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京都工芸繊維大学 文藝部

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 #navi(活動/霧雨/vol.2)
 *宝の地図を捏造(つく)ろう! ―― [[五島顕一>部員紹介]] [#tf0c9020]
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  丸島昇はさっそく取り掛かることにした。
  まず道路地図を参考に行きたい場所を決める。まだ行ったことのない、距離的には30分そこそこで着ける場所を選ぶ。
  次に、自由帳から1ページを丁寧に破き取り、その道順を墨と筆で書く。この時、わざと全体を右にねじって書く。ヒトは右足のほうが地面を蹴る力が強くて、まっすぐ歩いているつもりでもいつの間にか左に曲がっている、というのを考えてのことだ。それに、図書館の歴史の本に載っていた古い地図って今見ればいい加減なものばっかりだったと思う。
  縁台の下に隠しておいた、焼いた砂と砕いた炭の入った四角く平べったい缶を取り出して縁台の上に置く。もともと都会の親戚からのお中元のお菓子詰め合わせが入っていた缶だ。その缶の中に先ほど書いた地図を入れ、蓋を閉めて3分か5分くらい振る。地図を取り出すと表面は炭で薄汚れ、砂粒がめり込んでキラキラと光沢を放つ。さらに、あちこちに細かな傷がついて端が適当に折れるから引き込まれるような雰囲気が出る。
  加工した地図を一番南の部屋に持って行き、日当たりの良い窓辺に干して日焼けさせる。この時、セロハンテープを使うと剥がす時に面倒なので付箋を用いる。地図に付箋を貼り、乾燥している端に糊を塗ってガラスに貼り付ける。
  地図を貼り付けた場所の隣には先週に貼り付けていた別の地図がある。この地図には山道のキャンプ場までの道が示されていて、目的地にはなぜか『秋』という字が書いてあった。
  ええと、僕はどういうつもりで『秋』と書いたっけ?
  少し考えても思いつかないが、他にいい色に焼けた地図もないので、今日はこれを持って行こう。
 
  待ち合わせ場所までの道中、今日の冒険の道順を頭の中で反芻しながら気分を高揚させていく。事前に調べた道だとしても実際に歩いて踏破しないと分からないことがある。幹がナメック星の最長老様の顔に見えるスギの木、雨上がりの山道で泥を踏んだ時の粘っこく足を引き込まれる感覚は道路地図には書いていない。水溜りで見つけたカエルの卵は粘液がヌルヌルでツルツルとしていて、その中に固いものがコシコシとしていたけど、まとめて思いっきり掴んで持ち上げてゲン太たちを追いかけた時の、あいつらが本気で逃げていった様子のほうが面白かった。いっぱいに走るから、カエルの卵をどこかに投げてしまったことには後で反省した。樹(いつき)ちゃんが転んで月面宙返りした後泣いていたから、体中の熱が一気に削られるくらいヤバイと思って手をぼんやり伸ばしたら、樹ちゃんは俺の粘液まみれの手を見て「ひっ!」と小さく叫んで舞空術のスピードでミッキーの後に隠れていたな。あの時のミッキーは無言で俺のことをスーパーサイヤ人みたいに睨んでいたから、ギニュー特選隊のグルドに金縛りの術を受けたクリリンみたいに動けなかった。もちろん、後で謝り倒した。
 
  秘密基地に着いた。うっそうと雑草が生えた空き地に放置された工事資材が馴染んでいる。四角く積まれたコンクリのブロックの1辺と、裏の空き家の壁との間にビニールシートを渡して縛り付けて屋根を作ってある。簡単ではあるが秘密基地の雰囲気にはこれで十分だ。地面に敷いてあるレジャーシートの上に座り、待つことにした。
 
  「やっほ~」
  最初にやってきたのは樹ちゃんこと、植下樹だった。大きくて円らな目は澄んでいて、僕はこの瞳が悪戯っぽく笑うのを知っている。同じクラスの女のニキビの話は五月蝿いが、樹ちゃんの小さくて形の良い鼻の近くに指を突き立てても滑っていくのだろうな。やや日に焼けた髪を左右二つに結んだ赤くて丸い髪留めは、白い水玉模様と緑で苺に見立てられる。
  「アレ、どうしたの?」
  「僕は今来たところだよ。気にしないで」目の焦点を樹ちゃんの後方にずらす。顔の辺りばかり見ているのが良くなかったようだ。少し申し訳ない。
  「ふ~ん」樹ちゃんは向こうのほうを向いた。不機嫌なのだろうか?
  ダリを意識し過ぎて間違えていそうな淡い水色のキャラクターがプリントされた白地のTシャツ。袖の明るい水色は肩を通り越して襟の辺りまで続いていて、白地との境界線は襟ぐりと腋の下を結んでいるが、僕はラグラン・スリーブという言葉を知らなかった。僕にとってはカーキ色の綾織綿地のハーフパンツも黄土色の半ズボンなのだ。布地も靴紐も真っ白なスニーカーは客観的に言えばむしろ中学校の校則に備えて買った運動靴なのだが、僕にとっては眩しかった。
 
  ケタケタ・・・。
  ふと見ると、樹ちゃんは腹を抱えたり、膝を叩いたり、手を打ち鳴らしたりしながら向こうを向いたまま乾いた声で笑っている。
  「どしたの?」
  「・・・」何か言おうとこっちを向く。また向こうに振り返って膝をグーで殴り始める。彼女にしか分からない笑いの壷に嵌ったらしい。
  「何がおかしいんだよ!」
  「へ!?」いつきちゃんの反応に、僕の言葉が不意にイラついて語気が強くなっていたことに気がつく。やってしまったかも知れない。カエルの時もそうだったけど、直後になってやっと気付く僕のサガが悲しい。
  「なんでもないよーだ!」あ、あんまり気にしてなさそうだ、よかった。
  「ところで、ゲン太とミッキーはまだか?」
  「え、ええと多分、ミッキーの家でファミコンやってると思うよ」また激震フリーザか。
  「おいおい、あいつら約束忘れてるのか?」
  「ほっときましょうよ」
  「ほっとくって、呼びに行かなかったらあいつらうるさいぞ」
  「いいのよ、時間忘れているほうがだらしないのよ」僕は何か樹ちゃんに不審な何かを感じたが、気のせいということにしておいた。
 
  僕はすくっと立ち上がり、振り返って「全員、集合!」と号令をかける。
  「植下隊員、集合しました!」毎度のことながら、必ずノってくれることに感謝したい。
  「今回の指令! この地図の・・・」と言って地図を取り出す。「・・・『秋』の字が書いてあるこの場所に行き、調査したいと思う。」
  「丸島隊長! 疑問点があります!」
  「?」
  「その『秋』の字、私にはのぎへん(禾)ではなくきへん(木)に見えます!」本当だ。確かに払い棒が一本足りない。
  「・・・ただの書き損じか、それとも何か意味があるのかは分からないけど・・・、樹ちゃん、良く気づいたね。」本当は僕の書き損じだろうけど認めてしまうのは決まりが悪い。この地図は僕の家の縁台の下から掘り出したことにしてあるから、意味があるかどうかは僕にも分からないことになるはず。
  「漢字の勉強は重要だよ、昇クン」
  「へ?」
 
  さて、出発して山道に入ってから数分で気づく。僕と樹ちゃんとの間に共通の話題がないのだ。前を歩く僕は、前方の道や木や岩肌に面白いものがないかと首と目をしきりに動かす。しかし、面白いものはふと見つけていたものなので、探そうとすると気ばかりあせって見つけられない。樹ちゃんは僕の落ち着かない様子に気づいているはずなのに、黙ってついて来ている。頭が熱くなり、この前のカエルのことが頭の中で押し広げられていく。
 
  地図に示した最後の角を右折すると、簡単な鉄製の柵が見えた。どうやら目的地のキャンプ場に着いてしまったらしい。近づくとその高さは僕らの胸ぐらいまで来る。
  「勝手に入っていいの?」「構いやしないさ」ただの挨拶だ。鉄柵の脇ががら空きなのでそこを通る。
  ヒノキ林の間を抜ける道の10メートル先で、丸太小屋が木肌の落ち着いた黄色を晒している。材質はやはりヒノキだろうか。このキャンプ場の管理棟かもしれない。
  「あの小屋で休憩しよう」「うん」
  屋根のひさしの裏にクモの巣と単一乾電池大の虎柄のクモを見つけたが、構わずに玄関から入る。
 
  小屋には人の気配がなかった。僕らは安心して玄関の段差に二人で座り、僕は上半身を背中側に倒して仰向けになる。その勢いで段差の埃がふうっと舞い上がって目に染みる。暫くまばたきをした後地図を手に取り、あたかも脆いものを扱うように慎重に広げて天井にかざす。書き損じた『秋』を見つめながら、脳の中に電気信号が縦横に走り回るのを感じた。学校で見せられた教育ビデオのCGが前頭部あたりにイメージされる。覗き込んでくる樹ちゃんには僕の瞳が四角く微動しているように見えていたかもしれない。
 
  突然に背骨の真ん中を、白くて冷たくて心地の良いナイフが切り進みきった。眼球に力が入り、まぶたが大きく開かれた感覚。
  「分かった!」
  僕が上体を跳ね上げると、樹ちゃんは単純な驚きの表情で僕を見る。
  「何が分かったの!?」
  「この『秋』の字の書き損じは・・・秋という意味じゃない!」頭の中で三人ぐらいのだれかが(なんだってー)と叫ぶ。
  「樹ちゃん、この小屋からシャベルを借りるよ!」
  「勝手に持って行っちゃってもいいの!?」
 
  走っていって着いた先は野外集会場だった。6本の丸太の長椅子が円を縁取っている。
  「この『秋』の字もどきを、ツリーの字とファイアーの字に分ける」木の字と火の字では音として分かりにくい。
  「ここから導かれることはただ一つ! この謎の字は、薪を炎にくべる様子を示す暗号なのだ!」
  「まず、かまどの可能性を考えよう。ここのキャンプ場にはかまどが3つもあるが、手元の暗号ではそれ以上絞り込めなくなる。さらに絞り込むためには暗号として情報が与えられていなければならないが、それがないので、かまどの下に宝がある可能性は消える」
  (かまどの下掘って水道管傷つけたくないだけだろ)
  「よって、残る可能性は! このキャンプファイアー場だ!・・・ということで樹ちゃん。ここを掘るよ。」
  「流石に勝手に穴を掘るのは良くないよ」「構うものか」これも挨拶。シャベルの先を地面に突き刺し、切っ先の逆側を足で踏み込む。地中に打ち込むシャベル越しに、砂が押しのけられて圧縮されるギュッという感覚が足に伝わる。飛散する砂粒が地面を乱れ打つジャッという音。地中と大気を区切る地表を突き破り、後は掻き回していくんだ。樹ちゃんも途中から参戦し、僕らは吹っ切れて掘り進んでいった。
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 CENTER:''(了)''
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 参考)http://www.hyou.net/ka/sinwa.htm
 http://www.frontstyle.com/
 
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