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京都工芸繊維大学 文藝部

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Last-modified: 2020-03-18 (水) 14:14:05 (1471d)
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活動/霧雨

ギンナン拾いのススメ

菴田しおり

 この大学に入学した新入生のなかで、イチョウという木を知らぬという人は居まい。銀杏、公孫樹、鴨脚樹といった漢字が当てられる、古くから日本人になじみのある木である。 Ginkgo biloba とかいうミョウチクリンな学名が付けられているが、そんなことはどうでもいい。現存しているのは一科一属一種で、生きている化石だとかどうとか言われているのも問題ではない。もう少し実用的な話をしようではないか。
 イチョウと云えば、やはりギンナンを思い浮かべるであろう。白っぽく粉を吹いた、サクランボほどの大きさの実が秋になるとたわわに実る。重さのあまり少し枝がたわむことさえあるその実り様に感心せずにはいられない。しかし、皆これを嫌がるのである。聞くところによると、臭いが嫌なのだという。なるほどそれはもっともである。台風やらでぼとぼとと地面に落ちて潰れたギンナンからはなんとも云えぬ臭気が漂う。丁度その時期はキンモクセイの花期と重なるのでまさに芳香剤の効き過ぎた便所を彷彿とさせるのである。とにかく、皆この臭気を嫌う。加えてイチョウも嫌う。ヒドイものである。イチョウだって人間に一泡吹かせてやろうとこうした実をまき散らしているわけではないだろう。いや、もともとはそうであったかもしれない。太古の昔、ようやく農耕牧畜が始まった頃の人間はイチョウにとってただただ種子を貪り食う天敵であったかもしれない。しかし現在はどうであろう。もしイチョウの実からこの臭気が消えてしまえばたちまち人気者になるはずだ。過酷な環境に耐え、それでいて秋から初冬にかけての黄葉は見事なものである。加えて美味しい実までつける。日本列島、中国、朝鮮半島にとどまらず世界各国で植樹されること間違いなしである。どう考えても今のイチョウが臭い実をつけるのはイチョウにとって不利益なのだ。
 とにかく、臭いだけでイチョウを恨むのは止めていただきたい。せめて文句を言うのならば、雄株と雌株を混ぜて、あるいは何も考えずに植樹を命じた行政等の職員に言ったほうがはるかに道徳的である。しかしそうは云っても実際臭いし、気軽に伐採できるようなものでもない。そこで一つ、私から「ギンナン拾い」を提案させていただきたい。
 「ギンナン拾い」というは読んで字のごとくギンナンを拾うことである。当然食べるために拾うのであって、ボランティア清掃の類ではないことは述べておく。ここで重要なのが、「習うより慣れよ」の精神である。いささか乱暴に聞こえるかもしれないが、これが最適解だと私は思う。まず、イチョウが雌雄一緒に我々の生活圏内に植えられている時点でアノ悪臭とオサラバすることは叶わないのである。ではどうするか。アヤシイ光線やら薬剤やらをイチョウに与えて臭いを消してもらうという方法。これは現実的でない。そんなことが可能な程まだ科学は進歩していないはずである。その次に行政に泣きつくという方法。ただのクレーマーである。何度も役所に怒鳴り込んでいるうちに出禁を食らうであろう(あなたが高額納税者であれば話は別かもしれない)。そして最後に、我々が慣れるという方法。これが現実的であり最も簡単ではないか。毎日ギンナンを何十個も拾っていればそのうち慣れる、はずである。これを何週間も、少なくともイチョウが実を落とし続ける期間、続けていればそのうちギンナンの臭いが恋しく感ぜられるようにまでなるはずだ。頭で理解する必要などない。
 当大学の西部構内には多くのイチョウが雌雄ともに植えられている。この文章を見事最後まで読み終えた諸君には、他のイチョウ嫌いの工繊生よりも何倍も快適なキャンパスライフが保証されている。是非「ギンナン拾い」を実行してほしい。