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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 三題噺 / 人類滅亡サークル
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 &size(20){'''人類滅亡サークル'''};
 CENTER:''[[角>部員紹介]]''
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  これは人類の危機を救った、二人の男と一人の女の、熱き戦いの物語である。
 
  某日某所、某サークルの部室の戸口で、二回生、ヨシオは立ちすくんでいた。
 「どうした?」
  後ろから声をかけてきたのは、通称『隊長』と呼ばれる男だった。ちなみに三回生だ。
 「隊長、部室の中に見慣れないものが・・・・」
 「なに」
  隊長は部屋を覗き込み、はっと息を呑んだ。
 「あれは、いったい何でありましょうか」
 「分からん。だが、ついに我々の活動を開始する時が来たようだ」
 「ええ。そのようです」
  ヨシオが目をキラキラさせながら頷いた。
 「なぁに。戸口で立ち止まって何してるのよ」
  やってきたのは期待の新入生、アカギさんだ。
 「ああ、アカギさんか。部屋の中を見てみろ。我々に挑戦状が叩きつけられた」
 「挑戦状?」
  アカギが部屋を覗くと、畳敷きの真ん中に、どう見ても紙を丸めただけにすぎない物が転がっていた。直径十センチほど。ピンク色の紙で、なにやら文字が書かれていた。
 「何よ、ただのゴミじゃない」
  部屋に入ってそれに手を伸ばしかけた彼女を、二人はあわてて引きとめた。
 「待て待て待て待て。早まるな」
 「そうですよアカギさん。我々の部の名前を忘れたんですか?」
 「部の名前って・・・・『人類を滅亡から救おうサークル』でしょ?」
  アカギの答えに、隊長は満足そうに頷いた。
 「その通りだ。だからあれは挑戦状だとなぜ分からん? 我々の活動を妨害しようとして、ある組織が送りつけたものに決まっている」
 「ふぅん」
  まったく興味なさそうにアカギは相槌をうった。
 「それで隊長、我々はどうすればいいのでしょうか」
  ヨシオの問いに、隊長は大仰に頷いた。
 「うむ、そうだな。まずは敵を知らねばならん。あらゆる可能性を想定し、それに対処する必要があるのだ」
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 『仮説一』
 
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 「よし、分かった」
 「どうしたのでありますか?」
 「あの一見ゴミのように見えるあれは、我々の眼を欺くための擬態だ。あれを捨てようと動かしたが最後、下に設置された地雷が働くという仕掛けなのだ」
 「おお、恐ろしいですね」
 「たいした想像力よね」
 「何か言ったかね、アカギさん」
 「いえ何も・・・・」
 「我々を直接狙ってくるとは、なかなか好戦的な連中だ。ふ。まあそれほどまでに我々を恐れたという証拠だな」
 「そうですね。ですが、我々はあの正体に気づき、悪行を未然に防ぎました。また一つ、人類のために活動できましたね」
 「自分の身を守っただけじゃない?」
 「何か言ったかね、アカギさん」
 「いえ別に・・・・」
 「とにかく、正義の前に悪は栄えたためしはないということだ。がっはっはっ」
  ふうとため息をつくと、アカギは隊長に向き直った。
 「で、そうだとして、あれをどうするのよ。あんな物騒なものがある部室なんて、使えないんじゃない?」
 「あ・・・・」
 「それはまずいですね」
  隊長は涙を飲んだ。
 「すまん二人とも。人類のためだ。部室はあきらめて――」
  その時だった。爽やかな春風が三人の周りを吹き抜けていった。桜の香りのする、心地よい風であった。とにかくその風は、いとも容易く紙くずをコロコロと動かした。
 『ああ!』
  二人の声が重なる。しかし、それだけだった。閃光も爆風も起こらない。
 「はい、お遊びはおしまい。さっさと部室に入るわよ」
  アカギは再びゴミを片付けようと手を伸ばす。しかし、それは隊長の手に阻まれた。
 「待ちたまえ。まだ状況は少しも好転していない」
  真摯な瞳に射抜かれ、アカギは思わず頷いていた。
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 『仮説二』
 
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 「地雷ではないことは証明された。だが、より恐ろしい可能性を考慮せねばならなくなってしまった」
 「そ、それは何でありますか」
  ヨシオはごくりとつばを飲み込んだ。
 「それは、毒ガスだ」
 『毒ガス?』
  一人は純粋な驚きで。もう一人は『なに突拍子もないこと言い出すのよこの馬鹿は』という驚きで声を上げた。
 「ああ、その通り。いいか、これは可燃物に見える。だから我々はこれを可燃ごみに出す。それが奴らの狙いだ。これが焼却場に行って焼かれたとき、猛毒のガスが発生するという仕組みなのだ」
 「なるほど。人類を守ろうとする我らを、逆に人類を滅亡させる加害者に仕立て上げるわけですね。恐ろしいことを考える」
 「まったくだ」
  隊長は腕を組んでうんうんと頷く。
  そんな様子をじっと見ていたが、はあと息を吐いて、アカギは再び隊長に向き直った。
 「じゃあ、不燃物に捨てればいいんじゃない?」
 「あ・・・・」
 「じゃあそういうことで」
  アカギの手がゴミに触れる寸前、今度はヨシオがその手を掴んだ。
 「待ってくれアカギさん。敵の正体がつかめない以上、その行為は大変危険だ」
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 『閑話』
 
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 「じゃあどうしろっていうのよ。これじゃあいつまで経っても部室に入れないじゃない。私は私物を取りに来ただけなの。このサークルには倉庫以外の存在価値はないんだから、いい加減入らせてくれない?」
 「む。何やら聞いてはならないことを聞いてしまったような気がするが、まあいい。確かにアカギさんの言うとおり、このままでは部室が使用できない。思うに、我々は今まで受身すぎた。これでは敵の手のひらで踊っているだけだ。それではだめだと思わないかね?」
 「そのとおりであります」
 「そこで、我々も攻撃のときだ。いいか、あれがどんな罠を秘めているかは知らない。そう、知らないのだ。ここが重要だ。初めからなかったものと思えば、あれはなかったことになる。完全なる忘却だ。どうだ、これで部室は使用できるではないか」
 「そうか。それなら我々に責任はないですね。知らなかったんだから、何があっても我々のせいじゃない」
 「・・・・ずいぶん後ろ向きな解決方法ね」
  アカギの声を完全に無視して、二人はしゃべり続ける。
 「そう、たとえあれに触れて毒ガスが出ようと巨大怪獣が出現しようと、我々は知らなかったのだから仕方ないのだ」
 「ええ。その時は真っ先に我々が死んでしまうでしょうが、知らなかったのだから仕方ないですよね」
 「死んじゃったら、全然だめじゃない。第一、ちっとも人類救ってないわよ」
 『あ・・・・』
 「馬鹿?」
  固まった二人を、アカギは冷たく一瞥した。
 「まあいいわ。とにかく、あれはないものとして考えればいいのね」
  今度こそ入ろうとしたアカギを、今度は二人が同時に引きとめた。
 「待て、我々を殺す気か!」
 「どうしてそうなるのよ!」
 「さっきそういう結論に達したろうが」
  隊長の怒声に頷くヨシオ。
 「それに、私は今度こそ最悪の可能性を指摘せねばならないのだ」
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 『仮説三』
 
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 「あれは、核爆弾のスイッチなのだ」
 「核爆弾!」
  なぜかヨシオが熱いまなざしを隊長に向けた。
 「何で核爆弾のスイッチがあんな粗末なものになるのよ?」
 「ふむ。さっきも言っただろう。あれは擬態だと。そして、我々を加害者にするシナリオといい、先の二つの仮説を両方とも併せ持つ、究極の仮説が今生まれたのだ」
  なるほど。とヨシオは頷いた。
 「確かにこの世界は、あと数発の核爆弾が爆発すれば滅亡するといわれています。険悪の仲の国を選び、片方から一発の核を発射するだけで、世界は滅びますね。うん、なんて簡単で効果的な方法なんだ」
 「あんた、必死になってその状況を回避しようとしている人たちに謝りなさいよ」
  相変わらずアカギの言うことを無視し、二人はしゃべり続ける。
 「思えば、人類の幕引きは、人類の手によるほうがふさわしい。放っておいても人類なぞ自然界 からの反動で絶滅するが、その前に責任を取って腹を切る。うむ、これぞ武士だ」
 「あんたは武士に謝りなさい」
  もうどうでもいいとばかりにアカギは首を振った。
 「核といえば、最近多くの国が持ち始めたが、このスイッチはどの国のものだろうな?」
 「そうですね。少し前ならアメ○カかロシ○でしょうが、今は世界が混迷を深めています。パキス○ンやイ○ドという線も考えられますし、もしかしたらフラ○スが撃っても隠し持っている某国が報復に出るかもしれません。いえ、我々のとって一番恐ろしいのは、隣の二カ国です」
 「そうだな。だが、こうは思わないかね。一番恐ろしいものは、もっとも身近に潜んでいるのだと」
 「そ、それはどういう―――」
 「あー、もう、いいかげんにしなさい!」
  とうとうアカギは堪忍袋の緒が切れた。二人の隙をつくとつかつかと部室に上がり、ダンと勢いよく紙くずを踏みつけた。
 「はい、これで核爆弾のスイッチ説も巨大怪獣説も宇宙人は実在する説もおしまい!」
 ~
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 『終劇』
 
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 「な、なんてことを・・・・」
  隊長とヨシオはへなへなと腰を下ろした。
 「まったく、ゴミ一つでこれだけ騒げるのも一つの才能よね」
  アカギは紙くずを拾い上げると、それを広げた。
 「なになに? 美少年サークル? めくるめく美少年の世界へあなたをご招待?」
  彼女はしばらく考えた後、再びそれを丸めてゴミ箱へ投下しようとした。
 「待ちたまえ!」
  その時、隊長が大声を上げた。
 「え?」
  驚いて振り向くアカギに、隊長は厳かな声で語りかけた。
 「それは、人類滅亡の第一歩なのだよ」
  ――またですか?
  そういう顔をしたアカギに向かって、隊長は首を振った。
 「ゴミ問題こそが、今の日本が抱える最悪の人類滅亡シナリオへの道なのだ。一つのゴミ。されどその積み重ねが、大量消費社会の悪しき未来を作り上げる。今に地表はゴミであふれ、ダイオキシンは人類の体を犯し、動植物は住処を失っていく。分かるかね?」
  アカギはしばらく目をぱちくりさせていたが、やがてにやりと笑った。
 「へえ、今までで一番いいことを言いましたね。分かりました。このチラシは私が責任もって再利用します」
 「うむ。そうしたまえ」
 「では、本日をもって私はここをやめます」
 『え?』
 「いままでありがとうございました。と一応言っておきます。本心じゃないですが」
 「あの、どこへ行かれるんですか?」
 「あ、うん。このチラシにあった『美少年サークル』に入部するの。だからここはもう用なし」
  あっけに取られる二人を残し、アカギは部室を出ていった。
 『なんじゃそりゃあ!』
  二人の叫びが夕焼けを切り裂いた。
 
 
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 CENTER:''(了)''
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 CENTER:三題噺 14第回
  -- ゴミ -- サークル -- 忘却 -- 
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