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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.48 / 宇宙人の観光旅行
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 **宇宙人の観光旅行 [#a8f14d92]
 
 そう
 
  ボワッ!
  突然、眩い光が頭上を照らす。
 「何だ?」
  俺は愕きのあまり思わず声を漏らす。
  ここは誰も立ち寄らない樹海の奥。明かりとなるものなんて俺が持ってきた懐中電灯だけだ。今は日も落ち、光が照らすなんてそんなことはあるわけがない。
  目を細めながら光の方を見ると、そこにあったのは――。
 「UFO?」
  よく映画などで見るような巨大な円盤が浮いていたのだ。しかもすぐ近くを。
  宇宙人の侵略? 
  ブオォオオオオ。
  宇宙船は音を立てながら、俺からそんなに離れていない場所に着陸する。ここからUFOは、木々に隠れているせいで一部しか見えない。
  少し見てみるか……。
  ただの興味本位だ。宇宙人というヤツを一目見てみたい。
  俺は震える足で歩き始める。樹海まで来るのに、そこでの作業を終え、すでに足は限界だったが、最後の力を振り絞る。   
  少し歩くと、UFOのすぐ近くについた。
  大きさは少し小さめの一軒家といった感じだろう。
  プシュー!
  UFOの側面の扉が開き、内部から光があふれ出る。
  俺は咄嗟に木々の影に隠れる。
  宇宙人が見れるのか。どんな姿をしているのだろう? 何をしにこの星に来たんだろう? 俺には関係なさそうなことではあったが、ここまで来たら一目見たい。
  心臓がバクバクする。額から汗が流れる。
  スッ。
  宇宙船の内部から、人影が――。
  俺は思わず息を呑む。
  美しかった。
  光の中から現われたのは、白い女性だった。白い髪、白い肌、白いワンピースのような服、彼女を一言で表すなら、『白』だろう。 
  あれ? 宇宙人の姿って俺たちとあんまり変わらないんだな。少し拍子抜けだ。だが、思っていたよりも遥かに美しい姿であり、ある意味いい意味で期待を裏切られたので、よしとしよう。
 「ふぅ……」
  この星の地面に足をつけた彼女は深呼吸をする。
  あれ? 宇宙人って呼吸とかするの?
 「んー! ここが森林ってものね! 本で読んだとおり、空気がおいしい!」
  彼女は伸びをしながら元気よく声を出す。まるで公園ではしゃぐ子供のようだ。
  ピタッ。
  キャッキャッ騒いでいた彼女が突然静かになる。目つきも鋭くなっている。
 「誰かいる?」
  ドクッ!
  心臓がビクッとなる。ヤバい! 見つかった!
  息を殺そうとする。
  俺は岩! 俺は草! 俺は木! とりあえず人間じゃない!
  思考がまとまらない! 
  カサッ。
  俺がパニックになっている間に彼女は確実にこちらに近づいてきている。
  つばを呑むのも我慢する。音を出すな。
  ……彼女の足音が消えた? もう探すのを諦めて立ち去ったのか?
 「見ぃつけたっ!」
  彼女が横から笑顔で話しかける。
 「あ、あぁああああああ!」
  俺は絶叫し後ずさる。
 「あ、脅かしちゃったのならごめんなさい! えっと、この星の人?」
  俺は首を縦にふる。
 「そう! 丁度良かった!」
  彼女が満面の笑みを浮かべる。
  まさか! 俺を誘拐して連れ去って人体実験をするのか? あるいは捕食するのか? それとも、肥料にするのか? 奴隷にするのか? それとも――。
 「あの、よかったら、私を案内してくれない? 私、この星に観光に来たんだっ」
 「……え?」
 「迷惑? 嫌?」
  彼女は突然オロオロする。
 「嫌じゃないですけど……」
 「やったぁああ!」
  彼女は両手を挙げ、飛び跳ねる。
  まぁ、少しくらいならいいや。
 
  宇宙人の地球観光の付き合い。最期の思い出としては悪くない。
 
  翌日から、彼女との地球観光の付き合いが始まった。
 「お金は持ってるんですか?」
  と俺が訊ねると――。
 「あるよ! 宇宙で時々この星のお金売ってるんだ! 私が持ってるのは百万円ぐらい!」  
  彼女は笑顔で答えてくれた。
  俺にはお金がなかったから、役に立たないと思っていたが、杞憂だったようだ。
 
 「なんでこの星に来たんですか?」
  俺はまた質問する。
 「この星のアニメとマンガが好き! ワン●ース! ドラ●ンボール! 他にもたくさんあって好き!」
  彼女は輝く笑顔ではしゃぐ。
  だから、この国に来たのか。と俺は一人で納得した。
  彼女の観光の半分近くはアニメショップでの買い物だった。
  ひたすら眺めて、時々買って、はしゃぎ回って。
 
  あれ? 俺いるのか? そんなことを聞いてみたら、
 「一人で回っても楽しくない! あと、私、違う星の人だから、この星ではいけないことしてたら教えて欲しい!」
  と彼女は俺に懇願してきた。
  仕方ない。悪い人ではなさそうだし……。
 
 「じゃあ、また明日!」
  一日観光した彼女は俺に微笑みかけてきた。
  まだ付き合わなければならないのか……まぁいいや。彼女がこの星からいなくなるまでは付き合ってやるか。
 
  二日目。
  今日は、近場の温泉に向かった。
  彼女は温泉に感動したようであった。
 「何これ! スゴく気持ちよかった! 色々種類があって……とにかくよかった!」
  俺も久しぶりに温泉につかったので、気分がよかった。
  卓球もした。俺は久しぶりすぎて身体がうまく動かなかった。
 「これがこの星のゲーム。スゴい!」
  彼女は初めてなのに強かった……というよりかは俺が弱すぎただけなのかもしれない。いや、やっぱり強かった。ピンポン球を壁にめり込ませるとか……。彼女と戦うようなことになってはいけない   
  
  五日目
 「日雇いバイトしたい!」
  彼女が目を輝かせて懇願する。
  俺は仕方なく、彼女にできそうなものを探す。
  そうして見つけたのは商店街でのティッシュ配り。
  彼女は楽しそうに配っていた。彼女の白い肌、白い髪は目立った。
  彼女の前を通る人は一度は彼女を見る。
  気が付いたら、彼女は全てのティッシュを配り終えていた。
  ティッシュ配りってこんなに早く終わるんだ……。
 「働くのって楽しいね!」
  働くのは楽しいか……そんなこと一度も思ったことはないな……。
 
  十三日目
 「鹿かわいい!」
  今日は鹿がたくさんいる公園に訪れた。
  彼女は鹿にせんべいをあげたりして楽しんでいた。
  鹿も面白いもので、普通に歩いていたも、こちらには何も興味を示さないのに、こちらが鹿せんべいを買った瞬間、こちらに群がってくるのだ。
 「もう、せんべいない! ないよー!」
  彼女が持っていたせんべいを全て鹿に食べさせた後でも、鹿はこちらに寄ってきた。中には頭を下げてくる鹿もいた。
  鹿をかわいがった後は近くのかき氷屋に向かった。
  そこで食べたかき氷は今まで食べてきたものをは違った。まるで芸術品だ。甘い。おいしい! 氷にシロップをかけただけのものではない。果物がまるまる入っていたり、プリンが中に入っていたり、とにかくスゴかった。こちらの語彙力がなくなるぐらいに。
  夜はお好み焼きを食べに行った。
  テーブルの鉄板に店員さんが商品を運んでくれる。
  鉄板の上で温められるから、しばらく時間が経っても熱々で食べられる。ただ時間が経ちすぎると焦げてしまうが。
 「おいしぃい!」
  彼女はどの料理もいい笑顔で食べる。こちらもつられて少し口角が上がる。
  ずっとこの日々が続けばいいのに。
 
  三十五日目
 「ありがとう! 私、明日帰る」
  彼女は唐突にそう言った。
  そうか……いなくなってしまうのか。   
  急に現実に引き戻される。
 「こんなに長くごめん。たまたま会っただけなのに……」
  少女は申し訳無さそうに頭を下げる。
 「いいですよ。俺も楽しかったですし。それに他にやることなかったですし」
 「やることなかったの?」
  彼女は首を傾げる。
 「あそこで身長を伸ばそうとしてたよね?」
  彼女はとんちんかんなことを言ってくる。
 「えっと、身長を伸ばそうって? どういうことですか?」
  俺は訳が分からなかった。彼女が言っていることが……いや、分かっていた。
 「えっと、木にわっかを作ったロープをぶら下げたじゃん。それにぶら下がって身長を伸ばそうとしてた、と思ったの。違った?」
  彼女はとんちんかんなことを話す。あぁ、そうか宇宙ではこんなことする人いないのかな……。
 「ははは!」
  俺は思わず声を出して笑った。
 「え? え?」
  彼女は訳が分からず困惑する。
 「いいんですよ。またこの星に来てくれます?」
 「もちろん! あの、またよかったら、一緒に観光してほしい!」
 「えぇ、喜んで」
  

 
  彼女と出会う前、俺はいわゆるブラック企業というところで働いていた。
  何も楽しくない。何もおいしくない。
  身体を壊し、精神を壊し、何もなくなっていた。それでも生きるために働かなければならなかった……。
  ある日、ふと疑問に思った。
 
  俺って何のために生きてるんだっけ? 
 
  身体も心も何もかもを壊して働いて、それで生きている意味はあるんだろうか?
  仕事を辞め、気が付いたら死ぬことを考えていた。
  うーん。誰の迷惑にもならない死に方がいいな。樹海で首を吊るか。
  俺はそうして、樹海で首を吊ることにした。誰もいないことを確認し、樹海へ向かい、丈夫そうな木の枝に縄をくくり、あとは首を吊るだけ。
  そんな時だった。彼女と出会ったのは。
  最初は、どうせ死ぬんだし、その前に宇宙人と一緒に観光をするぐらいいいか。という投げやりな感じだった。でも、楽しかった。生きるのも悪くないと思えてきた。
  そうか、これが生きる理由なのか。
 

 
  三十六日目
 「じゃあ、お元気で! と、そうだ!」
  彼女は俺に携帯電話のようなものを渡す。
 「次来るときはこれに連絡を入れる。この場所に来る。よかったら来て!」
 「はい」
  彼女は俺と最初に出会った所、UFOで風のように去って行った。
  次に彼女と会えるのはいつだろうか。その時が来ても、ここにたどり着くことはできるだろう。丁度いい目印がある。使わずに終わったと思っていたロープも役に立つものだ。ここに人はほとんど来ないから、撤去される心配はほとんどないだろう。仮にされたらされたでその時はその時だ。
  とりあえず、俺は職を探すところから始めるか。