当にこの部屋を通るのか? もし違うルートに行ったら……」
 「監視カメラの映像を見たでしょう? 彼ら、隠しルートを知ってた。明らかにこの施設の図面を持ってるわ。こちらの状況をどれだけ掴んでいるのかはわからないけれど、貯蔵室にしろ、製造室にしろ、必ずこの部屋は通るはず……ロメオからだわ」
  通信機に着信が入る。文字通り骨伝導のスピーカーから、男の声が響く。
 「ロメオだ……今どこにいる」
  ロメオ。今回の雇い主にして、ギャング組織、ブロウクンブレイドのボスだ。所詮はただの人間だが、取引相手は怒らせたくない。エクトプラズムは慎重に切り出した。
 「まだプラントです」
 「今出るところか?」
 「いえ。少々問題が発生しました」
 「問題だと?」
  さてここからが難しい所だ。深呼吸一つすると、エクトプラズムは静かに切り出した。
 「この製薬工場の情報がヒーローにばれました」
 「何だと! 相手はどこのどいつだ!」
  予想通り、たった一言でロメオは取り乱した。
 「落ち着いて下さい。まだ勝機はある」
 「どういうことだ?」
 「来たのは子飼いです。ヒーロー本人じゃない。まだここはそれほど重要視されていないようです」
 「どこの連中だ?」
 「アカデミーズ。それに、アンチェインド」
 「数は?」
 「合わせて五人」
 「なるほど……」
  しばしの沈黙。通話口の向こう側でロメオは考え込んでいるようだ。
 「奴らはどれくらいこちらのことを把握しているんだ?」
 「確かなことは言えませんが、恐らくそう多くはない、と判断できます。奴らは、車庫ではなく製造施設に向かっています。どうやらこちらが出荷できるだけの製薬を終えたことに気づいていないようです」
 「なら荷物をまとめて施設を放棄すればよいだろう。何故まだそこに残っている?」                       
 「それは……」
  横目でマリオネットの表情をうかがう。自分はリーダーだ。彼らの命を預かっている。
 「逃走にリスクがかかるためです。施設内に残ったブロウクンブレイドのメンバーと、我々三人。全員がそろって抜け出すためにはトラックが三台必要です。規模が大きくなると、それだけ逃走は難しくなる。隠し通路からハイウェイにアクセスすることはできますが、トラック三台を目立たずに発進させることはできません。なにより、集団で動けば敵に発見されて……」
 「何を馬鹿なことを言ってる? ギャングの連中など切り捨てろ」
  返ってきたのは、あまりにも無情な一言。
 「すいません。今なんと?」
 「薬だけ持ってこいと言ったんだ。俺の部下は切り捨てても構わん。薬の効能が確かなら、部下など後でいくらでも増やせる。この国は浮浪者に事欠かないからな」
 「わかりました……ですが、被害を抑えるために、侵入者の排除を試みた後に、逃走するか否か、決めさせてもらいます」
 「おい! 勝手な真似は……」
  かまうものか。通信を一方的に切断してやった。
 「ロメオはなんと?」
 「部下を切り捨てて施設を破棄しろと言ってきたわ」
  クソ。イライラする。切り捨てる? 彼らを? 
 「奴がそう言うのなら、早く準備した方がいいんじゃないのか?」
 「逃走するにしても、時間稼ぎが必要よ。彼らじゃ長くは持たない」
  事実彼らの魂を詰めたマネキンは、いともたやすく撃破されてしまっている。
  器が破壊され魂を取り戻した彼らの表情が、敵の強さを如実に物語っていた。
 「奴らの中にはテレポーターがいるわ。ハイウェイならいざ知れず、隠し通路じゃ簡単に追いつかれる。だからここを放棄するにしても、私達の誰かが残って時間稼ぎをしなきゃならない」
  それに、ギャング組織のメンバーだとしても、彼らは仕事を共に行ってきた仲間だ。                   
  仲間を見捨てるわけにはいかない。
 「けど、残って抗戦を続けたら、最悪薬は届けられない。シャーロット様の信用にかかってくる」
 「わかってる!」
  淡々と告げるマリオネットに、思わず感情が先走った。らしくない。
 「どうすれば……一体どうすれば」
 「こうしよう」
  肩を掴まれた。
 「な、なにを……」
 「いつでもトラックを出せるように、お前は車庫に待機。能力を使えるように、周りにマネキンとギャングの連中を待機させておく。もし敵がこの部屋を突破したら、その時は一人でロメオの所まで向かうんだ」
 「そんな。見殺しにしろと?」
 「俺が勝てば問題はない。それに、車を出せるのは、自分自身が直接戦いに出向かないお前だけだ。俺はアームを操作してモニターで確認しないと戦えない。ブレインジャッカーはナイフで攻撃しないと能力が発動しないし、俺と同じで見えなきゃ戦えない。いざという時に逃げられるのはお前だけなんだよ」
  普段はぼんやりしているくせに……。この瞬間、マリオネットは誰よりも頼もしい男になっていた。
 「わかった」
  あくまで仮定の話。そう自分に言い聞かせながら、エクトプラズムは準備に取り掛かった。自身の左目の『魂』を抜き取り、部屋の上にあるライトの一つに詰める。これで左目の視界から、ライトを通して部屋の様子を確認することができるようになった。敵が突破したか否かを。視界がクリアに映ることを確認すると、エクトプラズムはギャングを集めるべく部屋を後にした。

 「この部屋は」
 「かつての生産ラインですね。ここで薬を作ったり、品質管理を行っていたりしたようです」
  天井からぶら下がるいくつかのロボットアームに、部屋のあちこちに残された検査装置。
  ベルトコンベアまで残っているが、ボーンヘッズはこの部屋で製薬を行っているわけではないらしい。積もった埃は長らくここが使われていないことを示している。
 「さっきまで誰かいたみたいだ」
  床に残された足跡二つ。往復している足跡は、部屋の反対側から伸びていた。                            
 「奴ら、さっきまでここにいたようだ。近いぞ」
 「罠を仕掛けていたのかもしれん……奴らのような姑息な能力者ならやりかねないことだ」
  左右に目を配りながら、足跡の先、奥のドアへと歩く。嫌な状況だ。こうも遮蔽物が多いと、爆風がさえぎられてうまく広がらないだろう。
 「不気味だ。何も襲って来ない」
  マネキンはどうしたのだろうか。既に品切れ? 一向に姿を見せないが、視界を塞ぐ検査装置が、素直に安堵することを許さない。
  そうして、部屋の中央に差し掛かったその時。
 「何だ……これ」
  前方で何かが鈍く光る。青白く細い何かが、前を行くマグネスマッシュの肩に降りてきている。
 「危ない!」
  警告は一歩遅かった。こちらを振り向いた時には既に、その体が宙に持ち上げられている。つられているのは手足の先端。マグネスマッシュの体は操り人形のように宙吊りにされてしまった。
 「なんだこれは……? 動けん!」
  あれだけの筋力を持っているはずなのに、マグネスマッシュの体は空中で静止したままピクリとも動かない。そうして、僕らの目が空中に向けられたその時に、
 「ブリンク! 後ろだっ!」
 攻撃が始まった。
 「こいつら、隠れてやがったのか!」
  立ち並ぶ検査装置の間から次々にマネキンが姿を現す。呼吸も拍動もないマネキンによる奇襲。巧妙な配置と的確な攻撃で、僕らの陣形はあっという間に崩れた。
 「お前ら……いったん離れろ!」
  宙吊りの姿勢でマグネスマッシュが呼びかける。視線の先にあるのはフルスイングだ。ネジを巻くように肩をきしませ、攻撃の準備を始めている。
  彼に口を挟むまでもなく、僕らは言われた通りにその場から離れた。能力者の脚を活かして検査装置の上へ跳びあがり、そこから斧の射程圏外へ……
 「fuck!」
  しかし、斬撃音の代わりに聞こえたのは、フルスイングの罵声だった。思わず背後に目を向ける。
 「あっ!」                                     
  マグネスマッシュが地面すれすれまで降ろされていた。これでは間違いなく斬撃の巻き添えを受ける。致命的な隙何もできない無防備なフルスイングに、マネキン達は集団で拳を叩き込んでいた。
  振り払うようにマネキン達を殴りつけるフルスイングだが、多勢に無勢。一人突き飛ばすごとに、二、三発の拳が叩き込まれる。それでも驚異的なタフネスを発揮して孤軍奮闘していたが、いつまでのそれを許す敵ではなかった。
 「ぐっ!」
  マネキンの攻撃をいくら受けても答えなかったフルスイングが、上半身をくの字に曲げて嗚咽を漏らす。殴ったのは
 「野郎……」
  糸で吊られたマグネスマッシュだった。
 「……クソッ」
  歯ぎしりしながら再び拳を振りかぶるマグネスマッシュ。天井から降ろされた糸が、彼の手の先で超自然の光を放つ。
 「ぐぷッ!」
  二発目の拳はさっきよりも威力が増しているようだ。胃液の混じった唾を吐き、フルスイングの体がよろめく。
 「何とかしないと」
  何か弱点は無いのか? 糸の通じる先を目で追う。糸は天井から降りているわけではない。レールをスライドするロボットアームが、糸の終着点になっている。
 「クソッ! 離れろ!」
  ブリンクはテレポートを繰り返し、フルスイングを取り囲むマネキン達を蹴り飛ばしていく。だが、多勢に無勢だ。ダメージも少ない。そして、防御の姿勢を固めたフルスイングを襲うマグネスマッシュの拳。早急に打開策を見つけないと……
 「一か八か……」
  再び検査装置に飛び乗って、それを足がかりに天井まで跳躍する。狙いは一点、ロボットアームだ。アレを破壊することができれば、あるいは……。
 「そんな……」
  だが、そううまくはいかないらしい敵はこちらに対応してきた。即座に糸が巻き上げられ、マグネスマッシュが持ち上がる。狙いは明白。僕の頭上を跳び越えると、麻布で覆われた右腕がためを作った。避けられない……。
 「くっ!」
  空中で防御姿勢を取り、振り下ろされる拳を受ける。とんでもない威力。インパクトの瞬間腕が折れるかのような衝撃が走る。そして、ここは空中。糸で吊られたマグネスマッシュと違い、僕には衝撃を受け流す足がかりが存在しない。                                            
 「うわっ!」
  斜め下方向に叩き落とされたが、地面に直撃はしなかった。プールにでも飛び込んだかのような感覚。水のクッションが体を包み、落下の衝撃を和らげる。
 「ぷはっ!」
  顔を上げると、傍らに立つレインメーカーが見えた。
 「ありがとうございます。でも、もう打つ手は……」
 「そうでもない。見ろ」
  指の先にはフルスイングがいた。周りを囲っていたマネキンが、全て胴体を切断されている。刃を受けた検査装置も、上半分をスパッと断ち落とされていた。
 「あの一瞬の隙で、フルスイングは動くことができた。お前のやったことは無駄になったわけじゃない」
  だが、敵は既に新手を送り込んでいた。左右のドアが開き、五体満足なマネキンが姿を現す。その様子に一瞬底知れない恐怖が心をよぎった。
 「無駄ですよ。キリが無い。こっちは消耗する一方なのに、敵はどんどん湧いてくる」
  フルスイングの傷も浅くはない。マグネスマッシュの拳もそうだが、マネキンの攻撃だってあれだけ積もればどうなるか。そして再び彼を狙うマグネスマッシュ。同じ手が二回も通用するとは思えない。
 「無駄じゃないさ。一つわかったことがある」
 「わかったこと?」
 「あいつ、即座にお前に対応して攻撃してきた。つまり、あのロボットアームは致命的な弱点なんだ。アレを破壊できれば勝機はある」
 「けど、そんなの不可能です。近づけばさっきみたいに叩き落とされる。遠距離から僕の能力で攻撃したら、マグネスマッシュさんを巻き込んでしまいます」
 「構わん……」
  話が聞こえていたのだろう。マグネスマッシュが言った。
 「お前達とは出来が違う……フルスイングの斧ならいざ知れず、お前の爆破でひるむようなヤワな体はしていない」
 「そ、それは……」
  本気だ。彼は本気で言っている。このまま敵にいいように操られるくらいなら、爆破されてもいいと本気で考えているのだ。                                      
 「わかりました」
  右手に火球を作り出す。狙いは一点。釣り下がるロボットアーム。距離を稼ぐためにジャンプし、手の平をターゲットに合わせる。
 「喰らえ!」
  爆風の一点集中。さっきの部屋で編み出した新技で、釣り下がるアームを狙い撃つ。
  瞬間、糸が素早く巻き上げられ、マグネスマッシュが持ち上がる。アームにぴったりと張り付き、盾としてその体は爆風を全て受けた。
 「あ……やっぱりダメだ……」
  レザージャケットが煙を上げる。体は無事なのだろうか。いや、それよりもこんなうかつな判断で仲間を攻撃してしまうなんて。
 「ご、ごめんなさい。まさか……」
 「いいや……これでいい」
  灰の混じった息を吐きだし、マグネスマッシュが笑う。糸につられ、全身を焼かれ、関節も皮膚も徹底的に痛めつけられただろうに、彼は不敵に笑っていた。
 「これを狙ってたんだ。奴が俺を引き上げる……そう、完全に自分を覆うように引き上げることをな」
  右手が、麻布に覆われた腕が、ぴったりとアームに張り付いている。まるで振り落とそうとしているかのようにロボットアームは暴れまわるが、マグネスマッシュは離れない。
 「そうか! あの能力……右手を磁石に変える力!」
  アームには金属の部品が少なからず使用されている。マグネスマッシュが能力を行使している限り、どうあっても彼を下に降ろすことはできない!
 「敵も能力を解除することはできない。した途端に自由を取り戻したマグネスマッシュにロボットアームを潰される……あいつ、力任せの脳筋野郎かと思ってたが、結構やるじゃないか」
  ブリンクが肩を叩いてまくしたてる。ロボットアームは何とか彼を振り落とそうと、自分事天井や壁に叩きつけはじめた。
 「あのダメージ。長くは持たないかもしれない。アームを潰すぞ」
  肩を軽く叩くと、ブリンクはテレポートした。アームの近くに移動し、拳を構えて振りかぶる。だが、敵はまだマグネスマッシュの支配を解いていない。磁力を持たない左腕が、その攻撃を払いのける。
 「一人じゃ無理だ。それによくよく考えたら、俺だと決定打に欠ける。フレイムスロアー! 頼むぞ!」
 「えっと、何をすれば……」                       
 「跳べ、そんであの腐れアームに、炎をぶちかましてやれ!」
  レインメーカーの一言で、抜けていた力が戻ってくる。壁を蹴り、装置を蹴って、高さを稼いで天井へと登る。が、やはりダメだ。マグネスマッシュに振り払われて、思うように狙いがつけられない。再び落下――
 「いや、まだだ!」
  背後にテレポートしてきたブリンクが背中に手を当てた。そして、両足も
 「ちょっと荒っぽいけど勘弁してくれよ!」
  方向転換。背中を蹴られて進路が変わる。敵は既に攻撃を繰り出した後。わずかだが、隙はある。
 「今度こそ――」
  狙いは一点、アームの支柱。膜を開いて炎を解き放つ。ゼロ距離なら、何とかなるはず。爆風は――
 「やった!」
  アームを天井から切り離した。
  敗北を悟ったか、糸はするするとアームの中へ戻って行く。
 「よし。このまま突破するぞ!」
  レインメーカーの声で勢いづけられた僕たちは、そのまま部屋の出口まで敵をなぎ倒して進んで行った。
 

 薄汚い雑居ビル。空きフロアが目立つその建物の七階が、ブロウクンブレイドのアジトだ。
 「話によると、今あそこの連中は殆ど出払ってるんだよな」
  取引に応じなくなり、別の能力者、ナスティー・シャーロットと繋がりを持つようになった。今回のミッションに際して、レジスターはそう説明した。
 「直接的な恨みはないが、別の組織の力で勢力を伸ばされると厄介だからな」
  今いるのはアジトの向かい、ビルのてっぺんから伸びるクレーン。軽く助走をつけると、俺はそこからブロウクンブレイドのアジト目がけ、一息に空中に飛び出した。
  衝突は、あっけないものだった。ガラスを突き破った俺を見て、連中のボスだろうか、黒スーツの男が椅子から転げ落ちる。
 「な、なんだお前!」
  こちらが能力者であることは分かっているのだろう。相手は無理に攻め込んでくることなく、すぐにデスクの一つに隠れた。                                      
 「グレイブディガー! 敵だ! 早く来い!」
  拳銃を取り出して身を乗り出しながら男が叫ぶ。放たれた弾丸を身をよじって躱すと、俺は腰から二振りの得物、刀身の無いサーベルを構えた。
  嫌な予感がする。能力を使い、サーベル内部のカートリッジを液状化。柄を振り払う勢いで内部の液体を飛ばし、能力解除で固体に戻す。確かに部下は出払っているが、護衛のために能力者を雇ったようだ。物をなぎ倒しながら近づいてくる何か。空を切る音から察するに、何か刃物を使うらしい。蝋で作られた即席のサーベルを構え、俺は踏み込んだ。わざわざ戦いに付き合ってやる義理はない。放たれた弾丸は、俺の軌跡を一瞬遅く通過する。このまま、ここのボスを始末して、さっさと帰ってやればいい。
  顔面に跳んできた弾丸を叩き落とし、最後の一歩、距離を詰める。敵は弾切れ。刃を構え振り下ろす――
 「間に合った」
  はじいたのは金属製の棒だ。巨大な鎌を持った能力者が俺とターゲットの間に立っている。斜めにかけた髑髏の仮面は、顔を覆う役割を果たしていない。右目は髑髏の左目部分から覗いているが、それ以外はほぼ露出している。裾を千切った迷彩色のローブを着たそいつは、手首を返して俺の刃を弾いた。
 「護衛がいるとは聞いていなかったな」
 「わざわざ戦力を公言する馬鹿がどこにいる」
  確かに。それもそうだ。こちらが納得している間に、鎌使いは主を後ろに下がらせた。
 「さて、覚悟はいいか。侵入者」
 「ボーンヘッズの連中は殴り合いが苦手だって聞いてたけどな」
 「例外もいる……!」
  言うが早いがグレイブディガーは巨大な鎌を振り下ろしてきた。受けたサーベルがあっけなく砕ける。所詮は蝋。強度を上げた特注品だが、重たい武器には対処できない。
 「クソッ!」
  刃を失い後退する俺を追いかけながら、回転する刃が迫る。右へ左へ持ち替えながら、グレイブディガーは左右に並んだデスクを切り刻んでいく。力強い攻撃だ。だが、見切れないわけではない。机にぶつかるたびに、鎌の動きはわずかに鈍る。
 「今だ!」
  残った左手のサーベルで、振り下ろされた刃を受ける。瞬間、能力を発動。蝋の刃を液状化し、鎌の刃にまとわりつかせる。能力解除
 「ほぉ」                                        
  鎌は止まった。固体として力を受けるから壊れる。こうして刃と同化させてしまえば、敵を抑え込むのも不可能ではない。
 「面白い能力だな」
 「鹸化だ。蝋を石鹸に変える。液体にな」
  そのままサーベルを引き、鎌を手元に引き寄せる。何か仕掛けられる前に、俺は右手のサーベルに刃を作った。このタイミング。得物を手放さない限り、この攻撃はかわせない。
 「なるほど」
  しかし敵は攻撃を弾いて見せた。不意に支えを失って、左手が後ろに振り抜かれる。どういうことだ? 斬撃を弾いたのは金属の棒。先端にあったはずの刃が、すっかり消えてなくなっている。
 「なんだ? お前も武器を作るタイプの能力だったのか?」
 「さあな。それはこれからわかる」
  攻撃はあくまで、棒を使うようだ。さっきのようにからめ捕られることを警戒してか、敵はなかなか打ち込んでこない。打ち込んできたところを右の刀で防御。同時に左側から横なぎに切り込むが、棒の逆側で弾かれる。右、左、中央、足元。小刻みな牽制が続くが、敵は次第に後退し始めていた。
 「場所が悪かったな。狭い室内じゃ長い得物は不利になる」
 「言ってくれるな」
  挑発に乗ってくるような相手ではないか。なら、実力行使あるのみだ。一気に踏み込み、敵の防御を打ち崩す。姿勢が崩れた。動体ががら空きだ。左の刀を振りかぶり――
 「なんだ?」
  何かまずい。嫌な予感がする。まるで誘い込まれたような。一瞬の躊躇。それが、俺の命を救った。
 「くっ!」
  視界の隅で煌めく白刃。とっさのジャンプで直撃は避けたが、腹部から腰を刃がかすめ、一筋の血が流れた。
 「どういう能力だ?」
  危なかった。あそこでためらわず打ち込んでいたら、下半身に永遠の別れを告げる羽目になっていただろう。攻撃は横方向から現れた。さながらギロチンのようにスライドする刃。何の前触れもなく現れ、消える。あれは一体何だ?
 「クソッ」                                   
  振り下ろされる棒。当然敵も見逃してくれるわけではない。このまま接近戦を挑むのは危険だ。一旦距離を取らないと。
  状態を逸らして横なぎの攻撃を躱し、次いで振り下ろされる棒をバックステップで躱す
 よどみない連携だと思ったが、敵はさらに上を行っていた。
 「なっ⁉」
  棒高跳び。叩きつける勢いで踏み出すと、敵は棒に掴まって、頭上を跳び越えていった。
  とっさに振り向き剣を構える。だが、この隙は致命的だ。絡め取る間もないと見抜いた敵は思い切り棒を振り抜いた。
 「ってえ!」
  サーベルが砕け散り、勢いを殺されてはいるもののそれなり威力の打撃が頬に叩き込まれる。ふらつきながら体勢を戻し、距離を取りながら刃を形作る。大丈夫だ。次はない。今度こそ棒を絡め取ってやる。
 「大方、棒に蝋をまとわりつかせよう、と考えているのだろうが……無駄だぞ」
 「なに?」
  繰り出したのは刺突。防ぐこともままならず、後退以外に避ける方法が無い。引き戻される前に、強引に下からかち上げにかかるが――
 「ぐあっ!」
  まただ。今度の傷は浅くない。ふくらはぎをざっくりやられている。
 「クソッ」
  振り下ろされる棒。躱した先で待ち構える斬撃。敵のコンビネーションは熾烈で、まるで反撃を許さない。かろうじて避けることはできるが、すぐにかすめた刃の切り傷で全身が血に染まる。この時、俺はようやく攻撃の正体に気づいた。
 「消した刃は、こんなところにあったのか」
  斬撃は、鎌についていた刃によるものだ。空間移動能力。それが攻撃の正体。棒の先端についていた刃は、鎌がもたらす斬撃の隙間へと移動していた。
 「鎌で切断した『切り傷』へ刃を移動させる能力。それが正体と言うわけか」
  だから、始めに机をなぎ倒しながら進んでいたのだ。得物を持て余していたんじゃない。攻撃の布石を作るためだ。そして、さっきの棒高跳び。位置の入れ替えは成功した。
 「ご名答。気づくのがちょっと遅かったな。血を流し過ぎだ」                                          
  一つ一つの傷は浅いが、奴の言うことは正しい。呼吸と共に体から力が抜けていくかのようだ。俺が膝をつくと、サメが水面に背びれを出すように、床につけられた傷から血染めの刃が現れた。棒と同時に刃は動く。グレイブディガーが打ち込んだ瞬間に、刃は俺を襲うだろう。打つ手なし、か。俺はサーベルを持った手を床に降ろした。
 「どうした? 命乞いは聞いてやれんぞ。観念したというのなら、楽に殺してやらんこともないが」
 「まさか。策を練ってただけさ!」
  能力発動と同時に、左のサーベルを振り上げる。刃を構成していた蝋が液状化し、下方向から敵を襲った。
 「くっ!」
  が、当たらない。敵は一瞬早く後ろに跳び下がっていた。抜け目ない奴。敵を捕えるはずだった飛沫が天井にシミを作る。
 「無駄なあがきだったな。死ね!」
  グレイブディガーが棒を振り下ろす。刃は棒と対応している。白刃が俺を切り裂くだろう。通常ならば……
 「何⁉」
  しかし、刃は動かない。当然だ。
 「攻撃は、封じさせてもらった」
  能力を発動させたのは、左の刃だけではない。右の刃を傷口に差し込み、能力を発動。隙間に流し込まれた石鹸は刃を覆い、能力が解除された段階で、それをがっちり固定する。
 「ちっ! 小細工を!」
  刃を別の傷口に移動させ、再び棒を振りかぶる。小細工? 確かにそうだ。一時的に攻撃を防いだだけ。二度目はない。俺の体を切り裂くルートは、他にもまだまだ用意してある。
  だが、時間は稼げた。この一連のやり取りの間に、既に重力は仕事を終えている。
  どんな方向であっても、棒を振ればグレイブディガーの能力は発動する。だが、それ単体では攻撃として不十分。コンビネーションを成立させるため、奴は必ず俺に当てるように棒を振るはず。膝をついたのはわざとだ。左右を机に挟まれたこの状況。俺に一撃を当てるためには、棒を上から振り下ろさざるを得ない!
 「なっ⁉」
  予備動作に入ったグレイブディガーの腕が止まる。握っている棒の先には――              
 「まさか、貴様あの時!」
  さっき飛ばした石鹸が固まっている!
 「そうだ。あれはお前に当てるためじゃない。天井に当てるために飛ばしたんだ」
  天井から垂れ下がる液体が、粘性により鍾乳洞のごとく垂れ下がる。そして、グレイブディガーが棒を振り上げた瞬間
 「能力を解除すれば液体の石鹸は固体の蝋に戻る!」
  抜け落ちていく力を集め、俺は渾身の拳をグレイブディガーの顎に叩き込んだ。
 「勝った」
  動かなくなった敵を見下ろした後、俺は部屋から逃げて行ったブロウクンブレイドのボスを追った。
  

 「おらぁっ!」
  マグネスマッシュの拳が最後の扉を吹き飛ばす。あれだけのダメージを受けてなお、アンチェインドの二人は動きを鈍らせることがなかった。
 「ふん……ようやくお出ましか」
  たどり着いたのは貨物倉庫。搬入および搬出を目的としたエリアだ。待ち受けていた能力者は二人。一人は僕より頭一つ分背が高く、もう片方は背伸びしたって僕に届かないほど小さい。二人とも、髑髏を模した仮面をかぶっていた。
 「ようやく会えたな……ボーンヘッズ」
 「悪いが、そう簡単にやられるつもりはない」
  小柄な方が手で合図を出すと、マネキンが柱やトラックの影から姿を現した。
 「散々手こずらせてくれたが、もう逃げられねえぞ」
  言うが早いがブリンクが飛び出す。テレポート。狙いは、マネキンの主らしい、小柄な方の能力者だ。
 「させるか!」
  長身の方が仲間を庇いに走る。繰り出された蹴りは、その男によって防がれた。
 「くっ」
  だが、けっして無傷ではない。苦悶に顔を歪め、男が体勢を立て直す。
 「生身の人間が相手なら苦労はないぜ」
  腕を足場に跳躍。再び姿を消したブリンクが、今度は背後に現れる。                                      
 「喰らえ!」
  蹴りを繰り出すブリンク。しかし、一瞬のインターバルの間に、敵は防御を固めていた。近くにいたマネキンが、身代わりとして割って入る。
 「クソ。完全に隙を突いたはずだったんだが……」
  マネキンが集まってきた。体勢を立て直すため、再びテレポートで距離を稼ぐブリンク。その移動を引き金にして、全員が動き始めた。
 「うぉおお!」 
  雄叫びを上げマネキンの群れへと向かって行くマグネスマッシュ。だが、そんな彼の良く手を阻むように、長身の方の敵が飛び出してきた。
 「手前は操り人形の方だな……借りは返させてもらうぜ」
  麻布の中で音を鳴らすマグネスマッシュの拳に一歩も引くことなく、その長身の男は向かい合った。
 「ここを通すわけにはいかないんだよ」
  そう言うと、上方向に何かを投げる。細長いポール。駒の幅が狭いディアブロ。奇妙な形状のその道具は、何らかの吸着機構を持つのか、円の部分を接触面にしてコンクリートの柱にくっついた。
 「ふん。何をするつもりか知らんが、隙だらけだ!」
  その道具からは、先ほどと同じように細長い糸が伸びている。構わず突進してくるマグネスマッシュを防ぐように、マネキンが一つ、ポールの下に身を躍らせた。衝突。
 「なにぃ?」
  マネキンが、マグネスマッシュと互角に組み合っている。その手足から伸びる青白い糸。
  さっきと同じだ。操る対象こそ違えど、超常の力を持つマリオネットが再び現れていた。
  ただの操り人形であれば、その動作は指先で糸が引かれただけのもの。決して能力者と互角に打ち合うことなどできない。僕はブリーフィングの後にレインメーカーに聞いた話を思い出した。
 世界は人間の主観の上に成り立っている。誤った情報を真実だと思い込むことで、世界そのものを捻じ曲げる。超能力の正体はそれだと。
 これは、何も自分自身の中だけで完結する話ではない。第三者にその力が存在していると思い込ませることができれば、その思い込みから新たに超能力を形作ることができる。                                            
 この場では、あの操り人形がそうだ。操り人形の動きが人間に近づくことで、僕らは両者の違いを誤認する。そうした主観によってキネシスが引き起こされ、敵対する者は自分の起こした超能力でダメージを負う。そのための儀式。これがボーンヘッズの正体。
 彼らは伊達や酔狂で黒魔術の真似事をしているわけではないのだ。
 「なるほど……難儀な能力だな。マリオネットは糸の張力で操作する。上から下に糸を垂らすために、わざわざ、あんな道具を使わなきゃならないのか」
  さっき操られた経験からか、マグネスマッシュは後ろに下がった。マネキンの背後で、敵能力者が糸を繰るのが見える。ポールにも糸が結ばれているらしく、敵は右手でマネキンを操ると同時に、左手でポールの糸を操作し、柱の表面を滑らせてマグネスマッシュに近づけていく。
 「やるじゃねえか」
  加勢に向かうべきだ。だが、マネキンの攻撃が激しい。こちらの攻撃を学んだか、敵はむやみに集まることなく散開し、ヒットアンドアウェイでじわじわとこちらを削ってきている。数に物を言わせた戦術とは違う。遮蔽や地形を生かしたゲリラ的戦術。
 「クソッ!」
  柱の陰に隠れて炎を避けるマネキン共。つきかけたガントレットの水を、レインメーカーに補給してもらうが、戦況は思うようには動いてくれない。
 「しぶとい連中だ!」
  ブリンクは小柄なほうの能力者を追うが、マネキンに阻まれなかなか近づくことはできない。
 「厄介だな。しかし、なんで、敵は攻めてこないんだろう」
  裏拳でマネキンを弾き飛ばしながら、レインメーカーが言った。
 「マネキンの数が尽きたんだろうか。明らかにさっきの二部屋で見せた積極性、みたいなものが無くなっている気がする。攻めているというより、守っているみたいだ」
  マグネスマッシュは、宙からつられた操り人形と闘っていた。時折隙をついて、長身の能力者本人による攻撃が挟まる。一発一発の威力は低いが、あの連携は侮れない。
 「それは、ここに奴らの守りたいものがあるからじゃないんですか? だからあの二人も逃げずに踏ん張っている」
 「確かにそうだ。でも……」
  何か言いかけたレインメーカーを遮って、フルスイングが口を挟んだ。
 「おい。お前」
  低くしわがれた声、彼が指名したのは僕だった。
 「何ですか?」                                    
 「奴らを潰す。協力しろ」
  会話の為だろう。ヘッドフォンは外してある。
 「協力? どうすれば?」
 「さっきと同じようにだ。俺が奴らの所に突っ込むから、援護しろ」
  それだけ言うと、会話は終わりだと言わんばかりに、再びヘッドセットを頭に戻す。
 「え、えっと」
  何が何だかわからないけど、とりあえず従うことにした。
 「やあっ!」
  フルスイングへと襲い掛かったマネキンに向かい、炎を発射。危険を察知したか、敵は素早くトラックの裏に隠れる。
 「ああ、やっぱりダメ……」
 「フン」
  フルスイングの腕が消えた。直後襲いくる衝撃音。彼の巨大な斧は、トラックごとマネキンを引き裂いていた。
  敵が物蔭に隠れるのなら、物蔭ごと引き裂けばいい。あらためてアンチェインドの無茶苦茶さを見せつけられ、僕は戦慄した。
  連携も、圧倒的な暴力の前には無力。フルスイングの力によってマネキンは徐々にその数を減らしていった。柱やトラック、積み上げられた何かの荷物が、巻き添えを喰らって砕けていく。さながらハリケーンが通過した後のように、部屋はすさまじい様相を呈していた。
 「クソッ!」
  残すところ、自身を取り巻く護衛のみとなったところで、小柄な方の能力者は駆け出した。後を追うブリンクとレインメーカー。テレポートを繰り返し追いすがるブリンクとは対照的に、レインメーカーは何かを見つけたのか不意に立ち止まった。
 「何だ?」
  気になるのはやまやまだが、今はマグネスマッシュに加勢するのが先だ。
  マネキンがマグネスマッシュと組み合ったタイミングを見計らって、背後に立つ能力者に火球を放つ。防壁の無い状態。爆風を防ぐ物はない。不利を悟ったのか、彼は、素早く能力を解除して、即座にその場から離れた。
 「逃がすか!」                                  
  爆風を耐えきったマグネスマッシュが、ダメージをものともせず追いかける。
 「待て」
  彼にならって追いかけようとしたところ、レインメーカーに呼び止められた。
 「なんです?」
 「妙だ」
  彼が指し示したのは倉庫の暗がり。指の先にはマネキンがあった。
 「これがどうしたんです?」
  十数体のマネキンが、動かずにじっと並んでいる。
 「おかしいとは思わないか? 何故こいつらは襲ってこないんだ?」
 「一度に操作できる数に限りがあるのかもしれません」
 「だとすれば、何故あの小さい奴は向こうに行ったんだ? マネキンに自分を守らせるなら、この場所に来るのが一番だったはずだ。数の制限にしても、あれだけ破壊されたんだ。操作できる『空き』 は十分なはず……」
  考え込んでいたレインメーカーは背後からの攻撃に気が付かなかった。残された数少ない『動く』マネキンが、物蔭から飛び出し襲い掛かる。
 「危ない!」
  脇へレインメーカーを突き飛ばし、正面からマネキンを蹴りつける。火球を作る暇はなかった。攻撃を受けたマネキンは深追いすることなく、再び残された柱の陰に身を隠す。
 「助かった……一つ貸しだな」
 「いえ、これで貸し借り無しです」
 「言うようになったじゃないか」
  マネキンを警戒して、柱の影を注視する。と、次の瞬間――
 「えっ?」
  崩れ落ちるマネキン。さながら糸の切れた操り人形のようだ。だが、このマネキンからは、例の青白い糸は伸びていなかった。
 「やはりそういうことか!」
  この不可思議な現象に対し、レインメーカーは一つ合点がいったようだ。しかし、その表情はけして明るい者ではない。むしろ逆。何か深刻な事態に気づいてしまったかのうような……
 「ブリンク!」
  先を行く仲間にレインメーカーが叫ぶ。だが帰ってきたのは返答ではなく、驚きの声だった。
 「何だこいつ……⁉」                              
  顔を見合わせると、僕らは一目散に駆けた。彼らが向かったのは、倉庫内の小部屋。かつては警備員が使っていたガラスの窓の備え付けられたモニタールーム。そのドアが開かれ、中の様子が明らかになっていた。
 「これは……?」
  予想していなかったのだろう。レインメーカーも言葉を失った。中にいたのは二十人ばかりの人、人、人。ぎっしり詰まった彼らの傍らに追いかけていた小柄な能力者が立っている。髑髏のマスクを逆さにかぶり、目元から上を覆ったその人物は、どういうわけか、詰め込まれていた人間の一人をナイフで突き刺していた。
 「いいか。こうなりたくなかったら、さっさとトキシックリーパを使え。お前達の分は残してあるんだ」
  変声期前の高い声で、小柄な能力者は告げた。ナイフによる出血は少ない。僕らの見ている前で、刺された男はみるみる生気を失って行った。淀んだ瞳がこちらを睨む。両足が、不格好に曲がり、跳躍の姿勢を取った。
 「来るぞ!」
  その歪な姿勢からは考えられないほど、男の動きは素早かった。僕ら二人はかろうじて躱すが、重い得物を持つフルスイングは避けられない。
 「くっ」
  組みついてきた男を捕まえ、フルスイングはなんとか引きはがすことに成功した。引っかかれたのだろう。裸の上半身に、三本赤い筋が入る。
 「心配するな。奴は無事だ。体内に打ち込まれたナノマシンで、僕に体を乗っ取られただけ。一週間もすれば元に戻る。死ななきゃな!」
  激励……なのだろうか。少年の言葉を受けて、小部屋に押し込められていた人間は次々に立ち上がった。そろって首筋に何かを打込んでいく。先の発言を鑑みれば、その正体は明らかだ。
 「トキシックリーパ」
  身体機能を無理やり引き上げ、知性を奪う違法薬物。体を乗っ取られるよりましだと判断したのか、中にいた人間は徒党を組んで押し寄せてきた。
 「クソッ! 一体どうなってんだ?」
  テレポートで一足早く距離を取るブリンク。そんな彼を追いかけ、レインメーカーは信じられないことを言った。
 「いいかブリンク。今すぐこの道をまっすぐ進んでくれ」
 「道? この貨物搬入路のことか?」
  渡されたマップによると、まっすぐ行けば高速道路に通じている。                                      
 「一体なんで?」
 「足りないんだよ。敵が一人」
 「どういうことだ?」
 「マネキンを操作していた奴がいない」
 「あのちびじゃねえのか⁉」
 「違う。俺たちはそう思い込まされていただけだ。事実マネキンに余りがあるのに、新手が現れる気配がない」
  敵はマネキンから生身の人間に替わっている。知性を伴っていたマネキンとは打って変わって、彼らの様子は獣そのものだ。
 「そして、マネキンはまるで糸が切れたかのように倒れた。有効射程範囲から遠ざかったんだ。マネキンを操っていた奴は、ここからどんどん離れてる」
 先ほどまでのゲリラ戦法とは打って変わって、極めて直接的な攻撃が続いている。
 「おい待てよ。そいつは仲間を置いて自分だけ逃げてるってことにならねえか? とすると……」
 「ああ。そいつは、何かを運んでいる」
  何か、今回のミッションを思い出せば、その答えは明白だ。
 「トキシックリーパ!」
  言うが早いがブリンクは飛び出した。敵は恐らく乗り物を使っている。追いつける可能性があるのは彼だけだ。
 「僕たちは、どうすれば……」
 「ここにいる全員を確保する。後のことは、ブリンクに任せるしかない」
  

 「死なないでね。二人とも」
  既にルートの半分は過ぎた。ハイウェイまでの隠し通路はおよそ十五キロ。あと、五分も待たずに、この施設を出ることができる。
  まっすぐ車を走らせる。ただそれだけに集中すればよい。だが、何か気になる。後に残してきた二人のこと? いや、そんな漠然としたものではない。何か、もっとはっきりとした……
  言いようのない不安に駆られ、エクトプラズムはサイドミラーを覗いた。
 「そんな……」
  鏡の中に現れる影。人の輪郭を持ったそれが、姿を消しながら、次第にこちらに近づいてくる。
 「まさか、あのテレポーターが?」             
  距離はまだ遠い。だが、いずれ追いつかれるだろう。幸いにしてここは直線。リスクは大きいが加速はできる!
  地下トンネルのオレンジの照明の中、エクトプラズムはさらにアクセルを踏み込んだ。この速度でハイウェイに合流するのは危険だが、やるしかない。
 「待ちやがれ!」
  もう、声が聞こえるところまで追いつかれたというのか? ドップラー効果で奇妙に歪みゆく敵の罵声を聞きながら、エクトプラズムは戦慄した。早急に何か手を打たねば。
  懐に手を伸ばす。取り出したのは、どこにでもあるテディベアだ。急場しのぎの器だが、これしかない。
 「止まれ!」
  とうとう敵がボンネットの上に姿を現した。相対速度は働かないらしい。恐るべき能力だ。だが、準備は済んだ。
 「この――ぶっ⁉」
  拳を振り上げた敵の顔面を小さなシルエットが通過する。すれ違いざまに拳を叩き込んだそれは、ルーフの上に着した。
 「ぬいぐるみ……レインメーカーの言ってた通りだな。マネキンを操作していたのはお前か」
  どうやら、頭の切れる能力者がいたようだ。テディベアの視界で、敵の出方をうかがう。
  移したのは左目と両足、それに右手だ。大丈夫。ハンドルさえ握っていれば、トラックを制御することはできる。
 「やってやろうじゃねえか」
  敵が動いた。踏込と同時に軽いジャブ。それを避けると真横からフックが飛んでくる。
  拳をジャンプして躱すと、反対側の腕が打ち込んできた。
 「くっ!」
  パワー不足だ。同時に拳を打ち出したが、ぬいぐるみは力負けしてルーフに叩きつけられた。そのまま踏みつけに来る敵。かろうじてこれを避けるが、いかせんルーフは狭い。逃げ場はほとんどなかった。
 「くそっ!」
  このままじゃじり貧だ。パワー不足。リーチも足りない。加えてこちらは運転をこなさなければならず、相手はテレポーターときている。何か……この状況を打開する策。逆転の一手は……
 「ぐっ!」                                    
  次の一撃は躱しきれず、魂の無い左腕が犠牲になった。敵の靴底で左腕は無惨にもひしゃげ、千切れた接合部から綿が零れ落ちる。痛みはリンクしていないとはいえ、あまり見ていて気分のいい光景じゃない。ほつれた糸が、肩口から風に吹かれて漂っている。何かに引っかかったら、それだけで命取りに――
 「いや……引っかかる……?」
  車内からウィンドウに目を走らせる。車道の隣にはインフラ整備用の歩道がある。二つの道は柵で分断されていた。
 「これを使えば――!」
  再び上から降ろされる足、横に跳んでそれを躱すと、持ち上がる前に靴の上に上がる。
 「ちっ! この!」
  振り払おうと放たれる蹴りを足がかかりに、敵の顔面まで跳躍。そのまま拳を叩き込む。
 「ちっ」
  だが、今度は不意を突けたわけじゃない。ぬいぐるみの柔らかい拳では、致命傷を与えることは不可能。そして、体が小さくなってしまったが故に生まれる、致命的なまでの滞空時間。敵がぬいぐるみの体を車外へ落とすのは必然だったと言える。
 「手間取らせやがって」
  邪魔者を廃し、再びボンネットからウィンドウを覗きこむ敵能力者。彼はまだ気づいていない。さっき、『わざと叩き落とされたということに』
 「くら……え?」
  振り上げた拳が止まったかと思うと、テレポーターは猛スピードで目の前から引っ張られ、車外へと転落した。
  牽引を引き起こしたのは毛糸だ。さっき靴の上に乗った時に、肩の傷口からほつれた毛糸を靴に結び付けておいた。そして、わざと殴られ叩き落とされる。毛糸がほつれきる前に、ぬいぐるみに宿った右腕は、間仕切りの柵を掴むことができた。
 「きわどい賭けだった。もし自分から飛び降りたりすれば、恐らくテレポートで絡んだ毛糸から抜けられる。完全に不意を突かない限り、絶対に奴は落っこちてくれない」
 「確かに、そうだな」
 「えっ?」
  恐る恐るコントロールの戻った体で、九十度右に目を向ける。そいつは助手席に座り、挑発的に、ひらひらと手を振ってきた。                                  
 「完全に不意を突かれたぜ。まさか、あんなやり方で叩き落そうとしてくるとはな。一瞬早くテレポートしていなかったら、確実に取り逃がしていただろう」
 「な、何故だ。そもそも車内にテレポートできるなら、とっくにやっているはず……」
 「今日はいいとこなしだったからな。このままじゃヤバイと思って、土壇場で賭けに出たんだよ。そしたら、うまくいった。成長できたみたいだな。うん」
  ふざけるな。敵を落とそうとそうと放った蹴りは、しかしやすやすと受け止められた。
 「それじゃ、『確保』だ」
  顔面に衝撃。テレポーターの拳を受けて、エクトプラズムの意識は闇に沈んだ。
 

 「無駄に手間取らせてくれるじゃねえか」
  結局、グレイブディガーの健闘むなしく、組織のボスは遠くには逃げられなかった。車内に横たわる死体はパニックの表情のまま固まっている。胸から突き出した刃を引き抜き、石鹸に変えてこびりついた血液ごと排水溝に流すと、俺は奴の乗っていた乗用車のドアを閉めた。
 「終わったな」
  近隣住民の通報を受けたのだろう、パトカーのサイレンが近づいてくる。
  ヒーローに見つかったら厄介だ。さっさと退散することにしよう。
  体を動かすたびに痛む全身の傷に顔をしかめながら、俺はビルの屋上まで駆け上がった。
 

 「えっ?」
  ハンズアップ。降参の印。あれだけ暴れていた二人の能力者と、トキシックリーパの影響下にある人間たちは、一斉にその手を止めた。
 「何考えやがる……」
  糸を切られて落下するマネキンを眼前にして、マグネスマッシュが唸る。あれだけ凶暴化していたトキシックリーパの奴隷たちも、まるで動かない。まあ、この点に関して言えば、その全員が長い時間を待たずして、能力者の影響下に落ちたことが原因だけど。
  さながらゾンビ映画のように、噛みついた人間から人間へ支配力が拡大する能力。まともに戦えばさぞ恐ろしかっただろう。だが、その主、髑髏のマスクを逆さにかぶった少年は、支配下にある人間同様、両手を頭の後ろで組んでいた。                                          
 「確保できたぞ」
  ブリンクからの通信。うまくいったのだ。マネキン達を操っていた能力者を倒し、捕えた。
 「おい……説明しろ」
  マグネスマッシュにまた胸倉をつかまれた。
 「えっと。彼らの目的は時間稼ぎだったみたいです。一人が薬物を無事に外に運び出せるように、ここで僕らの注意をひきつける。レインメーカーがそれに気づき、ブリンクがその運搬係を止めました。時間稼ぎは失敗。戦う理由はなくなったみたいです」
  恐らく初めから自分達は犠牲になるつもりだったのだろう。ボーンヘッズ。犯罪者集団なりに、意地や矜持はあったということか。
 「ちっ……スマートなやり口だな……気に入らねえ」
  アドレナリンのやり場に困っているのだろう。マグネスマッシュは僕を突き飛ばすと、何かを振り払うように乱暴に空を掻いた。
 「すぐに、迎えが来るそうだ」
  ひとしきり本部と通信した後、レインメーカーが言った。
 「戦闘データは移動中に回収するとのことだ。念のため洗っておけ」
 「データをですか?」
 「頭だよ。取り出し口に血がこびりついてる」
  傍らでは、マグネスマッシュがフルスイングと共に、互いの傷を検分していた。
 「それほど頭が回るのに……何故気づかないんだ……?」
  最後に彼がぽつりとこぼした言葉は、何か不穏な響きがあった。
 

 「戻った、ぜ……」
  ダメだ。思ったより出血が激しい。あの鎌野郎。やってくれるじゃねえか。
 「エリック!」
  頭の中に声がこだまする。正確には文字のイメージが、だが。
 「ひどい傷。とっても痛い」
  テレパスである彼女には、共有する感覚として俺のダメージが伝わっているのだろう。アジトの奥から飛び出してきたヘッドセットが、小さな背中で俺を支えた。
 「悪い……」                                     
  何事かと後を追って顔を出したストレイドッグの仲間が、すぐに彼女を手伝ってくれた。抱え込まれるようにして、暖炉の前のソファーまで運ばれる。ヘッドセットはすぐに冷やした氷を持ってきてくれた
 「無事かい? 色男」
  アイアンロッドが傍らで笑う。からかうような口調だが、言葉の節々にある緊張は隠しきれていない。
 「敵は?」
  彫の深い顔立ちをしたロックが、渋い声で問いかける。
 「一人……手練れだった」
  ヘッドセットが氷を押し当てる。さっき処方された鎮痛剤が効き始めた。
 「無事に帰ってくるって言ってたのに」
 「悪い」
  ヘッドセットの声は俺だけにしか聞こえない。その点に限って言えば、テレパスは便利かもしれないな。
 「これでも、あの女が好きだって言えるの? あなたをこんな目に合わせて、平気な顔をしているあの女が?」
 「包帯を巻いてくれたのは彼女だ」
 「流石色男は扱いが違う」
  アイアンロッドは面白くもなさそうにつぶやいた。
 「正確には、彼女の呼んだ医者だ」
  訂正したが、どちらにせよ対して意味は変わらない。怪我をしたのが俺じゃなかったら、彼女は決して動かないからだ。
 「ただ働くだけじゃなくて、彼女に魂まで渡すつもりなの? エリック」
  嫉妬。ヘッドセットの歳を考えれば、かわいいものなのかもしれない。だが、性質の悪いことに、彼女の主張には一抹の真実が含まれている。
 「そんなつもりはないさ。俺はただ、ここを大事に思っているだけだ。利害の一致。それだけ」
  本心でもあり嘘でもある。この複雑な感情を受けて、ヘッドセットはただ静かに首を振った。~
 #navi(活動/霧雨/vol.35/I wanna be the)