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京都工芸繊維大学 文藝部

Top / 活動 / 霧雨 / vol.46 / できることは――
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 [[活動/霧雨]]
 
 **できることは―― [#tcd18a84]
 
 そう
 
 
 
  太陽は沈み街灯が川に反射し地上の星を演出している橋の上、一人の制服姿の女子高生が川を見下ろしていた。彼女の肩は小刻みに震えていた。
 「そこで何してるんですか?」
  たまたま橋の上を歩いてきた黒い手提げ鞄を持った高校生ぐらいの少女が彼女に話しかける。
 「え、え、あの……」
  話しかけられた少女は突然泣き崩れた。今まで押し殺してきた感情が暴発したかのように止まりそうになかった。そんな彼女をなだめるように微笑みながら話しかけた少女はそっと背中を撫でた。
 「少し場所を変えませんか?」
 
 
  彼女逹が向かった先は徒歩十分ほどの場所にあるラーメン屋だった。
 「あ、ここのラーメン一番小さいサイズでも結構な量ありますよ」
  黒い手提げ鞄から財布を取りだし少女は食券を二枚購入し、手ぬぐいを頭に巻いたガタイのいい店員に渡し、案内されるままに空いているカウンター席に二人並んで座る。
 「もしよかったら何があったか聞かせてくれませんか?」
 「……二股されたんです……彼氏に」
  少女はうつむきながら重い口を開いた。
 「まだそれだけだったらよかったんですよ。私に魅力がなかったんだ。別れようって話し合って……辛いけど、仕方ないって思えたんですよ……でも……」
  彼女は嗚咽を漏らし、体が震える。
 「彼は……アイツは浮気したのが私の方だって言い出してきて……自分が悪いのに、悪いのは全部私だって言ってきて……周りの人も私の話信じてくれなくて……もう私の居場所なんてなくて……」
  彼女の瞳から冷たい滴がこぼれ落ち机を濡らす。話を聞いた少女は彼女の背中を子供をあやすように撫でる。
 「ありがとうございます。そんな辛いことを話してくださって」
 「私……どうしたらいいのか分からなくて……」
 「……私、知り合いに探偵がいます。困ったときは頼ってくれって言われました。もしよかったらあなたの居場所を取り戻すように頼んでみますけど、どうですか?」
 「……迷惑じゃないですか?」
 「迷惑……最初は私もそう思ってましたけど、でも気づいたんですよ。誰かに頼ることは迷惑なんかじゃないって、苦しいときは誰かに頼っていいって教わったんです」
 「お嬢さんいいこと言うじゃねぇか!」
  カウンター超しに店員さんが白いラーメンのお椀を二つ手渡す。
 「なんか苦しいことあったらまたうちの店のラーメンでも食べに来てくれよ。旨いもん食ったら元気がでるっていうしな!」
  店員さんも笑顔で呼びかける。
 「はい……ありがとうございます」
  少女は涙ぐみながらうどんのように太い?をすすり始めた。
 
 
 「ありがとうございましたー!」
  店を出た少女二人は橋があった方へ歩き始めた。
 「あ、自己紹介してなかったですね。私は月代美香(つきしろみか)っていいます。よろしくお願いします」
  黒い手提げ鞄を持った少女は笑顔で名乗る。
 「三島鈴(みしますず)です……」
 「鈴さんって呼んでいいですか?」
 「え、あ、はい。えっと月代さん」
 「美香でいいですよ」
 「あの、美香さん。今日はありがとうございました」
 「いやいや。あ、あの探偵の件どうしますか?」
 「え、えっと……」
  鈴が下へ視線を落とす。
 「鈴ちゃん。よかったら連絡先交換しませんか?」
 「え、あ、はい」
  二人はスマホを取り出し、サクッと連絡先を交換する。
 「後で探偵の知り合いに鈴さんのこと連絡しますけどいいですか?」
 「……はい。お願いします」
  それから後、美香と鈴はお互いのことを話しながら帰路についた。
 
 
  数日後、美香の知り合いの探偵の活躍により彼氏が浮気していたということと鈴が完全に無実であったという証拠の写真が鈴の通っている高校の廊下に貼りだされた。男も最初は濡れ衣だと叫んだが、周りの人間の裏切りにあい、それからというものの散々な目にあっているようだ。自業自得とはこのことだ。
 これは余談だが、元々彼は周りから浮気癖があると噂されていたので最初から誰も彼のことなど信じていなかったのだ。それでも彼を支持していたのは単純にルックスがよかったからというのと、そちらの方が面白そうだったから。長いものには巻かれろ、どちらが正しいかではなく大きいもの、小さな声でしか吠えない弱者よりも大きな声で叫ぶ強者になびくということだ。
 
  
 さらに数日後。
 「あの、ありがとうございました」
  鈴と美香は初めて出会った橋の上で夕焼けを眺めていた。
 「これでよかったんですよね……?」
 「……どういうことですか?」
  鈴は美香の疑問に首を傾げる。
 「鈴さんの元カレの浮気の証拠を見せつけて鈴さんの無実を証明したところまではいいとしてもそこから先……何かできなかったのかなぁって……」
  美香が悩みは悪者を成敗、それで終わりでよかったのか? ということだ。例えば元カレを改心させて和解させる。鈴を信じなかった周りの人に対しても何か成敗して改心させたりできなかったのかと。彼女は分かっていた。それは自分ができる範疇を超えている。依頼したとき探偵も言っていたことだが、自分にできることには限界がある。全てを理想型で解決することはできない。できることは――。
 「いえ、大丈夫です。自分の無実を証明してもらえたので満足です。ありがとうございます」
 「ですけど……」
  美香は満足できなかった。確かに鈴の無実は証明できた。それでも彼女には居場所はない。簡単に人を裏切れる虚構の居場所など居場所とは言えない。少なくとも居場所を作れない限り満足できなかった。
 「あの、一つお願いがあるんですけどいいですか?」
 「はい。私にできることならなんでも」
 「私と友達になってくれませんか?」
 「え?」
  美香の口がポカンと開く。
 「私の居場所になってくれませんか? 私なんかとは嫌ですか?」
  鈴が頬を赤らめながら訊ねる。
 「喜んで!」
 「ありがとうございます!」
  鈴が胸に飛び込んできた衝撃に美香はよろめく。
 「あ、すいません。つい!」
  鈴は慌てて離れる。
 「大丈夫ですよ」
  倒れそうになったが柵に掴まり体勢を立て直しながら笑顔で返す
  自分にできることには限界がある。全てを理想型で解決することはできない。できることは目の前の人の話を聞き、時に支え、時に背中を押す、そんな味方に居場所になることだけだ。